エンパイアウォー⑥~剣燐断雨
●剣鬼
「……つまらん。大筒の一つや二つは期待していたが……長閑なものだ」
数多の大盾。間隙無き槍衾。この世の――サムライエンパイアのモノに在らざる陣形の、その中央で、化生に堕ちた女は倦む。
元より、師も、家族も、無二の友も、自らの名すら斬って捨てた身の上なれば、今更織田だの徳川だの世の行く末に興味なく。
たかがこの程度の陣に右往左往する侍共にもそそられぬ。一足自ら飛び抜けて思うさま刃を振るえば事はすぐに終わるだろうが、路傍の石を斬ったとて、何の研鑽になるだろう。幾ら積み重ねても零は零。即ち虚無であり、無益だ。
故に。この陣形(ふるい)を突破できぬ有象無象は槍に突かれて死ねばいい。ふるいを抜け、斬るに値する者が眼前に現れるまで、女はただ、枯れ木の如くひたすら倦む。
世の趨勢に興味はない。だが。
――剣の頂。そこへ到る為ならば。
世界の一つや二つ、斬って捨てても惜しくはない。
●神速不可視
「関が原まで大した被害無く辿り着けたのは良かったけれど、まだまだ先は険しいみたい」
まぁ『険しい』の内訳を詳しく説明するとどうしても長くなるからばっさりカットしていきなり本題に入っちゃうんだけど、とマリー・スカーレット(爆走おねーさん・f15745)はゆるふわ調子で話を続ける。
「あなた達には関が原に陣取る敵軍を何とかしてほしいの。敵軍、と言っても指揮官以外は全員洗脳された農民たちなんだけど。厄介なことにね」
魔軍将『弥助アレキサンダー』が所持する『大帝の剣』には広範囲の洗脳能力があり、これを使って機内全域の農民達を搔き集め、都合のいい駒にしていると言う。
富子の財が拵えた大盾大槍で武装する農民達の陣形は、世界史上、かの有名なファランクス。16×16、256名で作られるその密集陣形は、本来サムライエンパイアでは在り得ない戦術だ。
「見たことも無い戦術に、洗脳された農民達。攻めあぐねるのが人情でしょう? 大筒をどかんと撃つわけにもいかず、このままだと徳川軍の半数は早々に壊滅してしまうわ」
しかし猟兵ならば、それを覆す手を打てる。
『大帝の剣』の洗脳能力は、部隊を指揮しているオブリビオンを中継器として農民たちに作用している。『中継器』を撃破しさえすれば、農民の洗脳も解け、一人の犠牲者を出すことなく勝利できるだろう。
「仮に農民が全員死んだとしても、最終的にオブリビオンを倒せさえすればそれで作戦は成功よ。けど、どうせならスカッと勝ちたいところよね? ね?」
指揮官(オブリビオン)が居るのは部隊の中央。そこへ辿り着く為にはまずファランクスの槍衾を突破する必要がある。
所詮は素人の扱う槍。猟兵にとって然したる脅威にはならないが、邪魔くさいのは確かだ。手早く通過するに越したことはないだろう。
「そうねぇ……もし空が飛べるなら、槍の間合いを完全に無視してそのまま中央に突入しちゃうとか。今のは一例だけど、知恵と技能とUC次第で、突破のしようはいくらでもある筈よ」
ただ、農民たちをうまくやり過ごしたとしても、オブリビオンの撃破はそう簡単ではないだろう、とマリーは警告する。
「敵は居合の遣い手。動きは神速、刃筋は不可視。そう言う領域の達人よ。気をつけて――と言うより、斬られる覚悟で臨んだ方が良いかもしれないわね」
長谷部兼光
久しぶりに2章構成のOP書いた気がします。
●目的
ファランクスを突破し、敵オブリビオンを撃破する。
●場所
関が原。昼。平地。
●備考
・このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
・農民の生死は作戦の成否に影響を与えません。
・今回、一章冒頭に文章は追加しないです。よろしくお願いします。
第1章 ボス戦
『剣鬼・無銘』
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POW : 魔剣・首刎
【敵の攻撃速度を上回る居合抜きで反撃し、】対象の攻撃を予想し、回避する。
SPD : 魔剣・千鳥
【極限まで殺意を研ぎ澄ませること】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【一瞬で間合いに踏み込み、神速の一閃】で攻撃する。
WIZ : 魔剣・無銘
【居合の構え】を向けた対象に、【敵の逃げ道を塞ぐように放たれた無数の斬撃】でダメージを与える。命中率が高い。
イラスト:kuraba
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「蒼焔・赫煌」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
パトリシア・パープル
農民を洗脳して盾にする悪党は、スカンクガールがお仕置きよ!
遠間から敵集団との距離を確認し、頃合いを見計らってUC発動
姿を消した上で、最大出力のスカンクガスを【一斉発射】し、その反動で【空中浮遊】して、敵集団の頭上を飛び越える
臭いで倒れる人がいても、直撃じゃなきゃ失神するだけだから問題なし!(ぇ
その後は姿を消したまま相手の背後から【だまし討ち】
バリアパラソルの【シールドバッシュ】で吹き飛ばして、こちらの場所を悟られないよう、高速で場所移動しつつ、如意フォークで腕を突き刺し【武器落とし】
最後は濃縮スカンクガスを顔面に向けて発射!
