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市場

雨野・雲珠 2021年2月18日

「赤ん坊、赤ん坊はいらんかえ。可哀想な親なし子だよ買っとくれ」


・昼下がりのサクラミラージュ。に、いたはずでしたが
・釣竿をくださったあなたと、釣りに行きたい俺とで
・あまり長くせず、キリのよいところで〆




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雨野・雲珠  2021年2月18日
【雨野雲珠による前述】

「診療所の近くに釣具屋さんを見つけて、バケツとタモを買ったんです。店を出たら、すこし歩けば魚河岸があるよって看板があって……あっ、そうですそうです。日本橋の。ええ、今まで知らなくて。事務所から歩きでも行ける距離だったのに」
「遠目から見ても、あんまり人がいなくて、何やらのんびりとしてて。はい。もうお昼すぎでしたから。魚河岸というのはとても朝早いそうですね。それでも観光客向けのお店はぽつりぽつりと開いているようでしたから、寄ってみようと思ったんです。おいしい干物でも買って戻れば、喜んでいただけるかもと」
「それで」
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雨野・雲珠  2021年2月18日
(変だな、と思った時にはもう遅かった。いつの間にか押し合いへし合い、耳を塞ぎたくなるほど賑やかに混み合っている。市場だ。並べ飾られた品々。威勢よく飛び交う売り買いの値。独特の熱気。市場としか形容できない)
(だけど、血腥い―――ひどく淀んで、腐った匂いがする―――それにあの、扱ってる品はなんだろう?自分が縮んでしまったかのように何もかも奇妙に大きくて、店を出す者も、歩みゆく者たちも、自分の倍ほどに背が高い)

「おわあ」
「おわあ」

(籠につめこまれて泣く赤ん坊たちは老人の顔をしていて、咄嗟に目の下まで首巻きを上げて顔を隠した)
(帰還のユーベルコヲドが発動しない。誰ともつながらないのだ。この時間なら確実に店を開けているはずのマスターにも、どこかにはいるだろう先生にも、近所の知り合いにも)
(―――つまりここは、すでにサクラミラージュではない)
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雨野・雲珠  2021年2月18日
「どうした、持ち合わせがないかい。それなら……そうだな、あんたの目玉一つと交換でいい。二つあるうちの一つだ、悪い取引じゃないだろう」

(同族が皆そうなのか確かめたことはないけれど、ひとの社会で霊や怪異と呼ばれる類は、ひとではない自分にはあまり興味を示さない。ただ例外はある。これは近寄っては危険だと思う場合も多々ある)
(例えば、例えば)

「……ところで。どうにもあんたから、旨そうな匂いがするんだがね……」

(人も植物も等しく『命』として、十把一絡げで扱われる時などは)
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朱酉・逢真  2021年2月18日
こんなとこ居たかい、赤子屋の。

(君に声かける"それ"の、さらに向こうから声がした。「病屋の」と"それ"が呼び、ひょこりと小さな影が顔出す)
ぼったくるンなら後にしな。括り屋のやつがカンカンだったぜ。"吊り縄が足りない、赤子が食いやがった"と。さっさと行くがオススメさ。

(「なんだって」と"赤子屋"が首を真後ろに回し)
「あの腐った蛤め、とんでもない言いがかりだ。どうせまた、後ろの手どもが持ってるに決まってるさ」
(苛立ちに体を泡立てて、店そのままにどこかへズルズル去った)
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朱酉・逢真  2021年2月18日
(小さな影はそれを見送り、「サテ」と笑顔で振り返る)
とりま・選択のお時間さ。ここで終わりたきゃそれもヨシ。そうでないならこっちにおいで。
(言って、赤子屋店舗の裏に行き。屈んで隠れ、君を手招く)
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雨野・雲珠  2021年2月19日
(腕を掴まれそうになって体を引いたところで、予想外の助け舟。ぽかんと一部始終を見守って、ほぼ一択の選択肢に慌てて後ろについていく。自分より頭ひとつ小さな姿に近づきすぎないよう気をつけながら、膝を曲げて屈んだ。自然と、声を潜めて)

かみさま……ですよね?もしかして、お呼びでしたか?それとも俺が呼んでしまったのでしょうか。
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朱酉・逢真  2021年2月19日
ああ、かみさまが来たよ。
(ころころと《日陰》は笑い、君とおなじに声を潜めた。自然、内緒話のようになる)

