エンパイアウォー㉙~母胎の媛宮
「……っつ。今度はこう現れたか、貴女は」
グリモアベースの片隅で、不意にきた頭痛に軽く額を押さえながら、北条・優希斗(人間の妖剣士・f02283)が誰にともなく呟いている。
懐に忍ばせていた月桂樹が怪しげな輝きを帯びる様子が気になったのか、何人かの猟兵が優希斗の傍に集まっていた。
「……ああ、皆か。魔将軍・安倍晴明がどうやらおぞましい儀式を行っていたことが確認されたよ。その儀式の名は、『偽神降臨の邪法』と言う」
鳥取城の実験施設自体は既に放棄されている様だが、儀式の内容は熾烈を極める。
「簡単に言うならば、人為的にオブリビオンフォーミュラを産みだそうという実験だよ。……似た様な話を何処かで聞いたことがある人もいるかも知れないね」
そう告げて、何処か疲れた様に溜息を一つつく優希斗。
「本当にその実験が成功するのかどうかは定かじゃない。そもそも転生の為には、10月10日の日数が掛かるから、今回の戦争の帰趨に影響を与えることは無いけれど」
そこまで告げたところで、でも、と呟く優希斗。
「生まれてくる赤子は『偽神』と呼ばれる存在だ。その赤子は、安倍晴明自身を含む魔軍将の力や、コルテスが持ち込んだ神の力を宿している」
つまり、戦後のサムライエンパイアの危機に繋がる可能性が高いことは疑い様が無い、ということだろう。
「となると、皆の力で食い止めて貰わないといけないのは間違いないね。因みに……」
優希斗が重く疲れた様子でもう一つ息をつきながら、言の葉を紡いだ。
「俺が視た相手は、まつろわぬ土蜘蛛『依媛』だった。何度か皆の前にも立ち塞がったオブリビオンではあるけれど、まつろわぬ土蜘蛛の神であり、危険なオブリビオンには違いないだろう……大変な戦いになるかも知れないが、どうか皆、宜しく頼む」
懐の月桂樹の怪しい黒い輝きに背を押され。
猟兵達は、グリモアベースを後にした。
●
――奥羽地方の木々生い茂るとある山奥にて、猟兵達が現場に転送されるより少し前。
「この様な形でその謀略に加担することになるとは思いませんでしたわ、晴明様」
女は、自らの腹部を優しく撫でる様にしながら、ほぅ、と何処か艶やかな溜息を一つ吐いていた。
「ですが、私の腹より産まれし『嬰児』がこの地を支配する神の子となり、この地に災厄を持たすというのであれば、それは冥利に尽きるというもの。例え何があろうとも、この『嬰児』はお守りしましょう」
呟き、目前に輝く光から現れるであろう者達に想いを馳せ、口元に微笑を閃かせ、女は軽く被りを振った。
「現れましたか、猟兵達。……ですが、貴方達に慈悲の心があるならば、只の罪無き『嬰児』を腹に身篭るに過ぎぬ女を見逃して頂くことは出来ませんか? 身篭った女を倒すなど、鬼の所業だと思いませんか?」
艶然とした微笑を絶やさぬままに。
女は静かに、光の向こうから現れた猟兵達へと問いかけた。
長野聖夜
――媛宮の生命は。
いつも大変お世話になっております。
長野聖夜です。
と言う訳で、『偽神』をその身に宿した『媛宮』との戦いをお送り致します。
此方のシナリオは、下記ルールに準じます。
1.このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
2.此方のシナリオにおける『依媛』は周囲の地形を利用して逃げる隙を伺いつつ、攻撃を仕掛けてきます。また逃がすことを選択した場合、『依媛』は戦闘することなく撤退します。
とは言え『依媛』の中に『偽神』と呼ばれる、オブリビオンフォーミュラになれなくとも、徳川の世を転覆させるような大事件を引き起こす強力なオブリビオンを身篭っている事実は変わりません。
この辺りの判断をどうするかは、皆様にお任せいたします。
リプレイ執筆予定:8月23日(金)20:00~8月24日(日)。
プレイング受付期間:8月22日(木)8時31分~8月23日(金)19:30頃迄。
尚、プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は変更になる可能性がございます。その折は、マスターページにてご連絡いたしますので、そちらもご参照頂けます様、お願い申し上げます。
――それでは、新たな命宿りし土蜘蛛との良き邂逅を。
第1章 ボス戦
『まつろわぬ土蜘蛛『依媛』』
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POW : 我はまつろわぬ神、天津神に仇なす荒ぶる神なり
【人としての豪族の媛から神話での土蜘蛛の神】に覚醒して【神話で記された異形のまつろわぬ女神】に変身し、戦闘能力が爆発的に増大する。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD : 我は鎚曇(つちぐもり)、強き製鉄の一族の媛なり
【この国への憎しみの念】が命中した対象を切断する。
WIZ : この国に恨みもつ者達よ、黄泉より還り望みを果たせ
【朝敵や謀反人など悪と歴史上に記された者達】の霊を召喚する。これは【生前に使用していた武具と鍛え上げた技術】や【生前に従え率いていた配下や軍勢】で攻撃する能力を持つ。
イラスト:馬路
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「加賀・依」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ウィリアム・バークリー
お久しぶりです、依媛。
戦場で見ないと思っていたら、陰陽師の実験台になっていたとは。
かの魔軍将が紡ぎし邪法、絶たせてもらいます。
Active Ice Wall展開。皆さん、好きに使ってください。
逃がしませんよ、依媛。Stone Handを、その身を捕らえられるまで何度でも襲いかからせます。一度掴んだら、他の腕も掴みかからせて動きを出来る限り封じましょう。
Stone Handの調整をしつつ、依媛や彼女の召喚した戦力にIcicle Edgeで攻撃を加えます。
依媛。あなたに宿った生命は『神の子』でも『偽神』でもなく、ただの『罪の子』にすぎません。
それがこの世界に解き放たれる前に、あなたごと討滅します。
ボアネル・ゼブダイ
かつて鬼と呼ばれた女神は己の子のためにと人里の子供を食らっていたが
聖者に己の子を隠され、仲を裂かれる母子の悲哀を知り、どの子であろうと我が子のように愛し守るという利他の心に目覚めた
だが貴様はどうだ
この世界を蹂躙し、さらには腹の子を盾にして道を譲れと言って憚らない
我々が鬼なら貴様それにも劣る下衆の畜生にすぎんな
UCを発動
炎の騎士団で周囲を火で囲う
敵が召喚する軍勢にも彼らをぶつけ
大規模な山火事にならないように炎を操作して対抗
自身はフランマ・スフリスで敵本体を狙い
生命力吸収を乗せた斬撃を振るう
貴様を逃がすつもりは毛頭ない
その嬰児がこの地を災厄で満たすのなら
倒す理由はそれだけで十分だ
アドリブ連携歓迎
薬師神・悟郎
厄災が訪れるなら防ぐまで
それを鬼の所業とは笑わせる
依媛とて慈悲を乞うような可愛らしい存在ではないだろう?
幾つもの耐性とオーラ防御を纏う
依媛の姿を目視後、変装、迷彩、忍び足で存在感を消し接近
近接攻撃が可能な範囲まで近づけば暗殺、毒使い、マヒ攻撃、先制攻撃
接近に気付かれれば弓でスナイパー、毒使い、マヒ攻撃、先制攻撃
接近戦にて出来るだけ距離を取らない事で逃走を阻み
同時に逃走防止としてUC発動、苦無を複製
様々な属性を纏った属性攻撃、破魔、範囲攻撃で逃走経路を塞ぐ
敵の攻撃は見切り、第六勘、野生の勘、残像で回避
攻撃時は医術で情報収集
好機を伺い腹部を狙うように見せかけたフェイントで足を串刺し、呪詛、部位破壊
彩瑠・姫桜
【咎力封じ】を使用
依媛が召喚する霊を倒し、数を減らすことに専念
依媛の仲間への攻撃は積極的に【かばう】
依媛への攻撃は行わない
依媛を倒すかどうかの選択は皆に委ねる
どちらの選択であっても、絶対に皆を責めない
*
将来的に危険であることはわかっているの
倒さなくてはダメだということも
でも、
(依媛が腹部を優しく撫でる姿は、
幼い頃に見た、弟を宿した時の母と重なって見えて
彼女へ攻撃することは、自分にとっては、弟と母への攻撃することにも感じてしまう)
…ごめんなさい
私には、今の依媛に武器を向けられない
けれど、ここに居て、この目で、この戦いの行方を見届けたい
それこそが罪だというのなら、
甘んじて受け入れ、背負ってみせるわ
郁芽・瑞莉
子を宿す者を屠るというのは外道とは承知はしています。
それでも、宿し子が未来に災厄を齎すというのなら。
サムライエンパイアの未来の為に鬼ともなりましょう!
戦闘知識からの見切り、
第六感で感じた危険を残像や迷彩で目測を誤らせて。
地形を利用したダッシュやジャンプ、スライディングで回避。
「逃げの一手……、これも子を宿した影響ですか」
そして失せ物探しのコツを用いて足跡や戦闘の痕跡を情報収集し、
相手の位置を特定。
見つけたらドーピングで更に身体能力を高めて。
一足で距離を詰めて先制攻撃のなぎ払いで防御を砕き、
2回攻撃の2回目の返す刀の早業で砕いた防御を抜いて串刺し、
衝撃波で傷口をえぐります!
「討ちます、ここで!」
出水宮・カガリ
【壁槍】まる(f09171)と
まるは、女が子を宿す、ということを
とても特別なものと感じるようだったから
此度のことは、どう受け止めるのだろう、と
だから、な
ひとが背負うには、重過ぎるものもある、と言うのだ
カガリはものだからな
身重であろうが、腹にいる内から罪を負わされようが
ひとの敵、であろう?
