エンパイアウォー㉙~呪われし聖母に捧げる弔歌
●偽神降臨
「わっる……! 趣味わっる……!」
ユメカ・ドリーミィは、ぷかりと浮かんだシャボン玉の向こうから、可愛らしい顔を嫌悪に歪めて覗かせた。驚く猟兵たちに、ユメカはきまり悪そうに説明する。
「ああごめんね、予知が見えたの。みんなの頑張りのお陰で、魔軍将の安倍晴明はやっつけることができたんだけど、あいつ、なんかすっごい、やな感じの置き土産を残していったのよ」
奥羽地方に安倍晴明の研究施設が発見されたという。その施設自体は破壊されたが、そこにかくまわれていた、あるオブリビオンが逃走したらしいのだ。
「晴明がやっていた研究っていうのはね、――偽神降臨の邪法……つまり、『人造のオブリビオン・フォーミュラを創る研究』ってことらしいの」
思春期の少女らしい潔癖感に溢れた口調で、ユメカは眉をしかめながら続ける。
「つまり、……女性オブリビオンに、その……あ、赤ちゃんを…産ませようってことなの。――『邪神の子』を。……信じらんないでしょ!? 女性の身体を何だと思ってるの! ただの道具とでも!? ムカつく! 晴明ムカつく!」
ジタバタと足を踏み鳴らし、手を振り回してユメカは暴れた。その勢いに驚いたように、シャボン玉が漂って行き、パチンと割れる。
まあまあ、となだめる猟兵たちに、ユメカははっと我を取り戻し、しょんぼりとうなだれた。
「うう……ごめんね。オブリビオン・フォーミュラになるかどうかはともかく、もし邪神が生まれちゃったら、将来のサムライエンパイアにとって危険な存在になることは確か。……で、もうすでに、オブリビオンのおなかの中には……いるみたいなの、邪神の子が。だから……」
言いにくそうに、ユメカは言葉を継いだ。
「だから、オブリビオンごと、やっつけなきゃいけないの。邪神の子を。……残念なんだけど、オブリビオン自身も邪神の母になることをとても誇りに思ってるみたいで、説得とかは無理。倒すしかないみたい。だから、彼女は何よりも邪神の子を産むことを優先すると思うから、戦い抜くよりも、隙があったら逃げようとするはずよ。それも注意が必要かな」
ユメカは、ふう、とため息をついて、猟兵たちを見回した。
「オブリビオン自身が、自分が道具にされることを望んじゃってるっていうのが、とても悲しいとあたしは思うの。でも……だからこそ、倒して解放してあげて。お願いね」
●聖母の祈り
「あな、嬉しや。かつては慕った男に、そして友と信じた女に裏切られ果てたこの身が、今や望まれて尊き母堂になることができるとは。ふ、ふふ……愛しい我が子、愛しい我が神。必ずや、あなた様を無事に産み落として進ぜましょう、この母が。邪魔立てするものはすべて燃やし尽くして見せまする」
まだ膨らみも見えない腹部を愛しげに撫でさすり、オブリビオン――徒花大夫は陶然と呟く。
子を護る母の強さと恐ろしさは誰もが知る通り。
それが呪われた子であったとしても。
猟兵たちよ、侮るなかれ。
天樹
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
こんにちは、天樹です。
戦争シナリオのため、ある程度スピード重視でリプレイを作成させていただきます。
今回のポイントは「説得は無理」「隙があれば逃げようとする」の二点です。
逃走の手段は強引な突破だけとは限りません。キャラクターたちの情けや優しい心に訴えようとするかもしれません。
邪神とはいえ、まだ生まれぬ子に本当に罪はあるのでしょうか……。
まあ、「オブリビオンと言うだけで十分だ! 死ねえ!」でも問題ありませんが。
では、どうぞよろしくお願いいたします。
第1章 ボス戦
『徒花太夫』
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POW : 傘妖扮人魚
【烈々たる炎の雨を降らす人魚態】に変身し、武器「【傘『開花芳烈』】」の威力増強と、【炎の海を泳ぐこと】によるレベル×5km/hの飛翔能力を得る。
SPD : 指切立心中
自身の【切り落とした指】を代償に、【馴染みの客の亡霊たち】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【各々の職業に即した武器や青白い幽鬼の炎】で戦う。
WIZ : 怨魂着金魚
自身が【怨み、辛み、妬み】を感じると、レベル×1体の【決して消えぬ怨讐の炎で創られた金魚】が召喚される。決して消えぬ怨讐の炎で創られた金魚は怨み、辛み、妬みを与えた対象を追跡し、攻撃する。
イラスト:古ゐ手
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「多々良・円」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
峰谷・恵
「安倍晴明と直接戦った感じ、オブリビオンも人も自分以外全部暇つぶしの道具にしか思ってなさそうなやつだったね」
他の猟兵と連携を取る。
空在渾の最高速時速5100kmの飛行状態で敵を追跡、絶対に逃さないよう徹底的に、マーク。
追いついたら空在渾で強化されたMCフォートの連射(2回攻撃+鎧砕き+誘導弾)を当て続けて足止めしながら削り、敵が呼び出した霊はアームドフォートの砲撃、金魚は熱線銃の連射で対処。
