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帰り道はどこにもない

#UDCアース #呪詛型UDC

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#UDCアース
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#呪詛型UDC


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●???邸
 ――どうしてこんなことになったんだろう。
 意味のない問いが、幾度も頭の中を何度も巡る。答えをくれる人はどこにもいない。
 夢なら覚めてほしいと、何度も祈るように目を閉じた。けれど瞼をいくら擦ってみても、目を開けば広がるのは見知らぬ光景。薄暗く寒々しい部屋。
 ――他にも人はいたのに。どうして私だけ。
 ああ、そうだ。職場から自宅までの帰り。いつもより少しだけ早く終わった仕事に浮かれて、寄り道をしようと普段とは違う帰路を選んだ。きっと、それがいけなかったんだ。
 十数分前まで続いていたはずの平穏で変わり映えのない日常が、随分と遠い出来事のように思えた。
「ふっう、うぅ……っ」
 思い出した慣れ親しんだ景色への恋しさと、終わりの見えない絶望と恐怖に涙が溢れた。震える息をか細く吐き出しながら扉に凭れるようにしゃがみ込めば、足が何かに当たってガサリと音を立てた。
 びくりと肩を跳ねさせて足元を見れば、初めて行ったドラッグストアのレジ袋が落ちていた。ふと、もしかしたら何か、希望をもたらす何かがあの中に入っているんじゃないかという気がして、縋るような気持ちで袋を摑んだ。
「は、ははっ……そりゃそうだぁ」
 果たして、袋の中にあったのは気まぐれに買ったチョコレートと絆創膏。諦め悪く小さな袋をひっくり返してみても、それ以外には何も出てこない。当然だ、あの時はこんなことになるなんて、想像すらしていなかったのだから。けれど、こんなことなら、もっと役に立つものを買えば良かった。
「……もう、いや。もういやだ、家に帰りたいっ……かえりたいよぉ」
 扉の向こう、呪詛の声はすぐそこまで近づいていた。

●グリモアベース
「頼む、助けてくれ」
 テレビウムのグリモア猟兵、遠千坊・仲道(砂嵐・f15852)は開口一番、そう言って頭を下げた。予知の内容を流していた頭部のテレビには、灰色の嵐が吹き荒れている。
「あるドラッグストアで次々に失踪者が出ている。だが、周囲の誰もそれをおかしいと思わない。オブリビオン――あの世界で言うところのUDCか。間違いなく、そいつらの仕業だ。失踪者はUDCによって異界に転移して、何らかの儀式に巻き込まれた。失踪したのは皆、ただ『その場で日常を満喫していた』だけの一般人。……予知の後、あの人がどうなったかまでは見えなかった。助かるかもしれねえし、助からないかも、分からねえ」
 理不尽な話だよな、とザラついた声で悔しげに呟いた仲道は、一度深い溜息をつくと、顔を上げて猟兵たちの顔を見渡した。
「これから、件のドラッグストアの近くまでテレポートする。あんたたちにはそこで思いきり買い物を楽しんで、日常を満喫してほしい。それが奴らの根城に導く鍵になる。金はUDC組織が出してくれるから遠慮するなよ」
 仲道は努めて明るく語って、懐から人数分の黒いカードを取り出した。これを使えば金額無制限で支払いができるというが、どういう仕組みなのかは知らぬが仏である。
「あとはそうだな、普通の店なら平気だろうが、あれはUDCが経営しているドラッグストアだ。隠せる武器以外は店内に持ち込めるか分からない。どのタイミングで異界に転移するのかも不明だしな。だから武器や回復に使えるものを調達しておくのも手だと思うぜ」
 戦闘に支障が出ない程度にな、と付け加えて、仲道はグリモアを発動させた。
「頼んだぜ、猟兵。日常を侵す呪詛を、断ち切ってくれ」


葛湯
 装備を整え、探索し、戦闘する。
 三作目です。葛湯(くずゆ)と申します。
 今回は初のUDCアースシナリオです。
 微ホラー、微シリアスになる予定ですが、頂いたプレイング次第で変わります。
 どうぞお手柔らかにお願いします。

●シナリオ構成(ざっくり)
 第一章 日常『ドラッグストアでお買い物』…大型ドラッグストアです。売ってそうなものは大体あります。個人的に欲しいものや探索に使えそうなものを圧倒的財力で買いましょう。
 第二章 冒険『暗渠を孕む邸』…異界の邸を探索。鍵開けや索敵したり何かを見つけたりできます。シナリオクリアには必要ない情報も見つかります。
 第三章 集団戦『六零六『デビルズナンバーへいし』』…倒してください。
 ※今作ではドラッグストアで買ったものを活用すると判定にプレイングボーナスがつきます。途中参加でも店で購入したものを使う描写があればボーナスがつきます。

●お願い
 第二章と第三章は状況説明のリプレイを挟んでからのプレイング募集となります。
 同行者がいる場合は冒頭に分かりやすく記載をお願いします。
 その他注意事項などありましたら、そちらも分かりやすい形で記載してください。
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第1章 日常 『ドラッグストアでお買い物』

POW   :    かさばるものを大量にゲット!トイレットペーパーや日用品はかさばるな〜。

SPD   :    とにかく必要なものだけ買っていく。値段は見ない!

WIZ   :    お店で実物をみてじっくり思考。あれもいいな〜これもいい!

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

エンティ・シェア
日常を満喫か。なるほど任せたまえ
最近ね、サプリメントにハマっているんだ
錠剤ではなくてね、グミなんだよ、グミ。これがなかなか美味しいんだよ
ドラッグストアなら結構な種類が揃っていると期待しよう
何なら店員にオススメを聞いてしまおうか

後はそうだねぇ、ドラッグストアに来ることはないからあれこれ眺め歩こう
ついでにまた店員を捕まえて女性向けコスメの説明を受けようか
こういったものはプレゼントに向くのだろうかなんて聞いてみたり
さもこれから恋人の待つ家へ帰るような体で
待つ人も帰る家も、ないのだけどね
よし、それっぽく缶チューハイにつまみもカゴに入れてしまおうか
勿論飲むとも。私が

それにしても普段しない買物は楽しいね



●大型ドラッグストア1
 猟兵たちがグリモア猟兵にテレポートされた場所は、件の店からは少しばかり離れた場所だった。雲一つない晴天とまではいかずとも、よく晴れた初夏の午後である。依頼に応じた猟兵のひとり、エンティ・シェア(欠片・f00526)は、艶やかな長い赤毛が揺れる首筋にしっとりと汗を浮かべながらも軽やかな足取りで目的地へと歩みを進めていた。
 やがて見えてきたのは、三階建ての巨大な建物。壁は近くで見てもつい最近塗装されたばかりのように汚れ一つなく真っ白で、入り口の自動ドアの上には大きく『薬 ドラッグストア』と書かれた紫の看板が設置されている。ここが例の店であることは間違いない。しかし、よくある店頭に置かれている客寄せのための商品や幟はなく、ガラスに加工でもしてあるのか窓から店内の様子も窺えない。看板以外にそこがドラッグストアであることを示すものはなにもなかった。
 オブリビオンへの耐性を持つ猟兵だからこそより強く感じる気持ちの悪さ、違和感。しかしエンティは気にした風もなく入り口に向かうと、さっさと自動ドアをくぐった。他の一般客に混じり、さも日常のように。
「あぁ、涼しくていいね。……なるほど。外はともかく、中は見るものがありそうだ」
 広い店内に足を踏み入れると、ひんやりとした風が頬を撫でた。緑色の目を細めて体の熱を冷ます風を浴びると、エンティの視線は左右に立ち並ぶ棚の間をさ迷った。そして、僅かに小首を傾げる。
「……さて、困ったな。これはこれで、見るものが多すぎる」
 さほど困ってなさそうな声で呟くと、エンティはあるものに目を留めた。
「失礼、君はここの店員かな? すまないが、サプリメントの置いてある場所を教えてもらっても構わないかい」
「えぇ、それでしたら……」
「おや、わざわざ売り場まで案内してくれるのかい? それは素晴らしい、ありがとう。君は店員の鑑だね」
 看板と同じ紫色のエプロンを着用した年若い男性店員に気軽に話しかけると、場所だけ伝えようとした店員の声を封じるように大仰な仕草で感謝を告げた。
「……えぇと、こちらです」
 当惑する店員にニコニコと頷き、エンティは勝手に隣に並んで話し始める。
「最近ね、サプリメントにハマっているんだ。錠剤ではなくてね、グミなんだよ、グミ。これがなかなか美味しいんだよ」
「えっ? は、はぁ……そうなんですね」
「うん。しかしサプリメントをグミにするなんて、一体誰が考えたのだろうね。これなら水もいらないし、錠剤が苦手な人でもお菓子のように食べられる。素晴らしい着眼点だと思わないかい? あぁ、しかし美味しく手軽に摂取できる分、食べすぎには注意しなければならないよ。忘れがちだが、サプリメントはあくまで栄養補助食品だからね。摂りすぎは却って体に毒だ」
「そうですね……」
「おや。これは失敬、ドラッグストアの店員に話すようなことではなかったね。……さて、どうやら私たちの目的地に到着したようだ。君の案内に感謝しよう。楽しい道中だったよ、ありがとう」
 案内される最中もよく回る口で一人楽し気に話を続けていたエンティだったが、数多くのサプリメントが並ぶ棚の前に来るとぴたりと立ち止まり、優雅さすら感じる礼を店員に向けた。
「い、いえ。では僕はこれで……」
「ところで、君のオススメはどれだい? 全種類を買っても良いのだけど、あまり手荷物が多いのも困りものだからね。定番はビタミンCのレモン味かな? 他にも鉄分のグレープ味、乳酸菌のヨーグルト味……おや、こんなに種類があると半日でも迷ってしまいそうだな」
 これは困った。とわざとらしく呟くエンティに即座に逃げ道を絶たれた店員は嘘を吐けと言いたげな胡乱な目をした。しかし視線に気づいていないはずがないエンティは暖簾に腕押しと少しも動じることなく店員の返答を待っている。結果、先に折れたのは店員の方だった。さっさと答えてしまった方が易いと悟ったとも言える。
「……こちらの、マルチビタミンのフルーツミックス味はどうですか? 一番人気ですよ」
「へぇ、君が言うならそうなんだろうね。それじゃあ、これを買わせてもらおうかな」
「ありがとうございます。それでは僕はこれで失礼しますね、ごゆっくり!」
「あぁ、ありがとう。有意義な買い物になったよ」
 逃げるように立ち去る店員の背をひらひらと手を振り見送り、エンティは手渡されたサプリメントグミのパウチを眺めた。
「ふぅむ、なるほど」
 どうやら店員はシロらしい。と、近くの買い物カゴに同じものと違う種類のグミを数個適当にバラバラと入れながら、エンティは機嫌よく呟いた。

 その後、他に特に買いたいものも思いつかなかったエンティは店内を眺め歩くことにした。
 ドラッグストアには多種多様な薬や健康食品、ヘルスケア商品など以外にも、普通のお菓子やトイレットペーパーなどの日用品、生活雑貨、掃除用品、衣料品、ペット用品まで様々なものが売られており、見飽きることはなかった。普段しない買い物に気持ちが少々浮ついていたのもあるかもしれない。
 しばらくそうして見るともなしに店内をさ迷っていたが、一際目立つ商品が並ぶ棚を前に立ち止まった。
「あぁ、ここは女性向けコスメのコーナーか。……ふぅむ。そうだね、こういうのも面白いかもしれない」
 可愛らしいハート型のケースのファンデーションを興味深そうに手に取り眺めていたエンティは、ふと思いついたことを実行しようと付近を見回す。女性向けコスメの棚の前できょろきょろしている男を不思議そうに見る客の視線は例によってスルーだ。そして間もなく、お目当てのものを見つけてにっこりと笑った。目が合った店員は引き攣った微笑みを返した。
「ちょっと、聞いてもいいかな? ここの商品について色々と知りたいんだ。私はあまり詳しくなくてね」
「えぇ、構いませんよ。私もそこまで詳しいわけではありませんが……答えられることでしたら」
 声をかけられた三十代くらいの女性店員は先ほどの年若い店員とは違い、内心どう思っているかはさておき、エンティの調子にもすぐについてきた。
「ありがとう。では、こういったものは、女性へのプレゼントに向いていると思うかい?」
「プレゼントですか」
「うん。特に記念日というわけでもないのだけどね」
「そうですねぇ……あまり、プレゼントには向かないかもしれませんね」
 予想していた質問だったのか、店員は少し間を置いてから冷静に返した。
「あれ、そうなのかい? それはどうして?」
「日常的にお化粧をされる方でしたら、愛用のものを定期購入されている場合もありますし、ファンデーションなどはお肌の状態によって荒れてしまったり口紅もお肌の色で合う色、合わない色などありますから。どうしても、という場合はご本人様もご一緒に見ていただいた方がよろしいかと……」
「あぁ、そうなんだね。……それは残念だな」
 少し落胆した様子のエンティを見て、店員ははっと目を見開いた。
「あっ。でも、そうですね、こちらのトライアルセットなどいかがでしょうか? こちらのメーカーさんは特に敏感肌の方向けのコスメ開発に力を入れていて、お肌に優しく、種類もそれなりにあるので初心者の方にもおすすめなんですよ。ポーチも可愛すぎず派手すぎず、幅広くどなたでもお使いいただけると思います」
 妙に熱の入った店員の説明に、これは何か考えていたのとは違う方向に勘違いされているなと感じながら、しかしエンティは訂正することなく大人しく店員の厚意を受けることにしたのだった。

「まぁ、恋人がいないのは事実だからね」
 それどころか、待つ人も帰る家も、ないのだけど。なんて考えながら、楽しく眺めているのは酒類が並ぶショーケース。一応ドラッグストアだからかアルコールフリーのものが目立つ中、エンティは缶チューハイを二つと酒のショーケースの隣にさり気なく置かれた棚の中から定番のおつまみを三つ、既にサプリメントのグミとポーチが入っているカゴの中に放った。家で待っている恋人がいるというシチュエーションを崩す気はないらしい。最終的には全てエンティが食すのだが。
「よし、これくらいで良いかな」
 その足でそのままレジに並ぶと、黒いカードを手品のように取り出して、驚き固まる年若い男性店員に渡し、エンティは会計を済ませた。しかしながらそこで、エンティは首を傾げた。
「結局、何も起こらなかったけれど」
 はてさて、私は失敗したのだろうか。それなら次の手を考えようか。紫色の字で『薬 ドラッグストア』と印字されたレジ袋を手に思案しながら、エンティは来たときと同じように気楽に自動ドアをくぐる。

 そこに暗闇が待っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ベッジ・トラッシュ
帰路ひとつ変えて冒険気分たぁ、
お手軽でい~じゃん!
その平和に感謝シ、助け出すオレにひれ伏スがいい!
(真剣な声で)…探すぞ、その男。
オレはヒトからチョコを貰ってみたかったのだ!

・買い物
懐中電灯と携帯ラジオ
花火(ロケットとネズミ)
ライター
ガムテープ
ストッキング(多めに)

こんなもんか。
持参の買い物袋(風呂敷)に包んでもらって首に括るぜ
コソ泥じゃねぇからな!?
レシートはしっかり頼むぜ。
ライターと腰のポシェットにしまう。

腰には武器のパチンコを引っ掛けてるが、大丈夫なモンかね?
それ以前に見た目(身長)がガキ以下なんだが…。
会計時に怪しまれりゃ、
「ハジメテのお使いダ!」
一緒に冒険するんダ、と胸張ってどやぁ!