どっちもはずれェ。答えは第3だ。
(ついと指差した先に、君のヘビがいただろう)
病売りとして出店してたのさ。そしたら知った"声"が必死で呼ぶだろう。びっくりして店ほっぽりだして来たンさ。坊こそどっから入ってきたね? それと、市に入ってっから誰かの名をだしたかね?
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雨野・雲珠  2021年2月21日
かみさまも商いなさったりするんですねえ……(全くもってそれどころではないのだが、一周回って呑気なコメントになった。言葉の綾とはいえ、『びっくりして』『店をほっぽりだして』という表現がおかしかったのもある)
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雨野・雲珠  2021年2月21日
!(指さされた懐から、衣擦れの音と共に白蛇がぴょこりと顔を出す。透明な無表情は心なしか得意げだ)

いえ、来たばかりでしたから。来たというか、日本橋の魚河岸に入ったはずが気がついたらここにいたと言いますか……
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朱酉・逢真  2021年2月22日
楽しいよォ。生活かかってねェんで気楽だしな。
そンならヨシ。ここじゃ俺のほか、名を出さんこった。しかし、ほン。(あごを指先で撫で) ニホンバシのウオガシ。橋で河で岸な。マア開きやすいっちゃア開きやすいとこではあるが…(ちらと君みて) …ヒトと怪異のあわいに暮らしてっからかねェ。(なにか勝手に納得した)
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朱酉・逢真  2021年2月22日
とまれ、ここを出ねェとな。さっくり送ってやりたいとこだが、この場はちいともろくてね。そォいうのンはナシと決まってる。なンでそォっと抜け出すしかねェ。(言うが捷いか、ナリが子供から手のひらサイズのトリへ。ぷかりと君の近くに浮かぶ) ホラー脱出ゲームだよ。主人公はお前さん。俺は便利アイテムだ。準備はいいかい?
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雨野・雲珠  2021年2月28日
ンン、(転じた姿にうっかり微笑みそうになって頬の内側を噛む。大きなものは格好良いから好きで、普通のものはほど良いから好きで、ちいさなものは愛らしいから好きな性質なのだ)(ちいさきものはうつくしきかな)(それはそれとして、今の状況は理解したのでまじめに頷く)
恐れ多いことですが、心強いです。……参考までに、脱出できなかった場合俺はどうなるのでしょう。なんやかんやあっても死ねるでしょうか。
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朱酉・逢真  2021年3月1日
ムリだろなァ。"死は救済"がガチな業界だからよ。(彼岸の辞書には《最悪》がない。どこまでだって悪化するから) そォさな…"お前さん起点として、知人類縁に呪詛害怨怪異が"感染"する"あたりが可能性高いか。こォいう手合いは縁が深いほどよゥく罹る。
(ちちと地鳴きし) マ・"手を尽くし身を尽くし支える"約束だ。俺をうまいこと使っておくれ。どォしよもなくなろうが、"坊にとってのサイアク"だけは防ぐよゥ。
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朱酉・逢真  2021年3月1日
(現在地は"赤子屋の裏"。通り掛かる客に紛れる必要がある。ダイスが大きいほど前を通る客のサイズが大きい。君のサイズだったら、30より大きければ成功するだろう。50あれば確実だ)
(数字が足りない場合。逢真にダイスを振らせ、出た数字の半分をプラス出来る。それでも足りなければミス。ミスが続けばゲームオーバーだ。OK?)
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雨野・雲珠  2021年3月2日
……それこそが、俺にとっての『最悪』です。
(それまで何となく呑気だった顔がすうと引き締まる。よりによって、だ。よりによったからこそ、なのかもしれない。さらり言われたそれこそが、自身の命などどうでもよくなる度合いで回避したい『自分にとっての最悪』だった)(一方で、そんな献身的な約束を結んだ相手とは誰だろうとちらりと思いながら)
これ以上お手を煩わせず済むよう努めます。……で、出来る限り。
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雨野・雲珠  2021年3月2日
(言いながらも手早く箱を下ろし、中に入るのではなくごく普通にパタンと扉を開けた。切迫度こそ違えど、こういう場に迷い込むこと自体は一度や二度ではないのだ)
