果てしない空と海が続く青い地獄。
日乃和の南海域を進む天城・千歳(自立型コアユニット・f06941)の艦隊は、夏日の直射日光を浴びて銀色の照り返しを放っていた。
千歳が乗る旗艦の瑞鳳を中心に展開するのは、総勢155隻の航宙護衛艦。白い航跡を描いて海を渡る鋼の鯨達は、ユーベルコードで召喚した艦艇だった。
クロムキャバリアの常識と照らし合わせても、個人で保有可能な戦力の範疇を明らかに逸脱している。アーレス大陸の近海で動かせる艦隊規模ではないなと、千歳は電脳の内で呟いた。
『全艦、航速54ノットで維持。電磁フィールドの出力は50パーセントで固定』
大艦隊は千歳の意のままに動く。大海原を疾駆すること数時間。航路を先行中のサテライトドローン群も、艦隊周辺を哨戒飛行する各キャバリア小隊も、青い景色の映像しか寄越してこない。
『海底測深データ、更新』
海中の景色もずっと変わらない。水深は非常に深く、底はなだらかな隆起を繰り返していて変化に乏しい。しかしソナーは様々な音を拾いあげていた。殆どが海洋生物が発している音だった。千歳は生命の息遣いの一つ一つを記録し、手持ちの情報と照合した。
『本艦右舷前方、深度600に大型反応。推定全長24メートル』
超音波の跳ね返りが全体像を浮かび上がらせた。背びれが特徴的な輪郭は間違いなくサメのものだった。データベースを参照すると、メガロドンが候補として挙がった。
次第に浮上してきた反応の進路は、瑞鳳の進路と交差している。こちらの存在を認識して接近する動きだった。けれど千歳は回避運動を取るでもない。ソナー表示上での輝点が瑞鳳と重なった瞬間、艦底部から微震が伝わった。メガロドンが接触したのだ。瑞鳳の船尾方向に抜けて遠ざかる反応に、千歳は威嚇の体当たりだったと推論付けた。
大海原の捕食者との触れ合いから数時間後、千歳の艦隊はある意味で予定通りの航海を続けていた。
何も見つからない。絶海の孤島も無ければ他国の艦隊の姿もなく、絶望的な青が広がっているだけだった。
モササウルス、プレシオサウルス、シー・サーペント、クラーケン、レヴィアタン・メルビレイなどの大型海洋生物との遭遇こそあったものの、対処を迫られるような状況には陥らなかった。
これだけの艦隊規模で何も発見できないということは、本当に何もないのか? 海の広さに改めてこの世界の不明瞭さを認識させられた千歳は、艦隊を日乃和列島方面へ転進させようとした。
異常は、唐突に訪れた。
サテライトドローンから送信されてくる水平線の映像に、小さな点が出現した。千歳は映像の拡大処理を行う。
『島でしょうか?』
濃い緑色からして、島全体が植物に覆われているようだ。平面な大地には不自然な突起が聳立している。島の頭上を飛び交っているのは海鳥だ。千歳は艦隊の船足を落とし、ドローン群の配置を転換した。島を遠巻きに取り囲んだドローン群が少しずつ円を狭めてゆく。三次元解析が進むにつれて、島の全容が明らかになっていった。面積約三平方キロメートルの島だ。
『ヘリポートがありますね』
人の手が入った痕跡が、深い緑の奥に垣間見えた。苔生すような草に覆われた平面な大地はアスファルト製で、聳立する突起はクレーンや管制塔の成れの果てだった。
これは無人島ではない。今でこそ朽ち果てているが、かつては人がいたはずだ。それどころか自然に生まれた島ですらない。根拠は海面の下にあった。
規格外に太いトラス構造の足が四本、海の底まで伸びている。島の中央からは円柱が一本生えていた。
『海上油田リグと構造が似ていますね』
島の全体像は、UDCアースの海洋で見られる化石燃料採掘基地と瓜二つであった。
建設の意図は兎も角、人工島である事は明白だ。しかし人の気配はない。検知した多数の生体反応は海鳥のものばかり。念の為に全周波数帯域で呼びかけを行う。想定通りに反応はない。だが――。
『……微弱な電磁反応を検知』
この遺構は、まだ息をしている。
波形は核融合炉系の動力機関のそれと一致する。すぐに放射能汚染度を観測する。いずれの計測値も正常な値を示していた。千歳は暫し思考を逡巡させる。
結果、人工島の実地調査は迂闊であると結論付けた。
どんな脅威が潜んでいないとも限らない。動力炉が生きているならば、招かれざる来訪者を排除する罠が隠されている可能性も十分にあり得る。
『今回は日乃和南方海域の探索が目的ですし、人工島の発見を成果として完了としますか』
航路と座標位置は特定した。グリモア猟兵に依頼すれば、直接この場への転送が叶うだろう。人工島に移動能力があるとは考え難く、ともすれば逃げはしない。千歳は人工島の外観を偵察するドローン群に撤収を命じた。
果てしなく青い地獄で発見した文明の名残り。
時間にさえ忘れ去られた遺構は、今も無言で潮風を浴び続けている。
成功
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