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目にも眩き死の宴

作者：紺色

●目にも眩き死の宴
　贅を極めた鏡張りの天井に、クリスタルのシャンデリアが煌々明るく映し出され、貴婦人達のドレスの裾が、ワルツに合わせて血の色の床に華と咲く。
　紳士淑女の手にシガー、唇に詩。人骨より削り出された骰子は卓上を軽やかに転がり、さだめるは奴隷の命のゆくえ。
　壁際には腰をかがめた亡者たちと、そのなりかけが、手に手に篝火を持って、死んだ、あるいは生きた燭台となってずらりと並んでいる。
　炎は天井の鏡に反射して、夜会はさながら、絢爛紅に彩られた霊廟のごとし。パーティーは、終らぬ夜を徹して繰り広げられる。
　――そのダンスホールを見下ろすバルコニーに、退屈げな黒いドレスの女主人と、傍らに控える従僕の姿があった。
　伯爵夫人の手には硝子杯があり、その底を見ぬうちに従僕はうやうやしく、赤き美酒を注ぎ足す。
　夜は明けない。
　少なくとも、今のところは、永久に。

●グリモアベースにて
　コルチェ・ウーパニャン（ミレナリィドールのブラスターガンナー）はグリモアベースの雑踏にしばし圧倒され、おたついていたが、意を決して出した大声で、猟兵達を呼ばう。
　やがて、ぽつりぽつりと集まった猟兵達皆皆へ、コルチェは深くお辞儀して、説明を始めた。
　――ダークセイヴァーの夜霧の町、とある洋館で、夜会が催されている。テーブルに美酒、酒肴。フロアにダンス、壁際に居並ぶは篝火を手に、会場を照らす亡者と生者。
　ただしこの洋館に存在する、意志持つオブリビオンは人嫌いの伯爵夫人ただ一人。
　洋館にかかったふしぎな魔法が、幻にあたかもヴァンパイアの客人のようにふるまわせ、華やかな夜会を演じさせている。
　猟兵たちはいつわりの夜会に乗じて生贄を……この、いわば生きた燭台を会場から救いだし、客の無い夜会を主催する、ヴァンパイアの女主人を倒さねばならない。
「……幻たちは、止めなきゃずーっとずーっと夜会をやり続けて戦いの邪魔になるから、皆にはまず夜会を終わらせてほしいの。
　終わらせ方は任せるね。洋館自体をメチャクチャにしちゃって、洋館にかかった魔法を強制解除するのも手だし、直接、幻のヴァンパイアを倒しちゃってもいいし……。幻だけあってそう賢くないから、『夜会は終わり』って思い込ませれば、そのまま消えていく。
　とにかく『夜会が出来ない』状況に持って行っちゃって！
　……ぜったいぜったい覚えておいてほしいのは、救出したい生贄がいるってことね。
　会場ではオブリビオンの手下に混ざって、普通の女性達が照明器具代わりに篝火を持たされてるの。立ちっぱなしの飲まず食わずで、しかも死体と一緒に立たされているこの生贄さん達は、精神的にも体力的にももう……限界に近い。
　でも、倒れて『燭台』の役目を果たせなくなったらその場で首をすぱんとはねられて、血をワインの足しに……」
　夫人にとって、使役するオブリビオンと近隣の村々から集めた生きた人間とは、腐臭を放つか否か、自らの運命を悟り、すすり泣くか否かの違いしかない。
　――夫人にとって大切なのは、ヴァンパイアの女貴族として気高く振る舞うこと。
　賛美する者もない館を飾り、奴隷をはべらせ、その命を羽毛よりも軽く扱う。
　ひとぎらいの彼女が敢えて、偽りの夜会を開き、華やかな夜会の女主人として振る舞うのは、――。
　生贄の女性たちを苦しめて殺すのは、無聊をかこつ自分への、慰め、褒美、生きがいだ。
　コルチェは話しながら、自分の言ったことのおぞましさに身震いした。
「生贄の彼女たちが、いつまで立っていられるかはコルチェにも分からない。なるはや！！　なるはやで、いい感じに！！　お願いします！！」

第1章 冒険 『ヴァンパイアの夜会』

POW   :    真っ正面から敵に戦いを挑んだり建物等を破壊してまわる。 SPD   :    罠の設置や先回りして生贄のダッシュを行います。 WIZ   :    変装して侵入し話術によって敵を撹乱します。 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

　レイラ・アストン（魔眼）の深い深い、青い瞳が、薄いレンズ越しに金色の篝火に照らされてきらめいている。
踏み入れたダンスフロアの磨かれた血色の床を、パーティー用に僅かに上がった靴のかかとでこつこつ叩きながら、レイラの眼差しは金色の会場をぐるりと舐めた。
　貼り付けたような笑顔、笑顔、囁き声。篝火とシガー、熱気で薄曇った会場とざわめきの向こうに、壁際に沿って居並んだ、素肌の腕を散る火の粉で火傷だらけにしながらも、抗う力すらもはやなく、うなだれて立つおとめらの姿がある。
　あの、犠牲者達の姿さえなければロマンチックと思えただろうか。だがシガーの刺激的な香りに混じった、甘い腐臭の漂う中では、悪趣味きわまりなしと言うほかない。
　壁際の救出対象を一人二人と数えるレイラへ、そっと銀盆が差し出された。並ぶはきゃしゃなグラスに注がれた、淡い金色の発泡性ワイン。目元のみを覆い隠す仮面をつけた、給仕の表情は読み取れないが――。
「――本日はお招きありがとうございます」
　レイラが伏し目がちに、へつらわず、しかし恭しく腰をかがめる。給仕は――たった一人、この給仕こと従僕だけは幻ではなかったのだが、しかし、レイラに気づくのが少々遅かった。
　招かれざる客からの手土産は、ヴァルプルギスの篝火。彼女の所作に応えるように、その数二十もの炎が会場を壁に沿うより一回り小さく取り巻く。
　明々輝く新たな篝火で視界を奪ったレイラは、おとめの腕を掴んで会場を駆け去る。
　おとめ二人の逃避行。あとは、皆がうまくやるだろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

