File08:倖せな匣
柊・はとり 2022年4月29日
不本意ながらも、高校生探偵として事件解決の実績を重ねていたある日、はとりの元に一通の手紙が舞いこんだ。
差出人は、友人の親戚である翁川・一元（おきながわ・かずもと）博士。どうやら、友人からの伝え聞きではとりの活躍を知った翁川博士の一人娘が『名探偵』に会いたがっているらしいという。
なんとかして断ろうとするはとりだったが、友人の顔を潰すわけにもいかず、彼らが住む研究所へ向かう事になる。
そこは一面硝子張りの異様な館だった。悲劇は『名探偵』に惹き寄せられるように起き、この美しき匣もまた、罪の色に染まるのだ。
●舞台
I県T市の「翁川研究所」
研究学園都市であるT市の中心地から離れたT山中に、ぽつんと建てられた研究所。
一面ガラス張りの外壁が特徴的な館で、開放感があり、四季折々の豊かな自然を眺めながら研究に集中できる環境となっている。
遺伝学の権威である翁川博士の自宅も兼ねており、彼と孫娘の三枝子、住み込みの家政婦や研究員たちが数名で生活している。
三枝子の両親は彼女が幼い頃に事故で他界している。難病におかされた三枝子は、学校にもほとんど行くことを許されず、一年の大半をこの研究所内で過ごしていたという。
●被害者数
１人（２人）
この事件で死亡したのは、翁川博士の孫娘である翁川・三枝子ひとりである。
しかし、三枝子の死をリアルタイムで目撃していた翁川博士が、ショックにより持病の心臓発作を起こして倒れ、そのまま死亡する不幸な事故があった。
三枝子が死亡した現場は全面がガラス張りの温室で、事件関係者のほとんどが、三枝子が銃撃により死亡する瞬間をガラス越しに目撃していたが、犯人の姿は誰も見ておらず、現場も密室だった。
「犯人はいかにして三枝子を殺したか」が事件の焦点となったが、はとりは見事にトリックを見破り、ただひとり実行が可能だった犯人の名を指摘した。
●犯人
『匣庭の主』柳・穣（２４）
やなぎ・じょう。研究所に住み込みで働く、地元大学出身の若手研究員。
大学で教鞭をとる翁川博士の教え子のひとりで、電子工学に長ける。
身寄りがなく、偏屈な性格で無愛想だが、研究熱心な青年。一度パソコンの前に座ると、しばらくは何も聞こえなくなるほどの集中力の持ち主で、大学や翁川博士にも能力の高さを買われていた。
博士の要請を受け、共同で極秘の研究を行っているという噂があるが……。
●犯行動機／その後
共同研究の内容が許されるものであるのか疑問を抱いていた穣は、ある日翁川博士を問い詰めようと彼の部屋に向かったが、議論する価値はないと一蹴されてしまう。
己の才能に限界を感じ、望ましい研究結果を出せない事にも焦りを感じていた穣は、悩んだ末に博士の殺害を決意した。
穣の本当の標的は翁川博士その人だったが、穣が仕掛けたトリックにかかって実際に死亡したのは三枝子であった。しかし、結果的に翁川博士も死亡した。
彼の孤独な生い立ちと、研究所内での孤立が犯行へ至る駄目押しとなったが、好奇心旺盛で屈託のない三枝子と話す時間だけは、穣のひそかな楽しみだった。
博士を殺害し、彼女をこの狭い箱庭の世界から解放してやることも、自分の務めだと思いこむことで、殺人行為を無意識に正当化しようとしていた。
穣は、翁川博士はきっと己が助かるために生い先短い孫娘を犠牲にしたのだと憤慨するも、三枝子が以前穣から譲り受けた古い工具箱の中に保管していた想い出の品々をはとりに見せられ、一体どうすれば良かったんだと泣き崩れた。
箱の中には、三枝子が博士や穣とともに研究所の付近で集めた押し花や、蝉の抜け殻や、松ぼっくりなどが大切に保管されていた。
彼女はここにいるだけでも充分幸せで、どんな理由があれ、それを壊してしまったのは他ならぬ穣であった。
翁川博士と穣の研究内容については、事件当時は伏せられていたものの、オブリビオン・ストームの発生後、ヒトの遺伝子操作にまつわるものだったことが、服役していた穣本人によって公表される。
もとは博士が三枝子の病を治したい一心で行われていたその研究は、フラスコチャイルドと偽神兵器の製造に活かされ、人類の生存という課題を一歩前進させた。
しかし、緊急事態のため翁川研究所に戻り、技術開発に従事していた穣は、その情報を察知したオブリビオンの襲撃を受けて死亡。
この際になんらかの事故があったとも言われているが、関係者が全員死亡しているため、調査は困難とみなされ、単なる襲撃事件のひとつとして片づけられた。
そして、穣は過去を悔やむ気持ちから、自身もオブリビオンと化す運命を辿るのだった。
なお、翁川研究所は前述の襲撃事件以来山中に放置されており、現在は廃墟と化しているものの健在の模様。
何者かが時間質量論の研究データを隠していたことが最近になって判明した。
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