遍歴する光の修道会、本部にて
「お待ちしておりました、ギュスターヴ・ベルトラン司祭」
質素な修道服を身に纏うシスターが、教会の扉の前に立っている。
入口の段階ですでに漂う、静粛な雰囲気。
出迎えを受けた男は襟元を正し、緊張を押し殺しながら応える。
「召喚に応じて参上しました、ギュスターヴ・ベルトランです」
「存じております。どうぞお入りください」
歴史を感じさせる重苦しい音を立てて、ゆっくりと扉が開いていく。
とうとうここまで来てしまった――という思いを抱えながら、ギュスターヴは覚悟を決めて一歩踏み出す。
かつん、と石造りの床に反響する足音が、妙に大きく聞こえた。
ここはフランス南東部の都市、リヨン。
ローヌ川とソーヌ川が交わる地に築かれた、古代より栄えし交易と織物業の街である。
歴史ある風光明媚な町並みと美食の文化から、観光地としても名高い。
だがギュスターヴが今回、はるばる日本から赴いた理由は観光ではない。
ここには彼が所属する『遍歴する光の修道会』本部が置かれているのだ。
(本部からの召喚命令って、いったい何を言われるんだ……?)
ギュスターヴは修道会の極東支部に属する、まだ1年未満の新人司祭である。
それが支部長を飛び越して本部から直接呼び出しを食らうのは、どう考えても只事ではない。
しかも召喚状が届いたのは6月の初め、第二次サイキックハーツ大戦が終結して間もなくの事であった。
『第二次サイキックハーツ大戦に参加してたんだってね? ちょっとフランス本部までその活動内容について報告をしに来てね、ついでに新人研修(本部版)も受けてね』
記されていた内容をフランクに要約すれば、こんなところである。
復活した青の王コルベイン・剣樹卿アラベスクに率いられた、オブリビオンによる武蔵坂学園への大侵攻。
この世界では"第一次"サイキックハーツ大戦以来となる戦争は、日本国外でも反響があった。
ギュスターヴは灼滅者として、かの大戦を戦い抜いた猟兵の1人である。
全人類がエスパー化した現在でも、オブリビオンやダークネスと戦える人間が限られる実情は変わっていない。
よって報告が求められるのは大して不思議ではないのだが――本部に来て直接、となると話が変わってくる。
何かやらかしただろうかと、今日まで彼の頭は不安で一杯だった。
(本部の偉い人にシメられる……!)
ギュスターヴは生粋のフランス人だが、13歳から武蔵坂学園所属の灼滅者としてずっと日本に居た為、最早フランスより日本での生活の方が馴染み深い。よって懐かしの故郷というよりも異国の地で、何を言われるのかと戦々恐々。
いつもかけているサングラスも外して、精一杯修道士らしい格好を整えて、ここに赴いた次第である。
カレンダーの日付は6月の末。リヨンにも夏の日差しが照りつける季節なのに、冷や汗が止まらない。
「……ふたりとも、今日は大人しくしてるんだぞ」
一緒に連れてきた2体のバトモン――さっきから心配そうに服の裾を引っ張っている「ノクターン」と「キリエ」に、そっと声をかける。主の不安が伝わっているのか、ふたりとも落ち着かない様子だ。
そんな彼らを、案内役のシスターはじっと見ていた。
「な、なにか?」
「いえ。かわいらしいですね」
表情筋をまったく動かさない返答に、ギュスターヴは「あ、ありがとうございます」と返すしかない。
召喚状に『あとバトモン見せて』とついでのように書いてあったので連れてきたが、本当に良かったのだろうか。
不安が更につのるが、それ以上はなにも言われなかった。
「こちらです」
シスターの導きによりたどり着いたのは、歴史を感じさせる壮麗な礼拝堂。
色とりどりに輝くステンドグラスの前に、数名の司祭が立っている。
「待っておりましたよ、ギュスターヴ司祭」
「お会いできるのを楽しみにしていました」
「……お初にお目にかかります」
思いのほか柔和な表情でかけられた言葉に、ギュスターヴは緊張の面持ちで挨拶する。
彼らこそが『遍歴する光の修道会』のトップであると、疑いを抱く余地はなかった。
