ひと夏の伝説になってきた話
●斬新コーポレーションが大体悪い
「――ふっ」
「行きます!」
足を狙った低い斬撃からのサイキックエナジーを込めた掌底。
「グワーッ!」
ビーチに不似合いなビジネスマン風の男は、凄まじい勢いで吹っ飛ばされた。
こうして、とある海水浴場で悪事を企んでいた|斬新コーポレーション残党《復活ダークネス》は、2人の灼滅者によって倒されたのだった。めでたしめでた――。
「あぁぁぁぁぁっ!?!? ワシの新店がぁぁぁぁぁ!?」
めでたくなかった。
吹っ飛ばしたダークネスの直撃で半壊した建物の前で、老人が頭を抱えている。
「ちょっと、|やり過ぎ《オーバーキル》でしたかね……?」
「……あんなに|吹っ飛ぶ《クリティカルする》と思わないじゃないですか」
荒谷・耀(f43821)と椎那・紗里亜(f43982)は、苦笑交じりに顔を見合わせる。
ダークネスがどう言う存在か身に染みて知っているからこそ、初手で全力で連携したらこれだ。
「新店は諦めるしかないかのう」
ダークネスに言われるままに借金したため、直す資金もないと聞いては仕方がない。
幸い、武蔵坂学園もまだ夏休み。滞在は伸ばせる。
こうして紗里亜と耀は、翌日から老人の店の再建資金を稼ぐ手伝いをする事となったのだが――。
「斬新な店だと、幾つか提案されての。このタイプが一番儲かると思ったんじゃ。よくわからんが」
目標金額の高さと、なんか最適なものを選べると言う老店主のESPもあり、壊れた店で始める筈だったメイド水着ビーチカフェが昔ながらの浜茶屋で始まった。
「昔を思い出しますね」
「色々しましたね」
セパレートタイプの黒の水着にスカート丈の短いメイド服。肩のスリーブ部分やエプロンはシースルー素材。そんなメイド服と水着を足して2で割ったような衣装も、昔を思えば何のその。
学園祭では紗里亜はフリフリの制服を着たし、耀は水着エプロンを着たりした。敢えて口にはしないけど、都市伝説と水着で戦う羽目になった経験も2人ともあるし。
「こう言う店を売っぱらって、どうするつもりだったのか気になりますが……」
「まあ、斬新の残党のやる事ですから」
疑問は残るがそれよりも、耀と紗里亜が今すべきことは、アルバイトだ。
「「おかえりなさいませご主人様♪」」
珍しい衣装をばっちり着こなした2人が話題となり、客足はうなぎ上りに増えていく。そうなると稀に湧くのが、素行の宜しくない客だ。
「はーい、ビールお待たせしました!」
テーブルの間を縫って給仕中の紗里亜に、低い位置から手が伸びる。
「おイタはダメですよ♪」
まるで背後が見えていたかの様に男の手を掴むと、紗里亜はそのまま軽く手首を捻って関節を極め、店の外へと放り出した。
「なぁなぁ、終わり何時? そのあと一緒に飲まねえ?」
「ごめんなさい、私こう見えて結婚してますので……」
柔らかな表情と丁寧で優しい接客を売りにしていた耀は、露骨なナンパに特に困った風もなく、さっと指輪を見せる。
「えー、いいじゃん。ひと夏のなんちゃらってことでさぁ?」
「ご主人様……お手々サヨナラしたくなかったら、そういうのお止めくださいね?」
それでも馴れ馴れしく肩に回そうとして来た手を掴んで止めると、耀は表情を崩さぬまま少し声に殺気を込めた。
「や、やだなぁ……冗談……だよね」
男の声が震えているのは、掴んだ手の力にか、声の変化に気づいてか。
「お止めくださいね?」
ダメ押しに隠し持っていた短刀をチラつかせれば、男はヒュッと息を呑んで耀の前から走り去っていった。
「あの人、学者さんよね?」
「そうそう。確かESP法の解説してた――」
「もう1人も同僚さんかな?」
「頭良い上に強いとか、素敵……」
