ウキウキ!!ワッキー・レース!!
●黒教
欲望による進化。
それはありとあらゆるものを欲することを肯定する競技である。
「欲せよ、さすれば与えられん」
カタリナ・ヴィッカース(新人PL狩り黒教ダンジョンマスター・f42043)は、祝詞のように高らかに宣言した。
空砲が鳴り響くは、ゴッドゲームオンランの仮想世界。
青空が眩しいのは、夏真っ盛りだから。
彼女は|組合員《ギルドスタッフ》らしく、あるレースを主催していた。
あるレース、というのはまあ、簡単に言えば中世ファンタジーを思わせる風景やダンジョンをモチーフにした山あり谷あり難所ありのコースをひたすらゴールを目指して走る一周勝負。
それだけ聞けば、よくあるレースイベントか、と娯楽慣れしたゴッドゲームオンランのゲームプレイヤーたちは思っただろう。
だが、|組合員《ギルドスタッフ》であり、黒教の|黒聖者《ダークメサイア》であるところのカタリナが、そんな単純なレースを企画するだろうか?
するわけがない。
明和・那樹(閃光のシデン・f41777)は彼女のことをよく知っていた。
「絶対何か仕掛けてくるに決まってる」
「そうなのか? とてもそうには見えないんだけどなぁ……」
ウィル・グラマン(電脳モンスターテイマー・f30811)は彼の言葉に首を傾げた。
レースイベントの主催者として宣言、概要を説明するカタリナは、非の打ち所のない|組合員《ギルドスタッフ》だった。
だが、那樹は知っている。
カタリナが己の欲望のためならば、どんな手段でも講じてくるであろうし、また惜しげもなく汚い手も振るうだろうと。
そもそも、主催者である、という時点で怪しさしかない。
「油断はできないよ。あれも擬態みたいなもんだから」
「そうかぁ? けど、オレからすれば……こっちのほうが大問題だぜ……」
「大問題?」
那樹が視線を向け、ウィルが視線をそらしたのは、ザイーシャ・ヤコヴレフ(Кролик-убийца・f21663)の苛烈でありながら陰気放つ視線であった。
「うわ、目が合った」
「ばか、見るなって!」
やられるぞ! とウィルが那樹と肩を組むようにしてザイーシャの強烈な視線から隠れる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
二人はため息を揃って吐き出した。
そう、ことの発端は単純なことだったのだ。
大人気新型ゲーム機。
それはアスリートアースで発売された玩具である。
玩具と言っても、ゲーム機は世代を問わずに愛されている。
時に社会現象にまで発展する。
人の欲望とはまさしく再現がなく、突拍子もないものなのだ。
故にたかがゲーム機と侮ることはできない。
那樹とウィル。
この二人は、その新型ゲーム機の予約抽選に一発で当選し、夏休みはゲーム三昧を謳歌していた。
当然、当選する者あれば、落選するものあり。
こればかりは仕方のないことである。
しかし、一度や二度の落選ならば目をつむることができても、三度、四度と重なれば、もはや運命や必然を越えた悪意のようなものを感じずにはいられないだろう。
時にその感情はメーカーではなく、当選しゲーム機を手に入れたものたちに向かうものだ。
実に嘆かわしいことである。
手に入らなかったものを惜しむのならば、まだ理解できる。
自分ではない、手に入れた誰かを憎悪するなど無意味極まりない行為である。行場のない感情の処理すらできない未熟さを、他者を責めることで置換しようなど……。
とまあ、そんな理屈は感情で簡単に覆されてしまうものだ。
そう、ウィルと那樹が一発で当選してゲーム機を手に入れたように、いつまで経っても当選しないものもまたいるのだ。
それがカタリナとザイーシャであった。
とりわけ、ザイーシャは計画がご破算担っていたが故に、憎さ百倍である。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはよく言ったものである。
「私が……私が……私が私があのポジションにいる計画だったのに……」
ギリギリ。
嫌な音がしている。
怖くて二人は振り返れなかった。
そう、ザイーシャは、当初、予約抽選に一発で当選し、当然落選して悔しがるウィルを憐れみながら、一緒に遊んで弄ぼうと企んでいた。