　ドラゴニアンは――特に彼のように竜の姿をとるものは往々にして表情を読み取られにくいものだが、それを差し引いても佐藤・非正規雇用（ハイランダー）は、動揺であるとか緊張であるとか、警戒に類するものを表に出さなかった。
　場合によっては相手が望むようにガタガタ震えて見せてやることもあるのだが、今はそうするべきときでない。何しろ女の子が燭台がわりにされているのである。
　佐藤はダンスホールを離れて一人、会場の上階、バルコニーへ向かった。
　そうして、バロック調の手すりからブラックスーツに包んだ身をほとんど乗り出して、バルコニーから階下を見下ろす伯爵夫人の視界へ無理やりその長い鼻先をねじ込むと、わずかに驚きを見せたその貴婦人の目と睨むように見つめ合いながら、飄々として話し出す。
「これは何のパーティだ？ 　元号が変わってから、夜会が禁止になったのを知らないのか？　これからは、役所に夜会届けをしないと……。最近はセキュリティ事故も多いから、上司に酒席報告書を出した方がいいな。早く書いてこいよ」
　支離滅裂もよいところだった。伯爵夫人にはまったく、理解しがたきことばかりをまくし立てる佐藤を飛び回る羽虫のごとく忌まわしげに睨む。
「お前はだぁれ？　ヒト風情がどこから忍び込んだの？」
　美しい女に射殺すように睨まれながら、横顎を扇で打たれても、表情だけはすましたまま佐藤は思う。
　――階下の者たちは今何をしているだろう？　灯りを消す演技は必要なさそうだが……。
　答えはこの、ちりちり熱く火照り出している漆黒の肌から察せられる。伯爵夫人の注意は引けた。時間稼ぎも長くは保つまいが、その間に仲間がきっとうまくやるだろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

　金色のダンスホールに一人、一条立ち上る煙のごとき、儚げな乙女が立っている。
　眩しい。ピントも合わないほどのきらびやかな宴に、エレニア・ファンタージェン（幻想パヴァーヌ）は、目を伏せる。真白い睫毛に縁どられた赤の瞳が隠れると、金に照らされた白皙はいっそう際立ち、篝火の煙とシガーの煙に紛れて、目を凝らしていなければふわりと消えかねない風情まであった。
　ファシネーターと月長石で装ったエレニアが、永久続くいつわりの夜会のさざめきをふわりふわりと踊り歩く。
　生贄の姿を探してさまよいゆらめく彼女の視線を、さいわいにもとらえた幻には褒美がある。エレニアは白い白い指でその顎を捉える。永久続くはずだったひとときの夢、ひとときの幻へ。視線が交わるだけでそのほかに、この世に望むものなどなくなってしまうような赤い瞳で、やさしくやさしく見つめながら小さな額が触れ合いそうに顔を近づけて、そして、一呼吸。
　――なんて大仰で悪趣味なお人形遊び。でも少し、楽しそう。エレニアはうたかた消えてしまったダンスパートナーにちらとだけ思いを馳せる。
　会場は既に金の輝きをいっそう強くして、ぱちぱち火の爆ぜる音が聞こえだしていた。
　淡い、儚い、美しいエリィは、ささやいてまわる。
「伯爵夫人のお言葉よ。この会場に暴漢が現れたから夜会はおしまいです。刺激しないよう、騒ぎ立てずに速やかにここを出なさい」
　エレニアに命じたつもりがなかろうとも、彼女の甘い声に逆らえるものなどあるだろうか。
　幻は一人、二人と消えていく。この館の他に行くべきところなどありはしないのに、エレニアの甘い、夢心地のささやきに応じて。

成功 🔵​🔵​🔴​

「お静かに。よく頑張りましたね。貴女様を助けに参りました」
　プラシオライト・エターナルバド（かわらないもの）がクリスタライズをいったん解き、篝火を掲げていた女性へ囁きかけると、女性は驚きからか、それとも安堵のあまりか、膝から崩れ落ちかける。それを抱きとめたプラシオライトのほんのり薄緑色に透けながら、篝火に照らされて輝く姿はまたたちまち透明に消え去った。
　不可視の乙女を不可視のかいなに抱いていると、彼女の冷たい硬質の肌に、篝火で干からびるほど火照らされた生贄の女性の頬の熱さを、薄い衣服越しに感じられる。力の抜けた体を引き寄せて、プラシオライトは宙を浮く。

　沈着冷静のプラシオライトの救出プランには非の打ちどころがなかった。
　透明化による隠密はむろんのこと、念動力を用いることで立つ力もない生贄の女性を引きずって歩かずにすみ、アメグリーンの回復薬でその唇を湿らせてやりながら、自らの疲労にも気を配る。
　もう掲げる必要のなくなった篝火は、元いた場所へ透明ワイヤーで固定しておく念の入れようだ。

