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秋麗を縫う

#サイキックハーツ #ノベル #猟兵達の秋祭り2026

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ギュスターヴ・ベルトラン




 まだ充分に動きますよ、と年配のシスターが渡してくれた取扱説明書の年季の入り方から、ギュスターヴ・ベルトランもある程度の覚悟はしていた。廃業した地元の仕立て屋が寄贈してくれたという業務用ミシンは、ペダルを踏む度にガタガタと大きな音を立てるものの生地へ確実に針を刺し、糸を通してくれる。動作自体は健全だ。それでも苦戦を強いられているのは、どちらかというとギュスターヴが細かな作業に不慣れであるが故だった。

「形にはなったけど……ああ、ダメだ。幅が小さくなってら」

 試作品に一通り針を通したものの、実用には堪えない仕上がりに頭を抱える。
 数週間前までは猛暑が続いていたというのに、今や窓辺から臨む風景はすっかり秋めいていた。それは即ち、『遍歴する光の修道会』が主催するチャリティーバザーが近づいてきている、ということでもある。地元の住人も多く顔を出すイベントなので、修道士達はバザーで販売する商品をそれぞれで一定数用意しなければならなかった。それ自体は全く構わないのだが、ギュスターヴはあまり器用ではない。多種多様な端切れ布を集めて作るブックカバーは、今のところきちんと仕上がったものは半々……といったところだ。

「はぁ~……この調子だから戦争にも加勢できなかったな。無事に終わったって話だから安心はしたが」

 休憩がてら体を伸ばし、長く同じ姿勢で固まっていた筋肉を解す。クロムキャバリアで大規模な戦争が勃発したと聞いた時は参戦を悩んだものだが、如何せん手元の作業が滞りすぎていた。ミシンとの和解が叶うまでは……とそちらに集中している間に終戦を迎えたのは、まだ記憶に新しい。
 窓越しに見える秋晴れの空は高い。あれだけ人々を苛んでいた真夏の熱気も何処へやら、今は過ごしやすい空気に恵まれている。作業部屋の外から、修道士達が各々の聖務のために行き来する気配が頻繁に感じられた。今はギュスターヴがミシンを使わせてもらっているが、他にも作業をしたい者はいるだろう。もう少ししたら席を空けよう、と時間の区切りを決めて、今は休憩用に淹れていた珈琲に口をつけた。
 ミシンのすぐ隣に設けられた木製の机には、これからブックカバーになるのであろう端切れの山が横たわっている。ナイロンやポリエステルが殆どだが、中には木綿や麻、革といった自然素材も少量混ざっているので、ひとつとして同じブックカバーはできないだろう。机によじ登った小さな青竜──リンドルムのノクターンが、珍しがって手近な端切れを引き抜く。小さな体にそれを巻きつけて遊んでいるのを見るに、自分の服を仕立てているつもりだろうか。

「随分と男前だなぁ、ノク」

 零さないよう珈琲を遠くに置いて、ノクターンの頭を二、三度撫でる。得意気に胸を張る様子は微笑ましく、ほぼ人間の幼子と変わらない。生地を破ったりしないのであれば特に咎めるつもりも無かった。
 ノクターンが引っ張り出したは良いがそのお眼鏡に適わなかった生地は、その場に放置される。それを一枚ずつ拾って、丁寧に畳んでいるのは修道女のような出で立ちの小鹿──カプレリエのキリエだ。いつも手にしている燭台は隅に置き、蝋燭の火が生地へ移らないようにしている。その気遣いは、いつも周囲を気に掛けてくれる彼女らしいものだった。

「ありがとうな、キリエ」

 ギュスターヴが礼を伝えながら、ノクターンにしたのと同様に頭を撫でてやればキリエは嬉しそうに目を細めた。
 二匹のバトモンも、こうして思い思いの秋を過ごせている。先の戦争以降、ギュスターヴの作業の手を止めさせるような戦いが起こらないのは、猟兵や灼滅者の日々の尽力と、主の愛のおかげなのだろう。
 ノクターンの気が済んだところでギュスターヴも休憩を終え、改めてミシンの前に座る。畳んだ生地をキリエが隣に運んで来てくれたので、その中から一枚選んで型紙を添え、気をつけながら裁断してゆく。縫い始める前に、下糸が残り僅かになっているのに気づいた。シスターから借りた古い取扱説明書を読みながらボビンを取り外し、糸を巻き付けてセットする。日本の学校で家庭科の授業を受けていた経歴があるので下糸とボビンという概念は知っていたものの、生来の不器用さも手伝ってなかなか難しい。説明書の文字が掠れているのもあって、ひどく苦労する羽目になった。

