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ウォーター・ポロ・トーナメント

#クロムキャバリア #ノベル #猟兵達の夏休み2025 #レンブラント・ラダー

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ファルコ・アロー



杓原・潤




●水球
 水中の格闘技。
 そう呼ばれるプール競技が嘗てあったと伝えられている。
 プールに作られたコート内でゴールにボールを入れ合い点数を競う競技。
 言ってしまえば、水中で行うフットボールとも言えるだろう。
 地上で行うものと違って水中でのボールのコントロールが難しい点が挙げられるし、プレイヤーは誰もが手を扱うことができる。
 しかし、ゴールキーパー以外は片手でしかボールを扱ってはならないというルールが定められている。
 常に泳ぎ続けねばならず、体力のコントロールが必要となるだろう。
 またボールを保持できる時間も限られている。
 30秒以内にボールを放たねば、ボールの権利が相手チームに移ってしまう。

 それが何故、水中の格闘技とも呼ばれるのか。
 理由は単純だ。
 サッカーやラグビーと同じようにコンタクトプレーが許されているからだ。
 そういう意味では、水球は様々な要素が組み合わさったスポーツであると言えるだろう――。

●小国家レンブラント・ラダー
「なんでこんなことになってしまいやがったんでしょうか」
 あれ?
 去年もこんなことを呟いたかもしれない、とファルコ・アロー(ベィビィバード・f42991)は思った。
 しかし、気の所為だと彼女は気を取り直して、眼前に広がる巨大なプール施設に視線を落とした。
 面積もそうだが、このプールの水深は60mを数える。
 本来はプールではなかった。
 前身は地下シェルターの区画である。
 それが何故、プールになっているのか。答えは簡単である。
 水没したからだ。
 本来であれば、シェルターは堅牢な壁面に覆われていなければならず、気密性も保たれていなければならない。

 だが、どんなものだってそうだが、朽ちていく。
 経験劣化というものが起これば、ほころびのように壁面に亀裂が入る。
 そのための保守点検というものがあるのだが、小国家『レンブラント・ラダー』が小国家としての体裁を得る前に建造されたシェルターは忘れ去られていたのだ。
 そこに水害が起こった。
 幸いにしてなだれ込んだのは雨水だけだった。
 土砂が入りこまなかったのは、巨大シェルターの大気成分のろ過装置が機能していたことを示している。
 これにより、雨水はろ過され、シェルターを満たした、というわけだ。
 水質共に問題はない。
 だが、シェルター施設としてはもう使えない。

 水没した一つの街のような様相を呈する区画を遊ばせていることができるほど『レンブラント・ラダー』は豊かではない。
 なにせ、この小国家は国土の多くが平原と言っていいほど平らなのだ。
 起伏に富んだ地形であれば、敵軍からの侵攻を阻むことも容易であっただろう。
 しかし、この小国家の前身は、嘗て空を飛ぶ機械……飛行機と呼ばれるものが数多く離発着する港施設だった。
 その名残が数多く遺構として国土に残されている。
 人々はこれを利用して戦乱続く世界を生き抜いてきた。
 であればこそ、敵軍に対する対処もそうであるが、時として此方から攻め入ることもあるだろう。
 となれば当然、運河を逆流し、時に湾口部を攻めることもある。
 そのための訓練施設として、この巨大なシェルター施設の遺構を利用しているのだ。

 最大深度60m。
 それは体高5m級の戦術兵器キャバリアが複数機、活動しても差し障りのない広さを誇っている。
 通常であれば、水中環境におけるキャバリア操縦の訓練場として活用されている。
 だが、今日は違う。
 ファルコは、今年もこの季節がやってきたのか、と息を吐き出した。

 夏。
 それは小国家『レンブラント・ラダー』において、キャバリアを用いたお祭りイベントの季節である。
 去年はドラッグレースだった。
 例年にならって、今年もドラッグレースを、という運びになったのだが、今回、発見された地下シェルターの遺構を用いて水中でのキャバリア競技が行われることが決定されたのだ。
「んで、水球ってか。ルールわかってんのかねぇ」
 紫煙を吐き出しながら言ったのは、小国家『レンブラント・ラダー』に属するキャバリア部隊『ゴッドレイ』の隊長『ジャコヴ』だった。
 彼は筋骨隆々なる太い腕を組んで、これまた太い首の骨を鳴らす。
 半眼になっているのは、敵小国家に攻め入ることを想定した訓練である、という前置きである。
 正直な所、その必要性というものは緊急を要するものではなかった。
 侵攻する、ということは多大な小国家のリソースを消費するものである。敵小国家を滅ぼすまでもなくとも、勝利を得ることができればプラントなどで賠償、補填されることで、投じたリソースは回収することもできるだろう。
 しかし、結果が逆となったのならば?

 失った物的、人的リソースは戻ってこない。
 そればかりか、こちらから敗北の代償たるプラントが喪われる。
 そうなれば、小国家を運営していくことは一層困難になるだろう。そうなった時、真っ先に割りを食うのは、弱者だ。
 この場合の弱者というのは一般市民たちだ。
「俺も年を取ったってことかねぇ……」
 ため息と共に紫煙を吐き出し『ジャコヴ』は頭頂をガリガリとかいた。
「んで、ファルコ。おめーはなんだ? その格好は?」
「隊長がこれ着ろって言いやがったんでしょうが! 何忘れてやがるんですか! ボケやがったんですか!? このやろー!!」
 ボスボスとファルコは『ジャコヴ』の太く、しかし固い脇腹を叩いた。
 少しも応えた様子もなく『ジャコヴ』は、「あーそうだっけ?」みたいな顔をしていたのだから、余計にファルコは苛立つ。