　プラシオライトは入ってきたときと同様難なく洋館を脱出し、女性を適当な茂みに隠す。抱きしめていた体が離れるにつれ、透き通っていた二人の身体がぼんやり光るように月の光に照らされる。
「大丈夫ですよ、他の方々も必ずお助け致します」
　感情をまるで表情に表さないプラシオライトだが、彼女の思いやりは、言葉と行動とに全て表れている。プラシオライトは、火照った頬が擦りつけられて温かいと思っていた自らの胸が、夜風が吹くとひやりと冷えることにようやく気付く。
　プラシオライトの胸を温めていたのは、生贄にされていた乙女の、感謝と安堵の涙だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　鹿忍・由紀（余計者）が眠たげな瞼を更に伏せがちに、気だるく会場をそっと見渡す。
　夜会とは名ばかり、会場は昼より明るく照らされて、夜明かりの隙間、影から影へ伝うように歩くのが仕事の彼にとっては、仕事のしにくさの方が先に立つ。
「あのシャンデリアとか破壊工作にお誂え向きだ」
　美しい夜会も輝かしいシャンデリアも、彼にとってはその程度の感慨しかない。
「生贄が紛れてるなら派手にやりすぎてもいけないか。夜会を滅茶苦茶にするだけなら楽そうなのに」
「では慎ましやかに事に及ぶとしよう…なに乱痴気騒ぎでボヤなんてよくある事だ、そうだろう？　夜会を続けられるか否かは…火を見るより明らかだね」
　アンテロ・ヴィルスカ（白に鎮める）は顕わになった片目と口元に皮肉げな笑みを浮かべた。
　どうも意味ありげだが、由紀は細かいことにこだわらないたちだ。連れのことは放っておいて、彼はきわめておおざっぱで、直接的な――すなわち、放火という手段に出る。手近の者が掲げる篝火を無造作に受け取ると、火をカーテンへ移す。分厚いカーテンがくすぶりながらちろちろ火を上げ始めたのを見てとるや、篝火は床へ放り捨てた。
　火におびえた……というより、篝火を奪われたことで動揺を見せたのが生者の証。由紀は怯えたその娘を引き寄せて……企みの知れた連れへ、呆れた風に言う。
「こんな時に煙草なんて悠長だね」
　手癖悪くアンテロは、フロアを回る召使から一本シガーを拝借し、今まさに立ち上がる火でふかし始めたところだ。
　アンテロはシガーをくわえたままの軽い会釈でくゆる紫煙の断りを入れる。あいにくアンテロに行儀よくやるつもりはない。
　風味は上等……それに、確かめたいことは分かった。虚実ないまぜの夜会で、何もかもが幻と思えば火傷をする。
　怯えた娘らを逃がしてやりながら、アンテロは素早く周囲を見渡した。斬り伏せるつもりだった残りの亡者は……後で立ち会うことになるだろう。火葬でも土葬でも行き着く先は同じこと。それは早い遅いも同様だ。

　――煙が濃くなっていく。身体に這い上らせた鎧が、炎からアンテロを守る。炎のことは良しとして、それよりも――
「あ、そこちょっと退いて」
　文字通りの光を切り裂き放たれた由紀の影のダガーに、火を反射して明々輝くシャンデリアが次々射抜かれ落下する。
　砕けながら会場全体へそそぐ、クリスタルの霰が、光の粒が、あるいは影の刃が、みるみるうちに幻の酔客を消し去って、また照明の数は大いに減り、壁沿いに立つ由紀とアンテロとを付け火の炎が赤く照らす。
　光と影の濃きが、頭上を見上げる由紀の横顔を染め、読めぬ表情をますます読めないものにする。
　表情は読めなくとも、次にやりそうなことは分かっていた。危なげなく、いつも通り、アンテロは最小限に身をかわし、鎧の上をクリスタルが散る、涼しの音を聞く。
　しかし一応、言っておかねばなるまい。アンテロは黒の兜越しに言う。
「……由紀君、俺の上にシャンデリアを落とさないでおくれよ？」
　改められる気はしないが。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　リグ・アシュリーズ（人狼の黒騎士）の礼服による男装は、借り物による急作りのため、肩周りと胸元に若干の違和感が否めないものだったが、かえってそれが、彼女の魅力を引き出してもいた。
　ワイングラスを並べた銀盆を手に、幻たちの間隙を抜けて、給仕に化けたリグは会場をぐるり見渡す。
　他の猟兵達の手によって、一人二人と篝火を捧げる乙女の数は数を減らしつつある。残っているのは……。
　大股で、軽やかに、猫科の生き物のような優雅で実用的な足取りで壁際の乙女へ歩み寄ると、リグはふいと篝火を取り上げた。
「火が消えかかってるじゃない。貸して」
　これは周囲に対する言い訳だ。むろんのこと、リグの目的は違うところにある。ほとんど絶望しきった眼差しの乙女だったが、少年めいたいたずらっぽい表情のリグが、彼女自身の目の中のきらめきを移すように、目と目を合わせてから耳打ちする。
（なんてね――大丈夫。ホントは助けに来たの。向こうの出口からお逃げなさい）

　――よろめきながら、もたれながら……ほとんど壁を這うような、まったく優雅とはいいがたい、ぼろぼろの乙女の逃げる背中を、リグは見ている。受け取った篝火は、無造作にテーブルへ置かれた。火はテーブルクロスに燃え移りくすぶりだしたが、しょせんこれから、ぶち壊す夜会だ。亡者が持っていようが生贄が持っていようが、あるいは机に置かれていようが、ほとんどかかわりが無い。他の猟兵達も同じ考えなのだろう。生贄が会場から姿を消すと、会場のあちこちから火の手が上がり、金の会場は朱に染まって鏡張りの天井が、目がつぶれんばかりに輝き出す。
　数多つるされていたシャンデリアが、つんざくような音と共に次々堕ちていく。
　リグもならった。炎になめられながらも慌てふためくことすらない幻へ、うやうやしい一礼と共に。
「本日最後のワインでございます。よき夜となりますよう」
　放たるる銃弾は、吊るされたシャンデリアの根本を過たず撃ち貫く。

　今リグの胸に去来するのは、生きんとする乙女の汚れた背中、今滅びゆく、燃え上がる館と、崩れ落ちるシャンデリアのきらめき。
　この世にある美しいもの全てのうち二つ、夜は絢爛、紅輝く霰が注ぎ、影は色濃くリグの頬を染め上げて、炎が亜麻色の瞳をよりいっそうにきらめかす。

大成功 🔵​🔵​🔵​

第2章 集団戦 『篝火を持つ亡者』

POW   :    篝火からの炎 【篝火から放たれる炎】が命中した対象を燃やす。放たれた【赤々と燃える】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。 SPD   :    篝火の影 【篝火が造る影に触れた】対象の攻撃を予想し、回避する。 WIZ   :    新たなる亡者 戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【自分と同じ姿の篝火を持つ亡者】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

