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さいわい

#UDCアース

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#UDCアース


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●噂
 こんな話をご存知で?
 最終便も過ぎ去って、日付も変わった深夜のバス停。
 会いたい人の写真だとか、思い出の品を持って行って、バス停に向かっておまじない。
 するとあら不思議、運転手のいない奇妙なバスがやって来て、会いたい人のところに連れていってくれるんだと。

 信じられない?ああ、信じなくたっていいさ。
 所詮は噂、ほんとかどうかなんて曖昧だ。私も信じていないしね。
 でも、そうだなぁ。
 生きてる死んでる関係なく、どうしても、また会いたいと願う人がいるのなら。
 どうしても、伝えたくて仕方ないことがあるのなら。
 君も試してみたらどうだい?まあ、気が向いたらで構わないさ。
 そうそう、おまじないはね。

●語
「とまあ、こんな調子で噂は広がり、いずれ犠牲者が増えてしまう。というのがあっしの視たもんでしてね」

 時刻は21時過ぎ、机に片膝立てて座っている和装の少年がひとり。金と銀の目をした白髪の子供は手にした扇を開くことなく、猟兵達に予知を語っていた。

「あ、そういやすいませんね。自己紹介がまだでござんした。あっし、廓火鼓弦太と申します、先読み屋のひとりでさぁ」

 宜しくどうぞと人懐こく笑い、鼓弦太は予知の続きを語る。

 場所はUDCアース、都心部。近い未来、老若男女関係なく大勢の人々が立て続けに失踪する事件が発生する。
 彼らは皆同じ噂を耳にして、それを実行。呼ばれた『会いたい人のところに連れていってくれるバス』に乗って、そのまま帰ってこなくなるのだそうだ。
 噂の出所は予知の時点で判明している。犯人は邪神を信仰するある教団、邪神復活の贄とすべく人々を集めようとしているのだ。
 既に教団員が数人捧げられてしまったため、邪神復活は避けられないが、猟兵達の介入があれば不完全のまま邪神を倒せるのだそうだ。

「故、皆々様にはちょいとあちらの世界に飛んで、一般の方々に代わりバスを呼んでいただきたいのです」

 呼ぶために必要な情報は既に集まっている。あとは現地に行ってバスに乗り込むなりして目的地を探り、邪神を倒すだけなのだが。

「噂が広められるときの景色、ありゃあ『こんびに』でしょうなぁ。念には念を、噂を広められないように張り込みもお願いしやす」

 バスの出現可能な時間まで3時間少々。見張りも兼ねてしばらくは指定のコンビニで時間を潰してもらうことになるそうだ。
 もしも教団員と接触したのなら下手に刺激はせず、情報を聞いてくれればそれでいいと語れば、少年は首から提げていた拍子木を手に、
 かぃん、こぃん。
 二度鳴らせばぐにょりと大口を開ける異空間。長い道の先に光を見れば、さあさどうぞと少年は笑い、

「おっといけねぇ、大事な事を伝え忘れるとこでした。例のおまじないなんですがね……」

 まじないを伝えて、彼らを見送り最後尾。提灯片手に道を閉ざしながら世界を渡った。


日照
 ごきげんよう。日照です。
 七作目は少数人数での心情中心、しんみり系に行ってみます。
 普段から少ない?気のせいです。

●シナリオの流れ
 一章ではコンビニで時間を潰してもらいます。会いたい人への心境などを語ってください。
 OPの通り、会いたい相手の生死は問いません。プレイングの送信はOP公開からで構いません。お待ちしております。
 二章ではバスを呼んでもらいます。乗り込むか、乗らずにバスを追い掛けるかにより三章での戦闘ルールが変わります。
 三章ではかみさまと戦っていただきます。会いたい誰かがいたのなら、言いたいことがあるのなら、どうぞ。

●あわせプレイングについて
 ご検討の場合は迷子防止のため、お手数ではございますが【グループ名】か(お相手様のID)を明記くださいますようお願い申し上げます。

 では、良き猟兵ライフを。
 皆様のプレイング、お待ちしております!
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第1章 冒険 『深夜のコンビニ調査』

POW   :    じっくり時間をかけての張り込み調査

SPD   :    客として店内潜入。内部確認や他の客の調査

WIZ   :    品揃えや客層等、店に関する情報収集

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●夜待ち
 PM09:12――UDCアース、某都市。
 猟兵達は少年に指定されたコンビニ各店へと向かう。どうやら指定されたコンビニは都市部には多く出店されておらず、教団員が現れると予測された地区にも3店しかない。各店に2名、多くても3名配備すれば事足りるだろう。
 どうせ時間もある。声を掛けられても刺激するな、情報を集めてくれと言われているようにやる事も少ない。どうやって過ごすか、などと悩みながらコンビニに向かったところ、あるものが目に入る。

 桜。

 歩道に沿うように並ぶ桜の群れが、冷えた春の夜を淡く色づけていた。
 後々、本当に暇になったのならここに寄ってもいいかもしれない。向かう道すがらバス停の場所を確認しつつ、夜桜の道を歩いて行った猟兵達はやがて目当ての看板を見つける。
 立地の都合か、どの店舗も似たような作りになっていた。入り口横には燃えると燃えない、カンビン、ペットボトルに分かれたゴミ箱が置かれ、車2台が停められる程度の小さな駐車場がついている。店内には最近のコンビニではそこそこ見かけるようになってきた狭い飲食スペース。残念ながら21時までしか使用できないらしく、椅子がすべてテーブルの上に乗せられていた。
 一般人は客がひとり、各々の店舗で弁当コーナーやら雑誌コーナーやらを見て品定めしている様子。店員は店内には一人きり、黙々とおにぎりコーナーに追加の商品を陳列している。他は裏で作業しているのだろう、見当たらない。

 この場所で、3時間。
 長くも短くも感じる春の夜が更けゆくのを待ち侘びる。
渦雷・ユキテル
会いたい人ですかー。
あはは、人はどうしてありもしない希望に縋っちゃうんですかね!
自分は違いまーす、だってこれ仕事ですもん。

え、出発まで3時間もあんですか。買い物し放題っすね。
とりあえず喉渇いたんでミルクティー…と、ガムも欲しいです。
味の無くなったガムを噛み続けてると無益感に襲われるから好きなんですよー。
ついでに品揃えの情報収集もしときますか。
お客さんのことはじろじろ見ません。だって絡まれたら怖いじゃないですか!
か弱い乙女には荷が重いでーす。
時間余ったら店の前で適当にだらだらしてますね。

本当に。
会いたい人に本当に会えるなら、どんな事だってしますよ。
何だって捧げますよ。
借りたものを彼に返せるなら。



●嘘味
 PM09:37――射干(いぼし)店。
 丁度買い物を終えた客一名と入れ違いになるように渦雷・ユキテル(Jupiter・f16385)が入店した。単調な入店音に迎えられ、高く結んだ金髪を揺らして進むのは飲み物のコーナー。喉が渇いたユキテルの舌先が求めたのは水分補給に適した飲料水ではなく、人工的な甘さだった。

(ミルクティー、ミルクティーはっと……)

 紙パック、ペットボトル。どちらの棚にも並んでいるのだが、今日の気分はどれだろうか。見た目もそうだが心も乙女、年の頃で言うならば花の盛りの女子高生な彼。否彼女。季節限定の桜風味も気になるし、はちみつ入りも甘ったるくて良さそう。いっそ紅茶ラテを試してみるいいチャンスなんじゃ?などと視線を右往左往、手に取ったのは季節限定パッケージの紙パック。味は定番のものに落ち着いた。

(出発まで3時間もあるとか買い物し放題っすね)

 他には何があるのだろうかと、ユキテルが始めたのは時間潰しも兼ねた品揃え調査。酒のコーナーは素通りして、菓子類の並ぶ棚の間を通過する。右に左に、上から下に。開いている棚がないのは陳列が終わったからなのか、売れていないからか。おつまみ系、スナックやチップス、チョコレートに駄菓子。定番の品はまあまあ揃っており、コンビニ限定品もちらほら見える。
 まあ揃いはいい方なんじゃない?と脳内評価をして、グミ・キャンディーコーナーで足を止める。しゃがみこんで見つめる先には何種類かのチューインガム。板状のものから粒状のもの、風船ガムからブレスケアタイプ、複数の味が一緒くたになったものもある。

(好きなんですよねー。味がなくなるまで噛み続けたときの無益感)

 ど、れ、に、し、よ、う、か、な。天の神様が選んだグレープミント味を手に、調査続行。スイーツコーナーで新作スイーツを見て声には出さずはしゃいだら、並ぶこともなくレジ前へ。硬貨は余っていた、お釣りも端数は揃えた。少し軽くなった財布とビニール袋に詰めた品物を手にユキテルは店の外へ。
 買い物がすんなり終わると、あっという間に暇が生まれる。時計は……10時手前。まだまだ時間がかかるな、と買いたてのガムを一枚口へと運んだ。仄かに舌先にミントのさわやかさを感じつつも、味は俗にいう「ぶどう味」だ。本物のぶどうとは大きく異なるまがい物を、満足そうにユキテルは噛んだ。

(会いたい人……ですかぁ)

 ゴミ箱の隣を陣取って、空を見上げる。星もまばらな都会の空に、遠く桜並木から風に乗った花弁やゴミが舞い上がる。少し肌寒い夜風を思えば、ホットのペットボトルにしても良かったな、とガムを噛みつつ紙パックを開けた。

「人はどうしてありもしない希望に縋っちゃうんですかね」

 会いたい人のところへ連れて行ってくれるバス。その噂につられて行方を眩ますという人々。笑ってはいけないと分かっているのに、犠牲者の数に笑いがこみあげてきてしまう。
 そんなに救いが欲しいのか、そんなにも、会いたいと乞う誰かを探しているのか。苦戦しつつもようやく開いた紙パックの白に囲まれた、たぷんと揺れるベージュが喉の渇きを思い出す。

「あははっ!自分は違いまーす、だってこれ仕事ですもんー!」

 誰がいるわけでもなく、問われたわけでもなく、つい口に出た言葉。
 ストローを刺して、開けた紙パックの口を閉じたところで口内のぶどう味が邪魔になると感じた。このまま飲んで味がなくなるのはつまらない。時間つぶしにもちょうどいいから味なくなるまでは噛むかー、と紙パックを膝の上でホールドしつつ、延々と咀嚼し続ける。
 噛めば、噛むほど。作られ染められた味が剥がれ落ちていく。

(本当に)

 漏らさぬ声、喉奥までせり上がりながらも言ってはならないと自制する。声に出したらいけないものだ。これは、誰かに聞かせるのではなく己にだけ聴かせる声だと。自分だけの欲で、願いだと。
 止めぬ咀嚼が剥がして落した無味が口内で柔らかく、壊れぬままに形を変える。

(会いたい人に本当に会えるなら、どんな事だってしますよ。何だって捧げますよ)

 借りたものを彼に返せるなら、何だって。
 身体にではない、心中に秘めた傷跡を薄く撫でる感覚を噛み締めて、ユキテルはとうに味がなくなっていたガムを包み紙に吐いて捨てた。

 夜風。待ち人は来ず。
 時は無為に過ぎ行く。

成功 🔵​🔵​🔴​

暗峠・マナコ
会いたい人、居るには居るけれど、う〜ん、やっぱ会いたく無いかもです。
思い出はキレイなまま蓋をしてしまいたい私です。
けれど貴方は会いたいのかもしれませんね。
あの人の残していった一輪の造花を連れて、ちょっと様子を見にいってみましょうか。

初めてのコンビニなのでちょっとウキウキです。
色んなものが沢山、これは全部必要なものなんでしょうね。
いらないものがあれば、あの人へのお土産によかったかもしれないのですが。

噂を広げる現場に遭遇したら、無理やりですが話題転換にお尋ねしてみましょう
こんな沢山のお菓子があるのですが、どれがオススメでしょうか?
お仕事前ですが、和菓子が主食の旅団の方へのお土産物色も兼ねましょう


叢雲・源次
・SPD
客として店内に入り内部や客の様子を観察する

会いたい人…会いたい人…か。
このような身の上になる前は俺にも家族がいた。父がいて、母がいて、妹が居た。だが、彼らの顔を思い出そうとすると靄が掛かったかのように分からなくなる。何故だろうか。
それに、会いたい。とは言っても焦がれる程のものではない。
ただ単に、自分が何者だったのか。
改造人間に、猟兵にならなかったのならば、彼らと平穏を過ごす事になっていたであろう、その彼らの事が知りたい。ただ、それだけなのだ。

そんな思いが脳裏を過ぎりつつ、コンビニの店内で冷蔵庫に陳列されているペットボトルの銘柄に目を通すふりをしながら、任務に従事する。



●違う道
 PM09:41――鼓坂(つづみざか)店。
 暗峠・マナコ(トコヤミヒトツ・f04241)は初コンビニにそわりと胸を躍らせて、自動ドアの前へ。勝手に開く扉、言葉はなくとも客人を歓迎してくれる不思議なメロディー。店内に入れば白い壁と天井、開放的な大きなガラス窓と使用できないが整頓された飲食スペース、様々な物品が棚に丁寧に並べられてまだかまだかと手に取られるのを待っている。宵の眼に星が輝いた。

(わあ、わあ……色んなものが沢山。でもこれは全部必要なものなんでしょうね)

 いらないものでもあれば、あの人へのお土産にしたのに。と連れてきた一輪の造花へ視線を落とし、姿を脳裏に過らせる。
 会いたいか、会いたくないか。どちらかと問われれば会いたくないとマナコはいう。月日は万物を変えるもの。思い出はキレイなまま止めて蓋をして、その先を知らぬ方が良い。風化も美化もさせず、ただ、あの時のまま。開けぬままの方がきっと「キレイ」だと、瓶詰めしたそれを硝子越しに見つめるのだ。

(けれど貴方は会いたいのかもしれませんね)

 だから、様子を見に来たのだ。見えた硝子越しの色が本当に、あの日のままであるのかどうかを確かめるために、マナコはほんの少しだけ蓋の隙間から覗くことにした。
 しかし、怪異出現時刻はまだ先だ。今は眼前の未知を堪能しようと乙女は造花を落ちないように鞄へ刺して足を進めた。
 さて何から見ようかと、あちらこちら。

 そんなマナコの後に入店したのはフォーマルスーツに身を包むどこか威圧的な男。叢雲・源次(炎獄機関・f14403)は店内をざっと左目で索敵(サーチ)、不審な人物も、情報も分析結果には出なかった。ごく普通の、どこにでもあるコンビニエンスストアだ。
 しかし油断はできない。どの店舗に現れるかはわからないが、予知に映った以上教団員はやって来るのだ。警戒は解かず、源次は一般の客を装って店の奥へ。菓子コーナーで真剣に旅団の知人友人たちへのお土産物色を行うマナコを視界の端に捉えつつ、ペットボトル飲料の並ぶ棚へ。
 酒類のコーナーと隣り合うそこには分類ごとに分けて陳列されていた。ミネラルウォーターに緑茶に烏龍茶にジャスミンティー、紅茶に珈琲、炭酸系にジュース類。中身の色合いが同じようでもブランド毎にラベルの彩りは豊かだ。源次はそれらを悩む――ふりをして、頭の中では此度の依頼内容を反芻する。

(会いたい人……会いたい人……か)

 己の身が改造されるより前の事だ、彼にももちろん家族はいた。父が、母が、妹が。かつては共に過ごしていたのだと確かに記憶しているというのに、顔を思い出そうとすると景色が霞む。どんなことを語り合ったか、どんな表情をしていたのか、靄がかかって思い出すことも叶わない。
 思い出せないからと言って、執着する程に会いたいとも感じていないのが実情だ。だが、

(もしも、俺が猟兵になっていなかったなら)

 改造を施されなかったのなら、自分が何者だったのか。平穏を過ごしていたであろう別の己を、共に平穏を享受していたはずの彼らの事を知りたかった。故に、この仕事を引き受けた。
 ふと視線をあげると、棚の奥に目玉二つ。少なくなっていたペットボトルを補充していた店員と目が合ってしまい、気まずくなって源次は適当に緑茶を一つ手に取ってレジへと向かった。

 買い物を終えて店の外に出ると、すぐ傍のベンチに腰掛けて道路を見張っていたマナコの姿を見つける。ざあっと風が夜を撫で、桜の花びらが冷ややかな空気に色を付ける中、源次は緑茶のペットボトルを片手に近付いて声を掛けた。

「どうだ。教団員らしき人物は見かけたか」
「いいえ、特にそれらしい人は」
「そうか……この店舗には来ないのだろうか」
「かも、しれません……でも、これから現れる可能性もありますし、しばらくはゆっくり過ごしましょう」

 あ、そうだ。と思い立ったマナコが隣に置いていた大きなビニールの口を開ける。中にはチョコレートやクッキーを中心に、洋風に寄った菓子類がこれでもかと詰められている。

「旅団のお友達へのお土産、どれがいいか迷ってちょっと買い過ぎてしまったんですが……ここにあるものの他に、オススメってありますか?」

 買いこまれた菓子類を見せて嬉しそうに夜空の煌きを映すマナコ。無邪気な少女に源次は顔も思い出せない妹を重ねて見て、不動に近かった表情筋が仄かに緩んだ。

 該当人物なし。
 時は穏やかに過ぎ行く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

皐月・灯
ユア(f00261)と

折角コンビニなんだ、この状況を利用しねー手はねーな。
(時間もあるし久々にスイーツを……しまった、ユアが居た!)
えっ。べ、別にスイーツなんか興味ねーぞ?
あっ、けど、その……どうしてもってんなら、プリン。

……にしても、会いたい人と会わせてくれる、か。

……なあ、ユア。
思い出の品が残ってねーヤツでも、噂のバスには乗れんのかな。

……何もねーんだよ、オレ。
全部喰い尽くされて、もう何も残っちゃいねーんだ。
オレ自身、今はもう、親の顔すらおぼろげになってる有様でよ。
だから、オレには乗る資格がねーのかもしれねーって……。

お前……何言ってんだ、オレは。
悪い。つまんねー話だったな。

……そうか。


ユア・アラマート
灯(f00069)と

わりと待ち時間が長いな。とはいえ、これも私達の仕事のうちだ
灯、新作スイーツのプリンとあんみつ、どっちがいい?
あと飲み物とレジで肉まんと……店の壁に寄りかかりながら外で食べよう

そうだな……品が残っていなくても、思い出そのものがお前の記憶にあるなら、私は十分だと思う
どんなに姿が朧げになったとしても、大切な家族がいたという事実は揺るぎないだろう?
会いたいと願う気持ちが本物なら、問題ないはずだ

私には、そういう意味では会いたい人はいないからな
いるのは、いずれ倒すべき育ての親くらい。何も持っていないのは同じだ
……なに、つまらなくないよ。お前の話を聞けたんだから、私にとっては有意義だった



●隙間風
 PM10:24――霜見三丁目(しもみさんちょうめ)店。
 他に店舗より少し遠かったこと、行く道の桜を少しばかり眺めた事もあり、皐月・灯(喪失のヴァナルガンド・f00069)とユア・アラマート(ブルームケージ・f00261)のふたりの到着は他猟兵達よりも遅かった。
 灯の肩についた桜の花びらを摘まんで拾えば、ユアは夜中でも明るく営業中のその店を見上げて息を吐く。

「わりと待ち時間が長いな。とはいえ、これも私達の仕事のうちだ」
「ああ、折角コンビニなんだ。この状況を利用しねー手はねーな」

 入店、歩調は緩めず、けれど真っ直ぐに灯が向かった先はスイーツコーナー。市販品だけではなく、昨今定番となり始めているコンビニ独自のブランドから出されているものもある。和菓子も洋菓子も揃いはよく、定番品から名物店とのコラボまで幅広く用意されていた。時間の都合かやや穴あきになっているようで、季節限定桜の和パフェが品切れになっていたことに表情には出さずとも落ち込んだ灯をユアは微笑ましく見守る。
 そんな少年へと代わりを提案すべく、詰まれた品物から選び抜いたのは、

「灯、新作の抹茶プリンとあんみつ、どっちがいい?」
「えっ……あっ、しまっ」
「?」

 右手に新商品と書かれている、粒あん入りの宇治抹茶プリン。左手にはぱっと見だけでも色合い豊かな白玉クリームあんみつ。どうやらこのコンビニの春スイーツは和推しのようだ。
 しかしそんなユアの気遣いなど見えていない灯。自分の行動を省みて、隣に彼女がいたにも関わらず無意識にこの場に来てしまったことを恥じていた。何かと多感な14歳男子。自分が甘いものを好むというのは隠しておきたいお年頃なのだ。

「べ、別にスイーツなんか興味ねーぞ?」
「だが時間もあるし何か小腹を満たしておいた方が良いんじゃないか」

 ほーれほれ。と二つの容器を灯に見せる。心は揺れるが何とか別の選択肢を、と視線を巡らせレジ前に行きつく。灯の目の前で、肉まんの前にかけられていた「準備中」の札が外される。これだ、橙と薄青の二色が光る。

