時には日の出を惜しみながら
燃えるような日差し。
白い砂浜を黄金色に輝かせる強い日差しは、ここヒーローズアースはフロリダ、キーウェストの海岸を灼熱に染め上げる。
アメリカ最南端の都市とも言われる観光名所は、かのヘミングウェイも愛したというが、遠く浅く、水底の砂浜まで透けて見える美しい海岸線は、日差しの加わり方では青くも緑にも見える。
まるで流体化した宝石のように美しい光景であった。
リューイン・ランサード(|波濤踏破せし若龍《でもヘタレ》・f13950)と荒谷・ひかる(|精霊寵姫《Elemental Princess》・f07833)は、多くの観光客に混じって、お忍びでこの場所に夏休みと称してやってきていた。
常に世界を渡り歩いている猟兵にとって、距離はさほど問題ではないが、しかしながら二人きりで出かけるならば、それは即ち特別な意味を持つ。
どこを見ても人の姿を見かけるオープンビーチを、まるで人目を避けるようにして横切っていく。
なにしろ、ひかるは先の戦いで49ersに数えられかつ、女優としても活動してるためヒロアスではそこそこ有名人だという。
うっかりすれば格好の話題の的。せっかくのデートに水を差されてはかなわない。
尤も、人の数が多いので滅多なことで派手な騒ぎにはなるまいが、それでも、少なくともリューインのほうは、自分以外の誰の目にもひかるを晒したくはなかった。
「水着コンテストの時にも見たけれど、やっぱり可愛いです。今日はナイトとしてお姫様をもてなさないと」
「それでは騎士様、エスコートお願いしますわね」
はにかみながらも、手を引くリューインに、彼を取り巻く気弱さは鳴りを潜めていると言ってもいいだろう。
思い切りが為せればこそ本来の実力を発揮できるものの、リューイン生来のヘタレは、きっと生涯付きまとうものかもしれない。
そんな彼が、あろうことか独占欲すらも覆い隠すことなくさらけ出せるのは、大いなる成長の一端と言えるだろう。
そんな彼のいつもよりもはっきりとした好意に、どこまで甘えていいのか、どこまでも甘えていたいようなふわふわした感情に、まるで彼につられるようにひかるもはにかんで彼の手を取る。
そうしてまず連れ出されたのは、喧騒から離れた静かな砂州だった。
長い時間を掛けて砂嘴が海を切り取ったかのような、海岸の飛び地は、押し寄せる波もなく静かで遠浅の透き通るレンズの様な水たまりにも見えた。
リューインの隣を歩くひかるは、人魚の様なマーメイドラインを描くパレオが印象的な水着で、いつもよりもずっと大人っぽく見えて、引け目に感じてしまう程だ。
自己評価の決して高くない普段の彼なら臆してしまうところだが、今は彼女をエスコートする立場と言ったはずだ。
波音に邪魔されず、カップル用フロートに二人並んで浮かび、周囲の美しい景色を楽しんでいると、遠くに飛沫を上げて飛び跳ねる影が見える。
「イルカかしら、ゆっくりしたら、ああいうのも恋しくなってきますね」
「そうだね。次は、泳ぎに行ってみましょうか」
二人の時間をのんびりと過ごす、なんてのはいつだってできる。
折角だから色々やろうというころで、イルカとも戯れるクルーズをチャーター。なんともスムーズな即断即決であった。
「見て、自然豊かで、精霊さん達も活き活きしてますね」
「う、うん……本当に人魚みたいだ……」
精霊と心を通わせるひかるにとって、自然の豊かさを見て取るバロメータは、ひとえにそこに順応する精霊の数と質であった。
彼らの手を借りれば、水中を自在に泳ぎ回るイルカにだって追いつける。
水中で哺乳類に於いてイルカに追いつける個体はそう居ない。
海中に於いて低速の部類にあるサメとて時速約35キロに対し、イルカは時速約45キロに達するという。
尤も、そんな資料的知識などよりも、リューインとしては、もっぱら精霊と戯れながらそれこそ人魚のように生き生きと泳ぎ回るひかるの姿に見惚れて、夢中になって目で追っていた。
そんな風に、夏の海を堪能していれば、あっという間に時間が過ぎてしまう。
日は傾いて、西日が海岸を染め始めると、個人の判別もだんだんと厳しくなっていく。
夏の海辺に来たならと、トロピカルなドリンクを買い求めに走るリューインが席を外すと、一人になったひかるのもとには、気が付けば複数人の男たちが詰め寄る形だった。
西日の眩しい時刻ともあって、どうやらひかるが割と有名人であることには気づいていないようだが、彼女の魅力はそのシルエットのみを切り取ったとしても十分過ぎたのだろう。
「これは、もしや……ナンパというやつでは!?」
リューインとの楽しい逢瀬が、ついつい油断を生んでいたとも言えるし、実に間が悪いとも言える。
小さな驚愕と共に、どうしたものかと考える。
やんわり言って聞くような輩とも思えないし、正体を明かすのも面倒なことになりそうだ。
『俺らいいトコ知ってるからさぁ、一緒にどう?』
『絶対後悔させないって、ねね、いいだろ?』
考えあぐねるところを弱気と見たか、食い下がって来るナンパ男たちに困っていたところ、ふと視界の先にリューインが帰ってきたのを見つけた。
こんな時はきっと、あの人に頼ってもいい。それが許されるという心持が、気を強く持たせた。
「あなた!」
そう呼ばれたリューインは面食らったような顔をしたものの、すぐに状況とその意図を読み取ると、多くの視線が向く頃には表情を正し、自分でも信じられないくらいの大人びた爽やかな笑みをうかべていた。
「僕の妻に、何か?」
『あ、いや、サーセンス……』
余裕を見せつける笑みの向こうに、据わったものを感じさせるそれは、容赦のなさを覚えさせるのに十分な威圧を込めてあった。
男たちをかき分けるようにして、ひかるにふさがった両手の代わりに肘を貸しつつ、咄嗟の夫婦を装って、足早にその場を去っていく。
『竜人の旦那持ちで銀髪の鬼種……まさか「精霊寵姫」!?』
『まっさかー、そんなセレブ様がこんな庶民向けビーチに来ないっしょ』
『それにあの二人が結婚とか、記者共が黙ってる訳ねーじゃん』
後ろ手に聞こえてくる話は、もはや喧騒に消えている。どうしてそこまで事情通なのかとか、そんなことはどうでもいい。
「せっかくなので、もう少し夫婦のつもりで」
なんて甘えてくるのだ。
「そうだね、落ち着いたし、このまま新婚気分で過ごそうか……」
沈む陽を惜しむという言葉があるように、この時間は永遠ではない。
腫れぼったい様な顔つきを、誤魔化す必要がないのはそれほど長い時間ではないだろう。
でも、この人にならばれてしまってもいい。
そのまま二人は、現地でもそれなりに有名なホテルへとチェックインするのだった。
その後は夕日を眺める時から、朝日を拝む時まで、片時も離れる事なく過ごすのでした♪
長く思えた夜も、やがては日の出を迎えることになる。
しかし、そうなってくると、途端に惜しくなってしまう。
こんなふうに、日の出を惜しむことがやってくるなんて、思いもよらなかったろう。
夜更かしで腫れぼったい瞼を、お互いに笑い合いながら、少し眠るか、ご飯にするか、擽り合うように悩む。
こんな日が、きっとずっと、続けばいいのに。
成功
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