確かに完璧な計画である。
歪んだ愛情のなせる業である。
しかし、たった一つ彼女は見逃していたのだ。
ウィルが一発で当選し、自分が落選する、という点を、だ。
そして、自分が六度の抽選にすら落選してしまうという現実。
これらを受け入れられない彼女は、男同士わいわいとレースゲームを遊ぶウィルと那樹を恨めしげな目で見ることしかできなくなっていた。
恨めしいと羨ましい。
どちらもネガティヴな感情である。
そこに愛情が下地としてあるのならば、なんとも歪んだ感情がクソデカに出来上がってしまうのは、時間の問題だったのだ。
「大丈夫ですよ。任せてください」
「ホントに大丈夫なんでしょうね?」
ザイーシャが振り返ると、そこにいたのは黒教の|黒聖者《ダークメサイア》の一人であった。
見慣れぬNPCである。
ゲームプレイヤーか? とウィルはザイーシャの隣にいる黒聖者に訝しむ。
「……あれ、カタリナだよ」
「は!? え、だってあいつ主催者だろ?」
「多分、|組合員《ギルドスタッフ》としての自分は主催者で、|黒聖者《ダークメサイア》としての自分は別人だって言い張っているんだ。主催者だからゴリ押しだってできる」
「ズルッ! マッチポンプじゃねーか!」
「景品のリソースを容易させて、協賛も募って、そんでもって自分で優勝すれば丸ごとリソースを手元に戻せるって論調なんでしょ。やることが悪どいよ」
「それがザイーシャのやつと手を組んでるのかよ……」
うわぁ、これは偉いことになった、とウィルはおののく。
そう、二人が参加するレースは、二人一組でマシンを作り上げ、競争するというものだ。
それ自体はよくあることだが、マシンを構築するのはゴッドゲームオンラン状のデータリソースを用いる。
二人や、ビルドに慣れたゲームプレイヤーならばお手の物だ。
そこに他世界の『プラクト』の技術転用が行えるのならば、かなり有利にレースが進目られるに違いなかった。
恙無くレース概要を伝え終わったカタリナはいつのまにか黒教の司祭服を身にまとい、ブラック司祭として何食わぬ顔でエントリーしているのだ。
本当にやってることがブラックすぎるなんて、皮肉でも冗談でもない――。
●レース
「豪華景品を戴く『ウキウキワッキー・レース』、栄えある第一回大会の開催なの!」
レース、スタート会場の実況中継席にぴょこんと小さな白い物体――いや、クリオネめいた形をした不思議なマスコットキャラ、ナノ・ナーノ(ナノナノなの・f41032)はよく通る声でマイクを通して会場にカタリナの宣誓が終わるな否や、実況を開始した。
スタートラインに居並ぶのは、無数のマシンたち。
熱気はゲームプレイヤーたちが狙う豪華景品のみならず、一体誰が優勝するのかと期待に胸をふくらませる観戦者たちからも立ち上る。
レースとはそういうものだ。
これは人間の本能なのかもしれない。
誰よりも速くゴールする。
自らの足を持って走り抜けることも。
馬に騎乗して飛ぶように往くことも。
何も変わらない。
ただそれが、鋼鉄の心臓を持ち得え、内燃して駆動するマシンに変わっただけのこと。
言い換えてしまえば、至極単純なことだ。
どんなコースであろうと、どんな障害であろうとも、ただひたすらに誰よりも速く走り抜けること。
それだけのために全力を傾ける。
情熱。
人はそれをそう呼ぶのだ。
その情熱に突き動かされて技術は発展を遂げてきた。
黒教の教義的にいうのならば、速さを欲したがゆえに進化した、ということであろう。
そんなレースの司会者としてナノは選ばれていた。
ケルチューブの企画プロデューサーでもある彼は、その実績を見込まれてカタリナからレースの実況と解説を任されていた。
「実況解説は、ナノと――」
「オーホッホッホッホ! お嬢様系ケルチューバー、ヴィルトルート・ヘンシェル(機械兵お嬢様・f40812)の二人でお送りいたしますわー!」
ヴィルトルートは配信用スキンで、エレガントな人間の姿へと変貌していた。
赤いドレスに金の縦ロール。
口元をこれまた豪奢な扇子で覆いながら、高笑いしているのは、彼女の配信を見ているものからすれば馴染の光景であったことだろう。
「それでは早速、参加者の中でも注目のマシンをお伝えしていきましょう、ナノP様」