　生贄は放たれシャンデリアは落ち、幻は全て消え去った。
　今炎上する会場に残るのは、女主人とそのしもべ、篝火掲げる亡者のみ。
　かつては生きてオブリビオンに対抗せんとしたものも、慈悲を乞いつつも無残に死んでいったものもあったが、今は等しく価値なく蘇らせられ、我が身すら投げうって主人のために戦い続けるもの。
　力はさほどでもないが、亡者たちは命とともに痛みと恐怖も失っている。彼らは最後の一人まで、階上で憎々しく燃え上がる会場を見下ろす女主人の命令に従い戦い続けるだろう。
　亡者たちはゆらゆら壁際から歩み出し、猟兵達へと襲い掛かる。
　悪しき館を焼き払い、悲しき灯火を消し止めよ。


　佐藤・非正規雇用はいい男だ。
　性別が女でさえあるならば、相手が床だろうと天井だろうとレディとして尊重するし、はっきり言ってルックスもイケている。
「フン、こんな雑魚モンスターで俺に勝てると思うな。一瞬で蹴散らして見せ……」
　決め口上の最中であったが、亡者が掲げた篝火から炎を放つ。
「ぎゃあああああっ！　あつぅううううい！！」
　つんざくような悲鳴が響き渡る。
　彼の漆黒の竜身が炎に溶けて消えた……と、思われたそのとき、声なき叫びをあげたのは、篝火を持つ亡者の方だった。炎の消え去ったあとに、佐藤の姿はない。あるのは亡者の背後をつき、黒剣を背から腹まで突き通し、分身のタネを明かしてやる佐藤の顔。
「これが俺の、”いのち短し恋せよ少女”……！！
貴様らの命は今日で終わり、後悔する暇も与えん！！」
　きまった。今のはかなりかっこよかった。今までの全ては佐藤の手のひらの上。
　噴き出す血も失い、からからの干からびた亡者の身体を突き倒すように剣を抜き取れば刀身ますます冴えて光る。
「さっ、会場の女の子たちは今の内に脱出を……何なら俺に恋してもいいのよ？　キリッ！！」
　キリッ！！　まで口で言っても佐藤はかっこよかった。女の子たちが一人でも残っていたら、頬へキスの十や二十、贈っていただろう。
「え？　もういない？　そんなぁ……」
　贈っていただろうに。
　佐藤・非正規雇用はいい男だ。
　なのに……なのにどうして……。
　館に入るなり一番胸の大きい女性を素早く見分けて、そこへまっしぐらだったからだろうか……。
　まあ、過ぎたことを言っても仕方ない。
　シュガー・ラッシュ。佐藤の群れが、亡者を蹂躙する。

成功 🔵​🔵​🔴​

　――この亡者たちも生贄として、苦しみと絶望の中、命を落とすに至ったのかしら。
　過去視の力までは持たない、レイラに知るすべはない。似た境遇のものを『見る』ことは多いから、想像することだけは出来るけれど。
　
　ひそかに心中、自らに切れるカードを選り出して、魔眼のレイラは動き出す。
　レイラは多数を相手に各個撃破は得策でないと見た。伏し目がちにしていたレイラの顎が上がる。眼前の者どもと正対し、見据えるは前方。瞼を降ろし、眠りに就かせてやらねばならない亡者たち。
　見るためのもの。見えてしまうもの。あまり好きじゃないもの。レイラの青い瞳。
　見たくないもの。なのに、見てしまうもの。目の前で起こるさまざまのこと。
　抑えきれない知識欲と、コンプレックス。背反する二つを抱えたまま、レイラの魔眼は発動した。

　目にも見よ、レイラの蛇視。力持つ眼光に射られた亡者どもはそのことごとくが石化したがごとく動きを止める。それをレイラの鎖蛇に打ち据えられ、ひとたびは沈黙し……鎖蛇にずたずたに痛めつけられた姿のまま、ゆらりゆらり、起き上がる。
　――見たくないもの。なのに、見てしまうもの。目の前で起こるさまざまのおぞましきこと。
　見てしまったものを、見なかったことにするのには慣れている。それが、自らが傷つけた傷から血を流し、未だ戦わんとする罪なき、恐ろしげな亡者でも。
　努めて平静を保ちつつ、再度鎖蛇を振るわんとしたレイラのすぐ隣を、そのとき、はやてが走った。

　小難しいことは考えず、自らの良心に従って行動のが信条のリグだ。レイラの、見せるつもりのなかった戸惑いを嗅ぎ分けて、狼が一頭駆け抜ける。
　地形の利用は彼女の得意とするところ。重いくろがねの剣に、先程リグ自身が落としたシャンデリアが床ごと抉るように切り上げられる。
　この世の美しいもの。砕けたクリスタルの散り果てて、砂礫の雨というより硝子の疾風となって、火炎にきらめくところ。これを、レイラも見た。
　牽制をくわえて突出したものへ肉薄し、袈裟に斬ってまず一体。切り上げてもう一体。放たれた炎にもひるむことは無い。衣服に燃え移った火炎が頬を舐めてもなお、リグには知性があるなら消すだろう、消さないなら利用するまでと算段する冷静さがある。
　知性があるかどうかは、生者である猟兵達には知る由もないが……あるとすれば、知っているのだ、亡者たちは。主にとって自らが無価値なものであることを。
　体当たりで更に炎を相手がたへ燃え移らせ、踏みこみと同時に体重を乗せた逆袈裟で更にもう一体。
　既に亡者たちもレイラの攻撃で重要な腱や筋肉を失っており、ずいぶん斬りやすくなっている。
　結果的には亡者が倒れることで炎は消え、生命を吸い取りながら戦ったリグの肌には傷ひとつない。