 そうなのだ。
 彼女はキャバリアの操縦センスがまったくない。
 悲しいことに、まるでないのだ。
 だが、彼女は『ジャコヴ』が率いるキャバリア部隊『ゴッドレイ』に所属している。
 レプリカント。
 それも航空戦力としての機能を何の因果が得て生まれてきてしまった彼女は、はっきり言って、この空に暴走衛生を戴く世界においては無用の長物であった。
 もっと悪しざまにいうのならば、役立たずであった。
 しかし、そんな彼女を『ゴッドレイ』は受け入れていた。
 懸命に生きること。
 それは例え、戦いに役立つことが難しい機能ばかりを持ち得たファルコにとって、唯一許されたことだった。

 その懸命さに隊員たちは心打たれただろうが、それをおくびにも出すことはしなかった。
 ファルコの性格からして、下手に気を使われることを厭うだろうと思ってのことだった。
 まあ、その結果、ファルコに対する接し方というものは、いずれもがセクハラめいたものになってしまっているのは、彼女にとってはご愁傷さまというほかない。
「まあ、なんつーか、カウガール見てぇでいいんじゃねーの?」
 ぱしん、と『ジャコヴ』の分厚い掌がファルコの臀部を叩いた。
 今のファルコはサンバイザーに半透明のオーバーサイズのジャケットを羽織っている。
 その内側は水着なのだ。
 彼女の言葉を借りるのならば、水中戦用のウェア、ということであるが、どう考えても水着であった。
「ピァッ!? カウガール!? 牛ってことじゃねーですか! 違うってんですよこのやろー! どこからどう見ても水中を飛ぶようにして泳ぐペンギンモチーフでしょうが!」
 白と黒のカラーリングのオーバーサイズジャケット。
 黒い袖は丈が余っている。
 なるほど、確かにそこだけ見たのならば、ペンギンのヒレのように見えなくもない。
 だがしかし、『ジャコヴ』は葉巻を咥えながら、首をひねる。
「んー? いや、どう見たって」
 そう言ってオーバーサイズのジャケットの前面を閉じるジッパーを勢いよく下ろした。
 飛び出すのは、ファルコの身の丈からすれば不釣り合いなほどに膨らんだ水中戦用ウェアこと、競泳水着に包まれた豊かな二つの実りだった。
「ピィッ!? なにすんですか!!」
「いや、これでペンギンは無理だろ」
「カラーリング的に見ても、どう見てもペンギンでしかねーでしょうが!!」
 開け放たれた胸元を隠すようにファルコは手で抑えて吠えた。

「いや、もっとこー、ペンギンつーのはよぉ、なだらかな流線型で、つるっとしてるもんなんだよ。水中での機動をより良いするために。おめー、『それ』はどう考えても|フロート《浮袋》にしかならねーよ」
「う、浮袋ぉ!? な、なんつー言い方してやがるんですか! 馬鹿なの!? 馬鹿なんですかこのやろー!」
「そんだけでっけぇと苦労するだろ。まあ、ウチのヤローどもは大喜びだろうがな、ガハハハハ!」
「の、ノンデリが過ぎるです……」
「あ? ノン? なんて?」
「ノンデリカシーです! デリカシーがないっていう意味だっつってんでしょうが! そういうのは! セクハラ発言ダメ絶対って知らねーんですか!」
「デリ、カシー?」
「初めて聞いた、みたいな顔すんなつってんですよ!!」
「いやいや、本当に。デリカシーってあれだろ? 繊細さとか美しさとか、そういう? あれだろ? オメー、どう考えてもオレらにそれを見出そうっていうのが無理だろ」
「配慮にかけるって意味ですよ!」
「配慮」
『ジャコヴ』は、ふむ、と頷いた。
 部隊を預かる指揮官として、確かにそれは必要な素養であると言えただろう。
 であれば、と彼はファルコの肩に手をおいた。

 神妙な顔つきであった。
「な、なんです?」
 ちょっと怖い。
 さっきまでキャイキャイしていたのが嘘だったみたいに静になる『ジャコヴ』。その眼差しは真剣そのものであった。
 あ、これは流石に、とファルコが反省しようとした瞬間、『ジャコヴ』は彼女の体を持ち上げた。
「うおーい! 野郎ども!」
 へ? とファルコが呆気にとられていると『ジャコヴ』は更に声を張り上げた。
「今日のキャバリア水球! 我が『ゴッドレイ』が優勝した暁には! ファルコが労ってくれるぞ! 一日中水着でだー!!」
「は……はぁ? はあああああああっ!!?」
「マジすか隊長!」
「話が分かる! いよし、オメーら! 円陣組むぞ円陣!」
「よーしゃ、いくぞ! ファイ、おー!! ファイ、おー!!」
「クソ生意気な相手チームなんざー!!」
「ぶっ飛ばす!」
「ぶっ倒す!」
「ぶっ|◯《ピー》す!」
 あれよあれよという間に、部隊『ゴッドレイ』のメンバーたちは、結束を強めた。
 隊長としてのデリカシーというのならば、『ジャコヴ』は部隊員たちへの配慮の鬼であった。ただ、その場合の配慮として捧げられる哀れ供物がファルコである、ということだ。
 度々、こうして彼らはファルコのご褒美を目当てに死力を尽くしてイベントごとに当たる。
 そのさまは、やはり同じ軍の中にあっても、跳ねっ返りだとか、愚連隊だとか、ならず者部隊だとか、そのように揶揄される中にあっても一際戦列な戦いぶりを示して見せる。