2人の隙の無い振る舞いに、一部の女性客から羨望の眼差しが向けられたとか。
そんな日々が数日過ぎて――。
「厳しいですね」
「ええ、足りません」
紗里亜と耀は並んで砂浜に腰を下ろし、夜の海を眺めていた。
ここ数日の売り上げは順調。それでも目標金額は遠く、滞在期限も近づいている。
「考えていても仕方ないですね。今日は休みましょう」
「そうですね。明日も朝からがんば――っと」
紗里亜に促されて立ち上がった耀は、どこからか海風に乗って飛ばされてきた紙を咄嗟に掴んだ。
「もう。誰ですか、ごみを放置したのは……って紗里亜さん、これ!」
「うん? なんですか……!」
手にした紙に目を丸くした耀に促され、紗里亜も紙面に視線を向ける。
そこに描かれていたのは、このビーチで開催されるアイドルコンテストのお知らせ。
地元を盛り上げる為のイベントのようなのだが――その優勝金額は、再建に足りない分を補うに十分である。
そして開催日は明後日。参加申し込みもまだ可能。
「これは、やるしかないですね! アイドル!」
「あ、それなら私、やってみたい衣装が――」
2人はアイドルコンテストに勝負をかけるべく、間の1日を準備に当てる事にした。
●そして夏の伝説に
『いよいよ最後のアイドル! ユニット名は【ヒートリミッツ】だ!』
トリになったのは偶然か、運命の悪戯か。(単に申し込み順)
――おぉ……。
――衣装すご……。
舞台に出た2人の姿に、客席からざわめきが起こった。
黒い帯を身体に巻いたようなデザインの衣装。
隠すべき所はきっちり隠しつつも所々肌が見えてて、ぶっちゃけ、かなり際どい。
耀が、かつてファンだったとある男性アイドルの衣装のオマージュを提案し、紗里亜も『やるならセクシーにカッコよく会場を沸かして見せましょう!』と乗った結果である。
2人のスタイルの良さも相まって、インパクトは抜群。そして、衣装だけが売りではない。
鳴り出した音楽のアップテンポなリズムに合わせ、2人がステージを蹴って動き出す。
「♪~♪」
「♪~♪♪」
軽やかなステップで舞台の上を駆けながら、夏が刺激される歌を夏空に響かせる。
息ぴったりのデュエットに、キレッキレのダンスパフォーマンス。
どれだけ動いても歌声を乱さないのは、かつて対ダークネスの最前線で戦った経験の賜物だ。
『1カメ、2カメ、遅れてるぞ! 審査員のワイプなぞ要らん! 画面割って全カメラで2人を追え!』
舞台裏では2人のパフォーマンスを逃すまいと、慌ただしく指示が飛んでいた。その甲斐あって舞台上の大スクリーンに2人の姿が映り続け、会場の熱気はこれまでになく高まっていく。
そして――。
『満点キタァァァッ! 優勝は【ヒートリミッツ】!』
2人はコンテストで唯一の満点を得て、見事に優勝したのであった。
「あの……ノリと勢いでここまで来ましたけど、身バレは大丈夫でしょうか……?」
客席から響く万雷の拍手と紙吹雪を浴びる中、ふいに冷静になった耀は小声で紗里亜に声をかける。
「んー……灼滅者あるあるで大丈夫……ですよ。これも人助けですから♪」
「……ですね、迷惑行為じゃないですし」
灼滅者としてはそうだろう。
ただ――2人とも、教師なのだ。武蔵坂の。
「生徒が誰も見てないと良いですね」
「知られても普段の知的な先生の姿とのギャップ萌え――になりますよ、多分、きっと」
不安を隠すように微笑む耀に、紗里亜も笑みを浮かべたまま返した。
とある海のコンテストに彗星の如く現れた、ひと夏の伝説のアイドル。ヒートリミッツ。
その優勝トロフィーは、とある浜茶屋の神棚の横に飾られている。
成功
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