【泉門変生】で、まるごと女の周囲を囲って物理的に逃げ道を限定する
【内なる大神<オオカミ>】の神力で以て、まつろわぬ女神を封じよう
壁を破壊しようなどと思うな、これは現世とお前を隔てるものなれば
出口ならば、その鉄門扉があろう
腹の子を守るのならば「黄泉還って」みせよ
尤も、それは――かの黄泉津大神でさえ、適わなかったが
鞍馬・景正
――いつぞや江戸城で見た顔。
だがあの時とはまた別の存在、か。
確かに鬼畜の所業とて、いま貴様を逃せばその胎の子がどれだけの災禍を引き起こすか。
……一人の悪を殺して万人を生かす。
その為なら悪鬼の名を拝する【覚悟】はある。
◆戦闘
離脱されぬよう、依媛の挙動は常に【視力】を巡らして注視。
もし逃走の気配があれば【衝撃波】で去ろうとする方角に牽制の一撃を浴びせて阻止。
【羅刹の太刀】にて、時間をかけずに断ち切る。
【怪力】と【早業】で打ち合い、反撃があれば太刀による【武器受け】で防御。
隙あれば狙いは腹部に。
胎児を庇って回避や防御を優先すると予想し、その上での動きを【見切り】、誘導して【2回攻撃】で斬らせて頂く。
白石・明日香
アドリブや他の方との絡み、連携は大歓迎です。
逃げるのは別に構わないけど・・・・(面白そうだし、何よりくいっぱぐれないし)依を視認したらダッシュで一気に間合いを詰め、残像で攪乱しつつ接近して、これまでの彼女との戦闘知識を生かしながら攻撃を見切って回避。
自身の間合いに入ったら2回攻撃でたたっ切る!一応、依が逃げないように動向は注視逃げそうなら相手の正面に回り込んで牽制、逃げられたらそれまでだが・・・(果ての先を目指すためにも、な)
荒谷・つかさ
……ええ、そうね。
正しく悪鬼羅刹の所業と言えるわ。
だから。
鬼は鬼らしく。期待に応えないといけないわね?
瑞智を破邪形態(槍の姿)にし【祈祷術・破邪浄魂法】発動
対邪神及び対霊魂戦闘能力を強化し、真っ向から槍術で立ち向かう
槍のリーチを生かした一撃離脱戦法を取り(範囲攻撃・なぎ払い)、チャンスがあれば強引にでも土蜘蛛の刺青を潰しに行く(破魔・鎧砕き)
依媛の攻撃は可能な限り挙動を見切って回避、或いは手甲で受け流す(見切り・武器受け・オーラ防御)
母子共々生かしておくつもりは全くないわ。
嬰児ごと容赦なくその胎を貫きましょう。
……そして、全て終えたら。
「清明に利用された憐れな女と嬰児」として、弔うつもりよ。
マレーク・グランシャール
【壁槍】カガリ(f04556)と
子どもを殺すのは忍びない
身籠もった女を殺すのも
そして邪法により愛なく孕んだ子でも母として守ろうとするのか
腹の中にあるのは子に非ず
過ぎる痛みの理由は失われた記憶の中だ
カガリが泉門変生で囲ったら、腹を狙って槍を繰り出す
これは敵を欺くための準備
腹を庇っているうちは戦闘力を満足に発揮出来まい
門の唯一の扉めがけて逃げようとしたところを【金月藤門】のフェイントと残像、迷彩、【黒華軍靴】のダッシュとジャンプで目を欺き背後へ
【碧血竜槍】の鎧砕き・部位破壊・串刺しで背骨ごと腹の子を貫いたら、【邪竜降臨】で【魔槍雷帝】と【山祇神槍】を邪竜に変え、串刺して捕らえたまま女も子も喰わせる
藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携可
多数派の意見・方針に従う
依媛の言わんとすることは理解できる
私も女だからな
依媛を骸の海に還す
実質それは、2人のいのちを奪う所業
もしかしたら嬰児が新たなオブリビオン・フォーミュラに
…いや、オブリビオンにすらなることはないかもしれない
だが、この世界に対するリスクと天秤にかけると
到底見過ごせないのも事実
故に、私は皆の選択を見届ける所存
戦闘になったら「歌唱・鼓舞」+【シンフォニック・キュア】で
癒しの歌を歌いつつ回復専念
霊を召喚されたら、歌を鎮魂の歌に切り替え
少しでも無念を鎮められれば
依媛が沈んだら、鎮魂の歌を歌って見送る
願わくば、今度はオブリビオンではなく、人として出会わんことを
黒岩・りんご
琴さん(f02819)とともに
こういう形で依媛と出会うとは思いませんでしたわね
「わたくしの本業は知ってますよね?ええ、医者です。専門は産婦人科です。琴さんの赤子を取り上げるのが夢でしたのに…琴さんのご先祖様の赤子は滅せねばならぬとは…因果ですわね」
と、愚痴ばかり言ってはいられません
「思う所もありますが、逃がすわけにはいかないのです。ぷちたち、取り囲んで!」
【幼き魔王の群体自動人形】にて呼び出した大量のぷちりんごで、逃げ道を塞ぐよう取り囲み
わたくし自身は喜久子さんと共に偃月刀を振るって前線に立ち、二方向からの連携攻撃で切り込みます
ぷちと共に足止めに専念ですわ
「琴さん、あとはお願いしますわね?」
館野・敬輔
【SPD】
アドリブ可
個人方針は「依媛撃破」
正直な所、迷っている
オブリビオンが持つ情
新たに宿している命
依媛を討つことは
それらを一切合財葬るということ
彼らにも情があると知った今の僕だと
…迷ってしまう
だけど、サムライエンパイアに火種を残しておけない
可能性の域だが、残しておけない可能性
いのちを踏み躙った晴明の置き土産なら尚更
一切合財の想いを封じて
…ここで討つ
「地形の把握、目立たない、情報収集」で気配を消し潜伏しつつ逃走経路を推測
背後から「先制攻撃、2回攻撃、怪力、殺気」+【憎悪と闘争のダンス・マカブル】で徹底的に斬り刻み、逃走と生存の意を挫く
敵UCは「第六感、残像」で察して回避
…斬った罪は、僕も背負う
加賀・琴
りんごさん(f00537)と
ご、ご先祖様っ!
お相手のことは伝わってませんが、ご先祖様にも夫と子がいたでしょうにっ。でなければ御身の末裔たる私達が存在しえないのですから
それを、そのようにっ!
り、りんごさん!私にお相手はいないですよ!?
ご先祖様を見逃すわけにはいきません。御身の末裔にして巫女として、御身が現世に現れればその度に再び眠りにつかせると、決めたのですから
鬼と言われようと、そも私達は羅刹です
大幣と神楽扇を持って【神楽舞・荒魂鎮め】を舞います。うちの神社で神事、ご先祖様を祀り鎮める儀式で舞う正式なものを
神楽舞で鎮めながら接近して、りんごさんの援護を受けて剣舞の神楽舞で【斬魔一閃】を放ちます
彩瑠・理恵
依媛と琴さんを見て、凄く複雑な表情になりますね
ご先祖様と呼んでるのですから依媛の子の末のはずです。その心中は如何なものなのでしょうか
妊婦であることを全面に出されると私も躊躇してしますが、あくまで躊躇するのは私だけです
リエが五月蠅いのでダークネスカードで素直に代わって譲ります
武蔵坂制服から朱雀門制服に鮮血槍と鮮血の影業になるわ
ハッ!六六六人衆のボクが妊婦だろうと遠慮すると思ったのかしら!
それにしても羅刹を統べた刺青羅刹も堕ちたものね!
【黒死鏖殺演舞(ダークネス・ティアーズリッパー)】の高速移動で依媛の逃亡を妨害して、殺意の刃で亡霊達を牽制して、鮮血槍で依媛の腹部を串刺しにしてやるわ!
藤堂・遼子
まつろわぬ土蜘蛛『依媛』、まつろわぬ土蜘蛛の神ねぇ
土蜘蛛の神を贄にして偽神を降臨させるわけね。神を孕ませて贄として、より上位の神を誕生させるとか面倒なこと考えてくれるわね
ふん、『依媛』って名前もお誂え向きよね。「依り代の媛」だなんて、そのまんまじゃない
逃がすのはどう考えてもあり得ないわね
【異界顕現・邪神胎内】で触手の迷宮。いいえ、邪神の胎内の一部を召喚して場に上書きすることで逃げ道を塞いで、邪神の触手で亡霊達を拘束させるか翻弄させるわ
身籠もった女を殺す鬼で結構、外道で結構。邪神相手にしてればよくあることよ
大鎌「狂気を刈るモノ」を構えて突っ込むわ!まつろわぬ神にして狂信者は首を差し出せばいいわ!
オリヴィア・ローゼンタール
囀るなよ、悪霊が
最初の女リリスを例とするまでもなく、邪悪に対して容赦はしない
【転身・炎冠宰相】で白き翼の姿に変身
【属性攻撃】【破魔】で槍に聖なる炎の魔力を纏う
私の前で神を騙るとは、余程死にたがりのようだな……!
【怪力】を以って聖槍を振るい、容赦なく斬り打ち穿つ
地を砕き(破壊工作・地形の利用)、木々を【なぎ払い】、地の利を得させない
強化された【視力】で逃走の前兆を見逃さず(情報収集・戦闘知識)、先回りする(ダッシュ・UCの飛翔能力)
逃げるというのならば、遠慮なく背中から斬るぞ
聖槍で穿ちながら【全力魔法】で炎を解き放ち焼き滅ぼす
鬼の所業?