玖篠・迅
…急にわけのわからないとこに連れてかれるって怖いよな
使えそうなもの買い集めて、助けれるように頑張るぞ

まずは紙と筆が欲しいかな
護符作る時に使えそうだし、書きやすそうなのがあるといい
次は水と塩だけど…
……こんなに種類があるってUDCアースはすごいよなあ
塩は2袋くらいで、水は持ち運びしやすそうなのを数本で足りるかな
種類とかに迷ったら「野生の勘」で選んで決める!

薬じゃないけど、こんなに物があるなら鉄製の釘とか木槌のかわりになりそうなのとかあるかな
あと方角がわかる、方位磁石だっけ?とか、火が出せるライターに…蝋燭とか懐中電灯だったかなとかも
…近くに取り扱ってる品物把握してる人いるかなあ



●大型ドラッグストア2

「帰路ひとつ変えて冒険気分たぁ、お手軽でい~じゃん! その平和に感謝シ、助け出すオレにひれ伏スがいい!」
 続いて自動ドアをくぐり高笑いを響かせながら入店したのは、トンガリ帽子にだぼだぼローブというファンタジーな出で立ちの小さな小さな少年だった。その背丈は人間の赤ん坊ほどしかなく、目深に被った帽子とローブの隙間から覗く二つの金色の光がパチパチと瞬いていなければ、遠目からは布の塊が動いているように見えただろう。彼の名前はベッジ・トラッシュ(深淵を覗く瞳・f18666)。十二歳という若さながら、猟兵の一員として活躍するテレビウムだ。
 こうして意気揚々とドラッグストアへの入店を果たしたベッジだったが、自動ドアをくぐったところで、ぴたりと足が止まってしまう。
「ワッ……」
 大人の人間向けに設計されている店内は、小柄なテレビウムからすると何もかもが巨大で、そこに並んでいる品々すら自身を圧倒するようだった。目の前にある棚の上など、どれだけ見上げても何があるのか分からない。そんな光景にベッジが思わず怖気づいてしまうのも無理のないことだった。
「いやいやっ!」
 不安に心が支配されそうになったベッジは、大きく頭を振って勇気を奮い立たせるようにぎゅっと拳を握りしめた。
 ベッジはグリモア猟兵に見せられた予知の映像を思い出していた。暗い部屋の中で絶望し、泣いていた女性の姿を。
「……探すぞ、あのヒト」
 自然と零れた言葉は年齢に不釣り合いなほど大人びて、固い決意に満ちていた。ややあって、それに、と続けて大きく笑う。
「オレはヒトからチョコを貰ってみたかったのだ!」
 殊更明るく言い放つと、ベッジは店内と駆けだした。その手から渡されたチョコレートは、きっと何よりも甘く美味しいに違いないと、想いを馳せながら。

「良かった、大丈夫そうだな」
 そんなベッジの背を見守りながら、ほっと息をつく和装の少年がひとり。同じく猟兵の玖篠・迅(白龍爪花・f03758)だ。迅は手毬が本体というヤドリガミだが、見かけは普通の少年と変わりない。実はベッジのすぐ後に入店したものの、ドアの前で固まっていたベッジを心配して、近くで様子を窺っていたのだ。しかし、あの様子ならば励ましなど必要なさそうだ。
「よし! 俺も使えそうなもの買い集めて、助けられるように頑張るぞ」
 そして奮起するベッジの姿に触発された迅もまた、空色の瞳を輝かせながら物品調達に出かけるのだった。
「まずは紙と筆が欲しいかな。護符作る時に使えそうだし、書きやすそうなのがあるといい」
 迅は育ての親から陰陽道を受け継いだ陰陽師であり、実際にオブリビオンとの戦闘でもその力を駆使して戦うことも多い。ゆえに迅の呪力が込められた護符は持ち主の厄災を防ぐ際に、確かな効力を発揮する。今回もまた護符を使う場面があるかもしれない。何にせよ、備えあれば患いなしである。
 そんな風に思案しながら並ぶ棚の間をうろうろとさ迷っていた迅が見つけたのは、小さな文房具コーナーだった。種類は少ないものの、定番商品は一通り揃っているようだ。
「……うーん、やっぱりないなぁ。いっそ、この筆ペンってやつでも良いかな? 使えるか分からないけど……ん? なんだこれ、鞄?」 
 目当てのものが見当たらず落胆しかけた迅は、マジックやペン、ノートなどが並ぶ棚の下の方にひっそりと置かれた持ち手のついた青いケースを見つけて手に取った。カバーの正面に商品の説明が書かれた紙が掛けられている。
「習字セット、か? えーと、筆に硯、墨と墨汁、半紙……へぇーっなんか色々入ってるんだな」
 迅が見ていたのは、小学生用の習字セットだった。最近の物は色とりどりでお洒落なハンドバッグのような見た目のものも多いが、これは習字セットだと一目で分かるスタンダードでシンプルなものだ。
「はぁー良かった。もしかしてUDCアースには無いのかと思った。ついでに方角が分かるっていう方位磁石? も見つけたし、順調だな!」
 お目当てのものを次々と発見した迅はご満悦顔で片手に習字セットと方位磁石を抱えて、食料品の並ぶコーナーへと歩き出した。
「次は水と塩、だけど……」
 冷気を放つ冷蔵ショーケースの前で迅は目を丸くする。並んでいるのは様々なラベルが貼られた透明なペットボトルの数々だ。
「……水だけでこんなに種類があるってUDCアースはすごいよなあ」
 迅は感嘆の息をつき、水に貼られているラベルや商品札を見比べた。ほとんどはペットボトルだが、よく見ると中にはビンに入ったものまである。商品札に水やウォーターと記載されているのだから、水なのだろう。それにしても値段にここまでバラつきがあるのはどういうことなのか。
 思わず首を傾げながら迅が選んだのはラベルに『さわやか水』と書かれた小さなボトルだった。持ち運びがしやすく、品名が英語のミネラルウォーターよりも親近感が湧いたのかもしれない。
 その後、塩でもまた種類の多さに驚きながら、オーソドックスな白い塩を二袋選んだ迅は、両手に品々を抱えて残りのものを探す。
「あとはライターに、蝋燭と、懐中電灯……なんだけど、見つからないなぁ。近くに取り扱ってる品物把握してる人いるかなあ」
 ふぅ、と品を抱えなおして辺りを見回した迅の目に、奇妙なものが映り込んだ。
「カゴがひとりでに動いてる……?」
 棚と棚の間から、ずりずりと床を這うようにしてカゴが登場したのである。もしやオブリビオンかと僅かに警戒心を高めた迅だったが、ついで現れた布の塊のようなものを見て肩の力を抜いた。
「ベッジ」
「ナッ、なんダ!? 今誰かオレの名前を呼んだか? あんた……えぇっと、あんたは、迅さん?」
 身の丈ほどもあるカゴを押していたベッジは、迅の声に飛び上がらんほどに驚いて勢いよく振り向いた。
「あっ、突然声かけてごめんな! うん、合ってるよ。俺は玖篠・迅。よろしくな」
「お、おう。オレは……オレがベッジ・トラッシュさんだ! よろしく!」
 迅はベッジに近づくと背に合わせて屈み、やわらかい声と口調で自己紹介をして手を差し出した。ベッジは仲間に失態を見られたことが気恥しいのか帽子を被り直して咳払いをすると、少しも動揺していないように堂々と迅の手を握り返した。
「ベッジは買い物は終わったのか?」
「そうだな、ほとんど終わったぜ」
「おぉーっすごいな!」
「まっ、まあなー!」
 称賛され、へへんと胸を張るベッジ。カゴの中にはロケット花火とねずみ花火、ライター、ガムテープ、そして大量のストッキングが入っていた。……ストッキング? と女性の足の写真が載ったパッケージを見てその使い道に首を傾げつつ、迅はそれよりもライターの方に注目した。
「あっ、俺もライター欲しかったんだよなー。これってどこにあった?」
「ライターか? 良いぞ、案内してやろう。こっちだ!」
 頼られたことが嬉しいのか、勇んでカゴを引きずりだしたベッジ。その様子に迅が慌てて待ったをかける。
「ん、ちょっと待って。なあベッジ、俺のも一緒にカゴに入れさせてくれるか? その代わり、俺がカゴを持つからさ」
 頼むよ、と両手を合わせて拝むように言えば、迅がカゴを持つということに渋った雰囲気を出していたベッジは断れないと頷いた。
「……仕方ないなー」
「うん、ありがとうな!」
 迅は自分の分と併せて二人分の買い物が入ったカゴを片手に、前を急くように大股で歩いているベッジの後を追った。
「ライターは花火の近くにあったんだ。ほら、ここだ!」
「おぉっ、ほんとだ。こんなとこにあったんだなー……蝋燭まである!」
 迅は花火と並んで置いてあった使い捨ての安いプラスチック製ライターと、箱に入った五本入りの白い蝋燭を手に取ってカゴに入れる。
「はぁーっ良かった、ベッジのおかげで欲しいもの全部揃いそうだ。ありがとな」
「良いってことよ、オレは当然のことをしたまでだからな」
「ははっ、そっか。……あ、そういえば俺の買いたい物はあと懐中電灯くらいだけど、ベッジは?」
「えっ! 奇遇だな、オレもさっきそれを探してたんだぜ」
 まあ、もう場所は分かってんだけどな。と言って再び歩き出すベッジに、迅はカゴの中を見るが、懐中電灯らしきものは見当たらない。
「あれ? ならどうして入れてないんだ?」
「見つけたまでは良かったんだけどよぉー……届かねぇんだよな、オレじゃ。だからさっきあんたと会ったときは店員さんを探してたんだ」
「あぁ、なるほど。なら今は、俺がいるから問題ないってことか」
「そういうことだ!」
 和やかに笑顔で会話しながらベッジの案内で懐中電灯の場所まで行くと、迅は黒い懐中電灯、ベッジは小型の白い懐中電灯と、二人にとってちょうどいいサイズのものを見つけることができた。ついでにベッジの小型携帯ラジオもここで手に入れることができた。本当に何でも揃っているドラッグストアである。

 ようやく欲しいものを見つけられた二人は、自然と一緒に会計に並んだ。ベッジはいつの間にか迅に肩車されている。レジの女性店員は台に載せられたカゴを受け取ると、微笑ましそうに二人を見つめる。
「仲が良いのねぇ~ご兄弟なの?」
「えっ?」
 話しかけられた二人はきょとん、と目を瞬かせた。二人は種族も違えば姿形も全く異なるため、その発想が浮かばなかったのだ。しかしベッジの身体はほとんどが服で覆われている。間違えても不思議ではなかった。
「違うのかしら?」
 ではこの幼い子どもと少年は一体どういう関係なのか、と少々訝し気な表情になる店員を見て、ベッジは慌てて迅の肩から身を乗り出した。
「違わナい! あまり似てナイって言われるカラ、ビックリしたダケ!」
「俺たち兄弟なのになーなんでだろうな」
「あらまぁ。不思議ね、こんなに仲良しなのにねぇ」
「そうダロ! オレのハジメテのお使いダ!」
「なっ!」
 両手をぶんぶんと振って訴えかけるベッジに、迅も相槌を打って加勢すると、さほど疑っていなかったのか女性はすぐに納得して頷いた。しかし何を思ったかふとベッジのことをじっと見ると、腰の辺りを指さした。
「格好いいわね、そのパチンコ」
「うっ、ウンッ!? 兄さんと一緒に冒険するんダ!」
「えっと、そうそう。今日もその買い出しなんだ」
「そうなの、良かったわねぇ」
 咄嗟に考えたベッジの嘘に迅も乗っかれば、女性はそれ以上は追求せず優しく微笑む。ベッジは武器の所持を疑われたのかと思ったが、どうやら本当にただ褒めただけらしい。
「私にも君くらいの子どもがいるの。だからつい話しかけちゃって、ごめんなさいね。それじゃあ、合計で――円です」
「あっ、オレ! オレが出す!」
「良いよ、ベッジ。俺が払うって。……いや、正確には俺じゃないけど」
「まぁまぁ。こういうことに憧れる時期ってあるものだから、弟さんにやらせてあげましょう?」
「でもそれは……って、あぁっ!?」
 兄弟なのは演技だから、とは言えない迅が悩んでいる隙に、ベッジがさっさと店員に支払いを済ませてしまう。ベッジを温かく見守っていた店員も出されたのが黒いカードだと知ると衝撃のあまりカードとベッジを二度見したが、先ほどベッジがお使いだと言っていたことを思い出して納得するのだった。

 こうしてなんとか会計を終えると、ベッジは床に下ろしてもらって満足そうにレシートとライターを一緒に腰のポシェットに仕舞いこんだ。
「それ、重くないか?」
「平気だ! ちゃんと動きに支障がない程度にしか買ってねぇからな」
 迅が心配そうに見るベッジの背には買ったものが入った風呂敷包みが揺れていた。代金を払ってもらった代わりにと迅がベッジの商品を包んだのだが、ただでさえ小さな背丈が包みとの対比で更に小さく見える。そわそわとしてしまう迅だがベッジはお構いなしにズンズン進んでいく。
「それより、ここからどうするんだ? 今んとこ何も起きてないぜ」
「ん、そうなんだよな……ただ日常を満喫すれば良いって話だったけど」
 ベッジに言われて迅は広い店内を観察するが、やはり何か変化が起きているようには見えなかった。諦めて溜息をつくと、ベッジに向き直る。
「長居しすぎると怪しまれるかもしれないし、ひとまず一度外に出てみよう」
 もしかしたら何か変わるかもしれない、と願うように呟く迅に、ベッジも金の瞳を揺らしながら、ゆっくりと頷いた。
「……でも、オレは絶対にあそこへ行くぞ」
「うん。一緒に行こう」

 ――そして、助けよう。

 言葉にせずとも想いを一つに誓いを立てて、少年たちは扉の先へと消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


【MSよりご連絡】
先のリプレイにて買った商品の書き漏らしがありました。
プレイングに書いてあるのにリプレイに反映されていないものに関しては、他のものと一緒に購入していたということにしていただければと思います。
こちらの不注意でご面倒をおかけして申し訳ありません。よろしくお願いいたします。
レッグ・ワート
こないだの霧といい、一般人が日常よろしくするのが悪い意味で気になるUDCが多いんだな。そんじゃ、どんな形であれ助ける準備といこう。

……色々あるもんだ。と、応急処置まわりの諸々は手持ちにある。だけどこの世界の連中が見慣れてるものも用意した方が良いよな。どっかの生体の金なのが気になるがまあ経費だ経費、要る物買うよ。一応切り傷や炎症対策に、添え木になりそうな物。小型の水数本と塩分添加の加工肉……ジャーキー?と生体が食べ易そうな菓子類少し。後はドアストッパーとロープの代用あたりか。重量的には何も問題ないんだが嵩張らない程度に調整するぜ。
話し掛けられない限り黙って回るが満喫はしてるさ。何せ、仕事が近い。



