【1:1】薄氷、白白明
境・花世 2021年2月27日
冬と春との境界線が朧に滲み、
薄く氷が張りつめる冷たい夜。
明ける頃には人知れず揺れて、
やがて来る浅春に融けてゆく。
1
境・花世 2021年2月27日
(そういう日だと分かっていたから、あえて日付が変わるまでは訪れないようにと足を止めていた。ぼうとしているうちに気付けば深更で――すっかりと冷えた躰をぎしぎしと動かして、店の扉に手をかける)(無用心なのか気まぐれ深夜営業のつもりなのか、扉は簡単に開いて女を迎え入れた。店主も、店番も、どうやら席を外しているらしかったけれど)
境・花世 2021年2月27日
……いつも思うけど、ここ、泥棒とかだいじょうぶなのかな……それとも式神セコムが敷かれてたり……?
境・花世 2021年2月27日
(考え込む爪の先に、落とし切れない土の欠片が残っている。二月十五日、夜半のこと)
都槻・綾 2021年2月27日
せこむとは何でしょう?
(洋燈を手に、夜闇の中でも艶やかに香るひとの肩越し、其の横顔を覗き込むよう、小首を傾げた)
境・花世 2021年2月27日
ひょわあああ!?(至近距離に現れた匂やかな気配に、夜の静寂を震わす悲鳴をあげる)
都槻・綾 2021年2月27日
深夜ですよ、花世。警邏が何事かと来てしまいます。
(瞳を瞬くと、悲鳴の上がる口元をそっと手で覆いつ)
境・花世 2021年2月27日
(大きな手のひら越しにむぐむぐと何事か訴えようとして)(くるりと振り向き、ちょっぴり恨めしそうな顔をした。見上げればすぐ間近に、うつくしいその白皙)
綾がびっくりさせるからだよ、もう。
境・花世 2021年2月27日
(だいじょうぶ、平常心平常心。すうはあと息を吸って吐く。こんなことでときめいたりはしない)
てっきり留守にしてて、その間は式に護りを任せてるのかな、って思ったんだ。UDCではそういうの、機械と人力の合わせ技でやるんだけど。
都槻・綾 2021年2月27日
なるほど、いえ、物置に花瓶を探しに行っただけなのですが。合わせ技は便利そうで良いですねぇ。
(いとけない表情に柔らに笑んで、ふと、僅かに黒く染まった爪に視線を向けた。夜闇にもぼんやり浮かぶ白く繊細な指だのに、と)
境・花世 2021年2月27日
ふふ、そっか、最近はすっかり春めいた日も増えてきたもんね。なんの花を飾るのかな、手伝うよ。
(持とうかと手を差し出しかけて、埋葬の名残が色濃い爪先に自分でも気付く。あんまりにも深く染み込んで、一度洗ったくらいでは取れやしなかったのだ)
境・花世 2021年2月27日
……と、その前に、手水を借りるね。洗ってくる。
都槻・綾 2021年2月27日
お待ちくださいな。湯を用意しましょう。水は未だ冷える。
(勘定台の畳の間へあがるよう示し、几帳の奥へと縫を呼ばう。無音。そうだ、今宵は不在。なれば、と自ら湯を沸かしに立った)
都槻・綾 2021年2月27日
(間もなく小さな桶に手拭いを添えて戻る。腰を下ろし、手を差し伸べた。洗いましょ、)
境・花世 2021年2月27日
あ……ありがと、綾。
(当たり前のようにやさしくされて、浸した指先がゆらゆらと湯の中であたたまる)(今までならきっと、ふれられることがただただうれしかった。今も胸が疼くほど、泣きたいくらい、うれしいけれど)
境・花世 2021年2月27日
きみは自分の生活についてはからっきしなくせに、こうしてひとを気遣うのはすごくじょうずだ。誰かに教わったの? それとも、ひとに為ったときから、こんな風だったのかなあ。
都槻・綾 2021年2月27日
さぁ、どうでしたでしょう。己では此れが気遣いかすら分かっておりませんでしたから、改めて言われると擽ったい気もしますね。ですが、然様に感じてくださるあなたこそ、相手を慮っているのだと思いますよ。優しいですねぇ。
都槻・綾 2021年2月27日
(浸した布で柔らかく爪先を拭った。いつか爪紅を施した名残は無く、代わりに染まった黒が、仄か寂しさを誘う。言葉にはしなかったけれど、無言の間が、問いかけにもなったろうか)
境・花世 2021年2月27日
綾は、やさしいよ。かなしい顔をしているひとがいたら、すぐに気付いて、そうっときれいな言葉とあったかい手をくれる。人間はそれを家族や友だちにされて憶えていくんだと、思うんだ。綾は――…
(誰かの胎から生まれ出たわけでもないきみは、きっとひとりでこの世界に生まれ落ちたきみは、どうやってそれを得たのだろう。ぽうと見蕩れるだけよりも、そんな風にきみのことを知りたいと思った)
境・花世 2021年2月27日
香炉でいた頃から、ひとをよく見ていたのかもしれないね。
(だからきっと今も、気付かれている。汚れた指先、宝物を置いてきた喪失感に、どこかぼんやりとしている自分のこと)
都槻・綾 2021年2月28日
(ふたりの手を浸した湯は、己と液体との境界すら忘れてしまいそうに曖昧な温み。揺らぐ水の中、離せば融けて消えゆくみたいに儚く見えて、ほんの少し、力を添えて握り込む)
(双眸を花のかんばせへひたと向けた)
あなたは今、悲しいの?
何かを失くしてしまわれた?