(下段の引き出しに入れている懐剣を袋ごと胸元に。手鏡とお菓子は袂に。宮から梓弓を出してこようかとしばし悩んで、それは止めておく。使うことになった時点で詰んでいる気がしたのだ。中で揺れるお守りに触れ、布で包まれた御神体に祈って再び箱の扉を閉じる。左腕をさすり、その指で白蛇をなでて懐に入ってもらうと、改めて首巻きを鼻先まで上げ直した。冬に眠る時を思い出しながらできるかぎり息を弱く抑えて、あなたの地鳴きに目で頷く)(参りましょう!)
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朱酉・逢真  2021年3月2日
そォかい、そンなら防ごうか。感染呪詛は、いっちゃア彼岸の風邪だしな…と。
(店全体に影がかかった。悠悠と横切るは見上げるほどの巨怪。その背後に駆け寄れば、君はすっぽりと周りから隠れた)
おォ、運のいい坊だ。(すいと飛び、巨怪に羽触れ毒をまわした。これにてしばし、背後の気配に気づくまい)
(約束は君と交わし、なればこそ今ここにいる。"朱酉・逢真"という神が「次は尽くし支える」と言い、君はそれを拒まなかった。神の約束はなべて契約。文書・印は必要なく、相手が忘れど反故にはならぬ)
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朱酉・逢真  2021年3月2日
このまま行けば辻にでる。まずはそこまで行くぜ。
(異なる場所への道が交わる"辻"は、あらゆる場所に繋げやすい。君の出した目が50より大きければ、障害なくたどり着ける)
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雨野・雲珠  2021年3月3日
(規格外の大きさに思わず怯みながら、なるべくさりげなく、ともすれば連れに見えるくらいの距離で後ろにつく。かみさまが何かしてくれた様子でも気は抜かない。ここは多分、それだけで安心していい場所ではないのだ。それに、大きく重い相手がみな、にぶくて遅いとは限らない……)
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雨野・雲珠  2021年3月3日
(通りがかる時々で、煮えたぎる鍋と共にものすごい悪臭が漂う店がある。店先に並ぶ彫像までもが皆異形だ。骨の形がわからないほど肥えた店主が、執拗に肉叩きで叩くあれはなんだろう?屠殺された豚のように吊り下げられているあれらは何だろう?なるべく前だけ見るようにする。目があったら怖いからだ)
(今まさにあなたの献身という形の加護と恩寵をその身で受けながら、当人は気づきもしないまま)
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朱酉・逢真  2021年3月5日
(ゴウゴウと威勢のいい掛け声の前を通りながら、結界で小桜を覆う。万が一にも掛け声が届かぬよう、念入りに上から"毒"の気で覆った。君の前の巨怪は、時折とまる。とまってはなにか―貝の舌に似たものを伸ばして、空を切りながら店のものを絡め取る。今も犬の死体に似た焼き物を取った。代金を払っているようには見えないが、店主が追いかけてくる様子もない)
《ああ、それでいい。余計なものは見なくていいさ。目は門だ。ヒトは生きるため、目を閉ざしたンだから》
(隣で囁かれたように聞こえただろうか。だがそれは知った声。まだ君は見つかっていない)
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朱酉・逢真  2021年3月5日
(鏡文字で書かれた"すくい屋"の前を通れば、辻は目の前。左・右・直進と道が伸びる。とまった巨怪の影から出るようにと、小鳥の朱羽が先導する。小さなくちばしが石畳をつついた。すると石を砕いて植物が湧き伸び、君がくぐり抜けられるほどの輪を作る)
《かずら櫛桃がありゃいっぱつだったンだがな。さすがに持っちゃアねェだろう? 運試しだ。3回くらいかな。この輪をくぐって左の道。ここに戻ってくるから、また輪をくぐって右の道。最後は輪をくぐってまっすぐだ。俺はこの輪の前にいる。この鳥の姿でな。俺がいなかったり、他の姿でいたりしたら、その輪は無視して通り過ぎるんだ。そうすりゃかならず"俺のいる此処"へ戻ってくる》
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朱酉・逢真  2021年3月5日
《いいか、左・右・まっすぐ。かならず俺のいる輪をくぐる。これだけ守りゃ帰れる。怖がることなンざなンにもねェよ。ミスっちまっても"サイアク"は防ぐっつったろ》
(常と同じ声色で、小鳥は言った。一度目。輪をくぐって左の道へ、30以上ならば無事にここに戻る)
