木元村の肝試し2025
●いつもと少しだけ違う夜明け
木元村。
サムライエンパイアの何処かにある村である。自然豊かな村だ。
日の出と共にコケコッコと鶏の鳴き声が響いて、木元村に朝を告げる。
それがいつも木元村の朝――けれど、いつもと違う日もある。
まだ空が半分以上仄暗い早朝に、ひとつの戦いが始まろうとしていた。
「今日は大事な日だから、たまこは鳥小屋にいて貰うね!」
張り切って早起きした木元・祭莉が対峙しているのは、朝を告げるコケコッコの主。
雌鶏のたまこである。
今日のこの後の予定の為には、たまこを鳥小屋に押し込めておく必要がある。
たまこの説得。
それが、今日の祭莉の最初のお仕事だ。
『コケッコォォォッ!(イーヤー!)』
尤も、たまこってば木元村の守護神ではあるけれど、守護神の前に『凶暴な』とかたまについたり、なちゅらるぼーんボス、とか言われたりしているくらいの、中々の気性難――もとい、気性が激しい。
だから説得と言っても、鳥小屋にいてね、で話が済む筈がない。
「今日のおいらはいつもと違うよ! 村長補佐だからね!」
『コォォケェェェッコォォ!(絶対にヤーダー!)』
そして祭莉はいつになくやる気に満ちているけれど、やる気になっても結果が変わらない事だってある。
「おはよ、まつりん」
「……おはよう」
『コッケェ!』
木元・杏が起きてきた時には、倒れ伏した祭莉の上で、たまこがどこか誇らしげに翼を広げていた。
●木元村に集う
木元村の中に、いつもより慌ただしい時間が流れて――陽が沈み始めた頃。
木元村はいつもとは違う装いと、賑やかさに包まれていた。
外の森は所々に提灯が置かれ、光と陰が際立っている。寺子屋を兼ねたお寺は、何やらおどろおどろしい装飾に彩られている。
そして何より――多くの来客が訪れているのだ。
「今日は木元村の肝試しにようこそでっす」
村を挙げての大イベントである。
「あ、リンデンー♪」
村長補佐としてゲストに挨拶して回っている祭莉は、南雲・海莉とそのバディのリンデンを見つけて駆け寄ると、夏の作務衣に蝶ネクタイと言う和洋折衷なスタイルを気にすることなく、挨拶代わりにもふもふわしゃわしゃし始める。
「祭莉くん。今回はよろしくお願いするわ」
そんな祭莉の頭に、どこかで着けた葉っぱがそのままなのを海莉は笑顔でスルーした。
(「直前まで何かをしていたのでしょうけれど、祭莉くんだものね」)
なんて海莉が思っていると、横から伸びてきた手が、さっと祭莉の頭の葉っぱを取った。
「いつも兄姉がお世話になっています、海莉さん、澪さんも」
卒のないフォローをした木元・刀は海莉ともう一人、見知った顔に軽く頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそお招き頂きまして」
刀に小さく微笑みかけ、寧宮・澪は隣に向き直った。
「と言うわけで、やってきました木元村……自然も豊か、人の心も豊かで良い村です」
まるでツアーガイドの様に流れる説明。
馴染みの馴染みの酒場『アジュール』で誘いをかけた知人達の案内に、澪はちょっぴり張り切っている。
「確かに自然豊かですね。しかし……木元、ですか」
「木元、なんですね」
その知人2人――椎那・紗里亜と七重・未春は、思わず顔を見合わせている。
『木元』と言う村の名前に、2人は覚えがあるからだ。
「誰の事を考えてるか予想はつくけど、知らないみたいだよ」
背中から聞こえた声に、紗里亜と未春は少し驚いた顔で振り向いた。声の主とここで会うとは思っていなかったのだ。
「あら、摩利矢さんも来ていたんですね。お元気そうで」
「久しぶり。紗里亜も元気そうだな」
直ぐに驚きを消していつもの表情に戻った紗里亜に、上泉・摩利矢が笑って返す。
「急に呼ばれてさ。その本人は、『へー、木元村』なんて呑気な反応してたよ」
そう摩利矢が指差した方に視線を向ければ『よす』と木元・明莉が2人に気づいて挨拶代わりに軽く手を挙げていた。
「見知った顔と思えば椎那と……七重? 久々に会えばデカくなったな」
「……お、お久しぶり、です」
「ああ……いつぞやの花見で会ったね」
「覚えていて貰えたんですね」
