「えあんさん、河原にススキを採りに行きましょう!」
両手をぐっと握りしめ、モモカ・エルフォード(お昼ね羽根まくら・f34544)は、青い宝石のようにキラキラと瞳を輝かせて、愛する夫の顔を見遣る。
「河原?」
唐突な妻の誘いに、エアン・エルフォード(Windermere・f34543)は、怪訝そうな面持ちを浮かべ、思わずパチパチと瞬きした。
いつの間にか、モモカは長袖シャツにオーバーオールに着替え、両手には軍手を嵌めて麦わら帽子も装着済。
今すぐにでもススキ採りへ出発できる装いのモモカを見ると同時に、エアンは、今夜、二人で月見をしようと約束していたことを思い出す。
(「ああ、そこからやるんだね……」)
ススキは買えばいいんじゃないか、という考えがエアンの頭をよぎるが、それでもやる気に満ちているモモカの顔を見ると、「いいよ」と応じる以外の選択肢など採り得ない。
「ふっさふさのを飾りたいの♪」
外出のために身支度を整えるエアンの傍で、モモカは身振り手振りを交えて一生懸命に欲しいススキについて説明をする。なんでも、先日、モモカが花屋で見かけたススキはちょっぴりスマートだったとかで、彼女がイメージしていたものとは違ったという。もっとこう、穂がふんわりして、ふさふさっとしたススキが欲しいらしい。
「そんなに違うの?」
「全然違うよ。えあんさんも、見ればすぐにわかるもん」
首をひねるエアンに、モモカはぷくっと頬を膨らませて答えた。そんな妻の仕草が愛おしく、エアンは彼女を頭をそっと撫でる。そして、あっさり機嫌を直したモモカと共に、二人は連れ立って、目的地の河原へと向かうのだった。
暑さも落ち着き、ようやく過ごしやすい季節になってきたことを感じさせるかのように、ひんやりとした秋の気配を纏った風が緩やかに吹く。
目的地の河原までの間、束の間のデートを楽しみながら、エアンとモモカは秋めく風の心地よさに目を細めた。
視線の先で秋風に揺れるススキの穂を見つめ、やっと秋になったとしみじみ思うエアンの傍らで、立派なススキたちを見てモモカが嬉しそうに声を弾ませる。
「見て、えあんさん、ふっさふさのススキがいっぱい!」
モモカは嬉しそうにススキに駆け寄っていくと、穂の様子を詳しく見ようと視線を上に向けた。
(「あ、あれ……?」)
しかし、ふさふさとした立派なススキは、モモカの背よりも大きく、肝心な穂をちゃんと見ることができない。
(「ふ……ふさふさ加減がよく、見え……ないっ」)
顔を上の方に向け、必死にぴょんぴょんと跳ねるモモカを見て、エアンは怪訝そうな顔で近づいて行く。
「ん、もも? どうした?」
モモカの返事はなくとも、その視線の先を辿れば、彼女が何をしたかったのかを察することは、容易である。エアンは、手近なススキを一本掴むと、ぐいっとモモカの目の前へと向け、近づけた。
「これ?」
だが、モモカはチラリとススキを一瞥すると、ふるふると首を横に振る。
「うぅん、これじゃない。もっとふっさふさのがいいの」
「この房加減では足りないのか、案外条件が厳しいな」
エアンはクスっと笑みを零すと、モモカの合格が貰えなかったススキを放し、別のススキへ手を伸ばした。しかし、このススキは最初に見たものよりもさらに細く、エアンはすぐに別のススキを掴む。今度のススキは見たところ房も大きく、形も立派に思えた。
「じゃあ、これは?」
「そう、それ! そういうふっさふさなのを、いっぱい飾りたいなって」
モモカから合格点を貰ったススキと似たものを、エアンは手早く見繕う。旦那様の手際の良さにモモカがうっとりしている間に、欲しいだけのススキが集まった。
戦利品のススキを抱え、モモカとエアンは家路につく。