炎の雨はダークミストシールド(盾受け)と4重防具(オーラ防御)で耐え、炎で目眩ましされないよう注意して追い続ける。
もし炎に紛れてにげるようなら神殺しの直感(第六感)で邪神の子を捉えて追跡。
トリテレイア・ゼロナイン
※ダメージ歓迎
邪神の子…思うことは多々
母が邪神として育てる以上、逃せば多くの悲劇を齎すでしょう
騎士ならば…ではなく、「私」の意志で母子共々殺めます
貴女のような同情を誘う存在を何度も骸の海に送ってきました
この世界で言うならば「悪鬼羅刹」と捉え全力で抵抗しなさい
炎の海のダメージは自身を●ハッキングし無理矢理無視
近接攻撃から逃走を図る太夫へ格納銃器で●だまし討ち
傘で防御させた隙にワイヤーアンカーでの●怪力●ロープワークで引き寄せ尾を●踏みつけ、ヒレを破壊し逃走阻止
傘を●盾受けで打ち払い、殺害目的でUCで急所を攻撃
…これで骸の海に還るまで、痛みは無いはずです
介錯を望むか、存分に恨み言を吐き出しなさい
「あ、奇遇ー。この間、晴明と一緒に戦ったよね」
峰谷・恵(神葬騎・f03180)は、豊かな胸を弾ませ、眼前にそびえる見知った巨体に声をかける。
トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)はその挨拶に応じ、凛然とした白銀のボディを慇懃にかがめた。
「その節はお世話になりました。……その晴明の後始末までもご一緒になるとは、何と申しましょうか」
「だねー。……晴明と直接戦った感じ、オブリビオンも人も、自分以外全部暇つぶしの道具にしか思ってなさそうなやつだったね、あいつ」
「……そうでしょうか……」
トリテレイアの疑問の声に、恵は小首を傾げ、不思議そうな顔を向ける。トリテレイアは慌てて手を振り、言葉を継いだ。
「あ、いえ。……晴明はおそらく……『自分自身さえも』、自分の暇つぶしの道具としか考えていなかったのでは、……そのように思いまして」
「なるほど、そうかも。……そこまで行くと、もう理解しようって方が無理なのかもね」
「ええ、今回のこの事案に関しましても」
二人は一瞬言葉を切り、視界の彼方を見やった。
その先には、オブリビオン――邪神の子を宿した、昏き聖母がいるはずだ。
晴明の「研究」の成果。
それさえもおそらくは……理解しがたい彼の者の、悍ましき「暇つぶし」の成果……。
総身をぞわりと走る嫌悪感を無理やりに振り捨て、二人は各々身構える。
「じゃ、行こうか。ボクは空から、トリテレイアさんは陸から、挟撃って感じかな」
「承りました」
飛び立とうとして、恵はちらりと振り返る。
言葉にはしない。ただ、そのウォーマシンの精悍なマスクを見つめる。
鋼の戦士もまた、黙したまま頷いた。
互いの覚悟を。――子を宿した母を討つという覚悟を。
その短い時間で確認して。
猟兵たちは追撃を開始した。
「おのれ……猟兵……!」
奥羽山脈の奥深く、大森林を走破しながら、徒花太夫は鋭い舌打ちを飛ばした。
天を覆うかのごとく繁茂する大樹の枝の隙間からでも、虚空を貫いて飛翔する恵の姿、そしてその大気を斬り裂く轟音は伺い知れたからである。
そう、神殺したる恵の直感は、太夫の胎内に息づく邪神の子の脈動を鋭く感知して逃さない。
「なら……ばっ!」
太夫は真紅の裾を翻す。艶やかなその姿は紅蓮に燃え上がり、炎の海を呼び起こして、変化する――目も覚めるほどに鮮やかな、炎の人魚へと。
燃え盛る炎の嵐を自在に泳ぎ渡るかのように、太夫は自らも空中へ躍り上がり、恵を迎え撃つ。
驟雨のように降り注ぐ灼焔の散弾。それを、恵は漆黒の霧を盾として防ぎつつ、マシンキャノンをフルオートで乱れ撃って太夫を穿たんとする。
「負けませぬ。この御子のためにも、……負けませぬ!」
歯を食いしばって決死の形相となり、太夫は舞う。炎を散らし、空を駆け、あたかもそこが彼女の大舞台であるかのように。
ああ、何たる語義矛盾か。
このオブリビオンは今――愛のために戦っているのだ。
そう、オブリビオンが。子を護る愛のために。
……けれど。
悲壮にして皮相。
愛は――必ずしも勝利を得られるものではなかった。少なくとも、この場においては。
ついに恵の一撃が太夫を撃ち抜き、彼女は絶叫を上げ、真っ逆さまに地上へ堕ちる。
止めを刺そうとゆっくりと舞い降りる恵に、けれど太夫は再び轟焔を燃え盛らせた。
恵は微かに目を見開く。森林に炎が飛び散り、見る間に大火災が起きていく様を見て。
鳥が、動物たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。
太夫は血色の薄くなった顔でニヤリと笑む。
「いかに? 猟兵。この火災を消し止めねば、この森は燃え尽き、か弱き動物どもは消し炭となり、さらには山のふもとまで燃え広がって、人間どもをもみなみな、灰と為すでありんしょう。さあさあ、その悲劇を食い止めに行かずとも良いのでありんすか?」
恵は、相手を、生き汚いと、無様で惨めだと、嗤うこともできた。
けれどそれはまぎれもない、懸命な生への執着でもあった。
自分のためではなく。
――我が子のために。
なりふりを顧みない、母の姿であった。
しかし、それゆえに。
恵は短く答える。
「あんたを倒してから、それは考えるよ」
ぐっ、と太夫は修羅の形相となる。その後ろから、静かにもう一つの声が響いた。