 言ってしまえば、武威であった。
『ジャコヴ』はファルコを餌……もとい、飴として彼らに配慮しているのだ。
 問題は、ファルコの意志というものが、その、なんていうか、無視されがちというところにあった。
 とは言え、彼女が声を挙げないのは、なんだかんだ言って彼らがわりかし無理難題をふっかけてこないことであろう。
 せいぜい、水球大会が終わった後の祝勝会で、やれ余興に一曲踊れだのなんだのと可愛いものであった。
 だがしかし、ファルコからすれば面白くない。
「なーに言ってやがるんですか!」
 ピィィィ! とさえずるようなファルコの声が響く。
「あん? 何がだよ」
「ボクは今回審判役があるんですよ! プールの上からじゃ、水中の様子はわからねーでしょ! カメラだって限界がある。だから、ボクは今回、軍の上層部からちゃーんと指令書もらってるんですから!」
 むふん、とファルコが胸を張る。
 まあ、『ジャコヴ』の腕に抱えられている猫のような体勢であったのが、なんというか様になっていないが。

「はぁ? 上層部? おいおいどういことだよ!」
「上層部は俺等から玩具……ファルコを取り上げるってのか! そんな無法が通ってたまるものかよ!」
 無法者揃いが何言ってるんだろうな、とファルコは思った。
 が、彼女の感情とは裏腹に『ゴッドレイ』の面々の怒りは尤もであった。
 何故なら、彼らはこれまでファルコという玩具……いや、マスコットがいたからこそ、高い生存率を誇っていたし、撃破率も高かった。
 お行儀よくて生き残れるんならそうするさ、というのは部隊長である『ジャコヴ』の言である。
 そして、当然、『ゴッドレイ』の生存率の高さに目をつけた上層部からは、ファルコというマスコットが大きく生存率に寄与しているのではないかと判断したのだ。
 であれば、だ。
 様々な部隊から扱いづらかったり、協調性がなかったりと様々な理由で爪弾きにされた者たちがいるような部隊ではなく、正式な部隊にファルコを委ねた方がよい、と考えるのも道理と言えば道理であった。
 そう、この水球大会は、彼女のお披露目でもあった。
 当然、優勝した部隊にはそれ相応の見返りがある。
 そこでファルコが望まれることは、まあ、ありえなくはない話だったのだ。
 故に、『ゴッドレイ』の部隊員たちは怒った。

「許せねぇ! そう都合よく、はいそーですかって行くかよ!」
「そーだそーだ!」
「今からでも抗議にいくぞ!」
「今なんか、ボクのこと玩具って言いやがりませんでした!?」
「気の所為だろ」
「いや、気の所為じゃないし……」
「気の所為だよ、ピヨちゃん」
「絶対……ん? んんっ!?」
 ファルコは聞こえてきた声に目を見開く。

 そこにいたのは、何故か当然のように部隊員たちの中に混じっていた杓原・潤(鮫海の魔法使い・f28476)であった。
「杓原ぁ!? なんでここに!?」
「えー、だってピヨちゃんが教えてくれたんじゃない。お祭りやるんですよーって。だから来ちゃった」
「来ちゃったぁ!?」
 ファルコは潤の言葉に目を見開く。
「いや、他にも出店とか見世物あるでしょう! なんでここにって意味ですよ!」
「あのね。聞いたところによると、キャバリアの水中戦があるんでしょ?」
「ああ、そうだな。キャバリアによる水球大会だ」
「それ! おもしろそー! なにそれー!! ってなちゃって! それでね、うるうも参加したぁいって思ってぇ。ね、いいでしょぉ?」
 潤は、『ジャコヴ』に上目遣いでおねだりする。

「いやいやいや! いや!! 杓原は部外者でしょうが! それも小国家に住んでいるわけでもなし! そもそも関係者ですらないんですよ! そんな杓原が勝手に水球大会に参加してたのがバレたら……」
 そう、部隊長である『ジャコヴ』の首が飛びかねない。
 それどころか、この部隊『ゴッドレイ』の面々全員がヤバい。
 懲罰房だけで済めばいい。
 だが、『ジャコヴ』は盛大には笑った。
「ガハハハハッ! 面白ェ!」
「バカですか!? バカなんですか!? わかってます!? 無関係者が紛れ込んでキャバリア動かして、普通に参加するなんて!」
「いいじゃねーか、今日はお祭りみてぇなもんなんだろ。じゃあ、馬鹿騒ぎしなくっちゃぁなぁ?」
 ニヤリと笑う『ジャコヴ』にファルコは、抱えられたまま、その固い胸板を蹴飛ばす。蹴飛ばした自分の足のほうが痛くなった。

「くっ……」
「そういうわけで決まり! ね!」
「ああ、んで、こっちのキャバリアを貸し出せばいいのか?」
「んーん! うるうはうるうのキャバリア……『テルビューチェ』がいるから大丈夫!」
 瞬間、潤の背後の空からサイキックロードが開かれ、サメ型めいたキャバリアが出現する。
「まさか……! そいつがサメ型だからって話じゃねーでしょうね!?」
「そうだけど?」
「よしんば、参加するのはいいですけど!」
「なんだよ、ファルコ。ケチくせーな。お友達が一緒に参加してくれるんだぞ? なんでそんなに嫌がってんだよ」
「ばか、照れてんだよ、ファルコは。お友達が来て、ほら、あるだろ。俺等にもさぁ、そういう時期」
「あったあった。なんか親といる時に友達に合うと妙に家族のことが恥ずかしくなってきちゃうあれな」
「ファルコも思春期かぁ……成長したなぁ。まあ、今回逆パターンだけど」
 部隊員たちの言葉にファルコは顔を真赤にして否定する。
「ちっげーんですよ! そういうんじゃねーですから! ていうか、なんでボクの方が悪者みたくなってんですか!」
 ファルコがじたじたする中、『ジャコヴ』は改めてというように隊員たちと潤を加えて円陣を組む。

