黒猫と狼と幾星霜の海
「えぇと……あ、此処です。この湖です」
手にした地図――とある時計ウサギに貰ったもの――に『この先オススメ世界』と赤丸付きで記されたその湖に、結城・有栖(f34711)は迷わず飛び込んだ。
僅かな水音もなく湖面は凪いだまま、有栖の姿が消える。
その後に、夜久・灯火(f04331)ともう一人の有栖――いつものように実体化してる有栖のオウガ『オオカミさん』が続く。
湖に見せかけたウサギ穴を落ちた先は、蒼く照らされた別世界。
「此処がアクアリウムの国……」
「名前の通り、水族館の国なんだねー」
有栖と灯火の視線の先には、蒼い光の差し込む窓――水槽の向こうで様々な魚類が泳いでいた。
「どんな展示が見れるのか楽しみだね、有栖ちゃん♪」
「そうですね。折角ですし、のんびりと見て回りましょう」
「私達も初めて来た国だし、楽しみダヨ」
熱帯魚とマンボウの泳ぐ水槽を眺めながらゆっくり進むと、円筒形の水槽が幾つも並ぶエリアに出た。
様々な色に照らされた水槽の中では、何かが揺蕩っている。
「クラゲが見れる回廊ですか……」
「ライトアップされたクラゲの水槽は幻想的できれいだね♪」
蒼だけでなく淡い緑や黄金色、赤に紫と水槽を照らす光を浴びて、クラゲ達もゆらゆらと輝いている。
「見てるとなんだか癒やされますね」
なんとも言えない穏やかなものを感じながら有栖がクラゲ回廊を抜けると、先に進んでいたオオカミさんが佇んでいた。
「ンン?? この水槽……何ダロ?」
首を傾げるオオカミさんの横から、灯火と有栖が水槽を覗き込む。
その中には――何もいなかった。
「何もいない……?」
「いや、これは……多分待ってれば出て来るよ」
首を傾げた有栖に、灯火が告げる。
「チンアナゴがね」
しばし待っていると、砂の中から白く細長いものがにょきっと出てきた。
大量のアジが泳ぐ水槽に、サーモンの水槽。
しばらく普通の魚が続いていたが――アリスラビリンスで普通なんていつまでも続くわけがない。
「あ、有栖ちゃん、見てご覧よ」
気づいた灯火が示す先に見えているのは、これまでよりも大きな水槽。
「あっちの大きな水槽にはジンベエザメがいるよ」
その中には、大きな魚影がゆったりと泳いでいた。
「おお……実物は始めてみましたが、凄いですね」
「間近で見ると、迫力満点ダネー♪」
その姿に有栖は息を呑み、オオカミさんも楽し気に尾を揺らす。
そして次の水槽は、またまた泳ぐ魚の姿がいない。
と言っても、チンアナゴのように砂に隠れてるわけではない。
「今度は……ダイオウグソクムシ」
「間近で見るといかつい顔をしてますね」
UDCアースでは世界最大の等脚類とされている甲殻類のお出ました。
ところで、お気づきだろうか。
次第に、出てくる生物の生息域が海の中――深い方になっている事に。
「この先、極端に明かりが少ないみたいだね」
「少し気温も低くなって来てないですか?」
「何がいるんだろうネー」
変化を感じながら進むと、今まで以上に暗く静かな空間が待っていた。
「あ、なるほど。深海魚が展示されているからですね」
仄暗い水槽の中を泳ぐ魚を見て、有栖が得心がいったように頷いた。
深海魚。そう呼ばれる魚類達が生きる深い海は、陽の光もほとんど届かず暗く冷たい。
「元気な深海魚が見れるのも、不思議の国って感じだねー」
「メンダコとかも元気に泳いでますね」
それ故の暗さに目が慣れた灯火と有栖の目の前の水槽の中では、様々な深海魚が泳いでいる。UFOのようなのはメンダコ。ギョロリと目が飛び出た魚はボウエンギョ。身体が光っているのはホウライエソで、頭部だけ大きいのはフクロウナギか。