「ここであなたを逃せば、今よりさらに多くの悲劇を齎すでしょう。それゆえに」
振り返った太夫の視線の先には、白銀に輝く鋼の巨体があった。
追いついてきたトリテレイアの姿が。
そのセンサーアイは今、光を消している。
無論、大火災の中にあっては光学センサーも熱感知センサーも精度を失っており、意味がないがゆえに、機能をカットしているにすぎない。恵のナノマシンアーマーの位置情報とリンクすることで、トリテレイアの行動に支障はない。
しかし、傍目からは、それでもまるで……トリテレイアが目を閉じているかのように、見えた。祈るかのように。瞑目しているかの、ように。
「鋼の武者よ。わっちは、何もしておりませぬ。ただ晴明どのに呼び出されて儀式を行ったのみ。……いえ、わっちは良い、この御子は、まだ生まれてもおりませぬ。それにもかかわらず……手に掛けるというのでありんすか? それがもののふの道でありんしょうか?」
すがるような太夫の言葉に、トリテレイアは低く答える。
「騎士ならば、ではなく。……『私』の意思で、今、私はあなたがたを殺めます」
それは、トリテレイアの自己の定義づけに対するあまりにも過大な負荷であった。
騎士たらんと求め欲する彼の基本アルゴリズムを、彼自身が否定しようというのだから。
バグを起こそうとする己自身を、しかしトリテレイアは強引に押さえつける。自分自身をハッキングすることで。
その一瞬の隙を突き、身を翻して逃げようとする太夫を、しかしトリテレイアの格納銃器が狙撃する。もんどり打って倒れ込んだ太夫に、トリテレイアはさらにワイヤーアンカーを撃ちこみ、引きずり戻すと、そのヒレを巨体で踏みつけた。
「介錯を望みますか? それとも、存分に恨み言を吐き出すならそれも御随意に」
動きを止められた太夫に、トリテレイアは『慈悲の短剣』を振りかざし、無情に問う。
これで、痛みもなく、静かに眠るように、彼女は逝けるはず。
だが。
太夫はそのどちらも選ばなかった。
彼女は、最後の力を振り絞り、……己のヒレを己自身で引きちぎったのだ。
同時に、炎を巻き起こし、トリテレイアの巨体の足元、その大地を溶かし崩していた。
思わず体勢を崩し、よろけるトリテレイア。恵がすかさず銃撃するも、広げて舞わせた傘がその弾丸を防ぎ、同時に恵たちの視界を塞いでいた。
二人が燃え落ちてきた大木を跳ねのけた刹那の後、太夫の姿はどこにも見当たらなかった。
「……強いね、母は」
小さく慨嘆する恵に、トリテレイアは微かに頷く。
「いいの、追わなくて?」
「確かにこの火は燃え広がりすぎました。まずは火災を消し止めましょう。それに……」
「それに?」
恵の問いに、トリテレイアのセンサーアイが遠い光を放つ。
「――あのものは、いずれにせよ永くはありません。そのように、私は観測しました」
「深手は負わせたけど、まだ致命傷じゃなかった気がするけど」
「……あのものは、仮に我々の攻撃で傷を負わなくとも、おそらく……」
トリテレイアはそれ以上語らず、鎮火のために身を翻した。
静かに見守る恵の目には、その大きな背中が、何処かとても小さく見えた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
才堂・紅葉
「あの外道。もう百発位は殴り倒しておくべきだったわね」
舌打ちし小さく息を吐いてマインドセット。
やろう。
六尺棒を小脇に構え【野生の勘、見切り、呪詛耐性、激痛耐性】で亡霊達の攻撃を凌ぎ、正面から彼女に肉薄する。
隙あれば【ロープワーク、メカニック、吹き飛ばし】で伸ばした三節で殴打。
「その子が生まれては都合が悪い。死んでもらうわ」
【殺気】を込めた氷の眼差しを向け、【気合、グラップル】でお腹を抉るように爪先蹴りのフェイントをかけ、【クィックドロウ、鎧無視攻撃、属性攻撃】のリボルバーで頭部を狙う。
「あなたは母親なのね。だから死ぬの」
母親を選んだから死ぬ状況。そうやって選ばせるのがせめてもの【優しさ】だ。
ニレ・スコラスチカ
急がなければ。
無垢なる魂に罪はありません。
しかし産まれた時からその子はオブリビオン。つまり、罪深き異端。その前に葬送を。
【胎動】を使い、高速移動で貼り付くように戦います。まず強化された生体拷問器の攻撃と同時に蠢く臍の緒を繋ぎ、亡霊の中でも敵を見失わないように。【呪殺弾】の爪弾は腹部を狙い、命中すれば即座に【傷口をえぐる】、です。
敵の攻撃は高速移動で避けますが、わたしの目的はお腹の子を救うこと。損傷は問題としません。基本的には回避より攻撃を優先し、必要とあらば【激痛耐性】で受けて【カウンター】を。
……もし、生まれながらの罪があるなら。
生まれなければ、いいのです。
どうか安らかなるままに。
ミアミア・メメア
オブリビオン!死ねえ!と行きたいのに、なんだこの感じ。モヤッとして気持ち悪!猟兵ってこんな仕事ばっかりだな!
炎の雨も、泳ぐ姿も、あの赤くて小さい魚の様だ。火中を舞う姿を眺め、私はそれを【学習】する。覚えた動きを読んで追い、爪先でも触れることが出来たなら、そこを【掴んで】そのままUCで爆破し、武器も体も全て鎖で結び付けよう。そうなれば周囲をUCで穿ち固定することもできるだろう。それでおしまいだ
火の中で少し熱い。爆発もちょっと痛む。炎が綺麗だ。お前は今どんな気分だ?
