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エンパイアウォー⑦〜マイナスの廻天

#サムライエンパイア #戦争 #エンパイアウォー

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●warning
「こんにちは。元気?」
 この男は、鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)という名のグリモア猟兵は、いつだって造り物のように涼しい顔をしている。
 たとえそれが戦の最中であったとしても。
 何万人もの命と世界を背負い、彼自身もまさに今戦っているとしても、だ。
「みんなが頑張ってくれたおかげで、魔空安土城をめざす幕府軍は無事に関ヶ原に到着したみたい。でも、ここが最大の難所なんだよね」
 関ヶ原といえば、過去に天下分け目の合戦が行われた地だ。
 此度の戦争においても、信長は攻撃の要であろう軍神『上杉謙信』と、大帝剣『弥助アレキサンダー』の二将を配置し、幕府軍を完膚なきまでに叩きのめす構えだという。
「怖い門番の人たちがいるから、その先に進もうと思っても簡単には通してもらえない状況みたいだ。なので、僕からも援軍を出そうと思う。軍神さんに勝つためにも、きみの力を貸してくれるかな」
 そして鵜飼は、上杉軍の陣容を静かに語りはじめた。

 上杉謙信が率いる精鋭部隊は『車懸かりの陣』という非常に強固な陣を敷いている。
「上杉さんを中心にオブリビオンが円陣を組んで、こちら側へ突撃してくる。そして全軍が風車みたいに回転しながら、最前線の兵士を目まぐるしく交代させて、傷ついた味方を回復させる時間を稼ぐ……って戦法なんだ」
 いわば攻撃と防御を両立させた死角のない陣形であり、常人には不可能とまで言われている恐るべき戦法である。
「有象無象を統率できる上杉さん、さすが軍神と謳われた名将だね。だからこそ、破り甲斐もある……ってことかな?」
 鵜飼はうっすらと微笑む。
 軍神の加護であるのか、今回相対する敵オブリビオンは通常よりも非常に防御力が高く、そのうえダメージを与えてもすぐに再生してしまう厄介な特殊能力を備えている。
「ここにいる皆で、合わせて3~6体討ち取れれば一旦引き上げてもいいと思う。僕もちょっと戦ってきたけど、それくらい大変だったよ」
 鵜飼はやれやれと肩をすくめた。
 だから皆で協力して頑張ってねと、まるで小学生に話しかけるようなトーンで彼は言う。
 けれど、それは確かに、とても重要なことなのだと思われた。
「この車懸かりの陣を破れば、上杉さんに勝つ事だって不可能じゃない。ちなみに、皆に狙ってほしいのは『残滓』っていうオブリビオンなんだけど……」

 残滓。
 過去に生きた人々の、未練や後悔の集合体から生まれた亡霊。
 生きとし生きるものすべてを羨み、『強い想い』に惹かれて集まってくるという。
 ステキね、ステキねと、焦がれるように口走りながら――。

「……今の泰平の影には、哀しい思いをしたまま戦国の世に飲まれていったひとがたくさんいるんだろうね。引きこまれないように気をつけて。そして、あの子たちを渦の中から解放してあげて」
 彼はグリモアを手に微笑んだ。
 ――きみたちは、きっとそれができると思うんだ。


蜩ひかり
●概要
 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
 1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
 軍神『上杉謙信』は、他の魔軍将のような先制攻撃能力の代わりに、自分の周囲に上杉軍を配置し、巧みな采配と隊列変更で蘇生時間を稼ぐ、『車懸かりの陣』と呼ばれる陣形を組んでいます。
 つまり上杉謙信は、『⑦軍神車懸かりの陣』『⑱決戦上杉謙信』の両方を制圧しない限り、倒すことはできません。

●蜩より
 戦争シナリオです。
 早めの完結を目指します。
 プレイングの受付は【OP公開後すぐ〜8月13日(火)の19時頃まで】とさせていただきます。
 必要最低数に満たなかった場合、その後も随時受付いたします。
 先着順ではありませんが、採用数は最低限になる可能性が高いですので、お一人様でのご参加を推奨いたします。
 大変恐れ入りますが、上記事項をご了承くださいませ。

 プレイングはご自由にお書きください。
 今回は戦略重視+多少の心情ぐらいがお勧めです。
 大ダメージを一気に与えられるような工夫や、連携で回復させずに撃破するような工夫があった場合、プレイングボーナスが入りますのでぜひ狙ってみてください。
 それでは、よろしくお願いいたします。
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第1章 集団戦 『残滓』

POW   :    神気のニゴリ
【怨念】【悔恨】【後悔】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
SPD   :    ミソギの火
【視線】を向けた対象に、【地面を裂いて飛びだす火柱】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ   :    ケガレ乱歩
【分身】の霊を召喚する。これは【瘴気】や【毒】で攻撃する能力を持つ。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ご連絡
 8月13日(火)19時00分をもちまして、プレイングの受付を締め切らせていただきます。
 どなた様も素敵なプレイングを誠にありがとうございました!
 
月夜・玲
車懸かりの陣かー
硬いのは厄介な話だね
正に軍神の加護ってやつか…
けどま、お仕事お仕事
それに此処を何とかしないと、軍に大きな被害が出ちゃうしね
1つ頑張りますか

●戦闘
《RE》Incarnation抜剣して【神器複製】を使用
50本の複製神器を精製して、『念動力』でバラバラに操作するよ
まずはそれぞれランダムに切り刻んでいって少しダメージを与えながら敵の隙を伺うよ
少しでも隙が見えたら、50本全てで一斉攻撃
『串刺し』にして大ダメージを与えるようにしよう!