「いいか、オメーら! やるからには優勝だ! 俺達が優勝して、ファルコの玩具……じゃなくてマスコットとしての性能の高さと他の部隊が横取りしようなんざ、ふてぇ性根だってことを証明してやろうぜ!」
「おおおおおおッ!!!」
 咆哮が轟く。
 ファルコは円陣から離れて、なんでこんなにこの人たちやる気に満ちているんだろうと困惑するしかなかった。
「やるぜ! やるぜ! 俺はやるぜ!!」
「おお! お友達も加減なんていらねぇぞ! やってやろうじゃねぇか!」
「おー! えいえいおー! うるうもがんばっちゃうよー!」
「よっしゃ! お嬢ちゃんを景気づけに胴上げだ!」
 あ、そーれ! とファルコをそっちのけで大盛りあがりの『ゴッドレイ』のメンバーたち。
 そのさまを見て、ファルコは今日のキャバリア水球大会がとんだ荒れ模様になってしまったことに一人痛感するのだった――。

●キャバリア水球大会
 そう、それは文字通りである。
 通常はプールにコートを作って人が一つのボールでもってゴールに得点を決めるのが水球の基本的なルールだ。
 だが、今回はフィールドが水没した地下シェルターを利用した巨大プールである。
 最大深度60m。
 キャバリアが複数機飛び込んでもまったく問題がない。
 そんな巨大プールの中にファルコは審判役として飛び込んでいた。
「不安しかねーんですが……」
 そう、不安だ。
『ゴッドレイ』の連中がやる気になっていることもそうだが、そこに杓原こと潤が絡んでいるのがよけいに不安を煽る材料にしかなっていないのだ。
 ここで自分が審判役をやらねばならない、というのもファルコのお腹をキリキリさせる要因だった。

「でもまあ、しかたねーです! フリッパーアップ! チェェェンジ! マーレット!」
 ユーベルコードの光を瞳に宿し、ファルコは廃シェルターのプールにて海鳥形態へと変貌する。
 背にはジェットパック。
 脚部にはフィン。
 腕部には水かきめいた鋭い鉤爪。
 そして、サンバイザーはゴーグルへと変形し、完全なる海戦仕様となったのだ。
 だが、彼女の水着……そう、競泳水着に包まれたトランジスタグラマーなスタイルは惜しげもなく晒されている。
 不安になる!
 装甲が胴体だけ非常に薄いのだ!
「まあ、水着だしねー♪」
 潤は、そんなファルコの姿に笑う。
 ファルコは、この小国家『レンブラント・ラダー』においてマスコット的……即ち、象徴的な存在になろうとしている。
 であれば、潤は思ったのだ。
 ファルコに便乗するついでに、この小国家において自身もアイドル的ポジションを得てしまおう、と。
 そのためにも彼女は策をねっていた。
『ゴッドレイ』の部隊に謎の助っ人として編入したのもその一環である。

 彼女のキャバリアは、この小国家において存在しない機体だ。
 つまり、非常に目立つ。
 そして、目立つということは注目を浴びる、ということでもある。
「謎のキャバリアパイロットはだれ!? ってなれば儲けものだよね~」
 簡単に姿をさらすことはしない。
 ハレの大舞台で大々的に姿を晒せば、潤の印象はより強く、より多くの人々の目に映るだろう。
 そのために彼女は活躍しきってから満を持して姿をさらし、アピールして目立とうと面いたのだ。
「杓原ぁ! よけーなこと考えるんじゃあねーですよ! わかってます!?」
 キンキンと『テルビューチェ』に通信を入れてくるファルコに潤は笑う。
「だいじょーぶだって、ピヨちゃん。『ゴッドレイ』のみんなを優勝させたいって気持ち、潤も一緒だよ♪」
「それがなんか微妙に信用ならねーって言ってんですよ!」
「ひっどぉい、潤、こんなに一生懸命なのに~」
「そうだぞ、ファルコ! お友達ががんばってくれてるんだ。審判役なんだから、贔屓しろよ!」
「そうだそうだ!」
「勝てたら、その分だけなんか奢ってやっから!」
「いや、審判役を堂々と買収しようとしてんじゃねーですよ!」
 ファルコはまったくもって自分の所属する『ゴッドレイ』が、ならず者部隊であることを実感させられていた。
 どうしてこうなのだろう。
 部隊長である『ジャコヴ』の影響なのだろうか?
 朱に染まる、というレベルではない。
「類友……ってやつなんですかね?」
 まあ、いいや、とファルコは海中にてホイッスルの音声を鳴らす。

 試合開始の合図だ。
 その合図を受けて、廃シェルターのプールに、それぞれの部隊のキャバリアが動き出す。
 ルールは水球と一緒だ。
 ファルコが設置したキャバリアサイズの球体。
 これを最初に取った方が攻撃権を得る。
 インターセプトしていいが、キャバリアは戦術兵器だ。
 当然、射撃武装は模擬戦専用の低出力のレーザーに置き換えられている。無論、物理的なコンタクトも許されている。
 とは言え、近づく前にレーザーで撃破されてしまえば、そのまま試合終了まで脱落となる。
「となれば、やっぱり最初にボールを獲るための戦いが始まるってわけですよね」
 ファルコは審判役として海中を自在に動き回る。
 設置したキャバリアサイズのボールはコートであるプールの中央に浮かんでいる。

 これを目指して互いのチームが海中を往く。
 最初は静かなものだった。
 当然、海面に浮かぶボールを得ようとすれば、無防備になる。その無防備な機体を狙って一斉に攻撃を叩き込めば、敵チームはメンバーの一騎を失い、試合が続くにつれて人数差で不利になっていくのだ。
 そうした駆け引きというものも、このキャバリア水球には含まれている。
「へっ、『ゴッドレイ』の連中にそんな高度な心理戦なんてできるものかよッ」
「イノシシみてーに突っ込むことしか知らねーんだからな」
「アハハハハッ!」
 響くのはあえてオープン回線で響かせた相手チームの会話だった。
 これは挑発だ。
 あえて、狙ってやっている。