嬉しくても悲しくても、噛み砕いて終わりにしよう。嘆くことはない。元々全部いつかは終わる。幸せな夢の後で、目覚めるのが少し悲しいだけだ。
「あの外道。もう百発位は殴り倒しておくべきだったわね」
小さく、しかし鋭い舌打ちを飛ばし、才堂・紅葉(お嬢・f08859)は苛立ったように髪をかきあげた。脳裏に浮かぶ怨敵の姿を苦々しげに振り払う。
そのまま目を閉じ、細く長く、調息をして。
「……やろう」
ぽつりとつぶやき、開けた瞳からは、もはや動揺の色は消えていた。
熟練の戦場傭兵にして練達の戦闘巧者である紅葉。その彼女が、感情の切り替えに 僅かとはいえ時間を掛けなければいけないことを、紅葉自身は己の甘さと苦笑し自嘲するだろう。
然り、それは甘さと異名を取るに相応しい優しさである。
だが、優しい甘さを微塵も持たぬものが、この戦場にいていいものだろうか。
この血塗られたミッションだからこそ、せめてひとかけらの想いを、無情の刃に込める。それもまた、あるべき猟兵の姿と言えるのだろう。
「急がなければなりませんね。紅葉さん」
そんな紅葉に、ニレ・スコラスチカ(旧教会の異端審問官・f02691)が声をかける。
漆黒のケーブが翳のように風になびき、揺らめいた。
ニレの白皙の美貌に引き結ばれているのは迷いのない決意。
――救済の、決意。
そう、彼女は救う。人々も、世界も、異端さえも。
だが、救い? ……救いとは?
何を持って救いと為すのか。その答えは既に、当然のようにニレの心中にあって、寸毫たりとも揺らぐことはない。
澄んだ……異様なほどに澄み切った光を放つ瞳を、瞬きもせずにニレは一点に向ける。徒花太夫の駆け抜ける森の奥へと。
生体拷問器が、獲物を求めるかのように、ニレの小さな手の中で蠢いたように見えた。
「なんだこの感じ。モヤッとして気持ち悪! 猟兵ってこんな仕事ばっかりだな!」
ミアミア・メメア(静かな竜の荒ぶ夢・f19238)は林立する剣のような牙を噛み鳴らして不満そうに唇を尖らせる。
悪いオブリビオンを噛み砕いて、倒す。蹴って踏んで噛んで倒す。それでよし。そう、ただそれだけでいいはずなのに。
いや、表面上は何も間違ってはいない。
相手は「悪いオブリビオン」であり、それを「ただ倒せばいい」。それに違いはないのだ。
……そのはずなのに。
噛み切れない、飲み込み切れない落ち着きの悪い思いが、ミアミアの口中に苦みのようにわだかまり、その黄金の瞳に影を落としていた。
「……行こう。こんなの、さっさと終わらせた方がいいんだ」
ミアミアは仲間に言い捨てると、真っ先に飛び出した。
一歩一歩、大地を踏みしめる脚で、必要以上に荒々しく土を蹴立てながら。
指?
指くらい、どうだというのか。
指はおろか、命を賭して悔いなき命がこの胎の中にはいるのだから。
徒花太夫は躊躇いもせず自らの指を斬り落とす。
漆黒の霞が漂い上がって、その中から無数の怨霊が沸き出した。
さらに、傷だらけの衣装を翻して紅蓮の炎を巻き起こし、轟焔の雨を降り注がせる。
迫ってきた猟兵たちに。
その身が炎の照り返しを受けて紅く染まる。……既に鮮血に満ちたその身をさらに紅く。
赦されるだろうか、その姿を、――尊い、とさえ評してしまうことは。
凄愴にして悲惨、そしてそれゆえに、気高いと感じてしまうことは。
世界の敵、オブリビオンであるというのに。
死霊たち。それは、かつて徒花太夫の「客」であった者たちだ。その無数の数と種類は、そのまま太夫の渡ってきた苦界の哀れを知らしめ、同時に、彼女の覚悟を示す。
だが。
「……ええ、『親』のありがたさは十分わかってるわよ。だから、後でいくらでも夢に見て魘されてあげるわ。でも、それは今じゃない」
炎の中を突っ切っていく紅葉の瞳は凍てつくように冷えて、その挙措に躊躇いはもうなく、六尺棒を舞わせて炎の雨と死霊たちを打ち払っていく。
紅葉の総身から噴き出す、周囲の光景が揺らぎ霞むほどの強烈な――殺意。
烈しく濃く高まったそれは、死霊たちさえも怯えさせるに余りある。
(そう。それでも……立ち向かってくるのね、あなたは)
紅葉は声に出さずに呟く。
物理的な刃にさえ近いほどに膨れ上がった紅葉の「殺意」に、怯えていないわけではない。怖れていないわけではない。
だが、それでも。
美しい顔を引きつらせながら、太夫は傘を構え、敵を迎え討たんとする。
「……その子が生まれては都合が悪い。死んでもらうわ」
慨嘆も痛哭も追悼も、すべて終わった後で良い。
紅葉は無感情に言い放ちながら、棒の結節を外して三節と為し、延びた間合いから叩きつける。
鮮血を散らしながらも、辛うじて致命点を外してこれを打ち払った太夫の背に、小さな、しかし鋭い刃が突き刺さった。
いや、それは――爪。
ニレの放った爪の呪殺弾。
苦痛の悲鳴を上げる太夫に、ニレはすかさず生体拷問器を振るって追撃を掛けようとする。
