君がために言の葉は印
●グリプ5
秘めていても表情にでてしまうのが恋だという。
誰かに指摘されるほどに顔にでてしまうものなのか、と『ゼクス・ラーズグリーズ』は思う。
そんなわけはない。
ひび割れた鏡の前で彼は自分の頬を指で突っ張って見せた。
「そんなにわかりやすいか……?」
自分ではわからないものなのかもしれない。
あれから、事あるごとに姉たちにからかわれる。
若干鬱陶しい。
弟のことより自分たちのことを心配したらどうかと思う。言葉にしないけれど。
しかし、そうした姉たちへの感情は顔にはでていないようだった。
いつだって『あの子』のことしか自分の感情は表情に出ないようだ。いや、ちゃんと笑ったり怒ったりはしている。
自分で言うのも何だが、結構感情表現が豊かな方だと思うのだ。
「ごきげんよう、ゼクス様」
「うわぁっ!?」
「どうされました?」
彼の背後から鏡越しにステラ・タタリクス(紫苑・f33899)が立っていた。
心臓に悪すぎる登場の仕方だった。
バクバクと心臓が早鐘を打っているのを抑えながら『ゼクス・ラーズグリーズ』はのけぞるようにして後ずさった。
「いや、毎度のことなんですけど! こう、ぬっ……と出てくるのやめません?」
「ごきげんよう、ゼクス様。『セラフィム・ゼクス』のメンテナンスはご入用ではないですか?」
「話聞いて? なんで何事もなかったかのように話勧められるんです!」
「はて」
「やば……本当に話通じてる?」
「誰がやべーメイドですか」
「そういうとこはちゃんと聞こえてるのに!」
「フッ、簡単なメンテと部品の調達ならお任せください。生業ですので」
ステラは紫の髪をさらりと流した。
一々、所作が鬱陶しいな、と『ゼクス・ラーズグリーズ』は思った。言葉にはしないけれど、もしも、己の心がわかりやすく顔に出ているのならば、と彼女を試したつもりだった。
しかし、彼女は首を傾げている。
「通じてないのかい!」
「……はあ? どうされました。もしや、この夏の暑さに……熱中症でしょうか! いえ、『ねえちゅうしよう』と言ったわけではありません。いけませんよ、私の唇は主人様のものですから!」
「言ってない!」
「そうですか。しかし」
ステラは冗談はこれほどにして、と前置く。
え、今までの全部前置き? と『ゼクス・ラーズグリーズ』は思ったが流した。
うっかり乗ると話が進まない。
「先の戦闘でゼクス様に大事なく、その点は、ホッとしております。ゼクス様の生態を『ツヴァイ』お嬢様にお伝えするのが私の生きがいですので!!」
「もっと別の生きがいとかあるでしょ」
「それはそれ、これはこれ。別腹というやつでございます。邪魔にならぬように草葉の陰から見守ります」
「それ、死んでません?」
「ええ、死んでも」
「執着がすごい……」
「ところで」
ステラは大仰に手を広げた。
え、なに、と『ゼクス・ラーズグリーズ』は警戒した。
ろくなことが起こらない気がした。
「バレンタインのお返しってやりました?」
「……え?」
「急に難聴系主人公になるのはよろしくないかと。それと昨今ではあまりに流行らないかと」
「……返すにもどうしろっていうんです。俺は、あなたたちみたいなものじゃあないんだ」
それはそうだ、とステラは思った。
同時に、ちゃんとお返しは考えていたのだな、とにまりと笑った。
「お伺いできなかった私にも非がございます。どうか面を上げてください」
「いや、それは……」
「では、今からやりましょう」
「今!?」
「ですが、『アレ』に対して何を返せば『ツヴァイ』お嬢様は喜ぶのか……」
そこで『ゼクス・ラーズグリーズ』は気がついた。
そうか、この人はあの箱の底に隠されていたハート型のチョコレートに気が付かなかったのか。
なら、出し抜ける。
いい機会だ、と頬が緩む。
それを見てステラは訝しむ。
「あれ? ゼクス様どうしました? そのニヤケ顔」
「ニヤけてないですけど!?」
「え、まさかアレがヒットしたのですか!?」
「いや、ちが。そうじゃなくて、贈り物ってのはなんだって嬉しいものでしょう!」
「まぁ、わからなくもありませんが……で、どうされます?」
「じゃあ、これ……珍しい鉱石」
彼が差し出したのは、深い緑色の中に白い羽のような模様だった。
俗に言うセラフィナイト。
だが、彼はそれを知らなかっただろう。
ステラはそれを受け取る。
「えらくすんなりでてきましたね? もしかして機会を伺っておりました?」
「いや、それはっ!」
「はいはい、わかっておりますとも。忍ぶれど色に出でにけり我が恋は、ってやつですね!」
ステラはにこやかな顔で『ゼクス・ラーズグリーズ』の顔を見やる。
いや、と否定しようとする彼の頬をつつく。
「わかりやすいですね」
その言葉に彼は言葉に詰まる。
そんなに?
また一つ彼の懊悩が始まるのだった――。
成功
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