「『視認している相手』しか斬れないなら、見えない相手には無力よね?
紫谷・康行
操られているというなら
少しの間だけ、止まっていてもらえばいい
【コード・ポテンシャル・ゼロ】を使い農民の動きを止めてから
オブリビオンの元へ移動
可能なら仲間が通る間も農民の動きを止めておく
「少し冷たくなるだけだよ
命まで取るわけじゃない」
オブリビオンに出会ったら仲間の後方に位置して隙を窺う
動き始めは速そうだ
狙うなら刀を振り切って瞬間かな
そこまで隙は見せないだろうから
タイミングを掴んでから慎重に
狙うのは右腕と左足
移動と攻め手を止められれば勝機はあるだろう
倒すのは誰かの仕事だ
俺はそのための決定的な状況を作ることにする
敵に悟られないようにこっそり
言葉に力を込めておき
機を見つけたら力ある言葉を一気に流し込む
白峰・慎矢
(武器を捨てながら)もちろん、彼らを見捨てるわけにはいかないよ。俺と同じ、この世界に生きる人達だからさ。
まずは最後に捨てる武器、脇差を敵の目の前の地面に「投擲」、砂埃を上げ農民達の視界を遮ってから、【集霊拳】を発動して速度を上げ、速さに任せて彼らの合間を縫って一気に陣形を突破しよう。同士討ちされないためにも、攻撃する暇は与えないよ。
その勢いのまま、指揮官を攻める。「ダッシュ」で格闘攻撃の間合いまで進んで、拳に「破魔」の力を籠めて、「2回攻撃」だ。本来は俺も刀を使うからね、攻撃は「見切り」やすいはず。
俺はこの世界を守るために戦う。自分のためにしか刀を振るえない君に、負けるわけにはいかないよ……!
六島・椋
エスタ(f01818)と
そうだな
自分の速さが通用するかは気になるが
事前に武器と服に潜めた『揺曳』の靄に【毒使い】で腐食毒を宿す
ダメージは【激痛耐性】で受ける【覚悟】をしておく
フリントに【怪力】で掴まり【騎乗】
相棒が振るうと同時に跳躍、農民の上を抜ける
抜けきれなさそうなら武器で槍を折り農民や盾を足場に駆け抜ける
中継点との接敵時、ナイフを【投擲】し着地を狙われないよう
己と人形、どちらかが死角となるよう別方向から【早業・二回攻撃】
自分を攻撃したり武器を防いだりした刀が腐蝕すればいいんだが
戦闘に乗じて傷や鼻口からの靄摂取も狙ってみるか
通用するか気になりはするが
素早さばかり売りとしているのではないんでな
エスタシュ・ロックドア
相手は速さが売りみてぇだぜ、椋(f01816)
スピード自慢のシーフとしちゃあーいうのはどーよ?
シンディーちゃんに【騎乗】【運転】
椋をフリントに乗せて【ダッシュ】
最高速に達したらフリントを【怪力】で振るって、
椋をオブリビオンのとこまで飛ばすぜ
したら俺ぁ一旦離脱
ファランクスにゃ突っ込まねぇ
椋が接敵したとこを見計らって『羽鉄火車』
子分の烏どもとシンディーちゃんでワープして敵に突っ込むぜ
烏どもで敵の視界を遮りつつフリントで攻撃
敵の攻撃は【激痛耐性】で耐える
こちとらブレイズキャリバーだぜ
仮に四肢を切り落とされようが業火を義肢に戦えらぁ
そいつぁ重畳、手数が多いのもシーフの売りだな
宮落・ライア
演出真の姿(和装少女)
古風口調:『儂』や『じゃ』
是、じゃな。
至高、究竟、天上へ至ろうとするならばそれぐらいの気概がなくてはな。刀の前に立つ物は全て斬れるか斬れぬ物ではなく、斬るか斬らぬ物だけ。
とは言え、儂も十把一絡げな人型なぞ斬る気にはなれんし…
煽るか。
【刀の継嗣】を使い【早業・鎧無視攻撃】取得
ファランクスに真正面から歩いて近づき、間合いに入った者の鎧、盾、槍、全てを【桜斬り】で5cm角に斬る。
斬ったら怪力で蹴り飛ばして次のを待つ。
256人なぞ分け入り殺せば半刻も掛からぬだろうが……衣が血で濡れるのも面倒であるしな。
暫くやってれば剣鬼から出てくるんじゃない?