「それなら……ほ、ほら、肉まんとかでいいだろ」
「そうかー、じゃあ止めておくかー」
「あっ」

 容器を元の場所に戻そうとするユア。その口ぶりはわざとらしくも実に残念そうで、後ろ髪を引かれるような心地になる。唇を尖らせつつ、灯は右手の容器へと手を差し出した。

「……けど、その……どうしてもってんなら、プリン」
「じゃあこっちにしよう」

 受け取ろうとした灯の手をにこやかにスルーして、ユアは持っていた二つを手にそのまま飲み物コーナーへと向かう。その後、意地を半分捨てた灯の全力抗議により、年上女性にプリンを奢ってもらうという事態は回避、少年は細やかなプライドを守る事ができた。
 そうして買い物を済ませ、店を出る午後11時過ぎ。車がいないのをいいことに、二人は車止め用のブロックに腰掛けて袋の中身を取り出す。ユアは折角の蒸かし立てだ、と特製肉まんへと手を伸ばす。どちらにするかを悩んだが、どうやらプリンは後の楽しみに取っておくことにしたのだろう。灯もユアに続いて肉まんを手にした。

「……なあ、ユア」

 肉まんに齧りつく前、灯が零すように呼び掛けた。

「なんだい」
「思い出の品が残ってねーヤツでも、噂のバスには乗れんのかな」

 それは、今回の依頼の標的。『思い出の品を持って行って、バス停に向かっておまじない』することで呼び出せるという無人バス。会いたい人のところまで連れて行ってくれるのだというそれを調べるためにここに来たのだが、灯は何も持ち込んでいなかった。
――否、持ち込めなかった。

「……何もねーんだよ、オレ。全部喰い尽くされて、もう何も残っちゃいねーんだ。オレ自身、今はもう、親の顔すらおぼろげになってる有様でよ」

 帰る場所すらないのだと、灯は呟く。喰い尽くされた故郷の事を、かつての自分の生活を思い出そうとしてもぽっかりと、胸の奥が空いている。もしかしたら、生き残った代償に「そういう部分」を喰われてしまったのかもしれないと、声には出さず片隅で思う。

「だから、オレには乗る資格がねーのかもしれねーって……」

 フードの下で表情が歪む。陰になったその顔を見る術をユアは持たないが、大体は声色から想像がついた。故に、少年の弱々しくなる言の葉に真摯に向き合って、答えを重ねる。

「そうだな……品が残っていなくても、思い出そのものがお前の記憶にあるなら、私は十分だと思う。どんなに姿が朧げになったとしても、大切な家族がいたという事実は揺るぎないだろう?」

 会いたいと願う気持ちが本物なら、問題ないはずだ。
 やわらかに微笑めば知らぬ花の香りが少年の鼻を擽る。桜とはこんな香だっただろうか、こんなに遠くまで薫るだろうかと顔を上げれば、橄欖石の煌きに吸い込まれる。

「私には、そういう意味では会いたい人はいないからな。いるのは――いずれ倒すべき育ての親くらい。何も持っていないのは同じだ」
「お前……何言ってんだ、オレは」

 逸らされた視線が夜空を見つめた。女の横顔は同じというのに飄々と、何処か清々しささえも感じられて――どこか、寂しさのようなものもあって。どう、形にすればいいのだろう。灯の胸中には見合う言葉が浮かび上がらなかった。

「悪い。つまんねー話だったな」

 出来たのは、話題を途切れさせることだけ。フードを目深にかぶり直して、複雑に歪んだ感情を見られないようにと隠した。
 そんな灯の様子に、苦笑い。ユアは少年の意を酌んで話を続けることを止め、けれど少年の言葉を否定することができず、少し、想いを返す。

「なに、つまらなくないよ。お前の話を聞けたんだから、私にとっては有意義だった」
「……そうか」

 心苦しさを肉まんと一緒に呑み込むことにして、灯は大口で齧り付く。生地のふかふかした食感の先に、微かに届いた肉の味。夜の間食は心の隙間と胃の空白を埋めていった。

 春の夜風、冷たく。
 時は温もりを僅か、奪って過ぎていく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

松本・るり遥
(ーー別に、逢いたい人は死んでもないし居なくなってもねえよ)
(けどただ、興味はあるだけ)
(父さん母さんの、少し前の姿を見たいだけ)

(家に這いずってるあの姿とはまた違う、ただの人間としての父さん母さんを見たいだけ)
(居なくなってない。死んでない。)

(思い出の品なんて分からない。極端に言えば俺自身が思い出の品のはずだから。)
(小さい頃に撮った家族写真をようやく家から掘り起こして、パスケースに突っ込んでおいた)

(肉まんと飲み物を買って)
(店前光の下、立ち食いしながら遠い桜を眺めてる)
(耳を塞ぐ音楽を、春の匂いの音に変え)
(なんでこんなことしてんだか)
(自分に山程言い訳をして、小腹を満たした)



●遠き春よ
 PM09:58――射干店。
 ゴミ箱横でミルクティーを開ける乙女の姿を横目に、到着の少し遅れた松本・るり遥(サイレン・f00727)が店内に。指定の時間までは大雑把に見て二時間ほど。どうせ暇なんだ、と適当に店内をうろつき始めた。
 別にどこにでもあるコンビニだ。こんな時間なのに客の姿はほぼないに等しい。まあどうでもいいかと雑誌コーナーへ。暇潰すなら立ち読みがいいだろ、と手に取った週刊誌には立ち読み防止のシールが貼られていた。そっと元の場所に戻す。
 他に読みたいものも特になかったので物色する振りをしてインスタント麺の並ぶ棚を横切った。ふと目に留まった冷蔵庫にはアイスがジャンル別に分けられている。桜を見ながらアイスなんてのもいいな、なんて思ったが今日はそこまでアイスの気分じゃない。仕事終わったらあいつらに土産って買って帰ろう、と早くも帰り道の事を考え始める。あれとあれがいいか、目星を付けてから離れれば適当に品物を見る。
 時計の長針が半分ほど進んだところで飲み物コーナーへ。喉の調子も悪くないし、炭酸を流し込んでもいいか、とペットボトルのコーラを一本。ぶらぶらとレジ前に来たところで肉まん什器を覗き込む。生憎食べたかった肉まんは品切れ中、代わりをどうするかと視線を下へ。ピザまん、あんまん、特製豚まんは残っている。
 少し値は張るが仕方ないと、るり遥は店員へコーラを渡して追加注文、特製豚まんをひとつ。
 ビニール袋を引っ提げて店を出る。ゴミ箱横の誰かに話しかける気が沸かず、るり遥は店の入り口から少し離れた植え込み近く、低い段差に腰掛けてペットボトルを取り出した。蓋を握る指先に力を籠めて半捻り。炭酸の気が抜ける音が心地よい。一口、二口と飲み込めばしゅわりと喉で弾けながら通り過ぎていって、行き場のなくなった空気がせり上がってきた。
 けぽ、と空気を吐いて空を見る。つばの分だけ削られた視界の先に、うねる道に沿って桜が揺れる。

(――別に、逢いたい人は死んでもないし居なくなってもねえよ)

 会いたい人に会いに行けるという、今回の噂。別にるり遥はここに来なくてもよかった。彼の思い描いたその人たちは彼と共に、同じ屋根の下にずっと一緒に住んでいる。わざわざ「会いに行く」だなんて必要はない。
 はず、なのだが。

(少し前の、父さんと母さんの姿は見たい)

 家で彼を待っているものは、少し前の両親とは違う。
 もう人の容を保てなくなってしまった、這いずるだけの、なにか。人は彼らを誰とは呼ばず「それ」だとか「あれ」だとか言うだろう。耳障りな呼び名を使うのだろう。関係ない。誰かがそれらをどう呼ぼうとも、るり遥は彼らをいつまでも父だと、母だと、そう呼べる。

 それでもだ、自分と同じ形だった頃が懐かしくて。

 思い出の品を探してみた。自分自身がそうだとも言い張る事も出来たが、念のため。這いずる彼らのその横で、掘り返すように探し出したのは家族写真。シャッターを切ったのは誰だったかはよく覚えていない。小さい頃の自分自身が両親と一緒に映っていたそれをパスケースに突っ込んで、いってきますと家を出た。いってらっしゃいは、もうずいぶんと聞いていない。

(……居なくなってない。死んでない。けど)

 けど。続きは言えない。いつからだったか、声にした妄想がすべて現実になってしまうような、嫌な感覚がずっと付きまとっていた。
 耳を塞ぐ。イヤフォンから脳髄へ、突き刺すような音の槍が世界と自分を切り離した。ペットボトルを隣において、曲を選択。春の歌が聞きたいと、母がたまに聞いてた少し古い曲を選ぶ。
 ざあっと、風が流れていく。ようやっと満開を迎えた花弁が悉く攫われて、散らされていく。炭酸で喉を薄く焼きながらるり遥は言い訳を飲み込んで、半分に割った肉まんの片割れに喰い付いた。

 深まる春闇。
 時は迫り、影は近付く。

成功 🔵​🔵​🔴​

庚・鞠緒
POW

もう一度会いたい人、か
別れの言葉すら言えなかったお父さんとお母さん
もう会えないのも、わかってる
会いに行く必要すらない
両親を食った邪神を、食ったのはウチだ
ずっとずっと、あたしの中にいるはずなんだ
いてくれなきゃ嫌だ
会いに行こうとして会えるところになんていてほしくないよ

…あァ、やべェな
ちょっと不安定になっちまいそうだ、【情報収集】に集中するか
噂を広めるヤツとやらを探さねェとな
でも特徴があるわけでもねェし…声かけ待ちかァ

適当におでんでも食ってるか、カロリー低そうなやつ見繕って
いかにも日々を空しく生きてる不良ってな
…両親いた頃はこんなモンも食えねェ体だったのになァ…
我ながら元気になっちまったモンだ



●神の在処
 PM10:56――射干店。
庚・鞠緒(喰らい尽くす供物・f12172)は買ったばかりのおでんを手に店の外へ。外気は冷たく、ざらりと撫でつけるように風と一緒に桜の花弁と塵が舞う。
 他の二人と距離を取りつつ、店から離れすぎていない街灯下を陣取れば買ってきたおでんの蓋を開ける。夜に食べ過ぎるのも腹に悪い、はんぺん、こんにゃく、大根など低カロリーなものを選んできた。からしと味噌はいりますか、と聞かれて思わずいらないと言ってしまったが、あれをもらってきていても良かったなと振り返る。
 割り箸を口と片手で割って、はんぺんを食む。こういうものを昔は食べなかった。否、食べられるような身体ではなかった。どんなに不味く味気なくとも胃が受け付けるものだけを口に運び、苦い薬と点滴で他を補う。病弱だった昔の自分が今の自分を見たらどういうだろう。髪も目の色も変わった自分を、健康な肉体を得たれたが他者の血を啜らねば命を繋げない自分を。
 連鎖的に思い出してしまったのは、両親の顔。
 別れの言葉すら言えないまま、顔も見られなくなった父と母。もう一度、そう願うのだとしたら――

(違う、二人ともあたしの中にいる)

 神に捧げられ喰われた父母と、それを喰った自分。封印し、刻印した邪神は今も身体の中を巡り続けているのだ。父も、母も、ここにいる。喰われた以上邪神と共にこの身体の中を巡り続けているはずだ。
急にせり上がった、吐き出したくなるほどの奇妙な異物感に胸を押さえる。いてくれなきゃ嫌だ、呻いた声は鞠緒も含め誰にも聞こえていない。
 もう会えない、目の前にいてくれない事など分かっている。会う必要もない。姿が変われど共に在れるのだから望む意味などない。

(会いに行こうとして会えるところになんていてほしくないよ)

 ぐっと箸を握る手に力が籠り、箸の先で大根が形を崩す。
 そこへだ。

「君、大丈夫?」

 声を掛けてきたのは、この店を見張る他の猟兵ではない。こんな夜中にサングラスをかけ、くたびれたグレーのスーツを着た男性は心配そうな表情で鞠緒を見ていた。サングラスから覗く目がやけに白くて、悍ましい。どこか作り物のような表情に鞠緒は警戒を解かず、僅かに距離を取る。

「……なんだよ。ウチに用事?」
「いや、なんだか辛そうだって思って……何かあったのかい?親御さんは?」
「うるっせェな、関係ねぇだろ、ナンパ野郎はお断りだぞ」
「ご、ごめんよ、いやさ、こんな時間にうろついてるし、あの噂の事かな……なんて思って……」
「――噂?」

 こいつだ。鞠緒が睨み付けるも、男は怪しまれているのだと受け取ったか。それともどこか虚ろな不良少女相手に警戒など必要ないと感じたのか。平然と『噂話』を鞠緒へ、そしてコンビニ前でたむろしている他少年たちにも聞こえるように語り始める。内容はグリモア猟兵が予知した内容と全く同じだ。追加する情報は何もない。
 話を続ける男へ返事することなく鞠緒は睨み続ける。物腰は柔らかく、不自然な様子もない。友人との世間話をするかのように、初対面の子どもへとそれを語って聞かせている。容姿以外で奇妙な点と言えば、声だ。
 酷く耳に残る声をしている。他の雑音に紛れて脳に言葉ひとつひとつを滲み込ませてくるような、今忘れたとしても、後々必ず思い浮べてしまうような嫌な声色だ。
 うぞり、胸の奥が蠢く。身体の中を這いまわる嫌な感覚。早く終わってしまえ、鞠緒は声を飲み込んで聞き進め、迎えた話の最後。

「そうそう、おまじないはね」

――あいたい、あいたい、さいわいへ。かみさまどうかつれてって。

「……だってさ。それじゃあ」

 言いたいことを言うだけ言って、男は去っていく。
 滲む汗の気持ち悪さに首筋を拭う。危うく落としそうになった容器を少し強めに握って、鞠緒は食べ損ねていた残りのおでんを食べ切る。ごみを店頭のゴミ箱へ捨てると、薄く揺れる藤色の眼差しが時計の針を追う。

 PM11:59→AM0:00。

 日付が変わり、長い暇潰しが終わって、猟兵達はバス停へと向かった。
 途中、鞠緒が不意に立ち止まる。何かに呼ばれたわけでもなく、誰かがいたわけでもない。ただ、

――会いたい人は、いませんか?

 知らぬ男の声が、耳奥で蘇っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『真夜中の空車(むなぐるま)』

POW   :    実行あるのみ、実際にバスを探し出し乗り込む。

SPD   :    バスのあとを何らかの手段でつけてみよう。

WIZ   :    目撃情報などを調査、バスの行先をわりだす。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●無人バス
 戦闘の邪魔になる荷物やお土産をグリモア猟兵に回収してもらうと、面々は近くのバス停に向かった。
 噂によると、会いたい人との思い出の品とおまじない、この二つがあればバス停自体は何処のものを使ってもいいのだという。コンビニを去り、来る道中に見かけたバス停に着いた猟兵達は、バス停に触れながら思い出の品を片手に、教えられたおまじないを唱える。

「あいたい、あいたい、さいわいへ」
「かみさまどうかつれてって」

 呟いて、時間の差はそれぞれ。
 うっすらと白く光る奇妙なバスが桜並木を通ってやって来た。運転手もいない、乗客もいないバスはバス停まで来ると速度を落とし、ゆっくりと停車。扉が開くと感情のない電子音声が淡々と行き先を告げる。

『おまたせしました。このバスは、思い出経由――さいわい行きです』

 乗るか、乗らないか。
 どちらにしても、邪神にたどり着くためにはこのバスが必要だ。猟兵達はそれぞれの作戦を実行する。


※ルール※
この章では二つのルートが選べます。選択したルートにより三章における戦闘シチュエーションが変更されますのでご注意ください。

【A】バスの正体を追う
・此方を選ぶ場合、皆様は邪神を倒すまでバスに乗った皆さまと合流できません。
・バスには乗らず、バスを何かしらの移動手段で追いかけつつ正体を探っていただきます。
・バスを停める方法は「おまじない」「正体を見破ること」のどちらかです。正体を見破るとバスは場所関係なく停車し、再出発しません。
・バス内の皆様との情報交換はできません。皆様の力のみで正体を探ることとなります。
・「複数人、コンビで参加」「邪神を倒すために来た」人向けです。

【B】バスに乗る
・此方を選ぶ場合、あなたは単独で邪神との戦闘に挑むこととなります。
・バスはたとえ同じバス停で同じタイミングで乗っても「乗客は自分しかいない」ことになります。
・バスの外には記憶の有無を問わず「自分にとっての思い出の景色」が見えます。記憶喪失の方の場合、自分でも覚えていない過去を見る事となります。
・また、会いたい人の外見や口調など、些細な情報をお知らせくださると助かります。この章は主に三章におけるボス戦の補足説明のためにお使いください。
・「単独参加」「過去と向き合うために来た」人向けです。

 やや面倒な分岐とはなっておりますが、別段【A】しか集まらなかった、【B】の人ばかりだったとなってもシナリオは進みます。特に【A】はやらなくても邪神は倒せるとお思いください。
 また、【B】においては当方も皆様の大切な過去と向き合う事となります。場合により執筆が大幅に遅れる場合がございますがそれでも描かせていただけるようでしたら、全力で挑ませていただきます。
 ここまでお読みいただけましたら文頭にAもしくはBとお入れください。

 長くなりましたが、皆様のプレイングお待ちしております。
渦雷・ユキテル
【B】
思い出の品はIDカード。
16385。自分たちに名前はなかったから、並んだ数字がその代わり。
写ってるのは彼の顔。金の髪と桃色の眼と……
それってつまり、あたしの顔。髪は短いけど。
最後に撮ったのは4年前。今よりだいぶ子供っぽい。

窓の外に見えるのは白い部屋。自分たちが生まれた研究所。
苦い薬、痛い注射、慣れちゃった手術。
思い出すのは嫌なことばっかりで、
だけど友達とのお喋りと、たまに貰えるおやつは嬉しかったなぁ。

「僕はお腹すいてないから、――にあげるよ」って。
彼は何でもあたしにくれた。おやつも、名前も、この身体も。

……何だか少しクラクラします。
酔っちゃったんですかね? あーあ、情けないなー。



●××の言葉
 きっとさいわいって、あの高い窓から見える星のように、
 遠くて届かないのにそれでも眩しくて手を伸ばしたくなるものなんだ。

●不透明の心
 射干郵便局前停留所より、まずひとり。
 バスに乗り込んだ渦雷・ユキテル(Jupiter・f16385)は奇妙な既視感を抱くバス内部をじっと見渡した。
 白。バスの中は窓以外すべてが白く発光している。座席も、床も、天井も、ぼんやりと輪郭のみを残して淡く光っているのだ。視界から得られる情報に脳が引っ張られて、普通に歩いていても浮遊感を感じるほどに落ち着かない。まずは座席へ、とふらつく脚を近くの席の背もたれを掴んで支えながら席を選ぶ。自分以外に乗客はいない。なんとなくで、後ろから二番目の窓際へ。
 扉が閉まり、発進。バスへの乗車には成功し、あとは邪神の元まで運ばれるのを待つだけ。

(思い出経由、さいわい行き……って言われましてもねぇ)

 窓の外は別段代わり映えのしない夜の街並み。先程歩いた桜並木を通り抜けて、曲がり角。景色を見ても退屈だ、とユキテルは持ち込んだ一枚のカードへと視線を落とした。
 羅列する数字はかつての名前。16385、などという味気なく可愛げのない呼び名。貼り付けられた長方形から金色の髪に桃色の瞳の少年が無表情で此方を見つめる。髪が少し短いのはもう四年も前に撮ったものだから。

(このころはまだ、彼のものだったんだ)

 まだ、貰う前。と、指先が愛おしそうに写真の少年の頬を撫でる。
 ユキテルを名乗る前のそれは彼と同じく、ただの数字の羅列の一つに過ぎなかった。思い出すかつては只管に続く苦痛の日々。投薬に注射、手術に計測。繰り返し。いつしか痛みにさえ慣れて、苦しくて吐くこともなくなっていた。望まれた成果を出すか壊れるかの二択が、見知らぬ何かによって選ばれるのを待ち続けるだけだった摩耗の日々。
 自分たちが人間だなんて思ってもいなかった、損な日々。

(イヤなとこだけ思い出しちゃったなぁ)

 不快感を吐き出したくて、肺を空にするくらいのつもりで深く息を吸って、吐いて。ふと、視線をあげて窓の外。いつの間にトンネルに入ったのだろうか、暗い空間にぽつりぽつりと灯りが見える。ぼっと流れていく灯りの線を追っていたら、突然の光が目を灼いた。
 反射で目を隠し、ゆっくりと閉じた目蓋を押し上げて――ユキテルは言葉を失った。