「おいおい、なんか言ってんぞ? 聞こえねぇなぁ?」
「へったくそな挑発だぜ。まあ、挑発だって分かる程度ってとこだがよぉ。もうちょっと語彙を増やそうぜ!」
「|◯◯◯◯《ピーピーピーピー》――!」
 うわ、とファルコは耳を思わず抑えた。
『ゴッドレイ』のメンバーの発した挑発返しの言葉があまりにもあんまりであったからだ。
 ちょっと放送できない類のあれである。
 げんなりした顔をするファルコを他所に、相手チームも、そこまで言われたのならばと怒り心頭である。
 ぶちのめしてやるとばかりにボールを目指して水中を走るキャバリア。
 相手チームにつられて『ゴッドレイ』のキャバリアも動けば、狙い撃ちにしてやるとばかりに、相手チームは見事なフォーメーションを組んで水中を進んでいる。
 これは結構苦戦するのではないか、とファルコは思う。
 それほどまでに相手チームの練度は高いものだった。
「こっちだって負けてはいないとは思うですけど……」
 そう、これまで経験してきた修羅場というものが『ゴッドレイ』は違う。
 生存率が高い、ということは当然、危険な戦場からも生きて還ってきたという実績がある、ということだ。
 そうした経験を積んだ兵士というものは、その経験則でもって多くの困難な状況を切り抜けることができる。
 故に『ゴッドレイ』はならず者部隊と言われながら、しかし、小国家『レンブラント・ラダー』内において、エース部隊と引けを取らぬ功績を上げている部隊なのだ。

 そんな彼らが挑発返し程度で済ませるものだろうか?
 釣り出されたのは、一体どちらだったのか。
「いーっくよー!」
 その声と共に『テルビューチェ』のアイセンサーがユーベルコードに輝く。
 自然現象と属性を組み合わせたユーベルコードによってプールの内部に潮流が生まれる。
 本来ならばありえないことだった。
 どんなに深度が深いプールと言えど、プールはプールだ。
 潮流など発生しない。
 つまり、水の抵抗は通常の海中とは異なり、そこまで高くはない。
 だが、潤の『テルビューチェ』が発生させたユーベルコードは、プール内部に潮流を生み出し、さらには属性を組み合わせたことによって風の竜巻をプール内部に生み出し、膨大な泡を生み出すのだ。

 白いカーテンのように無数の泡が相手チームのキャバリアたちを遮る。
「泡ッ!? なんだ……一体何が、どうしてこんな……!」
「視界不良! クソッ! 何が起こってやがる! ……ッ!? なんだ、機体が上昇している……!?」
「そうか……この泡で俺達は舞い上げられているのか!」
 なんとか泡から逃れようとするが、しかし逃げられるものではなかった。
 よしんば逃げられたとて、竜巻の泡は一気に相手チームの数機を巻き込んで水面へとはじき出されてしまう。
「チッ……だが、『ゴッドレイ』の連中はまだボールを確保していない。ならっ、水上に出たこちらが際に取れる!」
 なんとか形勢を、と水上に浮かぶボールを目指してスラスターを噴射させるキャバリア。
 だが、彼らは見ていなかった。
 水面を切るようにして進む一つのヒレ……『テルビューチェ』のセンサーブレードを。
 ボールに手を伸ばしたキャバリアは見ただろう。
 水中の奥に揺らめくキャバリアの双眸を。
 そのきらめきと共に一瞬で『テルビューチェ』が食いつくようにしてボールに手を伸ばしたキャバリアへと体当たりを敢行するのだ。

「いえーい! どんぴしゃ! みんなの作戦どーり!」
 潤のはしゃいだ声が響く。
「すごいすごい、こんな簡単に釣れちゃうなんて!」
「だろう? 連中、水面にはじき出されたらボールを確保するように動くしかねぇ。なら、そこを狙えば、簡単に敵の数を減らせるってわけよ!」
「一騎残らず殲滅してやるぜ!」
 そんな『ゴッドレイ』のメンバーたちを見やり、ファルコは頭を抱える。
「戦闘じゃあないんですよ!? これ!? 水球でしょうが! なんでゴールじゃなくて敵を倒すことを優先してんです!」
「そっちのほうが早ぇ!」
「スポーツマンシップはぁ!!」
「そんなもん知らねぇよ! おら、ぶちかませ!」
 そう野次を飛ばすのは『ジャコヴ』であった。
 なんか握りしめている。
 ん? とファルコが、じー、と拡大すると、彼が握りしめていたのは、馬券ならぬキャバリア券であった。
 そう、これは公認のトトカルチョ!
 どちらが勝つのか。
 それを当然のようにギャンブルとして賭けているのだ。

『ジャコヴ』は当たり前のように『ゴッドレイ』に全ベットしている。
 それは隊員たちの奮闘を信じているからでも合ったし、勝利を確信してのことなのだろう。 
 だが、ファルコは、またか……と思った。
「このために連中焚き付けやがりましたね!」
「ん? ああ、まあな! だが、何も問題はありゃしねぇよ。あいつらは勝ってご褒美。俺は賭けに勝ってウッハウハ、Win-Winってやつじゃあねぇか! ガハハハ!」
「ガハハじゃねーでしょ! 仮にも部隊長って身分の人が!」
「あー! 出た出た、それ隊長ハラスメントだからなー! 上層部に言いつけてやろ!」
「そんな言い分が通るもんですか!」
 ファルコの叫びも虚しい。
 プールの中では阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
 ぷかぷかと浮かぶボール。
 波にさらわれるようにして浮かんでいる姿が虚しい。
 何故なら、水中ではまさに『ゴッドレイ』のキャバリアと潤の『テルビューチェ』による相手チームの蹂躙劇が起こっていたからだ。