久し振りにあう知己と気づいた明莉の一言で、摩利矢も未春が誰かと気づいたようだ。
「それで、この村の名前って……」
「ん? あー、ちょっと親近感はあるね」
「それだけですか……」
色々と紗里亜の中で引っ掛かってるものはあるのだが、明莉が笑ってそう返すなら、偶然と言う事になるのだろう。
「木元村……そんな不思議な名前でしょうか?」
「知り合いに同じ苗字の方がいるのです」
紗里亜が何をそんなに不思議そうなのか――逆にそちらの方が気になる澪に、未春が掻い摘んで事情を伝える。
「……今日は木元が多い日なのです」
未春自身はもう、そう言う事もあるだろうと深く気にしてはいない。
そこに、もう一人の木元が軽快に駆けてくる足音が近づいてきた。
「ん、澪ー!」
「はいこんばんは、杏さん」
浴衣姿の杏がダッシュで駆け寄ってきたのに気づいて、澪は手を振り頷く。
「海莉もいる! リンデンも! ハルもいる!」
「ええ、杏さんもよろしくね」
「今日はよろしくです」
海莉も杏に手を振り返し、未春も笑顔で会釈する。
何だか人が一気に増えたし何なら知らない人もいるしと少し不安だった杏だが、知り合いを見つけて落ち着きを取り戻した。
(「ん、良く見れば優し気なお姉さんも」)
そして、その知らない人――紗里亜も、落ち着いて良く見れば、なんだか大丈夫そう。
「………こんばんは」
――挨拶、大事。そんな父の教えを思い出し、杏が絞り出した挨拶に。
「はい、こんばんは」
紗里亜は何だか微笑ましいものを感じて、笑顔で返した。
(「うーん、皆が若いわ」)
そんな様子を、プリシラ・アプリコットがしみじみと眺めていた。特に明莉と紗里亜と未春に視線が向いている。
「おかあ……プリシラー」
そんなプリシラに気づいて、杏がとととっと駆け寄るなり抱き着いた。
「刀もそんなとこにいないで、こっち来なさい」
まとわりついてくる杏を好きにさせておき、様子見してる刀を手招きして。
「お招きありがと♪ 久し振りネ」
杏と刀を両脇に抱えて頭をぐりぐり撫でながら、プリシラは辺りを見回した。
「やほ~、みなさんようこそ木元村なのヨ☆」
まるで木元村の住人の様に周囲に振る舞うが、実の所、プリシラも来訪者側。しかも初来訪だったりする。
「これはまた……言動が、引っ掛かる気がするんですが……」
プリシラのそんな振る舞いに、紗里亜は『木元』とは別の引っ掛かりを感じていた。ある意味、近しくはあるのだが。
「ん? アタシの顔になんかついてる?」
「あ、いえ、ちょっと面影を感じたと言いますか」
「何だか知ってる方に似ている気がするです」
プリシラに逆に問われ、紗里亜が答えに悩むと、同じ面影を感じた未春が答えを継いだ。
「……その方は、向日葵みたいに明るくて元気でステキなお姉さんです」
「そ。誰か分からないけど、そんな人に似てるのは光栄ネ」
紗里亜と未春が感じた面影が製作者だとはおくびにも出さず、プリシラは曖昧に微笑む。
「もっきゅぅ……」
その隣で、モーラットのあかりが、なんかもっふんとドヤァしていた。
(「うーん、きっと人間関係色々理解してるの俺だけだな! やっぱアレか? 年の功ってヤツか?」)
あかり自身は得意げなのだが、多分誰にも通じてない。
●肝試す者達
そんな人間関係のあれこれはさておき、肝試しの準備は着々と進んでいる。
「せっかくだから、ドローン撮影しとこ♪」
「もうすぐ肝試しはっじまるよー! お化け役さん達、準備よろしく♪」
この日の記録を残そうとプリシラが撮影ドローンを飛ばし始める中、祭莉はお化け役の皆にも声をかけて回る。
お化け役は主に木元村の住人が務めているのだが、来訪者の中にも驚かせるお化け役を志願した者もいた。
「あら、未春さんも脅かし側?」
「南雲さん! 一緒に脅かしましょうです」
海莉と未春だ。
海莉も同じ脅かし側と知った未春は、誰かを探すように周囲に視線を向けた。
「今日はご一緒じゃないですよね……」
期待した海莉の義兄の姿は見つからず、未春はぽつりと小さく零す。
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもないです。どんなお化けになるか、考えてなかったのです」