強者を求めてるなら。
後は居合い勝負
弦切・リョーコ
世界の一つや二つ惜しくない、か。
いいねぇ、何か極めようっていう奴はそれくらいの思いがあって然るべきだ。
私も分野は違うが心意気は似たようなもんで、どういう因果か敵同士ってわけだ。
斬られる覚悟はあるんでね、見せてみなよ。そいつを観測したら、きっとアンタもこの私も満足できるだろうよ
『迷彩』で『目立たない』ようにして陣形の隙間を縫ったり、迂回したりして戦闘を避ける。
接近できたら姿を現し戦闘開始。味方を『援護射撃』しつつ『時間を稼ぐ』
相手の最高の技を受けたらUCを使用。好機を見て彼女の斬撃を再現して返す
「骨が折れたが…再現完了。どうだい自分の太刀筋はは」
「剣の頂まで如何程の距離か、省みながら逝くといい」
千桜・エリシャ
剣の鬼…上等ですわね
私だって剣士で鬼ですから
負けるわけにはいきませんの
まずはファランクスをどうするか
私、弱者を甚振る趣味はありませんから
花時雨を開いて空中戦
風に乗り空を飛んでそのまま中央へ突入しますわ
ごきげんよう、剣の鬼さん?
そんなに退屈しているのなら私と死合ませんこと?
どちらが剣鬼に相応しいか
――己の首を賭けて
ここは剣技で勝負を
そちらの攻撃を避けることは難しそうですわね
ですが
絶対に当たるならば迎撃すればいいだけのこと
――散華繚乱
カウンターで斬撃を放ち相殺しますわ
そして斬撃を打ち込みながら肉薄
打ち漏らし傷つこうが決して歩みは止めず
動きを見切り
隙を見逃さない
嗚呼、愉しかった
御首を頂戴しますわね
松本・るり遥
ーー、うん
行く
達人の居合も斬られる痛みも想像つかねえよ
けど
農民の洗脳、
それは
駄目だ
絶対、駄目だ。
『戦いたくもねえくせに、槍の一本二本持った所で何になる!? 目も当てられない、笑えもしねえ! 帰って箸でも握ってろよ!!』
本命とやり合うのは他の奴の役目
俺の仕事は、洗脳された農民への徹底した武器落とし。
長モノは視認しやすいからまだ何とかなる。誤射しないよう必死に目の焦点を合わせて吠え続ける。出来れば、他猟兵の戦闘音に少しでも紛れながら。
あとは、うん、
最奥へ向かう奴が居るなら
『終われ、終われ、一刻も早く!!』と【独白】する。
ーーあの
躑躅色
すげえ目立つなあ
ジンガ・ジンガ
目立たぬよう喧騒に紛れ
陣の側方から奇襲
攻撃は必要最低限に止め最短ルートを見切り
全力ダッシュで道開く
――あァ、この声は
俺様ちゃん今ワケあって
あの子らに、特にこの声の主には合わす顔なくて
絶対見つかりたくねェっつのに
……ッくそ、こんなシチュ絶対止めに来る子でしたわ!
知ってた!
るり遥に攻撃が向きそうなら
あいつには見つからねーように遠方から全力で守って
落ちている槍取り
頑丈そうな農民を踏み台に
高跳びの要領で親玉へと「跳ぶ」
フェイント絡めだまし討ち
2回攻撃叩き込み
神速の一閃は、咄嗟の一撃で相殺を
見切れないなら身体に染み付いたモンで応戦じゃんよ
てめェなんざの攻撃如きが
俺様ちゃんの生存本能に敵うワケねェだろ!
●攻略・ファランクス
整然と、壮観に、徳川軍のゆく手を阻むファランクス。
洗脳されているが故、一糸乱れぬ槍衾。敵の陣が一歩進めば味方の陣は後退し、埒も無い。
「被害を出さずに、か……」
自我が無い故農民たちに敵意は無く、しかし刃は確とこちらを向いている――異様異質な槍衾を一瞥し、白峰・慎矢(弓に宿った刀使い・f05296)は鉤縄を、小刀を、腕輪を、霊刀を、自身の携えていた武器を次々捨てていく。
そうして慎矢がついに唯一握り締めるのは、名も無き脇差。
「……もちろん、彼らを見捨てるわけにはいかないよ。俺と同じ、この世界に生きる人達だからさ」
その為にこそ、今は敢えて捨てるのだ。ありったけの念力を込めて、慎矢は脇差を投擲する。
誰を傷つけることも無く、狙い通り敵陣の眼前に突き刺さった脇差は、直後砂埃を舞い上げて、農民たちの視界を塞ぐ。
脇差を捨てた慎矢。最後に残るのは己の弓(ほんたい)ただ一つ。
猟兵達の攻勢。その始まりは、此処からだ。
●
敵陣より少々離れた岩陰に身を隠していたパトリシア・パープル(スカンクガール・f03038)は、砂塵の奥の敵陣を睨む。
「ふむふむ、なるほど」
事前の情報通り、敵の武装はよくよく目立つ大槍大盾。しかしそれ以外は、この世界の一般的な足軽のそれに毛の生えた装備でしかない様子。砂に隠れてしまう前から観察していたのだ。それは間違いないだろう。