「はいなの! それじゃあ、ゼッケン番号の若い方からなの! まずは……」
レーススタート会場の巨大なモニターに映し出されたのは、ステラ・フォーサイス(帰ってきた嵐を呼ぶ風雲ガール・f40844)と真・シルバーブリット(ブレイブケルベロス・f41263)だった。
カメラに気がついたのか、ステラは明るく笑って手を振っている。
「ステラ・シルバーブリット組なの! 二人一組が原則であるけれど、シルバーブリットが変形してマシンになることで、身軽なライドキャリバーとしての機動力が期待できるなの!」
そう、シルバーブリットはサーヴァントである。
戦いに赴く際には、主であるところのステラを乗せて疾駆する役目を持っている。
だが、ケルベロスディバイド世界にやってきたことで独立した存在に昇華したことで、新たな|勇者《ケルベロス》として、猟兵として覚醒を果たしたのだ。
故に、元の主であるステラ以外にも鞍に乗せる機会を多く得る事になった。
「お次は、あら、こちらはあの『狼ゴリラ』こと、ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・f40843)じゃあありませんの?」
「お次もマシンがパートナーのジークなの! 脳筋ぶりを今日も魅せてくれるはずなの!」
「マシンは蒋・ジュディ(赤兎バニーは誰でしょう・f45088)さんですわね。相棒のご当地ヒーローさんとご一緒かと思いましたが、まさかあのジークさんとご参加とは」
「何か事情があるのかもしれないなの!」
そう、本来であればジークリットがこの企画に参加する際にあたって、真っ先に当てにしたのがシルバーブリットだった。
だが、すでにシルバーブリットはステラとの先約があったのだ。
どうしたものかと悩んでいるとシルバーブリットは自立ツーリングを時たま行う中であるジュディに連絡を取ってくれたのだ。
ジュディは本来であれば、相棒であるご当地ヒーロー以外は乗せるつもりはなかったのかもしれない。
しかし。
「レース……なんとも甘美な響き、ね」
彼女のライドキャリバーとしての本能が刺激され協力を承諾したの。
「かたじけないな。恩に着る」
「でも大丈夫かしら。私はモノホイールタイプ。シルバーブリットの坊やと違って乗り回しは絶妙にクセがあるわよ?」
「そこは君のオートバランサー機能に頼らずとも……と言いたいところだが、餅は餅屋だ。任せても?」
「信頼してくれている、と?」
「そういうことだ」
そんな二人をステラは見やる。
「ふーん、急造にしてはよいコンビになるんじゃない?」
「そうかも! でも久々だよね、ステラちゃんと一緒に走るの!」
「そうだね。元々シルバーブリットは私のライドキャリバーだもんね。サーヴァント主としての貫禄っていうのを見せてあげなくちゃならないね!」
「うん!」
シルバーブリットはやる気満々である。
そして、その両脇を固めているのが、ザッカリー・ヴォート(宇宙海賊・f41752)とミルドレッド・フェアリー(宇宙風来坊・f38692)のレースマシンであった。
「あら、何か言い争っていらっしゃるわね?」
ヴィルトルートは、ジークリットたちを挟んだ両側で何やら言い争い……いや、ミルドレッドがザッカリーに一方的に突っかかっている様子を認めて首を傾げた。
「宇宙海賊ザッカリー・ヴォート! 何を企んでいるのです! 宇宙憲章に違反するようなことをしようとしているのではないですか!?」
「あぁん? おいおい、レースで企むもクソもねぇだろうがよ。冗談はよせよ、サイフォス遊星人の宇宙騎士サマよ」
ザッカリーはザリガニが擬人化したかのような姿をしている。
別名、バルバリア星人。
そんな彼に突っかかっているのはミルドレッドだ。
彼女は宇宙を股にかける宇宙騎士。
なにかにつけて、ザッカリーを敵視している。
「まあ、宇宙海賊って名乗っている時点で、宇宙の秩序を守る騎士であるミルドレッドとは相性が悪そうなの」
「バチバチですわね! これぞ闘争! という感じがしますわー!」
ナノとヴィルトルートは、レーサー同士の諍いこそが、レースに華を添えると思っていた。
無論、こうした因縁の対決というものを人は好む。
実況中継としても、この二組が争ってくれれば、それはドラマティックな展開が生まれるかもしれないと期待するには十分な様子だった。