「取説の意義が問われ……いや、まともに動いてくれるだけマシかぁ……」

 オレが慣れれば良い話だよな、と無理やり己を納得させた。ただ、時間をかけてきた成果だろうか。何枚か生地を犠牲にした末ではあるが、徐々にギュスターヴ製のブックカバーはそれらしい形に仕上がってきていた。
 形が整えば心に余裕が生まれ、目の前の布とミシンから、ブックカバーを使う〝誰か〟へと思考も移ってゆく。手に取る人々が、自身の日常にこのブックカバーを溶け込ませてくれるだろうか。どんな本を読むのだろうか。決して頑丈な造りではないけれど、擦り切れるまで使ってくれるのならそれ以上に嬉しいことは無い。

「……本を読むなら栞もあった方が良いか?」

 ふと、ブックカバーと同等に読書の供と言える存在が脳裏を掠める。本当はここで作業を増やすべきではないのだろう。己の首を絞めるだけになるだろう。分かってはいるが、思いついてしまったのなら無視はできなかった。ギュスターヴはたった今仕上げた秋桜柄のブックカバーの更に端切れを使って、揃いの栞の製作に取り掛かる。ブックカバーとは異なり平たく単純な造りをしているので、こちらは自分でも驚くほど短時間で仕上げることができた。
 同じ柄のブックカバーと栞を机上に並べる。作り始めと比べれば、かなり実用に足る仕上がりだ。二匹のバトモンも同意見なのか、作品を覗き込んではギュスターヴを褒めるように手を叩いている。

「いやぁ、やれば出来るもんだな。栞も標準セットとして作っていくか。その方が端切れも余らなくて済むだろ」

 渾身の出来のセットを脇にまとめ、次なる生地を選び取る。今度は無地の木綿、シックで落ち着きのあるグリーンの布を裁断し、ミシンへとセットした。
 業務用だったというこのミシンも、やろうと思えばもっと複雑なものも縫えるのだろう。仕立て屋が使っていたという話なので、何百着もの服を生み出した猛者であるとも予想できる。ギュスターヴよりもずっと年上であろう歴戦のミシンにこんな単純なものを縫わせるのも心苦しいが、これは今最も必要とされている作業だ。これら全てを手縫いで作るなど、考えるだに怖ろしい。本来の性能を100%発揮はできずとも、間違いなくこのミシンはバザーの準備に大きく貢献してくれていた。

(……本来の性能か)

 ふと、ギュスターヴの思考が再びクロムキャバリアへ向く。復興の途上にあるかの世界の状況は噂で聞くものの、そこで暮らす人々の声を直接聞いたわけではない。生まれながらの人間達、遺伝子操作で生まれた者達。そして、自ら思考する機械達。彼らは今頃どうしているのだろう。復興に前向きでいるだろうか。自分達の持つ〝性能〟を、戦争以外で発揮できているのだろうか。戦争など無い方が良いに決まっている。多くの者が平和を望み、そして終戦の報せに歓喜しただろう。だが、戦いの中に己の存在意義を見出していた者からすれば、今回の終戦は悲劇と虚無の始まりとも成り得る。

(難しいよな)

 全ての人が適材適所で、十全に力を発揮できる世界。戦う必要が無い世界。それらは果たして両立するのか、ギュスターヴには是とも非とも言えない。ただ、彼らの心が穏やかであれと願う他無かった。せめて、このブックカバーを縫う針と糸に、その祈りを込めることができれば……。

「……あ」

 手元に意識を寄せた途端、声が零れた。気付けば徐々に縫い目が斜めに傾き、本の表紙部分が入るべきスペースがとんでもなく小さくなっている。

「これ表紙入んねえな……」

 試しに文庫本を宛がってみるものの、三分の二程度しか入らない。完成間近な工程でのミスはそれなりに……否、かなり心に重く圧し掛かった。
 ──今日はもう他の修道士と交代しよう。やり直しが難しいと分かれば切り替えは早い。きっとこれは、今日は他の者へミシンを譲るように、という主の思し召しである。ギュスターヴはどうにか完成した作品の数々をひとつにまとめる。これらは時間を見つけて自室でラッピングし、バザーに出せる状態にまで整えるつもりだ。
 ノクターンとキリエを伴って作業部屋を後にする。静まり返った部屋に残った古いミシンは長年の劣化で草臥れながらも、その佇まいはどこか誇らしげだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2026年10月27日


挿絵イラスト