敵の火柱は『第六感』を駆使して回避しつつ、避けきれないものは『オーラ防御』でガード

さあ、切り刻み、串刺し、殲滅してこい!

●アドリブ絡み等歓迎


藤塚・枢
最前線の兵士を交代させなければいい訳だ
そして再生できないくらいに痛めつければ、話は解決ということかな?
そういうことなら捕縛して、爆薬や手榴弾で一気に爆殺していく方向でいこう

相手の回転方向――何かこの響きにクスっとくるが――そういうのを観察してユーベルコードと鋼糸で捕縛罠を仕掛けていく
罠に利用できそうな地形があれば、積極的に利用
人形を操ってこっそり相手の進行方向に地雷とかも置いておこう
メリーゴーランドよろしく回っているなら、設置した罠に勝手にかかりに来てくれそうだ
捕縛できたら他の猟兵たちに仕留めて貰ったりするのもいいね
…攻撃と防御を両立、ねえ…
対応力低すぎて、誰もやらなかっただけじゃないのかい?


ディフ・クライン
車懸か
自分も味方も長生きさせる、優れた陣なんだね

オレ1人で大ダメージを与えられるとは思えない
だから他の猟兵と連携して、一体ずつ確実に数を減らしていきたい

敵が回転木馬だというのなら、その足止めてみよう
常に共にある灰の雪精neigeを呼んで
全力魔法、範囲攻撃、なぎ払い、2回攻撃
この辺りの技能を全開に
氷の結晶を作ろう
「君は、neige. 極寒の導き手。曇天と樹氷の精。氷の結晶を作ろう。君とオレの持てる最大の力で、彼らの足を……止めるよ」

毒や瘴気は、オーラ防御と激痛耐性で耐えれるだけ耐えてみよう
地を走る極寒の冷気で、彼らごと凍らせる氷山を

…オレには悼んでやることは出来ない
だからせめて、おやすみ


エンジ・カラカ
賢い君、賢い君
たーいへん強そうで強そうダ。
さァ……行こう。

支援に徹する
コノ陣をどう崩すか?
答えは決まっているだろう。
先制攻撃と誘き寄せを使い味方が戦いやすい方へ誘導
回復する時間を与えなければイイ

一体一体確実に。
暗殺、2回攻撃や賢い君を使って足止め。
更に捕まえた敵サンに属性攻撃をお見舞いして着実に蝕む
属性攻撃は賢い君の毒。じわじわ蝕む君の毒。
支援に徹しているンだ。
何事も確実にこなしていかないといけないだろう?

敵サンの攻撃は回避しやすいよう見切りを使う。
アァ……そうだそうだトドメは任せた。
コレは足止めに大忙し。



●物と語らう者たち
「車懸か。自分も味方も長生きさせる、優れた陣なんだね」
「……攻撃と防御を両立、ねえ……対応力低すぎて、誰もやらなかっただけじゃないのかい?」

 その陣容を目にした時、ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)と藤塚・枢(スノウドロップ・f09096)が口にした感想は、あまりに正反対なものであった。
 枢は思わず、自分より頭ひとつぶんは背の高い、黒衣の青年の顔をまじまじと眺める。
 彼もそれに気づいたのか、枢に視線をむけてきた。ローブの下に半ば埋もれたその顔は、ほぼ無表情と言ってよく、作り物めいて映った――いや、ひとによく似た彼は、実際に『どこかの誰かの作り物』なのだろう。
 人形使いの枢にはすぐに判った。
 それにしては、やけに澄んだ瞳をしているとも思った。自分などよりも、よほど。

 枢の指摘はもっともだった。
 UDCアースの歴史学者の中では、近年『この陣形は後年に創作されたもので、上杉謙信が実際に用いた戦法はもっと現実的なものである』という論調があるのだ。
 だが、その『ありえないはずの陣形』は、目の前でかくも見事に展開されていた。
 その中心に居る『上杉謙信』は――やはり、今なお日本で慕われる越後の龍とは、似て非なる存在であるのかもしれない。
「陣形の良し悪しは議論の余地ありとして、さ。シンプルに硬いのが厄介だよね。正に軍神の加護ってやつか……」
 月夜・玲(頂の探究者・f01605)は鋭いまなざしで戦況を分析してみる。周囲で他のオブリビオンの掃討にあたっている猟兵たちも、その硬さに苦戦しているようだ。
 実はもう、四度ほどその軍神本人と刃を交えてきたのだが、いま出現している新たな謙信は、また玲のことを忘れているだろう。それを考えると少し可笑しい。
 風車の中心ではなく、外側から戦場を眺め、ああこのように動いていたのかと玲は感心した。この知見を何かに応用できるか、考えるのはまた後日改めてにする。
 長身の男が玲の隣で、口元を三日月のかたちに歪め、笑っている。
 いっけん見目のよい男は玲ではなく、己の掌に向かって、たいそう無邪気に話しかけていた。
「賢い君、賢い君。たーいへん強そうで強そうダ」
 ……賢い君。
 どうやら、エンジ・カラカ(六月・f06959)の掌に乗っている道具が、その『賢い君』らしいと玲は把握する。
 彼のふるまいをおかしなものだと捉える者はここにはいない。
 いずれも、世間ではただ『道具』と呼ばれるものに、真剣に向き合ってきた者たちであったゆえに。