『僕はお腹すいてないから、――にあげるよ』
『いいの?』
『うん、――が食べて』

 見間違いかと思った。聞き間違いかと思った。バスは走り続けている。この速度ならばこんな小さな窓なんて通り過ぎていくはずなのに、直ぐ見えなくなるはずなのに。
 『彼』がいた。『自分』がいた。窓の外には真っ白い部屋、嫌な思い出だらけだったのに懐かしいと感じるのは、同じ境遇の仲間(ともだち)がいたからだ。分け合ったお菓子の苦さを舌先が、語り合った夢の景色を両の耳が、覚えていたからだ。
 笑っていた。『彼』はかつてのユキテルがクッキーを頬張るのを見ている。何度鏡を見て、自分で作っても同じにならなかった笑顔が、そこにある。おやつも、名前も、身体さえも、何でも呉れたはずの彼が唯一呉れなかったものがそこに在る。
 そんな彼と目が合った。
実際は窓の外を見ているだけなのかもしれない。あの部屋の、空気の濁ったあの場所に申し訳程度に設置された、窓とも呼べない小さな四角を。それでも、確かに目が合って、彼はほぅと息を漏らした後にそっと微笑んだ。
 ゆれる稲穂の金色が肩先で揺れて、ピンクサファイアは濡れて煌く。優しいのに哀しそうな、言いようのない感情があるような微笑みで『あたし』を――

(――ああ)

 視界が滲む。妙にぐらつく頭が彼の表情を正しく捉えてくれない。きっとひどく揺れるものだから、車に酔ってしまったんだ。
 情けないなぁ、と呟いて。ユキテルは窓の外をもう一度見た。窓硝子には彼と同じ顔の、違う笑顔が映り込んでいた。

成功 🔵​🔵​🔴​

暗峠・マナコ
●B
記憶の始まりは宇宙から
そこから渡った見知らぬ世界で、彷徨う私を拾った家
そこには誰もいなかった、筈なんです
会いたい人に、会った事が無い
私が知るのは家にあった旅行記の語る貴方だけ
けれどそこに、旅人コートと小さな花の似合う白髪の青年が見えるのは
かみさまのおかげか 私の忘れた記憶なのか
知らなくても会えてしまうものなのですね

靴底に挟まった石が良いのだと
部屋の隅に転がった謎のネジが良いのだと
貴方はそう私に教えてくれた。ええ、確かに世界はそうでした。
靴底に挟まった石がキレイだと
部屋の隅に転がった謎のネジがキレイだと

伝えることは一つで結構
お花さん、いつも寂しそうなんです
貴方のおかえりをお待ちしておりますよ



●××の言葉
 時に、精錬されたモノクロームは極彩色を凌駕する。

●足跡をたどって
 鼓坂停留所より、ひとり。
 暗峠・マナコ(トコヤミヒトツ・f04241)が座ったのは乗り口近くの一人席。膝を揃えて座ると目の前で扉が閉まる。発車します、と機械音声。
 真っ白いバスの中は仄かに白く輝いていて、腰を下ろした座席は硬すぎず柔らかすぎず。居心地は悪くはないがどれだけの時間を乗っているかも分からない。さっき買ったお土産のおやつ、少し持ち込んでも怒られなかったかしらと頬に手を当てた。
 退屈を紛らわせるように右斜め前の席――空の運転席を覗き見る。不思議なもので、アクセルペダルは勝手に踏まれ、ハンドルも僅かに動く。座ったままでは見えないところもあるけれど、他の操作も行われているのだろう。

(宇宙船の、自動運転みたいなものなのでしょうか)

 ぽうっと浮遊する思考を途切れさせ視線を前方、大きく開けたフロントガラスの先へ。緩やかな坂道の左右には桜の樹が道路の先前並び、伸ばした枝が作る淡いピンク色の屋根からははらりと花弁の雨が降る。真夜中、街灯も少なく道幅も狭い下り坂に同色の絨毯を敷いていくのをマナコは嬉しそうに眺めた。
 キレイなものが好き。夜の空いっぱいに輝く星の色だとか、通り雨の後葉っぱの上に溜まった滴が落ちる瞬間だとか、木々の合間から漏れる光に落ちた鳥の影だとか、キレイと感じるものはその時々で変化する。

(いつから、だったでしょう)

 かたりことりと揺られながら丁寧に記憶をたどり、そのはじまりへ。
 最初に見たそれはあまりにも綺麗な、吸い込まれるような闇黒と色とりどりの星々。音さえ呑み込む世界の美しさをマナコは覚えていた。それからどこへと渡ったのだったか、見知らぬ世界で一つの家へとたどり着く。引き寄せられたか、拾われたか、そこに居座るようになった自分。

――誰もいなかった、筈だった。

 意識が過去より現在へ。ふと見た真正面の硝子向こうは真っ暗で、どこか懐かしい。
 あら、いつの間に。と見つめていたはずの景色の変化に小首を傾げたその時だ。バスは走り続けているのに揺れなくなり、正面にはひとりの青年が現れる。轢かれてしまう、と思ったのも束の間。青年との距離がどんなに進んでも変わらないと気付いた。
 小さな花の似合う、旅人のような恰好をした白髪の青年がマナコへ――或いは正面にいるはずの誰かへと一礼。

(――しらないひと)

 でも、それが誰だかわかってしまう。名前も、何も、思い出せないのに誰かが分かる、奇妙な感覚。釘付けの視線、マナコは映画の始まりにも似た光景に口を閉じる。

『やあ、はじめまして。――ああ、もしかしたら初めてではないかもしれないね』
(……貴方は誰)
『挨拶を変えよう。御機嫌よう、頁を開いた君。君がこれを手に取ってくれてとても嬉しいよ』
(ああ、これは)

 知っている。確かに、マナコは彼を知っている。紐解いた一冊に彼はいて、自分に多くを教えてくれた。『知っていたかい?』と問いかけて来ては、靴底に挟まった石が良いのだと、部屋の隅に転がった謎のネジが良いのだと、何気なく見上げた空に浮かぶ雲の形がいいのだと、とても一方的で、夢見がちで、けれど繊細で「それが良い」と子供のように語る。
 彼女は「キレイ」を彼から学んだ。彼の語る「良い」ものから読み解いたキレイなもの達は彼女に好奇心を与えた。靴底に挟まった石も、部屋の隅に転がった謎のネジも、彼女の「キレイ」に当て嵌まった。
 ああ、でも。

「どうせ、聞こえはしないのでしょうが」

 彼女自身が彼へと伝える言葉はない。今まで見つけてきたキレイなものを語る事もない。
 伝える言葉がある。たったひとつ、造花を優しく握ってマナコは宇宙色を細めた。

「お花さん、いつも寂しそうなんです。貴方のおかえりをお待ちしておりますよ」

 長く留守にする彼の事を待つ、けなげな一輪を忘れてしまう前に。眼前の彼が、マナコの唇を読み取って動きを止めた。
 微笑みを浮かべた彼は何も言わなかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

庚・鞠緒
B

思い出の品…邪神が食い損なった、お父さんの腕時計
壊れてっけどな…仕事のためとはいえ、久しぶりに触ったな

・思い出の景色
病院の個室
物心ついた時からずっとだ
家にいるよりここにいる時間のほうが長かった

目元以外はウチに似てて、でもいつもどこか疲れている感じだったお母さん
目つきが怖いけどずっと家族のことを考えてくれたお父さん

いつも、あたしが元気になる方法を探してたっけ
怪しげな民間療法試して病院の先生に怒られたりな、ハハ…
それで…
「まぁちゃん、今度はきっと本当よ。生まれ変わったように健康になるって」
「これで学校に通えるようになるぞ鞠緒」
それで…
両親と一緒に教団に入って…

そうさ、ウチは生まれ変わっちまった



●××の言葉
 本当なら、私が貴方に与えてあげられるはずだったの。
 今からでも間に合うさ、さあ、神様の下に、元気をもらいに行こう。

●取り戻したかったもの
 射干郵便局前停留所より、ふたりめ。
 庚・鞠緒(喰らい尽くす供物・f12172)はバスに乗った途端に消えたユキテルの姿を追ってバスに乗り込んだ。しかし、乗り込んだ先にはユキテルの姿はない。

「これって、一体どういうこ――っ!!」

 もう一度降りて調べようとすると扉が勝手に閉まり、バスが発車する。咄嗟に吊革に掴まり転ぶ事だけは阻止したが、もう降りる事は出来ない。仕方がないかと鞠緒は近くの座席に座る。
 どこもかしこも真っ白で、不必要なものはない。バスならば広告のひとつ貼られていてもおかしくないのに、このバスにはそれすらない。お陰で否が応にも過去の自分を思い出すことになった。

 清潔感と、閉塞感。
 物心ついた時から病院と自宅の往復を繰り返していた――いや、最早病室にいた記憶の方が鮮明だ。同じ天井、同じカーテン、点滴のチューブに繋がれてベッドから身動きが取れない事なんてしばしば。

(あの頃は自由なんてなかったけど、父さんと母さんがいてくれた)

 いつも優しい笑顔を見せてくれたけど、どこか疲れた様子だった母さん。
 目つきは怖かったけど、ずっと家族の事を考えて一生懸命だった父さん。
 今思い返せば身体の弱いわが子のために日夜心身を削っていたのだろう。いつ消えてしまうかもしれない灯火を、突風に攫われないようにと必死に守っていたのだろう。治療法を探してあれやこれやと試そうとしていた姿を浮かべる。
 どこで聞いてきたのかもわからない呪術まがいの民間療法を試そうとして、担当医にこっぴどく叱られていた背中を思い出すと小さく笑みが漏れた。決して満足のいく身体ではなかったが、同じ年頃の子とは異なる形ではあったが、それなりの幸せを感じていた。
 手の中で、フレームがひしゃげた腕時計を優しく握る。

(だから――あんな教団の言葉も信じちまったんだよな)

 口内に溢れる苦さはその日の事を思い出させた。込み上げる感覚に頭を振ると視界の端が突然白くなったような気がして顔を上げる。窓の先、いつの間にか景色が変わっていた。
 真っ白な壁に天井、清潔感のあるシーツに、あれは……

『まぁちゃん!聞いて大ニュースよ!』
『なぁに、母さん。今度はどんな大ニュース?』

 目元以外は自分とよく似ている、女性の姿。

『鞠緒、今度は本物さ』
『えー……先生に叱られない?』

 目元だけは自分とよく似ている、男性の姿。

 間違いない、そこは酷く残酷な過去、鞠緒に刻まれた家族との幸福の最後だ。両親は奇妙なシンボルマークの描かれたチラシやメダルを手に、熱くそれの事を語っていた。崇拝すべき神を誤ったとも知らず、愛する娘にどう足掻いても与えてやれなかったものを自分達の代わりに与えてもらうために。

『そうよ、本物!生まれ変わったように健康になるって!』
『これで学校にも通えるぞ。待たせたな、鞠緒』

 窓の向こうで、父がまだ黒髪だったころの自分の頭を優しく撫でた。触れられているわけではないのに、あの日の温もりが蘇るようだった。母が血の気の薄い手を取って、目に涙を貯めながら笑っていた。泣きたくなったのは自分だった。
 あの時、両親の眼差しに秘められた盲信に気付いていたのなら何か変わっていたのだろうか。このあと先生の説得もせず病院を抜け出して、連れられるがままに入信して、両親は邪神の贄に捧げられ、喰われた。食べ損ねた形見の時計はあの日の、家族を奪われた時刻を示している。

(そうだ――そうして、あたしは)

 ウチは、生まれ変わったんだ。
 鞠緒は先程よりも強く腕時計を握り締め、窓の外のそれを、まだ受け入れる事しかできなかった自分を紫の眼差しで睨み付けた。

成功 🔵​🔵​🔴​

コノハ・ライゼ
【A】
たぬちゃん(f03797)と

コンビニで偶然見付けた
そのよく知った顔が、今にも泣きそうだったので
足早にその頭をどつきにいく

乗ンの、バス
乗らねぇならキー貸せ、追うぞ
相方のバイクに勝手に跨りハンドル握り、後ろに乗れと顎で指す
るさい、事故りたく無きゃガタガタ言うな

【黒管】呼び出しバスに張りつかせ『情報収集』しながら追跡
見た目で隠されてる何かがないか
気配や匂いに特徴は
この現象を招いている、何かの痕跡は

降りるまでにその泣きっ面どうにかしとけよ
じゃねぇと振り落とす

なんて言ってその実
惑いを悟られないようにしている
コイツの切欠を奪ってるのではないか
本物でないなら、と切り捨てた自分と
誰かが同じ筈がないのに


火狸・さつま
【A】
コノf03130と


僅かに所持する品の一つ
そっと、容れたポッケに触れ
バイクの前
どうしよう…と溢す

会えば
何かが変われる
進める気がして
でも、望むのは…ほんもの
今は、亡き…

もうずっと、心の奥底、だったのに
なんて
少し涙ぐみかけたところで


?!

え、コノちゃ…?え、なンで…
驚きのあまり涙は引っ込んだ
え?あ?いや、あの…
あ、はイ?
言われるまま
鍵とフルフェイス投げ渡し
勢いに押され思わず乗る
ん?え、コノ、運転出来…てゆか、なン…
エッ?!こわっ!




(……コノ、だ。
安心…と
何か、嬉しくて
涙が一筋伝う


泣いてない、よ
視力・暗視でバス凝視
ルート見切り追跡
見掛けた鳥からも情報収集
野生の勘に第六感
あらゆる策を講じて
逃がさない



●????
 例えば、どうしようもない絶望の果て、孤独に堕ちた先の終焉。
救いを乞うて手を伸ばす先に、あなたは何の姿を浮かべますか?

●時は遡り
 泣きそうな顔をしていたから、そんな理由だった。
 念には念をと別のコンビニを張り込んでいたコノハ・ライゼ(空々・f03130)は、己の心配が懸念に終わったことに胸を撫で下ろし、そのすぐ後に見知った姿を見つけた。いつもよりも幼げに見えるのは服装の違いからか。幾分カジュアルになっていた悪友は珍しく耳も尾も隠して「一般人」に成りすましていた。
 あら、たぬちゃんも来てたんだ。と声を掛けようとした先で、酷い崩れ方をしていた表情。置いてったことを怒っている、というわけではない。もっと別の、きっとこの後自分たちが追うはずの――

(なんて顔してるんだか)

 だから、そっと後を追った。

●今に至る
 日車橋停留所。
 ここは転送を行った際に全員が一度は通過した地点だ。飾り気のない鉄色の橋には歩行者用の細い通路と二本の車線。街へ行くものと町へ行くものがすれ違うだけの、どこにでもある橋だ。
 その橋の真ん中にあるバス停脇にバイクを停めて、目下を流れる川を覗き込む一人の青年がいた。目深にかぶったフードから見える浅黒の肌と群青の眸――火狸・さつま(タヌキツネ・f03797)は何処か憂いを秘めた眼差しで夜空を映して曇る藍鼠の流れを見据えている。

(会えば)

何かが変われる、進める気がした。ポケットの中で握りしめるのは、亡きその人との思い出の品。
 予知で語られた、そして共有した情報によるとこの後遭遇するであろう『会いたい人のところに連れていってくれるバス」の事を、さつまもまた気にしてはいた。もしかしたら、もう一度会えるかもしれないと。

(でも、望むのは…ほんもの)

 このバスが、本当に連れて行ってくれるというのなら。紛い物でないほんものに。もう、この世界のどこにもいるはずがないその人のところへ運んでくれるのなら。
 話がしたい、触れてみたい。それから、それから。
 目頭に熱いものがこみ上げて、心の奥底から言葉になれず透明なままの塊が詰まりながらせり上がる。いつバスがここまでやって来るかわからない。それなのに。夜風を浴び続けた鉄の冷たさが否応なしに熱を思い出させる。

 もしも、今からでも会いに行けるのなら――

 と、そこへ。ごんっと、後頭部に一撃。
 中々に強い打撃が連鎖する思考を叩き割る。
 突然の衝撃に防御するすべもなく、思い切り橋に額と鼻先を打ち付けたさつまは、先程までとは異なる理由で滲む雫をそのままに振り返る。

「乗ンの?バス。乗らねぇならキー貸せ、追跡に回るぞ」
「っ!コノ、ちゃん……?」

 立っていたのはコノハだった。思い切りどついたその手で鍵をよこせと差し出してくる。二度、三度、瞬きをして、それでも状況が呑み込み切れないコノハを見つめたさつまは呆然と見つめたまま。もう一度コノハが手を動かして急かすまで眼前の悪友のことをただ見ていた。

「ほら、キー。あとメット。予備もあるよな」
「え?あ?いや、あの……」
「バスまだ来てないみたいだし、来る前にはその泣きっ面どうにか」

 しとけよ。と、受け取ったヘルメットと鍵を手にコノハがさつまのバイクに乗ろうとバス停脇へと歩もうとした。その時だ。

 ふ

 っと、真白のバスが、薄く発光した奇妙なバスがすぐ横を通り過ぎていく。他に走る車もするりとすり抜けて、信号機も何もかも無視して真っ直ぐ。移動速度は速くないが、なんせ障害というものがない。

「っ、たぬちゃん急ぐ!」
「え、あ、はイ?!!」

 急ぎ飛び乗ったコノハはキーを差し込み、捻る。エンジンが唸りをあげて吃音気味に熱を吐き出すとさつまも慌ててコノハの後ろに乗りこみ、即座に発進。差はあるが決して追い付けない距離ではない。
 運転の合間にコノハは指先程の黒い管狐を呼び出してバスへ向けて飛ばす。くーちゃんと呼び愛でる小さな狐は走る車よりも早く空を駆けて、バスに貼り付いた。もう見失う事はない。まばらに走る車の隙間を抜けながらバスを追う。

「え、コノ、運転出来…てゆか、なン…」
「るさい、事故りたく無きゃガタガタ言うな」
「エッ?!こわっ!」

 反射的に抱き着いたが、コノハの運転は決して荒くはない。ただ少しスピードを出し過ぎているだけで振り落とされるような乱暴さはない。冷静さをゆっくりと取り戻しつつさつまがミラー越しに悪友の顔を見る。管狐と五感を共有しているせいか、視界内の情報整理が忙しいのか、視線は合わない。それでもだ。

(コノ、だ)

 嬉しくて、伝った涙はヘルメットの下。気付かれることはなく一雫だけが流れて、染みる。コノハばかりに追わせてはならないとさつまは暗闇でも見通せる己が眼でバスを追う。逃がすものか、使える全てを使って進行方向前方、揺らめく白の姿を睨んだ。

●未知の先へ
 惑いも涙も、互いに気付かぬまま、今はただ背を預ける一人と共に。
 切り捨てた過去の残滓も、きっかけを奪ったかもしれない今も、この先に。
 あれの正体を見つけ出せば見えてくるはずなのだと。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

リル・ルリ
■アドリブ等歓迎
B
座長:前の飼い主の男

水槽の中から見た歪んだ光景
喝采に熱狂に沈む黒の劇場

お前は私のものだ
私の作品だ
これまでも
今も
これからも

黒髪
黒の燕尾服
座長の声が脳裏に響く
僕は見世物劇場の歌姫―奴隷

座長は僕を育てて教えた
歌を
存在理由を
愛想笑いを

お仕置きされるのが嫌で
座長に従順に歌い笑う
歌う為の鑑賞物でカストラート

教えられた春の歌にでてきた
淡い薄紅―桜
桜が見たくて
水槽から出ようと歌った泡沫
落とした水の星が全て蕩かし湖へ変えた

過去は罪
未だ座長は苛む
奴隷如きが幸福をただ傲慢に貪るなど許さないと

僕は過去の僕が大嫌いだ
でもね
過去ごと愛して受け入れると
冬の日に出会った櫻がいうから

向き合わなきゃいけないんだ



●××の言葉
 さあ、私の愛しいお前。
 お前の歌を、お前の声を、私だけに聴かせておくれ。

●これからは譲らない
 草門東(そうもんひがし)停留所より、ひとり。
 想いを胸にバスへと乗車する……はずなのだが、リル・ルリ(瑠璃迷宮・f10762)は、それを前に行ったり来たり。何せ彼は人魚、この手の移動手段にはあまり縁がない。前方の運転席側に開いた扉と、バスの中間で開いた扉のどちらから乗ればいいなど分からなかった。が、いつまでも停まっていてくれるとも限らない。意を決し、真ん中の扉からバスへ月光ヴェールを揺らして泳ぎ入る。
 バスの中は白く淡く、うすぼんやり。まだ誰も乗っていないのかがらんどう。無人の運転席にまで目がいかなかったのは、発車します。と響いた電子音声へ思わず「はい!」と返事してしまったからだ。
 扉が閉まり、バスがゆっくりと速度を上げていく。それを宙に浮かんだままゆらゆらと見つめるリル。このまま浮かんでいても良かったのだが、折角乗ったのだからと乗ってきた扉の正面にある席へ。器用に尾鰭をシートに収めて座ってみると、ようやっとバスの揺れを実感する。あまり体験したことのない感覚に心もそわつき、ここに来た目的もこの一時だけは忘れてしまった。
 草門東は街中からは少し外れている。鼓坂の更に先、都会と思えないような建物の少なさは再開発が進んでいるが故ではあるが、3階建て以上の建物が見当たらないというのは都会にしては珍しい光景だ。
 流れていく景色の中、街灯さえもほとんどがない暗い夜道をバスが走っていく。そのおかげでリルの目に映るのは夜空の鮮やかさ。町並みの遠く、天上に広がる暗幕にはちらちらと輝く星灯り。

 バスっていいかもしれない、と思う彼の耳に聞こえてくる花火の音。
 こんな真夜中に?と外を見回すと打ち上げられる炎の菊。それに加えて人工的な光が群れ始め、その先。人だかりと共に現れたあれは――

(テント、かな?それとも劇場?よくわからないや)

 歪な建物は花火の影を吸い込んでただ黒い。が、看板に掲げられた一座の名前をつい見てしまい、リルは絶句する。それは、「それ」は間違いなくかつて、自分が所属して(そういえば聞こえはいいだろうか)いたはずの場所。
 自分がいた場所は、もっと暗く黒かった。こんなにも鮮やかではなかった。あの時とは確実に違う騒がしさに、どうしてと声を漏らす。しかもバスは走っているはずなのに、景色は一向に変わろうとしない。背骨を伝うように冷たさが走り、じとりと汗が滲む。拭い去れない恐怖が、支配が、過去から這い上がって来る。

 記憶の果て、喝采と熱狂に包まれた劇場の漆黒に、スポットライトが一筋。光の真ん中に立つのは一人の男だ。黒い髪に黒の燕尾服、水槽に湛えられた水の中、どんなに歪んでも忘れようがない。客席へと恭しく一礼するその男は、リルの前の「飼い主」だ。
   
――さあ、歌いなさい。今日はどの歌がいいだろうか。
   
――ああそうだ、今日は春の歌が聞きたいな。歌っておくれ。
   
――できない子は悪い子だ。お仕置きをしないとね。
   
――そう、いい子だ。リル。私の歌姫。私の作品。

 いやだを全てを飲み込んで、愛想笑いを浮かべていたあの日々。教え込まれた歌を歌って、見世物にされて、座長と呼ばれる彼が望まぬことをせぬようにと顔色を窺っていた日々。リルの命の価値は男の気分次第でどうとでもなった。歌うというためだけに存在させられていた彼は、幼く美しい歌声でいることを強いられるほど、容易く多くを奪われた。取り返そうという気さえも削がれていた。鑑賞物の、所有物。それが、自分。
 それでも、教えられたすべてが悪いわけではなくて。
 旋律の中で知った「春」という季節、その中に咲き乱れる薄紅の花弁。散りゆくその花の名を知って、人魚姫は水槽を抜け出そうと決心する。ただ見てみたい。その思いを秘めたまま滑り出た歌声は舞台をも全て水底へ、泡沫へ。
 後悔だけはしたくなかった、だから今もリルの胸にあるこれは、決して後ろめたさではない。

――奴隷が、奴隷如きが幸福をただ傲慢に貪る事が赦されるとでも?