 ボールに触れることすらできずに敗退していく屈辱を『ゴッドレイ』のメンバーは相手チームに刻み込むようであった。
「おらおら、アンヨが上手ってなぁ! 生まれたてのカエルだってもうすこしマトモに泳ぐぜぇ!?」
「逃げられるもんかよ、そんなマニューバでよぉ!」
「わーい、たーのしー!」
 潤も混じって、当然のように相手キャバリアを翻弄する。
 その姿はサメというよりシャチであった。
 集団で狩りをし、高い知能を以て獲物を欺く。
 それがシャチだ。
 そんな海のギャングのように『ゴッドレイ』の面々は水中であっても、その技量を存分に発揮し、相手チームの機体が行動不能になってからゆうゆうとボールを確保し、ゴールに叩き込む。
 無法たる戦いにおいて無法者以上に向いている者などいないだろう。
 それを証明するように『ゴッドレイ』のメンバーと潤は、見事な……と言うか、見事というのはあまりにも程遠い勝利を飾るのだ。

 その勝利に湧く観客席。
 モニターには、『ゴッドレイ』の勝利を告げるファルコの姿があった――。

●カメラ
「んで、どんな調子よ」
 それは廃シェルターのプールの水中にて自在に動くカメラドローンを操る者の言葉だった。
 彼は軍上層部からの依頼を受けて、プール内のキャバリア水球の様子を撮影していた。
 面倒な作業とは裏腹に特別手当が出るわけではない。
 これも軍務の一環である、というわけであるから当然と言えば当然である。
 だがしかし、なんの見返りもないというのは正直な話、承服しかねるところでもあったのだ。とは言え、不服を申し立てた所で得られるものはない。
 むしろ、軍の上層部から睨まれるだけであったし、評価も下がるだろう。
 であれば、だ。

「ああ、悪くない」
 彼は水球大会を開催した運営の幾人かを抱き込んで、競技の様子をモニターに伝えるカメラ以外にもいくつかのカメラドローンをプールに放っていた。
 何故、と思うだろう。
 当然、何の利益も見返りもなく行う訳では無い。
 観客により楽しんでもらおう、などと殊勝なことを考えていたのならば、まだよかった。
 カメラドローンが写していたのは、ファルコの姿だった。
 競泳水着に包まれたトランジスタグラマーな体躯。
 幼さを残しながら、出るところは大胆に出ている。彼女のコアなファンというのは、この小国家に少なくない。
 むしろ、アングラ的な需要があると言ってもいい。
 しかし、彼女に言い寄る男性軍人はいない。
 何故なら、彼女に近づこうとすれば、当たり前のように『ゴッドレイ』の隊員たちが牽制にくるのだ。
 それに隊長である『ジャコブ』は彼女のことを孫のように可愛がっていた。

 ファルコ本人からすれば、そのように思えな方かもしれない。
 そう悟らせないようにしている、というのもあったかもしれないが、少なくとも彼女はそうは思っていなかった。
 いつもどおりのクソ隊長と思っていたことだろう。
 だが、現実は違う。
 ファルコ。
 航空戦力としての性能を持つレプリカント。
 当然、この空に蓋をされた世界にあっては、航空戦力は無用の長物。役立たずだ。
 そんな彼女であっても、居場所があるのは、『ジャコヴ』たちが彼女を守っているからだ。
 しかし、いつ立場が悪くなるかもしれない。
 それを防ぐように彼らは事あるごとに彼女を担ぎ出しては、今回のように周目にさらすことで、ふらちなものを遠ざけていたのだ。

「まあ、だからって諦めるわけでもないんだけどな」
「お、今写ってんじゃん。うっわ、やっぱいい体してんなぁ……」
 下卑な笑みを浮かべてカメラドローンから送られてくる映像にニヤつく男たち。
 そう、彼らが観客席に映像を届けるカメラドローン以外にもドローンを秘密裏に水中に放っていたのは、ファルコが目的だったのだ。
 彼女の水着姿という艶姿。
 それを映像データにして売りさばこうという魂胆なのだ。
 このことからも、ファルコは彼女が思う以上の需要というものがあることがうかがえるだろう。
 それが、下世話な需要であっても、だ。
 そして、今回の彼女の審判役とい立場は、絶好の機会だった。
「食い込みヤバいじゃん」
「な? 高くで取引できるデータが満載だぜ。頼むぜ、ファルコちゃん。際どい、いっちょ……」
 男はモニターのノイズが走ったのを見た。
 一瞬だった。
 訝しむ。
 電波の状況が悪いのか?
 そう思った瞬間、モニターの全てが……カメラドローンの制御が喪われる。

「……なんだぁ!?」
「ハッキング!? どこからだ!?」
 彼らは慌てふためく。 
 だが次々とカメラドローンは制御をはずれ、さらにはコントロールしていた端末さえも制御を受け付けなくなっていく。
 そして、プールの水面から飛び出したカメラドローンが数機。 
 それは全て男たちが不正に放っていたカメラドローンだった。そのドローンが一斉に男たちがコントロールしていたテントへと勢いよく飛び込んでいくのだ。
「うわ、わああああっ!?」
 テントを突き破ってドローンが彼らの端末に激突して、火花と漏電するさまを示し、爆発する。
「き、機材が! クソッ、ハッキングなんて舐めた真似しやがって! 逆探知して、軍法会議に……」
 男たちは毒づく。
 だが、彼らの面が上がった時、その頭上に影が落ちる。
 見上げた先にあったのは。
 無法者たちであった。
 言うまでもないが、無法を働く者たちにおっての最大の天敵は法の遵守者ではない。
 ましてや司法の番人ですらない。
 そう、無法者の天敵は同じ無法者なのだ。

