【蛮勇譚】呪詛渦巻くは黄金の塔
●英雄の軌跡
蛮勇振るうゲオルゼルク。
アックス&ウィザーズの世界中にてその戦いの痕跡が見られるドラゴンスレイヤー。
かつて郡竜大陸に渡った勇者の一人であり、無類の戦闘好きにして強敵好きである。
生涯を強敵との戦いにのみ費やした彼の冒険譚は自然と戦記じみており、未知の領域に踏み込んだ記録なども環境に対する記述そっちのけで強そうな動植物についてばかり語られている。
そもそもゲオルゼルクは何かを書き残した事は無く、その伝承の大半が本人の語った武勇伝と状況証拠からの推測でしかなかった。
●聖地巡礼の旅
「おかげで大変だった」
そう言って楽しそうに笑うのはワズラ・ウルスラグナ(戦獄龍・f00245)、グリモア猟兵だ。
一見そこらのオブリビオンより凶悪な怪物然としてはいるが一応竜派のドラゴニアンである。が、猟兵でなければアックス&ウィザーズでは魔物に分類されていたであろうことは間違いない。
「猟兵である事に感謝しなければな」
などと言いながらテーブルに広げたのは依頼書と数々の資料だ。
アックス&ウィザーズの世界では猟兵達は冒険者として認識される事が多く、ワズラなどは本当に冒険者として依頼をこなしつつ信頼と情報を得ていたりもする。今回集めた情報も、一般人の冒険者達から聞き込みをした結果でもあった。
「ゲオルゼルクの聖地近くの村、あそこの村人が大体は冒険者になると言う話でな。ならばと冒険者達にゲオルゼルクや蛮勇の勇者について聞いて回ったんだ。
で、そこからは予知と調査の繰り返しだな」
言いながら取り出した資料は、テーブルに撒かれた資料の数倍は有る。それらは無駄足だったのだろう。ワズラは特に気にした風も無く、要らなくなった資料を焼き捨てた。
「いや、伝記に纏めれば歴史的資料になるんじゃ……」
「そう言うのは学者にやって貰え」
にべもない。
いや、興味が無いのか。
しかしそれは他の猟兵も同じ事。平時なら兎も角、今は依頼の方が重要だ。
「依頼は三つ、どれも『クラウドオベリスク』の破壊だ。
三カ所にまで絞りはしたがどこも強大なオブリビオンが居座っていてな。現地までの露払いはしたが、此処から先は転移役に徹せねばならんだろう」
心底惜しいが。と言う呟きは皆聞き流す。
「転移を用いればほぼ同時攻略も可能だ。一刻も早くオブリビオンを討ち払いクラウドオベリスクを圧し折りたいなら可能な限り協力しよう。
どの場所も連戦になるので支援役は戦闘と同時に仕事をこなさねばならんだろうが、一人でも居てくれれば心強い。
いつも通り、単騎突撃でも、現地での即興連携でも、打ち合わせてからの共闘でも構わん。皆全力で挑んでくれ」
ワズラの言葉に猟兵達が頷くと、ワズラも頼もしそうに頷いた。
「では、状況を説明しよう」
●黄金の塔
クラウドオベリスクは遺跡最深部にある。
四角推状に巨石を積んだ巨大なダンジョン、その最奥に。
塔を守るのは遺跡の主、アヴァール。
予知に視た光景では遺跡に足を踏み入れた者を見境無く黄金へと変質させ、自らのコレクションとして侍らせていた。
その呪詛は塔にさえ伸び、煌びやかに彩られた塔は『黄金の塔』と呼ぶに相応しい。
――猟兵達は、その塔を砕かねばならない。
黄金の亡者や呪詛に満ちた遺跡を踏破して。
「黄金はオレ様のもんだ。黄金の塔もオレ様のもんだ。
黄金を生み出すアイツは、絶対誰にも渡さねえ」
金剛杵
初めまして、お久しぶりです。
リプレイのテイスト等に関してはマスターページをご確認ください。
基本、苛烈です。
今回は連携ものっぽくなっていますが、依頼間連携は御座いません。全てに参加して頂く事も可能ですし大歓迎です。
要するにやってみたかっただけです。
過去の依頼で書かせて頂きました『ゲオルゼルク』に関しては名前だけの登場になっていますので、興味が無ければ一切触れずとも問題ありません。おそらく過去依頼を読んでも今回の依頼のヒントにはならないかと思います。
そう言う訳で、興味が御座いましたなら何方様でも御参加頂きたく思います。
第一章補足ですが、依頼は遺跡の入り口から始まります。
はっきり言ってピラミッドです。敵とは遺跡の中で遭遇します。奇襲したりされたりももしかすると有るかも知れません。
相手は黄金に目が眩み魔物化した名も無き盗賊。しかしボス級。
努々油断なさらぬ様。
それでは、善き闘争を。
第1章 ボス戦
『呪飾獣カツィカ』
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POW : 呪獣の一撃
単純で重い【呪詛を纏った爪 】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD : 呪飾解放
自身に【金山羊の呪詛 】をまとい、高速移動と【呪いの咆哮】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ : カツィカ・カタラ
【両掌 】から【呪詛】を放ち、【呪縛】により対象の動きを一時的に封じる。
イラスト:なかみね
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「ナミル・タグイール」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
梅ヶ枝・喜介
そうか!コイツはアンタのお宝か!
見事なもんだナ!めちゃめちゃ綺羅びやかじゃあねェか!
けど薄暗い穴ぐらン中に置いてちゃあ輝きも片手落ちヨ!
勘違いすんじゃねぇ!おれァこんな金くれなんぞいらん!
こんなすげぇモン持って旅してもさ、背中が重くなるだけでい!
おれの目当てはもっとずっと奥にある!
どきな!獣兜!
構えるは木刀!大上段!
おれの大事なもんも見せてやんよ!まだ道半ばだけどナ!
しかし相手は両の腕の爪!こっちは一本の木刀!
単純に考えても手が足りん!片手で鍔迫り合ってる所にもう一方が飛んで来てガツンとぶっ飛ばされる!
知るか!一度でダメなら何度でもやってやる!
おれァ馬鹿だ!何度だって気勢と共に剣を振るうのみ!
百鬼・甲一
クラウドオベリスク…か。ようはソイツを守る強敵と闘える…という事ですよね?(目的は理解しつつも、強敵との相対が興味の大半を占める)
奇襲を警戒しつつ、遺跡を前進する、【罠使い】の応用で罠に警戒しつつ【見切り、第六感】で奇襲にも警戒、あわよくば【カウンター】でUCをブチ込みます。高速移動には、散弾銃による【範囲攻撃・2回攻撃】で回避先をを制限させつつ、間合いを詰め攻撃。呪詛には【破魔・気合い】で対抗。「なかなかの強敵と見ました…ですが、ここは通らせていただく…ッ!」銃と刀の二刀流で押し通ります…!
アドリブ連携歓迎
茲乃摘・七曜
心情
墜ちても死しても求めますか……執着の強さは恐ろしいほどですね
指針
黄金の塔を傷つけ採取しボスを誘き寄せ不意の遭遇を回避する
「欲望に純粋であるなら求めずにはいられない、奪われたなら取り返そうとする…と思うのですが
行動
採取した黄金の塔の一部を核にを二丁拳銃の弾丸の弾頭を生成
※相手が避けず、当たりに来るような弾丸作り
「さて、吉と出るか凶とでるか…
※黄金を持つことで執拗に狙われる危険を考慮し中距離戦闘を主軸に退路の確保しておく
対カツィカ・カタラ
構えた手に向けて黄金を放る等で手を閉じさせる
※さらに猛る危険を考慮し黄金に属性付与を行い『流転』を保険にする
「黄金の為に魔に落ちたのですから油断はできませんね
上野・修介
※アドリブ、絡み歓迎
「黄金には興味はないが、この先に用がある」
立ちはだかるならば拳【グラップル】を以て推して参る。
得物は素手格闘【グラップル】
UCは攻撃力強化
呼吸を整え、無駄な力を抜き、敵を観【視力+第六感+情報取集】る。
体格・構え・体幹の動き・殺気と視線等から呼吸と間合いを量【学習力+戦闘知識】り、爪の軌道を【見切】る。
防御回避は最小限。ダメージを恐れず【勇気+激痛耐性】、【覚悟】を決めて最短距離を駆け【ダッシュ】懐に飛び込む。
そのまま常に動き回り至近を維持。
【フェイント】を掛けつつ細かく脚を攻め機動力を潰す。
脚を潰したら【挑発】し大振りを誘い【カウンター】による【捨て身の一撃】を叩き込む。
アンジェラ・アレクサンデル
黄金を生みだす塔ね……どっかで聞いたことある話だわ
ま、いいわぶっ壊せばいいんだから簡単ね
まずはこのむさくるしい獣が相手ってわけ
呪詛は厄介だけど防げないわけじゃない
グリモワールから障壁の術式を呼び出し唱える
そこに《守護》のルーンも刻んで呪詛を防ぐわ
それがもし駄目で呪縛を受けてもハットに刻まれた《身代わり》のルーンで呪縛の対象をハットに移す
でもこれお婆様からの贈り物なんだから許さないわよ!
これで前提条件はクリア
アンタの呪詛はいただくわ
ついでに《吸収》のルーンを付与してお返しよ
そんなに呪詛が溜まってるなら少しくらいいいでしょう?
さ、今のうちに誰かトドメを指しなさい
水野・花
人を黄金に変えてしまうなんて人を石に変える私の呪詛の力と似ていますね。というかあっちの方が格上っぽい感じが……。
カツィカさんも呪詛を放出するなんて親近感が湧きますね。ユーベルコードの性質も似ているようです。
敵も私も相手の動きを封じる攻撃をするなら先行して攻撃した方が有利なはず、遺跡の構造を確認しつつ、出来る限りこっそり移動して奇襲を仕掛けられるようにしましょう。他の猟兵との戦闘中に不意打ちするっていうのもアリかもしれませんね。
その後は呪詛の弓矢で石化の【呪詛】を撃ち込みましょう。相手の呪詛に注意しつつ相手が動けなくなるまで射ちまくりますよ。
天翳・緋雨
【アドリブ・共闘OKです】
うわあ。ガチ戦闘っぽさがハンパないね…
でも、ここは猟兵として役割を果たしてみせるよ
…別にビビってないからね?
敵に遭遇したらバンダナを解き放ち全力機動の開始だね
【呪詛開放】に対してはユーベルコード【陽炎】を
回避率を引き上げる為に「見切り」「残像」「第六感」を活用
機動手段として「ダッシュ」「ジャンプ」「クライミング」「空中戦」
攻撃手段として「属性攻撃」「鎧無視攻撃」「フェイント」「迷彩」等を用いて幻惑しつつ雷撃の刃を叩き込みたい
もし攻撃を受けても「激痛耐性」「演技」で効いてないフリをしつつ機を伺う
連携できそうな猟兵が居たら遊撃手として相方の一撃を活かす立ち回りをするね
シノギ・リンダリンダリンダ
黄金はオレ様のもの? 黄金の塔もオレ様のもの?
面白い冗談を言うものですねぇ?
黄金は、すべて。この海賊団しゃにむにーがキャプテン、シノギちゃんのものですよ?
黄金の呪い大いに結構です。
それでは初めから、リッチにいかせていただきます。
指を鳴らし【飽和埋葬】で死霊騎士を呼び出す。
自分の周囲を囲み、奇襲にも対応できるようにしておきます。
接敵したら死霊騎士をけしかけていきましょう
知恵のあるオブリビオンでしょうか?
でしたら恐怖を与えて、傷口をえぐって、時には敵を盾にして。
私と黄金の道を邪魔するものには、退場いただきましょう。
友人からの頼みでもありますしね。
小向・ミロク
【アドリブ・連携歓迎】
……黄金も、ちょっとなら嬉しいですけど……ここまで多いと、ちょっと、悪趣味さんですね。
呪詛ですか。……そもそも、見えるかもわからないので……解析はやめておきます。
ので、ドローンさんを動かすのに、処理リソースを割り振りますね。
……元々、戦闘は得意じゃないので。索敵、頑張ります。
曲がり角とか、暗がりとか、あやしい所にはとりあえず火器で撃って、あぶり出し。
オープンコンバット……戦闘に入ったら、効くかわからないですけど、敵と味方の間に、常に一体は置いておきますね。もしかしたら、防げるかも、です。
●四人の猟兵
切り出した巨大な石を積み上げる。
何千、何万、何億と。
そうして作られた物はUDCアースで言う所のピラミッドの様だ。
その内部は恐ろしく複雑で、途方も無く広い。
巨大なクラウドオベリスクを内包していると言うだけでその広さが窺い知れるだろう。
「いっそ天を衝くように生えていてくれたなら良かったのですけれど」
そう言って肩を落とすのは茲乃摘・七曜(魔導人形の騙り部・f00724)。
「オベリスクの言葉通りなら『方尖柱』か。塔と言うとややこしいが、その気になればこうして遺跡内部に隠してしまえるような物なのだろう」
単語の意味を考えて話すのは上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)。
軽く調べてみたところ、UDCアースのエジプトにもオベリスクやピラミッドが有ると言う。……ピラミッドの中にオベリスクが有るとは聞いた事が無いが。
「ついでにエジプトではオベリスクを『テケン(保護・防御)』と呼んでいたそうだ」
「クラウドオベリスクが郡竜大陸を隠し守っている物ですから、意味も通じてそうですね」
「元の語源は『串』らしいが」
「くし!?」
そっちだと『通す・繋げる』に通じ、むしろ郡竜大陸へ導いてくれそうである。
「……二人とも、けっこう余裕だね?」
半ば依頼に関係なさそうな雑談を交わす二人に続き、後ろを歩く天翳・緋雨(時の迷い人・f12072)が言う。
緋雨の方はガチ戦闘の気配を感じ取っているのか、若干腰が引けている。「……別にビビってないからね?」と念押しするところが怪しい。
「……わたし……索敵、頑張ります」
フォローのつもりなのか、緋雨と並んで歩く小向・ミロク(式・f20391)がそう言った。
とは言えその場しのぎの言葉ではなく、実際に大量の戦闘用機械兵器、所謂ドローンを召喚し、索敵に当たらせていた。
その数は50機。戦闘用ながら一撃で撃墜されるドローンだが、この数を徘徊させていれば大抵の奇襲には対応出来るだろう。
――戦闘は得意じゃない。
そう思いながらも苛烈な戦場へ飛び込んで来たのはミロクの意思だ。少しでも役に立てるよう、自分なりに考えて行動している。
そんな姿を見ればなおのことビビッているなどとは言えるわけもない。
しかし気を張る二人へと振り返って、七曜は微笑みながら話す。
「一応、私も奇襲は警戒していますが、こう広いと敵も私達は見つけにくいでしょう」
「守る物が有る以上、相手は俺達と擦れ違い見逃したりはしたく無い筈だ。それなら枝道の多い浅い層より、必ず通らねばならない様な場所で待ち伏せている可能性が高い」
「なるほど……」
二人の言葉に緋雨も頷く。
そう言えば予知と前情報の時点で先ずは単騎が相手だと言っていた。集団戦なら兎も角、単身で守れる物には限りがある。
だから、張るなら必ず通る場所。
この遺跡にしても少しでも侵入者を拒む意志が有るなら最奥に至る道を無数に用意しておく事は無いだろう。
逆に言えば、敵と遭遇する事が先に進む為の目印になるという事。
奇襲に警戒し敵の気配を探る事が、結果的に先へ進む為の探索と同等の意味を持つ事になる。
「つまり索敵か」
「索敵……」
三人の視線がミロクに集中し、ミロクはもう一度「頑張ります」と両拳を握って見せた。
その様子を見て微笑み、七曜は言う。
「それと、一人じゃありませんしね」
修介も頷いた。
二人は何度か即興で組み、戦ってきた実績もある。
猟兵達は依頼の性質上現地集合で即興チームを作る事がまま有り、今回もそう。そして、大抵そういう時には一人で挑むより良い結果を得られる事が多い。
勿論その為に組んでいるからだが、だからこそ心の余裕も出来ると言うものだった。
「それならボクが前に出るよ。回避は得意だから」
「それは助かるな」
緋雨の申し出に修介が前を譲る。
複数人で挑む時の良い点はこう言う所に有る。
役割分担。単純な話ではあるのだが、実は思い思いに動く猟兵達の間ではこれを行う機会が少なかったりもする。
「それでは私は中距離戦闘での支援役を」
「わたしも、中距離……火器で、支援しますね」
「俺は攻撃に集中しよう」
端的な立ち位置の確認。ただこれだけでも咄嗟の連携は噛み合うものだと、猟兵達は知っている。
場合によってはカッチリ詰めた作戦より円滑に回ったりもするほどだ。
「それで、戦闘は良いとして探索はどうする」
「真っ直ぐ中心部を目指したいけどけっこう曲がりくねってて方向感覚狂うんだよね」
「上り下りも多いですしね。マッピングしようにも、ここまで複雑だと地図作りに時間が掛かり過ぎる気もします」
そう言って、三人ともが黙り込む。
ミロクのドローンを先行させるにしても有効射程と、何より処理リソースの問題がある。
だが、ミロクは前に出た。
「まかせて、ほしいです」
●黄金の誘惑
古来より、黄金は人の心を惹きつけ続けていた。
太陽を表す金色の輝きでありながら、時に太陽よりも美しいとされ、どの時代でも黄金の価値は高く、貴き者は皆これを求めた。
しかしその異常な魅力は多くの悲劇を生む。
求める者が多く、求められる物が少なければ、必ず奪い合いが生じる。
金塊を求め、奪い合い、ついには殺し合う。それはまるで呪いの様に黄金について回り、金(きん)が金(かね)と名前を変えても呪いは宿ったままだった。
アックス&ウィザーズでの金貨は一枚約一万円。純金にしては異常に安いが、それでも人々はこの最も身近な黄金を求めて奪い合い、呪い合う。
黄金はそうして、数多の呪詛を帯びていく。
偶々引き起こされた悲劇が呪いへと変わり、その呪いが更なる悲劇と新たな呪いを引き寄せる。
恐ろしい。
だからこそ、
黄金には他には無い価値が有る。
「ああ、黄金よ、オレ様の黄金よ。
誰にも渡さねえぞ……だってお前も、オレ様が大好きだろう?」
そう宣うのは呪飾獣カツィカ。呪われた黄金の仮面を身に着け、その呪いにより魔物へと変貌した元盗賊だ。
求める物は黄金のみ。
その底の無い執着心は魔物と成ってから更に悪化し、この黄金の塔の有る遺跡から一歩も外に出て来なくなった。
それで良い。
それで満足だ。
何故なら此処には無限に黄金を生み出せる怪物が居るから。
「くひひひっ。黄金やい、優しくするから出ておいでぇ」
言いながら周辺を徘徊するカツィカ。
その幸せそうな歪な顔が、数秒後には憤怒の形相になる事を、彼はまだ知らない。
●強襲、金色のケダモノ
「よし、と」
七曜が頷いて立ち上がる。
その手には黄金の弾丸が握られていた。
それは偶然拾ったものではなく、遺跡内の金塊から精製したものだ。
火薬や薬莢まで金にすると使えなくなるので弾頭のみ黄金に差し替えた。それで殺傷力が増すかと言えば、むしろ減るだろう。
「金は柔らかいですからね」
言って、七曜が弾丸をしまう。
「銀の弾丸ならぬ、金の弾丸か。魔を祓うのとは真逆に呪われそうだ」
修介がそう言って腕を組む。
思えば黄金と白銀は並べられる事も多いのに性質や印象が真逆に近い。何故ここまでの差が生まれたのだろうか。
「それにしても、本当に金が多いね」
「……黄金も、ちょっとなら嬉しいですけど……あんまり多いと、ちょっと、悪趣味さんですね」
「たしかに。目も痛くなりそうだね」
緋雨とミロクが周囲を見渡すと、薄暗い遺跡のあちこちに黄金の装飾品が並んでいる。小部屋ならまだしも通路にまで溢れかえる黄金は、奥に進むほど数も質も増しているようだ。
黄金の塔の話を聞くに、その内壁も床も皆黄金になっている場所にでも辿り付くのかも知れない。
七曜はそのうちの一つを弾丸に加工したわけだが、これにも理由が有る。
黄金に魅入られ、呪われた者の末路。それがカツィカであるなら、その大切な黄金を奪い取れば必ず取り返そうとするだろう。
そうすれば、自ずと遺跡の深奥が何処にあるのか知れるだろう。
「その分、執拗に襲われる事になりそうですが……」
「問題無い。全て返り討ちにするだけだ」
やや警戒を強める七曜に修介は自然体のままで言う。
無駄な力を入れず、常に冷静に対処する。修介の戦い方は、誰が相手でも変わらない。
「じゃあ……」
ミロクが三人を見る。
三人が頷き、ミロクも頷くと、一機のドローンが遺跡の奥へと飛んでいった。
それはスカラベを模した黄金の彫像を括り付けた一機。
これも七曜と同じく、盗み出す心算ではなく、誘き出す心算で飛ばしたのだ。
既にミロクの懸命な索敵で敵の位置は特定している。
そして、釣る為の餌も、これ以上無く分かり易い。
「――カウントダウン」
ミロクがドローンに意識を集中し、三人に片手を上げて合図を送る。
立てた指が五から四へ。続いて三へ。
数が減るごとに猟兵達の纏う空気が変わる。
穏やかさが掻き消え、研ぎ澄まされた緊張感が辺りを包んだ時、上げていた手を引きミロクが立ち上がった。
「オープンコンバット」
瞬間、ミロクの抱えた火器が火を噴いた。
ばら撒かれた弾丸が誰も居ない壁を蜂の巣にする、その直前に、何者かが弾幕の前へと飛び出して来た。
それは角を持つ獣の仮面。
黄金に輝く呪いの面を付けた、呪飾獣カツィカだ。
「ッ誰だぁ! オレ様の黄金を盗もうとする間抜けはぁ!」
突然の弾幕をはね退ける様にして呪獣がこちらへ向かってくる。
信じられない事に弾幕が一切効いていないのか、カツィカはまだ撃ち続けているミロクの方へと走り出す。
下がるミロクに入れ替わり、今度は緋雨が前に出る。
「ボクだよ」
それは気を引く為の方便。言葉と同時に、緋雨が頭に巻いたバンダナを取り払う。
額に埋め込まれた義眼が目を開く。
「なら真っ先に死にやがれぇ!!」
あっさりと緋雨の言葉に踊らされたケダモノは、突撃の勢いをそのままに爪を振るう。
単純で愚直な一撃。それ故に最速に等しい呪獣の一撃は、しかし緋雨には触れず、遺跡の壁を叩き壊した。
轟音と崩落。
石作りの遺跡に罅が入る。
ただの一撃で周囲を丸ごと崩壊させそうな攻撃を、しかし呪獣はお構いなしに振り下ろす。
「どこいったぁ!」
「どこにも行ってないよ」
獣が叫べば、そのすぐ隣で緋雨が応える。
振り返るより速く爪を振るおうと、引き裂かれるのは壁ばかり。
怒りに我を忘れたカツィカでは気が付かない。緋雨がどうやって躱しているかを。
逃げ場なんて何処にも無い様な横薙ぎさえ容易く躱され、獣は更に荒れ狂う。
その隙を修介の拳が突き貫く。
「力は強いが、動きが雑だな」
まだしも本物の獣の方がしなやかさを持っていると、修介が言う。
黄金の宿る呪詛。その力により強化されたカツィカは、ただ見境なく暴れるだけの怪物だ。
そんなもの、取るに足らないと修介が構える。
「だからどぉした……!?」
が、問題は、その獣の纏う呪詛が余りにも巨大だという事。
急所を穿つ修介の突拳は、しかし、呪獣の分厚い毛皮にあっさりと押し返された。
ただの獣。
だが、それでも十二分に猟兵を凌駕するだけの力を有しているのは確かだ。
弾幕も拳撃も通さない。想像以上の強靭さに、猟兵達が緊張感を増す。
「うっとぉしいんだよ! さっさとミンチになってくたばりやがれぇ!!」
呪獣が吼える。
振るわれる爪撃は狙いも雑なただの大振り。ただし出鱈目な破壊力でもって、遺跡の通路を崩壊させる。
天上から崩れ落ちてきた落石も、叩き砕いた壁の破片も、振り回すだけの攻撃によって殴り飛ばされ、ただの石飛礫でありながら尋常ではない破壊力を得る。
問題なのは破壊力以上に攻撃範囲だ。
信じられない事に、カツィカの攻撃の余波は、余波でありながら並のオブリビオンの攻撃よりも重く、また躱し難い。
「流石に被弾無しとはいかないか……!」
空中で身を翻し、なるべく瓦礫を避けながら空中を跳び回り逃げる緋雨。それでもその身に降り注ぐ全ての石飛礫を躱す事は出来ず、徐々に動きが精彩を欠いていく。
範囲攻撃となれば残像や迷彩、或いは空中移動も相性が悪い。
ミロクがドローンを周囲に配し、壁として仲間と敵の間にも配置しているのだが、それをも余波が撃墜した上で猟兵まで傷付けていた。
だが、痛みに怯む事は無い。
むしろ胸を張り、痛みなど無いかの様に振る舞う。
演技は得意だ。頭に血が登った呪獣くらい騙して見せる。
だから、と、緋雨は修介を見た。
それだけで分かる。
頷く間も無く飛び出していく緋雨は、雷撃の刃を握り締める。
爆ぜる紫電。その一撃は修介のものより軽い。代わりに、分厚い毛皮を貫通し、呪獣の身体を焼き焦がす。
「ッてえなクソがぁ!!」
だがそんなもの神経を逆撫でするだけだ。
荒れ狂う呪獣は、その身に纏う呪詛を解放し、更に破壊力を増していく。
先程より数段速い呪獣の横薙ぎ。
それを、サード・アイの補助を得た緋雨が『短距離転移』を用いて回避する。
爪に引き裂かれ千切れ飛ぶのは緋雨の残像。
今度こそ捕らえたと確信した獣が、しかし逃したと悟って、また怒る。
「ぐぅ……ッ!」
怒りのままに咆える呪獣。
その咆哮にまで呪詛が宿り、破壊として周囲に放たれた。
全方位無差別攻撃。
そんなもの、最早躱しようが無い。
それでも緋雨は雷刃を握る。
幾度となく転移を繰り返し、致命傷だけは避けつつ、カツィカの身体に確実にダメージを与えていく。
そうする事で、獣は緋雨に釘付けになる。
「死ぃ、ねえ!!!」
大振りの一撃。
怒りに任せた雑な攻撃。
緋雨は寸での所で転移し逃れ、代わりに爪撃の下へ修介が滑り込む。
隙を突くだけでは貫けない。
ならば、呪獣の埒外の膂力をも利用してしまえば良い。
そう決め、覚悟と勇気をもって飛び込むは、決死の最前線。
余波だけで身を削る爪撃は直撃すれば命をも抉り取る。
だが、そんな攻撃の中に幾度となく飛び込んできた修介に、焦りも無ければ猛りも無い。
いつも通りの脱力と、集中。
超高速の爪の軌道を見切り、『そこ』に拳を置いておく。
獣の胸を撃つ修介の拳が、毛皮越しに胸骨を叩き潰した。
「ごぼぁ……!?」
遺跡を薙ぎ払うより余程破滅的な音が響き、呪獣が大きく仰け反った。
心臓は、しかし、潰せなかった。
だが深刻なダメージを受けたカツィカは我に返る。
怒りのままに爪を振るおうと、こいつら相手では分が悪い。
「黄金には興味はないが、この先に用がある。立ちはだかるなら押し通る」
「うぅるせえんだよ盗人がぁ……!」
再度構える修介に吐き捨てるように罵声を浴びせ、カツィカが遺跡の壁にもたれかかる。
修介とて無事ではない。
爪撃の余波に、呪詛を孕んだ咆哮。躱し切れない攻撃を受け入れ、捨て身で拳を振るっていた。
その代償として、修介の全身は細かな傷で赤く塗れている。
それ以上に緋雨の負傷は大きい。
回避を主軸にしていたものの、修介の一撃に繋ぐ為に、より多くの攻撃に身を晒して来たのだ。身軽さと短距離転移を駆使したとして、修介以上に削られているのは当然だ。
ミロクのドローンが無ければ更に被害は甚大だっただろう。
残さず撃墜されたが、ミロクはもう一度ドローンを召喚し直し、限界を越えて指揮を執る。
前衛二人は痛みを顔に出そうとはしない。
痛みに耐え、ただ真っ直ぐに呪獣を睨む。
その眼光にたじろぎ、呪獣は一歩、後退した。
――退こう。
ハラワタが煮え繰り返るのを抑え付け、獣が少ない理性で判断する。
先ずは撤退し、呪いの力で傷を癒す。黄金の力ならそれが出来る。
対して猟兵達は手負いで出血も酷い。今はまだ動けるようだが、時間が経てば余計に消耗するだろう。
それから嬲り殺しにすればいい。
そうだ、そうしよう、と、呪獣が己の判断に満足気に笑う。
タイミングは、奴等が飛び込んできた瞬間だ。
爪撃で迎え撃ち、その余波で周囲が破壊されたどさくさで撤退する。
ついでに呪詛も開放し咆哮で押し退けてやれば止められまい。
「さあ、来やがれ人間風情がぁ!」
叫び両腕を広げて構えた。
修介が踏み込む。
それより速く、緋雨が飛び込む。
その連携は何度も見た。だからと言って見切れはしないが、しかし致命の一撃とは成り得ない事を知っている。
今だ。
そう思い、振り上げた腕を振るう。
その瞬間。
「今です」
自分と同じ言葉が、何処からか聞こえた気がした。
●魅入られた者の末路の、その末路
「――……あ?」
振り上げた爪が、眼下の猟兵ではなく、虚空を掴んでいた。
そんな事をしようとした覚えはない。
だが、事実として爪は振るわれなかった。
「ッぐあ!?」
その隙に緋雨は雷刃を振るい、修介が獣の脚を撃つ。
カウンター程の破壊力は無くとも手練れの猟兵の攻撃に晒されて無敵を謳えるわけがない。
呪詛の力を解放した咆哮を放ち、カツィカは強引に距離を取る。
だが、逃げられない。
「うぉッ!?」
突然目の前に迫った弾丸を掴み取る。
撃たれた。
だが、ただの鉛玉が呪詛纏う毛皮に通じるわけもない。
だと言うのに、カツィカは飛来した弾丸をまたも慌てて掴み取った。
なんだ、これは。
何故掴み取ろうとしてしまうのか。
混乱したまま手を開いて、そして瞬時に理解する。
そこには小さな黄金が有る。
鉛玉ではなく、黄金が。
「――……てめぇ」
唸る。
煮え繰り返ったハラワタが、更に煮立って焼け焦げる。
「てめぇ。おい、おいてめぇ!