 今、こうして冷静に戦場を俯瞰していられるのは、四人の周りに敵の姿がないからであった。
 一際『強い想い』を胸に抱く者らが、残滓たちを惹きつけ、離さないのだ。そして己の元には敵が集まらないであろうという、ある種の確信めいた予感もあった。
 まるで止められない歯車のように、魑魅魍魎どもは回り続ける。
 目の前でいま行われているこれらは、片付けるべき仕事であり、イクサという名の遊戯であり、失笑を禁じ得ない愚策であり、未だ理解不能な感情のるつぼだ。
 四人の抱く思いは、けして亡霊たちが惹かれるような、胸を焦がすどうしようもない熱ではない。
 だが、だからこそ、崩し方を考える余裕があった。
「さァて、コノ陣をどう崩すか? 答えは決まっているだろう」
「最前線の兵士を交代させなければいい訳だ。そして再生できないくらいに痛めつければ、話は解決……ということで良いかな?」
「ン、せいかーい。回復する時間を与えなければイイ」
 枢の答えを聞いたエンジは、満足そうに指でマルを作る。
「あ……うん、」
 ディフも彼らの意見には賛成なのだが、枢の過激な発言に驚いた彼は、控えめに「そうだね」と返すのがやっとであった。
 さらに、この時代には場違いな機械音が響いたので、ディフはそちらにも目をやる。
「此処を何とかしないと、軍に大きな被害が出ちゃうしねー。ひとつ頑張りますか。って事で、I.S.T、起動!」
 そこには、複雑に作りこまれた形状の兵器をしょって立つ玲の姿があった。
 ただでさえ女性としては長身の部類に入る彼女だが、蒼く発光するその兵器を装備した姿は、屈強な鎧武者にもひけを取らぬ威圧感を放っている。
 ぽかんとするディフに向かって、玲は簡単な説明をはじめた。
「あ、これ? 模造神器っていう私の特製武器なんだ。Imitation sacred treasure――略してI.S.T。世界の機械工学や科学を私独自に研究して、将来的にはUDCの力を限定的に再現できないかって考えてるんだよね。まだ色々改良の余地はあるんだけど……」
 彼女が何を言っているのか、ディフには半分もわからなかった。が、玲が己の技術に確かな誇りと愛着を持っているのであろうことは伝わってきた。
 この機械が、ディフにとっての灰の雪精――Neigeのような存在なのだろうか。
 主を失った人形は考える。感じないから、考える。
 もしも自分にヒトのこころがあったなら、いま、何を思うのだろうと。
「自分が作ったものと、手をとりあって戦う人も、いるんだ。……そう。オレには、うまく言葉にできないけれど。たぶん、それは……素敵なこと、だよね」
「ありがと。そう真剣に褒められるとなんか照れるなー」
 玲はへへっという顔で笑った。
「道具や探求心は人類には必要不可欠だよ。あの残滓というオブリビオン、無礼にも程があるね」
「コレのは造りものじャあ無いサ。賢い君は、賢い君。とーってもかしこい、コレのトモダチ。さァ……行こう」
 枢はふふんと笑い、エンジもにんまりと笑う。
 ヒトの笑い方は本当に、色々。色々だ。

 自分にも、あのような道はあったのだろうか。
 ディフは一瞬だけ考えた。
 考えてもわからないから、まずは目の前に横たわる未来を砕くため、仲間と共に動きだした。

◆ ◇ ◆

「さて、それじゃああの不気味なメリーゴーランドを爆殺していこうじゃないか。まず敵の回転方向……ふッ……いや、失礼。回転方向に罠を仕掛ける」
「わかった。敵が回転木馬だというのなら、オレも一緒にその足を止めてみよう」
「ぷぷっ……回転木馬ときたかい。よしてくれ、手元が狂うじゃないか」
 ヒトは時折、自分で言った事が『笑いのつぼ』というものにはまって、おかしな反応をする。
 真面目に返事をしたら枢がさらに笑いだしたので、笑いって難しいな、とディフは思った。
『ステキね』
『ステキね』
 残滓たちは一応謙信に従って動いているものの、けして頭はよくないと見える。枢がかなり堂々と罠を仕掛けているというのに、他の猟兵に夢中で、こちらを見向きもしない。
 深い霧がたちこめ、なだらかな地面に雑草が生い茂った関ヶ原の地は、罠を仕掛けるには絶好の地形だった。枢の指先から伸び、地面を走る極細の鋼糸を、草と霧が二重に覆い隠してくれる。
「クルル、クルル。ホントに蜘蛛の巣張ったのカ? コレには視えない」
「それでいいのさ。まあ私も味方まで罠にかけるほど非道じゃない、そこは抜かりないよ」
「ンン?」
 エンジは目をぱちくりさせた。
 枢の相棒である、からくりぬいぐるみのフォリーくんが、罠があるはずの範囲を平気でぴょこぴょこ歩いている。
 特製の鋼糸は綺麗に味方を避け、飢えた蜘蛛のように、害虫だけをとらえるのだ。
「攻撃してこない敵を斬るだけの簡単なお仕事……っと思ったけど、やっぱり、ちょっと切り刻んだくらいじゃ駄目だしすぐ傷が塞がっちゃうな」
 I.S.Tを利用した兵器のひとつである剣、《RE》Incarnationを50本に複製し、試しに残滓たちをかわるがわる斬りつけていた玲が、手応えのなさに首をかしげた。
 反撃がこないとはいえ、50本もの剣を念力で浮かせ、全てばらばらに操作するのはなかなかに集中力を喰う作業だ。斬っても斬っても終われないのでは困る。
「一気に攻め落とすしかないね」
「アァ……まずは、一体。確実に。誘い出しはコレがやる。幽霊サン、あーーーそぼーーーーー」
『……だれ? ねぇ、私達を呼んでるひとがいるわ』
『遊んでくれるの。ステキね』
『ステキね』
 エンジの発した『想い』に、残滓たちがやっと振り向いた。
 もっと遊びたかった。
 できることなら戦渦や圧政に怯えなどせず、もっと自由な世を生きてみたかった。
 大人も子供も等しく抱いただろうその未練の残滓たちは、エンジの呼び声にふらふらと吸い寄せられ、次々に集まってくる。
 しかし、その先にあるものは――。