「この服、借り物なんだけどなぁ。……弁償すればいっか！」
　リグには少し堅苦しい、黒焦げのジャケットを脱ぎ捨てて、リグはレイラへ振り返る。
「さあ、このまま一気に畳みかけるわよ！」
　リグの生命のきらめきは、レイラの瞳にはどう映っただろう。
　――あなた方の生を冒涜したヴァンパイアは必ず討つから、どうか、安らかに。
　祈りは、胸に刻まれる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「ああ、アイツらも動けたんだ。シャンデリア残しとけばよかったな……」
　由紀がぼやくのを聞いて、外套を軽く払いながらアンテロが冗談っぽく相槌を打った。
「焦げてしまったら仕立ての費用を由紀君に請求しようと思っていたのだが……残念、俺の外套は無事だ」
「無事で良かったよ。わざわざ稼ぎに来てるのに弁償で無駄になったら堪らないからね」
　またもぼやかされることになった彼の立場からすれば、一応忠告はしたのだしと抗弁できぬこともないはずだが、根は素直……というか、細かいところにこだわらぬたちゆえ、由紀はぼやきつつもうなずく。だからアンテロもからかいたくなるのだろう。
　軽口はここまで。炎はカーテンを伝い、カーペットを這い、今や館中に広がりつつあった。
　くわえていたシガーは放り捨てた。火を防ぐよう鎧をまじなってあるとはいえ、さすがにくつろぐには少々暑すぎる。アンテロはカーペットを剣先で剥ぐってその裏を、首をかたげてちらと覗く。……これなら咲くだろう。香らぬ花が。
　――カーペットに隠されていた大理石が、アンテロの剣先の触れたところから、雪へと姿を変えていく。
　春に新芽が根雪をもたげて開くのとはまったくのさかしまに、雪の花が燃えるカーペットを押し上げて、引き裂きながら咲いていく。咲いて、散って、ぬれ雪になり、火勢を抑える。
「すごいね、こんな事も出来るんだ」
　もはや館は二度目の変貌を遂げていた。すなわち黄金の舞踏会場から燃え落ちる幽霊屋敷へ、そして今は、炎にあぶられながらそれを鎮める雪原へ。
　目の前で起こっていることとは思われない、幻のごとき光景にも、すごいねとは口で言いつつ、由紀の様子は変わりがなかった。
　いや、興味がないではない。由紀が雪を指にすくうと、それを残してぬれ雪は、軋むような音を立てながら凍り付き氷原となって、敵の動きは封じられる。最後のぬれ雪が湿った音と共に落とされた。
　氷原は今やほとんど会場いっぱいに広がっていたが、ところどころに濡れたまま凍り残った場所もある。意図するところは由紀にも分かる。
「得意分野だろう？」
「ハイハイ、人使いが荒いね」
　先程雪を拾ったのは、動きに障りないかも気になったからだ。人使いが荒いのはいささか癪だが、支援に回ったアンテロには至らぬという点がない。二人で組めば、やりやすい。
　由紀のふるまいは猫のようだ。その気性も、身のこなしの軽きも。
　残された足場をたどり、たどり、氷原を跳んで由紀が斬る。元は亡者らも被害者であったとか、救ってやらねばとか、そういう責任感のようなもの、ややこしいことを考えるようには生憎頭が出来ていない。自らのなすことと、世界で起こったこととは別のこと。
　例えば猟兵として戦い続ければ、永久使役され、救われぬはずだったこの亡者たちをはじめとして、やがて結果的には世界の闇も晴れようが、『それら』と『これ』を結びつけることを由紀はしない。あるのは眼前の敵、仕事のみ。そういう風に、由紀は戦う。

　感傷なきがこその慈悲とも言えようか。由紀の破魔のダガーの一閃に、あるいは足場をたどるその動きに、亡者たちは為す術ない。氷原踏みしだき戦うアンテロの、黒き大剣の大大上段の一撃を、運よくすり抜けた者へは影雨の……夥しいダガーの雨が降る。
　蜂の巣のごとくなって、あるいは両断され、亡者たちは力を失っていく。
　動きが鈍って、楽でいい。この氷原を自在に歩めるのはいまやこの二人のみ。次から次へと蘇る亡者も、このまま次から次へと屠ればいずれ動きを止めるだろう。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

　怖じない、夢見るようなまなざしが、纏ったぼろきれの奥、亡者の決して明らかにならぬ顔を見透かすように、エレニアはことんと首をかしげた。
「哀れね…誰が貴方たちの命を奪ったのかさえ、わからないのね？」
　紗を幾重も隔てた向こう側から話すような、つかみどころのないエレニアの言葉が、彼らに届いているかどうか。いらえを望んで話しているのではないから、エレニアは一人、うたうように続けた。
「ええ、でも、それで良いわ。
　だから、エリィたちのことも覚えず眠りなさい…安らかに」
　――エリィたち、とは一体誰のことを指すのだろう。今戦場を同じくする猟兵たちのことだろうか。それともあるいは、エレニアの呼びかけに答えて現れた亡者の手。
　その数は百を超えてさらに半ばほど。正確に数えられたものはその場に誰もいない。おそらくエレニア自身すらも。
　エレニアが真白きかいなを差し伸べる。受け入れるように。投げ出すように。むじゃきな仕草で。それにこたえて、亡者の手が会場中に散った。
　彼女が手足を得て、自らの意志で立ち歩くようになってからというもの、エレニアがなんらか、経験を積むたびに数をいや増していく亡者の腕は、妬心を露わにするかのように煤で汚れた敵たちへ殺到し、抱きしめ、絡みつき、闇と呪詛こめ、命を吸い上げる。

　闇は炎に洗われて、熱気が鏡張りの天井をとうとう割った。粉々砕けた鏡面は硝子の雨となって、会場全てへ注いだが――そこへ、闇と火を鎮める、光と水が。
　プラシオライト・エターナルバド。死して尚弄ばれる哀れな亡者たちへ、魂の解放を導く光を。
　精霊銃エレノアより放たるる、種々様々のアメグリーンの薬液が戦場全体へ降り注ぐ。
　狙い高くして放たれた回復薬弾は味方を癒したし、エレニアに斃されてなお、三度目の生を得んとした亡者たちは破魔の光が撃ち払い、炎も消火薬弾が消し止めた。
　そしてカラーチェンジ。ナンバーゼロナイン。『事象を遊色させる』アメグリーンの薬は、元より生きても死んでもいない、彼ら篝火を持つ亡者たちの輪郭を、存在を曖昧に揺らがせ、最後には文字通り息の根を止めてしまう。アメグリーンの薬はよく効いた。特に、蘇りを前提として戦っていた亡者には。視野広く、戦場を俯瞰するように戦うのを得手とするプラシオライトが自らに課した、援護、支援に傾けた戦法は、戦場を同じくする猟兵達を能く助けた。