●大型ドラッグストア3
「こないだの霧といい、一般人が日常よろしくするのが悪い意味で気になるUDCが多いんだな」
 指定されたドラッグストアへ向かいながらレッグ・ワート(脚・f02517)、別名奪還支援型3LG、通称レグは猟兵としての別の仕事で訪れたロンドンでの出来事を思い出していた。そこでも今回と同様に日常を満喫している人々を狙った事件が起きており、深い霧の中でレグは他の猟兵と共に着実に自分の仕事を遂行した。レグ他猟兵たちの活躍により先の事件についてはひとまずの収束を図ったものの……こうして似たような事件が続くのはどうにも不可解なことであった。
 複数の事件にある奇妙な共通点が全く気にならないわけではない。しかし、それがどこへ繋がり、何が待っていたとして、レグの為すべきことは常に変わらない。
「そんじゃ、どんな形であれ助ける準備といこう」
 青く光る瞳を真っ直ぐと前へ。開かれるドアの隙間を進んだ。

「……色々あるもんだ」
 レグはひとり店内を散策していた。UDCアースのドラッグストアに馴染みがないため、ひとまずこの店に何が置いてあるのか把握することにしたのだ。プロテインバーだけでもメーカーや味、大きさ別にざっと三十種類以上はある。ほとんどのものは問題なく入手できるだろう。
「応急処置まわりの諸々は手持ちにある。だけどこの世界の連中が見慣れてるものも用意した方が良いよな。どっかの生体の金なのが気になるが……まあ経費だ経費、要る物買おう」
 店内には食料品から生活用品まで様々なものが数多く売られており、自分は自由に使える金を持っている。そして日常を満喫するという大義名分もある。そんな状況下で何を買うかを考えたときに、レグが真っ先に思いついたのは救助後に必要となるものだった。
 当然と言えば当然かもしれない。この棚に並んでいるのは“生体”向けに作られたものばかりで、レグはウォーマシンなのだ。そしてこれは仕事の一環でもあるのだから仕事に必要なものを買うのは至って自然な流れだった。
「(一応切り傷や炎症対策に、添え木になりそうな物。小型の水数本と塩分添加の加工肉……ジャーキー?と生体が食べ易そうな菓子類少し。後はドアストッパーとロープの代用あたりか)」
 レグは生体の回復に何が使われていたか思い出し想像しながら、絆創膏、包帯、テープ、湿布、280㎖の水、おつまみのジャーキーなど、時おり商品説明や裏の製品表示で原材料なども読み込みつつ、ぽんぽんと買い物カゴの中に入れていく。先に店内を一通り見回り商品の場所をある程度記憶していたおかげで、慣れない買い物ではあったがレグは特に混乱もなく必要なものを集めていった。最後に買ったものが嵩張って動きの邪魔にならない程度に数を調整すれば、十分も経たないうちにレグの買い物は終わった。
 日常を満喫するというには少々味気ないようにも見えたが、これでもレグは買い物を十分に楽しんでいた。――何せ、仕事が近い。レグにとっては仕事こそが日常だった。
 買い物袋を片腕に提げ、レグは意気揚々と出入口へ向かう。その足取りには一寸の迷いもなかった。他の猟兵たちが自動ドアを通って外へ出てから一人も帰ってきていないのを知っていたからだ。上手くいけば、自分が日常を満喫していると“何か”に認められれば、おそらくあれが異界への扉に繋がるのだろうと、推測を立てるのは容易かった。
「――すいません、お客さん。あ、あのっ、そこの背の高いひと!」
「……? 俺のことか」
 自動ドアまであと三歩というところで、後ろから追いかけてきた声に足を止めた。一応周囲を見渡してみるが、自分よりも立っ端のある者は付近にいない。レグは僅かに首を傾げつつ振り返ると、自身の胸部よりも低い位置に黒い頭を見つけた。先ほどレジで見た店員だ、と思い出す。
「なんだ」
「ああああの、これ、カード……置いて行かれてましたよ」
 単純に疑問に思って見下ろせば、生まれてからそう長くないだろう男は震えながら黒いカードをレグに差し出した。これだけ身長差があると、こちらがそう意識していなくても相手にとっては威圧されていると感じるのだろう。ウォーマシンが他の種族と対するときによくあることだ。かと言ってわざわざ背を屈めることもなく、レグは男の手からカードを受け取る。
「あぁ……確かに、これは俺のだ。忘れてたよ。わざわざ悪いな」
「……いえ。間に合って良かったです」
 感情に合わせて柔軟に変えられるような顔は持っていない。だから声音だけは多少柔らかく、敵ではないと伝えるように。するとレグの気持ちが伝わったのか、店員の男は強張っていた表情を緩めて笑った。
「じゃあな」
「またのご来店、お待ちしております」
 去り際にかけられた言葉に、返す言葉はなかった。

 救助者を探して、機械は異界の門をくぐる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葛籠雄・九雀
SPD

ふむ。オレには少々難題であるな。楽しいことはあるが、楽しむことはよく知らん。
とりあえず、このカードで買い物をしていればいいのであるかな?
仕組みは一度聞いた気もするが、よく覚えておらん。まあよいか。

しかし、武器がなくなるのは痛い。布や服の下にでもどうにか隠せたら良いが。念のため、裁縫針などがあれば買っておく。毒も調達。煙草など良いか。水も何本か買っておく。出来そうなら水の一つに煙草をつけておくのである。…UDCにニコチンが効くかはわからんが。

それと、もし長丁場なら食は重要である。プロテインや大豆のバーや菓子、ゼリー飲料などを多めに購入しておくであるぞ。余れば持ち帰れば良い。

アドリブ連携歓迎



●大型ドラッグストア4
 グリモア猟兵に買い物を楽しんで日常を満喫してこい、と言われたヒーローマスク、葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)は、ちょっと、いや大いに、困った。困ったことだと考えた。
「ふむ。オレには少々難題であるな。楽しいことはあるが、楽しむことはよく知らん。とりあえず、このカードで買い物をしていればいいのであるかな?」
 支給された黒いカードを親指と人差し指でつまむように持って目の前に持って眺める。カードの上に記された数字の羅列と何かのマークが描かれたホログラムが、きらきらと蛍光灯の光を反射する。あまり面白みはない。
「仕組みは一度聞いた気もするが、よく覚えておらん。まあよいか」
 ちょいと首を傾げて、すぐ飽きた。どうにも興味がないことは覚えていられないのだ。あることも覚えていられるかは微妙だが。しかし、なくしたらまずいというのは分かるので、存在を忘れてどこかへ落とす前に早々と仕舞った。
「しかし、武器がなくなるのは痛い。布や服の下にでもどうにか隠せたら良いが」
 思案して、路上の陰で露出しない程度に布や服をもぞもぞと着なおす。初夏には不自然なほどの厚着になったが、上手いこと毒瓶や短剣は布の下に収まった。これならばめくられない限りはバレることもないだろう。
 満足げに頷くと、九雀はドラッグストアへと入っていった。

「針、針、裁縫針はどこであろうか」
 九雀は棚の間をうろうろと歩く。店内に入っても誰かに武器を咎められたり身体検査をされたりということは起きなかったため武器は今も身に着けたままだが、この先でもそうとは限らない。念のため代替品を用意しておくか、というのが九雀の考えであった。
「……うむ、ないな。もしや、置いていないのであろうかな?」
 と言いつつ、九雀の手は買い物カゴにプロテインや大豆のバー、ゼリー飲料、日持ちのしそうな菓子類、それに水のペットボトルを味も金額も見ずに次々と放り込んでいた。遠慮するなとお墨付きを貰っていることだし、もし長丁場になる可能性があるならば食糧を多めに確保しておいて損はない。余れば持ち帰って日々の食事に充てれば良い、とカゴの半分が埋まったところで手を止めた。
「針がないのならば仕方あるまいな。毒を調達するか……」
「あのう。すみません、お客様?」
 傍らで聞こえた声に九雀は数瞬の間を置いて、ゆっくりと顔を向ける。『薬 ドラッグストア』と胸元に書かれたエプロンを身に着けた女が立っていた。九雀を見上げている。
「……はて。なんであろう」
 先ほどの呟きが聞こえたのであろうか。とすると追い出されるかもしれぬな、尋ねられれば知らぬ存ぜぬで押し通せぬものであろうかな、と素知らぬふりを通す算段をつけ始めた九雀に、女店員は恐る恐る口を開いた。
「何かお探しでしょうか? よろしければお手伝いいたしましょうか」
 さて、杞憂であったらしい、と浮かんでいた誤魔化すための色々な案をパッと消して、九雀は女店員に向き直る。
「ふむ。確かに、ちょうど手が必要であったところである。案内を頼もうぞ」
 鷹揚に笑って九雀が言うと、女店員はほっとした様子で息をつき、二つ返事で案内を引き受けた。

「裁縫針はこちらです」
「おぉ。あった、あった。これで良いであろう」
 店員に示されて、九雀は喜々とした声で台に並んでいた裁縫針の入ったアクリルケースを手に取って、菓子などが積み重なったカゴに落とす。箱も丈夫そうであるし、針も壊れないように一本一本が固定されているため、多少手荒く扱っても問題ないはずだ。
「あとは……お煙草ですね。こういう店では目立つところに置いているとあまり評判がよくないので、ご希望の方にはレジでお売りしているんです。他にお探しのものがなければ、このままお会計しましょうか?」
「そうであるな。うむ、それで良いであろう」
 頷き、九雀は店員と連れ立ってレジに向かった。レジには誰もおらず、九雀からカゴを受け取った店員がそのままレジに立った。
「お煙草の銘柄は何でしょうか」
「はて、銘柄であるか。そういえば、考えておらんかったな。……ふむ。確か、赤いのがあったであろう」
「赤いの、というと……こちらですか?」
「あぁ、そんな柄であったか。それで良かろう」
「はぁ……えぇと、では合計で――円です」
 煙草を買いに来たという割に、レジ下から取り出した煙草の箱を見せても興味がなさそうな九雀に店員は首を傾げながらもバーコードを読み込んだ。
 使い慣れないカードを出し忘れそうになったりもしたが何とか無事に支払いを終えて、九雀は店員が商品を袋に詰めていくのを眺めていた。そして全て詰め終わるのを見届けて袋を受け取り去ろうとした九雀に、袋とは別の何かが差し出された。
「よろしければ、どうぞ」
「……ガムであるか?」
 九雀は店員の手に握られた小さなガムのパッケージをじっと凝視した。それでも一向に受け取ろうとしない九雀に、店員は直接渡すことを諦めて九雀のレジ袋にガムを入れて手渡した。
「お節介は承知ですが、次に煙草が恋しくなったときにはこれで。気休めですけれど」
「そういうことであったか。要らぬとは思うが、有り難く貰っておこう」
 理由を聞いて得心がいった九雀は、大人しく店員のお節介を受け取る。本当の動機――煙草と水で毒を作ろうとしていた、などと言えるわけがないので、勘違いされているならそのままにしておくことにしたのだ。
 そして今度こそレジを離れた九雀は自動ドアへと歩きだす。

 はて。しかしどうしてこのような場所に一般人がいたのであろうかと、頭の隅に浮かんだ疑問は境を跨ぐと同時に消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『暗渠を孕む邸』

POW   :    片っ端から扉や家具を調べていく

SPD   :    機動力を生かし間取りや構造の把握に努める

WIZ   :    直感に頼り違和感があるところを探る

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●異界の邸
 自動ドアをくぐると同時、君の視界は闇に包まれた。踏み込んだ足はギシ、と嫌な音を立て僅かに沈み、先ほどまでいた場所とは明らかに違う、黴臭い湿った空気の臭いが鼻をついた。振り返っても、今さっき通ってきたはずのドアはない。
「異界だ」
 誰かが呟いた。いつの間にか、君の周りには複数の気配があった。同じように依頼を受けてやってきた猟兵たちだろう。どこでカチッと固い音が鳴り、暗闇にぽつりと明かりがともった。ついで、あちこちで懐中電灯や蝋燭の火がつきだし、暗がりを照らす。そうして照らし出されたのは、家具も調度品も窓もない広い部屋だった。調べられそうなものはないように見える。
 明かりを得てほっとした空気が流れたのも束の間、焦ったような悲鳴が上がった。
「武器がなくなってる!」
 その声に君は慌てて自身の装備を確認する。ドラッグストアでは確かに持っていたはずの武器が消えていた。あるいは無力化されていた。だが、自身の内に宿る力は感じる。ユーベルコードは問題なく使えそうだ。普段使っている装備が使えないのは、苦しいが。
「……大丈夫そうだ、行こう」
 たった一つの扉の前で聞き耳を立てていた猟兵が声をかける。
 さあ、退路は断たれた。先へ進もう。


【MSからのご連絡と注意事項】
武器や装備は帰還すれば戻ってきます! ご安心ください。
UCの他、超能力などは問題なく使えますが、基本的に店で買ったもの以外の装備は使えないと考えてください。
さて、第二章の探索パートです。
・探索箇所(下記に例を記載)
・探索方法(店で買ったものを活用すると判定が一段階上がります)
以上をプレイング内に書いてくださると助かります。
他の方の探索結果を基にプレイングを考えるのも可能です。
(※青丸が必要数に達すると新たなプレイングを受け付けられなくなるため、送るタイミングにはご注意ください)
どこを探索しても何らかの情報やアイテムは得られます。情報が足りずに第三章に進めなくなることはありません。
中にはシナリオをクリアする(オブリビオンを倒す)のに必要ない情報もあります。

【探索箇所(判定難易度)】
1エントランスホール(低)
2廊下(低)
3部屋A-物置(中)
4部屋B-浴室(中)
5鍵のかかった部屋-書斎(中)
6鍵のかかった部屋-寝室(高)
7封印された部屋-??(高)
8その他気になる場所(低~高)
※難易度・高で判定に失敗すると、察知したオブリビオンが襲ってくる可能性があります。
※複数の場所を調べる場合、得られるのは数と難易度に応じてざっくりとした情報になります。
【訂正】
・探索方法(店で買ったものを活用すると判定が一段階上がります)

・探索方法(店で買ったものを活用すると判定難易度が一段階下がります)
エンティ・シェア
暗いね。私の目でどこまで見えることやら
とりあえずはもう一人の私に協力を願おうか
手始めに廊下。ぐるりと回って間取りを把握
不自然に感覚の空いた場所などがあればチェックを
メインは物置だ。荷物が多い所が良い。箱や棚があれば開けて回るよ
別に何が出てきても引かないし困らないからね、躊躇なく行こう
鍵なりメモなり隠し通路なりが出てくると大変面白いわけだが…地道に探ろうか