「そう固くならないでください。以前から貴方には会ってみたいと思っていたのです」
「あなたは|闇《ダークネス》の支配を終わらせた|灼滅者《スレイヤー》、すなわちこの世界の英雄ですから」
「きょ、恐縮です」
ギュスターヴが武蔵坂学園に所属していた事は、当然彼らも知っている。というより隠し通す事は不可能だった。
ダークネスによる「見えざる圧政」に終止符を打ち、世界そのものを変革させた灼滅者の功績は大きすぎる。
ただ、司祭達は敬意を表しつつも過剰におだてず、逆に目上として圧をかけることもなく、あくまでギュスターヴを修道会の同胞として扱うようだった。
「どうか楽になさってください。そして此度の出来事を、貴方自身の言葉でお聞かせくださいますか」
「……はい」
彼らが座るのを待ってから腰を下ろす。まだ緊張はしているが、少しだけ不安は緩んだ。
バトモン達のことをシスターに見てもらい、ギュスターヴは報告を行う。
普段はヤンキーのような荒めの口調を使う彼も、ここでは流石に丁寧な言葉遣いを心がけていた。
「異世界で新たなるサイキックハーツを創造するために、サイキックアブソーバーの破壊を企んだ青の王の軍勢から、オレ……私達は武蔵坂学園と日本の人々を守るために戦いました」
青の王コルベインを旗頭に攻め込んできたのは、ソロモンの悪魔、シャドウ、六六六人衆――いずれも過去に灼滅されたはずの強大なダークネスばかり。オブリビオンとなった彼らの力は、過去と同等かそれ以上のものとなっていた。
一ヶ月に渡る戦争の推移と、自身が直接挑んだオブリビオンとの戦い、そして現場の状況について、ギュスターヴはなるべく仔細に語る。
魔術師ソロモンに召喚された数々の大悪魔たち。
いたずらに市民への被害を拡大させんとする、六六六人衆や白の王。
いずれ劣らぬ絶大な力をふるう四大シャドウ。
そして剣樹卿アラベスクと融合し、史上最強のダークネスと化した青の王コルベイン。
その何れからも、ギュスターヴは人類を守るため、果敢に立ち向かった。
学園の危機に立ち上がった昔の仲間や、異世界からやって来た猟兵たちと共に。
かつてはバベルの鎖に阻まれ、ダークネスにまつわる情報の伝播は封じられていた。
しかし全人類がエスパーになった今は、誰もが世界の真実を知り、情報を共有することができる。
ほんの数年前までなら荒唐無稽とされていた話に、司祭達は真摯に耳を傾けていた。
「戦場は学園内のみに留まらず、激しい戦いになりましたが、最終的にコルベインと有力なオブリビオン達は討たれ、学園や民間人への被害も最小限に抑えることができました」
先の戦いで猟兵が討ち漏らしたといえる有力敵は、深手を負って逃走した白の王セイメイくらい。
サイキックアブソーバー強奪以外に奴らが企てていた作戦も、大事になる前にほとんどは阻止できた。
できる限りのことはやったと思うし、客観的にもこれ以上ないほどの戦果だったとは思う。
だが、それを聞いて本部の方々がどう判断するかは分からない。
まるでテストの結果を待つ、学生時代に戻ったような気分だ。
どうにも落ち着かなくってそわそわしてしまう。
「……なるほど。よく分かりました」
ギュスターヴの話を聞き終えた司祭達は、互いに顔を見合わせてから、ひとつ頷く。
そして、中央に座る高齢の男性が、代表して口を開いた。
「ところでギュスターヴ司祭は、われわれの修道会の成り立ちや活動についてご存知でしょうか」
「もちろんです」
質問の意図は掴めなかったが、ギュスターヴは迷いなく頷く。
まだ1年にも満たないとはいえ、自分が属している会について無知でいるほど、彼は不信心者ではない。
遍歴する光の修道会の創設者は特定の聖人ではなく、南フランスの地方司祭たちによる共同体を基礎としている。
現代より遥かに闇が濃かった時代、「暗闇にも光を届ける」を理念とし、動けぬ人たちの元へ自分たちから赴こう、というのが元々の始まりだったという。ダークネスの影響下にあろうが、いつの時代も善き心の持ち主はいたのだ。