パトリシアは相棒スカンク・リッキー・ジョーと暫く視線を交わし、考える。
『そうなってくると』このUCを使うのは、農民たちにとって少々キツいかもしれない。
キツいかも知れない。が、非常事態なので少々の荒事は致し方ないだろう。リッキーのつぶらな瞳もそう語っている。
「そうね……危険な技だけど、使うしかないわね!」
そう決断したパトリシアの姿が徐々に透過してゆく。視認阻害を引き起こす特殊なガスをその身に纏ったパトリシアは同時、超々高濃度に圧縮したBMB(ブチルメルカブタン)ガスを地面へ叩きつけるように一斉放出し、その反動を利用してロケットよろしく大空へと飛翔する。目指すは敵陣中央だ。
……因みに。ブチルメルカブタンガスとはいわゆるスカンクガスであり、無論大盾やその他具足で防げる類のものではない。ガスマスクなどの『防毒装備』が登場するのはファランクスが活躍した時代より、富子が生きた時代より、そして江戸時代より後の事。
やむを得ぬ犠牲。砂塵とガスで姿をくらますパトリシアが敵陣上空を通過した数秒後、降り注いだガスの臭いで失神する者が続出しようとも、敵側にそれを治める術は無く。むしろ至近距離で食らわなかっただけ幸運だったと言えよう。
●
「――おっと、どうやら始まったみたいだな」
パトリシアの後方、位置すること敵陣よりさらに遠く、砂埃が大きく立ち上がるのをサングラス越しに確認したエスタシュ・ロックドア(碧眼の大鴉・f01818)は、大型二輪・シンディーちゃんに火を入れる。
「聞くところによると、相手は速さが売りみてぇだぜ、椋。スピード自慢のシーフとしちゃ、あーいうのはどーよ?」
「そうだな。自分の速さが通用するかは気になるが、だ……素早さばかり売りとしているのではないんでな」
「個人的には上等ですわね。剣の鬼……私だって剣士で鬼ですから。負けるわけにはいきませんの」
「そいつぁ重畳……って、ん?」
六島・椋(ナチュラルボーンラヴァー・f01816)とは違う、しかし聞き覚えのある声音。それに釣られてエスタシュが振り向くと、いつの間にか、椋の隣には千桜・エリシャ(春宵・f02565)が居た。
「聞いてみると、目的が同じっぽかったから誘ってみた」
「そんな訳で、今回はよろしくお願いしますわね?」
何という清々しいまでの事後承諾。取り敢えず、本当に良いのかとエスタシュがエリシャに訊くと、エリシャは全く問題ありませんと返す。
エリシャとしては、元より弱者を甚振る趣味も無く、それを避ける為なら椋が提案した少々急ぎな『空の旅』もそう悪くない選択肢だった。
そう言う事なら遠慮抜きに、エスタシュは二人を鉄塊剣・フリントに乗せ、目覚めたばかりのシンディーちゃんのアクセルを一気に回し、関が原を駆け抜ける。
「そっちがファランクスなら、こっちは差し詰めカタパルトだ! ほら、飛んでけぇ!」
文字通り馬力が違うのだ。風を超え、シンディーちゃんが最高速に達したその瞬間、エスタシュはフリントを膂力の許すまま思い切り振り抜くと、同時、敵陣目掛け二人は跳躍(りりく)する。
槍衾は遥か下方。高度は十分。エリシャはふわり花時雨を開くと、砂煙舞う敵陣上空を漂うように縦断し、他方、椋は懐からナイフを取り出して、一足先に砂の奥の着地点へと目星をつけた。
●
「――、うん、行く」
勇気の欠けた松本・るり遥(謳歌・f00727)が、ぽつんと一人戦場に立つ。
優しさの欠けた自分ではなく、悲しまない自分でもなく。
不釣り合いだと自問する。達人の居合も斬られる痛みもまるきり想像つかない『自分』に何ができる?
向いてる音楽(じぶん)に変えようと、指先が無意識にイヤフォンへ伸びる。
――否。るり遥は拳を握った。変えてはいけない理由がある。
(農民の洗脳。それは、駄目だ。絶対、駄目だ!)
そう思ったのは、他でもない自分だからだ。
「『戦いたくもねえくせに、槍の一本二本持った所で何になる!? 目も当てられない、笑えもしねえ! 帰って箸でも握ってろよ!!』」
あらん限りの大声で、るり遥は嘲笑侮蔑を戦場一杯にがなり立てる。
砂塵のせいで一メートル先も良く解らない? そんな事は関係ない。覚悟を決めろ。目を凝らせ。馬鹿げた(Nonsense)事か、望む所だ。
誰かが奏でる戦闘音に紛れながら、砂煙を切って自分の瞳の色すら映るほど肉薄した大槍を睨めつけ弾く。
紙一重の攻防の、その繰り返し。剣鬼の事は他者に任せ、るり遥の狙いは徹底して農民達の無力化だ。
誤射を許さず慎重に。抗うように大胆に。吼える。吼えろ。256本目の最後まで!