鬼の目にも涙という言葉がある
邪悪に対する私には、それすらない
パラス・アテナ
アタシも子を持ったことがあるからね
依媛 アンタの気持ちは分からないことはない
理不尽な理由で子供の命を狙われる気持ちもね
本当のところを言えば、逃してやりたいと思わなくもない
だがね
オブリビオンのアンタ達をこのまま放置すれば
同じような母子を多く犠牲にする
アタシは猟兵なんでね
見過ごすことはできないんだ
二人とも骸の海へお還り
【弾幕】の狙いを依媛に集中
アイギスのマヒ攻撃と鎧無視攻撃で動きを止めつつ、ニケの2回攻撃と一斉発射でダメージを積み重ねるよ
敵の攻撃は武器受けと第六感で回避
食らったら激痛耐性
依媛が何を言おうと聞く耳を持たない
誰を傷つけようと殺そうとアタシは猟兵として生きると決めたんでね
…本当に胸糞悪い
●
「まつろわぬ土蜘蛛『依媛』、まつろわぬ土蜘蛛の神ねぇ」
依媛の前に現われた漆黒の光。
その光の向こうから現われた藤堂・遼子の言葉に艶然とした笑みを浮かべ、一瞬、自らの土蜘蛛の刺青を怪しげに光らせる依媛。
「私に、何か思う所があるのでしょうか?」
不意に、周囲の木々にまるで罠の様に張り巡らせられた魔法陣が淡く輝く。
そこから現われる無数の朝敵や謀反人など悪と歴史上に記された者達が、嘗て自分達が纏った武具を構え、更に無数の軍勢と共に依媛とその胎内に宿る嬰児を守る様に依媛の周囲を守る壁となっていく。
(「凄い数ね」)
到底一人では抗しきることが出来無いであろう大軍を見つめながら、そうね、と頷く遼子。
「お前の様な、土蜘蛛の神を贄にして偽神を降臨させる、か。神を孕ませて贄として、より上位の神を誕生させるとか面倒なこと、考えてくれるわね、と思っただけよ。……ふん、『依媛』って名前もお誂え向きよね。『依り代の媛』だなんて、そのまんまじゃない」
「ええ、そうですわね。貴女様の言う通り、今の私は『依り代の媛』。晴明様の儀式により哀れにも『嬰児』を身籠もった神。人柱、否、神柱、とでも申すべきでしょうか? その様な哀れな神に貴女達は、何故その手を掛けようとするのですか?」
「……囀るなよ、悪霊が」
依媛の問いかけに遼子が何かを答えるよりも前に、押し殺す様な声音が一つ。
黒き光の向こうからその姿を現したのは、銀髪金目でシスター服を纏った紅のアンダーリム眼鏡を掛けた娘、オリヴィア・ローゼンタール。
その瞳の向こうから光る金の眼差しからは、神を名乗る依媛への怒りが迸っている。
「最初の女リリスを例とするまでも無く、邪悪に対して私は容赦しない」
呟きと共に、黄金の炎にその身を包まれるオリヴィア。
――程なくして現れたのは、宵闇を斬り裂く白銀の天使だった。
その背に白き翼を閃かせ、その肢体を白銀のセイントグリーブと、ホーリーガントレットで包み込み、破邪の聖槍に聖なる炎を宿らせた大天使『メタトロン』を思わせる姿へと変貌を遂げたオリヴィアの糾弾に、ポツリ、と問いを投げかける依媛。
「邪悪、ですか」
嘲笑とも自嘲ともつかぬ表情で、自らの腹に宿りし『嬰児』を撫でる様にしながら頭を振る依媛。
その身に八本の蜘蛛の足を背負い、風に揺られる様に、或いは大地に根付く大樹の様に強く気高く美しき『まつろわぬ女神』へと変貌させながら、何処か悲哀を感じさせる声音で言の葉を紡ぐ。
「では、問いましょう。貴女方猟兵は、私共オブリビオンを『邪悪』と見なす。それは過去である私達が、この世界を骸の海に満たす事を退けるため。ですが、それが私達にとっての『正義』です。その私達の正義が執行される未来のために、今この身に宿りし『嬰児』を守ろうと戦う私達から見た時、果たして『邪悪』は誰になるのでしょうね?」
(「……今の世界に災厄を齎す事こそが依媛達にとっての『正義』、か。だが、その災厄により紛れもなく多くの者達が命を奪われる。……それを妨げるのが鬼の所業とは……笑わせる」)
それが、依媛の周りを覆う様に現われた無数の軍勢達を認め、漆黒の光の向こうから吹き付けるその風に黒衣【蝙蝠】をはためかせ、その身を十重二十重の無彩色の結界に包み込みながら、息を潜めて目視できる範囲でその空間に溶け込み会話の流れを伺っていた、薬師神・悟郎の答えだった。
ふと、悟郎は自分の視線が光の向こうから現われた猟兵達の一人と合うのを感じた。
猟兵……ボアネル・ゼブダイは連絡用にと誰にも気付かれぬ様静かに一匹の蝙蝠を解き放ち、悟郎の傍に置いていく。
「新たな猟兵達が、姿を現しましたか」
「お久しぶりですね、依媛。戦場で見ないと思っていたら、陰陽師の実験台になっていたとは」
ボアネルと共に現れた、ウィリアム・バークリーの呼びかけに、口元に微笑みを刻み裾を翻して美しく一礼する依媛。
「――いつぞや、江戸城で見た顔か」
鮮やかな一礼に共に姿を現した鞍馬・景正が、微かに眉根を潜めて依媛を見る。
その脳裏を過ぎるは、嘗て江戸城の要人を暗殺するべく姿を現わした目前の女。
そこで、もしあの戦いを阻止していなければ、斎藤・福等『首塚の一族』にも被害が及んでいた可能性があった事にはたと気がつき、薄ら寒いものを、その背に感じた。
(「だが……あの存在は、あの時確かに私達が討った。故に目前のこの存在は、あの時とは別の存在の筈」)
それが、まるで景正達を知っているかの様に振る舞うとは。
思案を巡らせる景正の様子を見て取ったか、依媛が笑った。
「簡単なお話ですわ。嘗ての私は貴方方と戦い、そして敗れた。その記憶はございませんが、その少年の言葉通りであるならば、私達は幾度か貴方方と対峙したことがあるのでしょう。故に私は、幾度も相対したと言う可能性に敬意を表して一礼をさせて頂いたのみ。となれば、それもまた何かの縁。その縁に免じて、見逃して頂く事は出来ませんかしら? 今は、子を孕んでいる只の女に過ぎない私を刃で斬る等、鬼畜の所業だと、そう思いませんか?」
「……」
依媛の問いかけに、景正は微かに目を細めた。
――既に、悪鬼の名を拝する覚悟はある。
故に、景正が移すは迷いでは無い。
景正が今、その瞳に移すもの、それは……。
「――かつて」
もし、この場に一般人や徳川軍の者達がいれば、依媛が身籠もった女である事も手伝い、見る者全てを色香に惑わせる様な、そんな艶やかさを孕む妖艶な微笑みを否定するべく粛々と言の葉を紡ぐボアネルだった。
「……鬼と呼ばれた女神は、己の子のためにと人里の子供を食らっていたが、聖者に己の子を隠され、仲を裂かれる母子の悲哀を知り、どの子であろうと我が子のように愛し守るという利他の心に目覚めた」
「――鬼子母神。十羅刹女の母たる女神、ですわね」
意味ありげに問い返す依媛に、そうだ、と首肯するボアネル。
「利他の心に目覚めし女神は人々に愛され、今も尚信仰の対象として、人々に敬われている。だが……顧みて同じ女神たる貴様はどうだ? この世界を蹂躙し、さらには腹の子を盾にして道を譲れと言って憚らない」
そこまで告げたところで、鋭く目を細めて湖面に波紋を生じさせる石に見立てて、言の葉を投じるボアネル。
「もし、我々が鬼なら、貴様は、それにも劣る下衆の畜生にすぎんな」
「かも知れませんわね。ですが……」
ボアネルの糾弾に同意しながらも、愛しそうにその腹部を撫でる依媛。
「この子と共に、生きる事が出来るのでしたら、その様な汚名、幾らでも甘受致しましょう。それもまた、新たな命を宿した者の責任ですわ」
「……子どもを殺すのは忍びない。身籠もった女を殺すのも。そして、邪法により愛なく孕んだ子でも母として守ろうとするのか?」
ボアネル達と共に姿を現したマレーク・グランシャールの依媛への問いかけを聞きながら、出水宮・カガリはふと思う。
(「……まるは、女が子を宿す、ということを、とても特別なものと感じる様だ」)
ヤドリガミの婚約者こそいるが、その先にあるかも知れない『子』というものは、カガリにとって未知のもの。
故に、マレークが此度のことをどの様に受け止めるのか、受け止めているのかを知りたいという考えがカガリの頭を満たす間にも、依媛はさも当然、と言う様に首肯する。
「ええ、守りますわ。……貴方方が、私達を討つのと同じ様に。この『嬰児』が私達の未来であり、希望であれば、例え何があろうとも」
「……そうか。だが、お前のその腹の中にあるのは子に非ず、邪法によりて晴明によって植え付けられた何かに過ぎない」
――チクリ、チクチク。
依媛の中のそれを嬰児では無いと否定しながらも、マレークの胸と脳裏を、針が突き刺す様な鋭い痛みが過ぎっていく。
されど、その痛みの理由を、マレークは掴めない。
それは……己が失われたことを知っている、失われた記憶の中だから。
――でも。
否……だからこそ。
「……まる」
それ以上を口に乗せること無く黙するマレークの肩に、しなやかな手がそっと触れる。
マレークがちらりと其方を見やれば、カガリが親愛を感じさせる柔らかな視線をマレークへと向けていた。
「ひとが背負うには、重過ぎるものもあるものだ」