 座長の声が聞こえてきた、ような気がした。ここには誰もいない、気のせいだ。首を振って頬を叩く。

(僕は過去の僕が大嫌いだ)

 望まれるが儘に、己を殺してただ生きてきた自分が大嫌いだ。しかし、それでもこの場所へやってきた理由は一つだ。そんな大嫌いな過去の自分さえも、愛して受け入れてくれると。冬の日に出逢った憧れの色が、恋してしまったたった一人が言ってくれたのだから。
あの頃囁かれた言葉と意味は同じのはずなのに、こんなにもうれしかったのは、きっと。

(さよ)

 その想いがあるからこそ、決して嫌いのままでいてはならない。買えなければならない。

(向き合わなきゃいけないんだ)

 見据えた正面、誰もいなかったはずの運転席のすぐ隣に、にたりと微笑む黒い男が立っていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

杜鬼・クロウ
【B】
アドリブ捏造歓迎

嗚呼”また”か
最期を看取らなかった事に悔いは無い、筈だ
振り返らないと決めたあの日
俺が今ココにいるのは俺しか出来ねェ役目を果たす為
アイツも承知の上で…

滅んだ故郷
鬼が棲む杜の社
まだ本体(神器の鏡)の時に主を除き会っていた心優しき主の娘
口調:~ますね、ございませんか、くださいませ
亡き妻に類似の立派な黒髪
娘が持つ対の鏡は元々妻が所持してたが娘へ
負を吸収し使う物で持ち主の体を蝕み娘の体も病弱に

突然変異で人型に
主も娘も驚く事なく享受

・景色
翠雨の中の夏祭り
初恋の娘と共に過ごしたまだ幸せな日々
和傘を差し夜の祭へ
袖を引っ張られ娘が気になる屋台へ
眩い錦玉羹が並ぶ
初めて食べて好きになった菓子



●××の言葉
 もしあなたの前に割れて壊れた花瓶がるのなら、
 捨てて行きますか?それとも拾い集めて直してくださいますか。

●追想
 霜見三丁目停留所より、ひとり。
 杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は思い出の品をしまい込み、バスへと乗り込む。無人、無音。人の気配どころか人がいたという気配さえもない。罠か、それとも。
 クロウは訝しみながらも運転席のすぐ後ろ、二人掛けの席の真ん中を陣取る。扉が閉まる瞬間、外に残った追跡班と目が合ったが「任せろ/任せた」と視線を送り合えば薄く不敵に笑む。たった一人を乗せ、バスが走り出した。
 会いたい人の下へ、などと銘打ってくるのだからもっと奇妙な道や空間を走るのかと思っていたが、バスは道を外れる事もなく道路通りに進んでいる。

(本当に、思う通りの場所に連れてくっていうのか?)

 信じているわけではなかったが、気にはなった。噂が本当ならば、会えるのならば、会いたいと思った人がいるからこそ、クロウは今バスに揺られている。延々と続く暗い町並みから視線を外し、背凭れに身体を預けたまま思い返す。

――これは思い出話というには、あまりに拙いものだ。
 まだ人の容を得る前の事だ。ただの一つ、物であった頃。鬼が棲むと言われた古い杜の古い社を終の棲家と思っていた時の事だ。心などというものは朧気で、神器と言えば聞こえはいいが、要は曰く付きの鏡だ。主を除いて他に人がやってくる事もなく、ただ覗き込んでくるものを映して返すだけ。
 それが日常となったある日やって来た異常がその娘だった。
 黒い髪の美しい、幼い娘だった。社の中を背伸びで覗き込んできた娘は、何故だかその鏡に話しかけてきた。大人の目を盗んできているのだろう、やって来る日は決まっていなかったが、確か、晴れた日が多かった。そんな彼女が語る他愛ない話を、会う度に成長していく姿を楽しみにするようになった。
 人に焦がれたから、人の容を得たのだろうか。ただ年月が己の身を変えただけなのだろうか。
 突然自分が人間と同じ形になっても、主は驚かなかった。ただ自分は、よく遊びに来たあの少女が主の娘であったことに驚いた。彼女もまた己の変化を怯えもせず、ただ受け入れてくれた。
 それからは、社ではなく父娘と共に人間らしく過ごすようになった。

『ああ、クロウ。箸はそう使うのではないよ』
『……う』
『父様、クロウ様は元は鏡。人の身となって間もない内は指の扱いも難しいでしょう。クロウ様、ゆっくり覚えてくださいませ。わたくしも幼少のみぎり、随分と苦戦しましたもの』
『あ、ああ……』

 食事が必要になって、食卓を囲むようになって、人間としての作法を教わりながら口に運んだ食事。口に広がる珍妙な感覚に驚いていると「それは美味しいというのですよ」と微笑まれたのも懐かしい。

 あんなこともあったな、と含み笑い。瞼を閉じたその先にはあの食卓が浮かび上がり、団欒の声が耳を擽る。思い出の美しさで小腹が空いてくるというのも可笑しな話だ。ただ、本当に「美味しい」のだと知ったのはあれよりもうんと後の事だったな、とクロウは窓の外へと視線を投げた。暗い夜道が何処までも続く。不思議と、家々からの灯りが見えなくなっていた。
 ふと、バスが止まる。
 何事だろうかと前方を見るも信号は見えない。ならば停留所かと思えば扉は開かない。なんなんだ、大きく息を吐き出してすぐ右の窓から外を見て――ああ、と声を漏らした。
 そこは、滅んだはずの場所だった。
折角の夏祭りだというのに生憎の雨。酷くなるようなら中止も考えられていたそうだが、あの日は薄暗い夜の町、軒下に申し訳程度に並ぶ提灯に照らされた人と、傘の群れ。これだけの人がいるというのに、夕赤と青浅葱は一組だけを切り取って映す。

『クロウ!早く行きましょう!』
『お嬢、傘から出ないように。濡れて具合が悪くなったら……』
『今日くらいはいいでしょう?お祭りですよ、お祭り。きっと仏様も病を退けてくださいます』

 袖を引かれ、速足に進む。幾分か砕けた話し方は申し訳程度の演技だった。雨の日は人目を避けやすいから、傘を差すから見分けがつかないからとなにかに理由を付けて部屋を抜け出し、恋人の真似事をしながら祭りの人波を歩いていた。

『ねえクロウ!錦玉羹があんなに!』

 笑っていた。日に日に病に毒されやすくなってゆく身体で、それでも笑っていた。菓子を買ってほしいとねだられて、並ぶ彩り豊かな錦玉羹の内からひとつを選んで買ってやる。するとそれを自分の口へと押し付けて「美味しいですか?」と問うてきた娘の眼差しが、硝子越しで距離も遠いはずなのに、すぐ目の前に浮かび上がった。
 あの日、初めて、本当の意味で美味しいという事を知った。好きな菓子ができた。

 最期を看取らなかったことに、悔いはない。
 俺にしかできない役目のために振り返らないと決めた。
 あいつだって、それを承知の上で送り出してくれた。

 そのすべてに、筈だ、と。信じきれない心がついて回るのは何故だ。目の当たりにした光景が、こんなにも苦しくなるのは何故だ。

(――嗚呼”また”か)

 クロウは青葉を濡らす雨の中、笑い合っていた二人の姿を見て、ただ熱くなる目頭と胸の内に声を無くした。

成功 🔵​🔵​🔴​

松本・るり遥
【B】

父さんと母さん
当たり前すぎてさ
うまく思い起こせないって言ったら、薄情だって叱られっかな

写真を手元に、バスに揺れる
過ぎる景色をただ見てる
なんの変哲も無い団地のリビングが見える
ラーメン屋の残り物もあるけど、わざわざ栄養とか考えて追加で料理してくれてたんだなって
最近になってわかった
飯作るのって面倒いな

客には愛想がいいのに家では無愛想で口が悪い父さん、あんま好きじゃなかったけど
今ならわかんだけど
俺ってめっちゃ父さんに似てたのな
俺さあ友達になるほど口悪くなんの
父さん、母さんの事
ほんと好きだったんだな

来るんじゃなかった
弱い心が歯をくいしばる
座席の上で背を丸める
懺悔めいて祈ってる
ちゃんと
戦えますように



●××の言葉
 あの子はどんな大人になるのかしら。
 さあな。分からないから、なるべく傍で見ていようか。

●薄情者の愛情
 射干郵便局前停留所より、三人目。
 猟兵最後の乗客、松本・るり遥(不正解問答・f00727)は乗り込んで真っ直ぐと最後列へ。少し広いシートの真ん中に座り――座ったまま窓際に寄る。外には誰もいない。全員乗り込んだはずだ。しかしこのバスに乗っているのはるり遥ただ一人のみ。まあ、そういう怪談話はよく聞くよなぁ、と声には出さず脳裏で呟いた。
 うんと離れた前方で扉が閉まる。排気音が真後ろから聞こえて、そのまま発進。なんてことはない普通のバスと同じだ。何処に行くのかは知らないが、思い出経由のさいわい行きというなら、連れてってみろよとるり遥は薄く息を吸う。
 病院の無菌室ってこんな感じだろうか。どこもかしこも真っ白で、不気味だ。
 見回しても特に何もなく、ただ白いだけのバスの中。平常ならば音楽聞きながらスマホでもいじっていればいいかと思うところだが、一応は仕事中。敵がどこかで乗り込んでくるかもしれないからと、イヤホンは片耳だけに留めておいた。スマホの代わりに手の中には写真一枚。
 退屈だなぁ、とるり遥は視線を窓の外へと移す。街灯と建物の形が通り過ぎてくだけで、何の変化もない。

 と、思っていたのに。すべての光が暗闇に浚われて、数秒。
 出掛ける時にも見た景色がそこに広がる。

 自宅だ。いつもの家が、食卓が見える。けれどそこにいる人影だけが今と違う。父と、母と、少し前の自分。ラーメン屋の手伝いを早めに切り上げて、先に買い出しに行ってた母さんに出迎えられる自分と父。後片付けの時にタッパーに詰めてきた残り物を渡して、るり遥は自室へ、父は居間へ。母はにこにこしながら台所へ。

(ああ、そうだ)

 食卓に並ぶのはいつも、店の残り物だけじゃなかった。毎日毎日、何かしら。野菜だったり、肉だったり、育ち盛りの息子のために母は手を加えていた。あの頃はただ出された食事を食べるだけだったけれど、毎日栄養も考えて料理する面倒さを後々になって知った。
 三人で囲む食卓に、会話は少ない。テレビの音がやけに大きく聞こえて、その合間に茶碗や箸やの音。番組の内容によってはたまに母が笑って、父が好きな球団のピンチにやじめいた声援を送る。

(そうだよ、父さんと母さんは)

 苦しくなって下を向いた。ずっと見てると泣いてしまいそうだった。でもこの先を、見てみたいと顔を上げる。少し目を離した隙に、思い出が切り替わっていた。

『ねえ、あの子も来年から高校でしょう?新しい自転車くらい買ってあげましょうよ』
『いらん。そんなもの買う金は入学するために全部払っただろう』
『でも高校、少し遠いじゃない?バスを使うにしても三年も通えばそれなりのお金になるし、自転車の方が安くつくと思うのよねぇ』

 ちゃぶ台にはビールの缶が一つに余り物のチャーシュー。父が喉を鳴らして一気に半分くらいまでを飲み込むと、母が用意した有り合わせのつまみを口に運ぶ。自分の知らない、両親の会話が聞こえる。
 これは現実にあったのか、それともバスが見せる創作物なのか、るり遥に知るすべはない。それでも妙に現実味のある情景に目を逸らすことは出来なかった。夫婦の会話はあちらこちらに脱線して行く割に、学校での弁当はどうするかだの、息子の将来についてだの、大切なところからは外れない。
 こんな話を、本当にしていてくれたんだろうか。呼吸も忘れるほど父と母を注視していると後ろの半開きの襖から、首にタオルをかけた「るり遥」が欠伸をしながら部屋に入って来る。夫婦の会話が途絶え、父が渋い顔をして息子を睨む。

『るり遥、もう寝ろ』
『はいはい』
『返事は一回』
『はぁーい』

 さっきまでの会話なんてなかったように振る舞って、父は残ったビールを呷る。自分は父の顔も見ずに台所へ飲み物を漁りに向かう。ああ、だからだよ、だから思い出せなくなるんだよ、この野郎。喉から出てきそうになった自分への罵倒が、硝子越しでも父母を前にするとどうにも出なくなる。

 如何に愛されていたかを知った。それは日々の生活に隠れていたのにやっと気づけた。
 如何に愛していたかを知った。自分でも無自覚なほどに、るり遥は両親が好きだった。

 ここに来るまで、当たり前すぎて思い起こせなかったあれこれが胃液と共にせり上がる。
 来るんじゃなかった。
 流れゆく思い出は、あの日のままの優しさでるり遥に現実を突きつける。あの後どうなった?どうしてこうなった?自分にどうこうできるような問題ではなかったのだろうが、もしかしたら、駄々の一つでも捏ねていれば変わったんじゃないか?憶測が理想を作り上げては一つ一つを踏み潰していく。幾重にも枝分かれしていたはずの未来のうち、どうしてこの道を選んでしまったんだと、窓の外を睨んだ。睨んでいるのに固く結んだ唇が、下がる眉尻が、窓硝子に薄く映って吐きそうだ。
 それでもこのバスへと乗り込んだ事は、自分の意思だった。まぎれもない『るり遥』の意思での選択だった。他の誰にも譲れない心があった。思い出になってしまったあの頃の両親に、会いたいと願ったことは、

「嘘じゃ、ねぇんだ」

 勇気のない少年は、窓から離れる。震える脚を両腕で押さえつけ、握る両手で額を押さえた。誰かに叶えてほしいわけでもない。ただ、自分に言い聞かせるような弱い願いを何度も何度も、まじないのように繰り返した。
 ちゃんと、戦えますように。と。

成功 🔵​🔵​🔴​

皐月・灯
【A】

ユア(f00261)と

いいんだ。
……会いたくねーわけじゃねー。けど、いい。


とっととヤツの正体を突き止めるぞ。
さっきのコンビニで買っといた地図が役に立つぜ。
地図とバスが向かった方角とを照合して、その周辺の監視カメラを【ハッキング】するんだ。
それで大まかなルートが分かるだろ。
あとは地図から絞り込んで先回りするだけだ。

何だよ、ユア。まだ気にしてんのか。
……「どんなに姿が朧げになったとしても、大切な家族がいたという事実は揺るぎない」……お前のセリフだろ。

……オレの家族なら、またの機会を待っててくれるさ。

それに……いや、なんでもねー。





…………あんな寂しそうな顔されて、オレだけ好きにしてられっかよ。


ユア・アラマート
灯(f00069)と

喚び出したバスには乗らず、走り出したら追跡を開始
私はこれでよかったが、お前はそれでよかったのか?

予めコンビニで周辺地図を買っておき、それを見ながらの追跡
恐らく、終着地点は人気がない場所になるんじゃないか?
【第六感】も使用して灯がハッキングで得た情報と照らし合わせてルートを割り出し、【ダッシュ】と【追跡】で速力を底上げしながらバスを追う
しかし正体、な。案外あのバスそのものが邪神の腹の中なのかもしれない

いや、確かにそうは言ったが。気になるものは気になる。乙女心だよ
確かに。きっと、お前ならもっといい形で家族と再会できると私も思っているよ
けど、そうだな…

置いていかれなくてよかったよ



●????
 輝く未来へ向かい走るぼくらの後ろを、どこまでもついてくる影法師。

●見据えるべきは
 時は遡り、霜見三丁目停留所。おまじないをしたところ直ぐにやって来たバスにひとりが乗っていったのを見送り、ユア・アラマート(ブルームケージ・f00261)と皐月・灯(喪失のヴァナルガンド・f00069)は追走準備を整える。バスは決して遅くはないけれど、一般人の全力疾走に比べれば十分に速い。街灯の下で地図を広げて進行方向と道路状況を照らし合わせる。

「灯」
「なんだよ」
「私はこれでよかったが、お前はそれでよかったのか?」

 バスに乗らなくて。会いたい人の元へと運んでもらわなくて。
 灯は地図に描かれた周辺地域の道路を、ユアは道の先に消えかけているバスを追っている。心のどこかで、自分に付き合わせてしまったような、罪悪感というほどではない引っ掛かりがあった。
 暗さはなくとも惑いの見え隠れするユアの声に、灯は本心を隠さず答える。

「いいんだ。……会いたくねーわけじゃねー。けど、いい。とっととヤツの正体を突き止めるぞ」

 言うが早いか、灯は地図をしまい込み全身に魔力を巡らせた。追跡するための目と足、その双方を効率よく起動するために必要な魔力を配分。踏み締めた脚に万力のような力を籠めて、迷いなく駆け出す。
 少年の姿に安堵を覚えたユアもまた同様に術式展開。身体強化を施せば力の滾りを感じさせず、風のような軽やかさで灯の隣に並ぶ。舗装された道路を叩くヒールの音が夜道に響いた。

「他の奴らは草門東、鼓坂、日車橋、射干郵便局前にいるらしい。こっちは香散見(かざみ)駅前行きルートってやつで、俺達のいた霜見三丁目ってのは別ルート。で、今」

きゅるん、と網膜に直接投影した映像が――ハッキングした監視カメラの見つめる先が映し出される。直線と右折、二手に分かれた道にバスが現れると、ゆっくりと右へ……

「曲がった。草門東に向かう道だな。バスは一台だけで他に似たようなバスとか乗り物もない。一個一個停留所巡って客を拾ってくみてーだぜ」
「ふぅん、律儀じゃないか。まあそれだけ分かれば好都合だ。ショートカットしながら射干郵便局前を目指そう。灯、案内(ナビ)頼む」
「おう」

 バスは草門東、鼓坂にいる猟兵達を拾うために大きく迂回する。バスの速度がどの程度かにもよるが、最短距離を魔術強化した二人で走れば他の猟兵達を全員拾う頃には合流、ないしは先回りして待ち構えることができるだろうと推測した。
 故に先程バスが曲がっていった道へと入らず、二人は直進。この道は転送してきた最初の地点――日車川沿いへと抜けて、バス停のある日車橋へと最も早く辿りつける。ここならば、と、ハッキングによるバスの現在地確認も最低限に留め、最短を最高速で突っ切った。

 ふと見た横顔に、追跡の疲れとは異なる色を見つけて、灯はユアに問いかけた。

「何だよ、ユア。まだ気にしてんのか」

 毅然と振る舞っているつもりでも、まだ微かに。初対面の相手ならば気付きようのないほどの差ではあるが、幾度も死線を、日常を、共に過ごした灯だからこそ、その微細な変化に気付けたのだろう。
 灯の言葉にユアはばつが悪い表情を浮かべて、しかし彼を見ないまま言葉を返していく。