もう一人には出てきたものや開けた箱類を整理しておいてもらおうか
散らかしながらの探索はスマートではないからね
手が足りない場所があれば喜んで手伝おう

猟兵以外の被害者の気配があれば声をかけるよ
何ならなにか食べるかい?小腹を満たせるものなら色々あるさ



●異界の邸-廊下
「……暗いね。私の目でどこまで見えることやら」
 エンティ・シェアはすっと目を細め、呟く。目は徐々に暗闇に慣れてきたが、精々が薄っすらと物の輪郭が分かるくらいだ。不便この上ない。が、見えないなりにやれることはある。
 エンティは今、ひとりで二手に分かれて、広い廊下を壁伝いに歩いていた。エンティの協力要請に応じて現れたもうひとりの彼は、反対側の壁で鏡合わせのように本体とそっくり同じ動作で廊下を進んでいる。唯一違うのは本体よりもずっと無口だということくらいか。
 一歩前へ進むたびにギィギギと軋む床に注意を払いつつ、エンティは片手で壁の感触をなぞる。最初の部屋からエントランスホールまでの距離、扉と扉の間隔や曲がり角のある場所を記憶し、頭の中で空白の地図を少しずつ埋めていく。
 しばらくは、これといって手がかりも変わったものもなかったが、ふと、壁の表面を滑らせていた指が何かに当たって止まった。
「……これは窓枠、かな?」
 暗くて見えにくいが、壁に木の枠が嵌っているのは辛うじて分かった。何か見えるかと窓の外を覗いてみるが、そこにあるのはここよりも更に暗く澱んだ闇ばかりだ。一度、エンティの背後を懐中電灯を持った猟兵が通りすぎたが、光は窓より外に届くことはなかった。目を開けているのか閉じているのか、次第に不明瞭になっていく感覚に、エンティは目を瞬かせた。これ以上は窓の外を観察するのは諦めて、窓自体を見る。枠の内側は硝子のようだ。しかし壊してみるという選択肢は、思いついても実行する気にはならなかった。
 その後は特にこれといった収穫はなく、最初の部屋がある一階から封印された部屋がある二階まで廊下を端から端まで歩き、屋敷の大まかな間取りを覚えるのみに留まった。途中、床に落ちていた紙の切れ端のようなものは拾ったが、明かりがない以上何か書かれていたとしても読むことはできない。後で明かりを借りて確認しようと、エンティはひとまず紙切れを懐へ仕舞った。
「どうやら、ここが行き止まりらしい。……うん。スイッチも、なさそうだ。残念だよ。不自然に間隔の空いた場所なんかがあれば、と思ったのだけどね」
 隠し扉は定番のギミックだろう? そう言ってもう一人の自分に笑いかけるも、対する自分の反応は薄い。どうでも良いのか慣れているのか、エンティは気にせず話を続ける。
「まぁ、いいさ。私のメインは、別の場所だからね」
 おいで。ともう一人の自分に声をかけて、エンティは踵を返して歩き始めた。

●異界の邸-物置部屋
 僅かに開いたままになっている扉を指先で押し開き、目配せをしてもう一人の自分を先に入らせる。扉の前で少し待ち、危険はなさそうだと判断して中へ。
「これはこれは……酷い有り様だね」
 エンティは目の前の光景を眺めて、思わず小さく溜息をついた。この異界の邸に来てからずっと、調度品だけでなく家具ですら一つも見かけなかったというのに――
「どうやら、ここの家主は余程片付けが苦手らしい」
 部屋は暗がりでも分かるほどに物で溢れかえっており、足の踏み場を確保するのも大変そうだ。急な来客に慌てて散らかっていた物をクローゼットに詰め込んだみたいな光景だと、エンティはどこか呆れたふうに思う。いずれにせよ、これでは探索どころではない。
「この中に誰かいるかい? もしいるのなら、返事をしてくれないか」
 部屋内へ声を張り上げたが、応答が返ってくることはなかった。目を凝らし、耳を澄ませど、中で人が動くような気配はない。元より、さして期待もしていなかったが。
「そっちは何か見つけたかい。もっとも、この状況では何かを見つけたとしても、何を見つけたのかまでは分からないけれどね」
 傍らでしゃがみ込み働いていた影にエンティが自嘲じみた言葉を飄々とした声でかけると、頷く気配がする。おや、と思いながら待っていれば、エンティの影は本体へ何かを差し出した。受け取ろうと伸ばした手に何かが引っ掛けられ、握りこめば何かはクシャクシャと軽い音を立てた。その感触は、もう片方の手首にぶら下がるそれのものと、よく似ていた。
「――レジ袋だね。それも、ひとつやふたつじゃない」
 浮かんだ答えを口に出せば、暗闇の中で同じ背丈、同じ声の影が口角を上げた。
「……本当に、ここの家主は片付けが下手らしい」
 困ったものだね。囁き、エンティはもう一度部屋の内側に目を向けた。空気の中に微かに錆びた臭いが混じったような、気がした。

成功 🔵​🔵​🔴​


●探索結果(得た情報)
1、廊下
・隠し扉らしきものはなし。
・外には出られない。(出ない方が良いだろう)
・『みんな化』『俺もいつ 』と書かれた紙切れ。破られているため、間の文章は不明。

2、物置
・大量の物が散乱している。
・複数枚のレジ袋。
・微かな錆びた臭い。
葛籠雄・九雀
SPD

まさか奪われるでもなく消失するとは。解決すれば返ってくると信じたいが…今は諦めるのである。

未知の場所であるし、可能なら誰かと動いた方が良いか。無理なら一人で構わん。
煙草は全て水の一つに漬けて所持。
ガムの包み紙に間取りを書きつつ方々歩く。中身は食べずに所持。ペンがなければ指でも刺して、血をインクに針で書く。情報は共有する。

間取りを把握出来次第、誰かに頼むか、【投擲】で水のボトルをぶつけて廊下の天井を破り、【ジャンプ】で壁を蹴って天井裏へ。書斎と寝室まで行き、天井を蹴破り侵入するであるぞ。中から鍵も開ける。
万一敵が居れば針に煙草水をつけて投擲。

欲しがる者が居れば食料を分ける。

アドリブ連携歓迎


玖篠・迅
暗いのは厄介だし懐中電灯・ライター・蝋燭を誰か使うなら渡しとく

式符・朱鳥で鳥たちに灯りになってもらって調べてく
まずは方位磁石に「失せ物探し」の呪いかけて、
猟兵以外の人間かチョコレート・絆創膏で探せないか試してみる
何か指し示したらそこに行って手がかりないか調べるな

あとは封印されてるって部屋見に行ってみようかな
どんな種類の封印か調べてみて、中の音が聞こえないか「聞き耳」で確認
封印を解けるそうなら挑戦してみる
物理的に壊せるなら「破魔」を込めた鉄釘と木槌で脆いとこ叩くか朱鳥でなんとかできそうだけどなあ

予知の人に会えたら落ち着いてもらえるように話しかけて
「破魔」の護符と厄払いの効果があるって塩を渡したい



●異界の邸-廊下
「しかし、まさか奪われるでもなく消失するとは。解決すれば返ってくると信じたいが……今は諦めるのである」
 毒瓶や短剣を隠し持っていたところをぱたぱたと叩いて、そこにあった重みや膨らみが消失しているのを確かめた葛籠雄・九雀は少しばかり残念そうに息を吐いた。さて、と気を取り直して取り出したのは、ガムの包み紙。銀紙の裏に赤い線が描かれている。
「先ほどの猟兵が言っていた情報が正しければ、ここらが怪しそうであるな」
 邸の間取りを確かめてきたという赤毛の猟兵の言葉を思い出しながら、九雀は長い指先で線をなぞる。そこは鍵がかかっていたという部屋だった。行ってみるかと先の暗闇に目をやった九雀は、そこではたと思い出す。
「ここは未知の場所であったな。ならば、可能なら誰かと行った方が良いか」
 一人より二人の方が、何かアクシデントが起きた場合も対処がしやすい。周囲を見回した九雀は、火をつけた蝋燭の傍らに膝をついて習字セットを広げている猟兵を見つける。何をしているのであろうかと眺めていると、猟兵は長方形に切り出した紙をいくつも作ったかと思うとその上にさらさらと慣れた手つきで筆を滑らせていった。そして目を閉じて何事か呟く。一瞬空気が張り詰め、ゆらり、と蝋燭の火が揺れた。
「たのむなー」
 そんなゆるい声を発しながら猟兵が紙を翳すと、紙は蝋燭の火が燃え移ったように端から焔を上げ、瞬きのうちに美しい赤の鳥へと姿を変えた。
「灯りになってくれ、朱鳥」
 朱鳥と呼ばれた鳥の姿をした式神は、主人の頭上をくるりと回って辺りを照らすように空中に留まった。
 九雀は猟兵の腕に感心しつつ、習字セットを片付け終えたところを見計らって側に寄った。
「どうした、朱鳥? ……あれ、九雀! 俺に何か用だったか?」
「いや大したことではないのであるがな、迅ちゃんが良ければ一緒に探索しようと誘いに来たのである」
「良いぜ! あっ、でもちょっと待ってくれ」
 迅ちゃん――玖篠・迅は、二つ返事で九雀の誘いを受けると、手に提げていた袋の中を探って黒い筒状のものを取り出した。
「良かったらこれ、九雀が使ってくれ。俺は朱鳥がいるから大丈夫だしな!」
「そうか。では、有り難く借りておくのである」
 九雀が懐中電灯を受け取ったのを確かめて、迅は蝋燭の火を息で吹き消した。
「これでよし! 行こう」
「うむ」
 九雀と迅は朱鳥を先導にして暗い廊下を歩んでいった。

●異界の邸-二階廊下
「うーん……多分、こっちだと思うんだけどな」
 最初に探したいものがある、という迅の願いを九雀が聞き入れ、ふたりは二階へ上がっていた。九雀が迅の手の中を覗き込むと、小さな方位磁石の針が迅の歩きに合わせてゆっくりと動いているのが見えた。
「失せ物探しの呪いであるな」
「分かる? 針が猟兵以外の人間がいれば、その場所を指し示すように呪いをかけてみたんだ」
 水のペットボトルに煙草を潰し入れていた九雀は、濁った水をちゃぷちゃぷと揺らしながら頷く。
「なるほど。ならば、ここに誰かがいるというわけであるな」
 そう言って九雀が足を止めたとき、針はふたりのちょうど真横を指し示していた。
「うん。そのはずなんだけど……鍵がかかってるみたいだ」
 真鍮のドアノブを二度三度捻るも開かない扉に、迅は眉を八の字にした。
「なあ、そこに誰かいる? 俺たち、君を助けに来たんだ。開けてくれないかな」
 迅が部屋の内側に向けて声をかけると、軽い何かが床に落ちた音が聞こえた。確かに、中に誰かがいるのは間違いなさそうだ。しかし、声に対する応答はなく、その後はしんと静まり返っている。
「……怯えているのかもな。突然こんなところに連れてこられたんじゃ、当然か」
「そうであろうな。だが、相手の決心がつくのを悠長に待っていられるほど暢気な状況でもあるまいぞ」
 九雀は片手で水のペットボトルをちゃぽちゃぽ投げてお手玉のように遊びながら冷静に返す。迅は九雀の言葉を聞き、顎に手をやって唸った。
「と言っても、俺たちはここの鍵を持ってないしなぁ……ちょっと手荒いけど、壊してみるとか? ……あれ、九雀? どこ行ったんだ?」
「おーい、迅ちゃん。オレはここである」
「うわっ!? えっ、なんで天井?」
「知れたことぞ。天井から侵入してしまえば鍵のある、なしも関係ないであろう?」
 迅の吃驚した顔を天井に開けられた穴の中から見下ろしながら、九雀は愉快そうに身を震わせた。
「なるほどな、それは俺も思いつかなかったなぁ」
「では、暫しそこで待っておれ」
 すぐ戻る、と言い置いて、九雀は穴の中に姿を消した。

●異界の邸-書斎
「む、目測を誤ったか」
 床までにはそこそこの距離があったが、九雀は猫のような柔軟さで衝撃を上手く外へ逃がして着地することに成功した。
 しかし天井を踏み抜き降り立ったのは、侵入しようとしていた部屋の隣。そこは両側の壁に大きな本棚が並び、間に製図台が置かれた書斎のような空間だった。他の部屋と比べると格段に生活感がある。しかしここに探し人はいない。
「まぁ、少しばかり順番が前後しただけのことである」
 うんうんと頷いて、九雀は前向きに考えることにした。そして、扉にかけられていた鍵を開ける。これで次に訪れるときの手間が省けただろう。
 九雀は本棚の出っ張りを利用して猿のような身軽さで登ると、自分の作った穴を通って再び天井裏へと引っ込んだ。

●異界の邸-寝室
「ヒィイイッ!?! ななななっなに、何ぃいい!?」
 バキィッという音についで、部屋内に甲高い悲鳴が上がった。突然、頭上から長躯の仮面男が降ってきたら誰でもこうなる。九雀が頭をぐるん、と回して悲鳴の発生源を見ると、廃墟のような邸に不釣り合いなほど豪奢なベッドの隣で縮こまっていた黒のパンツスーツに身を包んだ女性が、大きく肩を跳ねさせた。間違いない、グリモア猟兵が見せた予知の映像に映っていた人物だ。
「驚くのも分かるのであるが、ひとまず落ち着くのである」
「あ、あは、あはははは……もうだめだ。死ぬんだ、私、脳みそ取られて殺されるんだぁあ……っうぐ、う゛ぅぅー」
「否、助けにきたのであるが」
「こん、なとこでぇえ、死にだくながったぁあーっ」
「……聞き入れてもらえそうにないのである」
 既にいっぱいいっぱいだったのだろう。張り詰めていた緊張の糸が思わぬ形で切れ、抑えていたものが溢れ出てきたようだった。九雀が何を言っても耳に入らない様子で、子どものように泣きじゃくっている。
「九雀っ!? 外まで泣き声が聞こえるけど、どうしたんだ? 九雀もあの人も無事?」
 泣く子を慰めようにも、自分が近づくと余計に悪化する状況にもはや静観の立場を取り出した九雀を救うように扉の向こうから迅の呼び声が聞こえた。
「彼女もオレも大事ないのである。彼女は少々取り乱しているようであるが、オレが近づくと酷くなるのでどうにもできんのである」
「あぁー……そうか、えっと、じゃあ俺もなんとかしてみるな」
 迅の問いに救助者の姿を一瞥し、九雀は扉を開けて迅を部屋に招き入れる。迅は自分より年上の女性が幼子のように泣いているのを見て一寸面食らったが、ヤドリガミの猟兵として様々な経験を積んできた迅は部屋内の様子を見て色々と察した。
 そうして、ふたりはその後何とか落ち着きを取り戻した女性の確保に成功したのであった。

●異界の邸-二階廊下
「これが“破魔”の護符で、これが厄払いの清めの塩な」
「……ありがとう」
「腹が減っておるならこれを食べると良いのである」
「……ありがとう」
 迅と九雀から物を受け取りつつも、女性は憔悴しきった顔で俯く。まだ見知らぬ人間に警戒心が解けていないのだ。しかしそれでも付いてきたのは、一人でいる心細さに耐え切れなかったからか。
 しかし、九雀は女性だけでなく迅もどこか浮かない表情を浮かべているのを見つけた。
「……」
「どこか行きたいところでもあるのであるか、迅ちゃん」
「えっ? あーっ、いや……うん。実は、封印されてたっていう部屋を見に行ってみようと思ってたんだけど……」
「ふむ。確か、あそこは天井裏からでも結界のようなものが見えたであるな」
 しかし、女性が心配で行くにいけないのであろう。と九雀は思案する。
「では、こういうのはどうであるか。ひとまず扉が開けるかどうかを確認し、迅ちゃんが開けられそうであれば開けておく。が、中に入るのは他の猟兵と合流してからにするのである。わざわざ危険を冒すこともあるまいぞ」
「中に入らなければ大丈夫、かな。……というわけなんだけど、少し付き合ってもらっても良いか?」
 気遣わしく迅が尋ねると、慰められたという負い目からか女性は少し悩んだあとで了承した。
「では、お願いするのである」
「できるだけやってみる」