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雨野・雲珠  2021年3月5日
(ぴたりと後ろについているので、大きすぎる相手の挙動はわからない。ふしぎと音が遠い中、あなたの声だけが鮮明に届く)
……俺はひとではないですが。目がなかった頃の感覚を、もう思い出せないでいるんです。
(風に揺れていればよかった頃とは何もかも変わってしまった。時は進み続けてもう戻れない。人を真似て暮らすうち、自分がどんどん変わっていくのがわかる。だからこういう場にも迷い込む―――…)
(ともあれ今は集中するべきだと、導きに従って静かに巨体から離れた)
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雨野・雲珠  2021年3月5日
輪をくぐってから左の道。次は右。最後はまっすぐの道。輪の前にかみさまがいなかったり、他の姿でいらしたら、その輪は無視して通り過ぎる……。
(三は特別な数だと聞いたことがある。試練に、問答。ランプの魔人へのお願い事の数。魔女がまじないをかけるために必要な回数。茅の輪くぐりを思い出しながら、験を担いで左足からくぐった。まずは、左の道へ)
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朱酉・逢真  2021年3月7日
(狂人を真似て通りを走れば狂人となるとヒトはいう。ならば人間を真似て此岸を歩めば人間となるも道理だろうか。境界線などあくまで線。超えるに容易い一線だ)
(奇数は変化と移動の数字。3は調和と安定の数。《道》の安定に丁度の数だ。輪をくぐり進む君の前、まったく同じように輪・辻が映ろう。となりに見慣れた朱色の小鳥。50以上で無事に進める)
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雨野・雲珠  2021年3月7日
……あれっ?(しばらく一人進むことになるかと不安な気持ちでいたら、いくらか歩いただけですぐ先に辻と輪を、そしてあなたを見つけた。きょとんと瞬いても、今歩いて来たばかりの後ろは振り返らない。怖いからだ)
―――かみさま。かみさまですね。お小さい姿の……(姿も同じ。不穏な気配もない。ここまではきっとうまく来れている。呼びかけというよりは確認するためつぶやいて、よしと頷いて再度輪をくぐった。二回目。次は、右の足から。そして右の道へ)
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朱酉・逢真  2021年3月10日
(君は無事に輪をくぐる。先程よりは道程長く。不意にちらつく雪花の白色、気づけば同時にうなりだす風。視界は白く鈍色に染まり、気温も急激に下がるだろう。人間であれば動けなかろうが、君は桜。まだ支障は出まい)
(君の後ろから声がした。君を呼び止め、誘う声。振り返ることは止められていない、されど好い結果は生むまい。人ではない君は、そのことをなんとなし悟れよう)
(ダイスを振ってください。出た数値が高いほど、声は君の罪悪感を刺激します)
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雨野・雲珠  2021年3月10日
……わぷっ、(突然吹き付けてきた冷たい雪風に混じって、遠く、鳥の鳴き声―――違う。これは、)
(弾かれたように足を止め、けれど振り返るのだけはかろうじて踏みとどまった。もう久しく聞いていない、それでも忘れるはずがない。ひとたび聞けば魂を揺さぶり起こすような懐かしい鳴き声。凍てつく森によく響く、高く透る警戒音。雪で隠された大地の裂け目や大熊のねぐら、薄く氷の張った河の上。歩ける喜びと好奇心のままに、危ない場所へ進もうとした時には必ずこの鳴き声を耳にした)
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雨野・雲珠  2021年3月10日
―――そっちに行くのはおよし、
―――戻っておいで。
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雨野・雲珠  2021年3月10日
(けれども、もうないのだ。神様と人とが永く相思相愛だったあの里は。慈しみ、守られていたあの土地は。それに、呼んでもらえるような身分でもなくなった。もはや神は自分に何も望まない。意味も価値もないから)
知っていますよ。知っています……(太い太い後ろ髪を引きちぎりながら足を進めるうちに、雪の勢いは弱くなった。ふと気づけば何事もなかったかのようにもとの辻。輪の前にはちいさな朱い鳥のあなた。いつの間にか、畏怖の対象だった相手を見つけて安堵するようになった。これだって変わったことのひとつだろう。そう思いながらなんとか微笑んだ。濡れた睫毛が白く氷りかけていたのはご愛嬌)