「……『どんなに姿が朧げになったとしても、大切な家族がいたという事実は揺るぎない』……お前のセリフだろ」
「いや、確かにそうは言ったが。気になるものは気になる。乙女心だよ」
「……オレの家族なら、またの機会を待っててくれるさ。それに……」

 口籠る。思い浮かべたのは今、横目に覗いた顔ではなく数十分前の。コンビニで肉まんを食べながら話した時の表情だ。

(……あんな寂しそうな顔されて、オレだけ好きにしてられっかよ)

 きっと、あのままバスに乗ってしまったら、家族とは会えたかもしれないがその代わりに彼女や、今ある絆が綻んでしまうような気さえもしていた。だから、これでいいと。バスに乗らないと決めた瞬間から、少年が追うものは過去ではなく今となっていた。
 思いの交錯する灯の沈黙の意味を知らぬまま、ユアはやんわりと鸚鵡返しに問い返す。

「それに?」
「いや、なんでもねー」
「そうか」

――置いていかれなくてよかったよ。
 ローズピンクに彩られた唇から、吐息と共に思いが零れた。言葉は灯の耳にも届いたが、必死に表情を崩さないように堪える。聞こえなかったふりをして、言葉にならない感情を振り切るように速度を上げた。

 監視カメラが少なく、バスの位置が確認しきれないまま駆け抜けた先――日車橋を渡り切った先で想定通り、否、想定よりも数秒早くバスを確認するとユアと灯は共に距離を詰めた。二人同様に追跡を行うバイクが思わぬ赤信号と通行する車の存在に気付き止まったのを見て、すれ違いざまに任せておけとアイコンタクトを飛ばす。目の前を横切っていく車さえも足場に、飛び越えて駆け抜ける二人の前で、バスが乗客を乗せて発進していった。

「夜とはいえ、結構車もいるっていうのに速いな。交通ルール守って走ってるのかな」
「いや、ガン無視だぜ。つーか、あれ、他の車とかすり抜けてるし、見えてないんじゃねーか」
「幽霊バスか。……いや、案外あのバスそのものが邪神の腹の中なのかもしれない」

 と、零した言葉に

 ゆらり。

 バスの輪郭が僅かに、だが確かに、バス以外の形を取ろうと反応していた。

「嘘だろ」
「当たりか」

 そんなつもりはなかったのだが、と口から飛び出そうになった言葉を飲み込んで、ユアは思考を巡らせる。
 バス=邪神。そう考えれば存外にこの事件は単純だ。教団員たちは噂を餌に贄を誘き寄せ、神へと直接供物を運ぶ。邪神は己を望む哀れな贄たちを腹に蓄えてただ走り続けていればいい。
 行方をくらます人が増えれば噂の信憑性に関係なく、そう、どちらへ転ぼうとも「試してみようか」と考える誰かがバス停へと訪れる。そうして、やって来たものが邪神とも知らずに乗車して、そのまま行方をくらまして繰り返し。
 もし、このまま放置したとなると贄を喰らって膨れ上がった腹を抱えて、邪神がこの世に完全な姿で顕現してしまうだろう。
 運よく、偶然とはいえ真実が見つかった。ならばこそ確実にこの場で止めねばならない。そして、今その腹の中に取り込まれた仲間たちの安否を確認しなければ――!

「ウインカー出してるな……灯、この先は?」
「時計が丘公園ってところがある。停留所もだ。香散見駅行きルートを外れるぞ。ユア」
「ああ、追い付いて、突きつけてあげよう」

 信号を超えて背後まで追い付いてきたバイクにハンドサイン、進路を伝えると二人は先に歩道へ戻る。有り難いことに進行方向上には一般人も面倒な障害物もない。思い切り、駆け抜けていける。
 真っ直ぐ、街路樹の植えられた煉瓦風の道を駆け抜けてゆけば反対側、四車線になった道の向こうに広い公園が見えた。バスはその公園入口手前のところで停まって――否、止まっていた。
 広い車道の真ん中、人も、車も、何もないその場所でバスはまるで彼らを待っていたかのようにそこにいる。形はまだバスのままだ。しかし、痙攣するような震えはエンジンをかけているからではない。明らかに生物の見せる蠢きだ。
 追い付いた追跡班たちはゆっくりと、バスに近付く。それが何かはもう理解できた。

「お前が、邪神だな」

 ユアの言葉と共に、バスが歪に揺らめく。
 今、猟兵達は神と対面する。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『かみさま』

POW   :    ここにいようよ
全身を【対象にとって最も傷つけたくないものの姿】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。
SPD   :    やくそくしよう
【指切りげんまん。絡める小指】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
WIZ   :    きみがだいすきだ
【対象が望む『理想のかみさま』の姿と思想を】【己に投影する。対象が神に望むあらゆる感情】【を受信し、敵愾心を失わせる数多の言葉】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠メドラ・メメポルドです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●来訪者
 それは、元々教団員達から与えられた形に過ぎなかった。
 喚び起こされたそれは己を神だと崇める人間たちの手により都合のいい理想を押し付けられた。万人を救うだの新世界へ導くだの幸福へと誘うだのと付け加えられた設定(もうそう)に、それらを効率よく実現するための容姿(げんそう)。

 ただ、誘う。ただ、導く、ただ、救う。

 問題があったとしたら、それにとって彼らから与えられたアイデンティティーは総て「実現可能」な願望であったということだろうか。即ち、それはまことの神であった。
 教団員達が――己を信仰し、崇拝する彼らが望む幸福の形に、そこへと導く願いの容器になる事により、ようやくこの世界に存続することを許されたそれは、望まれるが儘に姿を変えた。そうした末の完成形があのバスの姿だった。
 幸福を望む者の元へと現れ、神を信じる者だけを救う。望んだ過去に捕らえて、向かうべき未来を鎖す。

 そうだ、信じる者は皆、神の臓腑(はらわた)に堕ちるのだ。

 だが、この場で新たに付加/負荷された「邪神」というカテゴリは、教団員たちの描いた理想を変質させるには十分だった。存在の再定義によりその身は白から黒へ、形を歪め捩れさせ、苦悶を漏らす異物は姿を変える。

――あ、アぁA、AaaアぁあAああァaAAああぁァァア!!!

 それの形が、人を模してゆく。頭らしき部分には白く輝く眼がふたつに、背後に浮かぶ闇黒の後光。
 叫びがぴたりと止まれば、静寂。
 塗り潰されたそれは猟兵達へと向き直る。

『 ね え 』
『 あ そ ん で 』

 未熟な邪神が無邪気に、幼い声を発した。


※ルール※
この章では二章で選択したルートにより戦闘シチュエーションが変更されます。

【A】邪神討伐
・時間は真夜中、場所は車道、時計が丘公園前。
・「邪神」として姿を現したかみさまとの戦闘となります。
・通常の戦闘です。ユーベルコードへの対策等も考えて戦闘を行ってください。
・ユーベルコードに合わせて「誰かの姿」を記載していただくとかみさまは再現いたします。
・二章で【B】を選んだ方は参加できません。ご了承ください。

【B】過去訣別
・場所はどこか。貴方の望む場所か、バスの中。
・「会いたい人」として姿を現したかみさまとの戦闘、あるいは対話となります。
・ユーベルコードに合わせた変身はありません。会いたい人の姿のまま、貴方に語り掛けます。
・「どんな言葉を言ってほしかったか」「どう行動してほしかったか」を記載していただくと、かみさまは願った通りに動きます。当人が考えているだけでも、読み取って行動してくれます。
・二章で【A】を選んだ方、または三章から参加の方は参加できません。ご了承ください。


 ここまでお読みいただけましたら文頭にAもしくはBとお入れください。

 長くなりましたが、皆様のプレイングお待ちしております。
渦雷・ユキテル
B
バスの中

わぁ、よく似てます
だけど彼の姿で現れたんじゃ
この身体を返せませんよ
それでも思い出ごっこしましょうか
ごっこの筈だったのに
声が笑顔が懐かしい

本当のさいわいはきっと
星ほど眩しくはなくて
でも自分たちの手の届く場所にあるかもしれないって言ったら
優しく笑うのかな
手を繋ぎたかった
髪を撫でてほしかった
初恋だったの、今もまだ

あのね
成功例だった貴方には
大人達がこっそり名前を付けてた
雷の神様の名前
あの時は伝えられなかったけど
貴方には名前があったの
ユピテル

ねえお願い、名前を呼んで
あたしの今の名前
二人を分かつ為の名前を

彼を探すことはやめられないけど
昔の姿を追うのはもうおしまい
さよならを銃弾に込めて引き金をひく



●彼女の言葉
本当のさいわいはきっと星ほど眩しくはなくて、でも自分たちの手の届く場所にあるかもしれないって言ったら彼はどうするのだろう。

●Cry + 1
 夢かと思った。
 代わり映えのしないバスの中で、唯一の変化に気が付いた渦雷・ユキテル(Jupiter・f16385)は声も出せずにそれを見た。
 細い通路を挟んで反対側、自分と同じ姿の少年が姿勢を正して座っている。窓の外にいたはずの彼が、確かにここに、いる。瞬きさえも忘れたユキテルの視線に気付いた彼は、柔らかに微笑んで見つめ返してきた。髪の長さくらいの違いさえなければ鏡合わせのような光景だった。
 しかし、それが偽物だと分かっている。だって彼が自分の目の前に、同じ姿で現れるはずがないのだ。一度は歪めた表情を作り直して、笑い直す。

「わぁ、よく似てますねぇ。だけど彼の姿で現れたんじゃ、この身体を返せませんよ」

 ぱぁっと明るく花咲くように、そして意地悪く目を細めて。彼のしないような表情でユキテルは笑む。彼の表情は変わらない。同じ微笑みのままじっとユキテルの話を聞いていた。

「それでも、思い出ごっこしましょうか。目的地まではまだ遠いんでしょう?」
『そうだね。まだ先は長いし、久し振りにこうして話せるんだ』

 口を開いたそれは、彼は、同じ声色で返すと空いていたユキテルの隣の席へと座ってきた。肩がぶつかる狭い席。至近で見つめ合う事ができず、窓の方を向いた。硝子の先の闇の中、映り込んだ顔は双子のような瓜二つ。
 分かってる。これは違う。でも予行練習にはちょうどいいだろう。言い聞かせながらユキテルは過去を掘り返し、苦い思い出の中でも特に印象深く残っていたそれを語り出した。

「……覚えてますか?ほらー、いつだかの投薬実験の時の事ですよ。あなたには何の異常も出なかったけど、あたしは大熱出しちゃって」
『懐かしいなぁ。あの時きみ、半日は熱が下がらなかったっけ。こわいこわいって言って、泣きそうな顔してたね』
「えー、そんな泣きそうでしたぁ?」
『うーん、ちょっと泣いてたかな』

 ああ、その思い出(きおく)に偽りはない。
 体と薬が合わなかったのだろう、内側から炙られているようなじっとりとした熱さと、指先から熱が抜けて冷えていく感覚に魘されたその時の感覚が蘇る。要らない実験動物は廃棄されるし、このまま燃えて冷えて死んでしまうかもしれないと思うと急に恐ろしくなって掴んだ服の端に、やんわりとしたぬくもりを感じたことも。
 ユキテルは言葉を交わしながら懸命に眼前の存在を否定する。これは、彼ではないと。そのはずなのに胸が苦しくなっていく。本当にここにいてくれるような気がして、本当に、あの日に戻ってしまったような感覚にさえ陥って。
 同じなんだ、と。本物ではなくとも、薄れるはずのない思い出の中の彼と同じ声で、同じ微笑みで、ユキテルの言葉へ反応してくるそれに対して警戒心が解けていく。
 そのうえ、この偽物はというと彼と同じ笑顔で手を伸ばしてくるのだ。

『覚えてる?あの時もこうして手を繋いでさ、大丈夫だよって僕が言ったら、きみったらぐしゃぐしゃのままの顔で笑って……』

 ああ。
 笑みで固めた仮面が削がれていく。そこから先の声が聞こえなくなる。触れてきた彼の指先は不思議と温度を感じないし、触れているのかさえもよくわからない。それでもユキテルの目には確かに手を取って、握って、包んでくれる彼の手が見えていた。
 そうして欲しいと積み重ねていた願いの一つが叶ってしまうと、奥底から新たな願望が湧き上がってきた。
 例えば、そのままもっと手を伸ばして頭を撫でてほしいだとか、その綺麗に輝くピンク色に自分だけを映してほしいだとか、声の一つ一つ、言葉のひとつひとつを注いで欲しいだとか。

(初恋だったの)

 今も未だ、想いが枯れぬほどに。
 息とともに詰まった言葉を、色のないまま吐き出した。今、この彼へと告げてはならない言葉を、飲み干す代わりに話題を変える。予行練習だ、何度も言い聞かせてかき混ぜられた思考に凪を呼んだ。
 握り返した指先、自分の爪だけに塗られたマニキュアが艶やかに光を反射する。

「……あのね。成功例だった貴方には、大人達がこっそり名前を付けてたんだよ。あの時は伝えられなかったけど、貴方には名前があったの」

 ユピテル。それが、大人達が彼へと与えた数字以外の名前。
 雷の神、天空の神、ローマ神話に出てくる神様の名前だということは、あの場所から離れて漸く知った。彼の為に与えられた記号の意味は、何とも壮大。

『ユピテル。っはは、変なの。今更違う名前だなんて』
「ですよね。でも、これがあなたの名前なんですよ」
『……大人たちが勝手につけた名前なんて、いらないよ』

 その一言だけ、異様に冷たく吐き捨てられた。彼とは思えないような、彼のような曖昧さの中で、揺れる憎しみ。移ろいが消えれば彼はユキテルの顔を覗き込んで、包んだままの両手にやわく力を込めた。

『ねえ、一緒に逃げよう。大人たちの手が届かないところまで』

 このバスに乗っていたらいけるのだと語る顔は子供じみていて、夢物語を語るよう。しかし、懐かしさと同時に確信する。これは、間違いなく、彼の言葉ではないのだと。
 これはこの何かの言葉だ。自分を惑わし、連れ去るための方便だ。理解すれば感情は僅かに理性を取り込んで、冷静に眼前の「何か」を捉える。揺れる金に混じる白い髪、今にも中身がなくなりそうなピンクレモネードの瞳。彼と何かの混ざったそれは、それでも彼と同じ微笑みを浮かべてくる。
 教えてあげないといけない。
 ユキテルが嬉々と語るそれの指先をぎゅっと握った。

『僕達だけのネバーランドを探しに行くんだ。みんなみんな一緒に、そしたら』
「ごめんなさい」

 拒絶。

「あなたは、彼じゃないから。あたしは、探しに行かなきゃ」
『……そっか』

 ユキテルの言葉にそれは目を見開いた。直ぐ様柔らかに目蓋を落すと、分かっていたと言いたげに声を落す。
 離れる指先、繋いでいてはならないとすり抜けていく互いの手、最後の最後まで絡めて零さぬようにと引っ掛けたのはユキテルの方だった。

「ねえお願い、名前を呼んで」

 少女は懇願する。

「あたしの、今の、名前」

 二人を分かつ為の名前を、どうか。
 縋るような声で彼へと冀う。彼の笑顔が、酷く寂しそうな色をしていた。

『――うん、わかったよ』

 きっとあの日分け合ったクッキー一枚分の絶望だ。同じ苦さをしているから、そんな顔をして笑えたのだろう。

 昔の姿を追うのはもうおしまい。

 ユキテルは銃を抜いた。手を離したかわりにグリップを丁寧に握り込み、引き金に人差し指指をかける。定まらない照準を必死に合わせようと力を籠めて、それでもうまく捉えられない。どうしてだろう、偽物だと分かっていても、違うと分かっていても、勝手に世界は滲んで。
 震える銃身に、彼の指先が触れた。丁寧に、ユキテルの手からは剥がれてゆかないように引き寄せれば、胸の中心を少し外れたその場所へ。辿っていった桃色の視線が重なり合うと、彼は、「彼女」の願いを叶えるべく、望まれた微笑みで送る。

『――おめでとう、ユキテル』
「――さようなら、    」

 雫、一滴。
床に落ちる刹那に重なる銃声は、偽物の彼を撃ち抜いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

暗峠・マナコ
B/捏造歓迎

貴方は窓辺でお花さんに話をする
一面の草原、一面の砂漠、一面の海
「何もない」を見るだけの旅の話

私はそれを眺めるだけで良い筈なのに、貴方は私に声をかける

いえいえ「ずっと此処にいる」だなんて約束は結構です
貴方は旅人
旅をしなければただの自宅警備員とやらです

それにほら、私は単なる流体生物
貴方と契る小指はありませんから
そうですね、そこまで信じて良いと言うのなら

約束の代わりに貴方の小指を頂きましょう

【レプリカクラフト】の歪なナイフで
貴方の小指を、嘘をつく喉を、旅に出る足を

ご安心くださいお花さん
このキレイじゃない人は偽物です

どれだけ引き止めようとも縋ろうとも
旅をしない貴方ほど不要なものは無いのです



●……〆
 白い壁を切り取る、いくつもの額縁と風景画。規則性もなく飾られたそれらの中にひとつだけ、本物の風景がありました。穏やかな春風の吹き込む窓辺で白いレェスのカーテンが躍り、壁の彼方と此方に広がる世界は繋がっていると教えてくれる。
 ここはあの部屋。あの物置小屋。
 不思議と小奇麗に整えられてはいるけれど、そうだと、あの場所だと思ってしまうのは何故なのでしょう。嗚呼きっと、貴方達がいるからなのでしょうね。

 彼方と此方の境界線、窓辺に佇むキレイなあの子。
 窓の此方側、あの子へ近づき微笑んだ旅人の貴方。

 そして私は――そんな貴方達を少し離れた場所から見ている。小さな椅子に腰かけて、あの子と貴方が語らい合うのをじっと見ているのです。

『やあ、窓辺の君。今日はどんな話をしようかな』

 素朴な花瓶に挿されたあの子に、貴方は帽子のつばを押し上げて会釈。白い前髪がはらりと零れて、それを整えてから帽子を直す貴方はあの子のすぐ近くまで丸椅子を引っ張って来て、壁を背凭れに座り足を組む。そうして始まる貴方とお花さんの大切な時間。

『そうだね、今日のような温かく、風の強い日の事を話そうか。どのあたりに行った時だったかな、それは素晴らしい草原があったんだ。何処まで見渡しても背の低い、名前も思い出せない草しかない。花の一輪も咲いていない、まさに草原。ただ一面に緑が萌えて、西風が撫でるたびにさやさやと囀って、土と草とが高くまで薫る。ああ、あれはとてもよかった』

 貴方は語る。詩人が愛を歌うかのように。

『ああそうだ、君。砂漠というのは知っているかな?知るはずもないか、あそこに咲ける花は数少ない。日が昇ったなら焦熱地獄、陽が沈んだなら氷結地獄、勇気を持って踏み出したとしても一歩間違えば蟻地獄……恐ろしいかい?だがそれがいい。熱砂の果てに映る町並みが蜃気楼でも構わないのさ』

 あの子は黙す。貴方の声を取り零さぬように。

『そうだ、人魚に愛された海は特別美しいのだそうだよ。朝の海は光浴びた空の碧、夜の海は光抱いた深い蒼、空との境目さえも消える程に水平線は遠く、波に呑まれて沈んでゆけば楽園は近く。そんな海に行ってみたいものだが、私が渡ったのはただの凪いだ海でね、人魚などいそうにもなかったが、小舟さえも揺り籠へ変えてしまう母なる愛はあっただろうね。ああ、あの時はとても、とても静かだった』

 私は見つめる。古い映画を一人思い返すように。

 そう、貴方の旅は多くのキレイなものに溢れている。それなのに「何もない」を見るだけと、そう語るのは何故なのでしょう。
 貴方の見た一面の草原に、砂漠に、海に、貴方は何もないとそう言うのでしょうか。こんなにも楽しげに語る貴方には、何もないことと同じなのでしょうか。ならば、どうして、お花さんへとその「何もない」を汲んでは注いでいるのでしょうか。
 問いかけたところで返事などあるはずもなく、私はあの子と同じよう、大人しく観客に徹して――

『ああ、君は、そこの美しい洋墨色の君はどう思うかい?』

 ええ、観客に徹していようと考えた直ぐ後に、こんな風に突然話しかけてこられたら誰だって驚きます。ええそうですとも、映画の登場人物が画面の向こうに語り掛けるのとは訳が違います。なのではっきりとお断りすることにしました。

「――私は観客、貴方達のお邪魔はしませんよ」
『そう言わないで。感想は一つでも多い方がいいものだ』
「まあ、そう」

 手招かれて私は仕方なく、少しだけ椅子を近づけました。いつの間にか、貴方と私の間には白いテーブルがひとつ増えていて、黒と白のギンガムチェックが可愛らしいテーブルクロスが掛けられていました。

