アトチャーイニエは色づく
●日課
悩みというものは解決を待つものである、のかもしれない。
けれど、ミラン・ローズブレイド(羽風・f10316)にとって、その悩みという物自体が性活の一部になっている。
それは夜のことである。
己の爪に視線を落とす。
そこには甘皮を処理された爪が整えられていた。
今から行う事はネイルである。
毎夜、ファリド・ローズブレイド(科戸風・f10313)と恒例の塗り合いをしているのだ。
「はちみつちゃん」
ファリドの言葉にミランは顔を上げた。
彼の視線と自分が手にとっている指先を交互に見やってミランはなんともいい難い表情をしていた。
そう、悩んでいる。
決めきれるものではない。
すでにネイルポリッシュ……つまりは、マニキュアを塗布する下準備はできているのだ。
であれば、後は塗るだけ。
なのだが、その色が決まらないのだ。
「わかっています。ファーラ様」
「じゃあ、塗って欲しいな」
「色を悩んでいるんです。ファーラ様に合うネイルの色を……」
「フフッ」
「真剣なんです!」
そういったミランにファリドは笑む。
「何色でもいいよ。はちみつちゃんが塗ってくれるんならね、何色だって似合って見せるさ」
「またそう言って。確かにファーラ様には何色でも似合うと思いますけど!」
「なら悩む必要なんてないんじゃあないのかな、はちみつちゃん?」
「またそうやって!」
「フフ、ごめんよ。なんだか愛らしくてね」
ファリドはさして悪いとは思っていない表情で笑む。
なんだかミランがこうも毎夜のことであるのに真剣に悩む様子が“愛おしく”思えてならないのだ。
だから、小さく笑むのだ。
彼が本気で悩んでいるからこそ、愛おしいと思える。
とは言っても時間がかかりすぎだと思う。
これでは夜も更けてしまうというものだ。
「夏ですし青系? それとも紫とか、黒も似合いますし……白とか? 敢えての白、う――ん」
ミランはまだ悩んでいた。
なんていうか、ここまで悩むのならば、とファリドは彼の悩みを解決する一助になればと口を開いた。
処理された爪の先は、肌に触れても傷を残さないだろう。
それが少し残念に思えるが、ファリドの指先がミランの掌の上をくるりと滑る。
氷上を滑走するように滑らかに動いて、その腕から駈上料にしてミランの顎に添えられる。
く、と軽く持ち上げる顎先にファリドはやはり笑むばかりだった
「君が塗る色なら何色でも好きだが」
「っ、ファーラ様……」
「瞳の色」
「瞳の色、ですか? また悪戯ばかり……であれば、俺と同じ瞳の色のネイルにしちゃいますよ!」
「……それはとても嬉しいね?」
助け舟のように紡いだ言葉すら、ミランは真剣に受け止める。
それは言ってしまえば、打てば響くということであっただろう。
「なんで喜んでるんですか……」
「はちみつちゃんが、たくさん考えてくれたからね。それが嬉しいと思えたのさ。それに、はちみつちゃんと常にいる気分になれるから」
だから、それでいいとファリドはミランの顎を擽る。
「……また、はちみつちゃんって呼ぶ……」
「呼んでいい、だろう?」
「それは」
否定できるものではない。
拒否できるものではない。
ミランにとってファリドの言葉は絶対である。
至上であった、至高でもあった。
「……はい」
「なら、愛おしいミルーシュニカ。君には私の瞳の色を」
ファリドはミランの手を取った。
手入れのされた爪の先。
刷毛のついた蓋を手に取れば、爪に乗るのはファリドの瞳。
見つめる先にある爪に己の色が移ればいい。
そう思えるようにファリドはミランの爪先を見つめる。
刷毛の毛先一つさえ、ムラになることを許さない。
淀みなく、迷いなく。
そうやって塗り重ねていくネイルポリッシュは、それだけでミランの中の価値観と倫理観とを上塗りしていくようだった。
「できたよ、ミルーシュニカ」
「次は」
ふ、とファリドは微笑んだ。
「愛おしい俺だけのファーラ様、なら俺の色を付けてくださいね?」
ミランの言葉を待っていたようにファリドは手を差し出す。
爪先はまだ染まっていない。
ここから彼の瞳の色に染めればいい。
誰に咎められることもない。
色の意味も、そこに込められた思いも、全てファリドが独り占めにできることだ。
落ちる唇の感触を爪に感じながら、ファリドは見つめる。
その感触すらも閉じ込めるように塗り重ねていく色は、彼がそう語ったように、ミランと常にいられる気分にさせてくれる夜の魔法。
乾く時間すら愛おしい。
「おやすみ、愛おしいミルーシュニカ」
夜の帳は、二人の瞳の色を覆い隠した――。
成功
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