そのため、この修道会では昔から信仰と、その実践の両立を重視してきた。
創設の地は南フランスだが、現在は本部としての機能をここリヨンに移したうえで世界中に支部を置き、病院運営、孤児や児童たちの支援、地域支援などなど、布教・啓蒙活動よりは実務寄りの活動を中心に行っている。
活動において支援する相手の宗教宗派は関係なく、敬虔さを尊ぶ一方で柔軟さも兼ね備えた団体だ。
寿命以外で人が死ぬことはなくなったとは言え、心や体に傷を負う人たちや、社会的なハンデや迫害を受ける人たちがいなくなった訳ではなく、助けを求める人々は世界中にいる。創設時から彼らの務めが終わりを迎えたことは無い。
名誉を求めぬ団体の気質もあって、公に取り沙汰されることは少ないが、積み重ねてきた実績は決して小さくない。
「特に極東・日本支部ではまだ『見えざる圧政』が続いていた時期から、ダークネスと灼滅者の戦争が起こるたびに、戦後の被災地で支援活動を行ってきたと聞いています」
「よくご存知ですね。われわれの力は微々たるものですが、それでも暗闇の中にいる人々に手を差し伸べ続けることを、創設者の代からの使命としてきました」
その言葉に偽りはなく、今もなお遍歴する光の修道会は「暗闇に光を」届け続けている。
修道会の理念を改めて確認したうえで、司祭はじっとギュスターヴと目を合わせる。
「……ときにギュスターヴ司祭。貴方はなぜ戦ったのですか」
声音こそ穏やかであったが、そこには誤魔化しを許さぬ圧が感じられた。
ギュスターヴは思わず背筋を伸ばす。自分は、これを問われるために呼ばれたのだと確信する。
「人ではないとしても、相手は知性を持ち言葉を話す者です。われわれの務めは、戦争で命を奪う事ではありません」
エスパーへと進化した人類は、寿命以外の「死」を克服した。
暴力、災害、病気、飢餓に至るまで、あらゆる「通常攻撃」は無効化される。
例外は、サイキック(ユーベルコード)による攻撃のみ。
すなわち灼滅者は、この世界で唯一「殺人」が可能な人間なのだ。
これは第一次サイキックハーツ大戦終結後初期から議論されてきた問題だ。
もちろん、ダークネスの支配を打ち破るために戦った武蔵坂学園の灼滅者は、残酷非情な殺戮者ではない。
ギュスターヴが知っている元学友たちも、信頼の置ける仲間だった。
だが、人は変わる。時の流れや身を置く環境、経験によって。
特に「戦争」という強烈な体験は、十分に人の価値観を変えうるものだ。
ダークネスとて元々は人間が闇堕ちした存在である。
それを殺し続けることで、殺生という行為そのものに慣れてしまっていないか。
エスパーとなってもなお凡人には持ち得ない、特別な力に酔ってはいないか。
――自分を救世主だと思い始めてはいないか。
はじまりの挨拶も、思えばこちらの反応を窺われていたのかもしれない。
対面する司祭の眼差しはこちらの心まで見透かすようで、後ろめたいことがあればすぐに見抜かれると分かった。
伊達に本部で、世界中の修道士たちを束ねる立場にいるわけではないのだろう。
だからギュスターヴは、まっすぐに彼の目を見つめ返した。
「日々の聖務はもちろん大事だと認識していますが、人々を虐げようとしているのは見過ごせませんでした」
武蔵坂学園の灼滅者として、ダークネスの邪悪さは嫌というほど知っている。
魂のレベルで根本的な「悪」である奴らは、野放しにすれば必ず非道を働く。
先の戦争においても民間人をわざと標的にしたり、過剰な破壊行為を企てたり、一歩間違えば大参事になっていた。
たとえ聖職者の本分に反していたとしても、罪なき命をみすみす奪われるくらいなら、ギュスターヴは武器を取る。
「では貴方は、あくまでも世界を守るために戦ったと」
「いえ、正直そういう意識はなく……ただ、参加しないまま人々の生活を守ることは出来ないと思ったからです」
救世主だとか、そこまで自分はだいそれた存在ではないと自覚している。
たとえ灼滅者であっても、何もかも思いのままにできるわけでも、すべての人を救えるわけでもない。
