なないろみずうみ~蒼鳴鳥~
どこまでも冒険の空が続く世界、ブルーアルカディア。浮かぶ島々のひとつへと赴いた式神は、ふたつの虹がかかる湖の前に静かに舞い降りる。
「……ふむ」
防護の結界を身に纏っているものの、せっかくの夏休み。すこしばかりのおしゃれもいいかもしれないと、天白・イサヤは浅縹色の洋鳴のシャツを羽織っている。
透き通るような湖面に映る二重のなないろは、彼の記憶に残しておきたいもののひとつ。
「生き物は……見当たらないようだが」
清浄な空気に満ちた此処は、イサヤにとっても心地が良い。夜になればこの虹は、星空に変わっているのだろうか。
腕のひとつ、ながい黒の爪の先。ちょん、と水面に浸すと、わずかな揺らぎが湖全体にやわらかく伝わっていく。
平安結界の維持に日々を費やす彼の主人は、今もアヤカシエンパイアで変わらぬ日々を過ごしている。そんな彼女に、イサヤは己が見て感じた景色を報せたくて、こうして空の夏を浴びにやってきたのだけれど。
「さて、」
痩せた長身は、静かに水のなかへ。流れる草木の匂いを確かめながら、式神は湖の心地を直接その身体で感じてみることにした。
ざぶりざぶりと入っていけば、結界のおかげで水の感触と冷たさだけを味わえる。水彩めいた虹色が揺れるたび、うつくしいものに馴染んでいくような心地がした。
――ふいに、腕のひとつが水中でなにかに触れた気がする。
「おや」
そっとそちらへ視線をやれば、きらきらとかがやくあおい石がひとつ。拾いあげれば、この空のように真っ青な翼が眼前に広がった。
鶴にも白鳥にも似た、首のながい青い鳥。虹色の双眸をイサヤへと向ける水鳥は、静かに彼へ|首《こうべ》を垂れる。
「貴殿の住まいであったか。邪魔をしてすまぬ」
するり、頭をすり寄せる召喚獣は、どこかうれしそうにひと鳴きする。人懐っこいそれは、ぱしゃりと式神に水をかけた。
驚いた彼に、ついてこいというように湖を泳いでいく。ならばそれに甘んじようと、イサヤもざぶりざぶり。
中央まで続いて泳いだ式神が見たのは、果てのない天から燦々と降りそそぐ陽光が、虹を抱く湖面で色硝子のようにきらめく様子で。
「この景色を、我に見せようとしてくれたのか」
うれしげに鳴いた水鳥へのお礼は、何がいいだろう。もっとも、イサヤに惹かれた召喚獣にとって、式神についていくのが一番の喜びなのだろう。
主への土産話は、まばゆい虹の涼やかな夏になりそうだった。
成功
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