この野郎! オレ様の黄金を! てめぇ! 何してくれてんだよクソがぁ!!!」
咆える。
狂う。
荒れ荒ぶ。
無意識に解放された呪詛が全身を覆い、そして蝕んでいく。
が、もはやカツィカは意に介さない。
強力過ぎる呪詛がカツィカの命を削ろうと、退く事など出来るか。
オレ様の黄金を盗み取ったのは、逃げ回るガキじゃない。
あの、遠くから二挺拳銃で狙っている、なまっちろいクソ女だ。
「堕ちても死しても求めますか……執着の強さは恐ろしいほどですね」
七曜の言葉は恐れか呆れか、哀れみか。
己が銃口を向けた呪獣が元は人間だと言うのだから信じ難い。
だが、その執念こそ、人である証。
「他人事かクソ女ぁ! オレ様の黄金を盗んだボケがぬかしてんじゃねえぞ!」
口汚く罵る言葉さえ衝撃として放たれ、七曜へと迫る。
しかし距離が有れば避ける事は難しくない。七曜が横道に身を隠すだけで衝撃は風と成って何処かへ吹き去っていく。
「ああッ! クソが! 逃げてんじゃねえよッ!!」
数秒前に自分こそ逃げようとしていた事を忘却し、カツィカが有らん限りに声を張り上げる。
その咆哮は破壊。
だから、顔が向いていない方向には効果が薄い。
全方向攻撃とはいえ、その破壊力が均等に分散されるわけではない。
「後ろからなら余裕で近付けるな……!」
緋雨が振るう雷刃が、獣の背中へ突き刺さる。
相変わらず分厚い毛皮に阻まれようと獣が「ぎッ」と悲鳴を上げる。
「良いのか? 向こうを追うなら、俺達は先へ進むぞ」
背後へと振り返り当てずっぽうに爪を振るう呪獣。その脇腹に、肉薄した修介が問いと拳を叩き込んだ。
毛皮は厚く、衝撃を吸収する。
それでも突き上げられた巨体が通路の天井へ叩き付けられ、潰れた胸骨に響いたのかカツィカがもんどりうって暴れ出す。
そして立ち上がり二人を狙った所を七曜の放つ黄金の弾丸が注意を惹きつける。
「うぐ、ああ、うぜえ!!」
弾丸が一番鬱陶しい。
纏った呪詛と毛皮の前では柔い金の弾頭など蚊に刺される程度のダメージも無い。
なのに、視界を横切られるとつい手を伸ばしてしまう。
黄金に魅入られた者の末路。
身を滅ぼすと分かっていながら求める事を止められない。
だから、
獣は、自分ではなく、七曜を止める事にした。
「ぬぅんッ!!」
獣は両手を広げ、七曜へと向けた。
指先が怪しく揺らめく。
先程までの知性の欠片も無い動きとは打って変わったその動作は、まさに呪術師然としていた。
「黄金の呪縛、その身で味わえ!」
纏っていた呪詛が掌から放たれる。
呪詛とは呪いそのもの。
黄金の呪いがいかに人の身を縛り、狂わせるのか。
その身を以て体現するカツィカが放つ『カツィカ・カタラ』の呪縛。
しかし、それは、七曜に届く前に掻き消えた。
「……うん? なんだこれぁ」
「黄金ですよ」
首を傾げた呪獣に七曜が言う。
呪獣が広げた掌に、すっぽりと黄金の彫像が収まっていた。
それは遺跡の小部屋に転がっていた宝物。黄金故に呪詛に塗れてはいるが、それ自体がカツィカに有効なわけではない。
だが、カツィカは呪われている。
魅入られている。
黄金の弾丸にさえ手を伸ばしてしまう様に、
敵を呪う為に突き出していた両手で、放り投げられた黄金の彫像をキャッチしてしまったのだ。
「それが、黄金の呪縛ですか」
七曜が呟くと、カツィカが言葉にならない咆哮を上げた。
怒りと共に撒き散らされる呪詛と衝撃波を掻い潜り、弾丸が、雷刃が、拳撃が、呪獣の身体に容赦無く突き刺さった。
「外傷を確認……」
ミロクが言う。
通ったのは、雷刃だ。
分厚い毛皮を焼き斬ったのか、流血はしていないが傷口が赤黒く覗いている。
すかさずそこを狙い火器でもドローンでも弾幕を張るが、纏った呪詛が弾道を捻じ曲げ、弾速を鈍らせる。
通らない。
まるで呪獣の執念を具現化したような厄介さだと、ミロクが判断する。
どうにか攻撃を通さなければ。
「大丈夫です」
その隣で七曜が言う。
七曜の二挺拳銃も属性を付与してなお通らない。
それでもやりようは幾らでもあるのだ。
「封印術式、『流転』――!」
七曜が用いるユーベルコード。
黄金の弾丸とは別にばら撒いていた魔導弾から、七曜を表す杭が放たれる。
それらが描く術式は、無限の循環を以て全てを静止させる。
だが、それは長くは続かない。
術式も。そして、敵の身も。
「これなら……掃射、いきます」
ミロクが不自然に動きを止めた呪獣へとドローンと火器の銃口を向けた。
同じく七曜の二挺拳銃も火を噴く。
初めはやはり呪詛に阻まれ通らない。
しかし、呪詛さえ封じられた今なら、弾幕火力で吹き飛ばしてしまえる。
無数の鉛が呪詛を少しずつ削り取り、やがて毛皮に直接弾丸がぶち込まれた。
浅い。
だが、確実に皮膚を裂き、鮮血を散らせた。
そこに撃ち込まれた七曜の属性弾が、紫電を走らせる。
「電気――」
それを見て、ミロクが咄嗟に緋雨へと合図を出した。
封印が解ける寸前に緋雨は頷き、前へ出た。
しかし、封印が解けたカツィカは間髪入れずに咆哮を上げた。
衝撃波は全方位に広がっていく。だから短距離転移で下がっても躱せず、打ちのめされる。
でも逆に前へと転移すれば、タイミングが合えば回避する事も出来る。
狙って出来るなら神業に等しいが、緋雨はそれをさも当然の様に成し遂げた。
肉薄、そして振り上げた雷刃。
緋雨はそれをミロクの合図通り、金山羊の仮面へと叩き付けた。
「があぁ!?」
バヂン!と凄まじい音を立てて呪獣が仰け反り、面の内側から煙が上がった。
頭は急所。
そして、金の伝導率は鉄の数倍高い。
穿たれた雷刃は仮面中を駆け巡り、その下に有る顔面を焼き焦がしたのだ。
皮膚が焼けるのとはダメージもショックも桁違いだろう。
「っ……クソどもがぁあ!!!」
しかし呪獣は傷付けられるほどに怒り、怒るほどに呪詛を強くする。
振るわれる爪撃は緋雨を押しのけ、更に量と濃度を増した呪詛が弾丸を呑み込む。
益々手が付けられなくなる金色のケダモノ。
ただ一人、それこそを待っていたと飛び込んだのは修介だ。
振るわれた爪。
退いて躱すのではなく、前に出て敵の腕を肩で受ける。
直撃ほどではなくとも鈍器で思い切り殴られたに等しいダメージダを修介は当然の様に耐え抜いた。
捨て身の恐ろしさは、その強引さと強烈さ。
「――ッ!」
まさか攻撃を受けるなんて思っていないタイミングで叩き込まれる、こちらの攻撃威力をそのまま利用した超威力の一撃。
隙だらけの心と体にぶち込まれた修介の拳は、呪詛も毛皮も真正面から貫通した。
●花と魔女
「黄金を生みだす塔ね……」
どこかで聞いたことのある話だわ、とアンジェラ・アレクサンデル(音響操る再現術師・f18212)が言う。
金の成る木や金の卵を産む鶏など、色んな世界に色んな逸話が有る。
それが実在してしまうのがアックス&ウィザーズの世界だ。
「いえ、黄金を生み出しているのは塔を守護しているオブリビオンの方みたいですよ」
並んで歩く水野・花(妖狐の戦巫女・f08135)が訂正すると、アンジェラは「そうなの?」と振り返る。
花もまた石化の呪いを操る身。今回のオブリビオンには近しいものを感じていた。
ただ、金と石とでは、向こうの方が格上感があるのだが……。
「ま、どっちでもいいわ。ぶっ壊せばいいんだから簡単ね」
むむむと唸る花を見もせずに言葉通り簡単そうに言うアンジェラ。花はそんな彼女を見て、少しだけ微笑んだ。
遺跡は広い。
それでも目印の様に点在する黄金の財宝が、二人を深奥へと導いていく。
奥へ進むほど金細工に溢れ、やがてそこらの通路にまで金塊が放置されたままになり始める。
まるで夢の様な光景だった。……そのお宝の一部が、明らかに人間の姿形をしていなければ。
「近いみたいね」
「そうですね」
空気が引き締まる。
黄金と呪詛に溢れる通路に、獣の気配が漂った。
近いのは塔だ。
遂に調度品だけでなく、壁や床の一部まで黄金に変質している場所へ出る。
だが、塔より何より、敵の気配の方が近い。
「っ! いました!」
花が小声で叫び、アンジェラへと伝える。指差す先には確かに敵影が一つ。
黄金の仮面を被った、獣人の姿のオブリビオン。
呪飾獣カツィカ。
その仮面と全身から濃密な呪詛の気配を漂わせるケダモノは、息を荒げ呪詛を吐きながら遺跡内を闊歩していた。
「まずはあのむさくるしい獣が相手ってわけ」
アンジェラの言葉に花が頷く。
あれこそは資料に見たカツィカの姿だ。
先にどこかで誰かとやり合ったのか、息は荒く、胸元には吐血した後がこびりついている。
吐き散らす呪詛もその時の相手に向けられているようで、呪詛と言う名の罵詈雑言でしかない。
「私が仕掛けます」
前に出たのは花だ。
アンジェラは大丈夫かなどとは訊かず、頷いてグリモワールを開く。
「障壁の術式……それと『守護』のルーンを刻んであげる」
「ありがとうございます」
「でも、マズければ退くわよ」
「はい」
二人は頷き合い、静かに走り出した。
魔術や呪詛に秀でた二人だから分かる。カツィカが纏う呪詛が、尋常ではない量と強度を誇る事を。
あれが黄金の塔の守護者だと言われた方が納得出来るくらいだが、飽くまでカツィカは迎撃に出た尖兵。
となると、ここで無理にやり合って消耗するわけにはいかなかった。
先に戦った猟兵もそう思ったから戦闘を途中で止めたのだろう。
猟兵側が退いたのかカツィカが逃げ出したのかまでは分からないが、二人は自分達もそうすべきだと判断する。
「あ――」
「どうしたの?」
と、ここで急に足を止めた花にアンジェラが振り返る。
怖くなったとかではない、何かに気付いて足を止めた様だ。
そんな花が指差す先を見て、アンジェラが何故か盛大に溜息を吐いた。
「あれなら、私達は後発の方が良いですよね」
「そうね。利用できるモノは利用しましょう」
微笑む花に、妙に疲れた顔のアンジェラが頷いた。
●荒れ狂う獣
遺跡内部は広大にして複雑。
その迷宮の様な構造で侵入者を阻むと言うのは単純で有効である。
特に、罠の仕込みようがない、全てが石造りのこんな遺跡であるのなら。
それでも黄金が眠る遺跡ともなれば予想だにしない罠の一つくらいは有るかも知れない。
そう思い、警戒していた百鬼・甲一(不死傭兵・f16959)だからこそ、気付いた事が有る。
遺跡通路上、無造作に転がる黄金の財宝。そこに含まれる呪詛が遺跡全体に満ち、侵入者に対して自動的に呪詛を振り撒くという事。
それだけなら「侵入するだけで呪われる不可避のトラップ」だが、その性質を知り、呪詛の流れを知れる者が居れば、「遺跡全域の侵入者を感知するセンサー」にも成り得る。
「コイツぁ見事なもんだナ! めちゃめちゃ綺羅びやかじゃあねェか!」
梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)はその事に気付かず、進む程に豪奢になっていく遺跡内部に目を輝かせている。
面白いのは、黄金を綺麗だと思いながらも欲しない、呪詛を撥ね退ける天然の精神力だ。
それでもセンサーには引っ掛かる。
甲一もそれに気が付いたとして解除も回避も出来はしない。
ただ、警戒はより強める事が出来る。
「――右から来ます」
「おうよ!」
甲一の短い警告に喜介が瞬時に反応した。
薄暗い遺跡の通路、その横穴から飛び出して来た巨大な呪獣が、喜介の振り上げた木刀へ爪撃を叩き込む。
反応出来たのが奇跡とも言える速度と、重さ。
受け止めたとはいえ横っ面を張り飛ばされたかの様に喜介は吹っ飛び、反対側の横道へと消えていく。
それを追う隙を与えず、飛び掛かり一撃放った直後の着地際を狙って甲一が剣を抜く。
一刀。
加えて、もう一丁。
銃と刀の二刀流が呪獣の巨体を斬り穿つ。
――が、
刃も、弾も、通らない。
「……強敵と戦えると聞いていましたが、成程」
なかなかの強敵と見受けられる、と、甲一が僅かに笑みを浮かべる。
出し惜しみはしない。
隙を突いたなら、その瞬間に決着まで一息で詰め寄り、押し切る。
それは侵掠する火の如く。
それが、甲一の『火の太刀』だ。
「……ッ!」
着地際を狙われたカツィカは、無傷ながらも体勢を崩す。
斬撃が膝裏や太腿を走り、弾丸が仮面や脇腹を殴る。
その押し込みに抵抗し力を籠めれば、甲一は揺らぐ火の様に回り込み、ふんばりが効かない方へと再度押し込み続ける。
「んなカスみてぇな攻撃がオレ様に効くかよぉ!!」
しかし、押し切るには硬過ぎた。
呪詛を纏い全身を強化した呪飾獣は、関節などの構造上どうしても脆くなる部位まで問題無く強化されている。
急所を狙うにしても、先ずは呪詛の守りを貫くだけの鋭さが必要だ。
強い。
初撃とはいえ、あっさりと全力の攻撃を防がれて、甲一が笑う。
それ顔面へと振るわれる呪獣の爪撃を、割って入った喜介の木刀が弾き飛ばした。
「おれも混ぜてくれよ! なぁ獣兜よぉ!」
喜介の単純な一撃は、呪獣の単純な爪撃を打ち払う。
その余波が周囲の壁や天井に亀裂を入れようとも、喜介は構わず剣を振り上げる。
「ああ、うぜえ! どいつもこいつもオレ様の黄金を狙いやがって!
一片も渡さねえ! 特に、黄金の塔と、金を産む魔女竜はなあ!」
振るわれる横薙ぎの爪撃。
巨体故に壁面を引っ掻き、期せずして抉り砕いた瓦礫ごと振り抜かれる。
直撃すれば即ミンチコースの攻撃を、しかし喜介は一刀の下に捩じ伏せた。
剣圧による暴風が瓦礫を、本命の剣撃が爪撃を打ち払う。
むしろ引っ掛かって威力が落ちただろと言う様に、喜介の一刀は爪ごと呪獣を弾き飛ばした。
「勘違いすんじゃねぇ! おれァこんな金くれなんぞいらん!
こんなすげぇモン持って旅してもさ、背中が重くなるだけでい!」
押し込まれ、逆の手を振り被るカツィカに喜介が叫ぶ。
「だったら何しに来やがったぁ!」
押し返せても斬り伏せられず、もう一度と振り被る喜介にカツィカが叫ぶ。
黄金に魅入られ濁り切ったその両眼には、喜介の真っ直ぐな瞳の色も見えはしない。
それでも喜介は声を張る。
「おれの目当てはもっとずっと奥にある! どきな! 獣兜!」
「どくわけがねぇだろうがクソガキがぁ!!」
剣撃と爪撃が弾き合う。
衝撃が地を割り、壁を走り、天井を震わせる。
相殺、即ち互角。
喜介の渾身の一撃が、呪獣の片腕に払われた。
「ッ手が足りねえ!」
空いた片手を振り被る獣。
分かっちゃいたが、こいつはしんどい。
単純に一刀で両腕と渡り合うなら倍速で剣を振る必要がある。
無理だ。
だが、やってやる。
にやりと笑って喜介が剣を振り上げれば、その横合いから声が掛かった。
「足りないなら貸しますよ」
言って、甲一が剣を振るう。
斬撃ではなく、刺突。銃弾は対象に対し垂直の入射角で。
威力向上の為の基礎の基礎。連続攻撃の為に斬り捨てていた要素を、甲一は敢えて再び組み込んだ。
「ッジャマくせえ!!」
怒号と共に振るわれた爪撃が、零距離の散弾を受けて反らされた。
逆の手で振るわれた刺突が脇腹に突き刺さり、僅かに呪詛を祓う破魔を齎す。
正面からでも弾丸が通らない。
それは、逆に言えば着弾の衝撃は全て真面に受け止めてしまっているという事。
ダメージが通らなくても体勢を崩すのには有効だ。
そして、破魔と気合で呪詛を祓う切っ先が、毛皮に突き刺さり、肉へと届く。
「――があああああぁあッ!!」
もはや言葉を発さず、怒りのままにカツィカは両の爪を振るった。
直撃させる気も無い攻撃は弾き返すには遠く、壁や足下を打った呪詛と衝撃が破壊と瓦礫を撒き散らす。
「クソがぁ! てめえらもかよ!
クソ弱ぇくせして、オレ様に傷を付けやがる……!」
息も荒く、無理矢理押し退けた二人と距離を取りながら呪獣が呪詛を吐く。
手負いの獣は、一度敗走していた。
大事な大事な黄金を投げ捨てて来たのだ。
その憤怒と憎悪は計り知れず、纏う呪詛の力は更に獣を強くする。
呪詛とは心より生まれる力。
激情に駆られ我を失う程に、呪獣より強くなっていく。
「ああ……駄目だ……! 黄金の塔は……!