ただ一途に、ただひたむきに、「救い」を与えるために容赦なく。
そう、ニレにとっての「救い」とは――殺すこと。
人が知れば慄くやも知れぬ。ニレは己が再建を試みている礼拝堂で、自分自身が赤子を拾い、育てているのだということを。そしてそれにもかかわらず、ニレは今、嬰児殺しにためらいがないということを――。
「無垢なる魂に罪はありません。しかし産まれてしまえば、その時からその子はオブリビオン。つまり、罪深き異端。……ならば、その前に葬送を」
深く遠い祈りを込めて、ニレの瞳は昏く見開かれる。曇りなく深く澄んだ、そしてそれゆえに虚ろな暗渠が、その目の奥に広がる……。
「ええ。生まれながらの罪があるなら。――生まれなければ、いいのです」
迷いなき断罪の言葉、それ自体が刃となって、穢れゆく前に魂を刈り取らんと振るわれる。
しかし、傷の痛みに身をよじりながら、太夫は信じがたいほどの意思の力を振り絞り、ニレの攻撃を受け止めた。
「……罪? わっちは遊女でありんした。ある人は遊女を聖なるものともみなし、ある人は穢れともみなし、口々に勝手なことを言うでありんす。ですが、わっちはわっち、それだけでしかありんせん。……罪がどうなど知りたくもありんせん! ましてや赤子! 命がここにある、それ以上の意味など……どうでもいいでありんす!」
「ああ、命がそこにある。生まれてはならない命だ。世界のためにはな」
古き龍の形を纏ったオーラが吠えてほとばしり、太夫の赤い髪をかすめる。
小さな、しかし不思議なほどに風格のあるミアミアの姿がそこにあった。
熱風に髪を吹き嬲らせ、炎を金色の瞳に受けて、ミアミアの言葉が淡々と、燃え上がる炎の中に吸い込まれていく。
紅蓮に染まる光景をゆっくりと見回し、ミアミアは半ば独り言のように呟いた。
「少し熱いな。だが、炎が綺麗だ。……なあ、お前は今どんな気分だ?」
「気分……?」
太夫は目を細める。満身創痍、四面楚歌。絶望の極。そのはずだった。
だが、それでも。
太夫は莞爾と微笑んだ。
「今のわっちほど幸福なものがこの世にあるでありんしょうか。子を宿した母ほどに幸せな気分が、この世にあるでありんしょうか」
「そうか」
ミアミアは小さく、そしてどこか悲しげに微笑んだ。
その表情は少女のものではなく。
悠久の時を越えて、その彼方さえも打ち眺める何ものかのものであるようにさえ、見えた。
「幸せな夢か。だが、それもいつかは終わる夢。目覚めるのが少し悲しいだけだ。……さあ、噛み砕いて終わりにしよう」
その言葉が合図のように。
紅葉の鋼をも穿つ蹴りが。
ニレの爪弾が。
ミアミアのオーラの鎖が。
太夫めがけて襲い掛かった。
……すべて、その腹をめがけて。
そのまま腹を貫けばそれで終わる。
仮に太夫が腹を庇えば、その頭部はがら空きとなり、次の瞬間に二の撃ちが襲うだろう。
……しかし、忘れてはならない。
安倍晴明が無力なものを選ぶはずがないということを。
そう、徒花太夫は――あの安倍晴明が見込んだほどのオブリビオンなのだということを。
たとえ刹那すらも届かぬ刻の間隙ほどの僅かな間であっても……太夫はその時、己の限界を超えた。
ニレの爪弾を弾き返す。
その跳弾の先には、紅葉とミアミア。
無論、紅葉もミアミアも、その程度で身をかわすほどの浅い覚悟は持っていない。
しかし一瞬、彼女たちの視界が覆われた。
通常ならば、それでも彼女たちほどの手練れが、気配で目標を外すことはないだろう。
けれど、紅葉の膨大な殺気と、ミアミアの凄まじいばかりのオーラは、何たる偶然か、互いの気配探知を相殺してしまっていた――。
それでも、貫く。貫き通した。かに、思えた。
だが静寂の後、四散していたのは、亡霊たちだった。
太夫は亡霊たちを身代わりに、ほぼ確定的だった滅びの未来の中から、毛一筋ほどさえもなかったはずの生の結果を掴んだのだ。
「……あなたは、母親、なのね。だから、死を越えた」
苦笑交じりの紅葉の言葉に、ニレとミアミアも黙然として、太夫が消えた森の奥を、ただ見つめていた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
ドゥルール・ブラッドティアーズ
ソロ希望・WIZ
【オーラ防御・火炎耐性・呪詛耐性】で攻撃に耐え
『狂愛』で 48体に分裂。
夜魔の翼の【空中戦】で【残像】と共に飛びかかり
【吸血】しつつ【呪詛】を注いで体の自由を奪う
命乞いされたら変身を解除し
助ける条件として抱擁と愛撫を要求
私も半分はオブリビオン。
それだけで人間から迫害を受けてきたの
唯一、母だけが
人間でありながら私を愛してくれた。
女手一つで育ててくれた
私は母を尊敬するし
貴女も助けたい
【催眠術】で眠りに誘い
無事に出産できた幸福な夢を見せつつ
添い寝するように【生命力吸収】
……諸悪の根源たる晴明は既に死んでいる。
私は誰を憎めばいい?