海莉に尋ねられ、未春は首を横に振って誤魔化す。
「南雲さんは……」
既に質素な着物姿で何だかお化けらしい装いの海莉に未春が視線を向ける。
「私は二口女よ」
海莉が告げて何かを引っ張る動作をすれば、髪に隠れていた後頭部に仕込んだ特殊メイクの人面疽が露わになった。
明るい所で見れば特殊メイクとすぐにわかるが、暗い場所でなら結構迫力が出そうだ。
「未春さんのお化けの仮装が決まってないなら、猫娘なんてどうかしら?」
海莉の特殊メイクの力の入り具合に比べてどうしたものかと悩む未春に、海莉はそんな提案をした。
「猫娘さんですか? よろしくお願いしますです」
「任せて、とびきり可愛い猫娘にしてあげる♪」
海莉は持参のメイクセット取り出し、未春を猫娘に仕立てていく。
「ですが、猫娘さんはどうやって怖がらせるのでしょう?」
海莉の手で順調に猫娘になっていくなか、未春は猫娘としての振る舞いに迷っていた。考えても良く分からない。
「お二人とも……メイクに気合が入ってますね」
そこに、澪が様子を見にやってきた。
「そんなお二人に、こちらの恐怖音声BGM集は如何でしょう」
澪が持っていたのは、何処かレトロなカンジのラジカセみたいな音響装置。
ボタンをぽちっとすれば、女性のすすり泣きや悲鳴、子供の笑い声や走る音と言った音が鳴り出す。
「すごい、雰囲気たっぷりですね」
「このままだとわかりやすいけど、風の魔術でちょっと響き方を調整すれば……面白く出来そうね」
音が持つ如何にもな『それらしい雰囲気』に未春が感心したように呟き、海莉はどう使うか既に考え始めている。
「……よろしければ、お使い下さればと……」
「え? あれ?」
「こんなの用意しといて、まさかのそっちなの?」
そんな音声素材を提供しながら参加者グループへ戻って行く澪の背中を、未春と海莉は困惑しながら見送るのであった。
「オバケさんたち、よろしくね」
お化け役の仮装が済んだ住人達に、プリシラがお菓子の袋を配って回っている。
「準備出来ました? ではではこちらでっす。リンデンもついてきてね」
退魔刀の代わりにこんにゃくぶら下げたリンデンにも声をかけ、祭莉はお化け役達を先導して歩き出す。
「リンデンさんも頑張りましょうです」
未春にも声をかけられ、わふ、と返すリンデン。
「もきゅぴっ!」
そこに特徴的な鳴き声がして、モーラットが飛び出してきた。あかりだ。
「あ、モーラットさんです。あたし初めて見ましたです」
初めてのモーラットに未春が目を輝かせるが、あかりはリンデンにまっしぐら。
「きゅー! きゅきゅきゅ!(モフモフ隊、出動しよう!)」
「わう、わうぅわぅ」
何やらあかりとリンデンの間で、会話が成立している様子。
「ふわふわで可愛いですね」
「こっちにいるってことは……お化け役? 出来るの?」
「もきゅ、きゅ♪(コンニチハ)」
「わぅ」
未春と海莉の心配を他所に、あかりが90度ほど下に回転――深々としたお辞儀のつもりなのだろう――すれば、リンデンも軽く頭を動かし応え、あかりもお化けの列に加わった。
木元村を出て少し進めば、そこはもう肝試しのステージだ。
川辺の土手には脅かし役の隠れ場所として木材が積み上げられ、普段は寺子屋に使ってる寺はお化け屋敷風に不気味さを演出すべくデコられている。森近くの六地蔵さんも周りを草で覆っただけなのに、こっちもなんだか不気味だ。
海莉もリンデンも、未春も、思い思いの場所に隠れていく。
白いモフモフも、選んだ場所にもきゅもきゅと潜っていった。
●肝試される者達
「肝試しの順路の地図でっす、どぞ」
「おう、サンキュ」
順路を書き込んだ地図を、祭莉から受け取る明莉。
お互いの手には、そっくりの時計が着けられている。
「おー、似た時計だ。奇遇だねぇ」
「ほんと、そっくりだね♪」
それが違う流れを辿った同じ時計である事に、2人とも気づいてはいなかった。
「何々? この地図によると……この民家からスタート、学舎や広場、畦道通り参道抜けて、各チェックポイントでスタンプを押しつつ、神社がゴール、と……結構歩くな?」
祭莉が他の参加者にも地図を配る中、明莉はスタート地点のスタンプを誰よりも早く押した。