「かかったね」
 枢が悪辣な笑みを浮かべる。くいと手をひけば、たちまち蜘蛛の糸が幽霊たちをからめ取る。
『何するの』
『やめて、ひどいわ』
「うるさいな。いくら被害者みたいな顔しても、キミ達は所詮害虫。言わばハエトリグモに捕食されるハエのようなものだよ」
 残滓たちは嘆きの声をあげたが、それしきで動じる枢ではない。鞄にぎっしり詰めてきた火薬や爆発物を取りだすと、動けない残滓たちに容赦なく投げつけはじめた。
 破裂音とともに豪快な爆発が起き、誘爆によって被害は更に大きくなる。霧も一瞬で吹き飛んで、関ヶ原の気温が急激に上がった気がした。
「アァ……なンだか、花火が見たくなったなァ。賢い君賢い君、できるー?」
 指をかじって、血をひとしずく垂らす。宝石に姿を変えた『賢い君』は、エンジに炎の中へぽーんと投げこまれると、きらきら美しい紫の炎を散らして爆ぜた。
 熱い風が皆の頬をなでる。
 それは確かに、真夏の夜をいろどる花火に似ていたけれど。

『ああ……キレイ。ステキね。ステキね。けれども何だか、身体が腐っていくわ』
「そうだろう。ソレは賢い君の毒。じわじわ蝕む君の毒」
 ――何事も、確実にこなしていかないといけないだろう?
 狼の牙を見せ、エンジは愉快そうにニィと笑う。
『ひどいわ、ひどいわ。……アナタも一緒に、燃えてくれないかしら』
 未だ鋼糸にからめ取られたままの残滓は、エンジに怨念のこもった視線を向けた。叢を焼きながら飛びだした火柱を、彼はひょいとかわす。
 ひとり蜘蛛の巣から抜け出た残滓が、車懸かりの流れに添って最前線を離脱しようとしている。
 それを見た枢が、したりと笑った。
『――!?』
 突然、逃げる残滓を火柱が飲みこんだ。
 フォリーくんはただ散歩していたわけではない。強い負の感情を感知して爆発する、枢特製の対残滓用地雷をひそかに仕込んでいたのだ――車懸かりの陣が回転すれば、必ず発動するだろう位置に。
「はははは。これは面白い、いや、素敵だ、かな。だから言ったろう? 対応力の低さが欠陥だとね」
 軍神を出しぬいてすっかりはしゃいでいる(ように見える)枢の隣で、ディフはNeigeをじ、と見つめた。
 いつも静かに彼に寄り添う灰の雪は、心なしか、ふるふる震えているように見えた。
 ……ひょっとすると、暑すぎて苦しいのかもしれない。
「……あの、ごめん。少し、気温を下げてもかまわないかな」
「賛成ー。二人とも凄いんだけど、熱中症で戦死はさすがに勘弁だよ」
「アァ……そうだったそうだった。遊びすぎは良くない。トドメは任せた」
「うん、目標はあいつに決まったね。任せて! ……でもごめんちょっとだけ休憩させて……」
 大量の剣を操って追撃を続けている玲にとっても、この熱気は少々つらい。ひらひら手を振るエンジへ、ディフはこくりと頷くと、傍らの精霊へ静かに語りかける。
「君は、neige. 極寒の導き手。曇天と樹氷の精。氷の結晶を作ろう。君とオレの持てる最大の力で、彼らの足を……止めるよ」
 ディフは両手の指を組んで祈りはじめた。
 声へ、祈りへ応えるかのごとく、Neigeは仄かに光ってみせた。
 触れれば溶ける雪のようにはかなげな、冷たいその灯火は――想像を絶する冷気をもって、またたく間に風を制した。
 極寒の地より招かれた冷気が地を走る。炎は氷の結晶に飲まれて、ふたたび霧が辺りを包む。
 その中心には、樹木のようなかたちをした、美しい氷の山が咲いていた。
 戦場がしんと鎮まり返った。
 氷山に閉じこめられたただ一体の残滓は、焦げ、裂かれ、蝕まれながら、ただ惚けたような顔でどこかを見ている。
 焦がれるように、どこかを見ている。
「よし、休憩おしまい! やっと私の研究成果をお披露目するときが来たね」
 玲はこの瞬間のために溜めていた念動力を全開放した。
 50の剣がいっせいに蒼い光を纏い、氷山をぐるりと取り囲んで回転し始めた。
 その矛先はすべて、氷山を向いている。

 回り、廻る。
 それは歯車のように。運命のように。夢見る木馬のように。――まるで私達のように。
 これはただの破壊ではない。彼女が再誕の為に贈る、一編の詩なのだ。