「それで、何のお話でした?」
『ああ、旅の話さ。――なあ、君。君はどんなものが好きかい?』
「私?私は……キレイなものが好きですよ」

 揃いのカップが増えたところで、ほんの少しだけ語り合いました。
 私の見つけた「キレイ」の話、貴方の見つけた「いい」ものの話。貴方の教えてくれた通りだったんですよ、とは言わずに、ただお互いの見てきたものを語り合うだけのお茶会。カップの中の、いつまでもなくならない紅茶を飲みながら、同じようで異なる価値観を持つ貴方と私の世界を同じ地平に並べて飾り、見比べる。それが、どうにも楽しく感じてしまったのは、今日一番悔しいところ。

『ああでも、そろそろ腰を落ち着けてゆっくりと……そうだな、今のように。温かい紅茶でも飲みながら思い出に耽るというのもいいと、そう思わないかい?』
「ええ、紅茶の色は産地によって随分変わって、とてもキレイですからね。たまにはいいと思いますよ」
『たまに、ではないさ。もうこの先ずっと。ここを終の棲家にするという意味でだ』
「其れは駄目ですよ。旅をしない貴方ほど不要なものは無いのですから」
『手厳しいな、もう少し甘やかしてくれてもいいんじゃないかな』

 駄目ですよ。と遮ればわざとらしく肩を落として残念がる貴方。分かっていますよ、貴方はキレイじゃない。お花さんを待たせている誰かさんとは別の、都合のいい何かなのでしょう。
 だから、言葉の端々に蛇の甘言が混ざるのです。知恵の実に手を伸ばせと促してくるのです。

『君と一緒に、もっといろんな世界の、キレイなものの話がしていたいんだけどな』
「ならば先に、ネタ集めに奔走してください。貴方は旅人。旅をしなければただの自宅警備員とやらです」

 貴方をじっと見据えました。噫、貴方ときたらどうしてそんなにもキレイじゃない表情を浮かべるのでしょう。そんな顔をされても、私も、お花さんも、何も変わりはしないというのに。
 貴方のカップから紅茶が消える頃、私達の周囲から世界が崩れていきました。壁も、床も、噛み砕かれたキャンディーのようにぱきんと割れて消えていって、残るのは私と貴方と、小さな窓。花瓶の中の小さなあの子だけ。
 貴方の唇から深い深いため息が漏れて、静寂の中に沈んでいきました。

『なあ、キレイな君』
「なんでしょう、キレイでない貴方」
『本物の私にあった時には、さっきのあの言葉、ちゃんと伝えておくれ』
「あら、貴方、自分が違うという自覚が?」
『君のお陰でね』

 貴方は、貴方ではない貴方は、寂しそうに微笑みました。

『私は望まれて此処にあるもので、望まれて消えゆくものさ。君がその手で、というならば別に其れでも構わないが』
「ええ、今すぐナイフを取り出して貴方の小指を、嘘をつく喉を、旅に出る足を、切り取ってしまってもいいのですよ」

 本当なら、レプリカクラフトでナイフをひとつ作り上げて、貴方の小指を頂こうと思ったのですよ。変な約束でも取り付けようとしたのなら、ですが。
 私は単なる流体生物、契る小指などありません。なので代わりにちょいっと切ってしまってもいいのではないかと思ったんです。

『見た目以上に凶悪だね、君は』

 失礼ですね。
 私は頬を膨らせて付け加えました。――別段、貴方を攻撃する必要もないのでしょう?と。望めばそう在る、貴方の言葉の通りだというのならば、貴方を倒す方法はもっと単純で、容易いもの。不必要な暴力でねじ伏せるなんて、キレイじゃないことはしたくありませんから。
 気付いたのです。こうして巡らせている思考の一つ一つも貴方は読み取ってしまっていることを。

『ご名答。ならばもう、私を別つ言葉も気付いているのだろう?』
「そうですね、では」

 呼吸、一度。

「さようなら、貴方。貴方はキレイじゃなかったけど、貴方のお話はちょっとだけキレイでしたよ」
『さようなら、洋墨色の君。次、どこかで会えるのならばその時は私の話をまた聞いておくれ』

 この世で一番脆い貴方はたったそれだけの言葉で、ひっくり返ったパズルのように真っ白な世界へ消えていきました。最後の最後まで、貴方が誰かを聞く事はありませんでしたが、きっとこれでいいのでしょう。
 これで、見知らぬ貴方と私のお話は、ひとまずおしまい。

●誰かの為の冒険譚
 暗峠・マナコ(トコヤミヒトツ・f04241)はその物語の最期をしたためる。何者かによる奇妙なバスツアーも、きっと語られることはなくなるだろう。

「ああでも、私は覚えていますよ。このお話を」

 その手には造花一輪、消えていったそれに手向ける事もなく、マナコは白く浸食していく世界に融けていく。次に目を開けたなら、そこはいつもの「キレイ」な世界。

大成功 🔵​🔵​🔵​

庚・鞠緒
B

会いたい人はもちろんお父さんお母さん
だけどなんて言って欲しいんだろうなウチは
今の自分を褒めてもらいたいのか
八つ当たりみたいに猟兵やって殺しまくってンのを叱ってほしいのか
どっちでもねェか

それにさ、どっちにもずっと迷惑かけっぱなしだったんだ
望み通りのことなんて、ずっとやってくれてた
だから今更もういいよ

一応、感謝しとく
まだ両親の姿も声もちゃんと憶えてる、それがわかった
人間やめちまったような体でも、まだウチは庚鞠緒だ

だからもうそんな姿取らなくてもいい
まだ続けるってンなら…終わらせてやる
「Needled 24/7」発動
目の前にいるのが何なのか、考える事を捨てる
やっつけてお終いにするんだ
ウチは猟兵だから



●彼女の言葉
 普通の人間を辞めてしまったとしても、貴方達の娘であることを誇っていたいから。

●魂の在り処
 いつの間にこんな場所に来たのだろうか。庚・鞠緒(喰らい尽くす供物・f12172)は木漏れ日あたたかな緑の陰に一人座って空を眺めていた。変化の激しい現状に脳の処理が追い付いていない。
 何をしに、来ていたのだったか。何かを探しに来ていたような、何かを壊しに来ていたような。どうにも感覚が虚ろだ。
 どうして、ウチは。

『まぁちゃん、どうしたの?折角のピクニックなのに』
『久し振りに家族そろっての外出だからな、気が抜けてるんだろう』

 呼ばれて、声のした方を見る。父と母が、こちらへ笑みを向けていた。ふと見降ろした先にはビニールシート、父の手にはお茶を入れてきた魔法瓶、母の手には弁当箱。
 ああ、そうだ。朝早く起きて一緒に作ったんだったと鞠緒がぼんやりと脳内の整理を始める。少し離れた場所には芝桜が色鮮やかに敷き詰められていた。最後の入院が長引いて桜を見に行けなかったから、代わりにどうだと父が提案して今日はここまでやって来たんだ、そうだったはずだと思い込む。

――思い込む?

 何故そう考えたのか、自分で理解できていない。ただ鞠緒は目の前で楽しそうに話し合う両親の姿を見つめていた。こんなに自然に、こんなにも楽しそうに笑っている二人の姿を鞠緒は覚えていない。憶えていたのはベッドの上、寝そべったままで見ていた笑顔。いつだってどこか必死に作っているような笑顔を見ていたものだから、目の前の自然さに違和感が残ってしまって。

『お、今日の弁当は豪華だなぁ!早速いただくとするか』
『どうぞ召し上がれ。ねえあなた、この卵焼きまぁちゃんが作ったのよ』
『へぇ、上手じゃないか。退院したてとは思えないな。すごいぞ鞠緒』

 父が大きな手で、鞠緒の頭を撫でた。その心地よさが鞠緒に真実を思い出させる。
 違う。これは、現実ではないと。
 否定と共にここに至るまでの全てを引きずり出した鞠緒は視線を落とし、ぎゅっとスカートを握り締める。会いたいと思っていた。もう一度会えたら、と思っていた。でも会える場所にはいて欲しくなかった。会いに行きたいと願って会いに行ける場所には、どこかにはいて欲しくなかった。二律背反を抱え込んで父母の声を聴く。

『鞠緒、どうした?もう反抗期になったのか?』
『ふふふ、まぁちゃんったら照れちゃったのかしら?大丈夫よ、味は母さんが保証するから』
『鞠緒、卵焼き美味しかったぞ。お前なら母さんみたいないいお嫁さんになれるな』
『もう、あなたったら』

 自然な日常がここにある。その不自然さに気付いてしまったからこそ苦しくなる。
鞠緒の中を巡る血液が鞠緒に教えてくれた。目の前で父母の形を取るそれは、かつて喰らったものと同等の存在。異端の神々であり、人を破滅へと追いやる化け物ども。倒さねばならない敵だ。模倣した姿は鞠緒の心を覗き込んだが故に正確なのだろう。外界より喚び出された神々ならばこの程度のことくらいできると知っていた。
 ああ、だからこそ。
 ちゃんと憶えていられたんだと。父母の声も、姿も、ちょっとした癖や笑い方も、自分はまだ憶えていられたんだと安堵した。憶えていられるのなら、突きつけなければならない。心を奮い立たせて、口を動かす。声を捻り出す。

「違う。あんたらと一緒には、いられない」

 震えたままの手がスカートを離さない。顔を上げられない。
 心のどこかで拒絶することを恐れている自分がいた。もしかしたら、ここで二人を拒んでしまったら本当に二度と会えなくなってしまうような、姿を見せてくれなくなってしまいそうな予感がしていた。
 父の、母の声に戸惑いが混じる。

『鞠緒……どうしたんだ?いられないって、もう病院にもいかなくていいんだぞ?ずっと家族一緒に暮らせるんだ』
『そうよまぁちゃん。神様は願いを叶えてくれたの。これからは一緒にいられるのよ』
「違うよ」

 それでも否定しなければならなかった。

「父さんも、母さんも、ウチの中にいる。だから、だからさ、そんなこと言わないでよ」

――ここにいないなんて、言わないでよ。
 鞠緒の悲痛な叫びは二人の動きを止めた。この思考を願いと呼ぶには悍ましく、呪いと呼ぶには崇高すぎる。血の繋がりという文字通りその身体の中に在るものに寄り縋っては、見えない何かに幻想を期待する行為を何と呼べばいいだろうか。
 鞠緒は今にも泣きだしそうな声で、けれど決意に満ちた眼差しで、鞠緒は両親の姿をしたそれを見据えた。

「いいよ、もういいんだ。どっちにもずっと迷惑かけっぱなしだったんだ。望み通りのことなんて、ずっとやってくれてた。だから今更もういいよ」

 欲しい言葉があった。八つ当たりのように敵を殺す自分を叱ってほしいのか、それとも結果としては世のため人の為に戦っている自分を褒めて欲しいのか。分からないまま此処まで来たけれど漸く答えが見つかった。
 きっと言ってほしかったんじゃない。言いたかったんだ。
 ごめんねと言いたかった、大好きだと言いたかった、さよならと言いたかった。二人が目の前にいたときに伝えられなかったいろんな言葉が我先にと喉元につっかえていく。
 だけど、一番言いたかった言葉は。

「ありがとう」

 もうそんな姿を取らなくていいよ、と鞠緒が弱く微笑めば、父母の姿は歪む。寂しそうに、けれど誇らしげに。父と母を模しているそれは笑みを浮かべた。

『ありがとう、まぁちゃん』
『身体に気を付けてな』

 最後まで、父母であるかのように振る舞って、溶けていく。同時に花畑も消えた。世界は新たに組み上がり、いつの間にか長い白い廊下の真ん中に鞠緒は立っていた。覚えている。
 ここは昔、よく入院していた病院だ。幼いころから何度も通った場所だ。こんな場所に何が、と振り返った鞠緒の背後にそれがいた。
自分自身の形を作れぬそれは、彼女の望まぬ父母の姿の代わりに取り込んだ記憶の中から父母以外の容姿――かつての鞠緒の姿を模倣する。

「次はウチの姿か。あんた、物真似がよっぽど好きなんだな」
『あたしにあたしのかたちはないよ。だからかりたの。ふまん?』
「まあ、いいとは言えないけどさ」

 点滴スタンドを片手に握った少女の姿は色なく鞠緒を見つめる。幼い鞠緒の形をしたそれは不思議そうに首を傾げるだけで何もしてこない。しかし念には念を、鉤爪はいつでも出せるように警戒しつつそれに話しかける。
 
「で、どうする?ウチは猟兵だ。あんたを殺そうと思えばいつでも殺せるんだぜ」
『あたしはのぞまれたことだけをするよ』
「……へえ、なら消えろって言えば消える?」
『それが、あたしだからね』

 淡々と返してくる言葉は今の自分よりも幾分か高い声色で、感情ひとつ見せずに己の弱点をもひけらかす。神の在り方は様々ではあるが、これのなんとも頼りないこと。己の中の邪神のざわめきを沈めて、鞠緒は少女の形を取るそれへと文字通り別れを告げる。

「なら、さよなら。あんたはもうどこにもいないよ」

 邪神のせいで、こうなった。喰われた家族を奪い返すように喰い返したこの身はただの人間とは言い難い。けれど両親のお陰で、こうあれる。化け物に堕ちずにいられたのは、この身が彼らの愛によって成し上げられ、彼らの愛により守られているからなのだと。
 もう、身体も力も弱かったあの頃とは何もかもが違う。違うけれど、彼女が「庚・鞠緒」で在り続けているのは、きっとそうだからだ。
 故に、その言葉は弱い自分への決別の意味も含めていた。

「……一応、あんたにも感謝しとく。父さんと母さんの姿を見られたのは、まあ、その、嬉しかったし、色々すっきりしたから」
『――そっか』

 光に侵食されて消えていく風景に、黒い髪が靡いた。声色を変えたそれは、血の気のない肌にぽっかりと浮かぶ、白む朝焼けにも似た眸を見開く。

『それは、よかった』

 鞠緒の姿を眩しそうに見つめたそれは望まれるが儘に光に融けた。
間もなく、鞠緒自身の身体も光に包まれる。無へと落ち行く世界の中で、小さく、鞠緒は呟いた。己の中に在ると信じた彼らへと、ただ祈りを込めて。

「かえろう、父さん、母さん」

成功 🔵​🔵​🔴​

杜鬼・クロウ

アドリブ捏造歓迎
お嬢と対峙

偽物だと解ってる(筈なのに

その顔で、その声で、喋るなよ…(笑いかけるな
やめろ
今更…
俺は過去を、悔いてない
例え俺の弱さがもたらした結果でも
最期を見届けなかったのは俺の意思だ(揺らぐ
俺が人の器を得たのは成すべき事を果たす為

時折、カイト(対の鏡)にお嬢の面影が重なる
…どうして、残したんだ
アイツの執着はアイツ自身のモノなのか
それともお嬢…あなたの、

恋は奇跡
愛はまやかし

大粒の涙が止まず(目隠す
UC封殺され
玄夜叉で己の柵を焔の剣で自ら断ち切るも其れは幻
人ならざる者がまるで人のように溺れるこの感情…激情は己の根底を崩す

筈だ、はもう終いに…、
答えは壊れた花瓶に花を挿し振り返らず去る



●彼の言葉
 答えは壊れた花瓶に花を挿し振り返らず去る。
 ただ一輪、唯一の花を。

●縁は絶えぬ
 杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)はこの空間が偽物であると理解していた。
 長閑な昼下がり、穏やかな春の陽光に照らされる庭と縁側。瞬きの合間に塗り替わった現実を正しく把握しているにもかかわらず、身動きは取れない。

(判っている)

 静寂と呼ぶにはいささか騒がしく、かといって人混みのような喧しさはない。どこかの樹に留まっている鳥が囀り、麗らかな午後の光に花を添えて、空は青く雲も疎ら。視界の先には山々が常磐に萌えている。微風は緩やかに髪を撫で、幼子をあやすように微睡みを促す。

(偽物だと解っている)

 筈だ。
 だというのに、その両目は一点を見据えて揺るがない。夕陽の赤が、薄暮の青が、庭に佇む娘の姿を捉えて離さない。
 艶やかな黒髪を纏め上げ、簪二本。洗濯物を干し終えて、今は花に水を遣っている。襷をかけた絣の着物姿に臙脂の帯がよく映える。凝視していたせいだろう、彼女がクロウの視線に気が付いて振り返る。

『クロウ!』

 笑って、大した距離でもないのに大きく手を振っている。どんなに大きくなっても子供の頃から変わらない彼女の姿にクロウの心は揺れていた。
 これは偽者だ、ここは偽物だ。言い聞かせようとすればするだけ対象を強く認識してしまうのが人間というものだ。同じ姿をしていればこそ、同じ声で語りかけてくるからこそ、まやかしを真っ向から受け止めてしまう。

(やめろ)

 砂埃を払って彼女が近寄って来る。その顔で、その声で、喋るなよ、笑いかけてくるなと、叫びたいはずなのに声が出てこない。すぐ目の前までやって来ても何を話せばいいのか、どんな言葉から始めればいいのかに悩んで身動きが取れず、陸に上がった魚のように口を開けては閉めて。

『ああ、喉が渇いたのですか?お待ちくださいませ』
「あ」

 草履を揃えて脱いだかと思えば小走りに廊下の角へと消えていく。彼女の姿が見えなくなって漸くクロウは言葉の紡ぎ方を思い出した。
 間違いなく、彼女だった。何一つ変わらずそこに、かつて過ごした平凡な日々の延長線上にいるような心地の中、酷似しながらもこれは違うのだと脳が警鐘を鳴らす。
 陽射しが暑い。じりじりと焼くように後頭部を熱していく。額から頬を伝って顎先から流れて落ちる汗を肌の感触だけが追う。
 過去を悔いてないと、クロウ自身は考えている。為すべきことを果たすために人間の器を得たと信じていたし、己の弱さがもたらした結果でも、最期を見届けなかったのは己の意思であったと。

 それでも、どうしても。

 お待たせしました、と彼女が戻ってくる。盆の上には小さく切った西瓜を乗せた皿と湯呑が二つ。クロウの隣にそれらを置いたなら盆を挟んで彼女も座り、西瓜を一つ手に取った。真似るようにもう片方の西瓜を取って齧り付くと、瑞々しい果肉の食感の合間に硬い種が割って入る。ぷっと庭へと吐き出せば隣でくすくすと微笑む彼女。

『そういえばクロウ、もうすぐ祭りの季節になりますよ』

 山間には入道雲が立ち込めて、鳥の囀りが蝉の声に変わっていく。

『今度はあの子も連れて行きましょう。留守番ばかりでは退屈でしょうから』

 喜んでくれると良いのですが、はにかみながら西瓜を小さく齧る彼女の横顔をクロウは眺めていた。
 あの子、というのはきっと片割れの、彼女が持っているはずのもう一つの鏡のことだろう。クロウと同じく人間の器を得た、人の関係でいうならば弟といったところか。所有者に影響されたのか顔立ちはよく似ている。性格もどことなく似通った部分があるのだが、あの執着だけはよく分からないままだ。

(あれは、アイツ自身の感情なのか。それとも……)

 人ならざる者が人同様に感情の渦に溺れるなど、最初は想像もつかなかった。しかし、自分も弟も本質は鏡、覗き込むものを写し取る事が役割だ。故に、揺らぐ。もしかしたら彼女の根底にある何かを、弟が写し取っていたのではないかと。或いは写し取らせたうえで遺して逝ったのではないかと。
 その答えを知るものは此処にいない。これに問うても返ってこない。解っているからこそ、クロウは己の懊悩を飲み込み、話を合わせた。

「……お嬢。行くのはいいですが、病みやすいのですから天候には気を付けてなければ」
『まあ、何時の事を言っているのですか?』

 山間が赤く燃えて、彼女の頬もまた同様に。最期は頬紅で誤魔化さなければならなかったはずなのに、今の彼女は肌の艶も血の気も良く。まるで人間の器を持たなかった頃の、幼いあの日に出逢った彼女のようで。

『もうすべては終わったのです。私も、雨程度では床に臥せったりしませんよ』

 無邪気に目を細めた。
 たったそれだけだ。それだけでクロウの奥底に何かが落ちた。眼前のすべてを否定しえるだけの材料が、他のどれでもなく、たった今の微笑みだけで出揃ってしまった。
――これは、俺が望んだだけの世界だ、と。

『?……クロウ、どうしたのですか?』
「行かないと」

 立ち上がる。
 木々から葉が落ち、低く重たい雲が空を隠す。

「俺には、やらなければならないことがあるんです。お嬢」

 見つめる。
 言の葉もまた重く、二人の間を抜けてゆく風が只管に冷たかった。

『……そう、ですか。はい、わかりました』

 二度目の別れ。あの日と同じ決断。後悔はある、今も未だここに残りたいと切に願ってしまう。しかし、それではいけない。答えを決めてしまった以上、己に出来る事は一つだけだ。
 彼女の姿をしたそれが素直に頷いて、あの日と同じ表情を浮かべる。そのまま互いが思い出の中に消えていって、あったかもしれない幸せを夢想して、最後の最後に傍にいられないことを悔やむ代わりに、散り際の弱り果てた姿を見ない事に安堵する。幸福に満ちていると願う事しかできない、そんな未来を歩むことを互いに理解していた。

(そうだ、俺の意思で、往かねばならないんだ)