どうも今回、最年長になるようだ。ここは年長者として引率役になろうと、明莉は地図と赤提灯を手に、率先して先頭に立っていた。紗里亜と摩利矢が明莉の後に続いている。
(木元さんの歩き癖、見覚えがあるような……でも違和感が」)
少し後ろでは、書生さんスタイルの刀が、明莉の背中の歩き方にある種の既視感と違和感を同時に覚えていた。
だが、肝試しは既に始まっている。
「さ、行くわよアン。レッツゴー、毛玉退治ヨ♪」
プリシラが杏の手を引いて歩き出せば、刀も深い思考を後回しに歩き出すしかない。
片手は杏にがっちり、ホールドされているから。
「解せない……」
スタートのスタンプを押してもまだ、杏は不満げだった。
暑さを凌ぎたい――わかる。
それでなんで、肝試ししようとなるのかが、未だわからない。
「暗いし怖いし謎過ぎる」
「でも、もう決まったことだよ姉さん」
刀の腕は、杏がしがみつきっぱなしだ。
「動いたりするお人形に、油を舐める猫又、ひたひたと足音一つ増えたりしますかね……」
「呪われたお人形に怪奇猫又とか……怖い」
澪の口から、うっかり期待する怪談話が声になって出てくれば、杏の恐怖は深まるばかり。
「…姉さん、歩きづらいです」
刀は腕にがっちりしがみついてる杏を振り払おうとはせずに、そぞろ歩いている。
「お化けなんて、ガツンとやっちゃえばいいのヨ」
そんな杏に、プリシラが何処からか取り出した麺棒を片手に告げる。
「ガツン……なるほど」
それで杏が思い出したのは、幼い日に母から聞いた教え――幽霊も殴れれば怖くない。
「さ、行くわよアン。レッツゴー、毛玉退治ヨ♪」
「色んな安心成分補充もした。どんと来い」
麺棒ブンブンしながらプリシラが歩き出せば、杏がシュッシュッとシャドーしながら後に続いていた。
数分後。
「あら、ここは……お寺?」
「お寺。たまに学校」
「ガッコね。ちゃんとおべんきょしてる?」
「……してるよ?」
プリシラの問いに、杏は明後日の方向に目線を送る。
「成績……は聞かないワ」
(ウチの子だもの。いいワケないわネ♪)
そんなまるで母娘のようなやり取りをしながら、暗い夜道を再び歩き出――。
「にゃっ!?」
歩き出そうとしたところで、後ろから澪のそんな声が上がった。
あまり聞かない澪の素っ頓狂な声に、杏の足が止まり、ギギギィッと後ろを振り向く。
「ひんやりとした何かが……これ、こんにゃく?」
古典的な仕掛けの正体に澪が気付いた時には、杏は驚き駆けだしていた。
杏達よりも前の、大人組でも。
「ひゃっ」
こんにゃくが飛んでくる仕掛けに、紗里亜が思わず声を上げていた。
「考えてみたら、学生時代から肝試しとかお化け屋敷とか、入ったことが無かったような……」
既に余裕が崩れてしまった表情を戻そうとしながら、紗里亜が呟く。
「ブレイズゲートに行けば、それっぽいのは見飽きるほどいたからな」
「そうなんですよ。ダークネス相手は慣れっこですが、戦闘抜きのこういう体験は初めてで」
摩利矢の言葉に、紗里亜は苦笑した。
あの時代の武蔵坂にいた者は、大抵そうだろう。
「だから……ちょっと緊張してます」
未知の経験は、それなりに緊張するものだ。
「しませんか、明莉さん」
「……」
まだ先頭を歩いている明莉は、紗里亜の言葉に無言を返した。
黙して語るとか、そう言うもんじゃない。
喋る余裕すらないだけだ。
何か影が動けばびくっ、音が鳴ればびくっ。明莉の肩は跳ね続けている。その正体が、野生の牛や馬だったりしても。
そこに無言で音もなく飛び出した未春が、明莉の肩をぽんとすれば、その肩がびっくぅっと跳ね上がった。
「明莉さん?」
「うぉぁぁっ……て、七重?」
飛び出してきた猫耳お化けが知り合いだと気づいて、明莉が安堵の息を零す。
だが――。
ひゅ~どろどろ~♪
と、如何にもな雰囲気を醸し出す音がどこからか流れてきた。
更にどこからか風が吹いてきたかと思えば、いつの間にか正面に女が立っている。長い髪が風で靡いて――。
「おなか、すいた」
髪の中に隠れていていて露わになった女のもう一つの顔から、幼い声が発せられる。