●異界の邸-??
 近づいてはならぬ、触れてはならぬと頭の中で警鐘が鳴る。しかし、その忌避感を上回るほどに、それを壊せと猟兵としての本能が騒めいている。迅は導かれるようにそっと扉の表面へ触れた。
「っ……!」
 途端、指先に電撃が走り、扉から弾かれた。感じるのは明確な拒絶、敵意。
「やっぱり、そう簡単にはいかないよな……朱鳥!」
 迅の一声で背後に控えていた式神が炎色の翼を広げて天井近くまで飛翔する。それに合わせて取り出したのは鉄釘と木槌。愛用の道具は失われ、手には間に合わせの道具しかない。――だが、これで十分だ。
「俺だって、伊達に陰陽師やってないからな」
 朱鳥が扉へ急速に落下するのと同時、迅は封印の綻びに鉄釘を打ち込んだ。
 カァーン、と不自然なほどに甲高い音が響き渡り、静寂が訪れた。封印を解けたようだ。
「はーっ、良かった。それじゃあ、早く九雀たち呼んでこないとな」
 扉が開くまでは迅の気が散らないように、と少し離れた場所で待機しているはずの九雀と女性を迎えに行こうと踵を返した。そのときだった。
 ガキン、と背後で何かが壊れた音が聞こえた。
「開く」
 反射的に振り返った視線の先で、封印を解かれた扉が触れることなく開かれようとしていた。迅は九雀たちを呼ぶのも忘れ、思わず足を止めて魅入る。そこにあったのは、
「……甲冑?」
 部屋のうち、暗がりに整然と並んだ銅の甲冑は朱鳥の炎に照らされ、怪しく光りを反射した。ちらちら、ゆらゆらと。手招くように。
 ――あぁ。あれを着たら、どんな気持ちになるんだろうな。
「待つのである」
「……九雀?」
 グイと襟首を引かれて、迅は立ち止まった。後ろには、いつの間にか九雀が立っている。――立ち止まった?
 はっとして周囲を見回す。気がつけば、迅は部屋の中にいた。そして目の前、手を伸ばせば届く距離に、あの甲冑がこちらを見下ろし立っていた。
「うわぁー、油断してた! これに魅入られたんだな、俺」
 そうと分かって意識して観察してみれば、甲冑からは確かに見る者を魅了にかける呪力が宿っていた。
「朱鳥に呼ばれ、迎えにきて良かったのである」
「そうだったんだな。ありがとうな、朱鳥。九雀も」
「元より、このための同道である。……さて。封印も解けたことであるし、一度ここを離れて他の猟兵と合流しようぞ」
「分かった!」
 迅と九雀は甲冑に囲まれた室内を出て、他人が迂闊に立ち入らないよう扉を閉めなおす。廊下では女性が強張った顔で佇み、ふたりを待っていた。合流し、一行はひとまず合流地点へと向かう。
「……なあ、九雀」
「なんであるか」
「あの部屋の甲冑、オブリビオンだったよな」
「うむ。だが、その割には猟兵を見ても襲いかかる素振り一つ見せなかったのが不思議であるが」
「それなんだよなぁ。なんでだろう」
 道中、迅と九雀はぽつぽつと言葉を交わし合う。その答えが見つかるまで、あともう少し。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●探索結果
1、書斎
・開錠済み。

2、寝室
・開錠済み。
・予知にでてきた一般人を確保。(女性。質問可能)

3、??→甲冑の部屋
・封印解除。
・非活性化オブリビオン甲冑。(魅了の呪い付与)
ベッジ・トラッシュ
女のヒトは助かったな?
まあ、オレの出る幕もなかった事よ!
怖いなら、このベッジさんを抱きしめてもいいぞ!
…って冗談だゾ!逃げた時に見たのは甲冑だったノカだけ答えろっ

あと調べてないのは浴室か?
ベッジさんは元凶の居場所を探すからな
ついでに見てきてやる

だがまずは、窓を割る!
ストッキングにラジオを入れて振り回し、ガシャン!
無理なら、縛って繋げて、天井の照明からターザンで体当たり!

外が安全かは別問題だけどな
割れなきゃ建物自体も怪しんだ方がいいぜ、こりゃ

懐中電灯は暗い場所で随時
花火は怪しい場所で火を着けて鳴らし、敵が出ないか確認

しっかし、ガムテープは絶対使うと思ったんだが…
鍵穴にロケット花火固定する時とかな


レッグ・ワート
ごっそりやられた。装甲とフィルムの強度や一部仕様の確認を静かに手早く情報収集。怪力と鎧砕きに各耐性、暗視や聞き耳、忍び足あたり。確認中に一般人の過緊張抜けるように、水とラムネ渡して、猟兵話で励ましたり無関係の雑談でもしようか。先ずはよく生きててくれたって礼だけどな。あと名前、俺レグね。しっかりしたら、見聞きしたり気になった事も聞けるかね。

各耐性の呪詛耐性への防具改造変換合算が出来る場合に限り、封印部屋の扉をストッパーの1つで全開固定して、鎧を慎重に調べる。特に何も無くても、銅甲冑の中身傷めずに解体する手順探しだ。失踪者達本人連れて帰れるのが一番だけども、最悪何かしらマシな形で回収したいからな。



●異界の邸-最初の部屋(合流場所)
 ベッジ・トラッシュは他の猟兵たちによって救助されたひとが予知の映像で見た女性であると気づくと跳ねるように傍らに寄った。
「女のヒト! 助かったのか。まあ、オレの出る幕もなかったことよ!」
 フフンッと尊大そうな口ぶりで胸を張るベッジ。しかし、その声音を聞けば女性の無事を心から喜んでいるのだと分かった。それは女性にも伝わったようで、初めは突然の声かけに驚き固まっていたが、ベッジを見つめるなり徐々に俯いて身を震わせだした。
「……っ!」
「なんだ、どうしたんだ? 怖いなら、このベッジさんを抱きしめてもいいぞ!」
「い、良いのっ? 可愛いうえに優しいねぇ、君。いいこいいこーっ」
 女性が怯えているのかと素直でないながらも心配そうに真下から顔を覗き込むベッジに、ただ抱きしめたい衝動を抑えていただけの女性は餌を前にようやくお許しが出た犬のように飛びついた。それに面食らったのは当のベッジである。抱き上げられた上に小動物のように撫でまわされ、ベッジは手足をじたばたさせた。
「ウワァーッ!? ささささっきのは冗談だゾ! 逃げたときに見たのは甲冑だけだったノカだけ答えろっ」
 あと下ろセ!と付け加えながら、ベッジは真正面にある女性の顔に向かってビシッと指を突き付ける。女性はやや物足りなさそうな顔をしながら名残惜しそうにベッジを床に下ろした。ベッジはさり気なく女性から距離を取った。
「それって、私の他に生きてる人がいなかったか、ってことかな? ……そうだね。私が見たのは……あの気味の悪い、甲冑を着た人だけだった。他には誰もいなかった、と思う」
 女性は時々ベッジを見ながら、どこか歯切れの悪い物言いでゆっくりと語った。ベッジは何か引っかかるものを覚え、少し首を傾げて女性に続いて。
「ってことは、ヒト以外のものは見たノカ?」
「それは……あぁ、そういえば私がさっきまでいた部屋に変な本があったよ。ちらっとしか見てないけれど。……確か、“のうがもん”とか、なんとか……」
「“のうがもん”? 何だそれ?」
「さぁ、なんだろうねぇ。ねぇねぇ、それよりさ、やっぱり抱っこさせてくれない? お姉さん怖くなってきちゃったなぁ」
「えっ? ……ゼッタイ嘘だ、顔笑ッテルぞ! もういい、オレはちょっと外を見回ってくるから、お姉さんは大人しくここにいろ!」
 一瞬迷う素振りを見せるも、にやけ面で両手を動かしながら近づいてくる女性にベッジは後退りをして部屋の外へ飛び出していった。
 ベッジが部屋を去ったのを確認した女性は、壁にもたれかかるようにしてしゃがみ込んだ。その顔色は僅かに青褪めている。
「うまく誤魔化されてくれて良かったな」
「……何の話?」
「いいや、何でもない。ただの独り言だ。隣、座っていいか?」
「……どうぞ」
「どうも。……あぁ、俺の名前、レグね。ラムネとか好きか? あとこれ、水。水分補給が必要だろ」
 ベッジと入れ替わるようにして女性の側に現れたのは、レッグ・ワートだった。何食わぬ顔で女性の横に腰かけると、レグはあれこれと女性の世話を焼きだした。最初は武骨な見た目のレグに警戒していた女性だったが、世話を焼かれるうちに気が緩んできたのか、次第にぽつぽつと雑談をはじめた。レグは逐一頷いたり相槌を打ったりと女性の良い聞き役に徹する傍ら、自己診断を行っていた。
「(随分とごっそりやられたもんだな)」
 動く分には支障はない。生体と同じく自身を形成するのに必要なパーツは欠けていなかったのだ。だが、それ自体が殺傷能力のあるアンカーや防盾などは消えるか殺傷能力のある部分を削ぎ落すような形で、ほとんど無害化されていた。例えば、危ないからと大人が子どもから刃物を取り上げるように。
 しかし、残念ながらレグは子どもではないし、誰とも知れぬ者の一方的な強制に大人しく従ってやるほど聞き分けの良いウォーマシンでもない。
 レグは他愛もない話を続けながら、間近に控えた戦いに向けて準備を整えていた。
「――ってわけで、かなり浮かれてた私は違う道で帰ることにしたんだ。真っ直ぐ帰っていたら、こんな、悪夢みたいな場所に来ることはなかったのに。そもそも、ドラッグストアなんて普段はあまり行かないんだよ? なのに、あのときは……なんでだろうなぁ。欲しいものがあるわけでもなかったのに、何となく寄ろうと思っちゃったんだよね。それで、まぁ店内をぶらぶらしてて……――」
「ん? どうしたんだ」
 話が今回の騒動に巻き込まれた経緯に移ったところで、女性はおかしな顔をして俯いた。ついで、何かを探すように辺りを見回すと、声を潜めた。
「たぶん、君もドラッグストアからここに来たんだよね? なら、会ったよね? 店員さん……若い男の子と、女の人」
 真剣な声で恐る恐る問われ、レグは記憶を遡る。会計時に置き忘れてしまったカードを、追いかけてきてレグに差し出した生体の男を思い出す。
「男の方なら覚えがある。同じ相手かは分からないけどな」
「同じ、だと思う。だってあの店には二人しかいなかったから。あれだけ広くて品数も多くて、三階まである大きな店なのに、二人しかいなかったんだ。それに、どこにいても、あの二人のどっちかが必ずいて、悩んでいると助けてくれた」
 落ちていたレジ袋を拾い上げ、ぼんやりと眺めながら、女性は瞳を揺らした。
「今思えば、あれは……」
 そう呟くと、女性は暫く黙り込んだ。言おうか言うまいか悩んでいる様子の女性に、レグは先ほどのベッジと女性の会話で引っかかっていたことを尋ねた。
「さっきベッジが“逃げたときに見たのは甲冑だけだったのか”と聞いたとき、確かお前はわざわざ“私の他に生きてる人がいなかったか、ってことかな”と回りくどい言葉に変えてから答えたよな。ということは……“生きていない”人は見たのか?」
「……」
 はぁ。と女性は深く溜息を吐いた。その手から袋が滑り落ちる。空いた両手で顔を覆い、もう一度、苦しげに息を吐く。
「……物置。二人は、物置の奥にいる。いた。投げ捨てられたみたいに。鞄やトイレットペーパーやマットレスやレジ袋の下に。積み重なった、色んな物の、下に。それで、その、頭、頭が……あぁ」
 女性は吐き気を堪えるように唇を噛み締めると、ぶるぶると震える指を持ち上げ、自身の額を真っ直ぐに横切るように滑らせた。そして、ごめん、と小さく口を動かした。続きが話せないことへの謝罪か、あるいは。
「話してくれてありがとうな。……よく生きててくれた」
 嗚咽を聞きながら、レグは女性が前を向けるまで側にいた。

●異界の邸-廊下
 ベッジは窓の外の黒く澱んだ本能的に嫌悪感を覚える景色を睨みつけ、ストッキングを構えていた。つま先部分はごつごつと膨らんでいる。携帯ラジオだ。
「……ここらへんか?」
 ちらちらと窓の位置を確認しながら、ベッジは一歩、二歩と下がり、それを行うのに最適なポジションにつく。そして。
「おりゃりゃぁあーっ!」
 ベッジは威勢のいい声を上げ、グルングルンと投げ縄の要領でストッキングをぶん回し始めた。ついでに腰に下げたガラス瓶から絵具が床にバッシャバッシャと撒き散らされているが、回すのに夢中なベッジは気づかない。しかし無意識のうちにユーベルコードを発動させていたため、絵具が撒き散らされる度に回す力もぐんぐんと増していった。
「あれっ? めっ、目が回るルルルーッ?!」
 回しすぎて投げ縄がいつの間にかハンマー投げになっていたベッジ。ぐるぐると目を回しながらも放たれたラジオ入りストッキングはビュォンッと風を切り、窓へと一直線に衝突した。当然、そんなものにぶつかったガラス窓は――割れなかった。
 ゴツン、と鈍い音が鳴り、衝撃を吸収されたように凶器は床に落下した。窓には傷一つない。床にはちょっと凹んだ跡がついたが。
「うーむ?」
 落ちたストッキング(携帯ラジオ入り)と窓を見比べ、ベッジは首を傾げる。そして天井を見上げ、徐に袋から出したストッキングを繋げはじめた。ストッキングを繋げ終えると、両端を摑んで強度を確かめる。外れなさそうだ。素晴らしい出来栄えに誰にともなくドヤ顔を披露したベッジは、壁や窓枠を取っ掛かりに天井付近までよじ登ると、天井にぶら下がっている照明器具に飛びついた。
「登頂成功だ! ……け、結構、高いナ……いや、全然怖くないけどな! 全然!」
 ブンブンと弱気を振り払い、ベッジは照明にストッキングの端っこを括り付けると、不安定に揺れる簡易ロープをそろそろと下りていく。
「よし、行くゾ……よしっ!」
頭の中で計算し、空中ブランコの頂点がちょうど窓の位置になるところまで辿り着くと、ビビりな心を叱咤して、ベッジは大きく前後に体を揺らした。そして。
「とぉりゃぁあーっ!」
 ゴイン、とまたしても鈍い音。足先に伝わるのは突き指したような衝撃だった。つまり、またしても窓は割れなかったのだ。
「うぐぐ……やっぱり、この建物自体が異界のものってことか」
 ずるずると簡易ロープを伝って床に下り立ったベッジは思案しながらストッキングを回収しようと下に引っ張る。
「……ん?」
 固く結んだストッキングは、ちょっとやそっとでは落ちてこなかった。照明から中途半端にストッキングをぶら下がらせておくわけにもいかず、ベッジはいそいそと再び壁をよじ登っていった。