「舐めたことしてくれてんのは、お前らだろう?」
「ひっ、ちが、これは……」
「ん? 違う? よくもまあ、こんな舐めるようにウチのモンを撮ってくれたもんだなぁ?」
「盗撮っていうんだぜ、これ? なあ?」
 引きつる男たちの顔。
 逃げられない。
 逃げ場など元からなかったのかもしれない。
 無法者は縄張り意識が高い。
 そして同時に身内に類が及ぶことを嫌うし、厭う。もしも、危害を加えるものがいると知れば、即座にこれを排除しようとするだろう。

 今回もそれだけの離しなのだ。
「ちょっと向こうでお話しようか。何、取って食いやしねぇよ。『話す』だけだからさ」
 な、とむくつけき男たちは、ファルコを盗撮していたカメラドローンの主たちと連れ立って歩いていく。
 その背中にキャバリア水球大会の歓声が聞こえるばかりだった――。

●テルビューチェ
 場外でそんなことが起こっているとはつゆ知らず……いや、もしかしたら把握していたかもしれないが、潤は華々しくキャバリア水球大会において、『テルビューチェ』と共に活躍を果たしていた。
 試合となれば、先陣を切って突っ込み、相手チームのキャバリアをなぎ倒す。
 ボールを確保すれば、得点王。
 仮にボールを奪われても、インターセプトしてしまう。
 八面六臂の大活躍というやつであった。
「流石だぜ、お嬢ちゃん! ガハハハ!」
 そんな活躍を見やり、『ジャコヴ』は大笑いだった。笑いが止まらない。
『ゴッドレイ』の快進撃が続けば続くほどに彼の懐はあったまっていくのだ。正直言ってたまらない。
「でしょ~! じゃあ、そろそろいいよね?」
「ん? ああ、そうだな。『あっち』も片付いたみたいだしな」 
 インカムから聞こえる何事かに『ジャコヴ』は笑む。
 潤が、いいよね、と言うのは当然、ここらで彼女の正体を観客席に知らしめるということである。

「派手にやんな」
「ありがとう! じゃあ、いっくよ~!」
 その言葉と共に優勝が決まった決勝点をゴールに叩き込んだ『テルビューチェ』が水上へと飛び出す。
 燦然とした太陽の輝きに飛沫が煌めく中、『テルビューチェ』がユーベルコードによって生み出された大渦と共に飛び出したのだ。
 そればかいりではない。
 属性を操った潤の泡の魔法によって渦巻く飛沫は一瞬でこおりつき、プールの水面に『テルビューチェ』に氷の舞台を作り上げたのだ。
 その上に膝をつく『テルビューチェ』。

「おい、あれって『ゴッドレイ』のキャバリアなのか?」
「いや、どう見ても特別仕様機だろ? あんなならず者部隊に配置されるわけ……」
「じゃあ、なんなんだ?」
 どよめく観客席。
 そんな中、潤は『テルビューチェ』のコクピットを介抱し、己の姿をさらす。
「はーい、うるうだよ! うるうは魔法使い! 本物の魔法使いなんだよ!」
 コクピットハッチを舞台にして潤は、その姿をさらす。
 パイロットスーツ……には包まれていない。
 彼女の幼い姿。
 だが、その姿は可愛らしい水着姿であった。
 試合に汗かく白いシャツが張り付きながらも、どこか可愛らしい色香をまとった彼女の姿がモニターに映し出される。

 カメラドローンが映し出す彼女の姿に観客席が一気に沸き立つ。
 それもそのはずだろう。
 彼女の可愛らしい姿に沸き立たぬはずがないのだ。
「うるうちゃんっていうのか……!?」
「か、かわいい……!」
「わ、うれしー❤ ありがとー❤」
 サービスとばかりのノリノリで潤は投げキッスを観客席に向けて飛ばす。
 その度に凄まじい声量の声援が飛ぶのだ。
 悲鳴めいた声が聞こえているのは、彼女のあまりの愛らしさに感極まってのことだろう。
「杓原ぁ! 騒ぎにすんなっつったでしょーが! 何やってんです!」
 ファルコが水中から飛び出して『テルビューチェ』が膝突く氷の舞台に降り立つ。

「何ってアピールだけど? ほら、みんなの声援が聞こえるよ、ピヨちゃん!」
「いや、それはどうでもいいですってば! 騒ぎにしないって約束!」
「してないけど? それに隊長さん、好きにしていいって言ったし?」
「あの人はぁ!!」
 ぎー! とファルコは呻く。
 なんでこうも自分の周りには厄介な者たちばかりしかいないのだ、とファルコは肩を落としたくなる。
 だが、この肩を落としてしまっては、誰がコイツラを止められるのだと思った。
『ゴッドレイ』の連中だってそうだ。
 審判役として役立てたかと言われたら、ちょっと疑問である。
 だが、彼らが暴走しないように努めていた。
 簡単ではなかった。
 それでもファルコは一生懸命に頑張っていたのだ。
 そんながんばりすら、潤たちはご破算にしようとしているのだ。

「いーですか! これは小国家『レンブラント・ラダー』の催しなんですよ!? 杓原が目立ってどーすんですか!」
「それもそうかも!」
「そうでしょうが! ……ん? え?」
「うん、そうだよね。うるうだけが目立ってもしょうがないよね!」
「やけに素直じゃあないですか」
「だから、ね! ピヨちゃんも一緒に目立とう!」
「はあー!?」
 ファルコは驚愕する。
 一体全体潤は何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。
 目立つ?
 とんでもない。
 自分はそんなことどうでもいいのだ。潤のように、と彼女は言い掛けたが、しかし始まるのは音楽であった。
 軽快なダンスミュージック。
 ごきげんなナンバー。
 それは『ゴッドレイ』の連中がよく屯している食堂に流れている曲だったのだ。