「――っ!?」
不意に背筋が寒くなる。何かが背中を掠めた感触に、急ぎるり遥は振り返るが、視界そこには何もない。気のせいだったか、そう思って咆哮しようとしたその矢先、砂塵の奥にちらと見知った色があった。
思わず安堵し声を掛けようかと思ったが、あの喧しい彼がそうして来ないのならば……今はまだその時では無いのだろう。
けれど。
「――あの躑躅色。すっげえ目立つなあ」
●
大きな大きな砂煙。こいつぁ何ともお誂え向きじゃん? とジンガ・ジンガ(神賀仁牙・f06126)は陽光の下に屈託ない笑みだけを残し、ヴェールの中に紛れ込む。幾分、日陰の方が居心地が良かった。
ファランクス……この陣形は側方からのアクシデントに滅法弱いとか。ジンガは敵陣の真横から、農民の掲げる大盾を叩き落として乱入し、そのまま中枢を目指す。
視界は劣悪。しかし、直感的に指揮官(オブリビオン)の位置はわかる。敵陣内で唯一放たれる尋常の物とは思えぬ殺意。その根本がゴールだ。
そうと決まれば最短ルートを見切り全力ダッシュで一等賞を目指したい、と。
そう意気込んでいた矢先、
「――あァ、この声は」
耳に飛び込んできたのは勇気のない彼の、精一杯のがなり声。
あッちゃーと、出くわした農民を昏倒させつつ、ジンガはばつが悪そうに、片手で顔を覆い隠す。今は少々ワケあって、無二の友人達に、とりわけこの声の主に合わせる顔が無いからだ。しかも声のボリュームからしてかなり近い気がする。
「……ッくそ、こんなシチュ絶対止めに来る子でしたわ! 知ってた!」
兎にも角にも絶対見つかりたくはない。此方はシーフで傭兵だ。本気出して身を隠せば、上手い具合にやりおおせるだろう。
休むことなく木霊し続けるこの咆哮、彼は全神経を集中して戦っている。
「おっと!」
戦っているがゆえに、野暮は無しだろう。
砂のヴェール越しに、彼の背を突こうとする農民を咄嗟ダガーの柄で殴り倒すと、零れた槍を拾い上げ、そ知らぬふりでその場を離れた。よし、バレてない。
後はそのまま助走をつけて頑丈そうな農民を踏み台に、しなった槍で親玉の元まで棒高跳びだ。
「『終われ、終われ、一刻も早く!!』」
跳んでいる最中、剣鬼に向かうジンガの背を、そんな独白(エール)が後押しした。
ククク、とジンガは陽の下に置いてきた筈の笑みを浮かべる。
まさかるり遥も、自分(ジンガ)の背を押したとは気付いてないだろう。
●
「是、じゃな。解るとも。至高、究竟、天上へ至ろうとするならばそれぐらいの気概がなくてはな。刀の前に立つ物は全て斬れるか斬れぬ物ではなく、斬るか斬らぬ物だけ」
和装姿の少女、宮落・ライア(ノゾム者・f05053)はすらりと刀の柄に手をかけ、不敵に笑う。
「とは言え、儂も十把一絡げな人型なぞ斬る気にはなれんし……」
さあて思案のしどころだ。此方から態々敵の眼前に出向いてやると言うのも面白くない。いっそのこと剣鬼を此方に出向かせる策は無いものか。彼方が望むは斬るに値する強者。ならば……。
「煽るか」
前座に陣(ふるい)そのものを滅多斬れば、喜々として出てくるだろう。
「刀の有り様は斬る事じゃ。斬って見せよう」
刀の継嗣。ライアは悠然と散歩でもするかのように、真正面からファランクスに接近する。大槍達は堂々と間合いに侵入してきたライアへ容赦なく殺到するが、しかし、その切っ先は彼女の肉を穿つ前に寸断され、届かない。
「槍の間合い? 違うな。これは儂の間合いじゃ」
ライアの言葉通り、槍の間合いは刀の暴風圏に蹂躙され、消滅する。鎧の強度を無視し、槍の穂先を両断する居合の一閃が、目にも止まらぬ早業で二百四十五度も閃けば、刃、具足は意味を為さず、ただ花弁の如く散りゆくのみ。
「遅い」
武装を刻み、丸腰になった農民達を勢いよく蹴り飛ばし、ライアは黙々と作業を続ける。即ち方法は違えどるり遥同様、ファランクス部隊の解体だ。
「256人なぞ分け入り殺せば半刻も掛からぬだろうが……安心せい、薄皮一枚裂きはせぬ。衣が血で濡れるのも面倒であるしな」
「そうだね。操られているというなら、少しの間だけ、止まっていてもらえばいい」
とぼけた調子でそう言って、紫谷・康行(ハローユアワールド・f04625)は数度瞬く。焦茶の瞳を覆うのは彼にしか見えぬゴーグル状のARスクリーンだ。
槍と大盾の戦場で、これはちょっと卑怯かもしれないけれど、とスクリーンに浮かぶコマンドラインに熱振動停止コードを走らせた。
「言ってしまえば、遥か未来の言葉のまじないだね。大丈夫。少し冷たくなるだけだよ。命まで取るわけじゃない」