「いいですか、あなたが何を企んでいようとも、この私が必ずや、あなたの悪事を暴いてみせますからね!」
「だーかーら、ただレースに参加するだけだっての」
「信用できません!」
「あーもー、ほんと話聞かねぇよなぁ……」
ザッカリーはげんなりしてしまう。
そうこうしているうちに電光掲示板が煌めく。
「ついにレースが始まるなの! 有力株はまた後ほど解説中継でご紹介するなの。さあ、期待の一瞬が迫ってきているなの! レッドシグナル点灯なの!」
ナノの言葉に画面には赤い光を放つシグナルが点灯し増えていく。
独特な音。
三つの赤く点灯した瞬間、グリーンシグナルが一斉に点灯する。
瞬間、レーススタートの合図を得たマシンたちが一斉に飛び出す。
エンジンを唸らせ、アスファルトをタイヤが斬りつけるようにして空転し、車体を一気に走らせるのだ。
その一斉スタートを切る光景は見ものであった。
馬力を示すようなエンジンの唸り声は、会場を揺らし、観客たちの声援が飛ぶ。
「オーホッホッホッホ! これは壮観ですわー! 各車一斉にスタート……いえ、一台飛び出したのがいますわね?」
「なの! これは……ゼッケン番号25520のメアリー・フェアチャイルド(サンダーボルト・f25520)、立川・登玲奈(閃光迅雷デンセッカーズ・f45443)組の『ヴォルテックワゴン』なの!」
スタートダッシュを決めたのは、ポストアポカリプスを思わせるような退廃的な異形のマシンであった。
マッシヴスピーカーを搭載した車体。
その上には何故か舞台が設置され、メアリーはギターをかき鳴らしていた。
「Rock 'n' Roll !! はーでーに、ロケットスタート決めちゃった!」
響き渡るギターの暴力的な戦慄は、スピーカーからほとばしり、凄まじい音量でもってレースを盛り上げる。
「あれは……!」
「知っているなの、ヴィルトルート!」
「ええ、あれはヴォルテックエンジンから得られる電力でもって車体に給電するシステムエンジン……まさか完成していたの……ですわ!?」
「え、なに? なんて、なの?」
「あれはメアリーさんのヴォルテックエンジンを供給源とした究極のエコエンジンですわ! 時代はエコ! 先進的な技術と退廃的なセンスがガッチャンコして生まれたモンスターマシンですわー!」
ギュインギュインと響き渡る戦慄。
余剰電力は、避雷針の如き十字架から放電し、トップをひた走るのだ。
「でも、ヴォルテックエンジンだけの出力じゃ、到底説明できない速度なの!」
「それに漏電対策、できているのかしら? メアリーさんの発電が直流でそのまま送られている以上、リスクは避けられないはず……ハッ、まさか!?」
「なの!?」
そう、メアリーとペアを汲んでいるのは、登玲奈であった。
彼女はバトモントレーナーである。
それ以外は普通の人間だ。
だが、彼女はバトモン『デンレッサ』とバトモン・フュージョンすることによて、電気を蓄電する体質のバトモンヒーロー『デンセッカー』へと変身することができるのだ。
「友情シンクロにできないことはないよ! あたしたちの力だ優勝間違いなし! だよね、『デンレッサ」!」
「デンデーン!」
彼女の言葉に合体したバトモン『デンレッサ』が肯定するように鳴く。
デンレッサ――もふもふバトモン。
もふもふ毛には電気を溜め込んでおける。
「迂闊にモフると痺れるなの!」
「なるほど。それで漏電した電力を溜め込み、足りなくなれば供給する、と。むしろ、彼女以外では『ヴォルテックワゴン』のドライバーは務まらなかったと言っても過言ではないわね」
「でも、運転初めてなんだけどね!」
「初めてでこの走りなの! すごいなの!」
登玲奈は、何事も経験だと思っていた。
それに、バトモントレーナーとしての旅に移動手段は大切なことだ。
取れる選択肢が多くある、ということは、それだけ旅を長く続けることができる。
だから、今回のメアリーに声をかけられた時も二つ返事で了承したのだ。
「ノリノリでいこう! ロッキュー!!」
「いえーい!」
ノリノリで二人は、最初の難関コースへと突入する。
「あー! 早速灼熱砂漠コースに突入したの! 炎天下を物ともしないメアリー・登玲奈組の『ヴォルテックワゴン』なの! 凄まじい勢いでずんずん進んでいくなの! スタックなんてまるで怖くないと言わんばかにビートを刻んでいるなの!」