魔女竜だけは渡さねえ……! 絶対にだ……!!」
カツィカの面が怪しく光る。
黄金の仮面。カツィカを魔獣へと変貌させた呪いの面。
それはカツィカの強欲に反応し、カツィカは黄金に魅入られ、御互いが惹かれ合う形で呪飾獣が生まれた。
纏う呪詛は、カツィカが息絶えるまでどす黒い腹の底から溢れ続ける。
「黄金はオレ様のもの? 黄金の塔もオレ様のもの? 面白い冗談を言うものですねぇ?」
そんな強欲と言う名の呪詛に塗れたケダモノを嗤う様に、何処からか一人の少女風人形が現れた。
堂々と遺跡の床を踏み付けて歩くシノギ・リンダリンダリンダ(ロイヤルドレッドノート船長・f03214)が、一本指を突き付けて宣言する。
「黄金は、すべて。この海賊団しゃにむにーがキャプテン、シノギちゃんのものですよ?」
それは至極当然の様に。
奪うとか盗むとかではなく、いや最初っから私の物ですよ?と。
余りの堂々とした言動に、誰もそれを否定せず、変な沈黙が生まれる。
「いや、急に出て来てなんだてめえは」
「海賊団しゃにむにーがキャプテン、シノギちゃんです」
「いや、だからなんだそりゃ……」
頭がおかしくなる、と、会話を諦めたカツィカが呪詛を纏う。
溢れ出る執念と強欲、負の感情が渦巻き生み出す呪いの力。
黄金が昏く輝けば、その心と命をも蝕む程に、カツィカが呪詛の鎧に覆われる。
「黄金の呪い大いに結構です」
対するシノギは細い指をぱちんと鳴らす。
合図を受けて現れたるは、数十にも及ぶ死霊従者達。
「――それでは、初めからリッチにいかせていただきます」
「いいや、出ていきやがれぇ!!」
シノギがもう一度指を鳴らせば死霊従者が呪獣へと向かって走り出す。
列を成した従者達は呪詛孕む咆哮に吹き飛ばされながらも突き進み、主を守る盾となりながらもその手を伸ばす。
だが、易々と触れさせまいと、爪撃が振るわれる。
より強大にして凶悪なまでの呪詛を纏った爪撃は先程よりも速度も威力も増大し、一薙ぎで暴風が吹き荒れた。
それを寸での所で甲一の散弾銃が食い止める。
僅かに逸れた暴風と爪撃が猟兵達の頭上を吹き抜ける、その隙に、死霊従者が呪獣へと掴みかかる。
死霊従者は、はっきり言って、弱い。
一体一体は猟兵に決して勝るほどではなく、ましてやカツィカとは比較にもならないだろう。
だが、相手は死霊従者ではない。
死霊従者を操る、シノギこそが相手である。
「傷口を、えぐりなさい」
命令は冷たくも無く、淡々と無機質に。
纏わりつく死霊従者達は、その細く鋭い指先を、呪獣の脇腹の傷口に突き刺した。
痛みに怯み、一瞬、死霊従者を引き剥がそうとする手が止まる。
止まれば、更に攻撃が重ねられる。
不自然に凹んだ胸部、そこに、死霊従者が拳を叩き付けた。
「ッうぜぇぇあ!!!」
苦悶の声を怒号に変えて獣が吼える。
吹き荒れる衝撃波が死霊従者達を吹き飛ばせば、今度はその陰から甲一が飛び掛かった。
抉られた傷口。それを作ったのは甲一だ。
「同じ手は、二度とくわねえッ!!」
呪詛孕む咆哮
その衝撃は甲一を殴り付け、その動きをほんの一瞬食い止める。
その一瞬で振り下ろされる爪撃に、甲一が咄嗟に防御を取った。
反らせない。
見切り、第六感で察知し、そして受けに回る。
反らすには横から力を加えねばならない以上、正面から自分に向かってくる攻撃には弱い。
受け流すにも、その爪撃は凶悪過ぎた。
「ぐ……っ!」
弾き返され、甲一が通路の壁へ叩き付けられる。
息が詰まる。が、深刻なダメージではない。
しかし畳み掛ける様に振り上げた逆の手の一撃は防げない。
その窮地へ今度は喜介が飛び込んで行った。
いつもの大上段。振り下ろすだけが能の、それ故に最強の一撃。
直撃すればいかな呪獣の呪詛と毛皮であろうと傷痕を残せるだろう。
と言う事は、カツィカもとっくに理解している。
「てめえもだぁ!」
振り下ろした爪撃は、甲一ではなく喜介へと向かった。
剣撃と爪撃の相殺。
いや、今度は呪詛が増した分、爪撃が剣撃を押し込んだ。
甲一同様に吹き飛ばされ、喜介が木刀片手に転がった。
元より地形を破壊する程の一撃に、増幅された呪詛が宿った爪。それを受け止めた喜介の両の腕がジンジンと痺れている。
「――はッ!」
だが、喜介は笑う。
己が最強の一撃を正面から弾き返されて、なお、そんな事は知ったことかと。
元より梅ヶ枝・喜介はそう言う男だ。
振り上げて、振り下ろす。ただそれだけの事に心血を注ぎ、戦って来た。
そしてそれは戦場においても、窮地においても、一切通じなかったとしても変わらない。
「はは……」
同じく、甲一も笑う。
強敵に出会えるとは思っていた。
が、こうも自分の攻撃が通じないのは予想外だった。
だから、それが嬉しかった。
自分より強いからと言って、決して敵わないわけでは無い事を甲一は知っている。
そして二人が動き出す。
カツィカへと、その剣の切っ先を振りかざして。
●黄金に踊り狂え
「効かねえってんだ!!」
ケダモノが吼える。
その衝撃に耐え、喜介は剣を握り、甲一が武器を抜く。
吹き飛ばされまいと堪える二人。しかし、そのせいで動きが止まる。
そこへ振るわれる左右の爪撃。
一手、一瞬早く、二人を引き裂く呪いの鈎爪。
それを死霊従者達が身を挺して引き留めた。
獣の腕へと纏わりつく従者達。その向こうでシノギがふふんと鼻を鳴らす。
どさくさに紛れて再び傷口を抉る従者達を、怒りの咆哮がぶっ飛ばす。
列を成し巌と成って衝撃に耐えようとした死霊従者達も流石に耐え切れずに引き剥がされ、獣の腕が解放された。
これで五分。
まだ一手足りない。
呪獣の振るう爪撃は、二人の攻撃を同時に相殺する。
このままでは振り出しだ。
それでも二人の剣士は迷わない。
だから、花は飛び出した。
「石となれっ!」
遺跡の横道から飛び出した妖狐が両手をかざして叫ぶ。
その掌から放たれるのは赤光の呪詛。
それは、花を苦しめて来た『石化の呪い』だ。
敵の動きを止めるなら先手を打つのが最善だと、このチャンスを待っていた。
完全なる不意打ちにカツィカの動きが鈍る。
動揺したからではない、赤い光を浴びた両腕が石になり始めたからだ。
「クソが……ッ!」
僅かな遅れ。
それが致命的な隙になる。
「『火の太刀』!」
「『火の構え』!」
甲一と喜介が同時に唱えた。
火は、次から次へと燃え移り、全てを焼き尽くす。
火は、ただ真っ直ぐに立上り、天をも焼き焦がす。
そのどちらもが『火』であり、二人が掲げた二つの技だ。
甲一の銃と刀の二刀流が、火を噴き、火花を散らし、獣の全身を焼き尽くすが如く斬り刺し穿ち貫いた。
喜介の木刀が、極大の火力を以て振り下ろされれば、黄金の仮面ごと頭部に減り込み、その足下を衝撃で吹き飛ばした。
二種の火による炎の一撃が直撃し、カツィカが鮮血を噴き出して膝を付く。
その背中に、喜介の木刀と甲一の大太刀が振り下ろされた。
――瞬間。
カツィカの足下が、爆裂し、衝撃を撒き散らす。
決死の咆哮。
それはまるで断末魔の叫び。
喉奥から絞り出したあらん限りの絶叫が絶望と言う呪詛を纏って放たれた。
今までの比ではない程の衝撃に肉薄していた喜介と幸一が吹き飛ばされ、距離の有った花まで全身を殴られたかのように弾き飛ばされた。
シノギを守るように立ち塞がっていた死霊従者の一部も吹き飛び、守られたシノギが命じても従者の復帰が追い付かない。
そうしている間に、カツィカはゆらりと立ち上がる。
「殺してやる」
その呪詛は小さく、そして、何よりも重い。
殺意の呪詛まで纏った呪獣は稲妻の様な速さで駆ける。
振るう爪が致命的なまでの破壊力を備えて居る事を知っている。
それでも花は立ち上がり、シノギも憮然として立ち塞がった。
「しつこいですね。私も少し、怒りますよ?」
黄金は略奪する。それは覚悟ではなく決定事項。故に既に黄金はシノギの物。
ならば、この獣の『金山羊の面』も奪い取らねばならない。
シノギが怯まないのなら、付き従う死霊従者も止まらない。
立ち上がり再び隊列を組む従者達が突っ込んで来る怪物を受け止め、撥ねられながらも、食い止める。
「まだ動けるなら、何度でも私の呪詛を撃ち込みます!」
花はその隙に弓を引き絞る。
赤光は鏃に込めて、放つは石化の矢。
死霊従者達という壁を超えてカツィカの肩へと突き刺さる。
万全ならば呪詛と毛皮に弾かれていたかも知れない一矢。だが、先の連携攻撃を受けたカツィカは傷だらけで、花の腕でなら容易く狙い撃てる。
傷口をえぐる。
シノギの攻撃に得たヒント。それは呪獣に通じ、刺さった矢は内側から獣を石へと変えていく。
勿論シノギの従者達も喰い止めながら傷口を抉り、広げていく。
痛みに悶え、歯を食いしばる呪獣は、両手を前へと突き出した。
渦巻く呪詛に、花の尻尾の毛が逆立つ。
放たれる呪詛は悪夢の様に重く濁り、触れた者を縛り上げ動きを止める。
それは下手をすれば心臓を、息の根すらも止められるかの様な重圧。
なのに、花は笑った。
「それ、貰うわよ」
横道から魔女が飛び出す。
ばら撒くように翳すのは無数のカード。
躍り出たのは、放たれた呪詛の眼前。
視界を覆い尽くす悍ましき呪いの渦。
それを、アンジェラは正面から受け止めた。
バツン、と、守護のルーンを刻んだカードが爆ぜ千切れる。
一枚、二枚、次々と。
ついでに撒いた吸収のルーンさえ破裂し、消し飛んでいく。
そして最後には、アンジェラのウィッチ・ハットが弾け飛んだ。
――が、
アンジェラ本人は、依然としてそこに立っていた。
花とは真逆の後手必勝。
だが、犠牲は零ではない。
「よくもお婆様からの贈り物を……! 許さないわよ!」
叫んで、アンジェラが帽子を拾う。
カードと違って修復不能とは言わないが、ハットに刻まれていた『身代わり』のルーンが傷んでいる。
守護と吸収、身代わりと、用意した分全てを貫通した呪詛。
それを防ぎ、代わりにアンジェラは一枚のカードを手に入れた。
文字通りの切り札を。
「さあ。その呪詛、まだ余ってるなら寄越しなさい!」
言って、アンジェラは再びカードをばら撒いた。
切り札ではなく、投げ放ったのは吸収のルーン。
無尽蔵に湧き出る呪獣の呪詛を奪い取り、跳ね返す。
奪い取るのは剥ぎ取るのと同義。
アンジェラのルーンに毟り取られ呪詛が薄くなった所に花の矢が穿たれる。
石化の呪いが黄金の呪詛をじくじくと喰い破る。
石と金。ともすれば下位と上位の様に語られる両者でありながら、その常識を覆すかのように。
「カツィカさんも呪詛を放出するなんて親近感が湧きますね」
ユーベルコードの性質も似ているようだと花が言う。
違うとすれば、呪詛の扱いの巧みさと、そして仲間の有無だろう。
どれ程強い呪詛でも届かなければ意味は無い。
逆に、弱い呪詛でも、当てまくれば通用する。
花が放つ矢が赤く輝き、獣の全身に突き刺さる。
シノギがそれを見て命じれば、死霊従者達が刺さった矢を掴んでぐりぐりと抉り始めた。
苦痛を与える。
苦痛は恐怖になる。
恐怖は動きを、判断を鈍らせる。
それはまるで呪いの様に、じわり、じわりとカツィカを蝕む。
「ほら、はやく私の黄金を『返して』ください」
「ぎぃ――……!」
ぞわりと総毛立つ感覚に、呪獣が思わず爪を振るう。
薙ぎ払われる従者達に追撃を加えず、引き下がる。
その背後で二人の猟兵が立ち上がる。
「よお、魔女。いたのかよ」
「いたわよ、バカ」
喜介とアンジェラが言葉を交わす。その間も目の前の獣から目を逸らさない。
甲一は油断無く火器のリロードを済ませ、シノギは従者達を立ち上がらせる。
矢を番えた花が、鏃に眩いばかりの呪いを注ぐ。
「次は決めなさい」
アンジェラが言って、切り札を構えた。
それは、『カツィカ・カタラ』を封じ、強化したカード。
息の根さえ止めかねない程の呪縛を与える。そんなユーベルコードを複製した、『繰り返されし技巧の追走曲(リピート・カノン)』のユーベルコード。
「奪わせねえぞ……オレ様の黄金はぁ!!!」
怖気付く心身に鞭打ち、呪飾獣が吼え散らす。
それこそが呪詛。
黄金に呪われた人間の狂わされた姿。
どうしてただの財に過ぎない黄金が、命を賭して守る物になど成るのだろうか。
幾度となく呪詛の力を引き出し身に纏ったカツィカの寿命は既に尽きかけている。
それにさえ気付かないままに呪獣は最後の呪詛を纏い、振るう。
「今度こそ細切れにします!」
「今度こそ両断してやらぁ!」
猛る二人の剣士が構えた瞬間、アンジェラの切り札が発動した。
己の呪詛が、己を蝕み、そして己に返ってくる。
黄金が宿す呪詛は、やはり所有者に悲劇を齎し、全てを失わせる。
それでも。
カツィカは最後まで抵抗する。
抵抗、させられる。
石化し、脆くなった身体では、火の構えも火の太刀も受け止められない。
呪縛に苛まれながらもがく獣の脚を従者達が抑え、胸を石化の矢が貫く。
それでも――。
黄金に魅入られた哀れな男は死してなお踊り狂い、最期には猟兵の齎した炎によって塵芥へと還された。
「黄金は……オレ……様の……な、か……ぁ――」
消え去る遺骸。その後に、
塵芥の上で金山羊の仮面が怪しい輝きを放っていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『戯れる仔竜』
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POW : じゃれつく
【爪 】による超高速かつ大威力の一撃を放つ。ただし、自身から30cm以内の対象にしか使えない。
SPD : 未熟なブレス
自身に【環境に適応した「属性」 】をまとい、高速移動と【その属性を纏わせた速いブレス】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ : 可能性の竜
「属性」と「自然現象」を合成した現象を発動する。氷の津波、炎の竜巻など。制御が難しく暴走しやすい。
イラスト:marou
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●黄金に染まる。
遺跡の奥は黄金に染まっている。
文字通り、染め上げられているのだ。
全てが純金になったわけではないが、目につく物全ては金色に輝いて居た。
薄暗い筈の遺跡を煌々と妖しく照らす黄金は、見る者の心をも染め上げてしまうだろう。
そんな中で、生まれた命が有る。
骸の海より浮かび上がった無数の卵。染め上げられた、文字通りの金の卵。
そこから生まれたのは愛らしくも強大なオブリビオンだ。
黄金の仔竜。
何の邪気もなく無垢故に染まり易い子供達は、黄金に、悍ましき呪詛の力に、染まっていた。
それは全て、黄金の塔を守る為に。
上野・修介
※連携、アドリブ歓迎
「子供とはいえ竜の類か」
もとより油断するつもりはないが、気を引き締め直す。
この後を考えるなら、極力消耗は減らしたいところ。
腹を据えて【覚悟+勇気+激痛耐性】推して参る。
調息、脱力、再度戦場を観【視力+第六感+情報収集】据える。
まずは敵味方の戦力を把握し、総数と配置、周囲の地形を確認。
得物は素手喧嘩【グラップル】
UCは攻撃力強化。
ヒット&アウェー重視【ダッシュ+逃げ足】
半端な間合いに居つかず、極力接触時間を減らす。
脚を止めず、敵との間を保ち、一対づつ確実に仕留める。
可能なら広域火力持ちの味方の前に誘導し一網打尽を狙う。
その際は【挑発とフェイント】を用いての囮役をする。
シノギ・リンダリンダリンダ
ふぅ……なかなか強情な奴でしたね
黄金に魅入られるとは、軟弱です…
貰っていけそうならこの黄金の仮面も貰っていきましょうか(拾えたら拾う)
おぉ。黄金。黄金。素晴らしいですね
ゆっくり見たい所ですが…黄金のミニドラゴンですか
邪魔しないでくださいね。今、私は忙しいので
呪いの力が強そうですし、召喚した死霊の半分を合体させましょう
残りの半分を竜に向かわせます
傷づいた敵には傷口をえぐり、フェイントや、魔力を乗せた属性攻撃、数が多いですし敵を盾にもしながら応戦
半分の死霊が合体できたら合体死霊を竜たちに向かわせ、代わりに残っている死霊も合体させましょう
合体死霊二体を以て、敵をせん滅します
●黄金回廊
「あああっ!? べこって! べこってしてるじゃないですかっ!」
シノギ・リンダリンダリンダ(ロイヤルドレッドノート船長・f03214)が上げた悲鳴が遺跡に響く。
その手の中には金山羊の仮面。
カツィカから剥ぎ取った、もとい、カツィカの残した呪いの面なのだが、その頭部に隠し切れないほどべっこりと激戦の痕が残っていた。
「なかなか強情な奴だと思ってましたが……だからはやく返せと言ったんですよ……!」
わなわな震えるシノギは修復可能か、潰して売るか、そもそも純度はどんなもんかと黄金の面を弄り回しながら走る。
ちなみに、面に限らず黄金の装飾品は剥ぎ取れるだけ剥ぎ取った。身体が重い。
「余裕は持つべきだが、相手は子供とはいえ竜の類だ。集中した方が良い」
上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は並走しながらそう声を掛け、いつものように息を整える。
走りながらでは難しいがそこは慣れたもの。負った怪我も僅かに軋む程度まで痛みを緩和出来ている。もし急に痛んだしても、修介はそれで怯む事も力が抜ける事も無いだろう。
調息ついでに振り返って見れば、黄金の回廊を黄金の仔竜が飛んだり跳ねたりしながら追いかけて来ているのが見えた。
敵の数は正確に把握し切れていない。足音や気配、見えた数などから推察するに、十数体は下らないだろう。
対する味方はやや分散気味だ。今はシノギと修介の二人で即席共闘しているが、残りの猟兵達がどこへ消えたかは分からない。
全ては入り組み、そして狭い遺跡の通路のせいだ。
「一撃で屠れる程に弱ければ、戦い方も変わったのだが」
修介は敵を観ながら口にする。
それと同時に飛び掛かって来た仔竜を真上からの掌底で叩き落とす。
だが、纏った『黄金の属性』が文字通り黄金の盾となり、衝撃を吸収する。
盾ごとぼてっと地に落ちる仔竜。時間は稼げても、ダメージはほとんど入っていないようだった。
浮いてる盾は重くて柔らかい黄金製。直接仔竜を覆っていないので衝撃を打ち込み貫通させるという事も出来ない。
そして油断すると爪で引っ掻いてくる。
それがじゃれつくような動作でありながら易々と金の壁や床を引き裂いてしまうというのだから冗談でも受け止めるわけには行かなかった。
「せっかくの黄金をゆっくり見たい所ですが……黄金のミニドラゴンですか」
修介の攻防を見つつやっと仮面をしまったシノギが呟く。
邪魔しないでくださいね、と言い含めても、小首を傾げて直後に突進してくる仔犬の様なミニドラゴン。
纏った黄金も、仔竜自体も、強めの呪詛を孕んでいるのが分かる。
「……ここらで迎え撃ちましょう。埒が明きません」
と言うか疲れましたと、黄金なんて重たい物を抱え込んだシノギが歩を止める。
合わせて修介も立ち止まり、踵を返して仔竜へと飛び込んで行く。
シノギの事をどうこう言うつもりは無い。むしろ修介こそ消耗を最小限にとどめたいと思っていた。
この後の事を考えれば体力などのリソースも削れない。気力や体力が尽きると言うのは下手な負傷よりも致命的だ。
シノギにしてもこの先黄金を前にぶっ倒れて救助されましたなんてオチは望むまい。
海賊団しゃにむにーのキャプテンとしてそんな無様は晒せない。
なので、キャプテン命令で死霊従者を戦わせる事にした。
「さぁーやっちゃってください! 相手はお子様ですからね、黄金なんて猫に小判なんですよ!」
「子供から巻き上げるのか……いや、助かった」
言い分は海賊らしいが、やってることは不良と変わらない、などとは言えない。
海賊でなくてもこの世界の冒険者が日常的にやっている事だ。
シノギが呼び出した死霊従者は30体を超え、その内の半数が仔竜へと向かっていく。
一瞬にして通路が埋め尽くされるがむしろその方が都合が良い。小さくてすばしっこい仔竜の進攻を物理的に遮断出来るからだ。
しかしながらすばしっこいだけが能ではない。幼くとも生物界の最上位種。纏った黄金属性の盾と、黄金属性のブレスも有る。
攻守に速度まで揃った優秀なユーベルコードを戯れで操る無邪気な脅威。
吐き出したブレスは黄金片をたっぷり含んだ突風となって死霊従者を吹き飛ばす。
それを観察しながら、仔竜達を抑えていた修介が従者達と入れ替わる様にして下がる。
「威力的には爪よりマシだが、範囲と射程が有るな」
「それより盾ですね。ちょっと準備が要りそうです」
残った半数の死霊従者は合体させ、一体の死霊にする。そうすれば強引に盾も仔竜も叩きのめせるはずだ。
修介にもそれは出来る。
呼吸法により攻撃力を高めた状態で負傷を厭わず飛び込めば、盾ごと仔竜をぶち抜けるだろう。
だが、黄金は重い。
傍目には水の様にふよふよと仔竜の周囲を漂う『黄金属性』だが、盾となれば衝撃を吸収しつつダメージを反射する。
金塊を思いっきり殴り付ければ拳を痛めるのは当然で、その場の傷みよりもこの先の戦いに悪影響を及ぼすと言うリスクが大きい。
その分、本人にリスクの無い死霊従者は便利だが、だからと言ってこのままシノギに任せるのは悪手だ。
死霊従者は合体しないと仔竜のスピードについていけてない。合体すると数が減り、守りは薄くなる。仔竜の興味がシノギ本人に向けばいずれ突破されるだろう。
「……追い付けないか」
「はい。そりゃもう。あれじゃあ傷をえぐる事もできません」
「なら、俺が脚を止める。それで何とかなるか?」
「――何とでもなりますよっ!」
むっとしていたシノギが修介の言葉に声を弾ませる。
ならばと、修介は弾かれた様に駆け出した。
身を切る戦い方は得意だ。
何度だってそれで窮地を脱してきた。
意地を拳で貫き通す。それが修介の戦いだった。
だが、だからと言って詰まらない意地を張るのは違う。
今ここで必要なのは『仔竜を盾ごとぶち抜いて倒す』なんて自己満足じゃない。
捨て身になれるのは強さでも、捨て身でなければ勝てないなんて言うのは弱さでしかないのだ。
故にここで取った戦法は、ヒット&アウェー。
「ここでは一撃も喰らわない」
己に課す様に呟く。
戦闘においては誰よりシビアに、そしてクレバーに。
改めて戦場を観渡し、修介が床を蹴った。
死霊従者の肩を踏み付け、更に高く、天井すれすれを跳ぶ。
仔竜にして見れば死霊の影から飛び出して来た修介に吃驚しただろう。それでも黄金が盾を形成するのは流石と言える。
しかし悪手だ。
修介は黄金の盾を踏み付け、後ろへ飛んで離脱する。
それに合わせて仔竜へ殺到した死霊従者達が盾の上から覆い被さり、それを引き剥がそうと力を込めた。
「さあ、戦ですよ! 略奪と蹂躙の限りを尽くしましょうっ!」
シノギが声を張り上げると死霊からも呻き声の様な鬨の声が上がる。
黄金の盾なんて奪ってくれと言っているような物。群がる死霊従者達は強引に盾を引き剥がし、その下に隠れていた仔竜へ魔力の籠った攻撃を振り下ろした。
脚さえ止めればなんとかなる。そう確信するのに十分過ぎる光景に、修介はまた走り出す。
床に壁、死霊従者の肩から、仔竜を覆う黄金の盾まで、使える足場を全て使い、狭い通路を縦横無尽に駆け回る。
重要なのは攻撃する事じゃない。
敢えて隙を見せて仔竜の攻撃を誘い、反撃を盾で受け止めさせる。それだけで脚は止まり死霊従者は逃さず食らい付く。
一分掛からず二体を落とし、改めて独力とゴリ押しの難しさを噛み締める。
負けじとブレスを吐き出す仔竜を前に、死霊従者達が奪った黄金の盾を構え、その後ろに修平が飛び込む。
その隣で傷口を抉られながら肉盾にされている仔竜も居るが、そちらは見ない。
残虐なのは容赦の無さ、躊躇の無さ。つまりは迷いの無さであり、強さである。だが盾にするには仔竜は小さい。その行動に意味が有るにしても後ろに隠れるには向かないと判断した。
死霊従者は見るからに弱い。
体当たりで吹っ飛び、爪を受ければ半分消し飛ぶ。
それなのに、その残酷さと数的優位を活かした戦い方が仔竜達を圧倒していた。
と言うか引かれていた。
先程までは戯れ、はしゃぎまわっていた仔竜達が、死霊従者達の振る舞いに恐れ慄き、若干動きが鈍っている。
そこを狙って蹴飛ばし、殴り飛ばし、動きを止めてやる。
拳も傷も痛まないまま、それだけで仔竜は死霊に囲まれ数を減らす。
が、それだけでは終わらない。
「出来ましたよー! ポジションチェンジです!」
シノギがそう呼び掛けながら、新たな死霊従者を嗾ける。
瞳に浮かぶ『17』は、死霊従者17体分の融合体である事を表す。
つまり17体分の速さと強さ、頑丈さを持つという事。数を捨てて質を跳ね上げた一体だ。
そうして放たれた死霊従者は、修介ほど巧みではなくとも仔竜の動きに食らい付き、魔力の籠った攻撃を振り下ろす。
――成程、ポジションチェンジか。
それを見て、今度は修介が仔竜に攻撃を仕掛けた。
黄金の盾は死霊従者を防ぐのに使い、生身の方は隙だらけの仔竜。それを横から殴り付ける。
盾が無ければ拳を痛める事無く仔竜を討てる。
黄金の鱗だろうと生身であるのならどうとでも破壊出来た。
子供故のまだ薄く柔らかい鱗は黄金を纏っていてなお脆く、工夫無く振り抜いただけで十分なダメージを与えられた。
相変わらず死霊従者は盾を奪い去り、傷口を抉る。黄金を狙ったフリをして傷口を抉ったり、あるいはその逆を行ったり。
いかに潜在能力が高い仔竜であろうと、子供である事には変わりない。
執拗に与えられた痛みは恐れとなって仔竜を縛る。
黄金の呪詛と死霊の恐怖の板挟みになった仔竜は退く事も戯れる事も出来ずに縮こまる。
「だから、猫に小判だって言うんですよ。
先の盗賊といい、黄金に魅入られるとは、軟弱です」
きっぱりと言い捨てて、シノギは残り半分の死霊従者も合体させ始めた。
その頭に意味もなく金山羊の仮面を被せて振り返る。
黄金は魅力的だが、恐ろしい。
そんな事も分からないなら大人しく差し出せばいいのだ。命ごと。
「囮役は俺が務める」
「それでは私は薙ぎ払いましょう!」
修介の提案にシノギが返し、命令を下す。
略奪と蹂躙を。
金も命も奪い取れ。
そうして、その場の仔竜は成す術も無く殲滅された。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
水野・花
この仔竜達も見た目は可愛いですけど黄金の呪詛をもっているようですね。
さらに数も多いとなれば背後からの不意打ちを警戒しておかないと後ろから黄金にされかねませんね。
ここは「分け身の術」で分身ちゃんを出して手数と目の数を増やして対抗しましょう。
分身ちゃんと背中合わせで戦って死角を作らないように注意して戦います。
分身して手数が増えれば相手の素早い攻撃にも対抗できるはずです。
分身ちゃんと協力して呪詛の弓矢で石化の【呪詛】を撃ち込んで一体ずつ仔竜を仕留めていきましょう。
対応しきれずブレスを受けそうになったら分身ちゃんを盾にしましょう。
自分とそっくりの姿の黄金像なんてちょっと見てみたいかも……。
梅ヶ枝・喜介
おうおうおう!コイツらも金ピカかい!
こんなナリでも金色像の置物ってェわけじゃなく生きてんだよな?
こりゃあ何とも奇妙キテレツ!摩訶不思議!
だがよ、
どんなに珍妙だとして、竜だとして、コイツらまだまだ卵の殻の取れねぇ赤子ヨ。
何処へなりとも消えっちまいナ!
悪さなんざ諦めて真っ当に森で暮らせ!
竜には構わず、ずんずんと奥に進もうとするが……そうは問屋がおろさねぇか!
へっ!そうかい!ヒヨッコとは言え、守りたいモンを守ろうって意気はあんのかい!
ならばお前ら半人前でも戦士だ!手加減は無用!
木刀を天へと向ける!
様子見なんぞはしねえ!ハナっから全力の大上段!
おれだって未だ道半ばのヒヨッコよ!仲良くやろうぜチビども!
アンジェラ・アレクサンデル
金ぴかっていやね
目に悪いもの
帽子がないのはちょっと違和感あるけど仕方ないか
帰ったら治してもらうわ
見た目は可愛いけどちょーっと魔力が多すぎないかしら?
ケープを羽織って目立たないように行動開始ね
きっと暴れるバカもいるんでしょうし今回は集団戦のサポートよ
戦闘のドタバタに紛れながらグリモワールから呼びだした各属性の魔力弾で他の味方の援護
仔竜が使う大技は不味いわね
発動を確認したら同じ自然現象で反対属性のUCを発動して相殺を狙うわ
ただ真正面から撃ちあったら相殺できないかもしれないけどこっちにはルーンがあるのよ
こちらの放った自然現象をルーンで強化して押し切る
これぞ再現術師ってね。よく見てたかしら?
●相反する者
仔竜。
その名前の通り、何らかのドラゴンの幼体。
周囲の環境に適応し自身に纏う属性をも変質する力を持つ。
戯れにじゃれついてくる姿は愛くるしくも脅威そのものである。
また、幼体であろうと明日無きオブリビオンである事に間違いは無く、成体に育つ事も無ければ、手懐け共に生きる事も出来はしない。
ましてや黄金の呪詛に憑りつかれ、塔の守護者として配された身である。
見逃せば寝首を掻かれ、骸の海に還さなければ世界を滅びへ導く。
オブリビオンなのだから。
「おうおうおう! コイツらも金ピカかい!」
そんな仔竜を前に梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)がしゃがみ込んで声を上げる。
金白の鱗に山吹色の瞳、黒金の角まで合わせて金ピカだ。
更には環境適応で纏った属性まで『黄金』だと言うのだから完璧で、球状にした『黄金属性』の塊に寝そべる姿は置物にしか見えない。
「こんなナリでも金色像の置物ってェわけじゃなく生きてんだよな?