そのことは、苦いくらいによく知っている。
「自分はまだまだ未熟な司祭です。奇跡を起こす聖人ではないですし、なりたいわけでもありません」
「であれば、貴方がなりたいものは何ですか?」
重ねて投げられた問いかけには、ギュスターヴは迷わす答えることができた。
「悩みを抱える誰かの隣に座って、その人の話をきちんと聞ける人になりたいです」
聖人にはなれそうにもなくても「話が出来て良かった」と思われる神父に。
遍歴する光の修道会に入ったのは、その目標に少しでも近づくためでもある。
「『暗闇にも光を届ける』。皆さんがやってこられたことを、自分なりの方法でやってみたいんです」
形だけの祈りや格式、ましてや俗世の利益ではなく、この修道会は創設以来から信仰の実践を続けてきた。
掲げるだけの理想に意味はなく、現実を見据えて各々が為せる事を為す。そこに灼滅者とエスパーの違いはない。
先の戦争が、まさしくそうだった。
「この修道会に所属できたこと自体を、ありがたく思っています。自分が戦場へ行けたのは、極東支部の仲間たちが支えてくれたからですから」
所属者の証として空の|聖遺物容器《レリクアリ》を授与された、あの日のことを思い出す。
言葉にすることで、改めて感謝の気持ちが湧き上がってくる。
やはり自分に救世主などおこがましい。救うどころか、どれだけ多くの人に背中を支えられていることか。
「……願わくば、今後もお世話になれれば幸いです」
深々と頭を下げつつ、どうか|破門《クビ》だけはご勘弁を! と祈るような思いで言葉を締めくくる。
まとまりが無くなってしまったが、ギュスターヴ自身が言いたいことは、全て言った。
司祭たちはなにも言わず、まだギュスターヴのことをじっと見ている。
十数秒の沈黙。
それを破ったのは、後ろの方から聞こえてきた笑い声だった。
「あっ、ごめんなさい」
ギュスターヴと司祭たちが振り返ると、そこにはバトモンたちにお菓子をあげているシスターがいた。
クッサン・ド・リヨンという、鮮やかな青緑色で四角いクッションの形をした、この街名物の砂糖菓子をもらって、ノクターンもキリエも大はしゃぎしている。
「この子たちが退屈そうにしていたので、つい」
雰囲気を壊してしまったかとバツが悪そうにしながら、バトモンたちの頭を撫でるシスター。
どうもかわいいもの好きらしく、最初に会った時とはだいぶ印象が違う。
「い、いえいえ、むしろありがとうございます」
ギュスターヴとしては(お菓子貰って嬉しそうだなー、いいなー、ぼくもあっちがいい)というのが本音で、こっちとは真逆のほのぼのした雰囲気に、思わず現実逃避したくなるくらいだが。いや叶うものなら本当に代わって欲しい。
――そんな考えが通じたかは分からないが、司祭たちがふっと表情を崩した。
「……もう、良いのではありませんか?」
「そうですな」
その一言で、張り詰めていた礼拝堂の空気が、完全に元に戻った。
高齢の司祭がもう一度ギュスターヴと目を合わせ、頭を下げる。
「ギュスターヴ司祭。あなたを試すようなことを聞いて、申し訳ありません」
「え、えっ?」
目上の相手から急に謝られて、思わず固まってしまうギュスターヴ。
ある意味では、その反応は気取りがないともいえる。
力に溺れ、傲慢の罪に染まっていない証。
「極東支部から、あなたの普段の様子については報告を聞いていました。ですが同じ修道会の一員として直に確認しておきたかったのです。壮絶な戦いを経ても、あなたの信仰や人格が損なわれていないかを」
猟兵と灼滅者の存在なくして、第二次サイキックハーツ大戦の勝利はあり得なかった。
世界の危機を救うという、あまりにも大きな功績を挙げた人間が、そのせいで心を歪めてはいないか。
本部側が気にしていたのは、その点だった。
故に、ギュスターヴ本人の口から報告を聞く必要があった。
彼が自身の戦果や武勇伝ばかりを誇らしげに語るようなら、やはり危険な兆候だと判断するほかない。
灼滅者がかつてのダークネスのように世界の支配者になってしまう可能性は、懸念して然るべきだ。