●異界の邸-甲冑の部屋
 女性を宥め落ち着かせたレグは先ほど別な猟兵たちが封印を解いた甲冑の部屋を訪れていた。自身に残った機能で備わった様々な耐性能力を防具への呪詛耐性に変換し、なおかつ何か不測の事態が起きたときにもあらゆる攻撃を防げる準備も整え、万全の態勢だ。隙を突かれるようなことはまずないだろう。ついでに、扉を限界まで開いてストッパーをきっちりと噛ませておくのも忘れない。
 他の部屋と同じく暗い部屋の中、レグは慎重に歩を進めていく。他の部屋と同様に暗闇に包まれてはいるが、様々な状況下に対応できるように設計されているレグである。当然のようにナイトビジョンも持ち合わせていた。
「生体も機械もお構いなしか?」
 浮かび上がる甲冑の輪郭へ一歩近づくごとに、視界がブレるような錯覚に襲われる。呪詛耐性がなければ、呑まれていたかもしれない。レグは耐性の変換機能が損なわれていないことを再確認すると、甲冑の前に立った。しかし、暫し待機しても甲冑が動きだす気配はない。ただそこにあり、誘うだけだ。――“これを着ろ”“望みを叶えよう”と。
 そんな唆す声を無視して兜に指をかけると、レグは甲冑の中を覗いた。
「やっぱり、“ここの”甲冑は空だな」
 これまでの情報から得た仮定の正しさを裏付けたレグはひとり頷くと、甲冑を慎重な手つきで探る。パーツごとに解体し、前後左右、全ての角度から観察しつくして、ついにレグはそれを見つけた。
「何かあるな……紙?」
 兜の内側、首に接する辺りに、薄い手のひら大の白紙が貼りつけられていたのだ。紙には“606”という、鎧に白く記されているものと同じ数字が記されている。もっとよく見ようとレグがそれを剥がしたときだった。
「っ!?」
 レグの目の前で、甲冑が消えたのだ。銅の糸が解れていくように、ばらばらと。それを見て、レグは別の甲冑からも同じように紙を剥がす。やはり、消えた。
「なるほどなぁ。ってことはだ。あとは中のものが無事に取り出せるか、だな」
 レグは袋の中から適当にジャーキー数本を甲冑に放り込んで、再度紙を剥がす。すると甲冑は消え、ジャーキーだけが床に散らばった。損傷もなさそうに見えた。しかし、レグはそこで満足せず、部屋に並ぶ甲冑を次々と材料に費やし、実験を繰り返した。より確実に、助けられるものを助ける方法を探るため。そして。
「失踪者達本人を連れて帰れるのが一番だけども、最悪、何かしらマシな形で回収したいからな」

●異界の邸-浴室
「あと調べてないのは浴室か? ベッジさんは元凶の居場所を探すからな。ついでに見てきてやる」
 窓の破壊を諦め、ベッジは探索していない場所を探して邸内を歩いていた。懐中電灯の明かりだけを頼りに進む道は果てなく暗く、古い邸の雰囲気も手伝って肝試しのようであった。しかし、ベッジは臆病に苛まれながらも気丈に振る舞い、浴室らしき部屋へと向かった。
 扉を押し開けて中を覗く。懐中電灯で照らした部屋内には、バスタブと洗面台のようなものはあるものの何故かトイレはなかった。
「……コワクナイ、コワクナイ」
 すぅー、はぁーと深呼吸して、意を決して部屋に足を踏み入れた。途端、ギィ、と背後で扉が閉まりそうになったのを慌てて物を挟んで食い止めて、ベッジは今度こそ探索を開始した。……のだが、ものの数分で終わってしまった。何せ、ここには物が少なすぎるのだ。そのうえ、こんな狭い空間では、探す場所など限られている。
「とりあえず、水は出なかったな。あと、風呂の中にも何もなし! 他には……」
 怖さを紛らわすために声を出して確認しながら、ベッジは何か見落としがないかとキョロキョロと辺りを見渡した。そのときだった。
「――ッヒャァ!? なななナンだ? ナンダ、今の音!?」
 何かが擦れるような音が聞こえた気がした。ベッジはパニックになりかけながら必死で声を殺す。すると、再び同じ音。いや、声だ。どこからか、囁くような声がしていた。声の出所を探ろうと、ベッジは自身の恐怖を抑えつけ、懸命に聴覚を研ぎ澄ませる。そして、摑んだ。
「もしかして……下から、カ?」
 床に伏せれば、その声は先ほどより大きく明瞭に聞こえた。それはベッジの閃きの通り、確かに地下より響いていたのだ。普段から、人よりずっと地面に近い場所にいるベッジの小さな体だからこそ気づけたのだ。忌々しく怖気を震う、呪詛の音に。
「(ならきっと、この近くに入り口があるはずだ)」
 ベッジはそう辺りをつけると、匍匐前進のような姿勢で床を這った。そして間もなく、洗面台の下辺りの床が僅かに変色し、四角く縁どられているのに気がついた。ベッジがペタペタと四角の内を触っていると、一部分が外れて鍵穴と取っ手が現れる。
「あれの出番だな!」
 鍵穴を見たベッジは僅かに嬉々として囁き、自身の手持ちを探った。当然、この穴に合う鍵など持ってはいない。であれば、どうするか?
「もちろん、こうするんだぜ」
 ベッジは笑みを浮かべると、ガムテープで鍵穴に固定されたロケット花火にライターで火を点けた。
 ボンッと浴室に響き渡る破裂音。火が消えたのを見て近寄れば、目論見通り鍵穴とついでに取っ手まで見事に破壊されていた。ベッジは穴に指をかけて扉を引っ張り上げた。
「……見つけた!」
 そして、地下へと進む階段が現れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『六零六『デビルズナンバーへいし』』

POW   :    悪魔の長剣(デビルロングソード)
【ロングソードによる攻撃】が命中した対象を切断する。
SPD   :    悪魔の連携(デビルコンビネーション)
【一体目の「へいし」の攻撃】が命中した対象に対し、高威力高命中の【二体目の「へいし」の攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    悪魔の武器(デビルウェポン)
自身の装備武器に【悪魔の力】を搭載し、破壊力を増加する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●異界の邸-地下
 ひとつ階段を下るごとに地の底より唱えられる呪詛の声は、より大きく響き渡った。声は老若男女ひと纏まりとなり、あらゆる負の感情をもたらす雑音となって君たちを苛む。ぞわぞわと肌が粟立つような感覚に耐えながら進んだ君たちは、やがて奇妙な明るさに満ちた空間に辿り着いた。
 そこに広がっていたのは、この異界においてもなお、異様な光景だった。
 階段に背を向けて並んでいる古めかしい銅の甲冑が立つのは、素材も不明な白々と光りを反射するつるりとした床。壁もまた同質の素材でできており、その床との境目はまるで見えない。角のない部屋の奥、甲冑の向こうで光を放つのはパイプオルガンのような造形の機械。中央につけられたモニターに映るのは見覚えのある街並み。中心にはドラッグストアが映っている。
 地下空間に嵌め込まれたような荒廃した邸の姿とは真反対の近未来的な光景に、君たちは思わず目を見張った。しかし、何より君たちの目を引いたのはモニターの下にそなえられた二つの箱。朱色の液体に満ちた箱内に浮かぶのは、脳だ。室内の光景に目を奪われながら最後の階段を下りた。
 途端、呪詛の声が止んだ。ぐるんっ、と甲冑の頭が一斉に回り、君たちを見た。兜の向こうで、じいっ、と君たちを見た。「猟兵だ」と平坦な声で誰かが言った。
「猟兵」
「猟兵」
「異物」
「猟兵」
「邪魔」
「排除」
「排除」
「排除」
 甲冑の数より多くの人間の声が室内に満ち、君たちを取り囲んだ。間もなく、示し合わせたかのように甲冑は君たちに向き直り、真っ直ぐに剣を構えた。
「排除」




【MSからのご連絡】
第三章、オブリビオンとの対決です。
これまでのリプレイを参考に、敵を倒してください。そして、帰還してください。
今回も店で購入した物や前回までに得た情報を活用すると、プレイングボーナスが発生します。
また、救助された女性は戦闘終了まで後方に控えていますので、配慮は不要です。
甲冑の部屋のオブリビオンに関しても、気にしなくて大丈夫です。
それでは、皆さまがより良い結末を迎えられますように。
ベッジ・トラッシュ
ぎぎぎゃぴー?!
脳?!ノーっ!言ってる場合か!(涙目)

こっち鎧の中身も空だったら、ベッジさん泣いちゃうからな
イヤ、ミイラだろうがフレッシュだろうがヤだけどな!

寄るなばーかばーか!
だがベッジさんはパチンコを取られた恨みを忘れていないのだ!
くらえ花火乱舞!(着火花火を投擲)
目眩ましに乗じて行動
こうなったら派手にやるゼ。ついでに
UC:グラフィティスプラッシュの詰まった絵の具ビンも一緒に投擲
どうも入ってた分より絵の具の量が多い気がするが、
ド派手でイイだろとご満悦

外れて床に散らばったら、その上をストッキング持ってつるっつる~っ
足に巻き付けて転ばしたり目隠したり、なンだ大したこと…
ダメージがナイだとぉ!?



●異端の邸-地下1
 剣を奇妙な光に閃かせ猟兵たちを殲滅せんと向かってくる六零六『デビルズナンバーへいし』。オブリビオンを見据え武器やユーベルコードを構える猟兵たち。衝突まで間もなくという緊張の高まる空間の中、ふるふると震える一際小さな姿がひとつ。
「っぎぎぎゃぴー?! 脳?! ノーっ! 言ってる場合か!」
 顔の横に手を当てムンクの叫びのような格好で飛び上がるベッジの金色の目は、自身に迫るへいしよりも奥、液体の中に浮かぶ脳に向けられていた。その叫び声でベッジの存在に気づいたへいしの数体が、ベッジを切り裂かんとその剣を振り上げた。
「ぎゃぴっ!」
 ところが、へいしの剣は奇跡的に自分の服を踏んですってんころりと転んだベッジの上を通過していった。転んだ拍子にビンから零れた絵の具の上を倒れた格好のまま滑っていくベッジ。へいしはベッジに向かい再び剣を振るうも、標的となる相手が小さすぎて攻撃が当たらない。そして例え剣が当たりそうになってもベッジの神がかり的な幸運は本人に無自覚の内に発揮されつづけ、寸前で狙いが逸れていた。
「寄るなばーかばーか!」
 壁に当たったところでようやく止まったベッジは、ローブを色とりどりに染まらせながらも素早く立ち上がった。しかし逃げる前にすぐさまへいしに囲まれ、ベッジは壁際に追いやられる形になった。ベッジは精一杯肩をいからせて威嚇するも、へいしは全く意に介さない。へいしは確実に猟兵を仕留めんと柄を両手で握りなおすと、刃をゆっくりと真下のベッジに向けた。
 そのとき。ベッジは背後に隠していた両手を勢いよく正面に突き付け、放り投げた。
「くらえ花火乱舞!」
 ヒュゥーッ ヒュゥウーッ バババババッ
 ベッジの手から爆音と共に放たれたのは、ベッジが購入した手持ち花火の数々だ。後ろ手にこっそりと花火を取り出したベッジは一斉に火をつけ、へいしに向かって投げつけたのである。思わぬ攻撃に面食らったへいしは、思わず剣を取り落として後退った。ベッジはその隙をついて立ち塞がるへいしの足の間をすり抜けた。
「こうなったら派手にやるゼ!」
 駆けだしたベッジは敵から遠ざかりながら花火や絵の具の入った残りのビンを次々と床やへいしに向けて放っていく。ベッジは激しい交戦の中を小柄な体と身軽さを活かして潜り抜け、そしてその幸運を遺憾なく発揮することで、無自覚のうちに攻撃を避けつつ統率の取れたへいしたちに混乱をもたらしていた。そうして部屋の三分の一ほどがベッジの絵の具で染まったころ、ベッジの付近に立っていたへいしが呻き声を上げながら膝をついた。
「うりゃあっ!」
 困惑しながら自分の鎧に付着した塗料を拭おうとぎこちなく動くへいしの頭に、高く跳躍したベッジの飛び蹴りが見事に当たった。ユーベルコード・グラフィティスプラッシュにより戦闘力を高めたベッジの飛び蹴りは、赤ん坊と成人男性ほどの身長差があるへいしを難なく地に伏せさせることに成功した。
「この調子でドンドン倒してやるゼ!」
 絵の具溜まりに倒れたへいしの上を跨ぎ、ベッジは色鮮やかに塗られた床の上を飛び跳ねていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葛籠雄・九雀
POW

うむ…あの脳をどうするのが最善なのか…オレには、わからん。助けられるなら助けたいが、機械から外して良いのであるか?

兎に角、甲冑から無力化するであるか。何をするにせよ、あれは邪魔であるからな。
…兜は奪って問題ないであるな?
指示があれば従う。無論、甲冑に限らん。

【呪詛】知識と【挑発】+【かばう、逃げ足、おびき寄せ】で引き寄せ、エピフィルムを使用。裁縫針を全て【投擲】して、膝関節の裏などを狙い機動力を潰す。煙草水は使わん、中の者が死ぬ。
後は、布が斬られないよう気をつけつつ、【ダッシュ、ジャンプ】で攻撃を避けながら、ひたすら兜の紙を剥ぐ。敵の同士討ちにも注意して立ち回るであるぞ。