「これは最初からダークホースが飛び出した形になりまわすわね……いえ、追従している集団がありますわ!」
ヴィルトルートの言葉に画面が切り替わる。
依然、灼熱砂漠コースをトップでひた走るメアリーたちに追いつくようにいくつかのマシンが集団から飛び出していた。
「続くのは、シデン・ウィル組の『BCオープン』なの。なのなの……BCはベアキャットの略、なの!」
その言葉通り、ウィルの子分であるスーパーロボット『ベアキャット』をモデルにした漆黒の二人乗りオープンカーが『ヴォルテックワゴン』に追いつけ追い越せとばかりに砂埃を巻き上げならが突き進んでいるのだ。
「はっはー! このオレ様の開発した『BCオープン』ならどんな悪路だって走破できるぜ! まさにスーパーカーを地で行く性能だぜ!」
「接地面の摩擦係数を計算して、最適な数値を導き出す。行くよ、ウィル!」
「ああ、いつでも! いつまでもオレ様の前を走れると思うなよ! 行くぜ、電脳魔術!」
ウィルの瞳がユーベルコードに輝いた瞬間、『BCオープン』のタイヤが一瞬塵へと変わり、再び再構成される。
オフロード走行に適したタイアへと構築し直したのだ。
「これが『プラクト』技術のちょっとした応用ってやつだ! 理論と技術! ここがゲーム世界だろうが関係ねぇ! オレ様が一位だ!」
ほとばしる『ヴォルテックワゴン』の放電。
その放電を躱しながら『BCオープン』は砂漠を走り抜ける。
「やるね! でも、まだまだ!」
かき鳴らされるギターの音色。
けたたましくも、ノリノリなメアリーの演奏にウィルは耳を抑える。
「やかましいわ!」
「すごいな、あれ……どんな理屈で動いているんだろう」
「それより、あいつらどこにいやがる! 姿が見えないのが不気味すぎるだろ!」
ウィルの言葉に那樹は周囲を見回す。
そう、彼らは警戒していた。
カタリナ・ザイーシャ組を、だ。
「ここよ」
にこやかな声。
しかし、ぞっとするような重圧を覚えてウィルは青ざめた。
そう、彼女たちのマシンは己たちの『BCオープン』の背後にピタリと張り付くようにして追従していたのだ。
「後ろ……!? 嘘だろ、砂で前なんて見えないはずじゃ……!」
「そうね。けれど、あなたは知らないのね。サメってステキよ。どんな環境にも適応することができる」
「そして、それをモチーフにした我が『サメサメマシン』ならば、砂煙どの視界を遮る情報を全てシャットダウンしてクリアな視界をいつでもオールウェイズ確保することができるのです!]
そう、カタリナは、このレース企画jの主催者。
当然、組み上げるマシンも特別というか、いくらでもステータスをいじることができる。
それもトリリオンがあればこそであろう。
そこは潤沢に集めた運営資金の一部を拝借することでカバーしている。
「やりたいほうだいなの」
ナノは、カタリナたちのマシンに驚きを隠せない。
「さらに!」
カタリナは一瞬で『サメサメマシン』を『BCオープン』の背後から抜き去り、加速する。
だが、まっすぐではない。
斜めに飛び出したのだ。
「なんでこのタイミングで……まさか!」
「そのまさかですよ! コース上には様々な妨害アイテムが転がっているのです!」
「これを駆使すれば……あら、不思議」
ザイーシャの笑みと共にウィルはハンドルを切る。
瞬間、そのまま加速していれば、車体の影から飛び出した巨大な杭にぶつかればまだ良いが、串刺しにされるところであった。
「駄洒落言ってる場合かよ! 危なすぎる! 殺意ありすぎだ!」
「だって……ウィル、あなたが悪いのよ? 一回で……落選の苦しみも知らずに、幸運を当たり前のように感受して……本当だったら、私が」
「身勝手が過ぎる理屈だな!?」
「たっくさん|煽って《可愛がって》あげようって思っていたのに……」
「ルビ逆じゃね!?」
ザイーシャの倒錯した愛情と妨害を一身に受けながらウィルは『BCオープン』の車体の挙動をなんとか取り戻していた。
互いのマシンが並走する。
睨み合うようであった。
「カタリナ、あんたも! 大人げない!」
「大人が大人げないことをして何が悪いのですか! 大人だからこそ、時にはわがままを貫き通さねばならないのです!」