こんな……こんな残酷で醜い世界……
滅んでしまえばいいのに
「私も半分はオブリビオン。……それだけで人間から迫害を受けてきたの」
ドゥルール・ブラッドティアーズ(狂愛の吸血姫・f10671)は、慈しむように語り掛ける。
眼前の相手は、既にその戦力の大部分を喪失していた。
……確かに、先刻。
徒花太夫の情念そのものともいえるような復讐の焔で彩られた金魚が天空を泳ぎ、艶やかでありながらも狂猛にドゥルールめがけて襲い掛かりはした。
だが、その炎は、太夫の意に反して、さほど激しくは燃え上がらず、ドゥルールのオーラを貫くこともできず、炎に対して耐性のあるその身体を焼くことも叶わなかったのだ。
「……なるほど。主さんのそんな過去を漠然とでも感じていたから、わっちは、主さんに妬みを抱けなかった。ゆえに、妬みの焔は威力を出せなかったということでありんすね」
太夫は自嘲気味に笑い、その後、ふっと自らの腹に目を落として呟く。
それはとても優しく、穏やかな声だった。
「けれど、もとより、妬みを礎にするこの技は不十分でありんしたろう。わっちは、……幸せでありんすから。この御子を宿すことができて、その鼓動を感じることができて、満たされているのでありんすから。……誰を妬むことも、おそらくできないでありんしょうね」
ドゥルールは長い睫毛を微かに瞬かせる。
静かで、穏やかで、満たされた。……そんな敵の佇まいに、彼女は魂が慟哭しそうになるほどの愛おしさを感じていた。
オブリビオンである悲しみと哀れさと。けれどそれだけではなく。
……いや、それゆえにこその溢れる愛が。
徒花太夫にはあったのだから。
それはおそらく、ドゥルールの希求していたものに近かった。
遠く果てない幻影のように、それだからこそ追い求めていた尊く切ない何かに、とても近いものだった。
「……猟兵。わっちはまだ、諦めてはいないでありんすよ。さあ、もう一手所望するでありんす」
けれど、まだ。
能力を封じられても、まだ。
太夫の闘志は衰えていなかった。
それは、単にこの「戦闘」に対する闘志ではない。
逃げ延び、生き延びて、子を産んで見せるという、より永い視点での闘志。
ドゥルールの胸は震える。
太夫の眼差しに。
それは、母の眼だった。
ドゥルール自身の、遠い記憶の彼方に微笑む母の眼だった。
世界を敵に回してでも、たった一人の娘を護り、愛し抜いてくれた、母の。
「……助けてほしい?」
ドゥルールはぽつりとつぶやく。
何を言うのかと太夫はドゥルールを見つめ直す。
その目の光に打たれるように、やや吸血姫は目を伏せて言葉を続けた。
「私は……貴女を助けたい。私の、たった一人尊敬するニンゲンは、私の母だったの。忌み子である私を愛してくれた、母だったのよ」
静寂が僅かの間、あった。
切れ長の目を細め、探るように、太夫は唇を開く。
「……まこと、助けてくれるでありんすか?」
「ええ。その代わり、一度でいい、……あなたを抱きしめさせて。私にもう一度……『母』の温もりを感じさせてほしいの……」
それは偽りではなかった。
策ではあった。次の一手に繋げるためのドゥルールの誘いではあったが、同時に、決して。
決して、嘘ではなかったのだ。
――母を慕うその想いは。
太夫は無言で佇む。それは抗いの意思がないことを示していた。
ドゥルールは我知らず慄く脚に己を微かに嗤いながら、近づき、太夫をそっと抱きしめた。
「ええ、救けたいのも本当よ。……だから。せめて」
せめて。
せめて――幸福な夢の中で。
ドゥルールの声は深く豊かに響いて、夢幻の中へと誘う。
母は笑っていた。子は元気に手足を動かしていた。
暖かな温もりの中で。柔らかな日差しの中で。
徒花太夫は穏やかな夢の中に、優しくその生命を吸われて――。
「そうでは……ないはずでありんす……!」
己の腕の中を逃れ出た太夫を、ドゥルールは信じがたい思いで見つめた。
催眠は完全に掛かっていた。
太夫はその夢の中で、苦しみも悲しみもなく、静かに逝けるはずだったのだ。
だが、太夫は降り乱れた髪で凄艶に笑う。
「わっちと御子の幸福は、穏やかでも静かでもありんせん。修羅の道行き、血塗られた地獄の中に在るはずでありんす。ゆえに。……猟兵、ぬしの掛けた術は幻」
太夫は、知っていた。
決して祝福されぬ自分たちを。
それでも、血をすすい屍肉を喰らって生き抜こうとするところに自分たちの幸福があるのだと。
だからこそ、ドゥルールの催眠は破れたのだ。
……だが。
「……それでも、猟兵。……ぬしの見せてくれた夢は。……わっちにとって、初めて、安らげるひとときでありんした。偽りであっても、ぬしには……ぬしの優しさには。――礼を言うでありんす」
静かに優雅に頭を下げ、そのまま、噴き出す焔に紛れて、徒花太夫は姿を消した。
ドゥルールは佇む。
ただ一人。
「……私は誰を憎めばいい?」
斬り裂かれるようなつぶやきが漏れた。
諸悪の根源たる安倍晴明は既に滅んでいるのだから。
こみ上げる慟哭に似た怒りは、哀悼に似た怨念は、向けるべき相手を失ったまま渦巻いて、ドゥルールの身を内側から焼き焦がす。
「こんな……こんな残酷で醜い世界……滅んでしまえばいいのに……!」
軋むような言葉は世界の果てまで、乾いた風に乗って運ばれて行った。
成功
🔵🔵🔴
鈴木・志乃
※人格名『昨夜』で戦闘
この、外道が……!
どうして、なぜ、こんなことを!!
命に本来罪などない
失われて良い魂など一つとして存在しない
晴明、よくも、よくも……
誰も報われない!!
いいか徒花太夫
私は貴女を殺す
未だ生まれぬ命も殺す
それが世界を滅ぼすから!
この胸にあるのは怨み辛みではない!
ただただ虚しさと哀しさが込み上げるだけよ!!
オーラ防御常時発動
敵の動きを第六感で見切り
逃げる素振りあらばUC発動
祈り、破魔、呪詛耐性を籠め念動力ロープワークで縛り上げる
鎖による足払いからの転倒なぎ払い、衝撃波も併用
敵攻撃は光の鎖で早業武器受けからのカウンターなぎ払い
……救ってあげられなくてごめん
抱き締めたい
黒岩・りんご
産科婦人科を専門とする医者のわたくしに、受胎した母親を殺せと仰いますか…
いえ、せねばならぬ事とは理解していますが、複雑ですわね
「生まれくる命を大事にしたい気持ちは痛いほどわかりますが、生ませるわけにもいかないのが実情です」
「申し訳ありませんが、覚悟していただきます」
人形の喜久子さんを操作し、同時にわたくしも偃月刀を振るい、逃げ道を塞ぐように二方向からの連携攻撃で追い込んでいきます
最後は懐に入り込み【鬼九斬手】による貫手を、彼女の腹に
「同じ女として、これがどのような非道かはわかっています。せめて恨みながら逝きなさい」
腹を貫き中の胎児ごと討ち滅ぼしましょう
…中絶手術だなんて、洒落にもなりませんわね
ラジュラム・ナグ
今回は身籠る母を討つ作戦か・・・。
オブリビオンとは言え躊躇ってしまいそうな内容だが・・・。
これは戦争だ、割り切って討伐させて頂こう。
守るものがある母は強し、だろうか?