おそろしい、……だけでなく。気合の、入り直す場所ですねえ。
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朱酉・逢真  2021年3月13日
(ちちちと鳴いたは笑いか祝福(*いわい)か。朱色の小鳥は翼を広げ) 

《すばらしい。やはり"いのち"は眩(*うつく)しい》

(大きく伸びた翼は腕へ、脚は細く骨浮く足へ。ヒトをかたどり君へと歩み)
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朱酉・逢真  2021年3月13日
好きにおいきよ、遺骸(*かこ)負う"いのち"。心ゆくまで嘆きもがきな。誰がなに言えどほっておけ。選び決めるはお前さんだ。

(かたる《日陰》は君の横、通り過ぎれば迫る"気配"が薄れ)
サ、こいつで借りはチャラ。次がないよに気をつけな。(背後で"だが"と含み笑い) 膝折れた日にゃ、いつでもおいで。陰府はつねに隣(*とも)にある。
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朱酉・逢真  2021年3月13日
(目の前の輪の向こうには、君の知る日本橋が見える。君の後ろでは、《日陰》が追手を抑えている)

(最後に選んでください)
(▻輪をくぐる 無事に此岸へ帰還します。なにか手に持っているかも)
(▻振り返る 強制的に此岸へ帰されます。ここでの記憶を失います)
(▻とどまる 強制的に此岸へ帰されます。《日陰》がいちど死にます)
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雨野・雲珠  2021年3月14日
(鳥の骨格が、広げた朱い翼が、みるみるうちに一番見慣れた姿に戻ってゆくのを見て、今度は無理にではない笑みが浮かんだ。夜の闇はその内に恐ろしいものを潜ませる。同時にその暗がりでいのちは眠り憩う。善悪ではきっと切り分けられない。どちらもあなたなのだから)
―――かみさま、
(指先で懐に蛇がちゃんといるのを確かめて、早足で輪までたどり着く。いつものようにゆっくり先を歩むでも隣に並ぶでもなく、通り過ぎたまま来ないのが気になった。あなたに害はないのか、自分だけ行っていいのかと振り返りそうになった首をはっと元に戻す。振り返るなとはひとことも言われていない。でも見るなと言われて覗いた太古の大神の、振り返るなと言われて振り返った竪琴弾きの顛末は知っている)
(何より、あなたがおいきと言うのだから)

……えっと、お……お先に!失礼します!ありがとうございましたかみさま!
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雨野・雲珠  2021年3月14日
(「なんかバイト先から帰る時みたいな挨拶になっちゃったな」と思いながら、一息に輪をくぐった)


▻輪をくぐる
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朱酉・逢真  2021年3月14日
(噴きだす音も届かぬうちに、世界のすべてが塗り替わる)
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朱酉・逢真  2021年3月14日
(靴裏が、じゃりを踏む音を聞いただろう)
(空は青に雲が溶け、風は人の営み薫らす。ほのかにやわらぐ日光が、昼下がりののどかを緩く包む。耳を澄まさずとも聞こえてくるのは、この日常が終わりまで続くと信じ切る声。子供らが君のそばを、なにごとか言い合いながら通り過ぎた。顔も体も子供だった)

(君は立っている。昼下がりの日本橋。音は耳を刺さず、風は腐臭を運ばない。大人は大人の顔をして、だれもかれもが生きている)
(君はそこで、自分が何か手に持っていることに気が付くだろう。それは君がかつて大事にしていた物品。いまはもう、ないはずの物だ)
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雨野・雲珠  2021年3月15日
(輪をくぐらせた後ろ足を下ろした瞬間、眼前に広がるのは平穏な昼下がり。今しがたの出来事全てが夢だったかのよう。あるいは、目の前に広がるこの世界こそ嘘のよう)
(通り過ぎていく子どもたちの会話が自分にも理解できることに気づき、去っていく気配を背中で追って、そうしてようやく振り返ることができた。当然のように子どもたちの後ろ姿があり、当然のように輪などあるはずもなく)
汐くん………(襟元から顔を見せた白蛇を、心ここにあらずのまま指先で撫でる。もう片方の手に何か引っ掛けていることにも気づかない)

干物………は。またの機会にしましょうか………
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雨野・雲珠  2021年3月15日
【タミ汐通信】

「も、もしもーし………あっ、かみさまですか?あの、お昼は………はい!無事帰れました!本当にありがとうございました。あの、かみさまはあの後………ふふ、それならよかったです…………はい………はい!汐くんはお手柄です!」
「それでですね。俺、そちらから何か無断で持ってきてしまったみたいで」
「見覚え。───は、あります。俺が昔大事にしてた、いただきものによく似てる………似てるというよりそのもので」
「でもそんなはずないんです。ここにあるわけが、」
「………………」
「………あ、」
「そうだかみさま。あの、今度───」


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【持ち帰ったもの】
昔、里の人からもらった鹿の毛皮。腕のいい職人が丁寧になめして加工したもので、とても柔らかく暖かい。羽織れるようにと端に木彫りの釦と紐がついている。



(七乃宮内に具現化していた「愛用の鹿の毛布」が消失しました)
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