天使メイドとパパの気がかり
昼は珈琲やスイーツを提供する喫茶店、夜はアルコールも扱うバーに。
此処はそんな、知る人ぞ知っている、昼と夜とでは表情や客層が違うのだけれど、どちらの時間帯の営業も評判の良い店。
そして今は、真夏の昼の営業中なのだけれど。
この日の店内は、いつも以上にたくさんの客で、賑わいをみせている。
店長が、臨時店員さんのお手伝いをお願いするほどの客足である。
そもそも、この店の人気の理由は、提供するものの質や味もさることながら。
「お客様、珈琲とかき氷でございます」
目の前のテーブルにスッとスマートに置かれた、オーダーした珈琲とかき氷もそう、当然ながらに絶品なのだけれど。
女性のお客様がうっとりと思わず見つめてしまっているのは――自分ににっこりと微笑む、眼前の顔が良すぎるウエーターさんの姿。
そして、そんなウエーターこと朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)の様子をまた、バックヤードからじぃっと観察する視線が。
「ふむふむ、ああやってお客様にお出しすればいいのね」
……卒なくかき氷に蜜をかけて説明してる姿はとっても格好良い! なんて。
お客様にオーダーの品を提供中のパパ、ユェーの完璧なお手本を真剣に見つめているのは、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)。
そんなふたりが今いる店は、ユェーの兄のお店である。
昼は喫茶店、夜はバーになるこの店でユェーが働くようになったのは、昔、仕事らしい仕事をしていなかった時に、手伝って欲しいと兄に言われたからで。
それ以来、従業員として、この仕事をしているわけなのだけれど。
兄は調理場でオーダーされたモノを作っていて、ユェーはウエーターを任されているのであるが。
いや、何気にこうも思ったりするのだ。
『せっかく良い顔で産まれたのですから使わないと損でしょう?』
なんて――妖艶に微笑む兄の方が向いてるのでは? と。
けれどそうは思うものの、この仕事に特に不満はない。
だから、まぁ良いのだが……けれども、しかし!!
決して客には悟られはせず、笑顔を絶やさないユェーであるのだが。
(「そう! 今日は不満なのですが!」)
今日ばかりはいささか……いや、かなり勝手が違うのだ。
それは、店のバックヤードにいる彼女の存在。
ただでさえ、本当の親子の様な絆で結ばれているルーシーのことが、可愛くて仕方がないというのに。
娘を親バカの様に溺愛しているユェーはこの日、内心、心配に思っているのだ。
だって、今日は。
(「パパのお兄様からルーシーにお手伝いのご指名を頂いたのよね」)
ルーシーにとって、体験アルバイトの日!
ユェーの兄から手伝いのお願いがあって、パパが勤めている喫茶店で体験アルバイトに挑戦中なのである。
パパも娘溺愛であるが、娘のルーシーだって本当の父親の様に慕っているゆぇパパのことが大好き!
だから、大好きなパパのお手伝い、パパの真似っこをしたいお年頃で。
(「なんとしてもご期待に応えなくっちゃね!」)
かなりやる気に満ちているのだけれど、でも、ちょっぴりドキドキ緊張もしちゃう。
そして華麗に仕事をこなすパパの姿の一挙一動を見逃すまいと、さらにじーっと見つめながらも。
……それにしても、とルーシーは思うのだった。
(「ご挨拶したお兄様は流石パパのお兄様って感じする」)
パパの兄はやはり美しくて、そして同時に、ルーシーはパパの兄の笑顔にどこか既視感を覚えていて。
こう、優雅に笑って押し通す所というか……なんてふと考えてみれば。
すぐにそう思った理由に、ルーシーは辿り着いたのだ。
(「人参のお残しを許さない時のパパの笑顔とそっくりなのよね」)
でも、人参を食べることは苦手なのだけれど……それは兎も角。
ゆぇパパと同じお店で働けるのはルーシーにとって、とても嬉しいことだし。
パパのお兄様からお願いされたとなれば、改めて気合も十分!