　プラシオライトはエレニアを、可憐な白花と呼んだ。
　エレニアはプラシオライトを、緑の聖女と呼んだ。
　闇を従えるエレニアと光を操るプラシオライト、二人の視線が交錯し、やがては自然、二人は背を預け合うこととなる。
　弾と薬液を次々切り替え、プラシオライトが光に透けるトリックスターで敵を封じ浄化すれば、エレニアは闇の手を放ち、篝火を打ち払ってプラシオライトを炎から守った。
　やがて亡者たちの篝火はことごとく消え、館を焼いた炎も消え、あたりは今ひとときの静寂に満たされた。絢爛輝いていた夜会はもはや、月明かりに照らされ寂しい、廃墟のごとき有様になっている。
「申し遅れました。私はプラシオライト、シオとお呼び下さい」
　優雅な礼の後、プラシオライトは階上を見上げる。
「お次はあちらさまですね。階上にいる諸悪の根源、悪趣味な女性。――宜しければ、お力添えをさせて下さいませ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

第3章 ボス戦 『『血に濡れた伯爵夫人・アミラ』』

POW   :    血霧と踊りて 全身を【物理攻撃を無効化する深紅の霧】で覆い、自身が敵から受けた【負傷】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。 SPD   :    鮮血の荊棘 技能名「【串刺し、傷口をえぐる、生命力吸収、吸血】」の技能レベルを「自分のレベル×10」に変更して使用する。 WIZ   :    たった一人の私の味方 自身が戦闘で瀕死になると【逃走時間を稼ぐために従属吸血鬼】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

　燃え残りの階上より月の光が冴え冴え差し込み、高いヒールの踝が、階段を一つ二つ辿って降りてくる。
　その持ち主、ガーターも顕わ、下着姿も同然のくつろいだ格好で、退屈げにしていたひとぎらいの伯爵夫人がようやく姿を現した。彼女は自らの館を焼かれて今、ようやっと笑みを浮かべている。
　これは憤怒が現れたもの。手勢のほとんどすべてを失って、伯爵夫人の面目を保つことも難しくなった彼女は、まずこの不届き者たちをむごたらしく殺し、その後のことはそれから、考えることにした。

　ひとぎらいの彼女が幻を用いてまで夜会を催していたのは、たった一人の従者に、ふさわしき女主人として振る舞って見せるため。
　このヴァンパイアには、大切に思う者がある。今まで殺した生贄たちにも、そうした者はあったのに。






　きざはしを数段降りたところで、館の女主人ことアミラは気だるい歩みを止め、猟兵達を見下ろした。
　たわわに咲いて夜風にゆらめく、紅ばらのごとき姿を見上げながら、繊手の指先をゆるく絡め、むじゃきに話しかけるのはエレニアだ。
「宴にお招き頂きありがとう。エリィ、とっても楽しかったわ」
　ではこれにて、とでも続けかねない風情のエレニアへ、縛れぬ煙を、せめて囲うような声音で静かにプラシオライトが言う。
「…宜しければお送りいたしますので、お帰りはもう少しだけお待ち下さいませ」
　まだエレニアの力が必要だ。
「シオさんにもお会い出来たし、エリィもう満足したから帰りたいのだけれどまだ続くのね？」
　エレニアが首をかしげると、その髪が肩先から、さらさら音を立てて零れていく。敢えてアミラと比べるのなら、まるで枝垂れて咲く花のほころぶようなさまだった。
　記録者を自認するプラシオライトは二人を素直に見比べる。華美な黒薔薇のご夫人より、こちらの白花のお嬢様の方がお美しいですね、とは思ったが、それは黒薔薇の方を摘んでしまわない理由にはならない。いや、白花を愛でる理由にはなろうか。
「光の輝きが強いほど影の闇は深くなります​。微力ながらエレニア様をサポート致しましょう​」
　清らけきプラシオライトは、そう決めた。

　おしゃべりはここまでと言ったところで、リグが一歩踏み出した。
　――先までの二人にくわえて、ではリグが、今あえて、動機を語るならば。
　敵だから、倒す。それだけ。
　階段の一歩一歩を踏みしめて、歩むリグの足元から風が立ち上がる。
　――私はきっと、この地の不条理に慣れすぎた――でも、許したわけじゃない。
　風は歩みごとに強くなり、黒く色づき、やがてはリグを取り巻いて、彼女の姿をくらませる。
　あなたは荒野に吹きすさぶ、熱く冷たく黒い風。リグをとらえておくことはできない、リグ自身すらも。
「突破口は開くわ。絡め手は苦手だから、お願いね」
　階上の廃墟の貴婦人を見据えたまま、風が立ち向かう。
　階段を駆け上がったリグが横薙ぎ一閃、アミラの脹脛を狙う。剣の重みにリグ自身が重心を持っていかれるような大振りに、アミラは後方へたたらを踏みつつ下がる。
　それを大きく斬り上げ、斬り上げ、霧のごとき細かな返り血を浴びながらリグは階上へ追い上げていく。

　エレニアも追って、上って行く。煤で汚れた階段を、ドレスの前を少し持ち上げて、貴婦人がするように。たどり着いたバルコニーを、エレニアは断頭台にしてしまうだろう。
　プラシオライトも更に後を追った。多彩な薬液弾を撃ちこみながら、やはり戦場全体を警戒する。
　プラシオライトが白花と呼んだエレニアは、ギロチンの刃に呪詛を乗せ、ふわりふわり、アミラの繰り出す攻撃もふわりふわり、かわしながら戦う。先視の力を用いるように。
　プラシオライトの援護もあった。アミラが操る荊棘のねらいは、プラシオライトの念動力で、若干ずつそらされて、攻撃は、当たろうはずがない。……そのはずだったのだが。
　――プラシオライトの見ていたところ、その、焦れたアミラの大振りの一撃を、エレニアは躱せるはずだった。それをエレニアは敢えて受ける。
　白い肌がみるみる血に染まる。戦っていたのと同じように、ふわりと崩れ落ちるか……に、見えて、腕を絡め取るように、一撃くわえたのはエレニアの方だった。
　エレニアの血は肌を伝って汚れた床を染め、エレニアの肌がますます青ざめるのに、それもかまわぬと言った風に、エレニアのギロチンの刃は踊り、身体で刃ごととらえたアミラを刻む。

