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それでも

#クロムキャバリア #ノベル #人喰いキャバリア #レイテナ #ゼラフィウム #ゼラフィウム大虐殺

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イクシア・レイブラント




●殺戮の雨の下
 砲撃が始まった。
 最初の衝撃は、空気を引き裂く音を連れて訪れた。
 山が崩れるような轟音と震動に、大地のみならず大気まで戦慄する。
 スラム街のあちこちで火山の噴火を想起させる爆発が起こった。

 艦隊による無差別砲撃。
 やっているのは――猟兵だ。
 戦略的には正しい。
 だが、その弾頭が潰しているのは何だ?
 誰もが、何もかもが、炸裂する熱と衝撃に破壊された。
 鋼鉄の雨の下で、殺戮が際限なく拡大してゆく。

 イクシア・レイブラント(翡翠色の機械天使・f37891)は発する言葉を失った。
 悲鳴が聞こえる。
 理不尽な力に命を奪われた人々の悲鳴だった。
 駆体に組み込まれた論理的思考制御回路が熱を放つ。
 この熱の名前はなんだ?
 
 理不尽を体現せし力……猟兵の力。
 世界の理さえ捻じ曲げる力。
 矛先を向ける先を誤れば、凄惨な破滅を撒き散らす。
 そして今、猟兵の力が、向けられてはいけない者達に向けられている。

『悔しい』

 声帯機関が発した音声で、イクシアは回路が放つ熱の名前を理解した。
 再現された感情が、奥歯を強く噛ませる。

 私の目の前で何が起きている?

 人の腹を食い破り、産声をあげるエヴォルグ量産機。
 恐れ逃げ惑う人々の頭上から降り注ぐ、猟兵の無差別砲撃。

 これだけの猟兵がいれば、防げたはずの光景だ。
 しかし、猟兵の行動が、悉く裏目に出た。

 どうやったら感染を防げた?
 どうやったら発症時に対策を打てた?
 どうやったらこの人たちは死なずに済んだ?

 何もかもが分からない。
 仮に根源を打ち倒すことができたとして、別の場所で同じことが起こらない保証はどこにもないのに。

 かつて、ファーストヒーロー『ザ・スター』は、故郷を守るためにクロムキャバリアに現れた。
 オブリビオンと化しても守ろうとした志は立派だった。
 そんな彼に『どちらも守れてこそヒーローでしょ?』と言い切ったのは誰だ?
 私……イクシア・レイブラントだ。
 なら、私は何を守れた?
 何も――!

 スラム街に火柱と黒煙が昇る。
 その度に何人もの悲鳴があがり、命が掻き消えた。
 イクシアは出来なかった。
 見捨てるなど。
 諦めるなど。

『こんなこと……私は、嫌だ!』

 回路が熱を打つ。
 解き放った全てのシールドビットが円環を形成する。
 輝く傘が頭上を覆う。
 注ぎ込めるだけのエネルギーをシールドバリアに注ぎ込んだ。
 猟兵の容赦ない艦砲射撃の全てを防ぎきれるはずもない。
 だが、それでも……開いたシールドバリアの傘の下だけでも、一人でも多くの人々を生かすために。

 鋼鉄の砲弾が現実の厳しさを叩き付ける。
 直撃すれば山をも抉るほどの威力だ。
 傍で爆炎が吹き上がるたび、頭上で熱波と金属片の火球が膨張するたび、シールドバリアが激しく明滅した。
 破壊の暴雨が荒れ狂う中で、また悲鳴が聞こえた。
 理不尽な力に命を奪われようとしている人々の悲鳴だ。

 その悲鳴が、ザ・スターに言い切った言葉を、今一度記憶媒体から呼び起こした。
 回路の放つ熱が一層強くなる。
 例えジェネレーターが限界を迎えたとしても、この熱は消させない。
 殺戮の雨はさらに勢いを増す。
 連鎖する爆炎に、見える世界の全てが塗り潰された。
『それでも』
 イクシアは立ち続けた。
 奪われ、消えゆく命の腕を掴み続けるために。

●真っ黒に焼き尽くされたあと
 黒煙が滞留するスラム街の頭上を、猟兵達のキャバリアが駆け抜けてゆく。
 向かう方角はゼラフィウムの中央の方角……市街地区画を越えた先に、工業区画が存在する方角だった。

『こちら鎧装騎兵イクシア、戦闘行動を放棄し人命救助に専念する。ごめん、彼らを見捨てられない』

 ブースターが引く光の尾を見送りながら、イクシアは通信帯域にそう吹き込んだ。
 応答はあったのだろうか。
 イクシアの周囲には、幾人かの難民達がいた。
 震える両肩を抱き締める者。愕然と膝を着く者。涙ながらに家族の名前を呼ぶ者。
 いずれもが、シールドビットの傘の下で殺戮を免れ、少なくとも生き残っていた。
 彼らを一瞥し、視覚野に複数のサブウィンドウを開く。
 デコイドローンから送られてくる映像は、全て真っ黒に焼き尽くされている。
 けれど猟兵が降らせた虐殺の暴雨に打たれても、なお命を繋ぎ止めている者達がいた。多くは風前の灯火だった。だがイクシアは諦めない。
『こちら鎧装騎兵イクシア、守備隊の誰か、手を貸して。私だけでは全部を救助しきれない』
『こちらレブロス中隊のレブロス02、イェーガーですか? そちらの現在位置は?』
『スラム街』
『こちらは市街地区画です。そちらの状況は?』
『壊滅した』
『何が起きて……!? さっきまでの爆発と関係があるんですか?』
 イクシアは声を詰まらせた。
 今の状況は、紛れもなく私達猟兵が生んだ状況。
 けれど省みるのは今するべきことではない。
『死傷者行方不明者が多数発生してる。時間がない』
『……分かりました。こちらは持ち場を動けないので、スラム街の守備隊に救援を要請します』
『了解』
 通信を終えて背後を振り返る。
 一人の子供が親の名を叫びながら女性にしがみついていた。
 イクシアが女性の下半身に乗った瓦礫を押しのける。
 けれどそこにあったのは、赤黒い血溜まりだけだった。

『それでも……!』
 小さく、自らにそう言い聞かせる。
 他にも生存者の反応はある。立ち止まるのは今ではない。
 土を掻き出し、埋もれた者を引き摺り出す。
 折り重なる金属片を念動力で浮き上がらせた。
 中から這い出てくる難民の腕を掴む。
 難民の両足は潰れていた。

 サーチドローンが小さな生命反応を感知した。
 光翼を広げて飛び立ち、周囲を俯瞰する。
 すぐに発生源を突き止めて急降下した。
 掘り返した土の中で、赤子が母親の亡骸に抱かれていた。

 四肢が千切れた難民がいた。
 近場にあった布切れできつく縛って止血した。
 凄まじい激痛に絶叫があがる。
 それがイクシアにできる最大限の処置だった。

 命を守れても、悲しみばかりが広がって、痛みと傷跡だけが残される。
 それでもイクシアはしなかった。
 諦めることも。見捨てることも。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年08月23日


挿絵イラスト