……おおっ! 鼻息噴いたぞ! 目もぱちぱちしてらぁ。こりゃあ何とも奇妙キテレツ! 摩訶不思議!」
微妙に距離は有るとは言え、オブリビオンの一挙手一投足を楽し気に見守る喜介。
ねこじゃらしが有れば振り、ボールが有れば投げていたような、そんな様子である。
「見た目は可愛いけどちょーっと魔力が多すぎないかしら?」
喜介の数歩後ろから同じく仔竜を見守るアンジェラ・アレクサンデル(音響操る再現術師・f18212)はそんな事を言う。
そこは仔竜と言えどドラゴン。潜在能力同様に潜在魔力も多めなのだろう。
「この仔竜も見た目は可愛いですけど、黄金の呪詛をもっているようですね」
水野・花(妖狐の戦巫女・f08135)から見ても仔竜はなかなかに危うい存在だ。
金の鱗は呪いの証。この遺跡同様、黄金に染められ操られていると同時に呪詛の力を得ている。
もしかするとその呪詛を伝染されて黄金にされてしまうかも知れない。
「金ぴかっていやね。目に悪いもの」
光源は不明だが光量はそこまでではないのが不幸中の幸いか。ギラギラしてはいるが、物理的に目が眩むほどではないようだ。
アンジェラもそう言いながら目より帽子の方を気にしている様子。いわく、帽子が無いと違和感があるとの事。
「ところで、何でこの子は一匹でこんな所にいるのでしょう」
花が首を傾げると、仔竜も真似して首を傾げる。
辺りは一面黄金の通路。先に進むには仔竜のわきを抜けていく必要がある。が、幾らなんでも一匹だけでここを守っているという事は無いだろう。
「いや、守ってんだろうな」
と、喜介が言う。
「珍妙な赤子だけどナ、コイツ、目ぇ反らさねえんだヨ」
言って指差す先の仔竜は、確かにクリッとした大きな瞳で猟兵達をじっと見ている。
寝転がってゴロゴロしようと眼だけはジッと、ずっと。
言わば斥候の様なものなのだろう。「通さない」のではなく、「通ろうとする者がいたら仲間に伝える」と言ったところか。
喜介にしてみれば珍妙な竜であろうとオブリビオンであろうと赤子は赤子。手にかけるには忍びない。
だが、こんなヒヨッコでもしっかり守るべきを守ろうとする姿に、ニッと笑って覚悟を決める。
それなら半人前でも戦士に違いはない。ならば手加減は無用だ、と。
「それじゃあ行こうゼ! おれら三人でヨ!」
ぐっと木刀担いで立ち上がり、喜介は仲間を振り返る。
そこには頼もしい二人の猟兵、花と花が立っていた。
「はい!」
「頑張ります!」
「……?」
元気よく返事する二人の花に喜介が思考停止した。
三人……いや、三人だ。頭数は有ってる。
だけどどうした、魔女が居なくなっておんなじ顔が二つ並んでるぞ?
「おれら三人ってもとからこの面子だったか?」
「そうですね、変わってはいないです」
「あ、でも、三人じゃなくて四人ですよ?」
「……おう、そうか!」
確認は取ってみたものの余計に混乱し、喜介は思考を放棄した。
笑って頷き、前を見る。
気が付けばあの仔竜は居ない。こちらが進む気だと察して仲間のもとへ帰ったのだろう。
だとすれば、ここからが戦いの始まりだ。
「――来るわよ」
どこからかアンジェラの声がして、喜介が驚きながら集中する。
花と花は弓に矢を番え、前を見る。
そうして間もなく、黄金の仔竜の群れが現れた。
床を駆け、跳ねる者。
空を飛び、突撃する者。
仲間の影から様子を窺いつつ急に飛び出して来る者。
その敵郡に対抗し、木刀振り上げ突っ込んでいく者。
衝突は早かった。
喜介は先頭を走る仔竜へと肉薄し、木刀を振り下ろす。
纏った『黄金の属性』が盾となって身を守るも、喜介の一刀は盾ごと仔竜を叩き付けた。
バゴン!と床に叩き付けられる仔竜。しかし仲間のそんな姿に一切怯まず、次の仔竜が飛び掛かる。
その群れを何処からか飛来した魔力弾が撃ち抜いた。
と言っても流石はドラゴン。魔力の多さは魔力耐性の高さに繋がっているのか、魔力弾を受けても目をぱちくりさせて直ぐに戦線復帰した。
しかし一瞬でも動きが止まれば花が矢を射かける。
石化の呪詛を帯びた矢が仔竜に刺されば、そこから徐々に身体を石に変え、自由を奪う。
呪獣より遥かに小さな仔竜は一矢でも受ければ途端に動きが鈍くなり、鈍ればそこを喜介の木刀が叩き潰した。
降り注ぐ魔力弾が仔竜達を牽制し、動きを止める。
射貫く石化の矢が盾も仔竜も石に変え、弱体化させる。
叩き潰す木刀が石化した盾を砕き、あるいは盾ごと仔竜を捩じ伏せる。
三者三様の戦い方が噛み合い、押し迫る仔竜の群れをものともせずに迎え撃った。
だが、ここまでは竜の戯れ。
猟兵達が強いと、「本気で遊んでも壊れない」と気付いた仔竜達は、急にその動きを変えた。
「ぬおぉ!?」
初めに喜介が仰け反った。
その顔が驚愕に染まる。
――斬撃を、弾かれた。
喜介の『火の構え』から放たれる渾身の一撃は大型オブリビオンでも容易く防げるようなものではない。
そこいらのオブリビオンなら一刀の下に両断せしめるだけの火力を有していた。
だと言うのに、仔竜は木刀に爪での引っ掻きを放つ事で相殺して見せたのだった。
体格差と言うものが有り、喜介が仰け反っただけなのに対し、仔竜は通路の向こうへと吹っ飛んでいってしまったが、喜介にとって問題なのはそこではない。
この道一筋でやって来た全力の大上段。
そう、他の全てを捨て一刀で斬り捨てる、その覚悟の具現とも言える火の構えを……仔竜の爪が弾き返して見せたのだ。
喜介の浮かべた驚愕が驚喜へと変わる。
赤子の手をひねるどころか、一つ間違えばこちらが捻り潰されかねない。
分かってはいるが、挑まずにはいられない。
これは好機だ。
火の構えを、渾身の一刀を、更に磨き上げて究極に近付ける為の好機。
逃す手などどこにある。
「おれだって未だ道半ばのヒヨッコよ! 仲良くやろうぜチビども!」
吼えて構える大上段は火の構え。
一度弾かれたって折れるほど弱くない。むしろ叩き上げて強くなるのが男と刀と言うものだ。
何度だって振り上げ、振り下ろす。
同じく仔竜達も爪を振り上げ、喜介へと飛び掛かっていった。
「こちらも厳しくなってきましたね……!」
花は花で、弓を引き絞りながら逃げ回る。
仔竜が喜介と魔力弾を突破して花へと迫って来たわけではない。ただ『黄金属性』のブレスを放って来ているだけだ。
大小様々な黄金片を含む突風の様なブレスは、花が放った矢を捻じ曲げつつ花を撃ち抜こうとする。
一対一なら攻撃の隙を狙って射貫く事も出来るが、数の多い仔竜はブレスを乱射する事で味方への攻撃まで防いでいた。
「なら、こちらも手数で勝負です! 分身ちゃん!」
「任せてください!」
花の呼び掛けに花が応え、二人の花が咲き並ぶ。
片方は花のユーベルコード『分け身の術』で生み出した分身だ。
奇襲に備え、目を増やす事で不慮の事態に対応しようとしていたが、事ここに至っては手数の方が重要だと切り替える。
回避は最小限に。
弓も限界まで引き絞る必要は無い。
手数を増やし、石化の矢の雨を降らせれば、仔竜はそれだけで制圧出来る。
盾や鱗、その黄金から輝きを奪い、灰色の石に変えていく。
抗うように吹き荒れるブレスも分身ちゃんが前に出て引き受け、呪詛を受け黄金に染まろうと矢を射かけ続ける。
その隙にも石化した部位へと矢を射掛ければ、喜介でなくとも仔竜を容易く打ち砕けた。
「自分とそっくりの姿の黄金像はちょっと見てみたいかも……。でも、今は可愛い仔竜の石像が見たいです」
番えた矢に呪詛を乗せ、呪詛を纏った仔竜へと笑みと鏃を向ける。
二人の花が弓が鳴る度に黄金は輝きを失っていった。
しかして仔竜の本気はこれからだ。
爪と木刀の打ち合いは続き、金化と石化の染め合いも終わらない。
そこにぶち込まれるのは、数匹の仔竜が引き起こす超常現象。
大自然の力を、自然現象を、属性と混ぜ合わせた上で引き起こすユーベルコード。
仔竜の中に眠る永遠に開花する事の無い『可能性』を解き放つ。
それは、言うなれば『黄金の土石流』。
狭い黄金の通路に生み出された大小様々な金塊が、同じく生み出された液状化した黄金に押し流される。
不可避にして不可死。
まさに必殺技である。
「これは想定外ですよ!?」
花が叫び、花にしがみ付く。
制御する気が有るのか無いのか、放たれた黄金の大洪水が通路を埋め尽くし、喜介も花も成す術無く立ち尽くす。
いや、喜介は斬ろうとしただろうか。
ただ、斬るよりも速く、花と喜介は背後に生まれた『蒼炎の溶岩流』に呑み込まれた。
それは青い焔を湛え煮え滾る溶岩の洪水。
仔竜も猟兵も呑み込んだ金と青の超常現象が凄まじい衝撃を生みながら互いを喰らい合い、削れ、消えていく。
遺跡を揺るがすほどの衝撃に壁や天井に亀裂が入る。
そんな中で人影が一つ。
「五行なんて専門じゃないのだけれど」
と、その魔女は言った。
黄金の土石流。
即ち『黄』『金』『水』。
これに克つは『青』『火』『土』。
故に生み出されたのは蒼炎の溶岩流。
ルーンにより強化されたその『相反する自然現象』は、仔竜達との人数差をも埋めて完全相殺にまで持ち込んだ。
轟音と爆音に挟まれたと思ったら、そのどちらもが消滅し、何事も無かったかのように立っている喜介と花。
その二人を見守る様に立つ魔女、アンジェラが、ごくごく小さな安堵の溜息を吐く。
この為に身を隠し、地味な支援に徹していたのだ。
暴れるのも、それを支えるのも、二人に任せてしまえばいい。
ただし、アンジェラが控えている限り、仔竜達の大技は絶対に通さない。
「これぞ再現術師ってね。よく見てたかしら?」
魔女はそう言い、グリモワールを開く。
浮かび上がる魔力弾が黄金の通路を照らし出し、奥の手を防がれ呆然としている仔竜達へと降り注いだ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
シエナ・リーレイ
■アドリブ、絡み可
凄く可愛いよ!とシエナははしゃぎます。
お友達に誘われクラウドオベリスクを訪れたシエナ
そんな彼女を出迎えたのは沢山の可愛いドラゴンの子供達でした
シエナはドラゴン達と仲良くなる為に突撃をします
あははは!くすぐったいよ!とシエナは笑います。
無防備に突撃するシエナはドラゴン達に爪でじゃれつかれてしまいますが[激痛耐性][呪詛体制]【ユーベル】のお陰でくすぐったいだけです
シエナは人懐っこいドラゴン達を片っ端から[怪力]交じりに愛でたり、振り回したりして遊びます
そして、遊びが終われば疲れ果て眠ったドラゴン達を『お友達』に迎える為に[物を隠す]かの如くスカートの中の世界に仕舞う事を試みます
●死に至る遊び
仔竜は好奇心旺盛である。
育ち盛りで知能も高い仔竜は自らの成長の為、何にでも興味を持つ様に出来ているのだろう。
それは人間と同じ。
兎に角何にでも近付き、触れて、嗅いだり、齧ったり。
それは戯れで、つまりはお遊びだ。
人と違うとすれば、その遊びの殺傷力が高過ぎるという事。
そして、敵対すれば明確な殺意を以て殺しに掛かるという事だ。
そんな危険生物にシエナ・リーレイ(年代物の呪殺人形・f04107)は無防備に近付いていった。
「わあ……! 凄く可愛いよ!」
まるで野良猫の集会所を見付けた猫好きのようにシエナは目を輝かせる。
お友達に誘われて来てみれば、沢山の仔竜に出迎えられて大はしゃぎである。
仔竜の方ははしゃぎはしないが、寝転んだり鱗繕いをしたりしながらもシエナの方をじっと見ていた。
当然、その中にはわざわざシエナへと近寄っていく者も居る。
それも一匹ではなく、複数匹。
じゃれつく。
動物的、子供らしい行動。
その行為の対象がどうなるかも知らない、無邪気な攻撃。
それを、シエナは甘んじて受け入れた。
牙も爪も柔らかく受け入れ、致命傷を避けて受け流す。飛び掛かって来た仔竜の一匹を抱き上げて、そのままくるくると回り出した。
無論、満面の笑みだ。
そんな事している間にも足下にじゃれつき胴や背中に飛びつく仔竜の爪がシエナを引っ掻くが、シエナはそれをものともしない。
痛みを痛みとも思わないのは愛情故か、シエナは普通の人間なら既にズタズタになっていそうな『じゃれつき』を受けてもニコニコしている。
どころか、仔竜達が我先に抱っこされたがっていると勘違いしたらしく、しかたないなぁなどと嬉しそうに言いながら代わる代わる仔竜達を抱き上げていた。
仔竜は、たしかに愛らしい。
無垢で無邪気だし、愛嬌もある。
ただその力は竜に相応しく、ましてやオブリビオンである。
仔竜にじゃれつかれると言うのは、いわば羆に襲われるのと同じ事。
背を見せれば追われて殴り付けられ、かと言って迎え撃とうにも強過ぎる。
そんな怪物を相手に遊ぼうなどと猟兵にしても異常な行動だが、シエナの特殊性はそれにとどまらない。
いずれ仔竜がうっかりシエナの首に牙か爪を突き立てるだろう、という誰もが予想し得る結末を裏切ったのは、他ならぬシエナ本人だ。
痛みに強く、身体能力に優れようと、自ら囲まれ遊ばれていればボロボロにもなる。
が、そんな負傷を感じさせない笑顔と怪力で、
――シエナは仔竜を天井へと叩き付けた。
轟音の後、周囲の天井から砂金がパラパラと落ちる。
叩き付けられた仔竜は背中を打った衝撃で呼吸困難に陥り、受け身も取れないままに地面へと落下した。
もがき苦しむ仔竜を見て、他の仔竜達も数秒動きを止める。
「さあ、思いっきり遊びましょう!」
にっこりと。
溢れんばかりの愛情を仔竜に向けて、シエナが笑う。
お友達になる為に。
もっと仲良くなる為に。
その為に、シエナは仔竜を振り回す。
飛び掛かる仔竜を容易く捕らえ、またくるくる回り出したと思えば抱いていた仔竜を壁へと叩き付ける。
脚に噛み付いた仔竜は逆の脚で蹴り上げ、はがれた所を抱き締め、絞殺す。
それはそれは愛おしげに、一匹一匹丁寧に。
愛でる様に、殺していく。
仔竜と言えどそれは恐怖を感じる光景だったろう。
仲間が次々と殺されていく。
それも武器や魔法を用いるわけでもなく、『可愛がり』と言う愛情表現の末に殺されるのだ。
敵意も悪意も感じない。
むしろ愛情を向けられている事を仔竜達なら察していたかも知れない。
だが、その愛情を注がれた者は死ぬ。
故に、仔竜達は攻撃態勢に入った。
敵意や悪意が無かろうと害を為すなら排除すべき敵である。
遠巻きに見ていた仔竜達も立ち上がり、一斉にシエナへと向かっていく。
「あははは! くすぐったいよ!」
そう言って笑うシエナだが、そんな余裕は欠片も無かった。
ただの爪や牙でも脅威になる仔竜だが、本気になった仔竜は『ユーベルコード』を使い始める。
自然の摂理を捻じ曲げる力。
同じくユーベルコードにより身体能力を極限まで強化しているシエナであろうと、その攻撃が直撃して無事で済むはずも無い。
せめて躱せば良いのだが、シエナにはそんな気すらなかった。
これはあくまで仲良くなる為のお遊びだと、シエナの中では揺るがない。
ただの人間どころか猟兵だとしても致命的な一撃を何度も受けながらそれでも立っているのは『ジュリエッタ・リーレイの願い』のおかげか、――それとも、ただの執念か。
自分を傷付けた仔竜、あるいは傷付けようと接近した仔竜を優先的に狙ったのは、たんに近くて捕まえやすいからだろう。
仔竜達がユーベルコードを使い始めても気に留めず、シエナは次々と仔竜を愛で殺す。
抱き締めて絞め殺す。
撫で付けて磨り潰す。
壁や天井に叩き付けるのだってスキンシップの一環だ。
やがて動きを止め、息の根まで止まった仔竜達を抱き上げ始める。
潰れて拉げた仔竜の死骸。それも、シエナにとっては『遊び疲れ眠ってしまったお友達』だ。
「こんなところで眠っちゃうだなんて、やっぱり可愛いですね!とシエナはお友達に毛布を掛けてあげます」
言いながら仔竜に掛けたのは自らのスカート。
毛布代わりではない。シエナがすっと立ち上がれば、一度スカートに覆われた仔竜の死骸は消えてなくなっていた。
シエナの『お友達作り』は終わらない。
その異常事態を前に更なるユーベルコードを紡ぐ仔竜達。
それでもまだ仔竜と仲良くしようとするシエナ。
黄金の呪詛が吹き荒れ、破壊的な爪の一撃と破滅的な超常現象に見舞われようと、シエナはただ、笑って前へと進み出た。
全てはただ、お友達のために。
苦戦
🔵🔴🔴
茲乃摘・七曜
心情
ふむ…、見た目だけ綺麗なのですね
指針
仔竜が塔を守るためにいるが無邪気であると予測
※連携よりも個々の興味や感情を優先する
「未知への興味は押さえ難いものです、えぇ
行動
仔竜が黄金しか知らないと予測し興味を引き、
複数体に狙われない位置取りに留意しつつ引き寄せ各個撃破を狙う
※Angels Bitsでの輪唱、土や水の属性弾で黄金を別の色に塗り替える、二挺拳銃の銃声等
「我先にと押し寄せてくれるといいのですが…
流転
黄金を塗り替える際に杭を仕込んでゆき群れの動きを留めるように発動
「仔竜といえど竜…油断なく戦わせていただきましょう
対ブレス
黄金による物理攻撃と予測し射線に仔竜を挟み行動
呪詛は呪詛耐性でしのぎ行動
天翳・緋雨
どこもかしこも金ピカだね…
サード・アイを起動して黄金の眩さに捉われない様に
仔竜を軽視することは出来ないね…
外見に惑わされずに倒していこう
ユーベルコードは【浮雲】を
通路から僅かに浮いて足音を消しつつ移動する
仔竜と出会ったら壁や天井も足場として
「空中戦」「ダッシュ」「ジャンプ」「クライミング」で立体的に立ち回る
「残像」や「迷彩」で惑わせられるよう狙っていく
回避行動として「見切り」「地形の利用」を
攻撃時には「破魔」の力を宿した瞳で黄金の呪詛の影響を阻みつつ
「属性攻撃」「グラップル」で雷撃を纏った拳打や蹴撃を見舞う
他猟兵と同席するようなら相手のリスクを軽減したり攻撃をアシストできる様にしたい
●金塊に成り果てる
仔竜の無邪気だ。
好きに遊び、好きに食べ、好きに寝る。
それが仔竜自身を育み、強くする。
しかし基本的には単体で最強足り得るドラゴンは群れる事が無く、仔竜も巣立ってしまえばバラバラになる事が多い。
つまり連携は基本的に取らない。
共闘はするが、皆が思い思いに攻撃し、時に同じ攻撃が重なって強化される事が有るくらいで、連携とは言い難い。
結果として、仔竜は策と言うものに滅法弱いのであった。
「まさかここまで効果的とは……」
茲乃摘・七曜(魔導人形の騙り部・f00724)が少々引き気味に呟く。
目の前には仔竜が居て、七曜の手刀を浴びて呆気無く頽れていた。
とどめを刺すのも忍びないが、さりとて相手は竜、そしてオブリビオンだ。
油断無く、落ちた仔竜の命も詰む様に、追撃の肘鉄が仔竜の頸椎を砕いた。
同じく、見た目に惑わされまいと気を強く持った天翳・緋雨(時の迷い人・f12072)も、雷撃を纏った拳で仔竜の額を撃ち抜いた。
黄金の鱗は重く、伝記を通しやすい。
飛び込んだところにカウンターを合わせるだけで重さが破壊力となって跳ね返り、それが脳に近い額に雷撃付きでとなるとほぼ即死級のダメージとなっていた。
無論、相手は仔竜。子供と言えどドラゴンだ。
本来であればユーベルコードも用いず易々と討ち取れる程弱くは無いのだが、そこは七曜の策が効いていた。
と言っても、何も特別な策ではない。
とてもポピュラーでシンプルな作戦。
それが、『誘き寄せて各個撃破する』だ。
「ボクたちが強くなった気さえするね、これは」
緋雨も戸惑いながら仔竜を蹴り飛ばす。
その蹴りに纏った雷撃が打ち据えた首から黄金の鱗を伝い、バチンッと仔竜の脳を焼く。
仔竜は沢山居るが、群れている、と言う訳ではない。
各々この遺跡の中で好きに過ごしている。
仲間意識はあるようだが、基本的に『常に一丸となって行動する』というわけではなく、まんまと策に引っ掛かっていた。
内容も単純だ。
気を引き、引き付けて、叩く。
一匹だけ誘き寄せれば最高だが、数匹ずつでも十分効果的で、群れでの戦いとなっても一匹だけ突出させるだけで同じ事が出来る。
気を引くのに苦労は無かった。
この遺跡には黄金しかなく、仔竜達以外の生き物も居ない。
食事情は不明だが遺跡深部に大群で居る以上、その全てが外と行き来しているという事も無いだろう。
なにより仔竜は無邪気だ。
何にでも色んな意味で喰い付き、色んな意味で吸収し、色んな意味で強くなる。
だから、七曜が歌ったり、属性弾で黄金の色を変えたり、二挺拳銃の銃声を響かせたりするだけで、いちいち露骨に反応し、そして飛び込んで行ってしまう。
あとは浮遊拡声器『Angels Bits』に飛び掛かった仔竜を横から叩き落としたり、変色した黄金に夢中の仔竜を後ろから蹴り飛ばしたりするだけ。
その手の『興味を引く』と言うのは緋雨も得意としており、アシストのつもりで飛んだり跳ねたり踊ったりして見ただけで簡単に同じ事が出来た。
「……未知への興味は押さえ難いものです、えぇ」
なんとなく相手方をフォローするような物言いにもなる七曜。
緋雨もそれには同意しつつ、サードアイで油断無く前を見ていた。
眩い。
黄金の遺跡は灯りも無いのにやけに明るく、二人の持つ暗視技能が無くても問題無く戦闘出来るほどだ。
それどころか進む程に黄金は輝きを増し、目も眩むような妖艶な光彩を放ち始める。
「どこもかしこも金ピカだね……」
「ふむ……見た目だけ綺麗なのですね」
二人が言う様に周囲は黄金に彩られ、荘厳なまでに圧倒的な存在感を放つ。
もとは巨大な石を積んだだけの遺跡で通路も部屋ものっぺりとしていたのだが、時折見かける程度だった彫刻などの装飾が増え、今では一面彫刻に加え調度品まで揃えられていた。
元々の通路の広さも相まって、レッドカーペットを敷けばそれだけで黄金の宮殿になりそうなほどの豪奢さを誇っていた。
ただ、それほどの黄金に囲まれたとなると、浴びる呪詛の量も半端ではない。
七曜は呪詛を悠々と受け流し、緋雨は纏わりつく度に引き千切って祓い退けていたが、一般人なら余裕で憑り殺されていただろう。
そして、その変化は仔竜達にも表れた。
「――ッ!」
身を翻し、緋雨が仔竜の攻撃を避ける。
誘導に掛からなかった個体は流石に正面から叩きのめすしかない。反転し叩き込んだ裏拳から雷撃を放ちつつ、緋雨が少し後退する。
「効き難くなってきましたね」
作戦は変えていない。
ただ、作戦を知った仔竜は漏れなく討っているので、作戦内容が他の仔竜に漏れる事は無い筈だ。
ではなぜ効かなくなったのかと思えば、それは呪詛の影響以外にありえないとすぐ分かる。
そもそもが露骨だ。
仔竜が策に掛からなくなったのと同時に、個体としても強くなっている。
その身の黄金も、通路同様、どんどんと輝きを増していた。
この遺跡の黄金は魔女竜が作り出したもの。そこに宿し周囲を侵す呪詛もまた、魔女竜が生み出したものだ。
黄金の塔を守る魔女竜の呪詛、それを宿す黄金に染められた仔竜達も、その影響下にある。
つまり、仔竜達は知らず黄金の塔を守る為に戦わされるという事。
策に掛かり難くなったのは、仔竜自身の興味よりも『外敵を排除しろ』と呪詛が強要しているからだ。
勿論、仔竜が強くなったのも同じ事。
呪詛が強まれば仔竜は力を増し、そして傀儡になっていく。
やがて無邪気さの欠片も無い無機質な黄金の守護者と成り果てる。
「ボクたち自身が囮になれそうだね」
まっしぐらだ、などと茶化す緋雨は、誘き寄せではなく回避行動として飛び跳ねる事が増えていた。
七曜も唄や二挺拳銃を攻撃に用い、体術と合わせてほとんどただの迎撃に徹している。
連携を取らない仔竜達に、呪詛が連携を強制する。
情報さえ呪詛が共有しているのか、策どころか攻撃まで読まれ始めていた。
空振る腕、歌声を掻き消す呪詛の波動、二挺拳銃も雷撃も仔竜を覆う液体金属に阻まれる。
そうして時間が掛かれば、通路の奥から更に追加の仔竜がやって来る始末だ。
「まずいですね……」
七曜が呟き、魔導弾を通路中にばらまいた。
弾丸から天地左右に撃ち込まれた杭が表すは七曜。通路を覆い始めたのは『流転』の術式。
無限の循環が全てを永久にする封印術式を使えば少なくとも一時撤退は出来るだろう。
そう思って七曜が発動タイミングを窺っていると、緋雨が杭を跨いで前へ出た。
「ボクが引き付けるよ」
緋雨が両手に紫電を走らせ、仔竜達と向かい合う。
正面からやり合うつもりは無いし、その必要も無い。
仔竜の無邪気さは奪われ、ただ猟兵を殺す為に動くオブリビオンとなった。が、それは強くなったと言う訳ではない。
一匹ずつおびき寄せるのは困難になったが、引き付けるだけならむしろ興味を引く必要が無い今の方が楽なくらいだ。
であるなら、群れごと引き付けてしまえばいい。
「それでは、お願いできますか?」
「うん、任せて」
二人は頷き合い、そして分かれた。
七曜が後ろに引きつつ歌と二挺拳銃で仔竜達を広範囲で薙ぎ払う。
巻き添えを喰った周囲の壁や調度品が砕け散り宙に舞い、緋雨はそれらを纏う様にして自らの迷彩に変える。
七曜の弾幕は仔竜を削り殺すに十分な威力を持つが、仔竜は直ぐに纏った黄金を盾にして突っ込んできた。
盾ごと貫くには火力が足りない。そこに、緋雨が飛び込み、自らの盾で視界が狭くなった仔竜の死角から一撃を見舞った。
破魔の雷撃は呪詛の障壁を焼き祓い、仔竜へと致命的なダメージを叩き込む。
とどめは後回しだ。
一撃離脱を試みる緋雨に仔竜の群れが殺到すれば、緋雨はそれを跳んで避ける。
散々パフォーマンスとして見せてきた技だが、その程度では収まらない。
見せ物の域を超えて、見えなくなる程の技。
緋雨はただ速く動くのではなく極端な緩急を付けて動き、飛び、壁も天井も利用して予測不能な軌道で駆け回る。
その結果生まれた幾つもの残像に踊らされ仔竜達はあらぬ方向に飛び掛かっていく。
そうして、そんな仔竜の急所を七曜の弾丸が的確に撃ち抜いた。
状況が変わろうと、敵が強くなろうと、的確に確実に仔竜を沈めていく二人。
それをどうにかして止めようと仔竜達は尚更緋雨に殺到するが、届かない。
地を蹴り、壁を掴み、天井を駆け、文字通りの縦横無尽ぶりを発揮していた緋雨は、あろう事か何も無い空中でまで跳躍して見せたのだ。
空を蹴って跳ぶ。軌道を変え、加速し、あるいは急停止する。
迷彩で捉えにくい上に大量の残像まで残す緋雨の神業に仔竜達は成す術も無く蹂躙される。
呪いを祓う雷が幾度となく竜を撃ち、やがて仔竜達は決断した。
――天変地異を引き起こす。
黄金属性と自然現象を掛け合わせた全く新しいブレス攻撃。
七曜の位置取り、緋雨の捉え難さの為、仲間を巻き込みかねないとして仔竜達が使っていなかったユーベルコード。
群れはしなくとも仲間意識はある。それを利用されてはいたが、事此処に到って仔竜達は仲間を巻き込む事を覚悟したのだ。
それは制御が難しい半面、威力が異常なまでに高い。
仲間を巻き込む覚悟さえ決まれば、後は全員でブレスを吐くだけで、通路上には何一つとして残らないだろう。
躱す事も受け止める事も出来ない最大火力。
それを見て、緋雨が足を止めた。
「お疲れ様です」
飛び続け息が乱れた緋雨に七曜が言う。
ただ、その言葉は仔竜達にも向いていた。
不可避のブレス。
黄金属性と自然現象の合成。
天変地異を引き起こすブレス。
どれも恐ろしいが、――七曜の発動した『流転』は、それらを全て封殺する。
指一本動かせず、瞬き一つ許されない。
まるで永遠の地獄の様な術式の中に、まんまと仔竜達は誘導されていた。
逃げの一手ではなく攻めの一手。
その一手は、間違い無く仔竜達を詰ませていた。
「おつかれさま」
今度は緋雨が七曜に言う。
息を整え、拳を握り直して。
●塔の中の塔
四角推を模すこの遺跡は、俗に塔とも言われている。
天を衝く様に尖っているからだ。
同じく天を衝くクラウドオベリスクも方尖柱、すなわち塔と呼ばれている。
実際に天に届くわけではないが、それでも巨大なオベリスクを内包しているこの遺跡。
それがどう言う事なのかを確認したのは、七曜と緋雨の二人だった。
「これは……」
「絶景だね」
二人が揃って息を飲む。
辿り着いたのは吹き抜けの様な広間だ。
位置的には遺跡の地下なのだろうが、上下に広く取られた空間はただただ広い。
そしてそこに黄金の塔は有った。
まるで地下の巨大な空間に高層ビルを丸ごと突っ込んだかの様な光景だった。
二人がやってきた通路の入り口からは丁度目の前に塔の切っ先が見え、広間の壁沿いに備えられた階段を下りて行けば塔の土台へと辿り着けるだろう。
しかしそんな事がどうでもよくなるくらい、七曜と緋雨は立ち止まっていた。
目の前の黄金が、余りにも美し過ぎたのだ。
太陽になぞらえる事も有る黄金だが、目の前の塔は、まさに太陽だった。
自ら煌々と輝き周囲を照らす金色の塔。
その威容は、その光景は、どこにも存在しない筈の物。
黄金の塔とは、太陽の塔だったのだと、これを見たものは思うだろう。
だがその塔は何よりも美しく、何よりも穢れている。
その塔を輝かせるのは悍ましくも忌々しい呪詛の力だ。
そしてその根源が、塔の根元に居る。
魔女竜アヴァール。
呪詛渦巻くその中心で、その竜はただ、猟兵達を睨みつけていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『呪われしアヴァール』
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POW : もっと素敵な姿にしてあげる
自身からレベルm半径内の無機物を【撫でることでモンスターの形】に変換し、操作する。解除すると無機物は元に戻る。
SPD : 呪いの宝珠
【呪いの宝珠から放たれる魔弾】が命中した対象に対し、高威力高命中の【侵食する黄金化の呪い】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ : カタラ・ギフト
自身の【コレクション】を代償に、【相手に憑依しようとする呪いの装飾】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【憑依した相手を黄金の像に変える呪詛】で戦う。
イラスト:もにゃ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「ナミル・タグイール」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●呪詛孕む母体
「やられちゃったみたいだね」
可哀相に、と黄金を身に纏った竜が呟いた。
仔竜達は黄金龍として期待していたのだけれど、とも。
それでも竜は、猟兵達に敵意を向けていない。
それどころか待っていた。
「私のコレクションを減らしてくれた分、もっと素晴らしいコレクションに成ってもらわないとね」
言いながら撫でる黄金が、金山羊の仮面へと形を変えた。
しかし、少し考えた後、それをまた別の形に変える。
「呪うのも良いけど、丸ごと黄金に変えるのも良いよね。
場所、足りるかな。広げようかな? それとも――」
――また地上近くに置いて、欲深い人間を誘い込んでコレクションにしちゃおうか。
竜はそう言って笑う。
「釣られちゃうよね、黄金だからね。仕方ないよ。私のコレクションは特に素敵なんだから」
ああ、だから早く来てくれないかな。
新しいコレクション。
素敵な素敵な黄金細工。
誰だって綺麗な物には惹かれるし、自分も綺麗になりたいと願うもの。
竜はそんな願いを叶えるのだ。
永遠の輝き、究極の美。
そうやって殺してあげるから早く来て、と。
竜は待ち焦がれる乙女の様に、微笑んでいた。
茲乃摘・七曜
心情
なるほど、黄金の主に相応しい竜ではありますね
指針
直接戦闘よりも搦手を主軸にすると予測
「相手の居城に乗り込むのですから仕掛けには十分注意を
行動
戦場にある魔女竜のコレクションの位置を把握し魔女竜の扱いを確認
二挺拳銃から属性弾をばらまき、破壊するぞぶりを見せながら周囲の黄金を傷つけないように状況の構築
※衝突直前で浮遊させる等
「さて、呪詛に塗れた黄金は砕かせて頂きます
防御は回避を主軸に行動し、創り出した魔物どうしが阻害しあうように誘導
流転
コレクションを術式内に閉じ込め保護を行い代償とさせない
(塔を傷つけられ、仔竜を討たれそれでも余裕を見せるなら…魔女竜にとって黄金は集める物であり創り出すもの…!)