「カガリ……」
カガリの言葉に、マレークが呻く。
カガリは、静かに首肯を一つ。
「カガリはものだからな。まるが背負わずともよいものでも、背負うことができる」
「……背負う、ね」
カガリの言の葉に感化された様に、ポツリと呟くは彩瑠・姫桜。
戦いの時がヒタ、ヒタと足音を立てて近付いてきているにも関わらず、姫桜は、schwarzとWeißを構えたまま動かない。
桜を象った玻璃鏡の鏡面は、湖に雨が降り注いで水音を上げ、雨粒を受け止めきれずに堤防を押し流し、人に害為す洪水を思わせる様な揺らぎを生じさせていた。
その目は、ただ静かに女神の姿と化しながら、愛おしそうに腹部を撫でる依媛へと向けられている。
姫桜の青い瞳に溜まるのは、白い水滴。
(「私は……」)
そんな、時。
「ご、ご先祖様っ!」
明らかに狼狽した様な、そんな声音が、依媛に向かって手向けられた。
(「こういう形で、依媛と出会うとは思いませんでしたわね」)
そう内心で呟き、薄らとその表情を曇らせたのは、黒岩・りんご。
「……ご先祖様?」
愛おしそうに腹部を撫でていた依媛が、微かにその形の整った眉を顰めている。
「お相手の事は伝わっていませんが、ご先祖様にも夫と子がいたでしょうにっ。でなければ、御身の末裔たる私達が存在しえないのですから! それを、その様にっ!」
動揺を押し殺せぬままに、悲鳴にも聞こえる声を上げるは、依媛の首塚を祀り鎮める隠れ里の神社の巫女、加賀・琴。
琴の姿を見て、何かを悟ったかの様な笑みを浮かべて依媛は何処か突き放す様な、冷たい声音で問いかけた。
「不自然に思うことは無いのですか? 何故、私の子孫である貴女が、私を祀るための首塚の一族となる必要があったのかを。いえ、違いますわね。必要があったのかでは無く……なれたのか、でしょうか?」
「……えっ?」
思わぬ反論に琴が怪訝の声音を上げるが、依媛はそれ以上は黙して語らず、また愛おしそうにその腹部を撫でるだけだ。
目に涙を溜める姫桜と、動揺の声音を上げる琴の様子に、彩瑠・理恵は複雑な表情を隠しきれない。
リエが戦わせろ、戦わせろ、と声を上げるが、そのリエの声が届いていないのでは無いかと思う程、理恵の心も又、様々な感情の揺れ動きに塗り潰されている。
――ましてや……。
(「琴さんは、ご先祖様と呼んでいるのですから依媛の子の末の筈ですし、姉さんも、私も……」)
其々に、躊躇する理由がある。
――だから……。
「あなたの言わんとすることは理解できる」
「そうだね。アタシも子を持ったことがある。依媛、アンタの気持ちは分からないことは無い」
静かに依媛へと理解を示した藤崎・美雪と、EK-I357N6『ニケ』と、拳銃を構えたパラス・アテナが姿を現したことは、琴達にとって救いとなったかも知れなかった。
「まっ……逃げたきゃ、逃げて貰っても良いんだけれどな、オレは」
そう言って軽く肩を竦めながら現れた白石・明日香の言葉に依媛は、愉快そうに笑い声を上げる。
「これは驚きましたわ。それならば、貴女が私が逃げるための道を作って下さるのかしら?」
「流石にそこまでは約束できないな。だが……」
「アンタにとっては理不尽な理由で、子供の命を狙われるその気持ちが分かるから、本当のところは、逃してやりたいと思わなくも無いって話だ」
『ニケ』と、拳銃の銃口を、女神と化した依媛に向けながら、パラスが明日香の言葉を引き継ぐ様に言葉を紡いだ。
それらの言葉を聞いた、その瞳と表情に迷いを抱えた館野・敬輔が、黒剣を抜剣しながら過去にウィリアム達と共に戦い抜いた事件に想いを馳せる。
――オブリビオンにも『情』がある事を知ってしまった、あの孤独な狼少年との戦いに。
そしてその情を体現しているオブリビオンが、また確かに目前に迫って来ている。
(「しかも、今回は……」)
「子を宿す者を屠るというのが外道とは承知はしています。そう……マレークさん達が言った様に、身籠もった女を殺す事が、如何に外道の所業であるのかも」
「……ええ、そうね。瑞莉の言うとおり。私達のこれは、正しく悪鬼羅刹の所業と言えるわ」
霊刀 秘幻を中段に構えながら、静かに姿を現した郁芽・瑞莉と、自らの右腕に絡みつく白い大蛇『瑞智』を鋭い破邪形態の槍へと変化させた荒谷・つかさが、パラス達の言の葉を引き取り告げる。
腹部を優しく撫でながらも、尚つかさ達の言の葉を受け止めながら、では、と問いかける依媛。
「何故、私を見逃して頂けないのでしょうか? 話をしてみれば、どうやら皆様は皆様の所業の意味を理解していらっしゃる様子。その上で敢えてこの戦いに身を晒そうとする皆様の思いを教えて頂きましょうか」
「それは、依媛。貴女の宿し子が未来に災厄を齎すと言う事が分かっているからです。……それを止めなければ、サムライエンパイアに未来はありません」
「オブリビオンのアンタ達をこのまま放置すれば、同じ様な母子を多く犠牲にすることになる」
瑞莉に同意する様に、銃口を向けたままその想いを告げるはパラス。
「然様。今貴様を逃せば、その胎の子が私達生きとし生けるものにとってどれだけの災禍を引き起こすか」
「だから……ご先祖様を見逃すわけには行きません。御身の末裔にして巫女として、御身が現世に現れればその度に再び眠りにつかせると、決めたのですから。鬼と言われようと、そもそも私達は羅刹です」
濤景一文字を抜刀しながらの景正の呟きと、大弊と神楽扇を手に取り舞の構えを取る琴の姿に、つかさが口の端に肉食獣を思わせる笑みを浮かべた。
「鬼は鬼らしく。期待に応えないと行けないわね?」
「……元より、一人の悪を殺して、万人を生かす覚悟がある」
つかさの呼びかけに景正が、己が覚悟を告げ、青眼に刃を構えた時、諦めた様に、依媛が溜息を一つ吐いた。
「話は平行線、ですわね。それでしたら仕方ありません。私は私の望みを果たすために、私の『嬰児』を守る鬼となりましょう」
軍勢をけしかけ、女神形態となった自らが即座に逃げの態勢を整える依媛の姿を見て、思わず敬輔が声を上げた。
「……依媛。何故お前は、俺達と話をした?」
幾らでも逃げる機会があったであろうに。
猟兵達も、自身も戦闘態勢を整えながらも、尚逃げる様子も、戦う様子も見せなかった事に疑問を覚えたのであろう。
敬輔の問いかけに、口元に妖艶な……少しだけ寂しげな……微笑みを閃かせて、依媛が告げた。
「こうなる事は知れていましたが、これでもまつろわぬ女神の名を拝命した者です。汝等人の子の話も聞かず、只逃げるというのでは、『神』の名が廃るというもの。そう、思っただけですわ」
「私の前で神を騙る、死にたがりが……!」
怒気を孕んだオリヴィアの鋭い糾弾には一切答えず。
依媛が動き出そうとした様子を見て、ウィリアムがルーンソード『スプラッシュ』を抜剣、その剣先で青と深緑色の魔法陣を作り出しながら告げた。
「依媛。かの魔軍将が紡ぎし邪法をその身に抱きし者。その命、呪法事絶たせて貰います」
ウィリアムのその言葉を引金に。
総勢18名の猟兵達と、まつろわぬ女神依媛と、彼女の率いる軍勢達の戦いが、遂に幕を開けるのだった。
●
「……Active Ice Wall! 皆さん、好きに使って下さい!」
各氷塊のプライオリティーを味方全てにする様、魔法陣に一言書き入れ、戦場を氷塊の群れで覆うウィリアム。
その間にも、依媛の解き放った軍勢が一気呵成に猟兵達に襲撃を掛け、依媛が近くの木々の隙間を縫って戦場から矢の如き速さで逃げようとする。
ウィリアムの呼び出した氷塊を蹴って上空へと飛び上がり、空中で幾重もの残像を呼び出しその距離を誤認させた瑞莉が、霊刀・秘幻で、自らの指先を切る。
滴り落ちた血を受けた刀身が深紅に染まり、太刀の大きさへと変貌する様を見つめながら、依媛のそのあまりに鮮やかな逃げ様に、思わず呻いた。
「逃げの一手……、これも子を宿した影響ですか」
――だとしたら、彼女の想いは如何程のものであろう。
瑞莉が複雑な心境を抱くその間に。
「この地を災厄で満たす嬰児を孕む者よ。貴様を逃がすつもりは毛頭無い。『錯迷の境地から脱し、信仰の鎧を纏い、大いなる主に忠誠を誓いし業火の騎士達よ、許多の難を一蹴し、恐れを捨て去り武勲を立てよ!』」
ボアネルの叫びに応じた46体の炎の聖騎士団が戦場を火で覆い。
「逃がすなんて選択肢は、まあどう考えても有り得ないわよね。『ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん』!」
聖騎士達により放たれた火で覆い囲まれた戦場を、遼子が邪神の胎内の一部で触手の迷宮へと上書きして、依媛の逃げ道を封鎖、更にその触手で亡者の軍勢を拘束させんと一斉に攻めかからせ。
「思う所もありますが、逃がすわけにはいかないのです。ぷちたち、取り囲んで!」
りんごが呼び出したりんごの少女時代によく似た容姿の180体の自動人形が依媛を包囲せんとワラワラと集い。
「身重であろうが、腹にいる内から罪を負わされようが、ひとの敵、であろう?