髪の靡き方や音の響きに魔術の風まで駆使した、海莉の二口女の演技に明莉は完全に飲まれ、髪の中にあったもう一つの顔から幼い声が発せられたように見えていた。
「いや、大丈夫コワクナイヨコワクナイヨ……!」
「あ、明莉さん待って下さい!」
口では恐くないと言いながらも駆けだした明莉を追って、紗里亜が駆けていく。
「……あんなに驚くなんて。そんなに怖かったかしら?」
「うん、いい演技だったと思うよ」
少しやり過ぎたかと眉を潜めた海莉に返して、摩利矢も明莉と紗里亜の後を追っていった。
如何にもな雰囲気のその音は、後ろにいる杏にも聞こえていた。
「み、澪、終わったら美味しいご飯沢山食べよう」
音に恐怖を感じ声を震わせて、杏が振り返る。
だが澪の姿は見当たらなかった。こんにゃくに澪が驚いた声を上げた際、驚いた杏が走って距離が離れたからだけど。
「お、おか、プリ……刀、さりあ」
だとしても、何故か杏の周りには誰もいなくなっていた。
紗里亜がいないのは、大体明莉のせいとして――。
川辺にはお化け蛍がいるのネ。
「もそっと明るくしまショ♪」
プリシラは光る音符を出し、脅かされ側なのにお化け役の村人を脅かしていたりして、そっちが面白くなっていた。
「おぉー! 熱演ですね!」
プリシラに驚かされながらもお化け役を忘れない村人達の心意気に感心して、刀は足を止めていた。
(「そのおもてなし心、見習いたいです。」)
その為に、姉がはぐれてるんですよ。
「…うーん雰囲気出てますね」
澪はと言うと、自分が提供したのとは違う音響にわくわくしていた。
「…おや、いらっしゃいませんね」
気づいた時には、杏とはぐれていた。
何だかんだで、みんな大概に自由だ。そのせいで杏は1人なっているけれど。
そしてそこをチャンスと思ったのが1人。いや1匹?
「もきゅっぴー!」
「ひゃああ!!」
ぱーっ!っと草むらから飛び出してきた毛玉――あかりである――を、杏は悲鳴を上げながらも条件反射でグーで吹っ飛ばした。
「杏さん、大丈夫です?」
杏の悲鳴に、思わず心配になって飛び出してきた猫娘――であることを忘れた未春。
「あ、ちょっと未春さん」
更に続けて二口女まで出てくれば、杏は条件反射で地を蹴って飛び――。
「んん?よく見たらもしやハル? 未春? あ、そして海莉だ」
そのお化けが知り合いの仮装だと気づいて、杏は反射的な攻撃態勢を解除した。
「ふふ、2人とも可愛い怖い」
安心と怖さが綯交ぜになって、杏の口から出る言葉が混乱している。
「ところでまつりん見なかった?」
「そう言えば……」
「案内して貰ったきりですね?」
それでも段々落ち着いてきた杏の問いに、澪と未春が思わず顔を見合わせる。
少し前から、誰も祭莉を見ていない。
「どっかで何かやってそうネ、まいっか☆」
なんてプリシラがフラグになりそうな事を言った直後だった。
『コケッコォォォッ!』
闇夜を引き裂くような鶏の声が響いたのは。
●木元村最強伝説
実は祭莉は肝試し参加者たちの後を、草葉の陰から追っていた。
彼らが道に迷わないための、見守りである。木元村周辺、夜はまじで暗いし。
(「もう大丈夫そうだから、先回りして――」)
ゴール地点の神社で、木元村体操を披露し、最後は皆で体操して終わる予定――だったのだ。
だが、神社に着いた祭莉を小さな影が見ていた。
鳥居の上で、瞳がギラリと輝く。
そして――。
『コケッコォォォッ!(よくも閉じ込めたね!)』
「え? たまこ!? なんで!? たまこなんで!?」
祭莉VSたまこ、第2ラウンドの火蓋が誰も知らないところで切って落とされたのが、数分前の事。
そして――。
「まつりん……」
「兄さん……」
勝ち誇ったたまこに踏まれてる祭莉に、杏と刀がおいたわしそうに手を合わせた。
WINNER、たまこ。
「たまこちゃん、相変わらずね」
くすくすと宥めるのを手伝おうとする海莉。
「随分と活きのよさそうな鶏じゃないか。私に任せろ」
そこに、空気を読まない摩利矢が、腕まくりをしてたまこに向かって行く。
「あ、ちょっと……」
「やーめといた方がいい気がするぞ?」
「何言ってる。所詮、鶏だぞ」
紗里亜と明莉に止められても、フラグを増やしていく摩利矢。
摩利矢VSたまこ――ファイッ!