だがこちらも守るべき未来がある。
UC《全てを奪う黒き闇》を発動!
右手に全てを奪う、宇宙の様に煌めく闇の剣を想像から創造だ。
大剣を左手に持ち変えて攻撃と[怪力]で[武器受け]用に使用するぞー!
まずは逃げられぬように足を狙い移動手段を「奪う」ぞ。
飛翔能力も奪えればベストだな。
攻撃の切れ間を作らぬように追撃に追撃を重ね一気に攻めるぞ!
短期決戦を狙おう。
周りに活用できそうな物があれば目隠しや盾として利用するぞ。
使える物はフル活用で討伐だ。
「晴明……っ! この、外道が……! どうして、なぜ、こんなことを!!」
鈴木・志乃(ブラック・f12101)――いや、その中に眠っていた「昨夜」は激昂と怨嗟の声を上げる。
堅く堅く握りしめた拳からは鮮血が迸り、聖者たるその身を濡らして淋漓と滴っていた。大地に流れ零れるその血は、あたかも涙のようにさえ、見える。
……いや、泣いていた。昨夜は、その全身を使って、哭いていた。
晴明の非道は、身を、そして魂を切り裂かれるような悲痛、狂おしいまでの悲しみを彼女にもたらしていた。
志乃と、その身に宿る昨夜にとっての願い、望み、祈り。それは、すべての命と意思を護りたいということであったのだから。
「命に本来罪などない。失われて良い魂など一つとして存在しない。――晴明、よくも、よくも……! 誰も報われない!!」
がん、と傍らの巨木を拳で叩き、昨夜は歯を食いしばる。
「落ち着けよ、……とは言わねえさ。むしろ、その怒りを大事にしな、嬢ちゃん。そこで怒れるのがお前さんの尊い宝だ。だが、今は戦争で、ここは戦場だ。為すべきことがあるし、為さなきゃならねえんだ」
慟哭する昨夜の肩をそっと叩いて、ラジュラム・ナグ(略奪の黒獅子・f20315)は静かに言う。普段は明朗快活な彼も、今回の事件には思うところはあり、躊躇う気持ちが皆無だったわけではない。
だがそれでも、ラジュラムは大剣を構え直す。
母としてオブリビオンが子を護ろうとするように、自分たちにも護るべき未来がある。
それは自分たちだけの未来ではない。あらゆるものにとっての未来なのだ。
そのことを、彼は知っていたから。
「そうですね。せねばならぬことと理解はしています。複雑ですが」
黒岩・りんご(禁断の果実・f00537)も長い髪を風に物悲しく流しながら首肯する。
複雑、という、そのただ一言の中に己の万感のすべてを込めて。
りんごは女医、それも――産婦人科医であるのだから。
運命の皮肉と片付けることなどできはしない。
今から己がすることの意味を、りんごは誰よりも、己の魂の奥底までに刻み付け背負う業として、深く認識していた。
「……では参りましょう。思えば、わたくしたちはイェーガー、その本来の意味は猟師でした。語義に相応しく……狩りに」
自嘲するように、そして決意を確かめるように、りんごは淡々と呟いた。
天空さえも焼き尽くさんと、灼熱の雨が降り注ぐ。
大地を穿ち、大気さえ焦がすほどの威力はいまだ健在であった。
追尾発見することこそ容易であったものの、徒花太夫の死に物狂いの反撃は、瀕死のその身をもってもなお侮りがたく、狂奔と言えるほどに凄まじい。
「ちっ……守るものがある母は強し、か。……だが、『全てを奪う黒き闇(ロブ・ダークネス)』!!」
ラジュラムは咄嗟に大剣を左に持ち越え、右手に漆黒の闇を凝集させて、暗黒の剣を作り出す。無限の宇宙のように煌めき輝く恐るべき黒の剣、それはすべてを「奪う」もの。
虚空に剣を一閃させたラジュラムが狙ったものは何か。
それは――。
「っ!?」
空中を飛翔していた徒花太夫が、突如バランスを失って大地に失墜する。
そう、高速で上空を舞う太夫をピンポイントで狙い、その移動手段を奪うのは至難の業。だが。
太夫が泳ぎ渡る「空」さえ、一瞬だけでも「奪って」しまえば、太夫が泳ぐことはできなくなる。
「おのれ、猟兵! まだ……まだでありんす!」
泳ぐべき空を失っても、しかしまだ太夫の戦意は砕けない、散らない、喪われない。
炎を纏わせた傘が流星よりも速く、刃よりも鋭利に、猟兵たちに襲い掛かる。
「『女神の拘束(ジャッジメントォ! コォォォードッ!!)』」
血を吐くような昨夜の絶叫が木霊し、輝く光の鎖が周囲を覆い尽くした。その鎖はあたかも蜘蛛の巣のように張り巡らされ、傘の攻撃を食い止める。
「いいか徒花太夫、私は貴女を殺す! 未だ生まれぬ命も殺す! それが世界を滅ぼすから!」
血走った眼差しで叫ぶ昨夜の言葉は、己自身に向けたものでもあった。懊悩し煩悶する自分自身を強引に納得させるための、涙の代わりの宣言でもあった。蒼白な顔で、昨夜は己の想いを滾らせる、無理やりにでも。
「世界? わっちにとって世界とは――この御子のことでありんす! この御子が世界のすべてでありんす! ゆえに! 猟兵、ぬしたちこそ、わっちの「世界」を滅ぼすもの!」
叫び返す太夫の眼も同様に鬼気迫り、血に塗れた体で一歩たりとも退かない。
オブリビオンと猟兵とはもとより天敵同志に他ならぬ。