『いずみやいづる黄泉戸の塞。我は世を隔つ磐戸なり』」
遼子の胎内の迷宮の中で、カガリが自らの肉体の金髪が宙に舞い散っていくのを代償に、出口を、壁に紫から柘榴色へと変貌した眼差しを持つ、鉄門扉の盾へと変化させ、依媛を覆い囲んでいく。
「……元よりこの程度の修羅場など想定しておりますわ」
――先のやり取りの中で、交渉が決裂していたその時から。
呟きと共に、依媛がその背に背負いし蜘蛛の足を、カガリの本体である鉄門扉の扉……そこに宿る柘榴色の瞳に向けて振るう。
(「……カガリの本体が、何処にあるのかを見切ったか」)
見事なものだ、とカガリは内心で思いながらも、【内なる大神<オオカミ>】の神力で、蜘蛛の足を巻き取らんと鋭く睨む。
『吾は古のもの。鐵の門、其の礎。磐戸なる大神なれば。吾は閉ざし、隔ち、守るもの』
「マレーク」
蜘蛛の足を一瞬絡め取られた依媛の様子を見て取ったボアネルが静かに蒼玉を嵌めた優美な長槍碧血竜槍を構えたマレークに呼びかけ、更に自らの放った蝙蝠へと合図を送った。
――刹那。
(「この戦いに、空虚を感じるのは何故であろうな」)
自らの心の内にある強い喪失感と孤独が更に大きな飢餓となって、全てを喰らい尽くしたいと望む思いにその身と心を苛まれながら、マレークが碧血竜槍を依媛の腹部に向けて投擲し。
「遅いな」
姫桜の拘束ロープ、人形師葛葉より贈られた戦闘用懸糸傀儡、喜久子さんと共に神龍偃月刀を振るうりんご、もう一人の人格『リエ』へとダークネスカードを使用して人格を明け渡した理恵の殺意の刃。
三者三様の攻撃による援護によりその動きを阻害された亡者達の間隙を縫い、悟郎が黒風の如き速さで迷宮と化した戦場を駆け抜け依媛に肉薄、苦無【飛雷】、苦無【疾風】を複製した102とオリジナルの2本の苦無、合計104本のそれと共に、依媛の腹部目掛けて飛びかかった。
炎・雷・風・闇・光・破邪……。
多種多様な属性を帯びた苦無達が四方八方から依媛に迫るが、依媛は臆すること無く左手を天へと掲げ、振り下ろす。
――その頭上に生み出されたのは、白熱する光球。
「まつろわぬ女神の名において命ず。『嬰児』孕みし力無き娘を守るため、裁きの光を悪鬼達へと与えよ」
その場にはあまりにも場違いなその光球が破裂すると同時に無数の光線となって次々に苦無を叩き落とすが、その間にも悟郎は完全に依媛の死角に飛び込み、苦無【疾風】をその腹に向けて振るい、ほぼ同時にマレークの碧血竜槍がその腹部を貫かんと風を切って迫って来る。
「その様な光を使うお前が、慈悲を乞う様な可愛らしい存在の筈が無いだろう?」
悟郎の腹部を狙った攻撃に咄嗟に右手で緋色の結界を展開し、自らの腹部を守り抜きながら口元に艶然たる笑みを絶やさぬ依媛だったが、その表情が瞬く間に驚愕に彩られた。
何故なら、悟郎の手が滑る様に自らの胸元に飛び込み、そこから苦無【飛雷】のオリジナルを取り出し、依媛の足に向けて、投擲していたから。
「……読み違えましたか……!」
「そうだな。俺達の目的は依媛、お前をこの場に縫い止める事だ」
繰り出された苦無【飛雷】が雷を伴い、依媛の左足を貫く。
その足の内側から呪詛が入り込み、依媛の足を砕くべく踊る様に暴れ回った。
「ぐっ……くぅ!」
呻く依媛だったが、冷静さを失ったわけでは無いのだろう。
悟郎を振り払うべくこの国への憎悪の念を帯びた、黒と緋色に彩られた鋭い斬撃を解き放つ。
食らえば切断は免れえぬと判断した悟郎が、ヒット&アウェイの要領で大地を蹴って飛び、後退。
そこに……。
「滅びろ、邪悪!」
「ハッ! 六六六人衆のボクが妊婦だろうと遠慮すると思ったのかしら!
それにしても、羅刹を統べた刺青羅刹も堕ちたものね!」
天空から白銀の翼を羽ばたかせ、破邪の聖槍の黄金の穂先に破邪の炎を纏ったオリヴィアと、姫桜の守りを受けて強引にその包囲網を突破したリエが、影の様に張り付く血溜まり、鮮血の影業を刃と為して依媛に迫る。
だが……リエに対して依媛は意味ありげに嘲笑した。
「只の傀儡に成り下がった存在に、私が本当に敗れるとでも?」
それは、依媛の全身に深く、深く張り巡らされた憎悪。
憎悪の塊が、鮮血槍でその腹部を貫かんと突進したリエを真正面から容赦なく斬り刻んだ。
「がっ……!」
「貴女の言葉の意味の全てを、私には識ることは出来ませんわ。ですが、それでも感じるものはあります。それは、貴女が私達と同じく本来であれば、『とある過去の妄念』であること。そして……同じ妄念であれば、己が妄念を守るために、真に守るべき者がある私に一日の長があると言う事ですわね」
朱雀門制服を斬り刻まれ、苦々しげに呻くリエに視線を叩き付け、空中へと浮遊させ放り投げる依媛。
破邪の聖槍による一撃を見舞わんと迫っていたオリヴィアが空中でリエと衝突し、一瞬ではあるが隙を作る。
その間に、依媛の土蜘蛛の刺青が異様なまでに怪しい輝きを帯びた。
同時に依媛の周囲を守る様に、再召喚される亡者達。
背を奪おうとしたマレークが、カガリに素早く目配せしながら態勢を立て直すべく咄嗟に加速に急ブレーキを掛けて現れた亡者の軍勢達に抗するべく碧血竜槍を引き戻して身構え、ひっそりと溜息を一つ吐いた。
「腹を守っている内は、戦闘力を満足に発揮できまいと思っていたが……」
「私の中におります『嬰児』を守りたいのは、私だけではございません。この場にいる、全てのこの国に恨みを持つ者達です。彼等と私の想いが一つの形となって結実した時、その力が如何程の強さとなり得るのか、もう一度よくお考え下さいませ。……皆様」
その腹部を愛おしそうに撫でながら。
優しく、諭すような依媛の声音が、静けさを交えた邪神の胎内となりしこの戦場全体に、シン、と強く響き渡った。
●
(「……まずいわね、これは」)
戦況が依媛と、彼女の率いる亡者達の軍勢に傾きつつあるのに気がつき、一度軍勢によって分断された他の猟兵達に合流し、狂気を刈るモノで敵を薙ぎ払う事を選んだ遼子は思う。
(「本当に、貴女はその嬰児の『母』なのだな、依媛」)
遼子により軍勢の首が刈り取られる様を見つめながら、猟兵達に共感を与える透き通った美しい癒しの歌を奏でる美雪は思う。
それは、遼子の召喚した邪神の胎内から放たれる触手、ボアネルの呼び出した炎の聖騎士団達による浄化の神炎を乗り越え、その腕に刻み込まれた土蜘蛛の刺青に標的を定め、氷塊を伝って依媛へと肉薄しようとするつかさや、恵まれた身体能力で依媛に向かおうとする景正達の傷を癒し、心を賦活させるのに一躍買っていた。
「なんて……数だ……」
敬輔が呻きながら、右の青の瞳を蒼穹の如く輝きを発させ、黒剣を振り下ろす。
――その斬撃は、1にして2。2にして18。
依媛を討つ妨げとなっている死者の軍勢達をある時は黒剣を撥ね上げ、ある時は振り下ろし、ある時は薙ぎ払って徹底的に潰していくが、その心の中に育まれている迷いが、常に翳りとなって敬輔に問いかけてくる。
――お前は、それで本当に良いのか?