ソースコードという言霊に編まれたプログラムが、農民たちの抱える熱エネルギーをゼロに近づけ、動きを封じる。これもまた、単純な鎧や盾で防御できる代物ではない。
ただ静かにプログラムは稼働し、幾人めかの動きを止めた後、辺りは一時静寂に包まれる。
砂塵のみが無邪気に舞う戦場……この静寂が、全ての農民を無力化したが故の物とするなら。
●刃
「そろそろ……来るか?」
静寂を打ち破る、ライアの呟きに、
「もう来ている」
答えた声は背後から。
ライアは即座刀を引き抜くが、刃を伝うは自身の血。遅れて痛覚を認識する。既に斬られていたか。
だが、たかが一撃だ。ライアは暴れ駆け巡る痛覚を捨て置いて、二百四十五の居合を返す。
「……ヤーザの海に漂い怒りと悲しみを司る射貫く声を持つ黒き雲ズカードよ。我が呼びかけに答えその心を解き放ち敵を討て」
康行は咄嗟剣鬼と距離を取り、黒雲ズカードを召喚する。
ライアと剣鬼が繰り広げる居合の応酬。見切るべきは神速の終点、刀を振り切り、再び納刀するまでの僅かな間。
一瞬に満たぬ間隙を、黒雲ズカードは見逃さず、地より立ち上る雷が剣鬼の右腕と左足を撃つ。
さらに牽制射として黒雲より水の槍を撃ちだすが、其方は斬って払われる。それでもいい。意識を散らせられるだけ意義はある。
倒すのは誰かの仕事だ。オーダール、グラッハルゥ、フロッカムの蛙、慧眼のミーミトリィ。康行は喚べるだけの増援を喚び、そこに至るための決定的な状況を整える事に全力を傾ける。
その為にも、可能な限り移動と攻め手の要を攻め、徹底的にダメージを蓄積させ無ければならない。
黒雲が撃ち出す水の槍と共に、地へ降り注ぐのは揺曳に浸る投げナイフ。
着地の隙を消すためにばら撒かれた椋のナイフは、剣鬼に数条の手傷を負わせた。靄に纏わせたものを考えれば、その程度の傷でも効果は並の刃傷に勝るだろう。
椋は骨格人形・オボロを繰り、二手に分かれて着地すると、即時剣鬼との距離を詰め、オボロと共に挟撃する。いずれかどちらかは斬られるだろう。
だが。オボロも自分も、腐食性の毒を宿した靄を纏っている以上、どちらが攻撃してもされても問題ない。
果たして、無数の斬撃は操者である椋を裂き、血飛沫と共に滲んだ靄が剣鬼の刃へ、体へ絡む。相応の覚悟をしていたが、それでも直前、死角より剣鬼を急襲したオボロの白掌連撃が、結果的に致命傷を遠ざけたか。
(「けれど……」)
靄が効いたか、口端から一筋の血を流す剣鬼は尚構える。無慈悲に、もう一度、烈風の如き斬撃が来るのだろう。
糸を繰る手にも力が入らない。八方塞がりか。
「いいやまだだ。此処に示すは我が配下、六道駆ける火の車、以て辿るは此の縁。――来たぜ、そんじゃ一仕事すっか!」
明朗快活な大声と共に、三十七羽の地獄の烏とシンディーちゃんまで従えて、突如、椋の眼前に現れたのはエスタシュだ。
「……なんだ。随分と重役出勤じゃないか」
「まぁな。別にスピードがウリって訳でも無いから……な!」
椋を穿つはずだった剣鬼の斬撃達を、エスタシュは横から入って肩代わり、豪快にフリントを振り回すと、八方塞がりの状況を無理矢理こじ開けた。
「手緩いぜ。舐めんなよ。こちとらブレイズキャリバーだぜ? 仮に四肢を切り落とされようが業火を義肢に戦えらぁ!」
地獄の鳥たちが剣鬼の視界を遮った刹那、全身から迸る群青色の業火をフリントに延焼させ、躊躇なく女へ叩きつける。
仰け反る女の背後へと、忍び寄るのは不可視の獣。
「農民を洗脳して盾にする悪党は、スカンクガールがお仕置きよ!」
鳥と業火の連携に、ひっそり混じってだまし討ち。
「あれらを盾として使った覚えはない……いいや。あの程度の脆さなら、何に使おうが同じことか。
華凛な姿を消したまま、展開したバリアパラソルを押し付けて吹き飛ばす。
その後即座砂塵と地獄鳥達の後ろへ退いて、パトリシアはガスの力で縦横無尽に撹乱機動。
伸縮自在の如意フォークを構えると、機を見極めて一気に伸ばし、剣鬼の腕へ突き刺した。
そのまま手に持つ刀を落としてやろうとフォークを操るが、しかし剣鬼は強引にフォークを振り落とし、その柄を辿り神速の踏み込みでパトリシアに肉薄する。
だが、こちらに『敵意』を向けて、一直線にやってくるのなら、その終点に待ち構えるのはリッキー率いるスカンクの群れだ。
スカンクたちは最接近した剣鬼の顔面へ、BMBガスを一斉射。ガスの直撃を受けた剣鬼の両眼は、以後使い物にならないだろう。
「『視認している相手』しか斬れないなら、見えない相手には無力よね?」
「……成程、一理ある」
――呻くでも無く動揺するでもなく、むしろ得心したと言わんばかりの剣鬼の声音に不吉なものを感じ、パトリシアはスカンクたちを引き連れ距離を取る。