家に帰って、モモカがススキを花瓶に生けると、それだけで趣が変わる。秋色づいた部屋の様子に感心しながら、満足そうにススキへ視線を向けるエアンに、モモカは次なる誘いをかけた。
「えあんさん、もも練り練りするからいっしょにコロコロしましょ?」
お団子作りはモモカ一人でもできるけど、せっかくだから、エアンと二人で一緒に作りたい。そんな気持ちで声をかけたモモカだったが、エアンは二つ返事で快諾する。
「うん、俺も月見団子を作ってみたいな」
エアンの返答にモモカはぱぁっと嬉しそうに顔を輝かせると、さっそく二人並んで台所へ。そして、モモカは手早くお団子の生地を練ると、お手本として丸い団子を作って見せた。
「こうやって、掌の上でころころって転がして……」
綺麗に生地を丸めたら、沸かしたお湯の中に入れ、茹であがるのを待つだけ。簡単でしょ、と笑うモモカの手順を真似て、さっそくエアンも掌の上で生地を転がし、ころころと丸めてみる。
「こんな感じ?」
「さすがね、えあんさん。上手!」
モモカと二人で一緒に作るのは楽しく、あっという間に全てのお団子を作り終えてしまった。最後の共同作業として、真っ白なお団子をお皿の上に積み上げてゆく。
こうして出来上がったお団子を改めて見ると、エアンが作った月見団子の方が少し大きさが不揃いのような気がしないこともないが、これも手作り感があるのでよしとする。
後は、二人ともとっておきの浴衣に着替えれば、宴の準備は完了だ。
「もも、支度できた?」
晴れた日の空のような浴衣に着替えたエアンが、遠慮がちに声をかけると、スッと扉が開いてモモカが顔を出した。夜の空を思わせるモモカの浴衣に、真珠の飾りが星のように煌めいている。
浴衣姿のモモカを愛おしそうに見つめるエアンに笑みを浮かべ、モモカはちょこんと首を傾げて彼に問う。
「あ、えあんさん、日本酒と白ワインどっちにする?」
「そうだな、風情に合わせて日本酒にしよう」
エアンの返事に、モモカは冷たく冷やしておいたひやおろしを透明な硝子でできた徳利に入れて持ってくる。そして、ゆっくりと盃にお酒を注ぐと、エアンは酒の香りを味わうように、ゆっくりと盃の酒を飲んだ。
「ちょっと舐めてみる?」
くすりと笑いながら、エアンはモモカに向かって、盃を差し出す。
モモカはそれを受け取り、ちょびっとだけ端を舐めるように口づけた。
「んん……ピリッとするけど、いい香りなの」
ふわりと口元を緩めるモモカに釣られるように、エアンも柔らかな笑みを返す。
そろそろ月も見える頃だろうか――いそいそとベランダへ向かった二人を待っていたのは、ぽっかりと浮かぶ大きなまんまるお月様。
お気に入りの白いラブチェアにクッションを敷いて、エアンとモモカは並んで腰を下ろす。そして、二人で一緒に採ったふさふさのススキと、一緒に作ったお月見団子と共に。満月に盃を掲げ、小さくかカチンと乾杯を交わして味わうように盃を傾けた。
二人だけで穏やかにゆったりと過ごす時間を愛おしく、大切に想いながら、エアンは傍らのモモカに視線を向ける。そんなエアンの視線に気づいたモモカが、嬉しそうに目を細め、彼に視線を返した。
エアンは幸せを噛みしめながら、モモカの耳元に口を寄せると、小さな声でそっと囁く。
「――今夜も月が綺麗ですね」
「……このまま、ずっと時が止まればいいのに」
一瞬、息を呑んだモモカが、ぽつりと零した言葉に、エアンは愛おしそうにぎゅっとモモカを抱きしめた。
これからも、こんな幸せがずっとずっと続いていきますように――。
成功
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