だが。今やそれよりも深い宿業が両者の間に横たわっていた。
決して相容れぬ、けれど、もし。もし、ほんの少し、何かが異なっていたら、それは優しい出会いになり得たのかもしれないと思えるような……。
「……いえ、過ぎた感傷ですね」
小さく独り言ちて、りんごは人形を踊りこませ、自らも偃月刀を振るって二身一体の攻撃を仕掛けていく。
「生まれくる命を大事にしたい気持ちは痛いほどわかりますが、生ませるわけにもいかないのが実情です」
「ぬしたちの事情など知ったことではありんせん!」
「でしょうね。ですが、申し訳ありませんが、覚悟していただきます」
言いながら、りんごは胸中でほろ苦く笑う。
我が子を殺すと言われて本当に覚悟できる母が、どの世界にいようものか。
そう、覚悟するべきとは、相手ではない。自分自身なのだと。
りんごの攻撃に合わせ、昨夜もまた、聖者たる身を修羅の形相に変えて光鎖を振るい叩きつけ、ラジュラムも二振りの剣を力強く容赦なくなぎ払う。
対する徒花太夫も己の中の最期の力を振り絞る。炎の雨が、鋭く翻る傘が、怨嗟の金魚が暴風のように吹き荒れて逆巻き吠える。
それは、天が覆り大地が咲けるような激戦だった。
――だが、無論。
ここまで多くの猟兵たちとの戦いで疲弊し傷つき、倒れんとするところを気力だけで持ちこたえていたような太夫に、天秤が傾くことはなかった。
ついに、猟兵たちの攻撃に大きく身体を引き裂かれ、徒花太夫は崩れ落ちる、
とどめとばかりに飛び込もうとしたラジュラムを、しかし昨夜の鎖が制した。
直後、ラジュラムがいたはずの場所を太夫の焔が焼いていた。
……髪を振り乱し、血の気を失い、豪奢な衣装は襤褸と化し。
それでも、なお。
徒花太夫は立ち上がらんとしていたのだ。
震える脚で、力のない腕で。
愛は執念に近く、想いは執着に近く。
そして子を護る母は鬼をも――羅刹をも凌駕する。
「……鬼。そう、鬼とはかくまでの存在でしたか」
自身が羅刹たるりんごは暗澹たる思いで呟く。
「好きに呼ぶがいいでありんしょう。……わっちは、御子を護るでありんす。御子は、わっちのすべて。御子は、わっちの世界。御子は……」
徒花太夫は、朦朧とした目に笑いを浮かべて、言った。
「御子は、……わっちの未来、わっちの希望でありんす」
――その、瞬間。
太夫の全身が音もなくひび割れた。
「……っ!?」
驚愕したのは太夫だけではない。昨夜もラジュラムもりんごも。
すべてのものが、その唐突に訪れた終末に愕然とした表情を隠せなかった。
「な、ぜ……? わっちは、まだ、戦え、る……。護れ、る……! 御子を……!」
苦悶の悲鳴をあげる太夫の身体が加速度的に崩れ果て、塵と化して消えていく。
「あ……ああ!?」
思わず駆け寄り、それを抱きしめようとしたのは昨夜。
けれど、回した両腕の隙間から、太夫の身体は砂のように零れて、散って行った。
「こいつァ……いったい……!?」
ラジュラムが信じがたいようにその残骸を見る。今しも風に運ばれ、跡形もなくなっていこうとする残骸を。
りんごは、はたと思い当たった真実に、ギリ、と歯を食いしばった。
「……そうですか。彼女はオブリビオン。それは、過去から滲み出して未来を破壊するものです。……ですから」
りんごの言葉に、昨夜もラジュラムも、電撃に打たれたように真相を悟った。
オブリビオンが。
過去の顕現であるオブリビオンが。
子を宿したことで、そこに未来と希望を望んでしまった。
――それは、己の否定であり、己で己を殺すことに他ならない概念だったのだと。
「そんな! だって! お母さんなのに! お母さんが赤ちゃんに未来を望むのは当たり前なのに! それさえ許されなかったというの!?」
昨夜の絶叫が虚空に虚しく響き渡る。
それを聞きながら、ラジュラムは苦々しく吐き捨てた。
「……知ってやがったんだろうな、晴明の野郎、こうなるかもしれんと」
「ええ、でしょうね。晴明ほどの者が、その可能性に気づかぬままだったとは思えません。もっとも、もし彼女が、母として子を愛さなければ実験は成功したのでしょう。ですが、……そんな母はいません、どこにも。……晴明の実験とは、オブリビオンフォーミュラを人工的に作れるかどうかではなく。……赤子を愛さない母がいるかどうか、だった……」
りんごは首を振り。口中にこみあげてきた苦いものを無理やりに嚥下する。
立ち尽くす三人の前で、かつて母であったもの、母であろうとしたもの、最後まで母を望んだものは、その想いだけを世界の片隅に刻んで、夢幻のように、消え失せて行った。
――骸の海がどのようなところなのか、誰も知らない。
けれどそこでは。
ある母とある赤子が、仲睦まじく過ごしているのかも、知れない……。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
最終結果:成功
完成日:2019年08月22日
宿敵
『徒花太夫』
を撃破!
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