君がために言の葉は映し出す
●グリプ5
機体の整備というものは、パイロットの領分ではない。
クロムキャバリアにおいて、キャバリアとは戦場の主力であり、花形である。当然、その性能を十全に発揮するためには日々の整備は必要不可欠だ。
「『ツェーン』が戻ってきてくれてたら、こんな苦労しなくって済むのにな……」
『ゼクス・ラーズグリーズ』は今日何度目かわからないため息を吐いた。
額に汗が浮かんでいる。
拭ったタオルはじっとりしていて、汗の匂いを放っていた。
僅かに顔をしかめる。
オイルに塗れた手に視線を落とす。
「……」
「あの子の手はこんなに汚れていなかった、とか考えておられます?」
突然の声に『ゼクス・ラーズグリーズ』は飛び退きながら振り返った。
「なっ、な……!? なんで毎回後ろから来るんです、あんたは!」
そこにいたのは、にこやかな表情を浮かべるステラ・タタリクス(紫苑・f33899)であった。
彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような彼の表情に何故満足しているようであった。
「少々、勘の冴えどころが足りないのでは?」
「無茶言う!」
「メイドの瞬間移動くらいは捉えてください」
「どんな無茶振りを。気を抜くときだってあるでしょう、誰だって。これから俺は休憩なんですよ。連日整備、整備、整備でクタクタなんですから!」
「ふむ。おつかれのご様子、と。誰がやべーメイドですか」
「言ってないからね!?」
そんなやりとりは毎度のことのように思える。
『ゼクス・ラーズグリーズ』は、このメイドが表れると当然のようにからかわれる自身のことを僅かに呪ったかもしれない。
彼女には己の弱みを握られている。
「さて、前置きが長かったですが、此処に」
「……?」
「これなーんだ、でございます」
は? と『ゼクス・ラーズグリーズ』は首を傾げた。
ステラの手には一枚の紙がある。
正確に言うなら、写真のようであった。
今日日珍しい。
何かを映したものならば、画像データで事足りる。わざわざ紙という媒体に印刷すること事態が珍しいことだった。
「……いや、なーんだって。問答してる暇ないって……」
「先ほどご休憩と申されていたではないですか。日々のこと、忙しないことと存じ上げます。そんな『ゼクス』様に清涼剤としてご提供できるものであるのですが」
「……それ」
ちらりと見えたのは、見覚えのある少女の顔だった。
「……!」
「お気づきになられたご様子。そうです、『ツヴァイ』お嬢様の水着姿でございます。見たいですか? 見たいですよね? 見たいとおっしゃられることは、このメイド、委細承知してございます」
「まてまてまて! なんであんたがそんなもん持ってんです!?」
「一枚だけですが」
「枚数の問題じゃない!」
「『ツヴァイ』お嬢様との勝負に負けてしまったので、写真一枚だけなのです。申し訳ございません……くっ、『ツヴァイ』お嬢様の照れパワーがあんなに強力とは……不覚でした」
「なにしてんの……?」
しかし、『ゼクス・ラーズグリーズ』の顔を見てメイドは首を傾げた。
心底わからないな、という顔をしてながら、である。
「残念そうなお顔ですね??」
「……違う」
「ちら、としか見えていなかったですよね。よくご覧になられますか?」
「……いや、そういうんじゃないから」
「見たいですよね?」
「……」
「見たいですよね?」
なんでこんなに詰められなければならないのだと『ゼクス・ラーズグリーズ』は歯噛みする。
見たい見たくないなら、見たい。
めっちゃみたい。
気になる。
だが、それを言えばこのメイドはニヨニヨしてからかってくるに違いない。だったら、そんなこと絶対にできない。
「さぁ! みたいか!! ならば、『ツヴァイ』お嬢様にわたす対価をよこせ!!」
「押し売り強盗みたいだな!?」
「仕方ありません」
無許可であるが、まあ、いいか、とステラは思っていた。
最初のツーショットだけ。ちょっとだけだから。
絶対ちょっとだけにならないやつである。
「悪魔かあんた!」
「いえ、メイドです」
「対価って言っても、渡せるものなんて何も……」
そう、この戦乱の世界では、財貨など持てるものではない。
だからこそ、彼は応えに窮しているのだろう。
ステラは笑む。
手にしていたのは、カメラであった。
「あるではないですか」
「は? 何が……」
「『ゼクス』様のお写真です」
「……いやいやいや! こんな汚れたツナギ姿なんて!」
「懸命に働く殿方の姿……キュンと来ない娘などいませんよ」
「もっとあるでしょ!」
にこり。
ステラはカメラを構えた。
やめて! と『ゼクス・ラーズグリーズ』のオイルまみれの手が延びる。
だが、遅かった。
ステラのカメラには、彼の姿が収められている。
汗に塗れ、オイルに塗れ。
汚れきってくたびれたツナギ姿の彼。
彼自身がどう思っているかはわからないが、対価になることは間違いないな、とステラはホクホクするのだった――。
成功
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