クロムキャバリアのとある小国の海が、静かに波を見せつける。
緩やかな風と運ばれる磯の香りの中、わずかに漂う戦乱の香りがこの世界の壮絶さを物語っている。
けれど、今日はそんな戦乱の時のことさえ忘れて海でひと泳ぎしておきたい。せっかく水着を新調したのだから夏の思い出ぐらい作っておきたい。そんな思いからノアは1つの任務を終えた後に1人で海へとやってきていた。
戦いで激務だった時間を忘れてしまえるほどのひとときが過ごせれば、多少は夏の季節を楽しむことが出来るだろうから、と。
「やはり、海は格別ですね」
透き通った海。身体を吹き抜ける潮風。ちりちりとした暑さが足の裏に突き刺さりながらも、海から流れてくる風がすっと身体の熱を奪い取っていく。
しかし戦いで火照った身体は風だけでは未だ冷えることなく。もう少し冷たさを求めて、自然と足が海へと向かっていた。
寄せては引いての繰り返しの小さな波がノアの足を浸すと、少しだけ刺さるような冷たさが感じ取れる。その冷たさがどれだけ身体に負担をかけるかは、アンサーヒューマンとしての高度な瞬間思考力で計算済みだ。
まだ足元まで波が寄せている付近で少ししゃがみ込むと、少しずつ身体を冷たさに馴染ませるように海水を身体にかけていく。
「危うくパフォーマンスが落ちてしまうところでしたね。さて、あとは……」
身体が冷えたところで、もう少し奥へと進んで行くノアはそのまま身体を海に沈ませて、ゆっくりと沖合へと泳いでいく。波に逆らうように、たまには波に身を委ねるように、広大な海の流れを楽しむ。
そして時々、大きく息を吸い込んでから海の奥底へと潜っては海の中に住まう生き物たちの様子を堪能する。ゆっくりめに動く魚や甲殻類の様子は、まるで外とは違う時間を過ごしているかのようにも見えた。
またノアの動きが大きな魚のようにも見えるのか、小魚たちが必死になって逃げる様子を見せている。岩陰に隠れたり、遠くへ逃げたりと様々な反応が見れるのもまた海ならではの光景だろう。
この光景はその昔、海賊団の野郎共と看板から飛び込んだ瞬間に何度も見た光景。荒れた環境の中で唯一共に仲間達と笑いあった、あの自由なひと時を象徴するものだ。
「ぷはっ」
肺に貯めた酸素が足りなくなってきたところで、1度海から顔を出したノア。
いつの間にか陸から遠く離れた沖合に来てしまっていたため、休憩がてらに戻ろうとゆっくりと泳いでいく。その合間に受けた波がなんとも、ふわりとノアの身体を浮かせるような気がして楽しい。
陸に上がったところで、喉の渇きを覚えたノアは近くで売り子をしていた男性に声をかけて、キンキンに冷えたジンジャーエールを購入。蓋を開けて、あふれる泡を無視してぐいっと一気に喉に流し込む。
冷えた炭酸というのは刺激が強い。だけどこの刺激こそが喉に、そして脳に効く。少しだけたるんだ意識もはっきりとさせるほどの刺激はノアにもう一度活力を与えていた。
「さて、もうひと泳ぎしましょうか」
飲み干したジンジャーエールの瓶を捨てて、もう一度海へと走り出したノア。
ほんの僅かな任務と任務の間の時間。戦いのない自由なひと時を、自由に過ごしていく。
成功
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