「ピヨちゃん、ステージはおあつらえ向きに出来上がっているんだし、おどろ!」
「はぁー!? なんでボクが!」
 困惑しながらも拒否するファルコ。
 だが、そんな彼女の手を取って潤は氷のステージへとファルコごと飛び出す。
「うわっ、なにすんです!」
「踊るんだよ! ほら、見せてあげよ!」
 ね、とファルコを振り回すように潤は氷のステージで踊る。
 まるでアイドルだ。
 モニターには、カメラドローンからの映像が映し出される。楽しげな潤。困惑しながらも照れるファルコの姿。
 それは不正に得られようとしていた映像よりもずっと楽しげで、誰もの目を楽しませるものであったことだろう。
「ほらほら、笑顔笑顔❤」
「だー! 簡単にできないですってば! ボクは杓原みてーには!」
「大丈夫だって、ほら、向こうに向かって、笑顔ー!」
「に、にこぉ?」
「かったーい! ここみたいにやわーらかく行けばいいのに!」
 もみくちゃになるようにして戯れる二人。
 ファルコの悲鳴が響きわたる。
「ピェェェェッ――!」

●祝勝会
「えー略式ながら、此度の優勝を祝して上層部から恩賞が届いた。ので、しっかりと楽しむように! 乾杯!」
『ジャコヴ』の声が響く。
 同時に『ゴッドレイ』の隊員たちの歓声が轟いた。
 それはもう地の底から響くような低く、そして同時に盛大なものであったことだろう。
 そのつんざくような歓声にファルコは耳を抑えていた。
 あまりにもうるさかったからだ。
「うるさ……!」
「おいおいファルコぉ~呑んでっか~?」
「うわくさっ」
「あんなに俺等がんばったのに、傷つくこというなよ~」
 絡むようん隊員にファルコは掌で押しのける。
 だが、今の彼女は水着メイド服であった。
 なんで?

 答えは簡単である。
 優勝したからである。
 そう、『ゴッドレイ』は見事に部隊対抗のキャバリア水球大会を制していたのだ。
 その活躍もあって、今夜は祝勝会を行うことを許可されていたのだ。
「それで、なんでこんな格好させられてんですかぁ!!」
 彼女の抗議の声が響き渡る。
 まあ、それも当然と言えば当然である。
 確かに『ジャコヴ』はご褒美を確約した。それも勝手に。
 だが、どんなことを強要されるのかと思えば、水着メイド服に着替えてのお酌であったのだ。
 これはこれで健全……健全、なのか?
「やーん❤ えっちー!」
 かと思えば、向こう側ではファルコと同じにように水着メイド服に着替えた潤が隊員たちと笑い合っているではないか。
 ファルコと違うのはノリノリである、ということである。

「なんで、杓原も着てるんですか!?」
「えーだって、お願いされたから? それにぃ、みんなにはお世話になったからぁ?」
「どう考えても、杓原のおかげでしょ、優勝できたのは!」
 そう、水球大会の得点源の殆どが潤の『テルビューチェ』の性能のおかげであった。
 流石に謎の助っ人で押し通すには難しい気がしないでもない。
 だが、そこら辺は『ジャコヴ』がうまいことやってくれたのだろう。
 なんだかんだで、あの人はとんでもないのだな、とファルコは思ったが、今はそれはどうでもいい。隅においておく問題であったのだ。
 問題は、潤のことである。

「ここは業腹ですが、杓原がボクにご褒美って流れで自然と逃げる算段でしたのに!」
「いや~だって、ピヨちゃんがそう考えるなんてお見通しなんだもん」
「ぬあっ!」
 呻くファルコ。
 潤にはとっくに見抜かれていたのだ。
 それはそれで悔しい。
「で、でも、杓原だって、こんな格好!」
「えー? うるうは結構好きかも? ねー?」
「ねー!」
 息ぴったりに『ゴッドレイ』の隊員たちは頷く。
 こういうところだけは連携が密になっているのだから、嫌になる。普段からやれ、とファルコは思っただろう。

「隊長からもなんか言いやがれですよ!」
「ん? 何が?」
 ひーふーみーよー、と今日の賭けに勝った札を数えている『ジャコヴ』は、ご機嫌に葉巻を口に咥えて揺らしていた。
「何がって、風紀が乱れるでしょ! 部隊内の!!」
 これ! とファルコが自身んの水着メイド服を見せる。
 正直言って、すごかった。
 トランジスタグラマーな彼女の体型を余すことなく示すような見事な水着メイドであった。
 しかし、『ジャコヴ』は、うん、と頷いた。
「似合ってるぞ」
「ども、です……じゃねーでしょー!? ねぇ、あれってどう考えてもおかしいでしょ!」
「はい、あーん❤」
「あーん❤」
 ファルコが指差す先にあったのは、隊員に、あーん、とする潤の姿があった。
 完全に面白がるように、あーん、としながらお預けしたりしている。
 小悪魔的な彼女の振る舞いに隊員たちは、すっかり骨抜きであった。
「あれぇ!!」
「ふむ。小悪魔水着メイド……新しいな」
「もう一周半くらい回って使い古されてるでしょうが!」
「次のノーズアート、あれでいいんじゃね?」
「やるわきゃねーでしょうが!」
 そんな風に祝勝会は騒がしくも、乱痴気騒ぎめいた様相になっていく。
 ファルコは諦めるようにため息をついた。

 ああもう。 
 どうしてこんな風になってしまうんだろう。
 毎年毎年。
「来年こそは!」
 ちゃんとしなければならない。
 そう心に決めてファルコは拳を突き上げた。
 だが、無駄である。
 その彼女の姿は、新たなノーズアートとして『ゴッドレイ』のキャバリア、その機体装甲に彩られることになるのだった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年08月30日


挿絵イラスト