境・花世 2021年2月28日
(向けられる青磁の艶々とひかるさまの、精巧な細工のような睫毛の、なんとうつくしいことだろう。ずっと、こうして真っ直ぐ見つめることさえ出来ていなかった気がする。相対するだけで涙が滲んで心臓が震えたから、)(――けれど、今は、ちゃんと見ていられる)
境・花世 2021年2月28日
うん、……すごく大事なものを、埋めてきたんだ。
都槻・綾 2021年2月28日
(ほぅ、と思案のような首肯のような吐息を零して、)
失くしたのと、埋めたのでは意味合いが違いますね。『大事なもの』なのに、何故? 手元に置いておきたくなかった…のでしょうか。
境・花世 2021年2月28日
どうしてだろうね、そうしなきゃいけないって、想って……。(とつとつと語る声は穏やかで、どこか愛しげな、柔らかい響きをして) たぶんわたしは、それをこわしたり汚したりしたくなかったんだ。たったひとつの、宝物だから。
都槻・綾 2021年2月28日
(ひきあげた手から、さらりと湯水が零れ落ちる。乾いた布巾でそっと包んで、うつくしい爪先を検めた。ひとまず此れで大丈夫そうだろうか)
都槻・綾 2021年2月28日
――やぁ、「心」は難解ですねぇ。
(幽かに困惑した笑みを浮かべ、ゆるり首を傾ぐ)
『宝物』は、あなたの手を離れて眠りに就いたのですね。タイムカプセルみたいに、いつか掘り起こす時が来るのかしら。
境・花世 2021年2月28日
むずかしいねえ。自分の心でさえ自分で操れないなんて、ひとって実はけっこう欠陥だらけだ。
(すっかりときれいになった己の爪先を見る。弔いの跡はもう欠片も残っていない。今はただやさしい眠りの中にいる、いとおしい、あの、宝物は)
境・花世 2021年2月28日
そうだね、いつか――そんな明日を、見つけることが出来たなら。
都槻・綾 2021年2月28日
では、「明日」を見つけたときは、私にも宝物を見せてくださる? 其れとも内緒でしょうか。
境・花世 2021年2月28日
(思わずぱちくりと目をまぁるくして、)(それからきっときみにはわからない理由で、くすくすとおかしそうに笑いだした)
境・花世 2021年2月28日
ふ、ふふ、あはは、うん、そのときはきっと――きっと、真っ先にきみに見せにいくよ。
都槻・綾 2021年2月28日
(一拍遅れも鏡合わせと言えるだろうか――、そんなことを悠長に思い浮かべ乍らも、同じく瞳をまるくした)
何か可笑しなことを申しましたか。いえ、笑顔も大層可愛らしいですから、今宵は色々なあなたを独り占め出来て役得なのですけれども。
境・花世 2021年2月28日
ごめんごめん、ひとりで勝手に笑ってしまって。だけどわたしの宝物は、幸せものだなって、想ったんだよ。
(そう言って一瞬だけ閉じた瞼から、薄紅の花びらがはらりとひとひら落ちる。それは薄氷のように淡く解けて消えて、代わりにぱちりと開いた眸には、あたたかな春の色がきらめいた) (今なら何の衒いもなく、真っ直ぐに言えるから)
境・花世 2021年2月28日
ありがとう、わたし、綾のことすきだなあ。
都槻・綾 2021年2月28日
(零れた花の残像は、ひかりに変わった。見惚れてそっと白皙の頬へ手を伸ばす。葩を掴みたかったのだろうか、何かを確かめたかったのだろうか、己にも分からぬままの無意識に)
あなた自身が幸せでなくては、宝物さんも土の中でしょんぼりしてしまいますよ。
都槻・綾 2021年2月28日
此方こそ、有難うございます。私もあなたが好きですとも。
境・花世 2021年3月1日
!
(思いがけないことを言われた、というようにまた目をまぁるくして)
境・花世 2021年3月1日
(それからあどけない子どものように、ただただうれしいというように、ふわふわと咲った)
(きみが確かに告げてくれた言葉。その形や重さが己とおんなじではないことを、もう淋しく想わないでいい。まっさらに喜べばいい。それだけできっと、宝物を眠らせてきた意味はあったのだ)
都槻・綾 2021年3月1日
(花咲く笑みに此方もふわりと綻んだ。其れから、内緒話するみたいにそっと顔を寄せて、悪戯な提案)
――ね、今夜は縫がお遣いに出ているの。もう店仕舞いしてしまおうかしらと思っていたところ。本も読み放題ですし、あなたが居てくださるのなら一人ではできない双六や花札の遊戯も存分に。お酒も飲み放題ですよ。眠くなったら詩編のひとつでも枕辺で諳んじますから、『夜遊び』に、お付き合いくださいませんか。
境・花世 2021年3月2日
なんて誘惑のじょうずな神さま! ふふ、お酒をいっぱい呑んで夜更かしして遊んで、その上おもいっきり寝坊してしまおうか。縫が帰ってくるまでに証拠隠滅しておけば怒られないよ、きっと。
(共犯者の笑みを浮かべて、しぃと人差し指をくちびるに当てた)(淡い膚の色をした、何にも染まらず汚れていない爪先で)
境・花世 2021年3月3日
(そうしてふたりは手に手をとって、夜の隙間へ駆けていく。すこしの曇りもない笑い声と、冬の名残の薄氷が軋むかすかな音を響かせて)
(――白々と夜が明ける頃にはそれらは跡形もなく融け、やがて、ほんとうの春がやってくる)