なによりも灼滅者の影響力は大きく、彼らの暴走を物理的・社会的に阻止することは極めて難しい。
暗闇に光を届けることを理念とした修道会の中から、光を闇に染める者が現れることは阻止せねばならないと、遍歴する光の修道会本部が危惧したのも無理からぬことである。
もし万が一、本当にギュスターヴの信仰が歪んでいたら――彼らも然るべき対応を取らざるを得なかっただろう。
「しかし杞憂でしたね。あなたの報告からは、戦禍に巻き込まれた方々を慮る気持ちが確かに伝わってきました。人々を虐げる者を見過ごせなかったという言葉にも、嘘はないと感じます」
「……はい」
本部の面々が聞きたかったのは、戦いの中で信仰を見失わなかったか否かだろうと、ギュスターヴも察してはいた。
だからこそ語った偽りなき思いは、ちゃんと認めてもらえたようだ。
「信仰を見失ってはいないと思います……信仰があったから戦った、というより人を見捨てないために戦うことが、自分にとっては信仰と矛盾しませんでした」
「ええ。その想いがある限り、あなたが闇に堕ちることはないでしょう」
優しく微笑む司祭のまなざしからは、暖かに包み込むような感情が――信頼感が伝わってきた。
もはや、そこに疑いの念はない。
「説教がましいことを申してしまいましたが……どうかこれからも修道会の仲間として、共に手を取り合ってゆきましょう」
差し出された手は皺だらけで、硬く節くれ立っている。
教会の中で祈ってきただけの手ではない。長年に渡って現場仕事を重ねてきた手だ。
その手を握ることに、ギュスターヴはもうなんの迷いもなかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ええ、ええ」「頼もしいことです」
司祭ひとりひとりと握手を交わして、
ようやく肩の荷が下りた気がして、ギュスターヴはほっと息をついた。
「さて……堅苦しい話はここまでにして。ずっと気になっていたのですが」
「はい?」
空気を変えるようにぱんと手を打ってから、司祭はお菓子をほおばっているバトモンたちのほうに視線を向ける。
さっき見た時よりも、砂糖菓子の数が増えてる気がするのは気のせいか。シスターはしらん顔をしている。
「バトモンと言うのでしたか、あの子たちは。われわれも触らせてもらっても良いでしょうか?」
「え、ええ、もちろん」
急にまた雰囲気の変わった司祭たちに困惑しつつギュスターヴが頷くと、彼らはいそいそとバトモンたちの元へ。
食べかけのクッサン・ド・リヨンを抱えたまま、ノクターンもキリエもきょとんとしている。
「おお、なんとかわいらしい。お名前は?」
「ええと、竜の子がノクターン、小鹿の子がキリエです」
「良い名前ですね。甘い物がお好きですか? クッサンが気に入ったなら、こちらのビューニュはいかがでしょう」
どこに用意していたのだろう、司祭のひとりが粉砂糖をまぶした揚げ菓子を取り出すと、ふたりとも目を輝かせた。
やんちゃなノクターンは大きな口を開けて豪快にむしゃむしゃと、穏やかなキリエはちょっとずつちぎって小さなお口でぱくりと、食べ方にも個性が出るのがかわいい。
「お口に合いましたかな?」
「他にもまだありますよ」
「癒されますなあ」
ひとつひとつの仕草に表情を綻ばせながら、小さい子供をあやすようにバトモンたちをかわいがる司祭たち。
バトモン側も悪意がないのが分かるのか、角や翼を触られても毛並みを撫でられても、嫌がらずに心地よさそうにしている。
「支部からの報告で、貴方が異世界の不思議な生き物を連れていると聞いた時から、ずっと気にされていたんですよ。前々から触れ合ってみたいと仰っていました」
「な、なるほど……」
さっきまでの厳粛さはなんだったのだろうと思うくらい、バトモンたちを愛でまくる本部の方々の様子に、シスターが捕捉を入れる。そういう彼女もギュスターヴが審問されている間、ずっとバトモンをかわいがっていたわけだが。
(ひょっとしてこっちが本命だった?)