「貫け、《RE》Incarnation。さあ、切り刻み、串刺し、殲滅してこい!」
 玲の一声で、黒き剣はいっせいに飛び、四方から氷山を串刺しにした。
 誰が見ても致命的な一撃であった。
 それは串刺しにとどまらず、有り余る力でもって、氷山を残滓ごと粉々に粉砕してみせたのだから。
「とりあえず一体片付けたね。私達のお仕事は終了、っと。じゃ、撤退しよっか」
 エンジの撒いた毒が敵の再生速度を落としたため、玲の積み重ねた斬撃が残る残滓たちを消耗させている。
 ディフの撒いた冷気は敵の動きを鈍らせ、枢の仕掛けた罠もまだ残っている。みな、仲間達の役に立つことだろう。
 それにしても、だ。
「そうだ玲さん、帰ったらそのI.S.Tとやらの話を詳しく聞かせてくれないかい? いやなに、面白そうだと思ってね」
「でしょ? 私も君の鋼糸とかぬいぐるみ見せてもらいたいなーと思ってたんだ」
「アァ……先に帰っててイイ。コレは足止めに大忙し。賢い君賢い君。次は緑でどうダ?」
 兵器の話で大いに盛り上がる女子たち。戯れるように宝石毒花火を投げる青年。
 ヒトって複雑すぎてわからない。ディフはため息をついた。
 ……何のため息だろう。
 でも、これはたぶん、『落胆』や『疲労』などとよばれるものではないと思う。
 どうやらこの中で一番敵を悼んでいるのは、よりにもよって、からっぽの人形であるらしいのだ。

 ――おやすみ。
 ディフは心の中で唱えた。するとどこかから、ステキね、と聞こえた気がした。
 振り向いてもそこには誰もいない。
 きっとそれは、戦場の風が運んできた、優しい空耳だったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴島・類
開戦してからこちら
其処彼処に広がる
尽きた命の未練、悔やみ
怨念や悲しみ

その上…それを利用する者達

嗚呼、これだから
戦は好かない
解っているさ、だから
早く終わらせる為に

何処までも駆け
生まれた端から、眠らせる

可能であれば現地で他猟兵と連携
攻撃に追撃する形や
陽動や庇いで、強力な一撃撃つ隙を作りたい

瓜江と共にフェイントと残像交え
彼は蹴撃で、僕は破魔の力込めた薙ぎ払いで攻撃しかけ
残滓の気を引けるように動く
可能な限り見切り、回避試みるけど
群がる彼女達の羨望と怨念を
受けたり、味方庇う際は
焚上で、嘆きを喰い
刃に込める威力に上乗せれたら

泣かないで
君達のように、嘆く人は増やさずに済むように
少しでも浄化して眠らせれるよう


泉宮・瑠碧
自分が失い
得られなかった事を羨む気持ちは分かる気がする
だが…
そうしている間、辛いのは君達だろう
…だから、終わりにしよう

僕は主に郷愁総奏を歌唱し援護
風の精霊が唄声を運び
不調や怪我を癒し、皆が攻撃に専念し最良の一手に繋がる様に
士気を高め、技を冴え、より大きな力となる様に

唄声に破魔の浄化を宿し、残滓の動きが鈍る様に
怨念や悔恨に後悔、悲しみが少しでも和らぐ様に

諦めずに前へ進み
そして、いつか願う場所へ帰り着く事を祈る唄

歌いながら周囲へ破魔の水の気配を漂わせ
視線の炎が来た際の助力と分身への阻害になれば

自身への攻撃は
第六感によりタイミングや狙いを見切りで回避
回避不可なら火炎耐性とオーラ防御

…どうか、安らかに


ジャハル・アルムリフ
浮かばれぬもの
忘れ去られたもの
喰らわれたもの
それから――

例え、かような戦国ではなくとも
生ける者は何時の世も
屍の山の上に立っているのだろうな
猟兵、などと謳ったところで
それらを掬う器など持たぬが

来い
せめてお前の呪いも恨みも呑んでやろう

懐へと踏み込み、高めた防御で凌ぎながらも敢えて身を晒す
避けず受ける事で確実に返しの刃を
怪力と衝撃波を乗せた【竜墜】で穿ち
御代だと生命力吸収で喰らう
その濁りを諸共に我が身の内へと
一撃で仕留められぬなら盾として足止めを

嘆きは聞けぬし
お前に譲ってやれるものもない

だが――好きなだけ穢してゆけ
ほかにはなにもしてやれぬが
生の尽きる、その時には
俺も其方へ墜ちるだろう


花剣・耀子
此処に居るのは、ただの私情。
……、師匠が守ろうとした世界を、食い荒らされるのは気に食わないの。
後悔なんて一度で充分。
過去をすべて斬り果たして、未来を繋げるために来たのよ。

――想いに惹かれる、と、言っていたわね。
これで寄せられるなら上々。
あたしに意識を割いて貰った方が、立ち回り易い。
……方便ではないわよ。本心だってなんだって、使えるものは何でも使うわ。

狙うは後の先。
手傷があればそこを起点に。
新手なら、攻撃の代償で綻んだ所へと。
ウェポンエンジンの加速も剣に乗せて一閃。
足りなければ逆薙に。まだ足りなければ逆袈裟に。それでも足りなければ、何度でも。
斬り果たすまで斬撃を束ねましょう。

もう、休みなさい。



●いのちが帰る場所
 冴島・類(公孫樹・f13398)は以前、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)に、何となしに気になっていたことを訊ねたことがある。
 ――その角に痛覚はあるのか、と。
 あまり炙られると頭まで熱くなると言い、照りつける太陽を真面目な顔でにらんだ彼を、類はつくづく面白いひとだと思ったものだ。
 それはごく平穏な、心地よい夏のひとときだった。

◆ ◇ ◆

 今、ジャハルは、どれほど角が熱かろうとその程度の痛みなどまったく気に留めていないだろう。
 ジャハルのまわりは亡霊どもで埋め尽くされていた。
 自ら渦中へ突入していった結果でもあるが、彼が胸に秘めた戦への熱や昏い悔恨、そして――何より、主への深い忠義が、残滓たちを惹きつけてやまなかったのだ。

『アナタ、ステキね。私、護りたかった殿と一緒に、腹を切って死んだのよ』
『私は飢えて、見知らぬこどもの屍を食べたわ。そこまでしたのに死んじゃった』
『ステキね。私だって……もっともっと人を斬りたかった。そうしたら天下をこの手にできたかもしれないのに!』