アドリブ連携歓迎



●異界の邸-地下2
 葛籠雄・九雀は乱戦の続く部屋の入口に佇みながら、機械に繋がれている朱色の液体に満たされた箱の中身をじっと見る。そこに嫌悪や恐怖はなく、悲哀もない。しかし、愉快なわけでもない。
「うむ……あの脳をどうするのが最善なのか……オレには、わからん。助けられるなら助けたいが、機械から外して良いのであるか?」
 あれらの持ち主について、他の猟兵から集めた情報を吟味し考えれば、既に検討はついていた。しかし、脳を取り出したとて、どうなることか。まさか、元の身体に装着するというわけにもいくまい。どういうわけか脳は機能していたとして、身体の方はもはや手遅れなのだから。だが、あのままここへ置いていて良いとも、思えなかった。
 とにかく一度そばで観察を、と機械に近寄る九雀の動きを察知したへいしがそれを阻まんと立ち塞がった。
「兎に角、甲冑から無力化するであるか。何をするにせよ、あれは邪魔であるからな。……こういうことは、さして得意でもないのであるが」
 大きく胴を裂こうとしたへいしの剣を冷静に後ろへ下がって避けると、九雀はわざと更に前へと飛び出した。すると、周囲で他の猟兵と戦っていた数体のへいしも九雀の動きに反応し、引き寄せられていく。
 長剣を薙ぎ、刺し、振り下ろし、ガシャガシャと甲冑を揺らしながら九雀を止めようと引っ切り無しに攻撃を浴びせかかるへいし達の様子は、どこか焦っているようにも見えた。
「それほど重要であるか、あの脳は」
 思考しながらも九雀の四肢は自動に動き、敵の攻撃を軽業師のような身のこなしで紙一重に避けていく。その動きは時を経るごとに不思議と鈍るどころか精度を増していく。それは、ユーベルコード・エピフィルム――詳細は省くが、敢えて不利な状況を作り出すことによって身体能力を増大させる九雀固有の能力によるものだった。
「そろそろであるか」
 しかし、この限られた空間で逃げ場を失わないように、仲間の邪魔にならないように、そしてへいしの同士討ちを避けるようにと動くのは、人外並の身体能力をもってしても限界があった。
 その頃合いを見てとった九雀は壁を利用して高く跳躍し、へいし達の背後を取ると、裁縫針を膝裏の関節や鎧の隙間に目掛けて投擲した。針は狙った位置へ的確に刺さり、へいしの動きを封じた。解除の隙を与えず、九雀はへいしの背に素早く近づくと、その頭に手をかけた。
「兜は奪って問題ないであるな?」
 九雀は確信に満ちた声で言い、様々な形で固まったへいしたちの頭から引っこ抜くように兜を取り去っていった。兜の下から現れたのは、老若男女様々な顔。彼らは色を失った顔色で怨嗟の声を上げ、無表情のまま兜を奪った九雀を睨みつけた。しかし、九雀はどこ吹く風というように恨み言を吐く人々を無視し、兜を矯めつ眇めつ眺めまわす。まるで、何かを探すように。
「返せ」
「卑怯」
「返せ」
「ふむ……これであるな」
「かえ――」
 そして、長い爪で兜の内側を掻いた。
「……」
 動きを封じられていたへいしたちの内の一体が、ゆらりと揺らぐ。甲冑が空気中に溶け、針が床に落ちた。
 九雀は身体が床を打つ前に抱き留めると、口元や喉に手を当てた。
「……気を失ってはいるが、命に支障はなさそうである」
 ふ、と息をつき。九雀は“一般人”を担いで、戦闘の続く部屋から連れ出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
やぁ、壮観だね。素敵な出迎えだ
一先ずは空室の住人達を喚び出しておこうか
足元にでもしがみついて転ばせてしまうといい。他の猟兵を上手に助けるんだよ
ついでに鎧の中身を確かめておいで

無事に回収できそうな状態なら、置物と同じような紙が無いか…兜を引っ剥がせばわかるかな
中身が無いものはお片付けだ。ばらばらにしておやり

折角だから缶飲料もくれてしまおうか
私が使わない化粧水の類もね
投げつければ目眩ましくらいにはなるだろう

接触はぬいぐるみ達に任せて、私はうろちょろと観察を
箱の中身も気になるからね、少し探りを入れるついでにあちらの気を逸らせられれば僥倖
召喚継続のため、攻撃は避けるがね
目障りな行動を取るのは得意だとも



●異界の邸-地下3
「やぁ、壮観だね。素敵な出迎えだ」
 殺気立つ部屋の中など目に入らないように、そんなことを宣うのはエンティ・シェアだ。部屋に入ったエンティは、へいしの注目を集めながらにっこりと笑う。
「おいで、仕事だ」
 エンティが独り言のようにそう呟いた瞬間、左右に黒熊のぬいぐるみと白兎のぬいぐるみが召喚された。目つきの鋭い黒熊、片目の白兎は指示を待つようにエンティを仰ぐ。
「足元にでもしがみついて転ばせてしまうといい。他の猟兵を上手に助けるんだよ。ついでに鎧の中身を確かめておいで。それと、無事に回収できそうな状態なら、置物と同じような紙が無いか……兜を引っ剥がせばわかるかな。中身が無いものはお片付けだ。ばらばらにしておやり」
 エンティは子どもにお使いを頼むような調子でぬいぐるみに指示を伝え、ついでに袋に残っていた缶飲料や化粧品も武器として手渡してやる。両手を軽く前へ押すようにして促せば、ぬいぐるみたちは自立して動きはじめた。猟兵とへいしの間を危なげなく歩き出したぬいぐるみたちの背を見送ると、エンティ自身は戦闘に巻き込まれないように動き出した。
 時おり飛んでくる流れ弾を避けながら、エンティは機械に繋がれた二つの箱の前へと辿り着いた。箱の上のモニターには、変わらずドラッグストアが映し出されている。それをちらと一瞥し、エンティは透明な箱の中を覗き込んだ。浮かんでいるのは、脳。それを包み込む朱色の液は規則的に柔らかく光り、心臓ではないのにその鼓動が聞こえてくるかのようであった。誘われるように箱へ触れようと手を伸ばしたエンティ。しかし、その寸前で手を引っ込めると、素早く飛び退った。
「おっと」
 先ほどまでエンティのいた場所を切り裂く白刃。そのまま二、三歩後退し距離を取ったエンティは、背後から斬りかかってきたへいしの無作法を窘めるように目を細める。攻撃を空振りしたへいしは動じることなく剣を構えなおし、エンティに向き直った。
「おやおや。後ろから斬りかかるとは、随分とお行儀の悪いことだね。……それに、君の相手は私じゃないだろう?」
 今度こそエンティを切断せんと駆けだしたへいしが、突然足を滑らせたように転び、剣を落とした。ガシャッという音を響かせて倒れたへいしの片足には、黒熊のぬいぐるみが纏わりついている。黒熊は足から胴の方に這い上ると、兜に手をかけようとする。しかし、エンティはそれを制止した。
「あとは私がやろう。君は他を助けに行っておくれ」
 エンティの声に黒熊は手を引っ込めると鎧の上を滑り降り、指示に従って別のへいしの下へと忍び寄っていった。
「さて。……あぁ、あったあった」
 エンティはもがく身体を軽く足と片手で抑えつけると、兜を被ったへいしの首元に指を滑らせた。そして目的のものを探り当て、楽しげに笑った。ややあって、へいしは抵抗をぱたりと止めた。銅の甲冑がサラサラと消えていく。
「やぁ。おはよう、君。だけれど、朝はまだ遠い。今しばらく、眠っていておくれ」
 エンティは濃い疲労を滲ませた青年に優しく微笑み、その目をそっと閉じさせた。
「おやすみ、今度は良い夢を」
 親指と人差し指で摘んだ白紙を吹いて飛ばせば、ふわりと空に解けて消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ベッジ・トラッシュ
ムムム、鎧の中身は一般人なのか!
救出を待っている子羊だというのならバ、
もうベッジさんは怖くないぞ…最初から怖くなどなかったがな!

UC:ダーク・ヴェンジャンスで防御を固めつつ、
でろでろの液体のついた手で触って兜の紙を無効化してまわる。

ふと、こわごわと脳みそをもう一回見て、兵士を見て
「こっち(兵士)が、一般人。あれ(脳)の持ち主がコンビニ店員…?」
ワルモノはあっちか?!
かといってオレはどうもしない(怖いので)

それよりオレの目的は、一般人の救出をして報酬にチョコレートを貰う事!
とんだ息抜きにはなったと思うが、たまに冒険に出て心リフレッシュは、
オモシロい物にも出会えて、嫌いじゃないゾ。ベッジさんはな!



●異界の邸-地下4
「ムムム、鎧の中身は一般人なのか! 救出を待っている子羊だというのならバ、もうベッジさんは怖くないぞ……最初から怖くなどなかったがな!」
 他の猟兵たちの活躍を見たベッジは、絵の具塗れの床で藻掻いている甲冑を振り返って仁王立ちする。その声は安堵と喜びで明るい。
「さあ、このベッジさんが救い出してやろう!」
 ベッジは意気込み、倒れているへいしに歩み寄る。ところが、へいしもベッジの意図に気づいたのか激しく暴れ出した。それでも何とかへいしに近づいたベッジだったが、ここぞとばかりにへいしが大きく腕を振りかぶった。
「ぐわぁーっ!?」
 床に撒かれた絵の具(ユーベルコード)のおかげで、さほど力は入っていなかったものの、体格差もあってベッジは腕に弾かれ、壁に吹き飛ばされた。ベッジは咄嗟に丸くなって受け身をとるが、壁に当たった拍子に腰に下げていたガラス瓶の一つの蓋が外れ、黒い液体がドロリと漏れ出した。瓶から溢れた漆黒の粘液は、薄い膜のようにじわじわとベッジの手足を這うと、やがてその全身を覆った。しかし、ベッジに焦る様子はない。それどころか、先ほどよりも意気揚々とへいしににじり寄っていく。
「いっ、今のはちょっと油断してただけだからな! もう同じ手は食わん! 神妙にするがいい!」
 ベッジはバッとムササビのように飛びかかると、へいしの腕を“片手で”押さえつけた。へいしはそれでも我武者羅に腕を動かそうとするが、ベッジはまるで赤子の手をひねるかのように簡単にへいしの動きを封じていく。
 つまり、漆黒の粘液の正体は“ダーク・ヴェンジャンス”というベッジのユーベルコードだったのだ。このユーベルコードは敵から受けた負傷を自身の戦闘力増強に変換すると同時に対象の生命力を吸収するという力をもつ。意図せずにそれを発動させたベッジは、壁に衝突した際のダメージを自身の戦闘力増強に変えたのである。更にそこへ床に撒いたユーベルコードの効果も合わさり、今のベッジは自身の倍以上はある巨漢ですら捻じ伏せられるほどの膂力を有していた。
 粘液を纏ったベッジに触れられ、へいしは暫く苦しみ悶えるように身を捩らせていたが、やがて抵抗する力を失っていった。その様子を見るや、ベッジは猫のようにするりとへいしの首の後ろに手を伸ばし、兜の中に指を差し入れた。じゅわり、と手の下で何かが溶ける感触がした。そして。
「おぉっ、消えた!」
 一般人の生命力まで吸うわけにはいかないため、体の上から飛び退きながらも甲冑が宙に消えていくのを見て歓声を上げるベッジ。しかしそこでちょいと首を傾げた。
「ん? こっち(兵士)が、一般人で、あれ(脳)の持ち主がコンビニ店員……?」
 ――ってことは、ワルモノはあっちの店員ってことか? でも、オブリビオンはこの鎧と言っていたよな?
 考えれば考えるほどに訳が分からない。ベッジは混乱に頭を抱えたくなり、答えを求めるように脳が繋がれた機械を見やった。
「うぴゃっ」
 そしてそれを目に映した途端に後悔し、急いで目を逸らした。妖精たるテレビウムに人間の脳のようなものがあるかは不明だが、その光景が意味することはベッジにもよく理解できた。それゆえにベッジはそれを嫌悪し、恐怖した。あれに近づく勇気は、出そうになかった。胸の内を掻き乱す気分の悪さを誤魔化すように、ベッジは他のへいしへ飛びかかっていった。

「ふぃー……フッフッフ、我ながらたくさん救出したな! さすがベッジさんだ!」
「うん、お疲れさま」
「ムッ? ……あっ、あんたは!」
 ベッジが何人目かの一般人を甲冑から解放し、体格差ゆえに少しばかり引きずりながらもえっちらおっちら安全圏へと運んだときだった。一息ついたところを見計らって、ベッジに声をかける姿があった。
「お姉さんだよーさっきはありがとう、助かったよ」
「ん? 何のことだかよく分からんが、ベッジさんだから当然だ! でもここはお姉さんには危ないからな、オレに任せて隠れているがいいぞ!」
「……ベッジくんは頼もしいねぇ」
 振り返った先にいたのは、少し前に会話をした予知の女性だった。ベッジに声をかけた女性は階段から戦闘が行われている地下空間を覗きこみながら、どこか浮かない表情している。
「……悩み事か? ベッジさんが聞いてあげても良いぞ?」
「あっ、いや、そういうわけじゃないよ。ごめん、こんなときにまで心配かけさせて。ただ、お礼をしようにも何もあげられるものがないから、せめて君たちを手伝いたいと思って……でも、見て分かったよ。私なんかじゃ、ただの足手まといにしかならないって」
 顔を青褪めさせて敵から隠れるようにしながら、女性は自嘲する。しかしベッジはそんな女性の服をぐっと摑むと、力強くこう言った。
「ある!」
「えっ?」
「あんたが、できるコト! ある!」
 緊張に声を上擦らせながら、ベッジは輝くような金色の瞳を女性に向けて、指をピンと伸ばした。
「あんたの持ってる、ソレ! ソレがほしい」
「ソレ、って……チョコレート?」
 女性が困惑に首を傾げながら袋から取り出したチョコレート菓子のパッケージに、ベッジの目は釘付けになる。確かめるように聞き返せば、ベッジは神妙に頷き、期待を込めた眼差しで女性を見上げた。しかし、チョコレートは中々手渡されず、ベッジの表情も心なしか、しょんぼりとしてきていた。
「……やっぱり、ダメか? ダメなのか?!」
「ダメじゃない、全然ダメじゃない! もちろん、良いよ! でも、これくらい――」
「ほんとか? ホントだな?! ヤッターッ!!」
 ――これくらい、どこでだって買えるのに。
 そう続けようとした女性の声は、ベッジの歓声にかき消された。呆気にとられながらも女性がチョコレートをそっと手渡せば、ベッジはまるで宝物のようにそれを抱え込み、跳ね上がった。たった一個のチョコレート。そう高いわけでも珍しいわけでもないそれに、ベッジがどうしてここまで喜ぶのか、女性には分からなかった。命を救われたと言っても過言ではない相手に差し出すには、到底釣り合っているとは思えない報酬だ。けれど。
「ありゃ? そういえば、さっき何か言いかけたカ?」
「……ううん、何でもないよ」
「なーんだ、気のせいか!」
 チョコレートを片手に掲げて心から嬉しそうに笑うベッジ。その姿を見つめる女性の顔にも、いつの間にか笑みが浮かんでいるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

玖篠・迅
あの店員さんたちが最初の犠牲者だったってことか…

式符・天水で蛟たち呼んで、甲冑の中の人たち助ける手伝いしてもらうな
水に閉じ込めたり、巻き付いて動き鈍らせてる間に兜を外して中の紙を外してくれ
水流で紙を押し流して外す時は、窒息させないように注意で頼むな
水が足りなかったら、買ってたさわやか水を呼び水に使ってく

蛟たちに任してるうちに、「目立たない」よう脳のところにいってみる
調べる間邪魔されないように、残ってた塩に「破魔」の呪いかけて簡易の結界作っとくな
…ここに2人の脳を残したままにするのもできないし、なんとかできないか調べてみる
この機械が異界の中心だと思うんだけど、手持ちの道具で異界から切り離せるかな


レッグ・ワート
UDCアースでこれかあ。銀河帝国攻略戦のよりマシか悪いかぱっとじゃ判断付か無いな。ああ、葛籠雄ちょっといい?さっき聞けた脳絡みっぽい本の回収と、内容確認頼めないか。……懸念あるのにあっさりだな。オーケイ、了解だ。

鎧の間合いや立回り見といて、部位に包帯絡めて怪力で軽く引いて隙作れたら、剣叩き落として遠くにやろう。後は順に兜引っぺがして紙を処理。見切り避け損ねた攻撃は、要る分だけ無敵城塞で捌けるかね。

出来れば普通の一般達とは分けて物置から2人の身体回収して、俺は機械の用途や液や脳の状態調べる。防具改造で呪詛耐性に耐性合算しておくのは引続き。さてどこまで帰せるか。なるたけ置いていきたくは無いんだよ。


葛籠雄・九雀
SPD

■レグ氏と同行

さて、鎧の対処ができるのならば、やはり脳もどうにかしたいであるな。レグちゃんと連携するとしよう。オレ自身、『のうがもん』とやらも気になるであるしな!
脳が門、脳我聞。ふむ。まあ良い。