「な、なんだこの鶏の強さは……」(ガクッ)
WINNER、たまこ。
●宴もたけなわ
「たまこ見てたら安心して、お腹空いてきた」
家に戻って皆でのんびりしよう――いつもの調子に戻った杏の言葉に異論はなく、皆で木元村に戻る。
「ふぃ、お疲れ様でした」
明るい村に戻ってきて、息をつく澪。
「楽しかったですね……二口さんに猫娘さんにと賑やかで……」
「海莉さんの迫真の演技は感動ものでしたし、はるさんの猫娘も、風景に溶け込む仕上がりで違和感なしでしたよ」
「2人ともありがとう。幼稚園の頃に「泣かない海莉ちゃん」とまで言われた実力は示せたわね」
澪と刀からの賛辞の言葉に、海莉は得意げな笑みを浮かべたが――。
「でも、怖くはなかったのね」
「あっ」
苦笑交じりになった海莉に、刀は自分の言葉の選択を失敗したかと悟る。
「それにしても、待ってる間は結構大変だったわね。蒸し暑いし」
そんな刀の様子に、海莉は話題を変えた。
「宴会の前にさっぱりしたいのだけれど、お風呂を借りられないかしら?」
という海莉の提案で、木元家のまずは風呂を借りることになった。
特にお化け役達は、寺の陰やら茂みの中に隠れたりしていたのだ。まあ土と埃にまみれている。
「お風呂もあるよー♪ 庭にシャワーブースもあるよー♪」
誰かのコンコンコン土産のシャワーブースが、祭莉によって木元家の庭に置かれる。
「リンデンはそっちの男子組ね」
「わふっ」
「もきゅっ」
その中に、リンデンと便乗したあかりが入っていった。
「もきゅっふ~」
シャワーを浴びた後、水を張った大盥に入ったあかりの口から、どこぞの仕事帰りの親父が風呂に入ったみたいな吐息が零れていた。
「そうだ。スイカ冷やしておいたんだ」
お風呂上りでさっぱりホカホカな杏が、ふと思い出してスイカを取ってくる。
「はい。お風呂上りにどうぞ」
でもってバキッと素手でスイカを割って、はいどうぞ、と杏はスイカを皆に振舞った。
もう杏のこのパワーは皆慣れっこのようで、特に驚く人もいない。
縁側に、しゃくしゃくとスイカを齧る音だけが響いて――ふいに、じゅぅ~っと言う音と、香ばしい匂いが外から漂ってきた。
「んむ? 焼きそばの匂いが……」
ソースの焼ける匂いに誘われ、杏がふらふらと家を出る。
いつの間にやら、木元村の中には屋台の飯屋が並んでいた。
「屋台飯たくさん……全制覇せねば」
「そそられる匂いだ」
肝試しとはまた違う祭りの装いになった木元村の中で、杏と摩利矢が焼きそば片手にどちらからともなく拳を合わせた。
食欲に突き動かされた者同士、何か通じ合ったのかもしれない。
「杏さんも、摩利矢さんも、たくさん食べられるですね」
その背中を眺め、未春が感心したように2人の後についていく。
「こうなったら姉さんは止まらな……あれ? あの屋台」
同じく後に着いてく刀は、ふと1つの屋台に目を止めた。あれは祭莉の屋台ではなかったか。
「杏。人形焼きもあるわよ。摩利矢も、皆もどう? サービスしとくわヨ♪」
「人形焼きも外せない」
「そうだな。いただこう」
「ご馳走になります」
屋台の中にいるプリシラの言葉に、杏と摩利矢がホイホイ釣られ、海莉もサービスと聞いてそこに加わった。
「さっぱりしたし、出店で食いもん仕入れて帰りましょっかね」
焼き鳥にイカ焼きたこ焼き焼きそば、りんご飴。
持ち帰り用も含んでそうだが、明莉も杏達に負けず劣らずで、色々と買い込んでいた。
「地酒の屋台か……」
やがてその足が、1つの屋台で止まる。
その場で周りを見回すと、紗里亜と摩利矢が食べ歩きながらこちらに向かってきていた。
