大陸の周囲に数多の島が浮かび、それらの空を覆うは雨雲。
降雨は浮島を経て滝となりて大陸へと落ちてくる――シータス大陸には大きな海があり、色々な水棲生物が住む島だ。
洗われる青空の澄んだ空気と海潮の香り――見渡す大海原には海島が点在しているのが見えた。
「あの島はヒポグリフの育成場となっているんです。ヒポカムポスは下の海中の育成場にいます」
ブルーアルカディアの召喚獣「シャチ」のシャピが水から顔を出して、劉・久遠(迷宮組曲・f44175)を案内をする。
「ヒポカムポス――半馬半魚の幻獣やねぇ。もしかして、ここにはシーホース系の幻獣がたくさんいるんやろか?」
浅く水中に沈んだ桟橋を歩きながら久遠は尋ねた。桟橋は不思議と滑りを感じることもなく、アウトドアサンダルなこともあって歩きやすい。
シャピは「ですです~」と答えた後に久遠を見上げた。
「ここから先は海の中を潜っていくことになりますが、「海笛」の調子はどうです?」
シャピの言葉に、久遠は首から提げた小さな銀の筒に触れた。
「ええ感じやね。水中の桟橋も歩きやすいし、濡れても乾きが速い」
「よかった!」
この大陸の人間には必須な海笛。身に着けていると海中での呼吸、移動も容易くなる魔法の笛だ。吹けば、海中で自身を示すための音も響くのだと言う。
「それじゃ、出発しよか~」
「GOGOですよ!」
軽快で楽しげな声で久遠は告げ、桟橋を軽く蹴って海に入った。
猟兵の仕事でやってきたブルーアルカディア。
建築業に携わるものとして、そして除霊建築士として、久遠はついでとばかりに大陸の建築様式を見て回ろうと考えていた。
そんな最中シータス大陸の海底遺跡のことを知り、わくわくと訪れたのだ。
海に潜ってまず確かめたのは自身の呼吸具合。海水が目に染みるということもない。自身を覆うように空気の膜があり、笛を吹けば厚みが増した。海面を目指す時はシャボン玉のようにも膨らみそうだ。
シャピを追いかけるように泳ぎながら周囲を見渡せば青の世界。
遠くにはヒポカムポスの育成場や銀魚の群れが見えた。
「この遺跡の奥には天使核が納められていまして、吸い寄せる磁場が発生してるんですよ~」
海底遺跡に辿り着いた時、久遠の身体は吸い寄せられるように容易く着地することができた。
何かを感知したのか、網目状のような石畳の隙間を青白い光が走っていき、周囲にある石柱をも彩っていく。夜光虫のような光だ。
「波の下にも都のさぶらふぞ――」
ふと有名な言葉を呟いて、久遠は水中カメラで写真を撮ったり、動画を撮影したり。
昔は細やかであっただろう彫刻、石工の匠技に、見たかった建築様式。
「次のアーチの回廊からは頭上の広がる海も見えるんですよ」
シャピが案内を続ける。
「遺跡の中心部までは入り組んだ造りになってます。まずは周囲を見て回りましょ~」
「珊瑚の花壇も綺麗やねぇ。遊び場やろか……華やかな魚もいっぱいおって」
美しい珊瑚の合間から覗く、黄色や桃色、青や銀色の魚たち。
「うちの子らが喜びそうや」
と、華やかな魚の遊び場をじっくり動画撮影。写真もデジタルフォトフレームに取り込めば水槽や絵画であるかのように映えるだろう。
遠景の構図、あおり、気になる箇所をズームで、とあちこち撮りながら久遠は遺跡内を歩んでいく。
螺旋の階段をすり抜けていく魚たち、蝶のような透き通った翅をもつタツノオトシゴ、海の中ならではの光景に心癒される。
「ここは、昔は都市やったん?」
「そう言われてますね。少しずつ周囲に浮島が寄ってきて、そして雨雲が常駐するようになったらしいですよー」
「水没しながらも新たな大陸として生まれ変わったか、共生となったか――そんなところやろねぇ……」