　まるで踊っているようだ。エレニアにとってはこの廃墟で、まだ舞踏会が続いているかのようだ。自らのいのちさえホールに乗せた、エレニアのたわむれの舞踏が続く。ただ牽制を入れたとするにはあまりにもの深手へ、プラシオライトが瞬時に回復薬弾を撃つと、何もかも分かっていたかのようにエレニアは、微笑んでまで見せる。
「……だってシオさんが回復してくださるし​」

　――信じられているがために持ちかけられる、小さな駆け引き。この花があるとむじゃきに信じる助けがなければ、花は散るのに。
　嫋やかで儚く、危なっかしいだけに目が離せない、この儚きエレニアの誘惑を、『お転婆』と胸中評してすませるプラシオライトも相当のつわものと言えようが。

　隙は出来た。リグの付けた数多き浅手と、エレニアの負わせた二つの深手。
　立ち上った血の霧はアミラの血か、それとも今までの犠牲者の血か。本来この紅い霧は、物理攻撃を無効化し、アミラのヴァンパイアとしての力を高めるものだ。くろがねの剣で払わんとしたリグにもそれは分かった。
　その上での、霧への二撃目。リグには、うまくいくという確信があった。リグの全身を鎧っていた漆黒の旋風は、暴威を振るう黒き風へ。すべてを集中させたくろがねの剣先の、今までの大振りが嘘のような鋭い刺突が、アミラの胸を貫いた。
　「剣にも鎧にも「無敵」なんてないのよ。​館に籠りすぎて慢心したんじゃないかしら！​」
　リグの強いまなざしが、アミラを射る。
　リグが貫いたのは、アミラの血霧の鎧ではない。風で霧を吹き散らして彼女が突いたのは、まさしくアミラの油断、慢心の間隙。
　響き渡ったアミラの絹を裂くような悲鳴に応え、現れたのは仮面の従者だ。幻だらけの館でアミラがたった一人、側においた……
　しかしプラシオライトのカラーチェンジが、狙い過たず従者を穿ってしまう。血に濡れたアミラの、悲痛な叫びが続く。
「大切な人がいるのに、本当……愚かな人ね」
　ぽつり、エレニアがつぶやいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　レイラ・アストンは観察する。
　――伯爵婦人が失ったのは手勢？ 館？ それとも…余裕かしら？　
　――いずれにせよ彼女が奪ってきた分と釣り合うとは思えないわね。
　――敵の主な攻撃手段は荊棘を操ったり、吸血を行う…と見ていいのかしら。可能な限り、相手の得意な間合いに入りたくないわね。
　いずれも、しかり。
　レイラの魔術の真髄は、彼女のその知性、その洞察にある。彼方と此方、肌に触れる現実と、虚ろから漏れ出す滲み。刹那のまばたきのうちに視界から消え去り、鏡の中だけで嗤うもの。有形無形の有象無象、そのあらゆるを、レイラ・アストンは観察する。
　青い瞳。あまり好きじゃないもの。
　伏し目がちながらぴんと伸びた背筋の少女が、赤い蛇の姿の呪具を手に、ヴァンパイアに相対する。
「命も差し出して、償いなさい」

　呪具と荊棘の、距離を隔てた応酬は長きにわたった。レイラが繰る鎖蛇は、赤い蛇の姿の呪具は、まことの蛇のように敵の喉笛に食らいつかんとし、それを払いのけたアミラの腕を戒め、麻痺毒を注ぐ。
　アミラの荊棘はかすめて多くは当たらず、あるいは深手を負わせない。レイラの青い瞳。レイラを悩ませ、また守るもの。
　呪具の蛇身とあぎととに戒められたアミラがとうとう、従者を呼ばうだろうことも、舞踏会でその姿をちらと見ていたレイラには分かっていた。
　レイラはよりいっそうに距離を取り、レイラもまた、彼女の従える蛇竜と騎士とを呼び出す。奇しくも二人は、互いにしもべを隔ててにらみ合うことになった。
　レイラは言う。青い瞳で見つめて言う。
「貴女は、決して逃さない」
　魔術は踊る。

成功 🔵​🔵​🔴​

　長身並び立つ行儀の悪い客たちは――アンテロは楽しげに、由紀は普段通りの無表情で、僅かずつ互いへ首を傾げ合い、しどけない姿の女主人についてひそひそ話す。
「どうも我々は夜会を楽しみ過ぎてしまったらしいねぇ、主人の怒りを買ってしまったぞ由紀君」
「ああ、随分寛いでたとこだったみたいだね。……アンテロはああいう格好の女性って好き？」
　アンテロはわずかに肩をすくめる。
「申し訳ないが彼女の召物は全く俺の琴線に触れないな」
「そっか、慎ましい感じが好みなのかな」
　由紀は呟いたが、アンテロは是とも否とも答えない。代わりに問い返した。
「で、君はどうなんだい？」
「俺は嫌いじゃないけど、好きでもないかなぁ」
　二人してそのヴァンパイアの肉体に、何らの価値も感じていないようだ。聞こえてはいないはずだが、仮にも婦人を前にして、あまりに直截なやりとりがある。