「紗里亜、いけたよな。摩利矢もいけるっけ? 利き酒的に一献、いかが?」
「ふふ、ぜひに」
「頂こう」
3人で燗を囲んで、しばし昔話を肴に地酒に舌鼓を打つ。
「ふぃーっ。久々に飲んだな。夜風が心地好く感じる」
2人と別れた明莉は、酔いを醒まそうと山の夜風に吹かれている。
その腕を、刀が少し離れた所でじーっと見ていた。
(「兄さんと同じ腕時計に見える……」)
「あっ」
不意に真相に思い至って、刀が思わず声を上げる。
「あ、ええと……」
声に気づいた明莉と、目があった。
「お前さん、結構平気そだったね? 肝試し」
「ええ、まあ……」
「そっかそっか。頼もしいね」
カラカラと笑う明莉の視線の先を、モフモフが揺れて流れて行った。
夜風に乗ってるあかりだ。
「もふ~」
「風にモフモフももふっとしてて……って、もしやトメ……!」
見慣れたモーラットの白いモフモフに、思わず明莉の手が伸びる。
「きゅ? ぎゅぎゅぎゅーーーーー!!!」
明莉に抱き着かれ、あかりの口から、心底いやそうな鳴き声が上がった。あかりにしてみれば、もう一人の自分に抱き着かれているわけなので――さもありなん。
「……ところでね、刀」
そんな1人と1モフを指して、杏がぽつり。
「あのね、何か知らない人がいる……」
肝試し中は明莉と杏は離れていたので、良くは見えてなかったろう。
「えっと……」
「きっとお化け、知らん振りしよう」
明莉の正体をなんとなく察してる刀は、杏の見なかった振り作戦に何も言えなかった。
「オバケと言えばですね……」
そこで澪が口を開く。
「こちらのお嬢さんは村の方でなく……ひょっとしてオバケの方でしょか……」
視線が、澪が手をつないでいる女の子に向けられる。
「御覧の通り、明るい所で改めてみると……すこーし、透けてらっしゃいますし、脚がなくて浮いているように見えるので……もしや本物でしょかとも……」
数人が驚き、中でも明莉と杏が「ひゅっ」と息を呑んだ。
「あ、それはあたしの七不思議なのです」
未春が手を挙げる。
そう言えば七不思議使いだった――と、肝試しも終わりそうなタイミングで思い出したらしい。
「……七不思議のひとつも披露した方が良いかと、こんな話を語ってみたのです。
みんなで遊んでいると、いつの間にか一人増えている。この地で亡くなった子供なのです。楽しそうな声に誘われて出てきただけで、一緒に遊んで楽しんで、満足したら笑顔で消えていく――そんな優しい七不思議を」
何をするでもなくずっと一緒にくっついて来るだけ。確かに優しい。けれど本物と言えるわけで。
一部にはそれが一番の脅かしになってる事に、当の未春は気づいていない。
「なるほど……七不思議だったのね」
笑顔で薄れていく娘に海莉が優し気な視線を向ける。
「良い夜でしたね……」
皆と遊んで、ほろりと良い不思議にもお会いし、最後にはおいしいごはん。それで満足して消えゆく七不思議のお嬢さんが完全に見えなくなるまで、澪もずっと見送っていた。
「注目ー♪ 肝だめしの優秀者発表しまっす!」
なんだかしんみりした空気を最後に盛り上げようと、祭莉が殊更明るく声を上げる。
「お化け部門と脅かされ部門を、ドローン映像のリプレイと共に発表でーっす!」
皆の脅かしっぷりと、驚きっぷりがばっちり残るドローン映像。
それは木元村の歴史の中の記録の1つとして、このあとも残り続けるのだろう。
成功
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