罪蝕の杯は、喝采に酔う
●鋼鉄の咎
非道なる呪いを齎すのは悪意ゆえか。
それとも弱きもののためという善意ゆえか。
いずれにしてもグレイル・カーディア(穢れた聖杯・f45475)は止まらなかっただろう。
己の過去という轍を振り返った時、あの時と後悔の念に駆られるのは、いつだってその時だった。
もっとも罪深いのはいずれか。
己でしかない。
グレイルはそう告白するしかない。
|百獣族《バルバロイ》を打倒するためには人間族はあまりにも非力だった。
「私達も獣騎に変形することができれば」
人間族たちは口を揃えてそう言った。
聖なる決闘に赴くためには、獣騎へと変形する能力が必要となる。
それなくば、そもそも資格すらないのだ。
定めである。
しかし、人間族たちは恐るべき提案をした。
獣騎へと変形することができないのならば、獣騎に乗り込めばいい、と。
「それはつまり」
「そうです。私達が獣騎に変形する必要はないのです。私達に獣騎へと変形する能力を与えてくれなかった神ではなく、新たなる神を造り、それを報じればいいのです」
グレイルは、仄かに人間族に危険な気配を感じたかもしれない。
だが、彼女は造った。
後に|人造竜騎《キャバリア》と呼ばれる兵器を。
「架空の生物を奉じることができれば、私達は聖なる決闘を戦い抜く力が得られる。そうすれば……!」
「しかし、それは危険ではないの? ありもしない生物を神として奉じる、なんて」
グレイルの言葉に人間族たちは頭を振った。
「私達を守護してくれる神を造り上げることは、この世界のあり方を正すためです。聖なる決闘で全てを束ねる王を決定するというのならば、どうして私達は聖なる決闘に挑むことすら許されていないのでしょう。それ自体が聖なる決闘というシステムの不具合です。不具合とは、正さねばならない、そうでしょう?」
その言葉は屁理屈に過ぎなかったのかもしれない。
けれど、グレイルはわかっていた。
人造の神を造り上げることの危険性を。
そして、その結果どうなるか。
人間族は己達で造った神を祀る。
超常でもなく、ただ己たちの都合のために人造の神をもって獣騎と対等に戦えるだけの力を手にしようというのだ。
「……そう、かも」
しれない。
グレイルは己の胸に込み上げてきた言いようのない不安を飲み込んだ。
百獣族を倒す。
人間族は未熟だ。だからこそ、強い力が要る。
彼女は人造竜騎の鍛造に入れ込んだ。
己が感じた違和感、危険性を振り払うように、腕をふるった。
人間は愚かではない。
たしかに獣騎に変形はできない。
だが、それは些細なことだと思ったのだ。
家畜であれば、不当に扱われることに怒りをあらわにすることもないだろう。
だが、人間族は家畜ではない。
彼らは知性をもって己たちの現状を憂い、打破しようともがいている。
それはきっと正しいことだ。
「素晴らしい……! この人造竜騎があれば……!」
グレイルが造り、鍛え上げたのは、一騎の人造竜騎。
名を『■■■■■』。
そして手にしているのは、人間が奉じる架空の生物『バハムート』にちなんだ禁忌の武装、『バハムートウェポン』。
「この武装は、一体……」
「この『■■■■■』は、この武装を扱うことを前提として設計した。むしろ、この武装のために『■■■■■』が存在している言っても過言ではない」
「つまり」
「効率的に獣騎を打ち倒すことができる。一騎打ちが原則であるが、時として多数と戦うこともあるはず」
「その際に効果を発揮する、と」
人間族の瞳が爛々と輝くようだった。
「感謝します、グレイル・カーディア! あなたはやはり私達の救世主! これからもどうか私達をお助けください!」
その言葉はグレイルにとって麻薬だった。
決して受け取ってはならぬ感謝の言葉だった。
何故なら、彼女が造り上げた人造竜騎は、百獣族を絶滅させるために造り上げられていた。
彼女がもとよりそのつもりであったのか、そうでなかったのかはわからない。
だが、彼女は竜騎鍛冶師である。
『それができるのか、できないのか』
その可否をこの目で見てみたいという知的欲求を好奇心でもって駆り立てられる者である。
確かに彼女は賢者と呼ぶに相応しい知識と技術を持ち得る者であった。
だが、賢者が愚を犯さぬという理屈はない。
どんな者にだって間違いは存在する。
問題は、その間違いを如何にして正すか、である。
しかし、グレイルは真の賢者ではなかった。
自惚れるつもりなどないという言葉は、どこか空虚にさえ聞こえただろう。
立ち上る炎。
燃える百獣族の骸。
森は炎の嵐に飲み込まれ、赤と青の炎が螺旋を描いて空に上がる。
そう、それが彼女の招いた結果。
彼女の悪夢にして現実。
グレイルは、酔っていた。
己の力の証明と、人間族から浴びせられる喝采に。
その結末を届けたのは、最悪の人造竜騎。
その名は――。
成功
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