……この違和感は。もはや見えぬはずの剣鬼の眼に、それでも見据えられている感触があった。
不意にはらり、と桜が散る。同時にパトリシアを襲う不吉な感触は消え失せる。否。桜の先へと移動したのか。
桜と共に、剣鬼の元へ舞い降りるのはエリシャ。優雅な所作で地に降りたエリシャは、ごきげんよう、と先ずは軽やかに剣鬼へ挨拶する。だが、穏やかだったのはそこまでだ。
「そんなに退屈しているのなら私と死合ませんこと? どちらが剣鬼に相応しいか――己の首を賭けて」
妖刀・墨染を抜き放つエリシャが提案するのは、文字通りの死闘。
「面白い。良いだろう。私が勝ったのなら、その首貴様の刀にくべてやる」
それ以上の言葉はいらない。ただ墨染と無銘の刀が交互に煌いて、その剣閃を鮮やかな紅花が彩るのみ。
眼を失ったにもかかわらず、攻め寄せる刃は何処までも正確で、回避が難しいと判じたエリシャは敢えて剣鬼に先手を譲り、迎撃の構えをとる。
――散華繚乱。
正に肉を斬らせて骨を断つの様相で、エリシャは剣鬼の斬撃を相殺しつつ肉薄し、打ち漏らし傷つこうが決して歩みは止めず、負けじと応酬する。
剣鬼の動きを見切り、隙を見逃さない。
……だが。撃ち合いを続けるその内に、剣鬼の隙が徐々に少なくなっていくことに気付く。
……これは。
「水を差すようで悪いが、助太刀じゃ!」
ライアも何かを感じ取ったのだろう、剣戟へ乱入し、エリシャに加勢する。
「『桜』、斬るぞ!」
「ご自由に」
ライアの断った花弁が3つ、4つに分かれて桜花の嵐に変じると周囲を埋め尽くし、剣鬼を切り刻む。
程無くジンガが桜吹雪に突っ込んで、剣鬼目掛けダガーを二振り、挨拶代わりに喰らわせる。
「俺様ちゃんもケッコー身軽な自由人だと思ってたけど。イヤイヤ剣鬼ちゃんに比べると、まだまだお肉がいっぱいついてる方だわ」
名前。故郷。友人。命。気付けば随分背負い込んでいたものだ。
けれどもそれらの重さは悪く無く。
「……だからさ、なんでもかんでも斬って捨てちゃうお前が幅を利かせてるのは俺様ちゃん的にちょっとどうかと思うワケよ」
悪いけど、ちょっとマジにやらせて貰うぜ。そう言って、ジンガはコートを脱ぎ棄てる。
「――神賀 仁牙、推して参る」
二本一振りのダガーをくるりと回し、仁牙は桜花嵐を駆け抜ける。剣鬼の御鉢を奪う格好だ。
そのまま真正面から切り刻む、と見せかけて跳躍し、まんまととった剣鬼の後背に、大きな十字の傷を抉る。
剣鬼もそれで黙ってはいられじと背後を取った仁牙へ正確に一閃を見舞う。
「視えているぞ。ああ、視界を捨てたおかげで逆に……よく見える」
「何ソレドコのマンガの主人公じゃんよ!」
背後を取っはずが逆奇襲。それでも身体に沁みついた経験のお陰か、咄嗟翳したダガーで受け止める。
「てめェなんざの攻撃如きが、俺様ちゃんの生存本能に敵うワケねェだろ!」
刃を弾き、蹴撃。反動を利用して間合いを開ける。自慢の生存本能が、それこそ最良だと告げていた。
距離を取った仁牙と入れ替わり、矢の如き勢いで慎矢の右拳が剣鬼にめり込む。
「これが俺の、奥の手だ……!」
武器を捨て、それを代償に霊力を全身に纏うそれは集霊拳。
剛と轟く衝撃波が一拍遅れて合流し、砂塵も桜も、全てを吹き飛ばし、戦場の視界が一気に開けた。
「剣より狭き拳の距離……良くも此処まで詰めたものだ」
剣鬼が刀に手を掛ける。見るべきは白刃では無く、それを操る手指の機微。
慎矢は不可視の刃を紙一重で潜り抜け、今度は左拳を剣鬼に見舞う。
「その体捌き……貴様本来は剣士だな。何故剣を持たぬ?」
「……俺は、この世界を守るために戦う」
「――世界惜しさに刃を捨てるか。剣は剣士の魂なれば、まるで理解できぬ」
「何とでも言えばいい。自分のためにしか刀を振るえない君に、負けるわけにはいかないよ……!」
剣を捨てても術理は捨てず。剣を知るからこそ迫る刃を見切り、拳に籠めた『破魔』の力は『魔』剣の刃筋を全て受け止める。
それでも。幾十度目かの防御の果て、魔剣が破魔の加護を突き破り、慎矢のかりそめの肉体を傷つける。
ここから不利に転じるか、そんな思考が脳裡を過った直後、120本のレーザーが剣鬼に殺到し、慎矢を援護する。
光線の射手は弦切・リョーコ(世界演算機・f03781)だ。
途切れた砂塵、戦闘不能の農民たち。これ以上迷彩で姿を隠す道理は無い。
「世界の一つや二つ惜しくない、か。いいねぇ、何か極めようっていう奴はそれくらいの思いがあって然るべきだ」
ぼさぼさの髪を靡かせ、リョーコは悪だくみを思いついたばかりの子供のように、にやりと笑う。