「なんて勝手な理屈を!」
「なら、全ての人類に新作ゲーム機を今すぐお授けになりなさい! そのためには膨大なリソースがいるのです! 私、カタリナが、その夢を、欲望を叶えて見せようというのです!」
「子供そのものだな! ほしいからと言って全部が手に入るわけじゃあない! 手に入らないと駄々をこねるのではなく、飲み込む! そうしなけりゃあ、ただ再現のない欲望のるつぼに飲み込まれるだけだって、なんでわからない!」
「欲望の解放のさせ方も下手くそなシデンさんには言われたくないですねぇ!」
激突するマシンの車体。
揺らめくマシンの挙動が砂漠に刻まれ、そして、眼前に迫るのは灼熱砂漠から一転して、城塞コースだった。
城の中のコースは直角に曲がるコースが多く、否応なしにスピードを減速させざるを得ない。
「ここからは城塞コースなの!」
「小回りが効くマシンが有利をとれそうですわね。つまり……」
ナノの解説が飛ぶ。
その言葉を聞くやいなやメアリーたちの『ヴォルテックワゴン』が城塞コースの石畳の上で速度を落としてしまう。
『ヴォルテックワゴン』の車体では、うまくスピードコントロールが聞かないのだろう。
だが、有り余る出力によってヴォルテックエンジンの絶好調さを示すように加速で取り戻そうとするも、しかし容易ではない。
「くっ、う……! 体勢崩れちゃった、ごめん!」
「こっから! まだまだリードは保ってる! あげていこうー!」
さらにそこに飛び込んだのは順位をジリジリと上げていたジークリット・ジュディ組、そしてさらに続いたステラ・シルバーブリット組であった。
「このまま一気に突っ込むよ!」
「うん! まかせてよ!」
「ジュディ、バランサーは任せた。私は――」
「コーナリング!」
二組は対象的な挙動をしていた。
主に細長い車体をしているシルバーブリットは、加速と共に城塞の壁を一気に飛び越えるようなショートカットを見せ、順位を上げる。
逆にジュディはモノホイールであることの最大の利点、小回りを活かした機動力でもってかくかくしたコーナーリングをパスしていく。
いや、それだけではない。
「ここだ!」
ジークリットは壁を蹴り、強引の曲がり角を速度を落とさずに駆け抜けているのだ。
ショートカットをしたシルバーブリットたちとなんら距離は開いていない。
「力技が過ぎるなの!」
「なんて脳筋なのかしら、でも、門のパスはなんとも美しいこと。時に壁走りまで併用しての機動……やはりジュディさんのマシンとしての性能が生きるものですわねー!」
そう、ジュディのオートバランサー機能もそうであるが、それ以上にモノホイールであること、そのマシンの性能を完全に彼女自身が引き出している。
それをサポートするジークリットの身体能力も凄まじいものであった。
「ふんっ!」
さらに壁を蹴って一気に城塞コースを踏破すれば、コメント欄はいつものように「これだから狼ゴリラは」というコメントで溢れていた。
まさしく賑やかし。
怒涛のドライビングテクニック……それもジークリットにしかできないやり方を疲労するのだ。
「まったく、なんて乱暴な……でもね!」
加速するシルバーブリット。
「負けないよー!」
直線加速の性能はシルバーブリットの方が上だ。
カーブのジュディ、加速のシルバーブリット、といったところであろうか。
二車のレース運びは見事だった。
だが、城塞コースを出れば話が変わる。
「な……!?」
「おーっと、路面がここからは凍結してるなの! スリップフリップ、スクラップにご注意、なの!」
ナノの言葉とともに開かれたのは、雪原コース。
だが、まだ平坦な道だ。
雪が積もっている、凍結している。
そうだとしても、加速力と馬力でどうにかできるはずだった。
しかし、平地だったのもつかの間。
「坂道、だと……!?」
二車はやはり馬力不足なのだろう。
四輪のマシンと違い、一輪と二輪のマシンではパワー不足。
滑る路面が彼女たちから時間を奪っていくし、他のマシンは走り抜けていく。
「このままでは……」
「ジーク! 協力しよう!」
「協力、だと?」
「そう、私達だけじゃ足りない。なら……」
「うん! 合体、だよー!」
「合体? どういう? そんな機能私にはない……ってえ!?」
煌めく車体。
一体どこにそんな機能があったのか。