辿り着いた最初の場所は神殿かそういう雰囲気。
大きな遺跡を抜けた先には、だだっ広い石畳――瓦解した建物、塔が横たわっている。
建物の装飾だったとされる幾何学文様が散見していた。
石造りの大きな円環を示してシャピが言う。
「ここは噴水広場だったらしいですー」
シャピが言うにはここには仕掛けがあって。
『噴水の前でキラキラした幸せの記憶を思い浮かべれば、その気持ちに応じた量の虹色水泡が出る』とのこと。
「元は施政者への感謝を伝える場ってきいてます」
「へぇー、面白そうな仕掛けやわ」
普段は飄々としておりクールな久遠だが、楽しい事も大好きだ。今日のような浪漫探究心もしっかりある彼は、「ボクもやってみよ~」と持っていたカメラを撮影モードに切り替えて近くに置いた。
(「ボクの幸せな記憶――」)
目を閉じて一番に脳裏に描いたのは家族の笑顔。
大陸に着いて最初に撮ったものは、浮島から落ちてくる滝。そこにかかる虹の数々だった。
虹を見て思い出すのは、小1となった双子のこと。
(「――「虹が見たい」言うから、庭の水撒き用シャワーで作ったったら、何度も虹のアーチを潜っとったんが愛しかったなぁ」)
それからしばらく後のこと。出掛け先で再び、消えかけの虹を見かけた時『虹のねもとには『おたから』があるって聞いたんやけど、お父んどう思うー?』と娘が学校で聞いた話を披露してくれた。
『虹の根元には幸せが埋まっている、という噂は聞いたことあるなぁ~』
『おたから、と、しあわせ。違うもの……なのかな?』
久遠の言葉を聞いて不思議そうに息子が呟いた。なかなかの真理。
う~ん、と久遠は分かりやすく悩みの声をあげる。
子供たちが思い描くお宝や幸せは、きっとキラキラしていることだろう。これは二人の夢だ。
『一緒なのか違うのか、どっちやろうね?』
久遠にとっての幸せとお宝はもうここにあるけども。
そんな彼を見て、それなら、と妻は子供たちに向けて微笑むのだ。『こんど虹を見つけたら、一緒に探しに行こうね』と言い添えて。そうしてからぱちりと合った赤い瞳は少し悪戯めいた色。
夢見る双子からわくわくとした喜びの声が上がっていた。
愛おしい記憶に、久遠は微笑む。
(「――この話題。恋人やった頃の嫁さんとも話し合ったことあるなぁ」)
あの時は、『いつか二人で行ってみようね』だった。
双子の幼い頃の、初めての海の思い出もある。
勇気を出して波に挑戦する娘と、しばらくじっと片割れの様子を見つめてから挑戦する息子。
誰が一番綺麗な貝殻を見つけるかの競争をしたり、砂山を作ったり。
先日の海遊びでも楽しい時間は山ほど。
パラソルの下でお弁当を食べたり、イルカフロートを使って遊んだり。
次の日、子供たちが描いた絵日記は可愛らしく、そして見事なものだった。
虹や海、夏。単語ひとつ。そこに紡いだ幸せな思い出は数えきれないほど。
息を吹き込み飛ばす、シャボン玉のようにたくさん生まれた。
――さん、……久遠さん!
何だか遠く聞こえた声に、久遠はふと我に返った。
ふわふわ、ぶわぶわとした感触。
「……んん?」
ぱちりと目を開けば、視界いっぱいに広がるは虹色水泡。
「久遠さん、いーっぱい出てますよ! 凄いです! 一体、何を考えたらこんな量に……?」
「えー……」
驚いたシャピの言葉に、久遠は流石に照れくさくなって。
「……なーいしょ」
と、人差し指を添えて微笑んだ。
――幸せな記憶なら家族を思えばいくらでも出てくる。
毎日が虹色のようにあらゆる喜怒哀楽に満ちていて、それが何より幸せなのだから。
成功
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