ああ、今一度物置も確認しておくか。懐中電灯はオレが持っていたであるな?
その後、書斎へ戻り、【呪詛】知識で本を読む。ただ、耐性はないであるからな。内容によってはどうなるか。まあ、なるようになる。おかしな真似をしたら死なぬ程度に一発二発殴ってくれて構わん。

内容は問題がなければレグちゃんへ伝達。後はレグちゃんの指示に従うであるかな。オレにできることは少ない。
さて…あの脳を助けることはできるのであるかな。



●異界の邸-地下5
 さて、ここで時間は少し遡り、猟兵たちが地下へ辿り着き、戦闘が始まって間もなくのこと。レッグ・ワートは地下に広がる空間を眺め、呆れたように溜息を吐いた。
「UDCアースでこれかあ。銀河帝国攻略戦のよりマシか悪いか、ぱっとじゃ判断つかないな」
 そうして暫くの間、レグは乱戦が続く場から離れたところで静かに状況を確かめつつ、思案を続けていた。ちなみに時々流れてくるへいしは包帯をロープ代わりに使って転ばせたり受け流したりして隙を作り、兜を取り上げ紙を引っ剥がし、着実に無力化しながら、である。そんなレグのもとに、救出した一般人を小脇に抱えた、怪しげな風貌の猟兵が悠々とした足取りで近づいてきた。ヒーローマスクの葛籠雄・九雀である。レグは九雀が乱戦から離れ、比較的安全そうな場所へ抱えていた一般人を下ろすのを待って、声をかけた。
「ああ、葛籠雄ちょっといい?」
「なんであるか、レグちゃん」
「さっき聞けた脳絡みっぽい本の回収と、内容確認頼めないか」
「ふむ、良いぞ。――おぉ、迅ちゃん! できれば少しの間、彼らの面倒を見てほしいのであるが、頼めるか? オレたちは少し、上で調べものをしてきたいのである」
 打てば響くような九雀の返答に、レグは虚を突かれて思わず黙りこんだ。九雀はレグの様子を気にすることなく、付近にいた仲間に救助してきた人々の護衛を頼んでいた。和装姿の少年猟兵は「分かった!」と二つ返事で九雀の頼みを引き受けている。
「……懸念あるのにあっさりだな」
「はっは! なに、鎧の対処ができるのであれば、やはり脳もどうにかしたいであるからな。オレ自身、『のうがもん』とやらも気になるであるしな!」
「オーケイ、了解だ。俺も途中までは一緒に行くよ。――一寸、用があってな」
 飄々とした九雀の様子にレグは苦笑するように頷き、一瞬、部屋の奥へ目を遣った。そして九雀と共に階段を上っていった。

●異界の邸-一階廊下
 地下に続く階段のある浴室を出て、廊下を進んでいた九雀とレグ。地下では未だ戦闘が続いているため、両者の歩みは普段よりも早い。しかし、物置部屋の前に差し掛かったとき、レグは足を止めた。レグの後ろを歩いていた九雀も自然と止まり、扉が開かれたままになっている部屋の中を覗きこんだ。
「ここは確か物置であったな。せっかくであるし、今一度物置も確認しておくか」
「あー、いや。俺ひとりで大丈夫だ。あんまり時間もないしな。葛籠雄は書斎を頼む」
「そうであるか。ではレグちゃん、また後で会おうぞ。……あぁ、そのときオレが何かおかしな真似をしたら、死なぬ程度に一発二発殴ってくれて構わん」
「了解。まぁ、殴らなくて済むよう祈っとくよ」
 本気か冗談か分からぬ口調で戯言のように交わし合い。ひらり、と手を振って九雀は二階へ続く階段に消えた。
 残されたのは物置部屋の前に佇むレグひとり。物の溢れ返ったそこへ、ギシリと足を踏み入れた。

●異界の邸-物置
 この部屋の内にある――否、いるはずの二人の身体を探し、レグは暗視で足場を確認しながら慎重に、一歩ずつ奥へと進んでいった。下手をすれば雪崩が起きそうなほどに部屋中に積み上がっている物たちは、異界へ転移させられた人々の所持品だろう。中には貴重品もあるはずだが、それを当人以外に判別することはできないし、ここにある全てを持って帰れるほどの余裕はない。五体満足で生きて帰れるだけで良しとしてもらう他、ないだろう。
「……あぁ、見つけた」
 ガサガサとレジ袋の山を掻き分け進めば、無造作に積み重なったあらゆる物の重圧で潰れて拉げた身体が二つ。戦場や救護所で幾度も感じた、馴染みのある血の臭いが空中に漂っていた。一息に退けてしまいたくなる感情を抑えながら、レグは積まれた物を一つ一つ取り除いていった。

●異界の邸-寝室
 薄っすらと埃を被った豪奢なベッドに腰かけ、九雀は一冊の本を膝の上に置いて眺めていた。これが恐らく、予知の女性の言うところの“変な本”であろう。そして、それは確かに変な本、であった。
「ふーむ。……一般人の認識を阻害する術、のようなものであるな。まぁ、オレは専門家ではないから詳しいことは分からんが」
 本の赤い表紙に触れた手先が、僅かにチリチリと痺れる。しかし九雀は躊躇することなく表紙を捲った。呪いを信じていないからではない。UDCアースには読むだけで正気を削り狂人にさせる書物が存在することを九雀は躊躇なくページを捲った。それは自分が他の猟兵がという、些か無責任ながらも根づいた仲間たちへの信頼があるからか。
「……ようこそ、かんりしゃさま」
『ようこそ、管理者様。
 然るべき時が訪れるまで、責任をもって任務の遂行に努めてください。

 ・六零六『デビルズナンバーへいし』の生産と転移門の生成
 彼らは邸内の一室で自動的に製造されていきます。しかし、それだけではほとんどただの甲冑であり、オブジェとして飾る以外の用途はありません。彼らを動かすためには、電池となる人間が必要です。
 そのため、最初だけはご自身で、現世から人間を調達していただくことになります。予備も含めて二人ほど用意しておきましょう。活きがよく、健康的なものが好ましいです。その際は、猟兵と名乗る輩に気づかれないよう、細心の注意を払ってください。もし気づかれてしまった場合は、殲滅してください。(もし勝てなかったら? 残念ですが、その場で自害なさってください)
 人間を調達できたら、右図を参考にして人間を睡眠状態にし、頭部から脳を取り出します。(※この脳が門を生成するための必須材料になりますので、取り出す際に傷をつけないようにしてください)
次に、取り出した脳を添付資料に記載された手順の通りに地下室の機械へ接続します。(※資料は使用後破棄してください)接続後は機械が自動的に人間の脳から記憶を抽出し、それを媒体として現世(彼方)と異界(此方)を繋ぐ門を生成します。お茶でも飲んでお待ちください。中央部のモニターにて、現世に門が生成されたのを確認できれば、後は門を通ってやってきた人間が【六零六『デビルズナンバーへいし』】になるのを待つだけです。
 以降は可能な限り多くの【六零六『デビルズナンバーへいし』】を生産し、呪詛を完成させることが管理者様の目標となります。ただし、定期的に機械の点検とモニターを確認することをお忘れなきように。

 ・転移門の使い方
 現世から邸へ行くには、人間の記憶世界の中に作られた扉を通ってください。
 邸から現世へ行くには、機械中央部のモニター画面に触れてください。

 ・こんなときどうする?
 1、現世の門に障害が発生したら
 脳から別の記憶を抽出し直し、新たな門を生成してください。利用可能な記憶がない場合は、新しい脳を試してみてください。必要であれば、【六零六『デビルズナンバーへいし』】の一体を解体しても構いません。
 2、猟兵に攻め込まれたら
 即座に殲滅しましょう。生け捕りにしようなどとは考えないでください。必要であれば、邸を潰しても構いません。
 3、出かけたくなったら
 原則、邸内でお過ごしください。管理者様が邸を不在にしていても、活動中の【六零六『デビルズナンバーへいし』】と門があれば暫くの間は問題ありません。しかし、管理者様の不在時にへいしか門のどちらかに何らかの障害が発生した場合、エネルギーの供給源を失った邸が消滅する可能性があります。
 4、飲食や娯楽
 ご自分で調達していただく形になります。なお、人間には手をつけないように――』
 ぱたん。
 九雀は呪いのせいだけではない疲労感を覚えながら、ゆっくりと本を閉じた。
「……時間はかかったであるが、それなりの収穫はあったのである。あとはこれをレグちゃん達へどう伝えるか、であるなぁ」
 強張った筋肉を解すように、うんと伸びをしながら立ち上がると、九雀は本を片手に仲間たちの待つ地下へと急いだ。

●異界の邸-地下
 九雀が本を読みこんでいたころ、救出した一般人の保護を任された玖篠・迅は迫りくるへいしを前に奮闘を見せていた。清めの塩で張った簡易的な結界の中には、意識を失った一般人が倒れている。
「式符・天水」
 迅が式符を掲げて凛と澄んだ声を空間に響かせれば、迅の周囲に雨粒のような水滴が浮きあがった。水滴は見る間に寄り集まっていき、やがて大きな水の塊となってぐるりと渦を巻く。そして渦が収まったとき、そこには美しい浅葱色の蛟が現れていた。静謐な雰囲気を纏った蛟はするりと迅の腕に身を寄せると、迅が差し出した『さわやか水』を機嫌良く飲んだ。迅はへいしを見据えながら蛟へ囁く。
「水に閉じ込めたり巻き付いて動き鈍らせたりしている間に兜を外して、中の紙を外してくれ。水流で紙を押し流して外す時は、窒息させないように注意で頼むな。――まかせた!」
 迅がそう告げて蛟を纏わせた腕をへいしに向けると、蛟は激流の如き素早さでへいしの兜へその身を躍らせた。へいしは反射的に飛び込んできた蛟を正面から斬り伏せるが、蛟は再び水流に変化すると勢いを殺さぬままへいしの頭部を包み込んだ。
「……っがほ」
 時間にして約一秒。蛟がへいしから離れれば甲冑は脆くも消えていき、後には意識のない人が残された。迅は崩れ落ちるようにして床に倒れ込んだ人を抱えて布で拭ってやりながら、様子を窺う。青褪めてはいるが他の助けた人たち同様、命に別状はなさそうであった。迅はほっと息を吐き出す。
「大丈夫。ただ眠ってるだけみたいだ」
 そこへ何者かが階段を下ってくる硬質な音が鳴り、迅は臨戦態勢の蛟をそばへ呼び寄せた。しかし、警戒はすぐに安堵へと変わる。
「――なんだ、少し出てた間にすっかり片づいちゃったのか」
「レグ! そっちの調べものは……?」
「……まあ、な。遅くなって悪かった」
 そう言ったレグはただ調べものをしていただけにしては全体的に薄汚れており、両腕にはここを出ていったときにはなかったはずの、布で包まれた大きな袋が二つ抱えられていた。しかもレグの指には赤い血液のようなものが付着していることに気づき、迅は眉を顰めた。とりあえず袋の中身について問おうと迅が口を開きかけたとき、レグの背後からカッカッと跳ねるように軽快な音が鳴り響いた。
「待たせたのである! これが、レグちゃんに頼まれていた本である。珍妙な内容ではあったが、邸については大方知ることができたのである」
「サンキュー。……見たとこ身体的には変わりなさそうだけど、気分はどうだ? 呪いの影響はまだあるか?」
「さて。少し目が回ったくらいであるし、オレとしては問題ないと思うのであるが……迅ちゃんからはどう見えるであるか?」
 見るからに嫌な雰囲気を醸し出す赤い表紙の本を何でもなさそうに片手で扱いながら、九雀は迅に向き直り問うた。急な指名に迅はきょとんと目を瞬かせたが、自分の身体を指し示す九雀の仕草でその問いの意図を察し、九雀をじっと見つめた。
「うーん……俺も、大丈夫だと思う。九雀から悪意のある呪いの残滓とかは感じられないしな」
「そうであるか。であれば大丈夫であろう。それよりも今はあの機械のことである」
 九雀は楽観的に頷くと、さっさと話題を移してしまった。レグも布を救助した一般人が寝転んでいる場所から離れた場所に優しく下ろすと九雀の後を追い、もはや阻むへいしもいなくなった地下空間の奥へと進んでいった。迅は少しの間、袋の中を気にしていたが、帰路の確保が優先だと二人が話し合っている機械の前へ駆けていった。

「――とまぁ、ざっくりと説明するとそんな感じの内容であるな」
 朱色の液に浸かった二つの脳を前に、九雀は淡々と先ほど自身が読んでいた本の内容を掻い摘んで二人に語った。
「あの店員さんたちが最初の犠牲者だったってことか……」
 九雀が話し終えるまで静かに聞いていた迅は、ドラッグストアで温かな眼差しで自分を見つめた女性の姿を思い出し、悲痛な面持ちでモニター画面の映像を見つめた。その隣ではレグが脳の状態や脳の入った箱に繋がっている機械の仕組みを調べ、どうにか生かす方法を探っていた。そして、本に記載されていた情報と目の前の現実を照らし合わせ、レグは一つの結論に辿り着いた。
「そうか……やっぱり、生きたままってのは、無理か」
 諦めたように呟きながらも、その目の光だけは諦め悪く脳と機械を彷徨う。しかし。レグたちの後ろには救助した人たちがいた。今確実に生きている人々を救わず、助からぬ命を求め続けているわけにはいかなかった。
「――葛籠雄、玖篠。他の猟兵にも声かけて、救助した人たち全員ここに連れてきてくれ」
「承知したのである」
「……分かった!」

 機械の前に最後の一人を寄りかからせると、迅はそっと息をついた。晴れない心で辺りを見回し、一際目立つウォーマシンの姿が近くにないのに気がついた。先ほどまで自分と同じように人を抱えて行き来していたはず、と首を傾げる。
「あれ、レグは?」
「レグちゃんなら、あっちである」
 傍らで例の本をパラパラと捲っていた九雀が伸ばした指の先を見れば、レグが二つの大きな袋をしっかと抱えて戻ってくる姿があった。
「なあ、もしかして、その袋の中って……」
「あぁ、そうだ。俺は帰せるなら、なるだけ置いていきたくはないんだよ。それがたとえ、どんな形であっても」
 一般人もいる手前、迅の声に出せない問いをレグは正しく読み取り、肯定した。そこには何の躊躇もなく、ただ確固たる意志が宿っていた。
「……うん、そうだよな。俺も、そう思う」
 そして、そんなレグを見た迅もまた、ひとつの決意を固めた。




●UDCアース-日本
 眩い光に包まれたレグ、九雀、迅たち猟兵が次に目を開いたとき。そこは元いた世界――日本のどこにでもあるような平凡な街中であった。しかし唯一違うのは、そこにドラッグストアはないということ。代わりにその場所には三階建ての真っ白なビルが建っていた。透明な窓に貼られた『テナント募集』の広告が、温い風にはためいた。
 そして、二つの大きな袋、赤表紙の本、何かを内包した朱色の水の玉をそれぞれの手に佇む彼らの周りでは、救助した人々が地面に寝転んだまま、すぅすぅと安らかな寝息を立てていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年06月25日


挿絵イラスト