 深々と庭に降り積もる雪に視線を落とす。ああ、別れのあの日はどんな空だっただろうか。己の中をうねる激情を懸命に抑え、皺の寄る眉根を見せないようにと彼女へと背を向けた。彼女が受け入れたというのなら、後は同じだ。クロウは庭へと降り、母屋から離れ――去り行こうとしたところで袖を引かれた。

『クロウ、行くのならばどうか、約束してください』

 振り返れば彼女が、摘まんだ袖から手を放して片手を差し出してきた。ゆるく握った掌から小指だけを伸ばし、彼女の真っ直ぐな眼差しが決意を削ごうとする。
 何を、今更約束するというのだと両の目で訴えれば眉尻を下げて彼女は笑う。これから願うそれの為に。

『どうか振り返らずに。そして、笑って?あなたの幸せを、これからももっとたくさん見つけてくださいな』
「…………っ」

 それがこの偽者の望みなのか、或いは彼女がいつか願っていた望みなのか。
 戸惑いながらも小指を絡め合う。子供の頃のようにゆびきりげんまんを謡って、嘘をついたら針千本。懸命に笑みを作って見せれば、するりと離れてゆく小指。

「ああ、それだけは守って見せよう」
『――ありがとう!』

 大輪の如く咲き零れ、桜花の如く散りゆく彼女の姿をクロウは一欠片として逃さず見送った。その目から流れた大粒は薄れゆく世界を映しこんで頬から落ち、次第に強くなる雪は屋敷も、庭も、何もかもを覆い尽くした。

(きっと――きっと貴女が、俺の最初の幸福だった)

 胸の痛みは決してまやかしではなく、彼女と出会えた奇跡は書き換えられることなき事実。だからこそ、己の生んだ虚像であっても、望まれた約束を違えたくはなかった。鈍く己を苛むものを抱えたまま、クロウはひとり真白の大地を歩く。もう振り返らない、振り返れない。帰り道を塞ぐように柔らかく雪は積もり、足跡は薄れて消えていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

松本・るり遥
B

対面したら
なんかやっぱ
ダメだった



言葉が奔流する

多分、多分絶対、わかってんだ、俺間違ってる事してるんだ、ずっと目ばっか逸らしてる
父さん母さんだったらどうした?あの時俺が肉の塊に成り果ててたら
ちゃんと捨ててくれたか
逃げてくれたか
息子じゃないって言ってくれたか

それとも俺と同じように
目を逸らしてくれるのかな

どんな答えを貰っても
本当は分かってる
俺は、あなたたちを諦めなきゃいけない事

ごめん
親不孝だ
何も安心もさせられないと思う
まだクソガキだよ俺

背中を押して欲しい

『ダセェなあ』
ひきつる喉で
あなたたちを否定することを恐怖しながら否定する
存在しちゃいけねえんだよ
もうさ、俺達
家族は

頑張る
頑張って生きるよ
畜生ぉぉ



●帰路
「……り遥、るり遥」

 松本・るり遥(サイレン・f00727)は自分の名を呼ぶ低い声に意識を引き戻される。気が付けばそこは家族で経営しているラーメン屋の厨房、るり遥はカウンター席を見つめたままぼんやりと立ち尽くしていた。
 声のした方を見れば、父が不機嫌そうな仏頂面をこちらに向けている。

「何してる。もう店じまいだぞ。洗い物が終わったんなら着替えてこい」

 父は余り物を、見た目から想像できない丁寧さでタッパーへと詰め込んでいる最中だった。ああ、そっか。もうそんな時間か。感覚が引き戻されたるり遥は握っていたスポンジの水を切り、丼や小皿を拭いて裏方に引っ込む。着替えると言っても店用のエプロンを脱いで、サブバッグに突っ込まれたブレザーとネクタイを取ってくるだけだ。
 荷物を手に戻ってくると父が帰り支度を終わらせて、のれんを定位置に置いていた。早くしろ、と急かされて店を出る。るり遥の目に、ひと際眩しい夕陽の赤が揺らめく。
 春も終わりに近づいて、随分と陽が高くなっていた。閉店時間が早くなったというのもあるが、こうして店を出て一番に夕焼け空を見るというのは新鮮な気分だ。
 山吹色した太陽が山桃色に熟れた空に沈んでいく。焼け焦げた建物のシルエットが影絵のように空に貼り付いて、作り物のような美しさで暮れていく。

「どうしたるり遥。行くぞ」
「あっ」

 るり遥が景色に見惚れている間に、父は施錠を終えて荷物を纏めて自転車に括りつけていた。慌てて手に持ったままだった鞄を肩に引っ掛けたら、るり遥は夕陽に背を向けて自転車を押す父の背中を追いかけた。

「今行くよ」

■■□■□■■□■■■■□■

「ただいま」
「ただいまぁ」
「ああ、おかえりなさい。もうすぐご飯炊けるわよ」

 父に続いてるり遥が家に入ると台所から母が顔を出す。前髪が下りている辺り、調理はあらかた終わって洗い物をしているところだったのだろう。年の割には若く見える穏やかな笑顔で夫が持ち帰った店の余り物を受け取っている。
 言われる前に脱いだ靴を揃えて、煮込んでいるものの匂いで何かは想像がついたが問いかけた。

「母さん、今日なに?」
「カレー。明日は町内会の集まりがあるから母さん出てくるでしょ?」
「えー、あと三日はカレーじゃん」
「明後日は味付け変えてカレーうどんにするからいいでしょ?」

 別にカレーが嫌いというわけではないけれど、これからの季節は毎日でも火を入れないとすぐに腐ってしまうから苦手だ。きっと明日の弁当で白米と白米の間にそっと敷かれるであろうカレーの層を思い浮かべながら、るり遥は自分の部屋へと戻っていく。
 学生服から部屋着に着替えて、宿題に半分手を付けたところでスマホに通知。週末何処に出かけるか、なんて話で盛り上がっているうちに「ごはんよ」と母の声。結局今日も寝不足気味に宿題を終わらせることになるんだな、とるり遥がため息交じりに食卓へと向かえば既に父がテレビを見ていた。ちゃぶ台には既に二人分のカレー皿に福神漬けの小瓶。そこへ母が自分の皿を持ってやってくればるり遥も定位置に座る。

「いただきまーす」
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」

 おかしい。何かがおかしいんだ。
 食卓を囲んで、カレーを食べながらテレビを見て、学校がああだの友達がこうだの、店に来てた常連が何を話していただのと、いつも通りのはずだというのに気分が悪い。

「どうしたの?具合が悪いなら残してもいいわよ?」

 母の心配そうな顔と、父の視線に顔を上げる。ただそれだけのはずだったのに、どうしてか二人の間にある空白に――誰もいないはずの障子の前に目が行ってしまう。大丈夫、ちょっと考え事をしてただけから、口から出てきそうになった言葉を遮ったのは、

 りぃん

 と高く、どこからか聞こえた鈴の音。
 その音が何処から聞こえてきたか、何の音かに気付いた瞬間、るり遥の現実は崩れていった。

■■ぁ■a■■あ■■■■A■

●岐路
 思い出す。思い出した。
 父母の姿が調子の悪いテレビと同じように、緑っぽくなって砂嵐になって、代わりに奥にあるものをはっきりと見つめてしまった。
 そこにあるのは幻覚だが現実だ。父母の姿の先に見える肉の塊。蠢きながら腕のようなものを伸ばして這いずる、辛うじて生き物と呼べる生命。解ってる。あれがなにか、知っている。視界に入った肉の色と口に含んだそれとが重なって、るり遥の脳は拒絶反応を起こした。舌の上にそれを乗せてしまった錯覚は知りもしない異物の味を再現し、胃の奥から取り出さねばと元来た道へと送り返す。
 咄嗟に口を塞いだがどうにもできない。せめて、とるり遥は横を向き、蹲る。ぅぇ、と嗚咽が漏れたと同時に胃液と共にそれらが吐き出される。

『だ、大丈夫!?やっぱり具合悪かったの?』
『無理するな。部屋に戻って休め』

 声を聞く。どちらも優しい両親の声だ。子を心配し身を案ずる、普通の親の声だ。だがるり遥は思い出した。思い出してしまったからこそ、此処がどれ程残酷な場所かを理解する。
 対面したら、駄目だった。脳が現実を拒絶するように幻想を許容して浸らせようとしてた。このままでもいいか、なんて思って、あの場所へ帰れなくなるところだった。
 奥に蠢くそれはきっと、本当ならばここにあるはずがないのだろう。だからこその可能性を浮かべてしまう。平和に過ごす両親と共にあるあの悍ましい生き物の可能性。

(もし、あれが俺だとしたら)

 自分が、両親ではなく自分がそうなり果てていたのなら、同じようにしてくれていたのだろうか。るり遥はそれを望み切れなかった。自分の行いを間違っていると考えている以上、もし両親が同じように肉塊となった自分を囲って日常を続けていたとしたら、それは紛れもない「異常」だ。ちゃんと、捨ててくれただろうか。こんなもの俺達の息子じゃない、私達の家族じゃないと否定してくれただろうか。
 でも、出来る事なら俺と同じように。だなんて。

 例えどんな答えを今得ようとも、るり遥がすべきことは変わらない。解っているから苦しくて仕方がない。
 息苦しい。酸素が欲しい。酸素が。吸い込んでも吸い込んでも肺が満ちない。喉が痛い。吐いた飯が、胃液が喉を焼いただけではない。

――頼むよ、背中を押してくれよ。

 直視できぬままの少年の耳に、再び小さく鈴の音が聞こえた。ここにいないはずの誰かたちはいつも通りの笑顔で笑ってくれていた、ような気がした。
 だせぇなぁ。と呟いた。いつの間にか、着替えたはずの部屋着からバスに乗ってきたその時のままの服装に戻っていた。両親の顔を真っ直ぐと見られないから帽子を深く被り直す。
これから、自分は、この二人の事を――否、自分たち三人の事を、否定する。

「もうさ」

だというのに、喉は震えていた。言葉が奔流して、形を作れないまま数多の感情としてるり遥を巡り、荒れ狂う。

「俺達、家族は」

 止められるはずもなかった。とうに決壊していた。
 本当はどこかで救われてほしいと願いながら、情けなく絞り出した声で否定する。面と向かって言えなかった。目を逸らしたままでなければ耐えきれなかった。引き攣った儘の声で、それでもはっきりと聞こえる声で。

「存在しちゃ、いけな」
『るり遥』
『るり遥』

 呼ばれ、反射で見上げて。

「ぁ、ああ……!」

 どうして、笑っていてくれるのか。

『お前は』 『あなたは』
『俺達の』 『わたし達の』
『           』

 どうして、そんな言葉を吐き出すのか。
 全て吐き出せていないというのに、否定された世界は消えていく、溶けていく。もうここには帰れないのだと、この甘ったるくて幸せな現実もどきの世界には帰ってこられないのだと理解して、るり遥は言いようのない虚無感に襲われた。

「父さん!!母さん!!」

 偽物なんだと解っていても、違うと思っていても言わなきゃいけないことがあった。きっと家に帰ってから同じように、父母と呼ぶそれへと言っても変わらない。それでも人間の形をした両親に、今、言葉をくれた両親に向かってるり遥は叫んでいた。
 きっと諦めきれなくて、まだ可能性があると思いたくて、必死に足掻いている今も「あなたたち」をそう呼んだ。この先にどんな未来が待っていようとも、この場を逃したら言えなくなる言葉があったから。

「俺、俺さぁ!親不孝で、クソガキで、なんも安心させられないけど、けどさあ!!」

 弱くても、ダサくても、格好悪くても、涙と鼻水にまみれても、どんな言葉よりも大切で伝えなければならなかった言葉があったんだと、るり遥は絞り出す。もう姿なんてぼやけて見えなくても、どんな顔をしてるのかなんて解っていた。判っていた、最初から、忘れようもないほど目蓋の裏に刻まれていた。写真の中よりもうんと老けてて、でもいつまでも変わらない眼差しを、忘れられるはずなんてなかった。
 だからこれは、優しさも悲しさも未練のなさも勇気も関係ない、ただの少年の願いの言葉だ。

「――――――――――――――――――!!!」

 否定するためではなくありのままを伝えるために、ノイズに侵食された世界の中、懸命に叫ぶ。
 罅割れた日常にさよならを告げるような、誰もが持ちうる思いの言葉を。

●少年の言葉
 頑張る。
 頑張って生きるよ。
 畜生ぉぉ

大成功 🔵​🔵​🔵​

皐月・灯
【A】
ユア(f00261)と

エルナ、姉ちゃん……。
明るい赤茶の髪の、14くらいの女……記憶のままだ。

ああ。
オレも独りじゃやれそうにねーよ……頼れ。
オレも、頼る。

連携してヤツを叩く。
拳に【全力魔法】を込めて、《焼尽ス炎舌》を叩き込むぞ。
確かに、エルナ姉ちゃんはやれねー。
でも「ユアが見てる相手」は別だ。
オレは、ユアの敵を砕くんだ。
ユアの攻撃に最大の一撃を合わせる。

頬を擽る赤茶の毛先を感じたとしても。
ユアの刃が、彼女を断つのを見たとしても。
――さよならは、微笑んで言ってやる。


……な、何言ってんだよ、急に!
……ユア。オレが見たあの女が、お前の何かは知らねーけどよ。
お前が消えたら、その。……困るからな。


ユア・アラマート
【A】
灯(f00069)と

きっと、今私とお前には違うものが見えてるんだろうな
なあ灯。少しだけでいいから、頼らせて欲しい
私一人じゃ「かみさま」を倒せない。だから、お前の躊躇いは私が切り裂こう
そのかわり、私の躊躇いはお前が砕いてくれ

灯と一緒に敵へ接近
【属性攻撃】で術式を強化してダガーの切断力を底上げ
顔が霞がかって見えない、黒い猫耳と白髪が綺麗な女性の姿をした「母体回帰を訴えるかみさま」の胸を【2回攻撃】で深く貫く
…あの中に還りたいなんて、私はまだ考えてるんだな

少しだけ灯の躊躇いの形が見えた気がするよ
偽物だが、申し訳ない気持ちもあるな
けど、お前が横にいる安心感を、今更どうやって捨てろと言うんだろうね



●????
 あそぼう、いつまでも。ずっとずっとたのしいをつづけよう。
 きっとあしたもいらなくなるよ。

●向き合うもの
 時計が丘公園前。
 バスだったそれがゆぅらりと、質量ある闇と成し構築されるのを猟兵達は見ていた。骸の海より転び出でた影法師は次第に『神』の形を整え、夜の静寂へと清らな色を添える。
 されど吐き出される言の葉に神聖さなど微塵となく、あるのは知恵の果実の如き至上の甘露。どれほど警戒していても幼げな声色は心の奥底を掬い取る。

「――」

 しかし、皐月・灯(喪失のヴァナルガンド・f00069)の目に映るのは黒の異形ではない。明るい赤茶の髪を揺らす、同じ年頃の少女の姿だった。灯は、今でもその名を覚えている。

(――エルナ、姉ちゃん)

 少年の淡い思い出が揺れる。思い出せない両親に相反し、やけにくっきり鮮やかに彼女の姿が浮かんでいる。

『ねえ、――』

 自分の名を呼んで、こっちにおいでと笑っている。口にする名は今名乗っている偽名ではなく本当の、呼ぶ者を失って久しい名だ。そう呼べる者がもうこの世のどこにもいないとはっきり記憶しているからこそ灯は慄く。眼前のそれを本物と錯覚しそうになる。
 記憶のままだ。揺れる髪の柔らかさも、名を呼ぶ声の温かさも、全部記憶の中の通りだ。
 故に鈍る、その手に力を籠められないまま立ち尽くし、少女の姿を瞬きも忘れて見つめていた。

「なあ灯」

 惑う灯の耳に女の声が割り込んだ。眼前の彼女ではない、隣り合う彼女の――ユア・アラマート(ブルームケージ・f00261)の声が。

「少しだけでいいから、頼らせて欲しい」

 毅然と振る舞っているようだが、僅かに声が震えている。その声色に灯は心のどこかで安心した。彼女の弱さを見つけた、という事にではない。彼女にも大切だと思える揺ぎない人がいることに。灯に笑いかける彼女とは違う誰かが。
 口元の微笑みだけは保って、ユアは少年に提案を続ける。

「私一人じゃ「かみさま」を倒せない。だから、お前の躊躇いは私が切り裂こう。そのかわり、私の躊躇いはお前が砕いてくれ」
「ああ。オレも独りじゃやれそうにねーよ……頼れ」

 オレも、頼る。
 互いに口にした信頼が神によって与えられた迷妄を砕いた。共に進撃、駆け出した先で両手を広げて笑うそれに向かい、反逆の牙を鋭く冴えさせる。

(灯の目にはどんな人が映ったのだろうな)
 
 ユアの目に映っているのはひとりの女。顔はよく見えない、霞がかかったようにぼやけているが、青く張り巡らされた刻印と嫋やかにも勇ましくも見える立ち振る舞いはどこかユアと近いものを漂わせていた。その手には刀。しかし抜き身ではなく鞘に納めて持ち、ユアへと優しく空いた手を差し伸べる。寂しかったろう?ボクの元へと還っておいで、と。酷く優しい声で呼びかけてくる。

(……あの中に還りたいなんて、私はまだ考えていたのか)

 そうだ、これは己の欲望だ。神を名乗るものが己の欲を読み取って、望み通りに語り掛けてくるだけなのだと。それでも恋しいと、偽者と分かっていても感じてしまう事へ嗤う。
 だから無理矢理に願いの残滓を打ち砕く。隣にある少年へと託すことで、彼から預けられた心に応えることで。

(私は、灯の)
(オレは、ユアの敵を砕くんだ!)

 跳躍。
 少年が拳を、女が刃を。眼前にいるそれへと叩き付ける。彼は黒の尾を揺らす彼女の面影を映す女へ、彼女は赤茶の髪を揺らす素朴な娘へ、渾身の力を籠めて得手を繰る。

「さあ、触れる以上、壊される覚悟を」
「アザレア・プロトコル2番――!」

 ユアの牙が、命の脈流を断つ。切断力を術式により高められ、神さえ切り落とす鋭利さが胸元に吸い込まれ、鍵をかけるように腕を捻れば姿がぐにゃりと欠け変わる。
 灯の拳が、そこに渦巻く紅蓮が業火と成す。渦巻くほどに燃え盛る焔蜥蜴の咬撃は神を飲み込み、写し取られていた幻想と現実を剥離させる。
 同時に、けれど別個に、同一の神を屠らんとすれば、向けられた戦意と殺意の強さに神は形を保てなくなり、ぐねりと蠢いて姿を変えていった。もう二人の前で、望まれた形を保てない。

「偽物だが、申し訳ない気持ちもあるな」

 引き抜いた腕、臓腑(うちがわ)の人非ざる感触に気味悪さを感じたままユアが呟く。業火の幻想が消え、少女の姿も女の幻も見えなくなっていたが、隣で重々しく息を吐く少年が呟いた言葉を聞き逃さなかったからだ。
 きっと最後まで見えていたのだろう。幻が花と散りゆく最期、微笑みを残して別れの言葉を返してきた時まで、己の望んだ誰かの姿が。

――私と同じように。

「けど、お前が横にいる安心感を、今更どうやって捨てろと言うんだろうね」
「……な、何言ってんだよ、急に!」

 からかうような口振りで嘘偽りのない親愛を告げれば、素直ではない少年がフードを目深にかぶって視線を逸らす。これでいつも通りだ、次邪神がどんな手を使って来ようとも落ち着いて互いの隣を預けられるとユアが小さく微笑んだ。
 ユアの気恥ずかしい信頼の情を受け取り切れずに視線を外しはしたが、灯は邪神へと走りながら、今日幾度目かに盗み見た彼女の横顔を思い浮かべる。灯には懐かしい彼女の言葉しか聞こえてこなかったが、ユアと共に近付いたことが原因か、ユアの望んだ誰かの姿を垣間見る事は出来た。見知らぬ女へと向ける、ユアの寂しげな眼差しも。
 だから言う、というわけではないし、気休めのつもりでもない。灯がユアへと差し出すのは普段は言わない――言えない言葉。

「……オレが見たあの女が、お前の何かは知らねーけどよ。お、お前が消えたら、その。……困る、からな」
「……私もさ」

 視界が滲んでしまうのは、嬉しいからなのだろう。だからユアも、灯も、互いを見ないまま。お互いの側にある拳を握り締めると、こん、と小突き合った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

火狸・さつま


コノf03130と



ああ、そう、そっか…やっぱり
姿見れば
迷わず駆け出し
抱締める其の寸前
ニヤッと笑い
至近距離にて【封殺】
動けぬなら躱せまいて
ひょいと離れつつ雷火

迷いなんか
強烈な一撃で砕かれたし
囚われかけた過去も
顔見た瞬間、吹き飛んだ
掬いあげられたよな
帰ってこられた気がした
だから…
今、見るなら
そうだと、思ってた

…本人、横居んのに、違える訳ない
けらっと笑い


贋者、じゃ、会えても
意味ない
それにと笑えば
本物のコノ、逢えた、から

ところでコノ
いつもと、匂い、違う、ね?
何処でナニして、た、の?
コノも
会いたい人、が?