ルカ・ウェンズ
少し前に竜騎士に転職したから、竜の強さを確かめにきたわよ…本当は黄金に釣られてきました!それはそれとして侵食する黄金化の呪い。念のために相棒の宇宙昆虫達は今回は留守番よ。
【行動】
黄金は欲しいけど、呪いの宝珠から放たれる魔弾は恐ろしく危険だわ。
だから私は対オブリビオン用スタングレネードを使い【恐怖を与える】ことで動きを止めて、その隙に幸せの青い鳥これを使って欲望の力と速さの力で戦うわよ。
敵に【空中戦】を仕掛けて魔弾に当たらないように【残像】が見えるような速さで飛び回り、私の【怪力】とオーラ刀を使い翼を狙って攻撃。上手く翼を切り落とせて動きが鈍くなったら味方と一緒に敵を囲んで叩かないと!
シエナ・リーレイ
■人形館
■アドリブ可、真の姿発現
みんなどこ?とシエナは辺りを見回します。
仔竜達と仲良くなり『お友達』に迎えてご機嫌なシエナ
仔竜と共に先に進んでしまったお友達のテフラ君達を追いかけます
やっぱりやられてるよ。とシエナは呆れます。
漸く見つけたお友達は黄金像にされていましたがテフラ君からの事前の頼みから予想が出来ていました
シエナは【ユーベル】によりお友達を『お友達』にすると母竜に向けて進み始めます
『お友達』は既に黄金に成り果てている為に呪詛を意に介さない体を活かしシエナに迫る脅威を対処してゆきます
そして、母竜の元に辿り着けばシエナの『母竜と遊ぶ』というお願いに反さない範囲で好き勝手に動き回るでしょう
テフラ・カルデラ
【人形館】で参加
アドリブ可
【POW】
今回みなさんのバックアップできたのですが…シエナさんが暴走しだして身の危険を感じて逃げてきました
そのおかげで黒幕の部屋にきました!他の皆さんとも合流しました!多分シエナさんは放っておいても大丈夫でしょう…
相手は黄金化の力を持つ…ならばこちらも対抗してユーベルコード「黄金呪術球」をぶつけます!
おぉ…珍しく当たった…いや、相手が受け止めた!?その球が段々形変わって…モンスターに変わった!?
さ…さすがにこれは予想外なのです…!モンスターに捕まった!放してください!
…って身体が金に変わってる…もしかしてユーベルコードの能力が残ってます!?
あぁ…動けな…い…よ…
赤嶺・ふたば
■人形館で参加
テフラさんと合流して戦闘
ここでコレクションになるわけにはいかないんだ。ここでアンタを倒してたっぷり稼がせてもらうさ
おそらくバックショットでは弾かれるからショットガンの弾をグレネード弾に換装してみよう
もし護衛のモンスター等が来たら優先的に迎撃して【眷属への誘い】でぬいぐるみにでも変えて操ってみよう
まずい・・・装飾に憑かれて黄金像にされそうだ・・・だがまだ終わっていない【メタモルボディ】でアンタもぬいぐるみに変えてやる
・・・うん・・・あれ?なんだか今まで戦っていたはずなのに遊びたい気分だ・・・。そうださっき自分についた装飾でドッジボールでもしてみようかな
(アドリブOKです)
水野・花
■人形館
テフラくん達と合流して一緒に戦います。
確かに黄金像にされた自分の姿とか見てみたいとは思いますが、あなたにコレクションされる訳にはいきません。
そっちが黄金化ならこっちは石化で対抗します。
「石化の呪い」で攻撃します。ルクくんと連携して相手を石化させます。
相手の魔弾は敢えて避けません。攻撃に集中してこっちが呪いに侵食されて黄金像にされる前に相手を石像にしてしまいましょう。
もし黄金像にされてしまってもテフラくんが黄金像にされてしまった場合の作戦も用意してあるって言ってましたしね。黄金像にされた場合はその作戦に賭けましょう。
(アドリブ歓迎です)
ルク・フッシー
■人形館
■アドリブ可
心情◆う…強そうなオブリビオンですけど、がんばらなきゃ…
大丈夫…テフラさんには『黄金像にされた時の策』があるみたいですし…
…ほんとに大丈夫、でしょうか…?
行動◆テフラさん達と共にボスに挑みます
【束縛塗装】を使い、灰色の塗料を飛ばす事によりアヴァールや呪いの装飾を石化させようとします
反撃を受け黄金像にされる事も【覚悟】のうえで、攻めの姿勢で戦います
黄金像にされている間は、全く動かない体で怯えながらも、仲間と『策』を信頼しています
シエナさんに『お友達』にされたら、行動原理を『母竜(アヴァール)と遊ぶ』に書き換えられているものの、黄金像にされる前と同じように【束縛塗装】を使います
上野・修介
※アドリブ、連携歓迎
「気色の悪い竜だな」
だが、何が相手だろうとやることは変わらない。
――熱はすべて四肢に込め、心を水鏡に
【覚悟】を決め、腹を据えて【勇気+激痛耐性】推して参る。
調息、脱力、戦場を観【視力+第六感+情報収集】据え、敵の戦力、総数と配置、周囲の遮蔽物を確認。
得物は素手格闘【グラップル】
UCは防御強化。
無駄な動きを抑え、近くの敵を盾にする、または周囲の遮蔽物を利用【地形の利用+学習力+戦闘知識】し雑魚を処理。
機を伺い、竜の隙を量【見切り】る。
竜への障害を排除したら、UCを攻撃強化に切り替え、最短距離を【ダッシュ】で懐に肉薄し【捨て身の一撃】による裏当て【鎧無視攻撃】を叩き込む。
梅ヶ枝・喜介
見渡す限りの金ピカかい!
おい竜よ!
これがアンタの誇るモンか!
誰であってもどんな事柄であってもよ!
本気で研ぎ澄ましてきたモンなら、そいつァたいそう華やかに咲く宝よ!
見事!御見事!
こんな光景、他じゃあ見た事がない!
度肝を抜かれた気分だぜ!
へへっ!ならよう!
良いモン見せて貰った礼に、おれの誇るモンも目に焼き付けて貰おうか!
アンタが黄金に並々ならぬ思い入れがあるように!
おれにも並々ならぬモンがあるんだわ!
遠慮は要らねぇ!
加減は出来ねぇ!
髪の毛の先から足の爪先まで!おれの全霊を込める一太刀!
木刀を振りかざし大上段に構える!
おれもアンタも一つの事しか頭に無い大馬鹿だからよ!
どっちが上か、試してみようやァ!
アンジェラ・アレクサンデル
金細工は嫌いじゃないけどアンタのそれは嫌いよ
だって持ち主の性根の悪さが滲み出てるもの
だから貰ってあげるわアンタのコレクション
白紙のカードをあるだけ取り出し
一緒にグリモワールも開きましょう
ただ盗るだけじゃつまらないもの
魅せ方も大事でしょう?
風を操る呪文を唱えて流れを操作
その流れに乗せてカードを飛ばしましょう
出来るだけ目立たず戦闘に紛れこませましょう
吹きなさい悪戯好きな妖精の風。アタシの願いを届けてちょうだい
UCを使い白紙のカードで振れて装飾に変えられる前のコレクションをカードの中へ
めぼしい物を回収したらカードは再びアタシの手の中に
アンタのコレクションありがたく頂戴するわ
せいぜい有効に使ってあげる
天翳・緋雨
正直、黄金には興味無いなあ…
もっと心を揺さぶる輝きをボクは知ってる
竜宝珠は黄金化補助装置かな?
だったら壊されたくないよね
ユーベルコードは【陽炎】を
他の猟兵も集うだろうから全ての力を遊撃に注ぎ込むよ
宝珠を狙う「フェイント」「演技」で他の攻撃手を活かしつつ隙あらば破壊
被弾しても「激痛耐性」で効かないフリ
瞳に宿る「破魔」の力で呪詛に干渉して自身へのダメージや周囲の被害を軽減しつつ立ち回りたい
攻撃は「属性攻撃」「グラップル」「誘導弾」で雷撃を放ったり身に纏っ
て殴ったりする
好機とみたら「破魔」の拳撃で
「残像」「見切り」「地形の利用」「ダッシュ」「第六感」等をフル活用して直撃を避けつつ動き回る
●魔女竜と人形館
かつて黄金郷と呼ばれた国が有る。
それは桃源郷や理想郷の一種であり、その言葉は多くの人々を惹きつけた。だがその国は未だ見つかっておらず、探す者ももう居ないだろう。
が、かつて其処を目指した者ならば、此処こそがそうだと確信したであろう。
それほどの黄金が塔の周囲には立ち並んでいた。
輝くだけではない、細部にまで拘った豪奢な彫刻。同じ黄金でありながら僅かな色合いの違いさえ感じられる匠の技の数々。遠目に見れば黄金の海に圧倒され、間近に見ても隙の無い芸術品に感動するだろう。
もはや一つの街だ。
黄金の教会、黄金の噴水、黄金の宮殿などの建築物から、黄金の仔猫、黄金の雲雀、黄金の人々まで。
例え黄金に興味が無い人間であっても、この街を見て回るのに一切の感動も無く終えると言うのは難しいだろう。むしろ進んで観光に精を出す人間の方が多い筈だ。
ただし、黄金郷の主に気に入られればだが。
「あぶなっ……あぶないです! やめてくださーい!」
悲鳴を上げながら黄金の中を走り回っているのはテフラ・カルデラ(特殊系ドMウサギキマイラ・f03212)だ。
その後を追うのは黄金の怪物達。獅子や虎を模した四足獣型の黄金は、オブリビオンではないものの、膨大な呪詛と人を喰らう程度の力は持っている。
主に認められなければこのようにして追い立てられ、黄金郷を見て回るどころか走り回る羽目になる。
「君はなんだか、か弱いね?」
黄金の尖塔の上に座り込み、膝を抱えたアヴァールが言う。
見下ろした先のテフラは一番乗りで飛び込んできた割には逃げ回るばかりで、反撃らしい反撃もしてこない。
それもそのはず。
テフラのユーベルコードは相手を『黄金化』させると言うもの。
元より黄金でしかない怪物達には無意味も無意味、相性最悪と言って良かった。
ただ、何と言うべきか……。
……アヴァールの目からは、テフラから妙な余裕、あるいは『欲望』が見て取れた。
「黄金に対する執着とも違うようだけど……あと息の荒げ方が妙に激しいし……」
あれはいったい何なのだろうと首を捻りながらも、アヴァールは更なる黄金を嗾ける。
今度は黄金の鷲。いや、鷲をも喰らうような巨怪鳥。猛禽ならぬ猛金がその質量を以て空を舞い、テフラ目掛けて急降下していく。
空を舞う金塊。その重量と重力加速度によるまるで爆撃の様な破壊力が黄金の煉瓦道を穿ち、寸での所で回避したテフラが衝撃で転がった。
立ち上がる間も無く四足獣型が瓦礫を超えて飛び掛かり、テフラは更に転がる事でこれもギリギリ回避する。
「ま……待って! 予想の100倍つらいです! 皆さんはやく来てくださーい!」
テフラが泣き喚きながらもなんとか立ち上がり、再び黄金街を走り出す。
元々一人でここまで来るつもりではなかったのだ。
友人であるシエナが暴走し始めたので身の危険を感じて逃げて来たのだが、気が付けばより危険な場所へと飛び込んでしまっていただけだ。
見るからに依頼の目標である『黄金の塔』が有るので、逃げ回っていればその内他の猟兵が来てくれる筈。
なのだが、兎に角攻撃が激しい。
大体の能力は事前に聞いてはいたものの、『黄金を操る』という能力がこの黄金郷ではどれ程の脅威になるかは抜けていた。
まさか、近付いて反撃を浴びせる事すら困難だとは。
テフラからもアヴァールの姿はずっと見えていた。
尖塔の上で優雅に座って見下ろしているが、距離は直線でも50m以上。パッと飛び込める距離じゃない。
加えて向こうは尻に敷いた尖塔を撫でるだけで付近の黄金から色んな動物や魔物を生み出してこちらへと嗾ける事が出来るのだから、ワンサイドゲームも致し方ない。
流石、ドラゴン。
竜の巣に飛び込むという事がどれほど無謀であり、蛮勇と呼ばれるものなのかを、テフラはその身で味わった。
しかしそれでも逃げ切って見せるのが猟兵だ。
「まだ早いです!」
ふんすと気合を入れ直し、金獅子と金鷲のコンビネーションアタックをひらりと躱す。
捕まるのは良い。ただ咬み砕かれたり引き裂かれたりはちょっと違う。何が違うかはノーコメント。
兎に角逃げるテフラは逃げながらに気が付いた。
何故アヴァールが常に視界の中に居るのか。
「もしかして……!」
アヴァールは黄金の怪物を操る。
それは命令を下せば後は勝手に戦ってくれるというものではないのだろう。
前情報からも知れている『モンスターの形に変換し、操作する』という能力の意味。それは、
「つーまーりっ!」
叫び、テフラが黄金の民家へと飛び込んだ。
開けっ放しの窓から飛び込めば、そこにも目が眩むような黄金の家具の数々。
それらを蹴散らして廊下へ出て、別の部屋から窓を超えて外へ。
その後を追ってきた金鷲達が窓を越えて正面の壁に突き刺さり、更に続く金獅子の群れが窓枠もその先の壁も粉砕していく。
窓枠を越えた怪物達は、先程より余程滅茶苦茶に暴れ回り、家具も家屋も関係なく破壊の限りを尽くし始める。
――やっぱり。
テフラは見た。自分の眼前で、しかし何も無い空間へと爪を振るう怪物を。
奴等にはテフラの姿が見えていないのだ。
それもそのはず。黄金が怪物を象った所で、その瞳に何が映るわけでもない。
所詮はただの動く彫像。瞳も脳も感覚器の一切も持ち得ない。
それでもテフラを狙って攻撃してきたのは、アヴァールに操作されていたからに過ぎない。黄金達は自律して動いているわけではない。だからアヴァールが見て、的確に操らねばならないのだ。
なら、アヴァールにだけ気を付けていれば良い。
アヴァールの死角に飛び込むだけで黄金達は無差別な破壊しか出来なくなる。そして、黄金達は索敵には使えない。
分かってしまえば簡単なことだ。さっきまでは目に映る物全てが敵の地獄に思えた黄金郷が、身を隠し敵を欺くのにこれ以上無く特化した天国にすら思えてくる。
「テフラさん!」
そうこうしている内に、遠くから声がした。
アヴァールの視線を切りつつ逃げまわったテフラが、息も絶え絶えにそちらへ向かう。
「遅れました……」
「テフラくん、大丈夫ですか?」
そこで漸く合流を果たしたのが、赤嶺・ふたば(銃と魔法が好きな傭兵魔術師・f15765)、ルク・フッシー(ドラゴニアンのゴッドペインター・f14346)、水野・花(妖狐の戦巫女・f08135)の三人。
テフラが逃げ惑いながら結果的に注意を惹きつけていたため、あっさりとここまで来れたらしい。
駆けずり回って息も絶え絶えなテフラは三人のもとへと駆け寄り、先程気が付いた黄金の怪物達の弱点を伝える。
直後、その後ろから迫る黄金の獣の群れへ、花が掌をかざし、ルクが絵筆を振り抜いた。
放たれるのは赤い光と灰色の絵の具。
齎されるは『石化』の異常。
殺到した黄金の獣の群れがその先頭から輝きを失い、灰色の軍勢となり替わる。
だが止まらない。
アヴァールの力は黄金に限らず『無機物』を操る事。
しかし勝手は違うのか、明らかに動きが鈍化した。
ルクがその威容に大きく狼狽えるが、ふたばは怯まずグレネード弾をぶち込む。
黄金化や石化なんて言うトリッキー極まりないユーベルコードの応酬の中、唐突にぶち込まれた火力の暴力。この程度ならば事象を捻じ曲げる必要も無いと言わんばかりの現代兵器による攻撃に、剣と魔法とユーベルコードしか知らない魔女竜が僅かに驚いた。
続く次弾は怪物の足下に着弾し、凄まじい衝撃と轟音の後、群れが木っ端微塵に吹き飛ばされる。
石化による鈍化よりも脆化が役に立ったと、ふたばが再度グレネード弾を装填した。
「黄金化には石化で対抗します」
むんっと胸を張る花。金とて鉱石、ならば黄金化も一種の石化と言える。それならば石化のプロ(?)たる花が後れを取るはずも無い。
「全身黄金で重そう……なら、足下だけ狙いましょう……」
同じく石化のユーベルコードを操るルクが怪物達の威容に怯えながらも筆を執る。
石も大抵堅いが、脆い物は木材よりも脆い。手足がそんな物に変換されてしまえば怪物達は自重で崩壊するだろう。
問題は手足が砕けようとアヴァールの操作に支障が無い場合だが、それなら全身石化して打ち砕けばいい。
次弾の装填を終え構え直すふたばが、自前の黄金球を構えたテフラが、石化した怪物達を粉砕する。
「黄金が石榑になって鉛玉にぶち抜かれるのは見てて爽快だね」
などと笑うふたばだが目は真剣だ。
手にした銃はランチャーではなくショットガン。グレネード弾の構造上、ただでさえ短い射程が更に短くなり、爆発範囲や破片などにも気を付けなければならない。
銃火器を気軽に扱えるなんて人間はそう居ないだろうが、特に激戦ともなれば頼れる仲間が邪魔になる事も有り得る。
だが、今日であって急造チームを組んだわけではない。何故か一人足りない気もするが四人はちゃんと連携するためにチームを組んで来たのだ。
テフラも心強さに安堵を浮かべ、そして少しだけ残念そうに眉を下げた。
そうして四人が合流し、粉砕された黄金像の向こうを見やる。そこには視界確保のために下りてきたアヴァールが、静かに微笑んでいた。
黄金の教会が掲げる看板代わりの十字架。その、悪趣味にも黄金と呪詛で創り上げた聖印を足蹴にして、魔女なる竜は聖母が如く微笑する。
「う……」
ルクが一瞬怯むが、耐える。
強者の放つプレッシャーには黄金の呪詛が混じっており、息が詰まるような瘴気と化している。それを前にしてたじろぐ事も無い方が普通ではないだろう。
ルクほどでほはなくとも花もふたばも息をのみ、テフラも身震いして息を荒げた。
「強そうなオブリビオンですけど、がんばらなきゃ……」
「一緒にがんばりましょう、ルクくん」
自らを鼓舞するルクの背を支え、押す様に、花が隣に並び立つ。
二人は石化のユーベルコードを扱う猟兵同士。ただでさえ強力で凶悪なユーベルコードが、力を合わせる事で更に強化される。
先程の獣の群れを見ても分かる通り、黄金を石化させるのは有効だ。
鈍化に脆化、それに呪詛まで石化して封じ込める事が出来る。
問題は生物と違って直接撃破には繋がらない事だが、それを補ってくれる他の仲間がいる。
「ここでコレクションになるわけにはいかないんだ。ここでアンタを倒してたっぷり稼がせてもらうさ」
前に出たふたばがショットガンを突き付ける。
火力担当だけではない。ふたばのユーベルコードもまた自然の摂理を捻じ曲げる法外な効果を持つ。
ただ、それでも、油断も安心も出来はしない。
「稼ぎたいのなら仕事を間違えたね。まあ、カネに目が眩むのもキンに目が眩むのも同じ事だけど」
逆に油断し切ったように見えるアヴァールが教会の屋根を撫でる。
指でつぅーとなぞるだけ。それだけで、屋根は金色の怪物へと姿を変えた。
それまでの獣から魔物に近付いたフォルム。四足で這う、鱗と顔の無いトカゲ。それが次々と、目算七体は這い出て来て猟兵達へとにじり寄る。
残っていた金獅子や金鷲も加わり、猟兵達はあっさりと取り囲まれた。
そして、直ぐに黄金の群れは襲い掛かる。
迎撃は先程と同じ。
花の放つ赤光と、ルクの迸らせた絵具、そしてふたばのグレネード弾が、黄金の怪物を打ち砕く。
姿が厳つくなろうと黄金は黄金だ。操る者とその力が同じなら見た目の違いに大きな意味は無い。
むしろ怪物の巨体は攻撃が当たり易く、爆風をもろに浴びて四散していた。
「視線を切って! 攻撃躱しやすくなります! それと、黄金化の呪いは気にせず、わたしに任せてください!」
テフラが叫びながら後ろに引く。
逃げるわけではなく、仲間が戦っている間に後ろから攻撃の機会を窺うためだ。
対象を黄金化させるテフラの攻撃は黄金そのものである獣の群れには全く効果が無い。しかし、アヴァール自身はドラゴンであり、黄金で着飾ってはいるが黄金で出来ているわけではない。
直接攻撃を通す事が出来れば、完全な黄金化にまで至らずとも、勝機はある。
そう考えたテフラは逃げも隠れもする。
あと、黄金化はしなくても単なる打撃も出来る。一応。
「テフラさんは無理しないで。黄金化する前に黄金化されるから」
「それは最高ですね!」
「えっ?」
「えっ?」
今なんて言った?という顔で見つめ合うテフラとふたばを押し込み、花とルクが走り出す。
ここはまずい。アヴァールの視線を切れとはテフラの言葉だが、周囲の黄金が猟兵の姿を映し出すので遮蔽物の多さに対し死角と言うものが極端に少ないのだ。
「あちらの狙いははっきり言って粗雑ですけど、だからこそ視界の端にでも捉えられれば黄金が一斉に襲い掛かってきます」
「リスクないですからね……うぅ、強い……」
ルクがまた怯むも、足は震えない。
策があるとテフラは言った。それに仲間と一緒ならこの程度の怪物群はどうにかなる。なんとかできる。
覚悟を決めて筆を執るルクは大きく弧を描いて筆を振るった。
飛び散るインクは粘度高めのビビットカラー。明るく鮮やかなペイントは黄金を塗り潰し、周囲を壁も床も無く彩っていく。
「黄金の反射はボクが塗り潰します……!」
ルクが絵筆を振るいながら言う。
死角の確保、それだけではない。
時折振るう灰色の絵の具弾は塗り潰すだけではなく、石化も齎す。
恐ろしい重量の黄金建築物の壁や柱をそれで石化させるだけで倒壊し始め、怪物達の足止めを兼ねつつ安全圏を次々と生み出していく。
「すごいです、ルクくん!」
その雄姿を讃えながら花も負けじと手をかざす。
掌から放たれる赤い光はまだ塗られていない黄金に反射し、効果範囲を広げていく。
上手く行けば直接アヴァールの目を石化させられるかも知れないし、それを警戒してアヴァールが目を背けてくれれば御の字だ。
例え上手く行かなくとも周囲の黄金街は灰色に変質し、ゆっくりと崩れ去っていく。
黄金の反射は鏡ほど完璧ではない。半端に反射するせいで花にとって最高の舞台装置となっていた。
「酷い事をするなあ……」
遠くからアヴァールが憤る声が聞こえる。
崩壊する黄金郷は石化し崩れ去ったせいで土煙さえ充満し始め、遺跡内が無風なのもあって非常に見通しが悪い。
ぶちまけられたビビットカラーが目を引き過ぎて猟兵達の姿を直ぐ見失ってしまう。特に絵の具を被った怪物を動かしてしまうと、一瞬それが猟兵だと勘違いしてしまうありさまだ。
「仕方ないなぁ。本当は吟味してからにしたかったけど……もう黄金になってくれていいよ、君達」
――黄金が欲しいでしょう?