 浮かばれぬもの。忘れ去られたもの。喰らわれたもの。
 それは戦国の世に生まれた侍や民たちの、後悔や未練の結晶だった。
 ある者は片腕を失い、ある者は血の涙を流し、ある者は顔を毒々しい紫に染めながら。
 それでもジャハル達をこちら側へ連れてゆこうと、黒く濁った怨念がこもる手で掴みがかってくる。
 むせかえるような瘴気にジャハルは眉根を寄せた。耐久性と怪力だけが取り柄の身と思ってきたが、ここまで群がられてはオーラで食い止めるにも限界がある。
(例え、かような戦国ではなくとも……生ける者は何時の世も、屍の山の上に立っているのだろうな)
 残滓たちが呟く言葉には、理解できるものもあれば、黙れと一蹴してやりたくなるものもあった。瘴気に侵食され、紫に染まった腕の肉がこそげ落ちても、ジャハルはただ黙して影の剣を振るう。
 別行動をしている仲間が何か仕掛けてくれたのか、残滓たちの再生速度は落ちつつあった。このまま攻撃を加え続ければ、グリモア猟兵が提示した程度の数は狩って帰れるだろう。
 ――狩る。
 我らは猟兵であり、それゆえこれは猟だ。
 それらしい名を謳ったところで、嘆きの残滓を掬う器など持たぬ。だが、諦観も性に合わない。
「来い。せめてお前の呪いも恨みも呑んでやろう」
 だからジャハルはあえて両腕をひろげ、怨霊たちに身を晒す。次々に爪で皮膚を剥がれながら、己もやはり聞き分けのない餓鬼なのだろうかと、ここにはいない師の顔を思った。
 だが、命知らずの餓鬼はもうひとりいたようだ。
「此方はあたしが斬り伏せる。逃げも斃れもしないわ。貴方を置いていきはしない」
「……何か、事情がお有りかと察する」
「あるといえば、あるわね。ただの私情よ」
 背を預け、共に怨念の渦中にいる花剣・耀子(Tempest・f12822)は、それ以上を語らなかった。
「承知した。花剣と言ったか。いざという時は俺を盾に使え。人より多少は硬い」
「あたしの為の盾ではないでしょう。気持ちだけ受け取っておくわ」
「……。つまらぬ事を言った」
 ジャハルもそれ以上を問うことはやめ、目の前の敵を相手取る事に集中する。
(想いに惹かれる、という話は本当だったのね。これで寄せられるなら上々。――あたし達に意識を割いて貰った方が、立ち回り易い)
 仲間が残していった無数の切り傷を塞がせぬよう、燿子はその筋に剣をあてて引き裂く。
 あのグリモア猟兵の依頼を受けて若干後悔したこともあったが、その時に見た黒くて大きな竜が、今は頼もしい味方となっている。何がどう縁となるか、分からないものだ。
『ステキね……アナタたち。そんなになっても、まだ生きてるのね。羨ましいわ……こっちへ来て』
 燿子の首に残滓の腕がからみついてくる。燿子はむせた。口から何か出たと思ったら、血だった。怨念が生む毒が、身体の内側まで染みてきているのだろう。それでも燿子は斬ることをやめない。
「お断りするわ。……後悔なんて、一度で充分なのよ」
 斬って、斬って、斬る。
 そのふるまいはまさに飢えた鬼のよう。彼女の冷えたまなざしは、今だけはただならぬ熱を持ち、凍てつくように燃えていた。
 どちらも生傷の耐えぬ身である。
 だが、ジャハルが護る為の盾ならば、燿子は守備を棄ててでも敵を斬り果たす為の矛だった。
 似ているようで、決定的に違う。だが、その根底を――『強い想い』をかたちづくっているものはやはり同じなのだと、二人は知らぬままに敵を惹きつけ、抗戦し続けている。
 いや。
 ここにいるのが二人だけならば、とうに関ヶ原に転がる屍のひとつとなり果てていたかもしれない。

「もう少しだ……皆で無事に帰ろう。風よ、霧よ、どうか彼らを守って」
 泉宮・瑠碧(月白・f04280)の声に応えるように、霧が揺れた。氷の精霊が冷やしていった関ヶ原の風は、今や猟兵たちに味方しているように瑠璃は感じた。
 深い霧は浄化の力を宿し、敵陣を覆っていく。武具につけた珠飾りが、風鈴のように澄んだ音を鳴らす。
「……この地ももう、悲しい戦なんて望んでいないのかもしれないね」
 指に繋いだ赤の絡繰糸をたぐり、『瓜江』という名の絡繰人形を操っていた類が、不意に呟きをこぼす。二度も大きな時代のうねりを背負うこととなったこの土地の神は、いま何を思うのだろう。
 関ヶ原だけではない。京都、鳥取、山陽道……開戦してから、類は忙しなくあちこちを走り回って、悲惨な未来を砕いてきた。けれど、掬いきれなかったものも、中にはある。
 理不尽に蹂躙された命の抜け殻を前にし、己の無力に胸を痛め、せめて安らかにと祈ったものだ。
 そのうえ、敵は民の命や嘆きを利用し、こちらを攻めようとさえする外道どもだ。日頃は穏やかな宿り神とて、これ以上黙っているわけにはいかぬ。
 身体の大きな友人たちを襲う残滓を、瓜江の下駄が叩くたび、嘆きの声が類の心を刺した。
 知っている。人間の命など、はかなく短いものだと。
 でも、嗚呼、これだから――。