「こんなこともあろうかと、ってね!」
ステラの瞳が輝き、並走していた二車が平行するように連結する。
それはともすれば、サイドカーをつけたバイク。
そう、馬力を合わせることで雪原の坂道をクリアしようとするのだ。
「最悪担ぐしかないと思ったが!」
「それは流石に脳筋が過ぎるわ……」
「ジークならやりかねないよね」
「本当にそう!」
ジークリットは僅かに赤面した。
コメント欄でも似たような雰囲気であった。『狼ゴリラ』の名は伊達ではないのだ。
「いいか、このエリアまでだ、協力体制は!」
「わかってるって。でもたまにはこういうのもいいよね」
「そうね……でも、お互い手を抜かないように」
「うん! もちろんだよー!」
その様子をカメラに捉えながらヴィルトルートは感激していた。
「これぞスポーツマンシップですわ! なんて美しい光景なのかしら……! 素晴らしいですわー!」
その通りだった。
確かに競い合う仲である。
しかし、時として危険を顧みず、互いに協力し、そしてまた競う。
健全な両チームのやり取りに観客たちも感動の嵐が吹き荒れていた。
だが、そうしたスポーツマンシップ溢れるチーム同士のやり取りもあれば……。
「まちなさーい! まだ職務質問は終わっていませんよ!」
「いや、職務質問しているつもりだったのかよ、しつこいな宇宙騎士サマは!」
砂浜コースに突入したマシンたち。
そこでザッカリーは一団からそれるようにして海賊船にキャタピラとプロペラを装備した『パイレーツGT』を走らせていた。
その先にあるのは海。
どう考えてもレースコースから離れているのだ。
それを『ギャラクシークーペ』を駆るミルドレッドが目ざとく見つけ、追いかけてきたのだ。
「なにか悪事を行うつもりなんでしょう! そんなの許しませんよ!!」
「悪事っつーか、ショートカットだよ! 近道!」
「道交法違反じゃないですか! 一方通行、確認したんですか! 車が走るのは車道! 海を走る車なんて車じゃないです!」
「いや、海底を走るマシンだってあるんだぜ? 水陸両用って言葉をしらねーの? それにな、曲がりくねったビーチコースなんてやってらんねーんだよ。であればだ! 遠浅の海を自由に往く! それが海賊らしさってもんだろうが!」
ぼっ! と音を立てて帆を降ろす海賊船めいた『パイレーツGT』。
そのマストは飾りではなかたのだ。
海に飛び出したマシンは風邪を受けて更に加速する。
「ハッハー! 野郎ども、いくぜ!」
ザッカリーの言葉と共に操舵輪ハンドルが勢いよく回転する。
どう見ても適当に、
「面舵いっぱいー!」
とやっているようにしか見えない。
だが、船室には船員でもある機械型アンドロイドたちが微調整を行っているのだ。
ザッカリーは悠々自適なレース運びを行えば、後はゴールまっしぐら、だったのだ。
だが、追いかけてきたミルドレッドがいる。
いつもの平行線な口論である。
あーでもない。こーでもない。
水掛け論の方がまだ不毛じゃあないのでは中居かと思うほどの言い争いが始まってしまう。
「レギュレーション違反です!」
「エントリー時点で通ってるんだからレギュレーション違反なワケないだろ」
「コースを逸脱して進むなんてありえません!」
「警告も何も無いってことは、レースコースの中ならどう走ってもいいってことなるだろ! でなきゃ今頃は失格になってる」
「逆説的に考えて、ではないです! そういう違反めいたことをするから!」
言い争う二人。
確かにショートカットは時短のためもある。
当然、マシンの性能差もある。
それを埋めるための救済措置としてショートカットがコースに仕掛けられていることはよくあることだった。
だが、海上コースはショートカット『出来すぎてしまう』。
ならば、当然皆、そこを走ってしまえば、さらにマシンごとの不公平さは際立つだろう。
そして、那樹が語る通り、カタリナの性格を考えるのならば。
「……なんだぁ!?」
瞬間、海面がせり上がっていた。
凄まじい水飛沫を上げて飛び出したのは、巨大なウミヘビめいたモンスターであった。
「なのー! ここで登場シーサーペントなの!」
「お邪魔ギミック、ということですわね。魅せてくれるではありませんか!」
そう、カタリナは仕掛けていた。