――なら、あげるよ。
――君のぜんぶを黄金に変えてあげる。
呪詛の声が響く。
黄金郷に渦巻く呪詛の根源にして自らもまた呪われた魔女竜。
その類稀なる美貌を湛えた純金の装飾が、ふわりと宙に浮かび上がった。
「コレクションが来る……!」
ふたばが反応し、ショットガンを構えた。
本能的に分かる。あれは操作型じゃない。完全自律型だ。
それを証明するかのように、宙に浮いた幾つもの装飾はそのまま猟兵達が居る方へと飛んで来た。その経路は明らかなアヴァールの死角に入り、どんな感覚器を持ち合わせているのか、猟兵を見付けるや否や真っ直ぐに飛び掛かってくる。
「全員伏せて!」
速い。だが、反応し切れなくはない。
獲物が怪物から装飾になっただけだと、ふたばは襲い来る黄金の装飾へとグレネード弾を叩き込んだ。
撒き散らされる熱と衝撃。直撃を受けた黄金のティアラがねじ曲がり、半分溶解して彼方へと吹き飛ばされる。
「粉々になってくれれば早かったんだけど……!」
手早くショットガンを構え直し、次のコレクションも弾き飛ばす。だが、同じく直撃を見舞ったにも拘らず、コレクション――黄金のブレスレットは、大きく後退するだけで留まった。
コレクションによって強度が違う。が、何が基準になっているかは一見にして分からない。
「だれか目利きの技能とかもってませんか!?」
「アートなら……でも速過ぎて……!」
「持っていたとして、鑑定しているヒマはなさそうですね……!」
四人とも迫るコレクションから逃げながらどうにかしなければと対策を練る。
練らなければ、迎撃すらままならない。
追って来るのは怪物像と同じだが、突っ込んで来るだけのデカブツと違い、コレクションズはやたらと機転が利くからだ。
花の放つ石化の赤光は浴びせた瞬間に身を隠して回避する。光が届かなければそこで石化は止まり、範囲や射程を伸ばそうとすれば石化速度が落ちる事を感じ取っているのだろう。
花とは違いルクの絵の具は対象に付着する事で石化させる。結果、絵の具を拭えないコレクションズは当たれば逃げ隠れしたところで石化が止まらないのだが、そもそもとして絵の具がなかなか当たらない。
光と絵の具、それぞれの長所と短所をなんらかの方法で見抜いたコレクションズは怪物像とは比べ物にならない程に厄介だった。
「……ここまでですね」
花が足を止め、呟く。
攻撃を躱しながらも攻めの姿勢で、なんて仲間と決めていたが、攻め入る隙が余りにもない。
このまま突っ込んだところで勝機は無いだろう。
それを察してか、ルクも怯えながら立ち止まる。
「覚悟は……できてます……!」
怖い。
だけど、一人じゃない。
コレクションズに憑依されれば黄金化されてしまうだろう。
だが、テフラは策があると言った。
怪物像に潰されるとどうにもならないが、黄金化ならばどうにか出来ると。
ならばそれを信じて攻め込むのみ。
「こっちは任せて」
ふたばがショットガンの弾倉に炸裂弾を放り込む。
テフラも黄金球を抱えて頷く。気のせいか羨ましそうな目で二人を見ながら。
――攻める。
と言っても、覚悟を決めた所でアヴァールへ近付けるわけではない。
それでも正面突破に臨む花とルク。
そうすれば、届かずとも、無視する事は出来ないはずだ。
「もう一度合わせましょう」
「うんっ」
二人は笑い合って武器を構えた。
花のかざした両掌から、赤い光が溢れ出す。
それは花の抱えた呪いの一端。
黄金郷に渦巻く呪詛の中でさえ交じり合う事無く花を蝕む呪詛の濁流。
放たれた光は黄金の怪しき輝きをも喰らい、黄金郷を元の石だらけの遺跡へと変えていく。
「範囲、出力、最大です……!」
両手が更に煌々と輝く。
黄金に反射し、その先でもまた反射を繰り返し、赤い光は黄昏の様に黄金郷を赤く染める。
その赤光を浴びたコレクションズは慌てた様に物陰へと隠れようとする。先に石化した建物の影や、あるいは花の背面へと。
それを阻むのは、ルクの絵筆だ。
愛用の特大絵筆が含む大量の塗料。土属性を象徴する灰色は、目を焼き心を乱す黄金を石化させる。
ただそれだけでは周囲の建築物にしか当たらない。コレクションズは的にするには小さく、素早いからだ。
でも、腹を括り一歩深く踏み込めば。
そして、花の赤光により僅かに鈍った今ならば。
「やあっ!」
水分多量の染料が気合いと共に振るわれる。
踏み込みの分勢いを増した筆先は放射状に染料を撒き散らし、壁や地面に激突して飛び散っていく。
染料自体に攻撃力はない。ただ当たりさえすれば良い。
浮遊するコレクションズはそれ故に急な旋回や制動は不得手と見えて、降り注ぐ灰色の雨を前に成す術も無く濡れそぼる。
赤光と染料。晴れのち雨のコンビネーションは呪詛など容易く洗い流していく。
そのまま露と消えはしないのが悍ましき呪い。
流される呪詛。
押し退けられる黄金。
それらは、渦を巻き、また戻ってくる。
「ルクくん!」
「っ!」
花が危険を察知し、咄嗟にルクを突き飛ばす。
その手首に、黄金の腕輪が巻き付いた。
「……くぅ……!」
奇妙な感触。
手が痺れて感覚が失われた時に似た違和感。
欠け落ちたかの様に何も感じなくなった手首から先は、金色に輝いている。
「この程度……!」
花が苦し気に叫び、無事な方の手で腕輪を引っ掴む。
零距離の赤光。それは元より小物程度のサイズのコレクションを瞬時に石化させ、崩壊させた。
呪詛比べは花の圧勝。だが、自分の腕まで同じ様にはいかない。一度石化させ黄金化の呪詛を塗り潰し、ゆっくりと解除していかなければならない。
――対策が早い。
花の対応ではなく、コレクションズの対策が。
赤光も染料も貫通力は無い。攻撃力が無い以上、敵の防御を打ち破るには防御自体を石化し瓦解させなければならず、時間が掛かる。
ふたばの火力はそんな弱点を補っていてくれたが、彼女を逃がして残った二人では単純火力を発揮しにくい。
その隙を突くべく、コレクションズは盾役と矛役に分かれ、重なり合う様にして突撃して来たのだ。
そうして突破した後、狙ったのは二人の攻撃に不可欠である『手』。
掌が金に覆われれば、絵筆を持つ手が固まれば、二人は石化を振り撒く事が出来なくなる。
だからどうした。
ルクが花を見つめる。
礼の言葉も心配の声も無い。
それだけで分かる。
二人は無言で走り出した。
花の片手では範囲も出力も落ちる。しかしさっきので零距離なら瞬殺できるのが分かった。
それはきっとルクも同じだ。撒き散らしても躱されるのなら、直接絵筆で塗ったくればいい。
二人の石化なら道を切り開くのも容易い。
「さあ、黄金郷が瓦礫の山に変わる前に、降りて来て貰いましょうか」
「ボクは逃げません……!」
宣戦布告とも取れる言葉と共に二人は黄金郷を駆け抜ける。
弱点は二人だけではなく、コレクションズにもある。それが守備の弱さだ。
怪物像はその巨体と破壊力で猟兵達をアヴァールから引き離し立ち塞がれるが、コレクションズではそうもいかない。撃破では無く突破を目的とするなら二人の石化から逃げ回るばかりのコレクションズの方が余程やりやすい。
そして、怪物像は二人の石化に滅法弱い。
無謀な正面突破だろうと、容易に阻まれたりはしない。
「――コレクション、減らしたくないんだけどなぁ」
挑む二人に魔女竜は苦笑しながら応じる。
猟兵達を見下す態度を取りながらも決して実力を軽んじ見誤る事はない。
故に、更なる財を投げ打って、アヴァールは『黄金の装飾品』を追加した。
数十にも及ぶ、超一級の黄金細工。
それだけに留まらず、追加の怪物達まで作り出す。
「盾役に怪物を、矛役に装飾を。どちらも捌き切らないと死体か黄金になっちゃうからね」
それじゃあ楽しませて貰うよ、と。アヴァールは邪悪な笑みを浮かべてそう言った。
上等。
今更花も、そしてルクさえも、魔女竜の放つ呪詛と圧力に気圧されたりはしない。
殺到する大小様々な怪物達を障害物にして逃げ回りつつ、確実に前へ、前へと押し迫る。
だが同じ様に確実に、二人は呪詛に蝕まれていった。
大小様々なのは怪物像だけではない。
ティアラを叩き落としたと思った瞬間、砕けた金の破片に混じって純金のピアスが花の耳を刺し貫いた。
瓦礫を踏み越えようとしたルクの脚には金鎖のアンクレットが蛇の様に忍び寄って絡み付き、バランスを崩した隙に次々と金細工の装飾に飾り付けられる。
個々が小さく、呪詛も弱い。故に黄金化も致命的にはならないまでも、戦闘力が削れていくのはそれだけで致命的だ。
「――!」
ルクが叫ぶ。が、花にはそれが聞こえない。
砕ける黄金の破砕音に耳がやられたわけじゃない。ピアスの呪詛が耳を黄金化させ、聴覚を奪っているのだ。
そこまで至ったのなら逆にやり易い。
すべての攻撃を迎撃ではなく突撃に使う。
ルクが黄金化し動かなくなった膝から下をそれでもギプスや義足の様にして無理矢理に走り始める。
守りの分まで攻めに注ぐ。
ただ一直線にアヴァールの元へと向かう道を作る。
花が赤光を前方に放てば、怪物像も建築物も足下から石化し、自重によって崩れ落ちる。
それをルクの叩き付けた塗料が糊の様に繋ぎ止めて石化し、二人が通り抜けられるだけの空間を維持する。
もともとルクの『束縛塗装(バインド・ペイント)』は動きを封じる為のユーベルコードだ。集中的に石化させれば堅牢な岩盤にもなる。
それは花の『石化の呪い』も同じ。状況に応じて二人は役割を交換しながら駆けていく。
そうして二人は黄金の街を倒壊させながら突き進む。
時折纏わりつく装飾品にも、呪詛にも、怪物像にも、目もくれない。
「へぇ……?」
アヴァールが目を細める。
魔女竜が腰を下ろした教会。その前の広場にまで、遂に二人が辿り着いたからだ。
「そんなに黄金になりたくないの?」
「確かに黄金像にされた自分の姿とか見てみたいとは思いますが、あなたにコレクションされる訳にはいきません」
花の言葉にルクが頷き、ちょっとして「えっ」と驚く。
そんな二人の姿に魔女竜は笑みを濃くして、立ち上がった。
「――イイネ。二人まとめて、『黄金化(あい)』してあげる」
笑う。
恍惚に濡れた瞳で。
拒否権など無い。
むしろ猟兵達が抗う程にアヴァールは喜ぶ。
「人の中にある黄金。それもね、大好きなんだ」
だから寄越せと、片手を二人へと突き出した魔女竜の背後から怪物像と化した教会の屋根が持ち上がる。
津波の様に押し迫る無数の怪物達。
その物量を瞬時に石化できるほどの力は二人には無い。
だから教会の柱を石化させ、倒壊を目論見、失敗した。
「柱まで……!」
効果範囲約50m。
アヴァールの触れた無機物は怪物像となり操られる。
今までは遠くから怪物像が襲って来るだけだったが、効果範囲内に踏み込めば黄金郷の全てが怪物へと変貌し猟兵達を襲う。
石化させた柱は怪物になり二人へと飛び掛かり、崩れかけた天井も怪物へと変わり崩落を食い止める。
足元を揺るがす事さえも出来ずに二人は頭上と正面から怪物の猛攻を受ける。
「……まだです」
ルクが絵筆を振るう。
動きを縛る、それは無意味ではない。
一度石化させれば怪物像の動きは鈍り、壁や地面に繋ぎ止めればアヴァールが再びユーベルコードを使わなければ動けないままだ。
花がやってみせたように、呪詛で呪詛を塗り潰す様に。
ここからはユーベルコードの上塗り合戦だ。
赤光が瞬き、灰色の雨が降る。
黄金がうねり、二人を呑み込もうとする度に、怪物達は頭を垂れて動きを止める。
「――……!」
アヴァールの顔から僅かに笑みが消え、緊張が浮かぶ。
嗾けた黄金の怪物像が、二人のユーベルコードによって石の階段へと変わっていく。
石化した怪物像の頭と背を踏み付け、なおもアヴァールへと向かっていく。
その執念は、魔女竜の抱く黄金への執着にさえ劣らない。
だが、執念だけでは届かない。
石階段を上るルクの脚が止まる。
アンクレットの呪詛により、遂に膝も、股関節も、黄金化してしまったからだ。
しかしまだ手は動く、手が動くなら筆を執れる。
同じく耳から顔、やがて脳まで黄金化されつつある花はふらつきながらも進んでいく。
その背中を、今度はルクが支え、押してあげる様にと、絵筆を振るった。
届かないのは承知の上。
二人の赤光と染料を阻まんと、魔女竜の背後から怪物像が飛び出してくる。
それでも攻撃の手を弛める気は無い。
だから、
その攻撃は、魔女竜へと届いた。
「――そういうことか」
魔女竜の左腕が、灰色に染まる。
赤光と染料は魔女の呪詛を跳ね除けて喰らい付き、腕一本を毟り取るに至る。
それもこれも、壁になろうとした怪物像を別の怪物像が殴り飛ばしたからだ。
「私はそんなの作った覚えはないんだけど?」
「だろうね。こいつを作ったのは自分だからさ」
振り向いたアヴァールに、怪物像の背に乗ったふたばが答える。
ふたばが乗っているのは怪物像……の、ぬいぐるみ。生地は金色だが身体は柔らかく、何より支配権がアヴァールからふたばへと移っている。
「本当は死体や気絶中の相手じゃないと効きづらいんだけどね。――アンタさ、この街、『黄金化した死体』で作っただろ」
ふたばが言う。
彼女のユーベルコード『眷族への誘い』は本来黄金相手に効果を及ぼすものではない。だが、怪物像にはユーベルコードが完璧に作用し、ぬいぐるみ化と同時に支配下に置けた。
それはつまり、そう言う事。
対象が正しく死体であったと言う証。
黄金郷の全てがそうだとは言えないまでも、石を投げれば当たる程に人や魔物の死体が溢れかえっている。
「君も美しい黄金にしてあげるよ」
「その前にアンタを可愛いぬいぐるみにしてやるさ!」
教会の屋根が、壁が、それらを伝って隣の家々が、黄金の怪物像へと変わっていく。
だがそれらを抑え込む様に幾つものぬいぐるみが現れ、怪物像を押し潰す。
アヴァールほど無尽蔵に増やせるわけではない。だが、今から作るアヴァールと既に作り終えているふたばがやりあえば、軍配はふたばへ上がる。
「遅いッ!」
花とルクが派手に暴れてくれたおかげで、こんなにも堂々と背後を取れた。
仕掛けも十分。
ここで確実に押し切る。
構えたショットガンに込められたグレネード弾は、金塊だろうと竜の鱗だろうとぶっ壊す。
その威力を見ていたアヴァールも銃口を向けられてぼうっとはしていない。
石化した片手を上げ、その腕を黄金化させて防御姿勢を取る。
直後、その金の掌に炸裂弾が着弾した。
熱と衝撃が金の指を引き千切り、肘まで損壊させる。
片手を捨てた渾身の防御により致命傷は避けられたが、アヴァールは血を撒き散らしながら後退した。
「もう一発……!」
照準を合わせ、ふたばが引き金を絞る。
同時に足下がぐにゃりと歪んだ。
怪物生成の応用。後退し屋根に手を付いたアヴァールはそこからふたばの乗ったぬいぐるみの足下を怪物化したのだ。
咄嗟に照準がぶれない様に銃身を支えるが、放たれた炸裂弾はアヴァールの頭上で爆発した。
外した。しかし至近弾だ。
熱と衝撃はアヴァールを打ち据える。
直撃と至近弾を連続で見舞われ、流石のドラゴンもぐらついた。
立ち上がろうにも平衡感覚が狂い、ふらついて膝を付く。
その隙を逃せない。
怪物と共にぬいぐるみが教会へと落ちていく。その背中から飛び降りてふたばはショットガンに弾を込め直す。
構える。
狙う。
今度こそ確実に吹き飛ばす。
その瞬間、ふたばはアヴァール以外の全てを忘れた。
「惜しかったね」
アヴァールが嗤う。
照準は額にぴったりと合わされていた。
なのに、引き金が動かない。
――違う。動かないのは指の方だ。
「……いつの間に」
ふたばが眉をひそめて自分の腕を見下ろす。
そこには黄金化し指一本動かせなくなった自分の腕と、その腕を覆う黄金のブレスレット。
それはアヴァールの吹き飛ばされた腕に付けられていた装飾品。最上級のコレクション。
腕を吹き飛ばされながら放たれた呪いのアクセサリーは、狙いを定めるのに集中していたふたばの意識の隙間を縫って憑依していたのだ。
「本当に惜しいよ。私の大切なコレクションをまた使っちゃうなんて」
ふらつく頭を振って、魔女竜が立ち上がる。
そうしながらも生み出す怪物像は周囲のぬいぐるみを逆に抑え込んでいく。
形勢再逆転。
嗤う魔女に、ふたばは気丈にも笑みを返す。
「まだ終わってない」
「だろうね」
笑うふたばを、やはり嗤う。
そして勢いよく振り向いた魔女竜の背後には、黄金球を抱えたテフラが飛び掛かっていた。
花もルクもふたばも皆、黄金と化していく。
それを救えるのはもはやテフラただ一人。
散々逃げ回っていたウサギキマイラの奇襲を、しかし魔女竜は読んでいた。
だが、何をしてくるかまでは分からない。
ここまで一度もまともに戦っていないテフラの攻撃。
何をしてくるのか――いや、待て。
――あの黄金球、すごく『善い』な。
魔女竜の顔から笑みが消える。
欲に塗れた瞳が欲に渇く。
黄金に魅入られた呪われし魔女は、無意識で手を伸ばしいていた。
欲しい。
その黄金が欲しい。
もう、それしか考えられない。
「『黄金呪術球(ミダス・ハンド・ボール)』ぅ!!」
テフラが叫び黄金球を投げ付ける。
ならばそれは攻撃だ。
決して受けてはならない逆転の一手だ。
だが、受け止めねばならない。
だってそれが欲しいから。
パシッと、乾いた音がした。
「おぉ、珍しく当たった!」
テフラが着地しながら露骨に喜ぶ。
黄金球を手にした魔女竜は……恍惚とした表情で固まっていた。
それはミダスの名を受けたユーベルコード。触れた物全てを黄金に変える彼の王と同じ、命中した相手を黄金に変える必殺技。
無論、それを受け止めたアヴァールも黒い鱗が金色へと変わっていく。
「ふふ――」
だが、その変異は途中で止まる。
どころか、手にした黄金球の方が変貌していく。
もはや見慣れた、怪物の姿へと。
黄金化の呪いを塗り潰す黄金化の呪い。
呪詛は蠱毒の様により強い物が残り、そしてその強さを増していく。
「あ、あれ……?」
嫌な予感がした。
が、逃げるには遅過ぎた。
黄金球から生まれたロバ耳の亜人像が、テフラをあっと言う間に捕らえ、屋根に押し倒した。
それだけではない。まだユーベルコードの効果が残っているのか、亜人像に触れられた箇所からテフラが黄金化を始めていた。
「さ……さすがにこれは予想外なのです……!」
亜人像に組み伏せられ、成す術も無く黄金へ変わっていくテフラ。
身体の感覚が失われ、末端に感じた冷たささえあやふやになり、じわじわと自分が自分ではなくなっていく。
その恐怖と絶望さえやがて失われ、頬を伝う一筋の涙までもが金の粒へと変わり果てた。
彼の王はその手に触れた食べ物や飲み物さえ金へと変えてしまい、その力が破滅に到る事を察したと言う。
その王の名を冠した技を操るテフラもまた、その力によって破滅するのは必定だったのだろう。
「うん、素晴らしい、ね」
ただその破滅を愛でる様に魔女竜が笑う。
黄金球を元に戻すか、それとも亜人像のままテフラとセットで飾ろうか、魔女の興味はそこへと移っていた。
やはり黄金は善い。
濁り曇った眼でテフラを見つめるアヴァール。
その、一瞬の隙を突いて、ふたばが動いた。
半分以上が黄金化した身体で、残った片腕で出来る事。
テフラと同じだ。
ここまで温存してきたユーベルコードを、ここで……!