むぅ…
躱され膨れっ面
けどすぐ笑って
今は集中



ね、もう
叶えなくて良んだよ
さぁおかえり
神鳴りで送ったげる


コノハ・ライゼ
【A】
たぬちゃんf03797と

イイよ、沢山遊んでアゲル
その飢えを感じなくなるまで

すべきは選んだ、迷いも惑いもない
ケドあの男にとっては―

駆ける相方に続き距離詰め
「柘榴」振るい『2回攻撃』で『傷口をえぐる』
敵の反撃引き出したら
合わせて【黒喰】放ち黒狐で敵攻撃を喰らう

残念
ナンも見えんし聞こえねぇや
だってカミサマに望むモンなんざ、ねぇンだもん

手を封じ『カウンター』で刃を振るう
全部喰らうまで

ホントにコレで良かったの
隣にぽつり問い
返る笑顔に、そ、と短く返す…うん?本人て
何見たか察すればつい二度見
あっきれた、ニセモンだからって何好き勝手してくれてンの
ったく金取るヨ?

匂い?さあ
誰か小突いた時に飛んでっちゃった


二月・雪
【A】
▽二月、邪神だぞ仕事だ。寝こけてる場合じゃない。
【オルタナティブ・ダブル】で無理矢理「二月」を呼び出す。

▼俺は起きてるよ雪ちゃん。
このかみさまについて考え事してたんだ。俺たちだったらどういう容になるのかなとかいろいろ。でももういいや、雪ちゃんの援護するよ。

▽陽動。
人形を使って暴れる。私の【呪詛】と、人形に仕込んだ暗器での攻撃。私が攻撃すると見せかけて人形で【フェイント】その逆も織り交ぜてヒット&アウェイだ。

▼基本的には雪ちゃんの援護かな。
からくり人形が攻撃してる合間に【呪詛】で【だまし討ち】。
「かみさま」と指切りするのは俺。雪ちゃんに手を伸ばすなら【咄嗟の一撃】で無理矢理割り込むよ。



●隣に在るもの
 神はまだ、此処に在る。
 己の権能がまだ機能するのだと理解はしているのだろう。懸命に、幼子の声で猟兵達へと語り掛けた。それが己の役割であり、己の欲であると示す、世界の機構。神という器に収められたそれは無邪気に誘い惑わせんとする。

『あそ  ぼ ねえ いっしょ   ね』
「イイよ、沢山遊んでアゲル。その飢えを感じなくなるまで、ネ」

 春の夜を映した刃に手に先駆けるはコノハ・ライゼ(空々・f03130)。虹を捕らえた紫雲の髪を躍らせて蠢動する異物へと接近する。敵の攻撃方法は事前に開示されてはいなかったが、バスの噂から大方の見当はついていた。
 この邪神は相手の望む姿を見せる。幻覚か、変身か、バスの姿を取っていたことも考えると後者が有力なのだろう。何らかの手段、例えば射程距離に入った相手の思考を勝手に読み取るなどして、相手にとって都合のいい姿になる偶像。それがこの邪神なのだと推測する。だからこその懸念がコノハにはあった。

(たぬちゃんは、惑わされるかもしれない)

 コンビニで見かけた横顔を、橋の上で見つけた背中を思い出す。本当はあの時、バスに乗って探しに行きたかったのかもしれない。会いたいと願った誰かの元へ、往きたかったのかもしれない。その可能性を――今となっては邪神の腹の中へと彼を送り出さずに済んだ安堵もあるが――潰してしまった事へのささやかな罪悪感がコノハを小さく苛んだ。
 故に、前へ。誰よりも先へ。愛らしくも頼もしい相棒殿に小休止を、何より。

(泣かせたくはない、なんて言ったら笑ってくれるかしら)

 邪神の目前、コノハは柘榴と呼ぶ己が得物を逆手に持ち直す。姿勢を低くして懐へ潜り込み、身体を捻る勢いもつけ切り上げ。同じ切り口を再び辿り返すように切り下げる。が、手応えがあまりにもない。抉ったはずの傷口からは血の一つも流れ出ず、痛みに悶える様子もない。刹那の戸惑いが、足を止める。
 神はそれを隙とは思わず、しかしコノハへと創り上げたばかりの腕を伸ばす。

『あそ  んで !  !』
「しまっ」

 ほぼ反射でバックステップ。同時に封呪の雷と黒の狐影を放つも、邪神の伸ばす両腕は無垢な子供の駄々と同じだ。ユーベルコードではない以上、相殺は意味を為さない。ならば動け、斬り付けろと頭は動くが肉体があと一歩で追い付かない。
コノハの前へと躍り出る見慣れた黒の毛並み。

「焼き尽くせ」

 群青が神の形を捕らえた。至近で見つめた異形の姿に戸惑いひとつ見せることなく、火狸・さつま(タヌキツネ・f03797)は神を抱擁する。
 否、抱擁の一歩手前で彼の背後より焔が尾を引き、神を焼く。青の狐火が熱烈に邪神の腕を焼き焦がし、目には見えぬ極小の仔狸の姿をした黒焔がコノハの斬り付けた傷痕へと潜り込む。外と内、同時に焼かれれば身悶えし邪神は名状しがたき叫びをあげて二人から下がっていった。

「たぬちゃん!?」
「そう、何度も、置いてかれるわけには、いかないよ」
「あ、あらー、やっぱり根に持ってる?」
「ちょっと」

 何の事かは言わずとも、身に覚えがある苦情にコノハの視線は明後日の方向に泳ぐ。しかしそれ以上に驚愕していた。己の想像以上に逞しかったこの男は、神の姿に惑わされることなくしゃんと前を見据えている。
 だからだろうか。どうにも気になってしまい、コノハはぽつり問いかける。

「ホントにコレでよかったの?」
「ん……本人が、横に居んのに、間違える訳ない」
「そ、よかった……うん?本人?」

 真顔を崩さず返された言葉に、コノハは思わず繰り返す。本人?本人……と合計三度呟いたところで何を見たかを理解した。さつまの見据えた邪神の深淵に映ったのは――牙を研ぐ愛すべき悪友殿の姿。
 贋者では会えても意味がない。理解したのはついさっきだったけど、などと付け加えればさつまはけらりと笑った。

「あっきれた、ニセモンだからって何好き勝手してくれてンの。ったくー、金取るヨ?」
「本物には、しないし。……ところでコノ」
「ん?」
「いつもと、匂い、違う、ね?何処でナニして、た、の?」
「匂い?さーあネ、誰かさんを小突いた時に飛んでっちゃったと思うケド?」
「はぐらかさない」

 数分前までの泣きっ面はどこへやら、さつまはむくれっ面で背中をバシバシと叩いた。

 そんな二人の遥か後方、邪神出現の報を聞いて参じた二月・雪(恋人たち・f17521)は戦況を確認する。戦場にいるのは怪異追跡に参加した猟兵4人と焼け焦げた肉を剥離し肉体を作り直そうとする邪神の姿。他にもいたとは聞いてきたが、姿が見えない。雪は手近にいた二人へと声を掛けた。

「すまない、戦場にいるのは4名だけか?」
「んあ!?あ、応援サン?」
「あーらいらっしゃい。他の子達はアレに取り込まれちゃってネ。ここにいンのはあなたも含めて5人ヨ」
「――成程、ならば増員しよう」

雪は腕を水平に、伸ばした指先をゆっくりと絡めるように曲げてゆけば、対なすように絡める指が、掌が、腕が、肩がと現出する。姿かたちこそ同一のもう一人――二月はゆっくりと目蓋を持ち上げ絡め合っていた指先をほどく。

「二月、邪神だぞ仕事だ。寝こけてる場合じゃない」
「俺は起きてるよ雪ちゃん。考え事してただけ」

 開いた目蓋の下から覗く黒さえも同じだというのに、何処か柔らかな物腰。彼女に居座るもう一人は久方ぶりに見つめ合える恋人へゆるい笑みを浮かべて見せる。

「相手の望む姿に見えるんだろ?なら、俺たちだったらどういう容になるのかな、とかいろいろ」
「何が見えたところでやる事は変わらない。援護は任せた」
「はいはい、いってらっしゃい」

 二月が見送り、雪が戦場へと躍り出る。前線へと向かう女の指先には赤い糸。その先には男の形の人形がかたかたと揺れる。ゆらり腕をあげて整えれば、ホールド。二人のワルツが華麗に幕を開ける。
 雪が大きく腕を振るえば、男の人形は軽やかにステップ。かたりかくりと関節を揺らせば神の前へと文字通り躍り出て、雪の動きに合わせてターン。指先の動きひとつで隠されていた刃が飛び出して、神の腹を真横に裂いた。
 傷の事など気にも留めずに邪神が人形へと手を伸ばせば、人形はするりと身を引き、代わりに雪が前に出て呪詛を送る。他者の心を読み取る性質上か、至近で注がれた禍々しき念は瞬く間に邪神の身を侵食し、蔓延らせた。後方より二月もまた神へと呪詛の思念を撃ち込んで援護し、雪に神が近付き過ぎないようにと行動を阻害する。
 次第に、邪神の再生速度が遅くなり、その姿も見る見るうちに小さくなっていく。他人の姿も映しとれぬまま、望まれた神の姿を形作れないまま、それでも邪神は己の為すべきことを行う。

――即ち救済、譬えどんなに誤った方法であろうと、それは神として人間を救おうと足掻く。

『ゆび』『きり』『しよ』

 幼い声に歪んだ思念が入り交じり同時再生(ステレオ)、再生が追い付かず太さも曖昧な小指が雪へと差し向けられた。そこへと二月が割って入る。

「だめ。悪いけど、この子の小指も薬指も俺だけのものなんだよね」
「その言葉」

 が、更に雪が――雪の繰る名無しとなった男の屍が、邪神の膨れ上がった小指ごと手首から先をごとりと斬り落とす。

「そっくりそのまま返すな」
「……ちょっとはカッコつけさせてほしかったなぁ」
「お互い様」

 女は言葉少なく、恋人への愛を囁いた。同様に、その愛の深さを知るが故に男は言い返さずただ頭を掻く。薬指には、最も強く二人を結ぶ呪いが輝いていた。

●かみさまたいじ
 指を失い、拒絶され、外傷の目立たなさゆえに判断がつきにくくとも満身創痍であることは伺えられる痙攣具合。
 それでも神は――神と呼ばれたそれは手を伸ばす。人へ、己を望んだはずのものへ、神としてあるが故に望まれるままに在らねばならない、己の意思とも言い難い感情を揺り動かして這いずった。

『ゆび』『ねえ』『あ あ』
「ね、もう。叶えなくて良んだよ」

 神のすぐ目の前にさつまが座り込む。子供と話すように視線を合わせて、寂しそうに笑いかけた。
 神もまたさつまへと寄り付いた。その手を伸ばして、小指を伸ばして、何かを結ぼうとする。

「ざぁんねん、今度は外さないわヨ」

 が、コノハの呼んだ黒き狐の影が貪欲に残った腕を喰らい、神の指先は消え失せる。再生もままならぬまま、かの邪神が最期に見たモノは――

「さぁおかえり」

 別れの言葉に重ねて降る、影さえも焼く白の雷。邪神はその光の中、呑み込まれながらも何かを囁いていた。誰にも聞き取れず理解しえない言語で紡がれたその言葉は轟音に裂かれ、光が消えたその場所にはもう、邪神は形を無くしていた。

●影去りて
 邪神の姿は消え、再び静寂に包まれる公園前。
 神であったものは車道に焦げ付き、最早戦う事は愚か身動き一つとる事も出来ない。のだが。

「バスに乗った連中はどうなるんだ?」
「まさか、このまま?」
「まだわからないワ。このかみさま、一応は仕留めきれてないようだし」
「つまり、バスに乗ったやつら待ちか」
「……ああ、誘惑を切り抜けてくれればいいが」

 今はただ、無事の帰還を祈り、待つのみ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
B/アドリブ歓迎

ぁ、あぁ
座長…

現れた影に
姿に
声に震え

黒の劇場
舞台の上
囲う水槽なしに相対する


櫻宵
さよ!

震える唇で僕の唯一を呼ぶ

座長と
向き合うために来た
でも怖くて

櫻を想い彼を見る

二人きりの時は
エスメラルダと呼ぶんだよね

『私の人魚
私の歌姫
勝手に水槽を抜け出すなんて悪い子だ』

『私の元へ戻るなら許してやろう』

『私はこんなにもお前を愛している
私の為に歌っておくれ』

いやだ

初めて言えた拒絶の言葉
そんな愛
いらない

僕は奴隷じゃない
僕は愛する人を
愛してくれる人をみつけた
僕は君の愛を拒絶する

「恋の歌」を歌おうか
僕の知った愛を教えてあげる

櫻がくれた短刀(揺桜
突き立てて

――さよなら

育ててくれて
ありがとう

それだけ告にきた



●開演
 漆黒に包まれた場内に開演を告げるブザーが低く鳴り響く。
 観客はひとりとしておらず、楽団も楽器を置いて逃げ出した。重々しい緞帳は砂浜を浚った波が引くかのように滑らかに持ち上がり、これより唯二人のためだけに捧げられる二重唱が幕開く。
 しかしそれを演じるのもまた彼ら、舞台の上に降り注ぐ二筋のスポットライトが主演の姿を明らかにした。

――片や、暗影より出でし仮面の男。
――片や、春を飾りし藍玉の人魚姫。

 場所は二人の思い出も深きこの劇場。散らばる楽譜、歌姫の為に誂えた玻璃の牢獄、あの日、あの時と同じようにと似せて作られた舞台上。春を焦がれた歌姫と、それを鎖した男の愛憎劇。

“間もなく月の光も失せ、運命は彼を駆り立てる!”

●独唱+独唱
『嗚呼、エスメラルダ!私の人魚、私の歌姫、私の為だけのお前よ!!』

 再会を喜ぶ男が両手を広げ感情をより豊かに表した。仮面の下には狂喜さえも含む濁った眼。しかし念願の人魚姫の姿を映すことなく、男の視線は空の客席へと向けられていた。
 対する人魚姫はというと、己を鎖す水槽に身を沈めることなく男の影へと視線を落とす。男の声に孕む狂気に、過去の記憶が呼び起こされる。震える手、必死に黙らせようと胸の前で握り締めた。

『勝手に水槽を抜け出すなんて悪い子だ、されど籠の小鳥も時に空を恋しく想うだろう。思う儘に翼を広げる至福に浸りたいだろう。仕方あるまい、それは小鳥の本能だ』
『しかしお前は知ったはずだ。突如襲い来る捕食者や外敵への恐怖!疲弊した身体を休ませる止まり木を見失う恐怖!万物を淘汰せし自然への恐怖!』

――ああ、恐ろしい恐ろしい恐ろしい!
 男は並べ立てた恐怖に身を竦め、声で歌い上げる。言葉ひとつひとつへと丁寧に塗装した感情は他に聞く者がいれば彼と同じように恐怖し、寒空の下の子供のように震えていたことだろう。
 しかし人魚は、“エスメラルダ”と呼ばれた歌姫は男の言葉全てに心を震わさず、演技の一つに対しても感覚を動かさない。ただ俯いて、静かに男の言葉を耳へと入れていくだけだった。そこに喜びはなく悲しみもない、不安もなく共感もない。
 故に、男の捧ぐ万色の愛に対して、

『嗚呼、可愛いお前。私の元へ戻るなら許してやろう。私はこんなにもお前を愛しているのだ。私はこんなにもお前に恋い焦がれているのだ。だから、そう、私の為に歌っておくれ』
「いやだ」

 人魚姫は誂えられた台詞を言わなかった。

『……なんだって、今、なんと』
「いやだ、って言ったんだよ。座長」

 それはエスメラルダと呼ばれる奴隷の言葉ではない。紛れもない彼の、リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)の言葉だ。他の誰でも、どんな役柄でもない自分自身の言葉だった。
 もう恐ろしさはない。リルは真っ直ぐ男を――座長と呼んだその人を見据える。瑠璃に染まる前髪の先を振り払い、青いベリルの瞳で射貫く。

「きみの言葉は真実だがまやかしだ。きみの想いは本物だが贋作だ。それが、きみの愛だというのなら、僕はそんな愛はいらない」

 美しく穢れのないボーイソプラノで、リルは告げる。歌い上げる。愛する人のいる幸福も、愛されることの幸福も、眼前の男からは教わったことなどない。彼は知った。全てを焼き焦がして逃げ出したその先で、本物の春がどんなにあたたかく優しく、儚いものかを。

(――櫻、櫻宵、さよ!嗚呼!僕の、僕のいとしき春、僕だけのいとしい人!)

 歌う、歌う。伴奏がなくとも十分だ、歌声ひとつで観客全てを支配しろと幾度となく教え込まれて来た。十二分だ、ひとりへの想いを乗せるだけでリルの歌は完成されるのだから。腹の底から心臓を伝い、喉からあふれる旋律は今のリルだからこそ歌える正真正銘の『恋』の歌。
 蠱惑的でありながらも慈愛に満ちた歌声は、情愛の焔となって散りばめられた楽譜を燃やす。甘く、熱く歌い上げれば、薄い硝子の牢獄も融け落ちた。泡となり消えるはずの人魚の恋は“二人の為の思い出の舞台”の全て燃やし、咽返るような灼熱は照明さえも落としてしまう。
 黒髪を乱して男は狼狽する。燃え盛る炎に対してではない、歌姫の歌に対してだ。

『嗚呼、知らない。私はこんな歌知らないぞ、エスメラルダ!何故だ!お前よ、何故!』
「ぼくは恋を知った、愛することを知ったよ。でもそれは、きみじゃない」
『嗚呼、何たることだ。奴隷如きが卑しくも知らぬ誰ぞに恋をするなど!お前は私の為、私の為だけに全てを捧げてくれればそれで幸福であれただろうに!お前はもう!その熱病から逃れられない!』
「これで、これで!ぼくときみの舞台は終わりだ!」

 燃え盛る舞台の上を人魚が泳ぐ。その手には銀のナイフではなく、乱れ刃の短刀。王子を騙る偽りの運命さえも一突きに仕留める願いが籠められた一振りの贈り物。迫る、迫る。二人の距離は今までで一番近くなるが温もりを知る事だけはないまま、聊か強引な別れの接吻(いちげき)は、その心臓へと捧げられた。
 ゆっくりと刃を引き抜けば男は血を吐いて後退り、膝をつく。歌の終わりとともに炎は消え、灯ひとつない黒の劇場に人魚が纏う月光だけが目映く煌いた。

『おお、エスメ、ラルダ』

 男は崩れ落ちる。仰ぎ見た人魚の清廉さに目を細め、最後の最後まで彼へと手を伸ばす。リルはその手を取る事はない。もう、この場所には帰らない。

「――さよなら、僕の形を作ってくれた人」
『私の……お前、忘れるな。喩えお前が私の元を去ろうとも、お前は、お前は私から』
「――ありがとう、育ててくれて」

 力尽き、動かなくなる男へと、リルは優しく告げた。
 恋ではなくとも一欠片の感謝を、愛ではなくとも一掬いの情けを。逃れられないことはどこかで理解していた。その妄執の形は、己を焦がすこの想いを知ったあの日に己自身へ見出していたのだから。

(知ってるよ。知ってる。だって、僕だってきっと、捕えたら離したくなんてないから)

 抱きしめた短刀、いつか愛しいその人を散らせることなどないようにと願いながらリルはただ昏く閉ざされていく世界で瞼を閉じた。
 斯くして帳は降り、すべての舞台が終わる。


●××××
 すべて、すべてがそれを拒絶して、ここにはもう何もいない。
 すべて、すべてがそれから離れて、ここにはもう誰もいない。
 空虚なそこに残されたのは神の名を与えられた何かの欠片。最早誰にもなれない影法師。割れて落ちて、砕けて消えて、透けた布切れ。

『ああ』

 それが呟く。愚かなそれは、拒まれて尚――否、拒まれたことでより人間という生き物を愛おしむ。

『うつくしいな』

 それは命の色を見た。淡く、眩く、鮮烈で、やわらかく、熱く、温く、ゆるやかで、極彩。己の持てなかったものを、望まれ、模倣して得た心算だったものを見た。
初めての欲が生まれる。己の意思で望んだ感情が、「かみさま」と呼ばれたそれの為すべき役割を思い出させた。

 彼らが去りゆく。会いたいと願った誰かに、別れを告げた彼らが。
 彼らが去りゆく。会いたいと願うはずの誰かを、脅威から守った彼らが。
 その手を離して、それは過去の残滓へと還り逝く。
 その背を見送り、それは未来の燃料と生り果てる。

 後にバスへと乗車した猟兵達は公園前の路上に突然現れて、神を屠った彼ら彼女らによって発見される。外傷はないが困憊した様子で眠る彼らは回収され、目覚めるまでのほんの数分の間に同じ夢を見た。
 暗い世界に敷かれた細い光の道、ひとりで歩く自分の背を誰かが押してくれる夢を。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年05月17日
宿敵 『かみさま』 を撃破!


挿絵イラスト