　しかし唐突に、おしゃべりの時間は終わる。アミラの胸元の中央から銀鎖が『生えた』。つんざく悲鳴が二人の耳をつく。シャンデリアの瓦礫に潜み進ませていたアンテロの銀鎖が、敵の背後へ周り込み、その胸を貫いたのだ。月の光にアンテロの銀鎖が血に濡れて光る。二人してだまし討ちはお手の物だ。由紀は言う。
「――お客さん達はみんな帰っちゃったみたいだよ。夜会は終わったからアンタももう帰りなよ」
　骸の海へ。
　刹那、由紀が走った。目で追うことも困難な速さは、凝った月光がそのまま地上を走ったようですらある。
　そして、月光は影に。まじなわれたダガーは、光に射された影が伸びるより早く閃いて、狙うは急所……すなわち胸へ。脂肪を避けて、先ほどアンテロが一本銀鎖を貫き通してしまった傷跡を正確に貫き、抉る。
　――由紀に慢心は無かった。その一撃は、アミラのすさまじい憤怒によるものとしか言いようがない。
　今もう一刀、浴びせんとしたの由紀の腹へアミラの荊棘が串刺しに突き通る。先ほどアンテロの銀鎖がアミラにしたように。
　由紀は、そのすさまじい胆力でもって、腹に突き立ったままの、今なお傷口で蠢き暴れ続ける荊棘を、綱を引きずるがごとくにしてアンテロの立つ場所まで戻る。いざというときの盾にはなろう。
　そこまで戻ってやっと、由紀は拳二つ分ほどを残したところで荊棘をダガーで両断し、残り、腹に突き立っている分を、引きずり出す。常人なら二度も三度も気絶していそうな激痛が由紀を襲うが、由紀はそれを黙殺する。回復手段は今は無いが、得体のしれないものを腹の中に残しておくよりはよほどよい。
　簡単な止血の処置は、したが……溢れた血は灼けるほど熱く由紀の腹を浸す。致命傷ではない。致命傷ではないが、力が、抜ける。

　壁に背を預けてずるずる座り込んだ由紀は、アンテロへ血染めの手を伸ばす。
「さっきまで温存してた分、しっかり働いてよ」
　――その意味するところは、アンテロには分かる。
　由紀の手のひらに、赤き血潮。
　アンテロの手に、銀のロザリオ。
　銀鎖の絡んだアンテロの手のひらが、由紀の血みどろの手を握り、二人のたなごころの間で、血を受けたロザリオは生命の交感を得る。
「……おや心外だねぇ、俺がいつ力を温存したかな？」
　――みちたりていく。アンテロの口の端がついと上がった。
　そして、剣が。そして、鎧が。
　アンテロが携えていた黒剣は、纏っていた黒鋼の甲冑は消え失せて、代わりに恐ろしき黒の吹雪、終わりの見えない凍れる闇が、アンテロを包んでいき、そうして、極夜が訪れる。
「……頑張ってくれよ由紀君。彼女を無事倒せたら、血を補える程度に幻ではない食事を御馳走しよう……」
　黒き雪をまとって輪郭さえもおぼろげとなったアンテロが、その吹雪の向こうから、霞むような声音で思いやってから、男は敵に相対し……吹雪の夜がアミラを包んだ。
　銀の鎖に縛られて、アミラが最後に踊る、つめたいダンス。黒い雪は自らも溶けながら、触れた肌をも溶かしていく。
　見つめ合う男の眼がこんなにも冷めていなければ、にんげんぎらいのアミラにも、少しは慰めになっただろうか。深紅の霧と黒の吹雪の戦いは、互いに互いを喰らい合う凄惨なものとなった。雪は溶けながら薔薇を切り刻み、薔薇は散りながら雪を枯らす。

　――痛みは耐えれば良いとしても、血を失って視界がかすむのだけはどうしようもない。元々血が濃い方ではないのだし。
　後は、任せるか。荒ぶ黒い吹雪の背に、由紀は次の約束を思う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　佐藤は接敵するなり抜き身の黒剣をちらつかせ、アミラへすごんで見せた。
「ガーターベルト警察だ！　大人しくしろ！！　スカートを捲って下着を見せろ。ゆっくりとな」
　まるで娼婦に対するような口ぶりだ。血まみれのアミラは瞳孔は開ききり柳眉は逆立ち、まさに激昂というのがふさわしい表情を浮かべる。怒り狂ったアミラは、薔薇のように美しく、火炎の如くおそろしい。赤薔薇の女貴族に対ししかし、佐藤は恐れる様子などない。佐藤はにやりとした。
「そんなセクシーな下着を付けているのに、客を呼んでなかったのか？今度からは俺を呼ぶといい。ま、"次"があればな」
　ほんの数刻前までは、アミラが何もかもを従えて、権力と血と悲鳴とをほしいままにしていたのに、今追い詰められているのはアミラの方だ。アミラにももはや、それは分かっているがしかし、ここまで虚仮にされ黙っていられようか。今まで受けた全ての傷を、増して濃い紅の霧にして、アミラは佐藤へ相対する。
　血の分厚い霧は、佐藤の黒剣の、斬り上げ、斬り下ろし、渾身の突き、斬撃のことごとくを幻惑し弾き返し、荊棘の刺突は佐藤を苦しめる。突き立った荊棘は、彼を串刺しにし、傷口をえぐりながらその赤い血を啜りあげた。
「隠れんぼのつもりか？　意外と子供っぽいんだな」
　正直痛いがカッコ悪いのでここは敢えて痛みを無視する。戦っている間に、なんとなく、分かった。アミラの強さのからくりが。
　せせら笑う佐藤の足下から、風が立つ。吹いた彼の肌より鎧より暗い風は、射し込む月光も飲んで佐藤を包む。黒い風は鎧となって、彼はそれを纏ったそのまま、体重を乗せて肩でアミラを突き倒した。
　――霧は、血の霧は、風に呑まれて巻き取られていく。
　漆黒の嵐、旋風は、夜の霧をとうとうにして晴らす。
　未だ流れ続ける血でアミラの白皙を濡らしながら、馬乗りになった佐藤は勝利の笑みを浮かべた。片手でアミラの喉を掴み、黒剣で狙うはその豊満な胸元。
「ストライクは頂きだな！」

　動かなくなったアミラの上から佐藤は立ち上がり、皆を振り返っていう。
「……それじゃあ、二次会行こうか？　焼肉とか良いんじゃない？」
　血みどろの、孤独の夫人の屍へ、青白い月の光が射して照らす。弔うものもなく、間もなく彼女は朽ちるだろう。
　夜会は終わり、しかしいまだ、夜は明けない。
　少なくとも、今のところは。

成功 🔵​🔵​🔴​

最終結果：成功 完成日:2019年05月24日