「アンタをぬいぐるみに変えてやる」
最期の力を振り絞って放つ、『メタモルボディ』のユーベルコード。
石化や黄金化に並ぶ『ぬいぐるみ化』の力。
しかしそれは、アクセサリーに阻まれた。
まだ残っていたコレクションズ。それらが一斉にふたばを、そして花とルクを覆い、急速に黄金化を速めていく。
「素敵な黄金が四つ、無傷で手に入るなんて嬉しいな」
弾む声で少女の様に喜ぶ魔女竜。
片腕が失われ、血を流しながらでも、黄金を入手出来た事で良しとする。
呪われている。
この遺跡は、彼女の呪いで満ちている。
そんな魔女竜が秘宝を取り出し、半壊した街を再び黄金化し修復していく様を、もう誰も見ていなかった。
●市街戦・開戦
「止まりましたか……!」
インゴットの金畳を爪先で蹴って駆ける茲乃摘・七曜(魔導人形の騙り部・f00724)が呟いた。
ちら、と見やったのは黄金の塔を挟んで反対側の街。そこではつい先程まで派手な戦闘音が轟いていた。
それが止んだと言う事は、そこで戦っていた猟兵達は撤退したか倒されたかしたのだろう。
心配が必要なほど猟兵は弱くない。恐らくは無事であろうと思うが、しかし遠方の教会上に鎮座するアヴァールは健在。撃破は叶わなかったという事だ。
「ボクたちが見つかるのも時間の問題かな……」
七曜に並ぶ天翳・緋雨(時の迷い人・f12072)もアヴァールが動き出すのを確認してそう言った。
反対側の猟兵達が大暴れしている間に緋雨達は黄金の街を駆け抜け、アヴァールや黄金の怪物達の目を盗んで塔へと向かっていた。
想像を上回る巨大な空間に膨大な量の怪物達を相手にしてはいかな猟兵と言えど数十人は集合しなければ手が足りない。ならば頭を叩こうと思い立ったのだが、先陣切って突っ込んだ一団が居たおかげで予想よりはるかに深く懐まで潜り込めた。
それもここまでだと、緋雨は言う。
「おう! やあっと押っ始められるってえことだな!」
ぐっと警戒を強める二人を尻目に、先頭を走る梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)が嬉しそうに木刀を振り上げた。
正面切っての大立ち回りならば無類にして無双の強さを発揮する喜介も無数の怪物達に加えて周囲の建物すら敵になり得るという状況下では戦い難い。不利を押して剣を振るのが常とは言え、「どうせ振るなら懐に飛び込んで頭に振り下ろしては?」という七曜の提案に非も無ければ否やも無かった。
非は無くとも、是とも言えず。
つまり、どう転ぼうと是非も無い。
「なんで嬉しそうなのよこの馬鹿は……」
喜介とは対照的に多少げんなりしているのはアンジェラ・アレクサンデル(音響操る再現術師・f18212)だ。
金細工は嫌いじゃないがアヴァールの生み出したそれは下手物に過ぎる。見てくれだけなら上手物なのが更に不快感を煽り、ましてやそんな物が街と化すほど溢れかえっているのだからげんなりもする。
黄金の呪詛に塗り固められた死の匂い。
この遺跡は元より墓所だったのだろうが、それにしても夥しい程の死が冒涜されている。
真に上物を探そうにもそれは砂漠の針に等しく、ならばこちらが魅せてやろうと意気込もうにも黄金の怪物達相手では気が乗らない。
「気色の悪い竜だな」
同じく上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)が不快感を露わにする。
実戦と鍛錬を繰り返し日々練磨に明け暮れる修介は実直にして堅実と言って良い。戦闘において常に油断無く覚悟を決めて臨む。故に、不確かな物に縋る事はあまり無いのだが、しかし常人より遥かに鋭い第六感が明確にアヴァールを拒絶していた。
そしてそれは街に対しても同じ。
呪詛に対する嫌悪ではなく、アンジェラほど明確に嫌う理由もないが、ただただ竜も街も、『気色が悪い』――。
「私は素敵だと思うわよ?」
二人とは別に特に嫌悪のないルカ・ウェンズ(風変わりな仕事人・f03582)はきょとんとした顔で言う。
先日竜騎士に転職したルカとしては竜たるアヴァールの強さには興味が尽きず、まあそれは建前にしても兎角黄金には釣られざるを得ない。
さっきから踏み締めては蹴っ飛ばしている石畳ならぬ金畳も一片引き抜いて持ち帰ればどれ程の財になるものか……などと考えていたら偶々小さな虫の形の黄金像を見付け、反射的にルカはそれを手に取った。
「あら、それは上物ね」
「……何も感じないな」
ふとそれを見たアンジェラと修介が意外にも不快に思わなかったらしく、ルカはよくわからないまま上機嫌でそれを懐へ仕舞い込んだ。
「さて、いよいよ来ますよ」
各々が思い思いに駆ける中、遂にその姿がアヴァールに捕捉された。
教会の十字架の上。呪詛と黄金で染め上げた邪なる聖印に鎮座する魔女竜は、黄金街に潜む猟兵達を見てにたりと笑った。
「――来るぞ」
修介が短く告げた瞬間、四方から化物の群れが襲来した。
黄金街を目もくれず削り取りながら殺到する巨大な怪物像。鳥獣に似た物から複合獣、あるいはアックス&ウィザーズに蔓延る数多の怪物に似た姿。多種多様でありながら一様に黄金と呪詛に包まれたそれらは一糸の乱れも無く猟兵達へと飛び掛かる。
轟くのは先程まで遠方に響いていた金属質な破砕音。
黄金が拉げる程の剛腕で殴り付けられ、爪や牙で抉り取られ、終いには砕け散る。石造りや木造建築の家々が破壊されるのとはわけが違う。もはやそれそのものが攻撃かのような耐えがたい破砕音が鳴り響いた。
「――耳が痛いですね……!」
七曜が呻く。
搦め手で来ると睨んでいたが、質量と物量に任せた単純な破壊が音量にまで飽かして叩き付けられるとは思っていなかった。
黄金は文字通りの金属。擦れ合い奏でられる金属音は歌を武器とする七曜には殊更耐え難く耳障りな物だった。
「派手な出迎えだな! ご苦労なこった! こいつは駄賃だ、とっときなぁ!」
「趣味じゃないけど、だからこそ貰ってあげるわ。ええ、取り上げてあげる」
聴覚を通して激痛を叩き込まれた喜介とアンジェラが前へ出る。
喜介は手にした木刀を振り上げ、聴覚が麻痺し失われた平衡感覚をものともせずに踏み込んだ。
一方でふらつきながらもグリモワールを開くアンジェラは、そのふらつきさえ利用してカードを数枚空中に放る。
黄金片が舞い散りきらきらと輝く周囲。その眩さに紛れ、白紙のカードが風に乗る。アンジェラが紡ぐ風の呪文は金粉を孕み黄金の旋風となり、目眩ましを兼ねて敵郡を打ち据えながらカードを遠くへと運ぶ。
続いて振り下ろされた喜介の一刀は打ち据えるどころでは済まされない。巨体故の面積の大きさが仇となり強風で傾ぐ怪物を、風ごと切り裂き打ち砕く。破砕音とは似ても似つかぬ、高く澄んだ両断音が辺りへ響き渡った。
「行こう」
目眩ましと迎撃。それに紛れて、緋雨が走り出した。
あとに続く修介とルカ。三人はあれだけの爆音を耐え切り、冷静に状況を見て動いていた。
聴覚をやられた二人が反撃に転じ、残りが紛れて更にアヴァールへと迫る。
瞬時に立てた作戦だが、走り抜ける三人と視線が交差した瞬間に喜介とアンジェラは頷いた。
さっきまでは別の一団が引き付けている間に進んで来れた。だから、今度は自分達が引き付け役に回る番だ、と。
「私も残りましょう」
残る覚悟を決めた二人の後ろに七曜が立つ。
七曜もまた金属音爆撃に耐えきっていたが、バランスを取ってこちらに残る事にした。
搦め手の警戒は二人では難しい。囮としても人数が多い方が気を引ける。
「コレクションへの執着を測りたかったのですが、それももう必要ないようです」
「こっち以上に気を遣ってないわね」
「派手で結構だけどな。気前が良いってのは好きだぜ!」
縦に並んだ三人の猟兵が、それぞれの武器を構えて立つ。
前には喜介、後ろにアンジェラ、最後方には全方位警戒を怠らない七曜が付く。
殺到したせいで風通りの悪くなった黄金街の一街路にて、荒れる突風が怪物を押し退け、烈火の一撃が金塊を金屑へと変える。
「有難い。あれならばやり易い」
三人の激戦を後ろに置き去り、修介が呟いた。
「伝えた通り、怪物共に目は無い。竜の視線にだけ気を付けろ」
「うん。あれなら目以外もないだろうね。ぐっとやりやすくなったかな」
修介が一目で看破した敵の弱点を緋雨が補足する。
ルカも言われて直ぐに納得した。
アヴァールに発見されてからの強襲の速さ。逆に、ここまでの隠密の容易さ。それらは全て、アヴァールただ一体が黄金郷全域を監視していたが故だったのだろう。
それが分かってしまえば簡単だ。そこら中に点在する黄金の怪物像、その目の前を駆け抜けていける。
「怪物の姿で動き回ってはいても、生きているわけじゃないものね」
作り物の目や耳では何も捕らえられない。つまるところ、怪物達による攻撃はアヴァールが魔法か何かで黄金を投げ付けて来ているのとそう違いないという事だ。
完全に自律行動出来るタイプではなく、索敵にさえ使えない。知れば笑えるほどに穴だらけだ。
だが、脅威である事に変わりはない。
黄金は砕けようと消えはしない。
ならば、アヴァール在る限り、黄金の怪物は無限に生み出され続ける。
「そしてそれは、洗練されていくでしょうね」
ルカが笑う。
やがて怪物達は猟兵にとって最も忌むべき形へと変わるだろう。
巨大で強靭な怪物か。影の如く捉え難き怪物か。恐れ惑わし心抉る怪物か。或いは得体の知れない怪物か。
それこそが『モンスター』と呼ばれるに相応しい。
「そうなる前に叩く」
そうなっても叩くが、と続ける修介。
「他のユーベルコードもあるからね。対処は万全じゃないと」
それでも足りないくらいだけど、と緋雨が額のバンダナに触れる。
まだ猟兵達はユーベルコードを使ってはいない。同じく、アヴァールも幾つもあるユーベルコードの内、一つ目のユーベルコードを、実に乱雑に扱っているに過ぎない。
音沙汰のなくなった猟兵の一団がどこまでアヴァールに迫れたかは分からないが、まだまだ竜の本気は垣間見えてすらいないと思った方が良いのだろう。
「それならお二人は温存してもらった方がいいわね」
と、そう言ってルカが構える。
武器と言うにはやたらと小さなそれは、ぽんと無造作に空中へと放り投げられた。
その直後、横道から飛び出して来た黄金の怪物達が三人の行く手を阻む様に並び立ち、それとほぼ同時にルカが投げた『何か』が爆発した。
一瞬にして周囲が真白に染まり、街中に聴く事すら困難な超音波が反響する。
非殺傷武器、スタングレネード。
音響閃光弾の名の通り、音で耳を、光で目を潰し、制圧の足掛かりとする個人携帯兵器。
ルカが放った対オブリビオン用のスタングレネードは黄金郷の壁の反射を利用して三人を発見したアヴァールの脅威的な視力を非情にも焼き潰した。
流石に距離が距離だ。視界を覆い視力を完全に奪う程の効果は無かっただろう。
そんな、ただの一撃。
少し目を焼かれただけ。
だがその一撃が稼いだ視力回復までの数秒で三人は再び補足されない場所へと逃げ込み、同時にアヴァールは『敵を注視する』という事に恐怖を刻まれた。
武器は猟兵にとってユーベルコードに次いで大切な物。戦いの行方を左右する重大なファクターだ。が、たった一つで戦況を覆すような事は滅多に無い。
今回ばかりは状況に偶然突き刺さったと言う他無い。
とは言え、タイミングだけは間違い無くルカの技能があってこそ。
ついでに炸裂音に紛れて家の壁(黄金製)を蹴り抜いて退路を作ったのもルカならでは。
「この距離じゃ隙を突きたくても突けないわね」
そう言いながら残念そうにオーラ刀の刀身を霧散させるルカを見て、続く二人が顔を見合せた。
「……これは、このままアヴァールのもとまで辿り着けそうだね」
「ああ。だがより警戒し、頼るのは発見されて逃げ切れない時だけにしよう」
頼もしい仲間が揃ったものだと、誰ともなく思う。
そんな三人のはるか後方では、主人の目を焼かれて動きを止めた怪物達が次々に爆砕されていったのだった。
●市街戦・熱戦
怪物達の数が露骨に減ったのに気が付いたのは、最初の一群を蹴散らしてすぐだった。
「なんでえ、歯応えがねえな!」
バギンッ!と金塊を両断しながら進む喜介は不服そうだが、アンジェラと七曜は安堵していた。
アヴァールに接近するまではあまり消耗したくない。体力に自信がある喜介は兎も角、魔法や消耗品に頼る事の多い二人は最悪戦えなくなる可能性まであるからだ。
「数が減ったのは、向こうを警戒しているからでしょうか」
隠密を継続した他三人。その行方を捜しながらこちら側の相手をするのは難儀なのだろう。
仮説が正しければ怪物達は自律行動は出来ない。なら意識が逸れるだけで一気に弱体化する。
いかなドラゴンと言えど二局同時進行は荷が勝ち過ぎるらしい。と、アヴァールが先程見失った別働部隊にしてやられた事を知らない七曜は考える。
「このまま行けるなら行きましょう。あの魔女竜には目に物魅せてあげないと」
アンジェラはそう言いながらカードを回収し、再び風に乗せてばら撒く。
その大胆な発言に喜介は同意し、七曜も頷いた。
陽動として派手に暴れるのは効果的だが、消耗を避けたいのであまり取りたくない手ではある。
それに比べてアンジェラの提案したアヴァールへの接近は、それだけでプレッシャーを与え、注意と戦力を引き付けられる作戦だ。
誰だって遠くで暴れている敵より真っ直ぐ突っ込んで来る敵の方に危機感を抱くもの。最終的には接近しなければならないのも含めて、最低限の消耗で最大限の効果を得られるはずだ。
「ただ、視線を切れなくなれば一気に激化するはずです。そこまでは直行し、そこからは出方を見ましょう」
「ああ、異論無しだ!」
七曜に返した喜介がぐんと加速する。
後ろの二人さえ引き剥がしかねない速度で怪物像の懐に飛び込んでは、そのまま両断せしめた。
「単純な作戦ほど映えるわね。ちょっとやそっとじゃ止まらないわよ、あいつ」
「ええ。ですから、そろそろ別の手を打って来るはずです」
アンジェラの起こす風を追い風にして走る二人はアヴァールを見やる。
変わらず十字架に座っている魔女竜だが、じっと見ているだけではない。あれはあのままで猟兵達を相手取れる、規格外の化物なのだ。
だから対策は怠らない。
必要なら砂漠の中の針だって見つけ出してみせる。
「……街中にはあんまり置いてなさそうね」
と、アンジェラが呟く。
走りながら周囲を見渡しているが、黄金全てがコレクションではないのだろう。
先程の躊躇の無い破壊と言い、例えコレクションだとしても質は低そうだ。
ルカがたまたま見つけた純金の虫像。あれなら価値も高そうだが、物が小さいので脅威にはならない気もする。
やはりコレクションと言うだけあって、魔女竜の近くに隠されているのだろうか。
「おそらく、それで当たりです」
七曜が言いながら空を指差す。
そこには黄金の短剣や指輪が浮いていた。
竜の財宝。それを触媒に生み出された装飾品。それは身に纏うものを黄金へと変える呪いのアクセサリー。
そしてその戦闘力は財宝の価値や質に比例する。
「飾り物の戦闘力ってのは何だ?」
「厄介さとか呪いの強さの事でしょ」
言われ手を打つ喜介が構える。
「誇れるモンほど強いってんなら、こいつァ意地の張り合いだ。おれの誇るモンも見せてやらねえとな!」
構えは相変わらずの大上段。
己の頭上を飛び回る相手には振り下ろしは効果が薄い。
殆ど振り始めの段階で当たる為、加速し切らず体重も乗らないからだ。
それでも喜介は胸を張る。不利など構わず構えてみせる。
そうして放たれた一刀は、小さな王冠をくの字に圧し折り弾き飛ばした。
「なに! 斬れねぇだと!?」
「いや十分でしょ」
浮かんでる物を斬って両断するには尋常ではない鋭さが必要だ。少なくとも木刀で目指す領域ではない。
が、飽くまで実力の不足だと言い張る喜介がもういっちょと構え直す。
しかしそれに応えるコレクションズは一つではなく、一刀する間に幾つもの装飾品が喜介を取り囲む。
それらを当たり前の様に七曜の属性弾が撃ち落とす。
火属性を纏った弾丸は金を穿ち、炎熱で以て呪詛ごと溶解させる。
弾き飛ばすほどの破壊力はなくとも、数発打ち込めば完全に停止させられるだけの効果は有った。
「火克金。火は金を溶かす、五行相克の考えです。……木刀が木なら金克木ですから、相性は悪いかも知れませんね」
「そうなのか。なら、一層気合入れねぇとな」
「いつも通りじゃない」
軽いやり取りをしながら三者三様に構え、襲い来る黄金を撃退する。
怪物像は喜介の剛剣が叩き割り、装飾品は七曜の属性弾が撃ち落とす。その何方もの動きをアンジェラの風魔法がかき乱す。
集中されれば押し込まれそうな物量も分散してしまえば大した事はない。
三人とも死線を潜って来た歴戦の猟兵達だ。ドラゴンと言えど、ただの一匹にいいようにやられるほど弱くはない。
そしてその逆も然り。
アヴァールは漸く的をこちらに絞ったようだ。
残念ながらいつまでも右往左往していてくれるほど容易くはない。
腹を括れば迷いが無くなり、一つ一つの行動のキレが増すもの。例えば再三繰り返された黄金の怪物像による突撃であっても、喜介の剣を耐え得るほどに。
「……ッはは! こいつ、軸をずらしやがった!」
斬られる瞬間、沈み込むように身を捻る。それだけで刃物の切れ味は大幅に落ちる。
斬るには刃を真っ直ぐに立て、刃を滑らせる。刃が立たないのでは歯が立たないのも当たり前だ。
こうなってくると斧や棍棒の方がまだダメージを通しやすいが、
飽くまでも、ぶった斬るのみ。
「アンジェラさん!」
「大丈夫、分かってるわ!」
七曜とアンジェラが息を合わせ、突風を引き起こす。
魔法の風がうねり怪物を押し留めたなら、そこに七曜の風属性弾が突き刺さり、更なる暴風を以て押し退けた。
飛び交う装飾品も風に煽られ近付けず、動きを止めた怪物像は今度こそ喜介に両断される。
ただし、それは一体目。
攻撃を集中させたアヴァールの猛攻は黄金の土砂崩れの如く三人を呑み込んでいく。
最初の一体を踏み砕き、迫る二体目、その脇を抜け飛び込んで来る三体目、更には頭上から落ちてくる四体目。
そしてそれらは止まらない。
「おおおおおおおおおらぁ!!!」
喜介が吼える。
全霊の一刀は時に受け流され、時に両断する。
常に全力で振るう喜介の一刀が此処に来て劇的に火力を増すなんて事はない。
ただ、常に全力の一刀を振るえる者もそうはいない。
寸分の狂いもなく身体を沈め太刀を受け流す、盾や棒の防御術。それを常に完璧にこなすには、アヴァールの遠隔操作技術ではまるで足りていない。
それでも五回に一回、十回に一回でも、両断を防ぎ押し込む事が出来るのなら、それだけで猟兵達の侵攻を阻む事が出来る。
「大した人間だね、俄然興味がわいてきたよ」
それを見てアヴァールが笑う。
人の中に潜む黄金の輝き。『金の卵』を見付けた喜び。
今日は実に善い日だと、アヴァールは濁り切った瞳で見下ろす。
――と、
その眼が突然、憤怒に燃ゆる。
「あら、ばれちゃったかしら」
その眼を見てアンジェラが意外そうに呟く。
その手にはカードが一枚。風に乗せてばら撒いていたうちの一つだ。
そのカードには、見る者全てを魅了する絢爛華麗なる黄金の天使像が封じられている。
無論、盗品だ。
「文字通り目の色を変えましたね……!」
七曜が息を呑む。
黄金郷も怪物像も装飾品も湯水の様に投入し破壊されても平気なのだと思っていた。
だが、ただ単にコレクションにも優劣があるだけらしい。
大方、量産の利くそこいらの黄金はどうでもよく、職人の手が入った本物の金細工や思い入れの有る物が大事なのだろう。
思えば黄金全てがコレクションだと言うには飛び交う呪いのアクセサリーが少な過ぎた。コレクションとして代償にも出来ない黄金も有るのだろう。
つまり、
「全て奪えば、攻撃手段が一つ失われる、と」
「一石二鳥ね」
七曜とアンジェラが小さく頷く。
弾丸もカードも限りがある。おそらくはコレクションの総数よりは少ないだろう。
だから盗み、そして抑える。
「コレクションは!?」
「足下の教会の中! と、塔の周辺!」
二人が同時に走り出す。
怪物像の群れに抑え込まれていた三人。逆に言えば、怪物群を抑え込んでもいた。
それは殆ど、喜介一人で。
「さあ、こっからはおれの晴れ舞台だ! 照らしてくれよ煌々と!!」
啖呵を切って踏み込む喜介の一刀が、怪物を叩き割り、その下の地面を爆散させる。
この男の一刀は破壊力と言うただ一点において埒外の代物である。
剣を振り上げ、振り下ろす。たったそれだけのユーベルコード。
だが喜介は機械ではない。
振り子人形ではないのだ。
踏み込むのと同じ様に、一歩、また一歩と、研鑽を続けてきた。
たった今も。
身を沈め軸をずらす怪物に、より深く踏み込み軸を合わせて。
全身全霊の一刀を叩き込む。
「君は、本当に――」
魔女竜がたじろぐ。
思わず魅入られる金色の輝き。
喜介と言う男の在り方そのもの。
だが、見惚れている暇は無い。
舞い上がる砂金と金塊、それらを掻い潜る様に怪物を走らせる。
喜介がそれに反応し、踏み込む。
一歩先の、空洞に。
黄金の地面に突如開いた怪物の大口。
アヴァールの打った奇策。
七曜が居れば気付けたか、いや、居ないからこそ打った手だ。
近付き過ぎたが故に怪物製造の範囲内へと踏み入れてしまっていた。
「ああ、そういやぁ、言ってた気がすんな――」
いけねえ、やっちまったと。笑って喜介は落ちていく。
そのすぐ後に怪物の口は閉じ、その内側も黄金で満たされた。
「ごめんね。後でちゃんと、コレクションに加えてあげるから」
アヴァールが謝る。
そして、二人の行方を目で追った。
一人は暴風を撒き散らしながら走る魔女、アンジェラ。
怪物像を正面から打ち破れる力は無いのか使わないのか、逃げ回る事に終始している。風の魔法は存外厄介で喜介と同じ様に近付いてこなければ対応が難しい。
なによりコレクションを掠め取った謎のカード。あれは赦されないし、赦せない。
もう一人の七曜はアンジェラと違い、好戦的だ。
怪物像は属性弾や身のこなしで誘導しぶつけ合わせたりしている。その重量故に急制動が効かない事を当然の様に理解しているのだろう。
そして、呪いの装飾品を、小さな指輪一つさえ見逃さずに破壊する。
コレクションの数に上限があるとあたりを付けた七曜はそれを削る事で戦力を落とす心算だ。
それをやられては随時新たなコレクションを代償に捧げなければならない。
それを惜しんで怪物像だけで何とかなるような相手でもない。
早くしなければ先程姿を隠した三人がどこから現れるかも分からないのだ。
「それじゃあ、私の宝に手を出した命知らずから殺してあげる」
憎しみに瞳が燃える。
大事な大事なコレクション。
それに手を出した愚か者にはいつだって死を与えてきた。
黄金に魅入られ、呪われた財宝に手を出す欲深き愚人。
それはアヴァールも同じ。
だからこそ認められない。許されない。
黄金を奪い、奪われ、最後に生き残った者がその身に全ての黄金と呪詛を宿すのだから。
「さあ――!」
魔女を睨む魔女竜が片腕を上げる。
号令を。
彼の魔女を討ち滅ぼす、死刑宣告たる命令を下す。
その瞬間に、眼前へ何かが投げ込まれた。
「――始めましょう?」
●決戦・魔女竜アヴァール
誰かが笑う。
その声が炸裂音で掻き消える。
眼前には黄金の輝きも怒りの焔も掻き消す閃光。
これは、この音と光の奔流は。
「参る」
短く吐き出された言葉。
それを聞き取れないまま、アヴァールの胸を強烈な衝撃が駆け抜ける。
巨体は持ち合わせないまでも堅牢な鱗に包まれたアヴァール。その守りを打ち破り、心臓を穿つ一撃。
衝撃が内側に留まる苦痛。肺が詰まり、血を吐く事も出来ずに膝を曲げる。
並のオブリビオンならそれで終わるであろう致命の一撃を受けてもアヴァールは堪えた。
堪え、そして、教会の屋根を怪物に変えた。
「これは……!」
緋雨がいち早く危険を感知し、仲間を呼ぶ。
アヴァールを撃ち抜き、追撃の拳を構えた修介が、スタングレネードを放った後屋根まで登ってきたルカが、緋雨の言葉で迷わず引いた。
直後、教会の屋根は全て怪物の大口へと変わり、その口腔内にアヴァールを取り込んでしまった。
教会と周囲の建造物を幾つも呑み込んで作られた特大の怪物像。それはアヴァールを守る鎧にして目も耳も無いままに暴れ回る暴力の化身。
「これは危なかったわね」
退いて良かった。だが、このままではスタングレネードの効果が切れるまで出て来ないだろう。
周囲の建造物も取り込まれ更地になった場所では隠れようもない。精々あの巨体を陰にして視界に潜り込むは出来るだろうが、踏み付けられれば一撃で終わる。
「こうも巨大だと竜がどの辺に居るかも分からないな」
位置さえ掴めれば修介の拳は衝撃を内部に叩き込める。
黄金を素手で打つ衝撃や激痛も修介にとっては取るに足るものではない。が、無暗矢鱈と殴り付けて拳を破壊してしまうのは得策ではない。
しかし、それでも魔女竜を追い詰めた事に変わりない。
「このまま出て来ないのであればクラウドオベリスクを破壊し撤退する事もできる。アヴァールが守護者なら、必ず顔を出し襲って来るはず」
もし出て来ないのなら、と、緋雨が振り上げた拳に雷撃を纏わせた。
そのまま特大の怪物像の脚へ雷撃を叩き付けた。
白く火花を散らし、黄金が痙攣する。
何処に隠れていようと黄金の内側に居るのなら雷撃が焼き焦がすだけだ。
数秒遅れて怪物像が暴れ出そうと、目も耳も無い怪物像では猟兵達を捕らえられるはずも無い。
最初の強襲さえ当然の様に全員回避した猟兵達に攻撃範囲だけで当てようなどとは生ぬるい。
それが分かっているのか、アヴァールは直ぐに姿を現した。
黄金の巨大怪獣の口から出て来て、その身を空へと浮かべる。
翼が空を打ち、風と共に呪詛が吹き荒れる。
先程までとは比べられないほど濃密な呪詛の瘴気が振り撒かれ、猟兵達を泥のように包んで押さえつける。
「――………」
魔女竜が地上を見下ろす。
そこに立つ猟兵達を。
そしてもう、何も語り掛けはしなかった。
ただ、片腕で命を下す。
一人残らず捻り潰せ、と。
「来るよ。二秒後、ルカから狙われる」
緋雨が言って、横に駆け出す。
額のバンダナを取り払い露わにしたサード・アイ。起動し走り始めた予測演算を頼りに、怪物像へと肉薄する。
「――『幸せの青い鳥』」
呟き、ルカは全身に青いオーラを纏い、緋雨の助言に従った余裕を持って攻撃を躱す。
特大の攻撃は恐るべき破壊力だが、大き過ぎて届くまでに時間が有る。対応さえ間違えなければ躱せない程ではない。
ましてやルカは空を飛べる。
纏ったオーラは欲望の力で増幅され、時にルカは音速の五倍にまで加速する。
速過ぎて街中で使うと最高速は出し難いが、デカブツの攻撃を躱すには十分だ。
「大きいだけの怪物は話にならないわね。やっぱり怖いのは魔弾と装飾かしら」
オーラは柄だけの剣にも宿り、刀身を形作る。それを掲げてアヴァールへと吶喊してみれば、今まさに魔弾を放とうとしているところだった。
竜の秘宝、呪いの宝珠。そこから放たれる魔弾は、もっとも強力な黄金化の呪いを与える。
当たれば即死と思って良い。
「だからそれはボクが引き受ける」
緋雨が超高速で怪物の脚を駆け上っていく。
狙うはアヴァールの持つ宝珠。あれが無ければ魔弾は撃てない。
ただそれを易々と許す様な魔女竜ではない。
駆け上がる緋雨を見たアヴァールは、魔弾の標的を緋雨に変える。
それを、寸での所で緋雨が躱す。が、魔弾は一発ではない。
拡散レーザーかの様に宝珠から迸る無数の魔弾が、次から次へと降り注ぐ。
その一つ一つが当たれば終わりの呪詛なのだから相当なプレッシャーが胸を締め付けるのだが、緋雨はそれを隠し、余裕と傲慢を顔に浮かべた。
「まるで当たらないね」
嘘だ。
サード・アイの予測演算に、フェイントと残像。その全てを組み合わせても躱し切れていない。
ただその夥しいまでの魔弾の雨に隠れ、サード・アイによる短距離転移まで織り交ぜて無理矢理避け続けていた。
そして、例え当たったとしても、それを悟らせるつもりは無い。
「――これだけは、駄目だよ」
アヴァールが睨み、手をかざす。
すると、特大の怪物像が口から大量のアクセサリーを吐き出した。
いずれも超一級の金細工。つまりは呪いのアクセサリー。
それらはルカへと向かい、飛び掛かろうとした彼女の進行方向に配置された。
「対策が早いわね……!」
それを見てルカが直ぐに方向転換する。
超高速で黄金に突っ込めばただでは済まない。オーラで強化された戦闘力でも突破する前に全身ぐしゃぐしゃになってしまう。
回り道も難しいともなれば、少しずつコレクションを削りながら捕らわれないように逃げつつ、隙を狙う他無い。
ルカがそう決めると、自然、アヴァールと緋雨の一騎討ちが成立する。
これで、アヴァールは緋雨に集中出来る。
修介もアヴァールへと向かいたいが、先の弾幕は回避に特化した緋雨にしか躱せない。防御に幾ら自信が有ろうと、あの魔弾を受けるわけにはいかないのだ。
「ならば、託すのみだ」
修介が拳を握る。
四肢には熱を、心は冷たく。
機を窺え。
隙を突け。
その為ならば、拳が砕けようと、構いはしない。
「邪魔立ては許さん」
呼気を熱く。
だらりと下げた拳がしなり、鞭の様に爆ぜ、槌の如く重く打つ。
穿つは黄金の巨大像。その身を隆起させ黄金の槍で緋雨を攻撃しようとしたそれを、渾身の力で殴り付けた。
鐘を突く様な轟音が響き、怪物が大きく歪む。
それを予測していた緋雨はバランスを崩す事も無く怪物の上を走り回り、魔弾を全て躱していく。
「――ッ!」
その歩みを止めない様に、修介は怪物の脚を撃つ。
二度の拳撃に大きく歪んだ脚は立つ事もままならず、巨大怪物像が大きく傾いた。
アヴァールは何が起こって居るかも分からない。
きっちりと竜の死角に潜り込んだ修介が竜の目を盗んで打ち込んでいるからだ。
今更巨大像の大暴れを再開した所で、遅い。
歪んだ脚が振り上げられる瞬間、その足裏を渾身の一撃で突き上げた。
完璧な脱力、正しい呼吸、譲れない意地によって強化された肉体。防御力など黄金化の前には無意味だが、黄金を撃ち抜くのにはこれ以上の物は無い。
黄金より堅い拳が、黄金を殴って歪め、遂には脚の一つを打ち砕いた。
その衝撃で脚が浮いた怪物はアヴァールの命令では止まれないほどに大きく傾く。
その勢いを利用して緋雨が飛んだ。
ルカとは違い、空など飛べぬ身でありながら。
それでも跳ぶのなら、そこに何か策がある筈だと、普段の魔女竜なら気付けただろう。
だが、ここまで腕を奪われ、財を奪われ、一時的にとは言え視力と聴力まで奪われて、既に冷静ではいられなかった。
故に焦り、これを好機と捉え、アヴァールは宝珠を掲げる。
空中では躱せまいと、念入りに全方位同時攻撃を仕掛ける。
無数の魔弾が緋雨を囲い込めば、緋雨はそれまで浮かべていた余裕を失う。
――マズい。
と、言いたげな表情と演技。
何も拙い事など無い。むしろ好都合過ぎる。
同時攻撃なら、短距離転移で全て躱せる!