「戦は好かない」
 類は呻くように一言、そう声を発した。

 今も数多の敵や猟兵の血を吸い続けている足元の草花に目をやり、瑠碧も澄んだ水のような双眸をゆるやかに伏す。
 ずっと唄い続けていなかったならば、私も、と、思わず返してしまったろう。
 本当は瑠碧だって、このような戦へ加わることを望んでなどいない。けれど、だからこそ、今ここで唄わねばならない。
 ――♪
 瑠碧が唄うと、風がふるえ、笛のように鳴って返事をした。自然の伴奏を添えられた唄声は、小さなピンブローチを通し、精霊たちの力を借りて戦場へ広がっていく。
 姉のように前線で戦うことができたなら、直接ジャハルや燿子の力になれた。けれど、非力な瑠碧には、後方で彼らを支援することしかできない。
 その事実を半ば受け入れてはいたが、やはり、肉体的な強さへの憧れはある。だから今でも、凛々しかった姉を真似てしまう。
 あのような無茶をしたらきっと自分など、硝子のように粉々に砕けてしまうだけなのに。
『まあ、綺麗な唄。ステキね。優しくて……でも、とても悲しくて』
『なんだか私、いい気分よ。ステキね』
 残滓たちが振り向き、聞き惚れるように動きを停止した。帰還を願う祈りの唄は、もう帰らぬ者たちを想った嘆きの唄でもあった。
 郷愁を誘うその歌声は、ジャハルの、燿子の、類の耳に、心にも、深く深く沁みこんでゆく。

 同じだ。
 みな、一度は帰るべき場所を失った者たちなのだ。

「……解っているさ。だから、早く終わらせる」
 傷が、穢れが癒え、闘志が満ちてゆく。もう、誰にもこんな思いはさせない。
 枯れ尾花と銘打たれた短刀を手に、類はふたたび瓜江を供に疾駆する。
 ジャハルと燿子に群がる残滓たちの中へ、まずは瓜江が飛びこんだ。脚に繋がる糸をたぐり、ひざを高く上げる。残滓は蹴撃に対する防御の姿勢をとった。
 しかし、その背から残滓を襲うのは、類の刀だ。破魔の力をこめたその一閃は、複数の敵をまとめて薙ぎ払う。魑魅魍魎のたぐいにはたまらぬ一撃だ。
『ああ、ステキね。アナタたちなのね、幼い頃からいつも見守ってくれていたのは。ずっと一緒にいられなくて、ごめんなさいね。……こっちに来れば、ずっと一緒にいられるわ』
 残滓は己の嘆きから分身を生み出し、身に纏う瘴気を類にぶつけようとする。
 しかし、炎を纏い、陽炎を残しながら駆ける類をとらえることは、けして容易ではない。更に瑠碧の加護を受けた破魔の霧が、類のすがたを隠し、分身をかき消そうとする。
「……ごめん、僕はまだ、そっちには行けない。君達を眠らせに来たんだ」
 類は向けられた怨念のすべてを喰らってゆく。そうして浄化された残滓の分身は、幸福そうな微笑みを残し、夏空へと消えていった。

◆ ◇ ◆

 瑠碧が郷愁総奏を唄い続け、類が包囲の外から負の感情を喰らう。
 二人が動く事で、ジャハルと燿子はどれだけ傷つこうとすぐに怪我を癒し、半ば無限に戦い続けることができていた。
 いわば、今はこちらにも軍神の加護かかかっているのと同じ。
 いや、火力も増強されているぶん、こちら側のほうが優勢かもしれない。
 そして何より――車懸かりの陣は、回転することをやめ、崩壊していた。
 仲間の誰かが、陣形そのものの弱点を突くような策を仕掛けたのだろう。いくら軍神とて、まだ存在すらも知らぬような近代兵器に、いきなり対応することは難しいのかもしれない。
「自分が失い、得られなかった事を羨む気持ちは分かる気がする。だが……そうしている間、辛いのは君達だろう」
 瑠碧はいったん歌をとめ、残滓たちに語りかける。ないものねだりを諦めきれない惨めさは、この中の誰よりもわかっている。
 だから。
「……終わりにしよう」
 本当はこの言葉を口にするのも辛い。これは、己すらも殺す滅びの呪文だ。
 けれど、強かった姉ならきっと、勇気と優しさをもってこう言うと瑠碧は思ったのだ。
 祈りの歌がまた始まる。
 それを機に、猟兵達は損傷の目立つ個体を見つけ、たたみかけるような猛攻を開始した。

 天地を反すは、今だ。
 盾たる事と、矛たる事は、矛盾しない。

「墜ちろ。今迄の御代だ」
 ジャハルは白亜の翼で空へ舞いあがった。竜と化した右の拳を地面に向け、力任せに目の前の残滓めがけて急降下する。
 全体重と呪詛が乗った拳は、関ヶ原の地をクレーターのようにへこませ、そのまま残滓の首をとらえる。もとより呪われた身だ。今更背負う業がすこし増えたところで、かまわぬ。
 残滓の怨念を生命力として吸収した竜の拳は、禍々しく輝き、ジャハルの身体を徐々に侵食していった。
『……私をどこかへ連れて行ってくれるのかしら?』
「ほかにはなにもしてやれぬが」
『嬉しいわ。変な人。でも……ステキね』
 せめてその濁りを諸共に、我が身の内へと。
「嘆きは聞けぬし、お前達に譲ってやれるものもない。だが――好きなだけ穢してゆけ」
 生の尽きる、その時には、俺も其方へ墜ちるだろう――半身を竜に侵食されたジャハルは、今まさに命尽きようとしている残滓の隣へ膝をついた。無防備なその背へ、未練たちが血の涙を流しながら群がってくる。
 ステキね。ステキね。どうか、どうかその翼に、私の嘆きも背負っていって。
 アナタと一緒に、あの青い空をとびたいわ。