まさかとは思うものの、そんな考えが一瞬よぎるくらいユルい風景に、ギュスターヴは肩の力が抜けすぎて衣がずり落ちそうになる。いや、この世界にもサーヴァントがいるとはいえ、普通の人にああいったのは珍しいのは分かるが。
「いやあ、わざわざ連れてきてくださってありがとうございます。ところでギュスターヴ司祭、この後お時間はありますかな?」
「それは大丈夫ですが、なにか?」
手持ちの揚げ菓子を全て与えきって、立ち上がった高齢の司祭がギュスターヴに声をかける。
報告の後は新人研修があると聞いて来たので、しばらくの間はリヨンに滞在するつもりで、すでに宿も決めてある。
他に予定も入れていなかったのでそう答えると、それは良かったと司祭は微笑んで。
「この近くに、われわれが運営している孤児院があるのですが。そこにこのバトモンたちを連れていけば、子どもたちも喜ぶと思うのですが……いかがでしょう?」
「ああ、なるほど。そういうことでしたら喜んで」
確かに、幼い子どもにバトモンはいい遊び相手になるだろう。言わばアニマルセラピーならぬバトモンセラピーだ。
わんぱくなノクターンも世話焼きなキリエも、こういったお役目は嫌がらないだろうと、ギュスターヴは二つ返事で了承する。
「もちろんギュスターヴ司祭にも手伝っていただきますよ。いやあ、この歳になると体力がきつくてですね、元気一杯な子どもたちについて行くのは大変でして」
「もちろんです。体力には自信があるので」
灼滅者としての使命も修道士としての務めも、結局は体が資本だ。それなりの体力がなければやっていけない。
ここは若手新人として頼れる所も見せようと、あえて自信満々な態度を取るギュスターヴに、司祭は目を細め。
「頼もしいことです。では、行きましょうか」
「はい!」
司祭とシスター、そしてギュスターヴとバトモンたちは、連れだって礼拝堂を後にする。
当初感じていた隔たりのようなものは、今はもうない。あるのは同じ道、同じ理念で結ばれた連帯感。
見えない大きな環の中に、自分も入っている実感がある。
(どうなることかと思ったけど、来て良かったな)
なにを言われることかとビクビクしていた数時間前までに比べれば、ずいぶん肩も足取りも軽くなった。
なにより本部からの問いかけを通じて、己の信仰や使命、立ち位置や責任について見つめ直すことができた。
この一件は、ギュスターヴ自身が遍歴する光の修道会の一員としての立場を改めて認識することにもなっただろう。
――祈りに万能の力などないと知りながら、それでも手を組み、空を見上げてきた。
奪われた命に冥福を、踏み躙られた祈りに救いをもたらすため、戦ってきた。
闇の中をもがくようだった道程は、光差す方角へと続いていたと、今ならば言える。
次は、己が手に入れた光を、まだ暗闇の中にいる人に届けに行く番だ。
己が所属する場所と向き合い、新人司祭としての一歩を踏み出したギュスターヴ。
数多の期待と希望を背負うであろう、これからの彼の行く先を、リヨンの青空と太陽が見守っていた――。
成功
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