水槽の底の方に目を向ければ、チューブワームがゆらゆらと揺れていて、水槽の底を這うようにザラビクニンとセンジュナマコがいる。
本来の生息深度に関係なく、深海魚と言うカテゴライズで集めた水槽なんて、海洋学者が見たら卒倒しそうだ。
「不思議の国ならではダネー」
そう言うものと笑って、オオカミさんがまた先に行く。
「ねぇねぇ有栖ー。こっちでは、サカバンバスピスも泳いでるよ」
「「え」」
かと思えば、すぐに響いたオオカミさんの声に、有栖も灯火も驚きが声をなって零れ出た。
サカバンバスピス。それはUDCアースで数年前に妙に流行した、とうに絶滅した海の生き物。古代ウナギ。
「これが噂に聞く……実物も、味のある顔をしてますね」
「凄いね、アクアリウムの国」
本来ならば見られないその姿に感心する二人。
だが――絶滅した筈の生き物は、これで終わりではなかった。
「え、なにこれ……」
「お、大きい……」
「メガロドンって古代のサメだって。圧倒されるネー」
先程のジンベエザメを遥かに上回る巨体に息を呑む2人の後ろで、オオカミさんは楽し気に笑っていた。
その後も、既に絶滅した海の生き物の水槽が続いた。
クジラの祖先と言われるリヴィアタン。更に古い時代の古鯨類のジゴリーザ。古代のサーモン(サケ目)のエンコドゥス。頭部から肩帯付近に甲冑のような硬い皮骨を持つダンクルオステウスにルナスピス。古代の亀、アーケロン。化石でおなじみのアンモナイトに、殻が渦を巻いてないながらオウムガイの類と言うエンドセラス。最も古い時代では、カンブリア紀の海の王者であったと言われるアノマロカリスまで
他の世界ではもう生きて見ることは叶わない古代の海の生き物の数々。
その最後を締めくくったのは、ヘリコプリオン――下顎の先端が螺旋状にぐるぐる巻いていると言う特徴を持つ古代のギンザメだ。
それも、ショーである。
ジャンプして水上の輪をくぐったり、尾びれでボールを飛ばしたり、大ジャンプで客席に水をかけたり――とイルカやシャチがやる事を古代ギンザメにやらせてみせたのだ。
「何と言うか……」
「すごかったですね……」
水を浴びた濡れ鼠なまま、灯火も有栖も軽く放心したように通路を歩いていた。
浴びせられたのは、数千万年に及ぶであろう海の歴史の一部。世界を渡る猟兵でも追いつけない時の流れだ。
「さすがオススメの世界です」
「うん、ここは必見だったね」
地図をくれた友人に感謝している様子で微笑む有栖に、灯火も頷く。
「ん? 何か暖か――わっ」
「わっぷっ」
そうして顔を見合わせていると、頭上から急に暖かい空気が降ってきた。
「あ、乾いてます」
「これもありがたい」
一瞬で濡れた髪も服も乾かされた事に驚きながらも進めば、今までと打って変わって明るい空間に出た。
白い壁と天井。天井には照明も普通についており、その下には、色々なものが陳列された棚が並んでいた。
「おみやげもの屋さん的な所でしょうか……?」
多くの世界の水族館の最後にある、売店のような明るい空間に、有栖が目を瞬かせる。
「そうみたいだね。折角だし、なにか買っていこうよ」
グッズの販売もあるみたいだと、灯火は棚の方に歩いていく。
「さっき見たジンベエザメとか、深海魚とか、ぬいぐるみも色々豊富だよ♪」
「さっきのヘリコプリオンも、ジンベエザメのぬいぐるみも惹かれます」
「サカバンバスピスのぬいぐるみも有りそうダネー」
地図があるので、またいつでも来る事は出来るけれど――きっとおみやげを選ぶまでが、このアクアリウムの国なのだろう。
旅ってそう言うもので――この国はきっと、そんな気分を味わって欲しいのだ。
成功
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