君がために言の葉は色づく
●ケルビム
「えっ、それでは……!?」
「そうですよ」
夏のプールサイドで、そんなやり取りが聞こえる。
『ケルビム・シーメイドVer.』
それは『フィーア』と呼ばれる少女が作り上げた『ケルビム』のオリジナルバリエーションのプラスチックホビーであった。
原作である『憂国学徒兵』シリーズには登場しない機体であるし、公式設定など皆無だ。
ただ彼女が夏の『プラクト』、そのプールサイドイベントのフィールドに合わせたカスタマイズを施したものである。
当然、設定などない。
ない、が。
ステラ・タタリクス(紫苑・f33899)はひどく気になっていた。
「実質、『フィーア』さん専用機、ということですか!?」
「厳密には違いますが、間違ってはいません。彼女が『ケルビム』を素体にしてパーツを組み合わせ、作成したオリジナルバリエーション、です」
「な、なるほど……」
恐るべし、とステラは呻いた。
だがしかし、こんな事をしている場合ではなかった。
『ツヴァイ』と呼ばれる少女とステラは夏のプールサイドイベントにて言葉をかわしていた。
久方ぶりである。
最初は些細な世間話から入るつもりだったのだが、しかし、『フィーア』と呼ばれる少女のカスタムプラスチックホビーの活躍を目にしてステラは驚愕していた。
『ケルビム』のカスタムバージョンが販売されているのならば、ぜひともほしいと思ったのだ。
「あなたの持っている『ケルビム』だってカスタムバージョンでしょう? それもオリジナルの。店長の作、ですよね?」
「流石『ツヴァイ』お嬢様! お目が高い! ええ、そのとおりでございます!『皐月』店長様から賜った一品でございます!」
「わかります。店長の製作技術は目を引くものがありますから……」
「しかし、『フィーア』お嬢様のカスタム、シーメイドVer.……ひどく気になります。製品化の話とかってないです? ありません? 需要ならここにありますが」
「個人制作のものですから」
「そおうですか……」
しょんぼり。
メイドしょんぼり。
「では、『ツヴァイ』お嬢様、バトルです!」
「急ですね」
「イベントですからね! それに」
ぱしゃ、とシャッターを切るメイド。
何事にも唐突が過ぎる。
「なっ、何を撮って……!?」
「いえ、『ツヴァイ』お嬢様、水着を新調していらっしゃるじゃあないですか。オフショルダーなんて、可愛らしさの中にセクシーさまで演出されて……!」
「ちがっ」
「誰かにお見せしたいのですかね?」
「ちがいますっ!!」
「ホホホホ」
「なんでそんなことをいうのですか!」
ステラはニンマリと笑った。
いやだってねぇ、となんかキャラが違うような気がしないでもない。
言外に滲ませたステラの言わんとするところを『ツヴァイ』も察しているようだった。
「乙女ですねぇ」
「だから……!」
「これも盤外戦術というものです。『ツヴァイ』お嬢様。『レッツ』――」
「盤外戦術!? 関係ないですよね!? 関係ないですよ!?」
「――『アクト』! 問答無用でバトル展開でございます!」
「大人ってこれだから!」
互いにプラスチックホビーを取り出す。
フィールドに投入せんとした瞬間、ステラは、あ、と表情を和らげる。
「あ、タイムでございます」
『ツヴァイ』は盛大にずっこけそうであった。ここだけ昭和である。ノリが。
「なんですか!」
「いえ、お渡しするものがございました」
訝しむ『ツヴァイ』。
当然である。先程まで盤外戦術だのなんだのと言っていたのだ、警戒するのは当然だった。
「『ゼクス』様よりお預かりした、バレンタインのお返しです」
差し出された箱。
小さな化粧箱と言えばいいだろうか。
飾り気がないそれを『ツヴァイ』は受け取る。
「……ッ」
「乙女ですねぇ」
受け取った彼女の赤らむ色にステラはホクホクする。大人ってこれだから!
「……」
『ツヴァイ』は箱の中の鉱石の彩りを見て、太陽光の反射に瞳を細めている。
シャッターチャンスをメイドは逃さない。
当たり前のようにできるメイドぶりを見せつけてこ!
ただの出歯亀でしかないが、今は。メイドぶりはアピールしていかないとである。
「ところで、『ツヴァイ』お嬢様」
「……」
「あの、お嬢様?」
「えっ、あ、はい!?」
「このバトル、勝者は何を得るのでしょうか? 私が勝った場合は、今のシーンを動画で『ゼクス』様にお届けします」
「ハァッ!?」
「そうですね、『ツヴァイ』お嬢様が勝った場合は……何でもいうことを聞きましょう!」
「いえ、待ってください。動画とは!?」
「プールサイドの『ツヴァイ』お嬢様です。激選シーンをお届けします!」
「や、やめてください! 私なんか、面白みもない……!」
「それはどうですね? さ、参ります! 先制カナフッ!!」
大人げないステラ。
しかし、彼女は知らなかった。
本気の本気を出した恋する乙女の底力というものを。
結果は言うまでもない――。
成功
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