(「ふふふー! がんばるわ!」)
ドキドキわくわく、出番を待っていれば。
「あ、ようし、今度はルーシーの番ね」
――お客様のところへ行ってきます!
そう張り切って、パパみたいにお客様にかき氷を運び始めるルーシーであったのだけれど。
ユェーはやはり、心配で心配で、堪らなくなる。
後ろでヨロヨロとかき氷を持っている、小さな女の子の姿に。
(「……う、かき氷って結構重いのね」)
そんなルーシーが怪我をしないか心配であるのだが……手を出してはいけない、と。
兄に言われているから、チラチラと確認しつつもどかしく見守っている状態であるのだ。
特に今日は、夏のイベントが開催中で大忙し。
いや、大忙しだからこそ、娘の彼女がお手伝いをすると。
そう言ってくれて、兄のお願いを快諾し、仕事の手伝いをしてくれるわけなのだが。
(「色々心配が……」)
そう、可愛くなっていくお年頃の娘に心配マックスのパパ。
何せそう、天使なのだ。
お仕事の準備として彼女に渡されたのは、店の制服。
ふんわりワンピースにふわふわフリルのエプロン――そんな、いつの間にか用意してくれていた制服はとってもカワイイ! って。
ルーシー本人もうきうき、喜んでいたし。
その制服を着た彼女を見た瞬間、ユェーは押し寄せる情緒に思わず一瞬、天を仰いでしまったのだ。
(「僕の娘ルーシーちゃん――可愛らしいワンピースにふりふりエプロン姿、なんて天使!!」)
いえ、どんな姿でも天使なのですが!
見て見て、ってくるくると、自分の前で回ってみせる姿なんて、大天使がすぎて。
「ルーシーちゃん……とてもすごく、可愛いですよ」
無くなっている語彙で、そう何とか告げるので精一杯。
けれどルーシーはそんなパパを見て、こてりと小さく首を傾ける。
(「可愛いって言って下さるけれど……何だか複雑なお顔してるわ? 何故かしら?」)
以前手伝った彼女が好評で、また手伝って欲しいと兄が言い出して。
ルーシーも嬉しそうにしてたので、ダメとは言えなかったのだけれど。
でも、娘が可愛すぎれば可愛すぎるほど、ユェーは複雑な表情を宿してしまうのだ。
変な輩がこんなにも可愛い彼女に何かしないか、気が気ではなくて。
それに、絶対にこぼしたりしないようにって緊張してしまっていて、よろよろしている姿を見ればまた、転ばないか怪我をしないかなど、心配は尽きなくて。
だが、そんなパパの心知らず。
よろよろしつつも頑張って、オーダーしたお客様の所へ行けば。
(「優しいお客様でよかった」)
ニコニコしているお顔に、そっとルーシーはほっとして。
「お待たせしました! 蜜をお掛けしますね」
パパがやっていたように頑張って真似っこして、慎重に蜜をかけるお仕事を。
ユェーはそんな娘のことが気がかりで仕方ないのだけれど。
「……あの?」
お客様からの声で、そっと我に返れば。
「すみません、かき氷の蜜をお掛けしますね」
何事もなかったかのようににっこりと微笑んで、かき氷に蜜をとろり。
今、この店で開催中なのはそう、かき氷の注文をしたお客様の目の前で店員が蜜をかけるというイベント。
だから微笑みを絶やさずに、でもそれはそれとして、後ろの彼女がもう心配で心配で。
そんな心配しまくっているパパとは逆に、娘はるんるん。
だって、かき氷に鮮やかな色のシロップが染込んでいく様子は、とっても綺麗で。
(「お客様も楽しそうだわ」)
何より……喜んでもらえているようで良かった! って。
それから、仕事をばっちりひとつ上手にこなせて、うきうきな気持ちで。
ルーシーがふと見上げれば、視線がぱちり。