ショートカットにつられて、多数の参加者たちが海上コースを往くだろうと看破していたのだ。
「うわー!?」
「ぎゃー!!?」
悲鳴が上がる。
一般の、猟兵ではないゲームプレイヤーたちのマシンが次々とのたうつシーサーペントの一撃によって海の藻屑へと変わっていく。
「へっ……流石に面倒だがたかだか一体……」
振り切れば、と思っていたザッカリーの眼前に立ちふさがるのは、まるで蛸の足のように立ち上る複数のシーサーペントたちであった。
「うっそだろ!」
「ほら見たことですか!」
「言ってる場合か! 大砲よーい!」
「大砲!? やはり悪さをしようと! ですが、見捨ててはおけません! 宇宙騎士規約第一条ー!」
「いいから、さっさと応戦しろ! 沈められちまうぞ!」
「わかってますってば!」
浮遊球体のレーザー砲台と大砲が火を吹き、シーサーペントとの激闘が繰り広げられる。
そんな戦いを他所に、『サメサメマシン』と『BCオープン』が最後のゴール前の競り合いに火花を散らしていた。
「ウィル、そこにアイテムボックス!」
「おうよ!」
瞬間、アイテムボックスが爆散し、散弾のように破片が『BCオープン』の車体を打ち据える。
「くっ、流石にあの女のやること……!」
「ふっ、ふふふ、油断しましたね、シデンさん! あらかじめこのスイッチでアイテムボックスが爆散するようにプログラムをしていたんですよ。便利アイテムなど取らせはしませんよ!」
「やり方が悪どすぎる!」
「勝てばよかろうなのです!」
「ウィル、あなたがいけないの。かわいそうなあなたであってくれたら、私も素直に可愛がってあげられたのに、一回で当選するなんて、そんなの……そんなの許せないじゃない! だから、このレースで勝って……!」
「……」
ウィルは少し考え込んで、那樹にハンドルコントロールを預けた。
「うわっ、何を……!?」
「少し時間をくれ!」
「ああもうわかったよ!」
「何をしようとも覆りませんよ! このレースのリソースは、この私、カタリナが全取りです!」
高笑いが響き渡る。
今や車体はボロボロだ。
徐々に『サメサメマシン』に引き離されていく。
流石に車体へのダメージが大きすぎた。以下にドライビングテクニックで埋めようとしても埋まらない距離が開きつつ合った。
もうどうにもならないのか。
そう絶望した時、ウィルがニヤリと笑う。
「ザイーシャ! メール来てるんじゃないか!?」
「なに、今更……はっ!?」
ザイーシャは自身のスマホを開く。
そこにあったのは、新型ゲーム機の予約抽選に当選したメールを告げる通知が。
「え」
「……」
ザイーシャは、にんまりと笑った。
この場で新型ゲーム機の予約抽選に当選していないのは、カタリナ一人のみ。
であれば?
そう、ザイーシャはカタリナとの仲間意識など簡単に放り捨てた。
「あれ~? もしかしてぇ、あたってない人いるのぉ? え? 流石に運が良すぎなんじゃない? 今なら宝くじ勝ったら一等あたっちゃうかも~」
急にあおり倒すザイーシャ。
さらに。
「悪かった! ザイーシャ! からかってごめん! でも、オレだってたまには、ザイーシャに意地悪したくなるときだってあるんだ!」
その言葉にザイーシャは殊更笑む。
機嫌がよくなった彼女はためらいなくブレーキを踏み込んだ。
瞬間、『サメサメマシン』はつんのめるようにしてカタリナとザイーシャを跳ね上げて、放り投げたのだ。
「え、ええええっ!?」
混乱するカタリナの悲鳴が響く中、ザイーシャは愛しのウィルの元へと飛び込む。
『BCオープン』の名の通り、ルーフのない車内にザイーシャはウィルの膝の上に飛び乗って、その首に腕を回して見つめる。
「嘘だったら許さないから」
「……ほ、本当だぜ?」
那樹は思った。
もしかして、さっきゴソゴソやっていたのは、もしかして。
偽メール、という言葉がでそうになるのをウィルは視線で示す。
あ、と那樹は頷く。
「こっちみて」
「……はい」
ウィルは額合わされたザイーシャの瞳を見つめながら、お手上げ状態であった。
かくして、那樹はなんとも言えない車内の雰囲気、妙に甘い空気に当てられながら、チェッカーフラッグがはためく様を見やるのだった――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