……と。
「敬輔。一人で先走るんじゃ無いよ」
先のやり取りで、自らが迷いを育んでいることを看破されたか。
咄嗟に亡者達からの攻撃を黒剣で受け流した敬輔に一斉に襲いかかってくる亡者達を仕留めるべく、パラスがIGSーP221A5『アイギス』の引金を引いて電磁波を解き放って亡者達の動きを止めながら拳銃をフルオートモードで掃射。
乱射し放たれた弾丸が、次々に依媛の盾となるべく集った亡者の軍勢達の頭部を撃ち抜き、或いは貫き、着実に依媛に迫る矛となる者達を送り出すべく数を減らしていく。
「……やらせないわよ!」
敬輔の横合いから現れた亡者の一人の刃を、schwarzとWeißを風車の様に回転させて弾きながら姫桜が叫んだ。
「……退けよ!」
残像を曳きながら現れた明日香が怒号と共に、全てを喰らうクルースニクを一閃、亡者達を纏めて斬り祓う。
「……御免なさい、皆」
「どうした、姫桜」
亡者達の群れの動きに景正達が足止めされているのに気がつき、一旦依媛との戦いをカガリ達に任せて離脱、異端の血を求める長剣、フランマ・スフリスに聖騎士達の生み出した浄化の炎を這わせ、周囲の亡者達を一斉に焼き払うべく薙ぎ払ったボアネルが、表情を暗くしたままに呟く姫桜へと呼びかける。
「何故、姫桜さんが謝るんですか?」
Stone Handの有効射程に依媛がまだ入らないと判断したウィリアムもまた、『スプラッシュ』の先端で十重二十重の青と深緑色の魔法陣を呼び出すと同時に、200を越える氷柱の槍を解き放ちながら怪訝そうに首を傾げた。
「姫桜さんは、何に悩んでいらっしゃるのですか?」
氷柱の槍に串刺しにされ、亡者達が呻きと共に消えていく様に、ぎり、と軽く歯がみをしながら自らの神社での神事、依媛を祭り鎮める儀式で舞う神楽舞で亡者達を鎮める琴の様子を気遣わしげにりんごが見やりながら、姫桜の話の続きを静かに促す。
「姫桜殿が、私達に謝罪する理由は何処にもありますまい」
納刀されている内は『静謐』、抜き放たれるや『怒濤』の剣風を起こす、先の晴明との戦いで無理をさせた自らの愛刀、濤景一文字を地面に擦過させると同時に、剣圧による空間の遮断を発生させ、鎌鼬状態となった場でズタズタに軍勢の幾何かを斬り捨て、常にその視界に依媛を入れてジリジリと接近を続けていた景正もまた、嘗て共に江戸城を守った姫桜の様子が気になったか、気遣いを孕んだ声音で問いかけた。
景正達の問いかけにschwarzとWeißを振るって亡者達を打ち払いながら、涙ぐんだままに、ポツリ、と言の葉を紡ぐ姫桜。
その腕に嵌められた腕輪に嵌め込まれた桜型の玻璃鏡が、雨で急流となった川の様に、激しく揺れ動いている。
――まるで、姫桜の心の揺らぎを指し示すかの様に。
「将来的に危険であることも、倒さなくては行けないことも分かっているの」
依媛とその身に孕んだ嬰児は、滅ぼすべきだという事が。
然れど。
(「依媛が腹部を優しく撫でる姿は……」)
――ピチャリ。
瞳から、勝手に涙が零れた。
何故なら、あの腹部を優しく撫でる依媛の姿は……その身に自らの弟を宿した時の母の姿と、あまりにも重なって見えてしまうから。
「……わたくしの本業、姫桜さんは知っておりましたでしょうか?」
その話を耳にしながら、ふと何かに思い至ったかの様に。
りんごが、ぷちりんごさん達を呼び戻して、遼子の呼び出した邪神の胎内からの触手にその身を拘束された亡者達を叩き斬らせながら姫桜に問う。
琴が神楽舞を舞いながらはっ、とした表情になる傍ら、姫桜は軽く首を傾げた。
「りんごさんの……本業?」
「ええ、わたくしの本業。それは医者で、専門は産婦人科です」
「……!」
小さく、静かに告げられたりんごの真実に思わず目を瞬く姫桜。
「まあ、琴さんの赤子を取り上げるのが夢でしたのに……琴さんのご先祖様の赤子は滅せねばならぬとは……因果ですわね、とも思っておりますが」
「ちょ、ちょっと、り、りんごさん! そもそも私にお相手はいないですよ!?」
赤面し思わず抗議の声を上げる琴に、小悪魔の様な悪戯っぽい笑みを浮かべて一瞬だが視線を送るが直ぐに目前の亡霊達へと視線を移し、はいからな娘の様な容姿の喜久子さんと共に、神龍偃月刀で亡者達を薙ぎ払いつつ姫桜に話しかるりんご。
「逃がすわけには行かないとは思いますが、一方で今回の件について思うこともありますわ。専門柄、身籠もった母親を看ることは何度もありました。やはり皆、子供を守るために必死だった様に思えますわ。そう言う意味では、琴さんのご先祖様も子を身籠もった母として、同じ心境なのでしょうね」
「……そうだな。実質この戦いは、2人のいのちを奪う所業でもある」
歌声を張り上げ、つかさ達が前線を支える力を持続させながら。
美雪が同感とばかりに首を縦に振る。
(「ましてや……」)
万が一、嬰児が新たなオブリビオン・フォーミュラ……否、オブリビオンにすらならなかったのだとしたら。
この戦いは尚更『大義なき戦い』としての様相を大きくし、真の邪悪はどちらなのかと依媛に問われた時、それに反論する術を失うだろう。
「……カガリさん達が押さえて下さっているとは言え、この戦いの、依媛の子を守ろうとする意志は、恐らく他の誰よりも強いでしょう」
同じく残像を曳きながら、軍勢に足止めを食らっているウィリアム達を援護するべく急ぎ戻ってきた瑞莉が、刀身の赤く染まった霊刀 秘幻を袈裟に振るって軍勢達を浄化。
『我が主にして盟友、瑞莉よ。この戦いの意義、如何に見るか?』
「……少なくとも、サムライエンパイアの未来を守るためには必要な戦い、と見ています。ですが……姫桜さん達の様に、悩む者達がいる事も、忘れてはいけない、とも思います」
知恵持つ霊刀 秘幻の問いかけに、そう返す瑞莉。
自らの血を与え、真の力を解放している霊刀 秘幻だが、その代償は重く、瑞莉の寿命がまるで紙やすりで削られていくかの様な、そんな鋭い音が聞こえてくるのを何となく感じた。
――戦いとは殺し合いであり、命のやり取り。
その事は重々承知しているが……そんな中で、その全てを忘れてただ剣を振り、殺戮を齎す破壊者と自分達がなってしまった時。
その先にあるのは、きっと……。
「……然様ですな。誰もが、ただ修羅の道を歩み、悪鬼の名を冠する必要はありませぬ」
瑞莉の言語化しなかったその部分を、景正は無意識に承知したのだろうか。
或いはそれは、戦では自らの羅刹の血を昂らせ、死線と切り結ぶ事を望む己が正剣遣いとしての矜持と通じる所があったのかも知れない。
(「悪鬼になる必要は無い、か……」)
その言葉を無言のままに受け入れながら、敬輔は再び黒剣を振るう。
その隙が出来れば、姫桜が前に出てその身を庇い、ウィリアムの氷塊が盾となって亡者達の攻撃を妨げていた。
「……我儘な話よね。依媛に武器を向けることは出来ないのに、此処に居て、この目で、この戦いの行方を見届けたい、なんて」
「それは人其々だろう。現に姫桜、お前は奴と戦うことは望まなくとも、亡者達から、私達を守るべく最善を振るっている。それを無碍に扱う程、私達は狭量では無い」
ボアネルがフランマ・スフリスに纏った焔で軍勢を焼き払う様を見ながら、溜息交じりに狂気を刈るモノを振るって軍勢の首を刈り取る遼子。
(「まあ……なんと言われようと、私は狂信者のあの女を、まつろわぬ神の首を貰えれば良いんだけれどね」)
続けざまに、邪神の胎内から放たれた蠢く触手で亡者達を締め上げてやりながら、遼子は溜息を一つ吐く。
姫桜達に言いたいことは幾らかあるが、一方でそれが連携を崩し、拮抗し、遼子達の優勢を手放す可能性が有ることに気がつき、口を閉ざし一連の話を聞き流す様にしながら、前進を続けた。
「……何にせよ。コイツらとの決着を付けないと、依媛の所には辿り着けない。姫桜がこの戦いの結末を見届けることも、私達がこの戦いに決着を付けることも出来ない事実は、変わらないわね」
――なれば。
それまで破邪形態と化していた瑞智のリーチを生かし、亡者達の群れを薙ぎ払っていたつかさが瑞智を両手で天空に掲げ、プロペラの様に回転させながら、一気に決着を付けるべく、自らの霊力に満ちた血液で描いた御符を瑞智に張り付け、そして声高に詠唱する。
――それは。
『現世に縛られし魂よ。我が祈りにて邪を破り、魂を清め、幽世へと旅立ちたまへ……!』
――力尽くの、浄化の光。
つかさの周囲に集う破邪の光に合わせる様に、美雪が高らかな声音で美しき鎮魂曲を歌い始め、ウィリアムが200を越えた氷柱の槍を天に向けて、解き放った。
(「安らかに眠れ……!」)
「……Icicle Rain!」
つかさと『瑞智』を軸とした眩い浄化の光が、鎮魂曲と氷柱の槍と重なり溶け混み合い、聖なる氷の雨となって降り注ぐ。
――それは、何処までも、何処までも美しく、清く輝く浄化の光。
「聖騎士達よ、今こそ聖戦の時だ」
「援護はする。力尽くで突破するよ」
朗々たるボアネルの声音に合わせる様に、高々と掲げ上げられたフランマ・スフリス。
そしてその剣に呼応する様に、大気を振動させ、自らを鼓舞する浄化の神炎操る聖騎士達。
パラスが、『アイギス』から放った電磁波の檻に絡め取られた亡者達を、聖なる氷の雨と、浄化の神炎が焼き尽くし……その魂を鎮魂するかの様に、美雪の澄んだ歌声が響き渡り、琴が荒ぶる神を鎮める神楽舞を天女の羽衣を風に靡かせ、太幣と、神楽扇を振るって舞いきり……依媛によって召喚された最初の亡者達の群れを一人残らず鎮めきった。
だが……。
「依媛の周囲にも、亡者達がいますね」
「そうですね。……恐らく、そう言うことなのでしょう」
ウィリアムの呟きに、瑞莉がある事実に気がつき沈痛そうに頷きを返し、ちらりと何処か確信を持った表情のつかさの方へと視線を向けた。
(「多分、あの時と同じよね、これ」)