「――待って。その人は僕の友人なんだ。……辛かったろうね。悲しかったろうね。でも、彼ひとりにすべてを背負わせるのは、やめてあげて」
 そのかわり、僕も一緒に持って行くから。
 赤い糸が泳ぎ、背の高い人形がジャハルと残滓たちを隔てる。
「……冴島。何と云うべきか、すまぬ。要らぬ心配をかけた」
「ううん、謝ることなんてなんにもないです。ただ、少しは僕にもいい格好をさせて下さい」
 いつものように朗らかな笑みを返すと、ひとを愛する鏡の宿り神は、浄化の炎を身に纏い、どこか厳かな声で残滓たちに告げた。
「聞かせて。君の業、その全てを」
『ああ、かみさま。聞いてくれるかしら? 私、信長様に村を焼かれたわ。みんなみんな、焼かれて焦げて苦しかったわ』
『私も信長様のご機嫌を損ねたの。そしたら斬られて死んじゃったわ。ねえ、どうしたら良かったかしら? 教えて、かみさま』
「……泣かないで。君達のように、嘆く人を増やさずに済むように頑張るから」
 類はそれらのすべてを聞き遂げると、目の前で崩れかけている残滓に、浄化の短刀を突き立てた。
 短刀に灯った炎は、ゆっくりと燃えひろがり、残滓を包んだ。彼か彼女は、焼かれて死んだと言っていた。けれども、今の表情はとても安らかだ。
『――あたたかいわ。とてもいい気分よ。ありがとう、ステキなかみさま』
 類は炎の中に消えてゆく残滓を見送る。そうしてひとつの嘆きが、安らかな眠りについた。

『みんなずいぶん湿っぽいのね。私は違うわ。アナタを呪い殺したらきっと私、強くなれるわ。そうしたら、次はあの軍神を憑り殺してあげるのよ。いつかは魔王だって殺して、頂点に立つの……ステキね!』
「……黙りなさい。それ以上喋ったら、斬るわよ。お前みたいなものがこの国を食い荒らすのを、あたしは赦さない」
 こんなものが。
 こんなものが。
 ……師匠が守ろうとした世界を、壊そうとしている。
 悔しさと悲しさと憎しみが燿子の胸の裡にひろがっていく。けれど、花剣は泣かない。叫ばない。悔やむのはそう、一度で充分。そしてどこかの戦場で散るまで、ただ花剣で在り続ける。
 試作のウェポンエンジン、《ヤクモ》を、機械剣《クサナギ》に装着する。美しくも禍々しいその剣は、まるで生き物のように脈動をはじめる。
 一歩前に踏み込む。そして彼女は、嵐すら斬り伏せる速度で残滓の胴を引きちぎった。
『っ……ひどいわ、喋らなければ斬らないって、アナタ言ったじゃない!』
「そんな約束はしていない。喋っても、当然斬るわ。あたしは過去をすべて斬り果たして、未来を繋げるために、此処へ来たのよ」
 冷徹。冷淡。それが花剣たるもの。
 天下への未練をわめき散らし、上半身だけになってなお襲いかかってくる怨念を、燿子は逆薙ぎに斬る。これにはまだ仕置きが足りない。逆袈裟に、右薙ぎに、左薙ぎに、斬り上げて――嵐のごとき斬撃は、最後にその首をはねて、ぴたりと止んだ。
『ああ、アナタ……業が深いのね。私と一緒。でも……ステキね。私もその力が、欲しかったわ……』
「首は首らしく黙りなさい。……もう、休みなさいって言ってるの。お前はお前。あたしは花剣。ただここで出会って、斬り合った」
「……そう。ステキね。アナタ、全然優しくないけど、何故だかスッキリしたわ」
「あたしは使えるものを使った。それだけよ」
 ――それが、本心だってなんだって。
 凄絶な花の嵐に惹かれた過去の残滓は、戦場の風のひとつとなり、散っていった。

 三体の残滓が消えゆくまで、瑠璃は郷愁の唄を捧げていた。
 それは最良の一手を放った三人へ捧ぐ唄でもあり、未来の自分へ向けた唄でもあった。
 風車がまた回りはじめる。どうやら、軍神は態勢を立て直したらしい。
 ……皆がこんなに頑張ったのに、まだ悲しい戦は続くのか。瑠碧はひどく悲しい気持ちになった。
「どうか、安らかに」
 そんな彼女の肩を、誰かの手がぽんと叩く。
「……人形?」
「お疲れさま。ずっと唄い続けて、大変だったよね。ちょっと休もう」
 振り向けば、瓜江を操りながら、類があたたかく微笑んでいた。
 ジャハルも、燿子も、無事に立っている。
「礼を言う。お陰で師父にも見せてやりたい程の見事な穴が掘れた」
「……歴史に残りそうね。あたしからも、有難う。ここで斃れずにすんだのは、良いことよ」
 瑠璃ははっとする。そして、はにかむように笑んだ。……この笑い方はあまり、凛々しくはなかったかもしれないけれど。
「僕の力が君達の役に立てたなら幸いだ。……うん。しっかりやれているなら、良かった」
 きっとこれが、『私』らしい笑い方なのだ。
 
 役目を果たした四人は撤退を開始する。
 皆が作った隙間を誰かが突破し、この先に居る軍神を討ち果たしてくれるはずだ。
 まだ見ぬその誰かのために、瑠璃はもういちど、歌にこめた想いを祈った。

 どうかみなが、諦めず前へ進み、そして、いつか――願う場所へと帰り着けますように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年08月16日


挿絵イラスト