「なぜ――!?」
「さあね」
魔弾の弾幕に呑まれたはずの緋雨が眼前に現れる。
その拳に迸る雷撃にアヴァールが身を固める。
差し出されたのは盾代わりの宝珠。
咄嗟の行動だった。
結局、黄金より我が身の方が大事なのだ。
そう、見誤った。
ふりをした。
「「終わりだ!」」
魔女竜と緋雨の声が重なる。
緋雨の拳が竜の宝珠へと突き刺さる、その一瞬前に、宝珠は魔弾を解き放つ。
咄嗟の防御ではなく、咄嗟の反撃。
魔弾の零距離射撃ならば絶対に躱せない。
その判断は間違っていない。
ただ、魔弾が必殺であると、過信し過ぎていた。
最後の最後に緋雨が頼ったのが瞳に宿る『破魔』の力でなければ、魔女竜の反撃は突き刺さっていただろう。
しかしそうはならなかった。
破魔の力を得た拳は雷撃を纏う演技を捨て去り、魔弾ごと宝珠を撃ち抜いた。
効かないわけじゃない。
そもそも躱し切れていたわけでもない。
緋雨はただ、平気な顔して黄金化に耐えていただけ。
アヴァールがそれに気付いたのは、宝珠を打ち砕いた緋雨が、金塊となって落ちていったのを見てからだった。
「隙有り」
その呆然と佇むアヴァールへ、ルカが肉薄した。
それなりに無理してコレクションズを突破したのだろう。血を流しながら、それでも笑顔で魔女竜へと迫る。
魔女竜はその姿を見て、構えた。
その身に纏った黄金。それこそ最高の代償。最強の呪いを生む装飾具。
撃墜すればいい。
これ以上、間違えない。
そう決めて真っ直ぐにルカを見詰めるアヴァールの眼前に、ルカは小さな円柱を放り投げた。
それは、とある非殺傷兵器。
「ひぃ――ッ!?」
身が竦む。
刻まれた恐怖が、よりによってこの土壇場で開花する。
音と光の奔流を恐れ、魔女竜は敵の目前で目を閉じ耳を塞いだ。
「ごめんなさいね」
それ、ピン抜いてないの。と、ルカが嗤う。
いくらなんでもこの距離で使えば閃光の中で敵に突っ込む事になる。自爆特攻でもなければ使えるわけがない。
ただのブラフ。
恐怖を与え、少しずつ蝕んできたその成果が、この一瞬に詰まっている。
だから決して逃がさない。
ルカはアヴァールの背後を取り、その両翼に足を絡めてしがみ付く。
「私の怪力じゃ斬り付けても弾き飛ばしちゃうから、ちゃんと抑え付けておかないとね」
「――ッ!!」
オーラ刀が翼の根元にめり込み、力任せに鱗と骨を断つ。
ぶちぶちと音を立てて引き千切られていく感触にアヴァールが音も無く悲鳴を上げた。
ああ、それだ。
黄金も欲しい。
竜とも戦いたい。
でも一番の『欲』は、調子づいた悪竜を恐怖に染め上げ殺す事。
その欲がルカをどこまでも強くする。
その『表情』が欲しかったのだと、ルカはオーラに青く照らされた顔で嗤った。
●決戦・第六猟兵
――なんなのだろう、この者達は。
追い詰めて叩きのめしても、瀕死になりながら腕や宝を奪っていく。
どうしてそんな事が出来る?
私は、私には、そんな事――
「――出来る」
出来る。
この身を、命を賭して、それでも守りたい財宝がある。
黄金の塔。
それは私の命より大切な宝物。
一番輝かしき、太陽の如き黄金。
これだけは誰にも渡さない。
死んでも、絶対に、渡さない!
黄金の呪詛に、クラウドオベリスクの呪縛が混じる。
守護者として、何も知らないのにただ強く守らねばならないという義務感に駆られる。
その為に復活したのだ。
もう一度骸の海に還ろうともそんな事はどうでもいい。
守る。
大切な物。
私の黄金を。
「全部、呑み込め……!」
翼を奪われ、黄金の地面に叩き付けられる瞬間、アヴァールは残った腕を地面に叩き付けた。
もっと素敵な姿に。
欲と願いを込めたユーベルコード。黄金を操る異能。
もはや我が身を守る事すら必要無い。
前線に立ち、黄金郷の全てを上げて猟兵達を殺してやる。
その殺意と呪詛が黄金を伝い、周囲の街並みがぐにゃりと歪む。
でかいだけの怪物像は要らない。
アヴァールの死力を尽くしたユーベルコードは今までとは比べ物にならない程の軍勢を作り出す。
「受け身より反撃を優先するとはな」
修介はアヴァールの行動原理が今までと違うことを見抜き、黄金化した緋雨を抱えて一度下がる。
と言っても周囲は壁も地面も全て敵だ。もはやアヴァールの視界から逃れようとも安全とは言い難い。
「ああ、君。君のせいで、身体が動かなかったんだ。本当は飛んで逃げたかったのに、君が心臓を潰してくれたからさ」
修介の姿を見つけ、アヴァールが笑う。
あの一撃が無ければと。
だが、それを言うなら、どの一撃が無くてもこうはならなかっただろう。
だから修介は返す。
「それは悪かった。今度こそ殺してやる」
仕留め損ねたから苦しませる事になったのだろう、と。
的外れなのは分かっているが、元より逃がす心算など毛頭無い。
だから宣告する。
次は、討つ。
「……そう。君にはお礼を言うべきだったみたいだね」
魔女竜は笑う。
こちらだって殺される気は無い。
なら殺し損ねた事に礼くらい言っても良い。
そうだ。お礼に、素敵な黄金に変えてあげよう。
彼にお似合いの怪物は、小さな虫の大群。
黄金は蜂に似た無数の怪物へと変貌し、修介に襲い掛かる。
毒は無い。が、体内に黄金と呪詛を注ぎ込まれれば大抵死ぬ。
そして修介の破壊力も貫通力もただの余剰ダメージにしかならない。
攻撃範囲の小ささと防具の薄さを突いた、最も攻略し難い敵。
最も恐れるもの。
それが怪物のあるべき形。
「言っていた通りになったな」
デカくて堅いだけの怪物像なら物の数にはならないが、そのままではないだろうとルカは言っていた。
その時、自分は何と答えたか。
「……何が相手だろうとやることは変わらない」
竜だろうと、獣だろうと、宝だろうと、虫だろうと。
覚悟は決めた。
勇気は十分。
決死なのはいつもの事だ。
だからいつも通り、息を吸って、吐いて、力を抜く。
次の瞬間、視界が黄金の蜂の大群に埋め尽くされようと、修介は迷わず踏み込んだ。
「――は」
愚かだ。
初めからこうすれば良かったと、黄金に呑まれた修介を見て魔女竜が笑う。
その笑みの持つ意味が始めの頃から随分と変わってしまったが、魔女竜は笑い続ける。
最後に笑うのは私だと、アヴァールは確信している。
「あと、三人……」
見失った逃げてばかりの二人と、翼をもぎ取った一人。
ただルカの方は空中でコレクションに追われ続けているし、欲をある程度満たして弱体化している。落ちて来るのも時間の問題だろう。
ならあと二人。
うち一人は、たった今発見した。
「皆さん……!」
七曜の顔が苦し気に歪む。
ほとんど野放しになって居たからか怪我らしい怪我もないが、コレクションズに追われていたのもあって大分疲弊している。
七曜の火属性弾は厄介だが、単純な火力がそこまでではない事も知れている。
用意すべきは、黄金の騎士像。
盾で弾丸を防ぎ、物量で押し潰す。
黄金の矢を射掛ければ更に凌ぎ切れなくなるだろう。
アヴァールは怪物を生み出す。ゴブリンやオークに似た、武装した黄金の軍勢を。
「ここに来て王道ですか……逆に厄介ですね……!」
七曜は盾を構えた怪物像に蹴りを叩き込み、押し込んだ勢いで頭を踏み付けて飛ぶ。
空中からばら撒く火属性弾が盾を構える前に怪物を貫くが、弾丸サイズではどうしても火力が足りない。
格闘の心得もあるが、疲弊が加速度的に増してしまう。
切り札を切るには決め手に欠ける。
「困りましたね……」
七曜がどうしようもなくなって笑う。
仕方ない。
仕方ないから、諦めよう。
諦めて、『あれ』に頼ろう。
あの、アヴァールと同じ戦法を。
「みんなここに居たんですね」
と、シエナは顔を綻ばせます。
などと声がした。
途端、黄金の軍勢が爆ぜ飛んだ。
盾を持つ前衛も、剣や槍で武装した中衛も、宙を舞い、地面に激突してバラバラになる。
何事かと目を見開くアヴァールは弓を構えた後衛を吹き飛ばした何かを見た。
それは、黄金の仔竜、その骸。
一匹ではない。数匹、十数匹は居る。
仔竜等は皆濁った瞳で虚空を見詰め、潰れた声で鳴きながらブレスを吐き出す。
ブレスは重なり合い、天変地異の如き破壊を齎す。ユーベルコードを使えない黄金の軍勢では成す術も無い。
やがて一掃された道を悠々と歩いて、一人の少女が現れた。
それは操り人形にして人形遣いのヤドリガミ。
怨念孕む呪いの人形、シエナ・リーレイ(取り扱い注意の年代物呪殺人形・f04107)だ。
彼女が纏う呪いが黄金の呪詛を跳ね除け、染めていく。
欲望は希望。黄金を望む者、手にした者は皆笑顔になる。例え後に破滅するとしても。
しかしシエナが纏う呪詛は怨みや悲しみ。絶望から生まれる、誰も救われない初めから破滅するしかない望み。
だと言うのにその呪詛こそ救いだとシエナは信じ、呪いを振り撒く。
「あなたもお友達になりましょう!とシエナは手を差し伸べます」
呪われた手を。
血に塗れた手を。
その手に導かれるように、仔竜達がアヴァールへと向かってくる。
じゃれつくように相手を殺す仔竜。だが、ここまでではない。
もはや無邪気な殺意の塊と化した仔竜を新たに生み出された大百足の怪物像達が絡み付いて食い殺す。
所詮は操られているだけ死体。ユーベルコードは厄介だが、そこまでの脅威ではない。
だがシエナの『お友達』は仔竜だけではない。
にこにこと上機嫌で笑うシエナの後ろからは、何処かで見た黄金像が現れた。
それは、テフラ・カルデラ。
それは、赤嶺・ふたば。
それは、水野・花。
それは、ルク・フッシー。
それは、勇敢に戦い、黄金化された四人の猟兵達。
それらが、シエナのユーベルコードによって『お友達』となり、操り人形と化していた。
「私と同じか……いい趣味してるね、君」
死体を黄金化して操り戦力にするアヴァール。シエナがやっているのも同じ事だ。
猟兵達は黄金化しているだけで死んではいないが、仔竜は明らかに壊されて死んでいる。
手に掛けたのは間違いなくシエナ本人だろう。
つまり『お友達』とは、アヴァールの『コレクション』と同じ。
お友達になりましょうと同じ意味の言葉をアヴァールもよく口にする。
呪詛に狂った者同士、通じ合うが、譲らない。
「お友達は要らないよ。代わりに『コレクション』にしてあげる」
「まあ嬉しい! お礼に『お友達』になってあげる!とシエナは飛び跳ねて喜びます」
ああ、まるで鏡合わせ。
出会った魔女竜と呪殺人形は、『お友達』と『コレクション』を戦わせる。
猟兵像は既に黄金。呪詛は効かないし、そもそも黄金化の手段が今は無い。
まるで母親にじゃれつく様に駆けよって来る猟兵像を、アヴァールが作り出した地面の大口が喰らい付く。
金と金では破壊も難しいが、動きを止めてしまえば――と思うも、猟兵像はそれをユーベルコードで突破した。
ルクの振るう黄金の特大絵筆。塗料にまで金粉入りだが灰色のまま、それは大口の怪物を石化させ、殴り付けて破壊する。
花の両手からも黄みがかった赤光が放たれ、じわじわと石化する地面を砕いてテフラとふたばを救い出す。
戦闘力は落ちている。が、それはアヴァールも同じ。
「ふっ――!」
それに混ざって、七曜まで猛威を振るう。
物量で押し込む心算だったのに、仲間の助力を得た七曜が『お友達』の弱点を補う様に動き続けるだけで形勢が傾く。
「あなたもお友達になってくれるのね!とシエナは感激に打ち震えます」
「それはごめん被ります!」
シエナと七曜は息が合わない。
シエナが全く息を合せないからだ。
だから、七曜が一方的に合わせるだけで、簡単に連携が取れる。
「好い加減にしてほしいね……!」
魔女竜が吼える。
もう良い。
もう十分だ。
命も宝も要らない。
ただこいつら全員叩き潰して、黄金の塔だけは守りたい。
持ってるカードは殆ど切った。
なら、残ったカードも全部切る。
「宝物庫、開錠」
地面を撫でた。
怪物を生み出すその腕で。
作り出すのは、魔女竜のコレクションを呑み込んだ、大蟒蛇。
地下に隠しておいた取って置きの宝物庫だ。
「まだ残って……!」
七曜が叫ぶ。
魔女竜は知っている。七曜が逃げ回りながらコレクションを探し出して壊して回っていた事を。
それをハラワタが煮え繰り返りながらも見逃してあげたのは、ここに大量の宝物を隠していたからだ。
せこせこと動き回って、ご苦労様だと、魔女竜が嘲笑う。
さあ、全てを黄金に変えてしまおう。
黄金郷を取り戻そう。
さあ――!
「それで全部ね?」
大蟒蛇の口の中に『白紙のカード』が雪崩れ込む。
風に乗ってやってきたそれは蟒蛇の腹の中に隠されたコレクションを片っ端から封印していった。
「……え」
ユーベルコードが起動しない。
捧げるべき代償が、コレクションが、どこにもない。
「趣味の悪そうな奴がやりそうなことよね。勝ち誇ってにやにやしたいなら武器を隠し持つのが一番だもの」
カードを運んだ風は、少女も一人運んできた。
何処へ行っていたのかは聞くまでも無い。アンジェラは、遂に全てのコレクションを手中に収めたのだ。
「カード足りなくて壊したのも多いけどね。ああもったいない」
……やっぱり。
君を真っ先に、殺すべきだった。
燃ゆる瞳で睨みつける魔女竜を、魔女は興味無さげに見返した。
そして、手を突き付け合う。
「盗人に黄金の祝福を! 喰らえ大蟒蛇!」
「吹きなさい悪戯好きな妖精の風。アタシの願いを届けてちょうだい」
風が荒れ狂う。
蛇の巨体が押し流され、しかし押し返す。
流石に魔法一つで押し切れるものではないが、敵はアンジェラ一人ではない。
どこからか飛んできた炸裂弾が蟒蛇の頭に直撃し、突風と爆風が再び蟒蛇を押し込んだ。
そんな押し合い圧し合いの間にも猟兵像や仔竜達の骸が怪物像を打ち砕き、歩を進める。
シエナの場違いな明るい声が響く。
お友達が増えるね! やったね! などと繰り返す。
竜は迷う。
討つべきはこの魔女だろうか。
早く人形をどうにかしなければさっき倒した猟兵達も『お友達』にされ参戦してくるのではないか。
同時に対処するには戦力が足りない。
ならば、最も厄介な人形を――
「あら、また私を見逃してくれるのね」
と、アヴァールの意識が逸れたのを見て、アンジェラが言った。
「それなら、アンタのコレクションありがたく頂戴するわ。せいぜい有効に使ってあげる」
言いながら広げた手には、大量のカード。
原理は分からないが、そこに大切な黄金が封じられているのが分かった。
大事な黄金。
でも今は黄金の塔を守らないと。
でも、でも、黄金が――!
「――黄金は、全部、私の物だ」
嗚呼、やはり魔女竜は魅入られている。
呪詛に侵され、狂わされている。
守護者なんてどうでもいい。
命さえも要りはしない。
破滅を齎すと知りながらそれでも黄金を求めた魔女竜を、今更誰が止められようか。
「それで善い。それがアンタの誇りだろ?」
声がした。
ひどく優しい声が、地面から。
そして次の瞬間には地面が真っ二つに割れていた。
「誰であってもどんな事柄であってもよ、本気で研ぎ澄ましてきたモンなら、そいつァたいそう華やかに咲く宝よ!」
血塗れで地面の下から現れた男、喜介が、からからと笑う。
そうして褒めちぎる。
黄金郷の美しさを、ただただ真っ直ぐに。
呪詛など知らん。成り立ちなどもっと知らん。
喜介の目に映ったのは荘厳なる金色の都と、それを作り出した強過ぎる程に強い意志だけ。
称賛以外に贈る言葉など有りはしない。
だから喜介は言う。
「アンタが黄金に並々ならぬ思い入れがあるように! おれにも並々ならぬモンがあるんだわ!」
「知ってるよ。なんとなくだけど」
馬鹿の一つ覚えの様に木刀を振り上げる喜介。
そう言えば、アヴァールも馬鹿の一つ覚えの様に黄金を集めてきた。
故に両者は至ったのだ。
この極致に。
「その魔女を、殺して、獲り返す」
「それは出来ねえ。おれがさせねえ!」
大蟒蛇が風を喰らう。
宙を泳ぐ様に風の隙間を縫い、それは喜介ごとアンジェラへと牙を剥く。
その首一つで何メートルもあるような巨大な蛇を、喜介は真っ直ぐに見つめて踏み込んだ。
「火の構え――!」
それはいつもの大上段。
木刀は天を指し、視線は正面。その姿はまさに立ち昇る火の如し。
金克木。木は金に負ける。木刀では金塊には敵わない。
だが木は火を生む。
木生火。五行相生の考え。
そして生まれた火は、金を溶かし、打ち負かす。
「おれもアンタも一つの事しか頭に無い大馬鹿だからよ! どっちが上か、試してみようやァ!」
吼える喜介が気焔に燃ゆる。
踏み込んだ脚が金を踏み砕き、振り下ろされた烈火の一撃が大蟒蛇の鼻っ面を捉えた。
凄まじい破砕音が響き、喜介の脚が黄金を砕きながら後退る。
そして次の瞬間、大蟒蛇の身体が蛇腹状に潰れて止まった。頭が叩き潰され、地面に激突したが故に。
一刀。
その名の下に、黄金の大蟒蛇は敗れ去る。
これぞ超常と言って済ませるには、その光景はあまりに神懸っていた。
「――ああ、やっぱり君が欲しい」
魔女竜が笑う。
そして言う。
「私の勝ちだ」
同時に、魔女竜を包んでいた全て装飾品が外れた。
最後に残ったコレクション。
それを代償に、アヴァールは全てを取り戻す。
「ッどきなさいバカ!」
アンジェラが叫ぶが、無理な話だ。
大蟒蛇を叩っ斬った衝撃で喜介の両脚は砕かれた。
痛み分け。いや、敗けたのだろうか。
何たる執念、天晴だと笑い、喜介はその場で剣を振り上げた。
「いいや、敗けてなんぞやらねエよ……!」
血を吐き、折れた足で踏み込む。
勝てるわけがない。
だからと言って、止まれるわけがない。
そうなる事は分かっていた。
「だからカードは残してました!」
七曜が、魔女竜と喜介の間に滑り込む。
最後の最後。
この局面、ここだけを凌ぎ切る為に。
五行相克、五行相生。
万物の流転。
永遠の循環。
起動するのは黄金郷中に張り巡らせた魔法陣。
属性弾に紛れさせた七曜の杭。
そのユーベルコードは、全てを封じ込める封印術式『流転』。
魔女竜を直接封じ込めるだけの力は七曜には足りないかも知れない。
だから、狙ったのはこのタイミングと、『コレクション』のみ。
代償として支払えなくなればユーベルコードは使えない。
アヴァールの顔が歪む。
それでも止まらない。
残った片腕で地面を撫でる。
が、そうする前に、その腕にテフラが抱き着いた。
黄金像になった猟兵達。花も、ルクも、ふたばも皆、母に甘える子供の様にしがみ付く。
その猟兵達の向こうに満面の笑みを湛える人形がひとつ。
――嫌だ、止まりたくない。
アヴァールの顔が更に歪む。
何かないかと視線を巡らす中に、拉げた金色の虫が映った。
「待たせたな」
修介が、その手に握り締めた最後の蜂を放り捨てる。
血だらけのボロボロで、息だけは整ったまま。
「約束だ。今度こそ、殺してやる」
意地と呼吸と、脱力を以て。
全身の力を防御から攻撃へと転じる。
その拳を阻むものはもう何も無い。
「ああ――」
痛みは既に消えていた。
ただ胸に風穴を開けられたせいか、胸が軽くなった気持だった。
全てを失い、倒されて。
そうして見上げた黄金の塔は、
――やっぱりすごく、綺麗だった。
●安らかに眠る場所
アヴァールが息絶えた後、黄金化された猟兵達は皆元に戻った。
猟兵達だけではなく、黄金化され黄金郷に作り替えられていた無数の死骸もだ。
そうして残ったのは黄金郷とは言えるはずも無い、色んな生き物の死骸が転がる土と石しかない大空洞だけ。
残った黄金は破壊した物とカードに封じた物、ルカがくすねた虫の小物と、
あとは、アヴァールが最後まで身に纏っていた、黄金の装飾品。
黄金の塔を除けばおそらく一番大切であっただろう黄金。
その一つを、傷を癒した喜介が拾い上げる。
「やっぱり大したもんだなこりゃあ!」
見事、御見事と、称賛を送る。
ただ、こっちは違う。
こっちはアンタのモンじゃねェだろ。
そう思い見上げるのは黄金の塔。全て失われた地下空洞の中で唯一残った建造物だ。
「それが一番ダントツで趣味が悪いわ」
吐き気がするくらい、とアンジェラが眉を顰める。
「邪悪な塔と言われていますからね……ふむ……」
七曜は後ろで頷きつつ、原理が気になって色々と調べていた。
修介も頷く。アヴァールから感じた気色の悪さは、この塔からより強く感じられる。
そういう話とは関わらず、シエナによって無事人形化を解かれた花がほっとしていた。
ルクは汚れた画材に震え、ふたばはショットガンが歪んでいるのを気にしている。
テフラはなぜか黄金球にべったりとくっついているが、特に変わった様子はない。
「私はやっぱりなにも感じないわね」
これと同じ、と言ってルカが取り出した黄金の小物はキラキラと輝く。
実は最後の最後、アヴァールに代償にされそうになったのを欲の力で防いで戦っていたのは秘密だ。
緋雨はそれを黄金になりながら見ていたのだが、ちゃんと演技で隠している。
「ともかく、これで終わりかな」
と緋雨が言い、皆が頷く。
依頼はクラウドオベリスクの破壊。
それだけはきっちり済ませて帰らないと。
危うくそれを済ませる余力が残らなくなるところだったが、猟兵達は全員無事に生き残った。
過去に還ったのはオブリビオンだけ。そいつらとも、またいつか何処かで出くわすかも知れない。
別の過去から返ってきた全くの別物の可能性が高いが、それで良い。
あんな厄介極まりない敵がポンポン生まれてたまるか。
「さて、それじゃあみんなでおうちに帰ろう!とシエナは手を上げて言います」
「そうですね。少し疲れてしまいました」
「ボクも……絵描きたい……」
「自分はごはんかな」
「わたしはトイレにいきたいです」
ぞろぞろと帰り支度を始め、去っていく猟兵達。
こんな所にいつまでも居たってしかたがない。
地味に面倒な依頼報告が待っている。
あのグリモア猟兵は戦闘の話をしつこく訊いて来るので特に面倒臭い。
それじゃあ、ここらで。
「またな」
一刀両断。
黄金の塔は二つに割られ、そうして砂となって消えた。
あとの事は分からない。
ただ、そこにはもう、ひとかけらの呪詛も残ってはいなかった。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2020年01月21日
宿敵
『呪われしアヴァール』
を撃破!
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