亡者達を『黄泉還えらせる』門が何処にあるのかにつかさが気がついていた事に、恐らく依媛は気がついていたのであろう。
――故に、自分達を本隊と分断させるべく然るべき手を打った。
「……急がないと、行けないわね」
「そうですわね、つかささん」
喜久子さんを呼び戻したりんごがつかさに返事を返すのを合図に、つかさ達は依媛の元へと駆けていく。
その途中、敬輔の肩をパラスが軽く叩いた。
「敬輔。必要ならアタシを斬りな。……此処は戦場だ。幾らでも、そんな事故は起こり得る」
「……! パラスさん……」
敬輔の口から血が滴り落ちているのに、パラスは気がついていたのだろう。
そして、何故その様な事が起きているのか、その理由も、そして瑞莉と異なりそれを解決する方法があると言う事も。
「それなら私を斬って貰えるかしら。と言うか、その位はやって頂戴。それがきっと、私が抱える罪への贖罪に、少しはなると思うから」
「姫桜さん……分かった」
姫桜の言葉に敬輔がやむを得ぬ、と言った様に頷いた。
(「残念だが、果ての果てを見る事は出来そうに無いな」)
敬輔達の様子を見た明日香が、内心で退屈そうに舌打ちを一つ。
だが、だからと言ってそれは、この戦いで手を抜くべき理由には至らない。
故に、明日香は敬輔達と共に依媛の元へと戦場を一気に駆け抜ける。
――苦戦するオリヴィア達と共に、依媛との決着を付けるために。
●
「カガリ、まだ大丈夫か?」
「大した傷でもない。まるは何も気にするな。カガリは、ものだ。不落の城塞であり、鉄門扉の扉だ」
――依媛の蜘蛛の足による容赦の無い奇襲と、間断無く投入されていく亡者という名の消耗品。
彼等は決して疲れる事無く、戦いに迷うことも無く、己が主である依媛と、その腹に身籠もりし『嬰児』を守るためだけに、何の迷いも無く突進を繰り返す。
それは、依媛を包囲し覆い隠すカガリの依媛を囲う黄金城壁の傷を、確実に広げていた。
だが、カガリは決して崩れない。
【内なる大神<オオカミ>】の神力で依媛の動きを縛るのに呼応する様に、依媛が腹の子を庇いながら奮闘し、今にもカガリを破壊しそうな攻撃を受け止め続けている。
――現世と黄泉を隔てる大岩の神性。
これが無ければ、恐らくこの門は力尽くで突破され、下手をしたら脱出されていただろう。
「片足は縫い止めた筈だが……まだ、これだけの戦いが出来るとはな……!」
苦無【飛雷】、苦無【疾風】の合計102本の複製品を、空中に飛び出し全方位に向けて念力で操作して解き放つ悟郎。
苦無達が、まつろわぬ女神としての莫大な体力を支える亡者達の群れの腕や足を貫き戦闘不能に追い込み、或いはその急所を貫き止めを刺すが、最初の一手以外の攻撃は、未だ依媛に完全に届いていない。
「どうしましたか? これで、私と私の『嬰児』を殺すつもりだったのですか、猟兵の皆様?」
問いかけながらその背の8本の蜘蛛の足で、オリヴィアやリエ、マレークや悟郎を貫き、串刺しにしようとする依媛。
「貴様の様な邪悪なる者に、私達が負けるものか!」
「……堕ちた筈の羅刹を統べた、刺青羅刹が……!」
破邪の聖槍の黄金の穂先に纏った破邪の焔で纏めて何処からともなく湧き出た亡者達を焼き払うオリヴィアと、最初の痛恨の一撃で動きを鈍らせていたリエが鮮血の影業と殺意の刃を実体化させて次々に亡者達を穿ち、斬り裂き、浄化をし、消滅させる。
だが、その瞬間には憎悪の塊が血を思わせるどす黒い刃と化した三日月型の鋭利な殺気となり、リエや悟郎を切断せんと襲いかかってきている。
この状況下において、マレークは、それでも冷静に状況を具に観察していた。
(「今は、耐える。それが訪れるその時まで」)
――それにしても。
これ程の強さをその身に秘めた、依媛という存在は、一体何者なのか。
或いは……それだけ自らの身に宿る『嬰児』を強く思う心が、並のオブリビオンを遙かに超えた力を生み出すのか。
――金月藤門。自らの左手の甲に隠して刻んだ月と藤の意匠紋を起動させ、無数の自らの残影を投影し亡者達の目を引きつけながら、邪神の胎内と化した周囲の地形に溶け込む様に自らに迷彩を施し、至高の一手を与えるべくその隙を伺いながら、カガリをそれとなく気遣う表情をマレークが向けた、その時。
「オリヴィア!」
――声が、響いた。
その声の主が誰なのかに気がつき、オリヴィアが其方を見やり、その表情に喜びの表情を浮かべ、内心で更に士気が高まっていくのを強く感じた。
「つかささん!」
「遅くなったわ。もう少しだけ耐えて!」
告げながら瑞智を中段に構えて、目を細めて依媛の軌道を見切らんと様子を伺うつかさ。
つかさが何を見、そして感じているのかを察したか、その表情に微かに翳りを帯びながら、蜘蛛の足を一斉につかさに向けて撃ち出す依媛。
――だが。
「……依媛。私には、貴女を憎むことも、攻撃することも出来ないわ。……貴女を攻撃すれば、私が決してしてはいけないことを、している様に思えるから」
つかさに向けて放たれた8本の蜘蛛の足を、schwarzとWeißを風車の様に回して受け止めつかさの代わりにその身を貫かれ、喀血しながら姫桜が呟く。
――痛い。怖い。
それは何時まで経っても、姫桜の中で消えることの無い戦いへの恐怖。
それでも姫桜は立ち続けることを……見届けることを、選んでいた。
(「そうしなければ、私はきっと……」)
前を向いて、歩くことが出来ないから。
「ならば、そろそろ終わりにしましょう。全てを焼き尽くせし業火の炎よ……」
姫桜の覚悟を見て取ったか、高らかに詠唱を行ない始める依媛。
詠唱と共に上空へと飛び出した無数の炎の礫が、そのまま風に乗って姫桜達を焼き払わんと欲したその時。
「……Stone Hand!」
突如として依媛の足下が陥没し、同時にそこから岩石で作り出された両手が飛び出し、まるで亡者を引き込む死神の様に依媛の両足を掴み取り、地下へと引きずり込もうとする。
「くっ……!」
ウィリアムの不意打ちとも呼べるStone Handに、依媛が自らの術式への集中を解除させられた、その間に。
「2人とも、骸の海へお還り」
パラスが、『アイギス』から電磁波を放射して依媛の身をびくりと振るわせ、すかさず片手で扱える様にした、長い戦場生活を支えてくれているアサルトライフル、『ニケ』と、拳銃の引金を同時に引いた。
――バラバラバラバラバラバラバラバラ!
何千……もしかしたら、何万かも知れぬ。
無数の銃弾が戦場を飛び交い、依媛の体を……そして、その身に宿す『嬰児』を撃ち抜かんと飛来する。
「!」
死者達の群れを易々と貫き迫り来る脅威から『嬰児』を守るため自らの右手で腹部を庇い、緋色の巨大な結界を形成する依媛。
パラスの銃弾の全てを、その結界は余すこと無く受け止めたが、結界が微かに悲鳴の様に甲高い音を上げた、その時。
「その命、奪わせて貰う」
今が好機、とボアネルが異端を焼き払う裁きの炎を乗せたフランマ・スフリスに、その胎内からその身を食らわせる吸収の力を乗せた刃を袈裟に振るっていた。
「……させませぬ!!」
叫びと共に緋色の結界が更なる硬度を帯びた盾となり、ボアネルのフランマ・スフリスを受け止めるが。
「貴様の様な邪悪は……破邪の炎の海へと消えろ!」
その時には、天空を飛翔していたオリヴィアが双翼を羽ばたかせ、破邪の炎を帯びた黄金の穂先でその左肩を穿たんと鋭い刺突を繰り出していた。
――ピシッ……ピシピシピシッ……!
鈍い音と共に、緋色の結界がオリヴィアの聖なる焔を受け止めて熱されたか、硝子に罅が入る様な、鈍い音を立て、そこに。
「貴様の禍根、この悪鬼鞍馬・景正が必ず断つ」
沈痛さを称えた覚悟を感じさせる声音と共に、濤景一文字から大地を斬り裂く怒濤の斬撃が弧を描いて撥ねて罅の入った結界と衝突し。
「……我が盟友、霊刀 秘幻よ、その真なる力と共に、魔を断たん!」
『我が主にて盟友たる瑞莉の願い、委細承知!』
口から血を滴らせた瑞莉が、大上段から霊刀 秘幻を緋色の線を引かせながら一閃し、その結界を打ち砕いた。
「今です……!」
瑞莉のその言葉は、果たして誰に向けられたものであろうか。
――それは。
「母子共々、生かしておくつもりは全くないわ」
『破邪形態』の白き大蛇、瑞智と共に刺突を敢行し、その右肩の土蜘蛛の刺青を貫き穿ち、亡者達の召喚の連鎖を食い止めたつかさと、
(「……まる」)
傷だらけになりながらも、尚、柘榴色の瞳で、誰にも気付かれぬ様、泉照焔を通して合図を出したカガリ。
――そして。
「……許せよ、女」
その合図に応じて、空力を利用して黒華軍靴で空を踏みつけ、グルリと依媛の上空を舞い、その背後を取ると同時に、金月藤門による迷彩を解除したマレークに向けてだった。
――ゾワリ。
背後に感じた凍える程の殺気と、何かを悔やむ心により依媛が其方を振り向こうとするが。
「……いのちを踏みにじった晴明の置き土産……ここで討つ!」
隣の姫桜の腕を黒剣に掠めさせながら、全てを斬り裂く死の舞踏を舞う敬輔と。
「そっちを向かせるわけには行かないんだよ!」
全てを喰らうクルースニクにて依媛を斬らんことを欲する明日香と。
「これが、お前の末路だろう?」
死刑宣告に相応しいそれを告げながら、黒弓【影縫】に漆黒の矢を番えヒョウ、と撃ちだし、102の苦無【飛雷】と、苦無【疾風】と共に依媛の身を射貫こうとする悟郎と。
「まつろわぬ神にして狂信者たる依り代の媛! その首を私達に差し出しなさい!」
肉厚の大鎌、狂気を刈るモノで依媛の首を跳ね飛ばさんとその鎌を横薙ぎに振るった遼子によって、その動きを阻止された。
即ち、それは。
――ズブリ。
「ガ……ァァ……」
マレークの碧玉を嵌めた優美な長槍、『碧血竜槍』に背骨を貫かれ、自らの『嬰児』にまで、その槍の穂先が通りそうになる破滅の足音を、依媛に聞かせる交響曲。
「まだ、終わってはおりません……!」