(「パパが此方をみている? 心配かけちゃったかしら?」)
そう再びこてりと小さく首を傾けるのだけれど。
でも、大成功だったわパパ! なんて、にこにこ笑み返す。
というか、お客様もにこにこ喜んでいたのだけれど。
(「頑張って蜜をかけるルーシーちゃん……可愛い」)
そっと様子を窺って見ていたユェーの方が、天使過ぎるその姿にきゅん。
そして、可愛いにもほどがあるのだけれど。
ユェーの心の中に渦巻くのは、キラキラ笑顔からは想像もつかない感情。
可愛いが――デレデレとした顔で彼女を見るな! 触るなよ! と。
(「攫ってでもしたら……」)
そう思えば、ついつい黒い部分がむくりと湧き出て、鋭いほど殺気だつパパであるが。
にっこり笑み返されれば、天使の笑顔にまた心が浄化されて。
彼女は頑張ってると笑っているので……と、自分もにっこりと娘に微笑み返すユェーであった。
それからも、心配したり殺気だったり情緒したり、心がめちゃくちゃ忙しいパパと。
一生懸命、期待に応えようとお手伝いに取り組む、頑張りやさんな娘であるが。
目まぐるしく忙しいお仕事の時間は、大変ではあるものの、あっという間で。
「……ふうう、終わった……」
昼の営業の、最後のお客様を丁寧にお見送りすれば。
……楽しかったけれどグッタリよ、なんて、思わずほっと息を漏らすルーシー。
ユェーも店がようやく終わり、そんな声を聞けば。
「ルーシーちゃんお疲れ様でした」
そう優しく労いながら、頭をなでなでしてあげて。
とても疲れたけれど、でもそれ以上に。
「あら、パパもお疲れ様!」
大好きなパパと同じお仕事をちゃんとやれたことに、ルーシーは嬉しくなって。
まだお店の夜の営業までは時間があるし、彼女は昼の営業のお手伝いさんでこれで終わりだから。
ユェーは頑張ったルーシーへとこう告げる。
「ご褒美に何か注文しても良いですよ?」
「いいの? それなら……パパの淹れるミルク珈琲がいいな」
「ミルク珈琲ですね、甘い甘いたっぷりミルク珈琲を淹れましょう」
しっかりと働いてくれた可愛いメイドさんへ、彼女好みの甘いあまーいミルク珈琲を作ってあげて。
自分の分の珈琲も淹れれば、ふわり香り漂う店内で、ようやくゆったり。
ふたりだけの、ゆっくりとした時間を楽しむ。
それからユェーは改めて、一生懸命お手伝いしてくれた娘を見つめて礼を告げれば。
「僕の為にありがとうねぇ」
「どういたしまして! と言ってもルーシーの為でもあるの」
そう返した後、ルーシーはにこにこと笑顔を返す。
「今日のパパ、とても格好良かったし!」
そしてその言葉に、ユェーは今日一番の微笑みを娘に向ける。
……カッコ良いパパを見せられて良かった、って。
それはそれは、もう心配すぎて。
ルーシーのことばかりが、今日の仕事中は気になって、仕方がなかったのだけれど。
それからユェーは、改めて色々と安堵しながらも。
「ルーシーちゃんも可愛らしくて天使なメイドさんでしたよ」
世界一、いや宇宙一、それ以上に可愛い自分の娘へと微笑むのだけれど。
次の彼女の言葉に、大きく瞳を見開いてしまうのだった。
「本当? それならまた、働かせて頂こうかしら?」
ふふーと得意気に笑む姿はまさに、天使が過ぎるのだけれど。
でも、再びもしも彼女が働くことになったら……そう思えば、複雑な気持ちになってしまうユェー。
だってきっと確実にまた――心配で心配で、気が気ではなくなってしまうだろうから。
成功
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