ビハンド・オースは戦火の影
#獣人戦線
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●はじまりのおわり
終わりを目指して始まりがある。
なら、結末はいつだって、始めるから訪れるのだ。
それを恐れるのならば、はじめなければいい。何事も始めなければ、終わることはないのだから。
けれど、生きているのならば、望むと望まざるとに関わらず、すでにもう始まっているのだ。
砲撃の音を聞いた。
立ち上る爆炎と黒煙。それと土煙。
濛々と立ち込める砂埃の中をテレサ・テイルリンク(戦闘猟兵・f45577)はひた走っていた。
オオカミの獣人である彼女は、とにかく走っていた。
大地を蹴って、飛ぶように風を切る体。
覚えているのは、それだけだった。
生まれたときから、この世界は戦乱に満ちている。
オブリビオンという敵を倒すために、この身は研ぎ澄まされてきたのだ。
下士官に引き連れられたテレサたちは、戦場を進んでいた。
戦場にあって正しい情報を持ち帰ることが、彼女たちの任務でもあった。
だが。
「遅いな。ああ、兎にも角にも遅い」
声が響いた。
瞬間、テレサの身が爆風に吹き飛ばされる。
転がるように地面の上を無様とも言える姿で彼女は身を起こして、また走っていた。
息を切らす。
胸が痛い。
心臓は生きろ、生きろ、というように跳ねている。
それが彼女を前に前にと突き動かしていたのだ。
その背中に、声が響いた。
「逃げるにしたって、戦うにしたって、あまりにもお前達はのろまに過ぎる」
振り返る余裕なんてなかった。
振り返ったが最後だと思った。
獣人戦線において重要なのは生き残ることだ。
オブリビオンの攻勢は凄まじい。
ゾルダートグラードの機械兵士は、こちらの何倍も強靭であり、圧倒的な火力を内蔵した兵器を扱う。
テレサを追い立てる爆風の一つ一つが機械兵士に内臓されていたものであった。
「仲間はもうすでに吹き飛ばしたぞ。後はお前だけだ。お前だけが残っている。そら、どうした」
弄ぶように放たれる火線。
立ち上がる爆炎に煽られながら、テレサはまた立ち上がった。
歯ぎしり一つした所で、意味がないことはわかっていた。
けれど、それでも彼女は走った。
手にしたライフルを手放さないのは、それが生命線であったからではない。この理不尽な戦いに抗うための唯一の手段であったからだ。
「……ッ!」
爆風に吹き飛ばされながらもテレサはライフルの銃口を機械兵士のオブリビオンへと向けた。
照準なんてあってないようなものだった。
無我夢中で引き金を引いた。
弾丸が飛び出し、いくつもの線となってオブリビオンへと走る。
だが、それを苦も無く弾きながらオブリビオンはテレサの懐に飛び込み、その屈強な腕でもって彼女の首を捕まえていた。
「もう終わりか?」
「グッ、ハッ……!!」
「終わりだろうな。終わりなんだろうな。まったくもってつまらない狩りだった。手応えがない、歯ごたえがない。なんともチンケな終わりだったな」
鈍い音が響いた。
テレサは、それが己が首の折れた音であると理解できなかった。
「ゴミめ」
投げ捨てられるテレサであったモノ。
死体となった体が地面に落ちた瞬間、その身を包んだのは青い炎だった。
そこにあったのは、魂というものではなかった。
ただただ『愛する人を失った悲しみ』だけがあった。
立ち上る炎。
その青き揺らめく炎の中にたつテレサの姿にオブリビオンは笑った。
「ほう。素質があったようだな。強者としての素質が。であれば、歓迎しよう」
手を広げるオブリビオン。
それは真にそうであったのかはわからない。
わからない、が。
しかし、その動きが止まる。
「……なに?」
動かない体。どれだけ機械化された体を動かそうとしても、指一本動けぬことに彼は訝しんだ。
「貴様、一体何を……ぐっ」
口さえも動かなくなる。
一体何が起こったのか。
まるでわからない。
未知。
そう、未知だ。
眼の前にあるのは青い炎ばかり。
揺らめく青い炎の中に、テレサは立っていた。
物言わぬ顔。
ただ、そこにあったのは、残霊。そして、残穢である。
死にゆくものが死後の世界を往くのはなんのためか。言わずとも、その生前に受けた穢れを削ぎ落とす禊たる道のりだからだ。
だが、現世に残る霊は穢をまとい続ける。
その力はオブリビオンの身を縛り上げ、周囲に浮かんだ彼女の戦友たちの武器を浮かび上がらせた。
「……」
言葉はない。
見開かれるオブリビオンの瞳。
何かを言わんとしているのか、それでも響かぬ声に焦りめいた感情が込められているのは言うまでもないだろう。
だが、テレサには関係なかった。
元より問答はしない。
あるのは力だけだ。
重たい音が響き、オブリビオンの体躯が霧散していく。突き立てられた無数の武器が、仲間たちの無念を晴らすようだった。
言葉はなく。
だが、ただそこには誓いがあった。
オブリビオンは全て駆逐する。
その誓いだけが――。
成功
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