「私も分野は違うが心意気は似たようなもんで、どういう因果か敵同士ってわけだ」
知識ってのは如何にも果てが無くってね。そら、アンタの目指す剣の頂と似たようなもんだろうさ。リョーコはくたびれた紫煙(ノイズ)をぴんと弾く。
「斬られる覚悟はあるんでね、見せてみなよ。そいつを観測したら、きっとアンタもこの私も満足できるだろうよ」
光線を発射した加速器(アクセラレイター)をその場に放ると、撃ってこいとコンダクターの先端でジェスチャーする。
「面白い。望みとあらば――」
誘いに乗った剣鬼は躊躇なく、神速の一閃をリョーコに浴びせる。何も阻むものが無い、最高の一撃だ。
「……っ! 観測完了。解析完了。再演算を開始。……アーカイブは不要、面白くもない現象だね」
「……それで? 受け止めただけか?」
「いいや。メインディッシュはここからさ!」
世界演算『可逆再現』。解析したユーベルコードをリョーコの一時記憶領域に蓄積し再演算する事で、一度だけ再現する。
刹那、剣鬼を襲うのは、奇しくも自分が繰り出した最高の一撃。
それは剣鬼の身体を深々と削り、止めどない真紅が流れ落ちる。
「骨が折れたが…再現完了。どうだい自分の太刀筋は?」
「……未熟だな」
「――何?」
「いや。貴様の再現は完璧だった。完璧に『私の未熟な太刀』を再現したが故、私は斃れず立っている」
……この女。やはり。今までの戦闘を具に観察していたリョーコは確信する。
「次の一撃は前の一撃を凌駕したものを放とう。次の次の一撃はその更に上を目指そう。ああ――そうだ。この身既に化生なら、人の理に縛られる必要も無いではないか。呼吸も血も視界も――全て斬って捨てるべきものだ」
この女、猟兵と刃を交えるたびに逐一研鑽を重ね、今この瞬間にも技量を上げている。正しく、剣鬼か
女のダメージが蓄積しているにもかかわらず、こちらの攻撃や防御が効きにくくなっている理由がそれだ。
このまま戦闘を継続すればそれだけ強くなっていくだろう。現状で有効打は既に無いかもしれない。
だが。リョーコの頭脳が勝機を見出す。
「付き合ってもらうぞ演算機。お前の再現が、この私を斃すまで」
「……ルーティン03。プログラムダウンロード、解析……開始」
勝利を掴むためには、此処で時間を稼ぐしかない。それが例え、彼女の技量を上げるためのモノだったとしても。
●決着
再現と改良の果て、遂にリョーコの斬撃が剣鬼の心臓を貫いた。しかし剣鬼は無駄だと笑う。もはや心臓等は必要無いのだと。
力場解析プログラムの援護をもってしても、遂に体力の限界を迎えたリョーコは倒れる。残ったのは、極限まで研鑽を積み重ねた剣鬼。
「礼を言うぞ猟兵。お前達が居なければ、私が『ここ』まで至ることは決してなかった」
「いいや……アンタの負けだよ剣鬼。剣の頂まで……如何程の距離か、省みながら……逝くといい」
「……何?」
刹那。伸長したパトリシアのフォークが、あっけなく剣鬼の刀を弾き飛ばす。
師も、家族も、無二の友も、呼吸も血も視界も命すら、すべて捨て斬った剣鬼が、それでも決して捨てられぬもの。
――それこそ即ち剣への執着であり、強くなることの喜びそのもの。
猟兵と交戦しなければ、剣の頂に限りなく近い『そこ』まで至ることは無く、『そこ』へ至ったという歓喜の情こそ、化生に堕ちた彼女に残った最後の人間性。どうしようもない、無防備の欲。最大級の隙。弱点。
幸福の絶頂こそが何よりも無防備で、だからこそ先程まで決して離そうとしなかった刀が宙を舞う余地があった。
「……ぁ」
剣を追う・剣から解放された女の顔はただひたすらに無垢で。
女は虚空へ手を伸ばす。だが、もう、身体中のダメージの蓄積を、支えきるだけの気力は無い。
「……夜の光を集め刃に刻まれた力ある言葉、静かに光り闇を払うものクロウネルよ。今こそその力を見せよ」
機は今。決定的な状況こそここだ。康行は闇払いに溜め込んでいた力ある言葉を一気に解放し、慎矢は集霊拳を叩きつける。
呆ける女をよそに、エスタシュはリョーコを抱え、地獄鳥と共に、るり遥の治療を受けている椋の元へワープして、同時、ライアが剣鬼の刀を叩き割る。豆腐の如き斬り応えの無さは、椋の靄に浸った影響だ。
「決着だぜ。観念しなよ断捨離オバケ!」
旧友(マグナム銃)に友の独白(エール)を込め、仁牙はトリガーを引く。弾丸は腹部に大きな穴をあけ、後はただ。
「――嗚呼、愉しかった」
エリシャの墨染が。
「御首を頂戴しますわね」
剣鬼の首を攫って行った。
大成功
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