『鬼』と化した女神の絶叫にも似た雄叫びと共に放たれた8本の蜘蛛の足がマレークを、黒華外套事貫き、その全身から夥しい量の血を流させた。
――が。
『……我が血をもって目覚めよ、我が身に眠りし暴食の邪竜』
正統なる怒りと憎悪をぶつけられた事により血渋いた自らの血を以て、神の死を齎す山祇神槍と、嵐を呼ぶ荒ぶる魔槍雷帝を邪竜へと変える事こそ、マレークの本当の目的。
鮮血のヴェールを纏った2頭の邪竜が、依媛とその嬰児を食らわんと暴れ回り、依媛の右肩から腹部までの肉を食いちぎり、その腹の『嬰児』を浮き彫りにさせる。
「ハハハハハハッ! 貰ったよ!」
「……終わりよ」
「……させませぬ!」
哄笑と共に、美雪の歌声を聞いて辛うじて立ち上がったリエが鮮血槍を、そしてその依媛の切り札足る土蜘蛛の刺青を貫き距離を取っていたつかさが瑞智を構えて同時に肉薄。
その攻撃に即応しようとする依媛だったが、その時には、明日香が呪剣ルーンブレイドを抜剣、全てを食らうクルースニクと同時に振るって、依媛が自らと『嬰児』を守る結界を作る機会を奪っている。
――その意味するところは。
彼女の胎盤の中で、この世に生を享ける事を待つ『嬰児』が無慈悲に、残酷に貫かれ、依媛が守るべき者が永久に失われる、と言う事。
「鬼の目にも涙と言うが……邪悪に対する私には、それすらない!」
リエの鮮血槍と、つかさの瑞智、そして……オリヴィアの破邪の聖槍。
血と、破魔の光と、破邪の炎を纏った三本の槍が、一斉に依媛の腹部を貫いた。
「ガ……ガァァァァァァァァァァァッ!」
無念の絶叫を上げながら、滅茶苦茶に暴れる依媛。
――俗に、土蜘蛛は時に『災厄』に例えられる。
伝説がある。
曰く、災厄を起こす土蜘蛛は、その災厄が過ぎるその時を待つのが一番の対処療法である、と。
その土蜘蛛の逆鱗に、此度、マレーク達猟兵は触れた。
――即ち、それは。
「オ……オォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!」
土蜘蛛の媛宮が、大嵐を呼び起こすことに等しい結果となる。
深紅の暴風が、自らの最も大切な者を奪ったマレークとリエ、鬼瓦で白き結界を呼び出し辛うじてその攻撃を防御したつかさと、白銀の防具に身を包んだオリヴィアを吹き飛ばし、畳みかける様に解き放たれた天に浮かんだ光球から放たれた光線が、明日香や敬輔を撃ち抜き、その場に崩れ落ちさせる。
「まる……」
あまりに苛烈な攻撃ぶりに、カガリの黄金城塞が崩れかけるが、カガリの内なる大神<オオカミ>が、マレーク達が地面に叩き付けられるのを抑え込み、辛うじて意識をマレークとリエとオリヴィアが失わせるだけに留めた。
「ガァァァァァァァァ! 猟兵……!! 猟兵……っ!!」
呪詛とも取れる呻きを上げながら、その背の8つの土蜘蛛の足を飛ばし、地に伏せている意識を失った者達に止めを刺す事を欲する依媛。
その光景に胃の腑から込み上げてくるものがあるのを感じながらも、尚、決してその目を逸らすこと無く。
リエの前に、姫桜が立ち解き放たれた土蜘蛛の足を受け止め、マレークに向かった蜘蛛の足を、ボアネルが辛うじて飛び出してフランマ・スフリスで受け止めている。
オリヴィアを狙った蜘蛛の足は、辛うじて立ち上がった悟郎がオリヴィアを突き飛ばす様にして前に立ち、代わりにその蜘蛛の足に貫かれ、ポタ、ポタと血を滴らせていた。
「……腹の子を救いたいのならば、『黄泉還って』みせよ。尤も、それは――かの黄泉津大神ですら、適わなかったがな……」
そんな戦況の中で、あくまでも冷静に諭す様に。
そう告げながら、マレーク達を守ったカガリの言葉に憎悪も露わに、依媛が黄金城塞事、この地域一帯を吹き飛ばすべく魔力を解放しようとしたその瞬間。
「……『羅刹の戦場剣法、薙ぎ払いし後に残すは屍山血河のみ』」
濤景一文字を、倍以上の刀身を持つ野太刀へと変化させ、自らの持てる全ての膂力と目にも留まらぬ早業で一閃させる景正。
――秘剣・羅刹の太刀。
神速の抜き打ちで放たれた一刀が、既に傷だらけの依媛の肉を、骨を断ちきっていく。
その手応えのあまりの重さに、思わず顔を歪める景正。
(「如何に悪鬼羅刹の名を拝する『覚悟』を持つとしても、この悲哀と憎悪は……」)
――決して断ち切りえぬ、永久の罪となりうるだろう。
それをも踏み越える覚悟を持ったまま、濤景一文字を振り切る景正。
その刃に致命傷を受け、依媛が血の泡を吹きながらも尚辛うじてその場に立ち、未だ戦わんことを欲している。
「討ちます、ここで!」
先の狂乱の一撃を直感と、これまでの武技の使い手から引き継いだ卓越した受け流しの技で辛うじて耐え抜き、前進に打撲傷を負いながらも尚立ち続けていた瑞莉が、深紅の煌めきを欲する霊刀 秘幻を返す刃で逆袈裟に振り抜いて、傷だらけの依媛の体を切り裂き、更にその胸に刃を突き立てながら、深紅の衝撃波を、依媛の内側から暴発させて依媛の体をグラリと傾がせた。
「……琴さん!」
今が好機と見て取って、両手を地面に付けて竜脈を制御し、その足を捉えるのに全力を注いでいたウィリアムが、目前で起きている残虐な光景を表情を強張らせ、顔を青ざめさせてその場に立ち竦んで見ていた琴へと呼びかける。
先の大嵐から続けざまに放たれた連続攻撃によって、既に五体満足に動けている者は殆どいない。
依媛の首を狙った遼子も先の一撃に巻き込まれて負傷を負い、自らの体力を空になるまで消耗しきった景正も疲労を隠せぬままに、その場に立っている。
ボアネルや悟郎、つかさや敬輔も、似たり寄ったりな状況であった。
辛うじて美雪の歌がこの場に響き渡り、パラスの二丁拳銃から放たれる弾幕が、依媛のこれ以上の攻撃を阻害するが、美雪の歌と、パラスの弾幕だけでは、とてもでは無いが、依媛の次の一手が来るよりも前に、つかさ達を癒して動ける様にする事も、押し切って討滅する事も出来そうに無い。
「ご……ご先祖……様……」
トン。
震える琴の肩に触れる、優しい手。
振り向けばそこには、何処か血の気の色を失いながらも、お願い、と言う様に静かに頷くりんごの姿。
「後はお任せ致しますわ。琴さん」
りんごの呟きに頷いて、一つの決意を胸に影打露峰を引き抜き、ウィリアムの氷塊を駆け抜けて接近、剣舞と鎮魂の神楽舞いを奉納しながら、穢れを切り裂き、祓い清める破魔の刃と化した影打露峰を横薙ぎに振るう琴。
「そろそろ決着を付けようか、依媛」
呟きながら、ニケと拳銃が空になるまで撃ちつくさんと、ひたすらに引金を引き、残された全弾を依媛に叩き込むパラス。
合わせる様に残された力を解き放ち、右手を振り上げたウィリアムがIcicle Edgeを唱え、200を超える氷柱の槍で依媛の目を、或いはその足を貫いていく。
「……『禍つを、断ちます……!』」
身動きが取れなくなっていた依媛のもとへ、ウィリアムの呼び出した氷塊を渡って肉薄、叫びと共に振り抜いた琴の破魔の刃が、依媛を斬り裂いた。
――刹那。
暴走し、我を見失っていた依媛の瞳に、臨終の間際故か、理性が宿る。
その瞳は、自らの子孫を称する琴と、自らの『嬰児』を貫き晴明と依媛達の陰謀を打ち砕いた、その場に倒れ込んでいるマレーク達猟兵への賞賛と憎悪に塗れていた。
「――これまで、ですか。申し訳ございません、晴明様。お約束……果たせぬままに……」
無念の声音で、そう呟きながら。
血の泡を吐き出しながらその場に崩れ落ち、光となって消滅していく依媛とその『嬰児』の最期を、姫桜はギュッ、とその腕に嵌め込まれた桜鏡を握りしめ、その瞳から大粒の雫を零しながら決して目を逸らすこと無く見届けたのだった。
●
「……依媛」
消えていった依媛とその『嬰児』の姿を見送りながら、静かに祈る様に、ウィリアムが囁いている。
「あなたに宿った生命は、『神の子』でも『偽神』でもなく、ただの『罪の子』に過ぎません。だから、ぼく達は……『罪の子』がこの世界に解き放たれるよりも前に、あなたごと討滅するしかありませんでした」
それが許しか、真実かは判然としない。
然れど、討滅しなければならないという理由を祈りに変えて、言の葉を紡ぐウィリアムの姿は、何処か神への許しを乞う人々を、教え諭し導く聖職者然として見えている。
「……これが、僕達の斬った罪、か」
何とか起き上がった敬輔が誰に共無く呟くが、酷く胸の中を寒風が吹いていく様な、そんな虚しさ、悲しみを覚えた。
「……悪く思うな、依媛。アタシは猟兵として生きると決めた。だから、骸の海から蘇ったアンタを倒さないわけにはいかなかったんだよ」
――例え、誰を傷つけようと、殺そうとも。
パラスはその胸中を口に出して整理するが、胸の中を這い回る嫌な感覚は拭えそうに無い。
「……本当に、胸糞悪い話だね」
「そうね。でも……それが、私達の役割よ」
つかさが何処か疲れた様に呟きながら、その腕を守っていた鬼瓦を外し、瑞智を破邪形態から慰霊形態へと戻して息を吐いた。
(「……依媛。あなたは、晴明に利用された憐れな女、そしてあなたの身籠もった子も、憐れな嬰児」)
――だから、私は弔いの慰霊碑をこの場に作り、瑞智と共に、その魂の安らかな眠りの為の祈りを捧げよう。
それがつかさの、戦巫女としてのけじめだから。
「……願わくば」
利用された憐れな女と嬰児の魂を慰めるべくその場に墓石を作り始めるつかさの姿を見て、静かに琴が鎮魂の神楽舞を捧げるその様子を見ながら、祈る様に、美雪が呟く。
程なくして……静かな、魂の安らかな眠りを祈る鎮魂曲が、その場へと捧げられた。
(「どうか今度は、オブリビオンでは無く……人として、出会わんことを」)
美雪の祈りが、果たして通じるのかどうか。
――それは……誰にも分からなかった。
大成功
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