罪蝕の杯は、夢を見ない
●憐憫の証明
百獣族は全て死に絶えた。
違う。
殺し尽くした、というのが正しい。
虐殺である。鏖殺である。
女子供にいたるまでただの一粒すら残さぬ殺戮は、全ては妖精族が人間族に人造竜騎を与えたが故である。
この事実を端に発する罪過は償えるものではない。
なぜなら、贖うべき者がもはや存在しないからだ。
過ちに気がつけども、懺悔しようとも、すでに百獣族は死に絶えている。
故に懺悔は意味をなさない。
ただただ、グレイル・カーディア(穢れた聖杯・f45475)の身を苛む呪詛として存在するのが悔恨だ。
「……」
「ありがとうございます。これで我らも不当な扱いから開放される」
「私達も生きているのです。聖なる決闘に参加し、王を目指すこともできる」
「あなたのおかげだ」
「人造竜騎さえあれば、俺達も百獣族と対等……いや、凌駕することができる」
最初はただの称賛だった。
人間族の溜まりに溜まった鬱憤を僅かに晴らすものでしかないはずだった人造竜騎は、いつしかその性能を先鋭化させていった。
つまり、『より多くを』である。
より多く、戦うことができるように。
より多くを得ることができるように。
そして、より多くを殺すことができるように、である。
過ちは、正さねばならない。
しかし、人間族の多くは過ちに気が付かない。
赤熱するような激情は、先鋭化された願望をただの欲望に変えた。
「もっと! もっと強い人造竜騎を!」
応えた。
応えてしまった。
グレイルにとって、望みに応えることは当然のことであった。
「わかりました」
望まれるままに応えて、力を与え続けた。
彼女がしなければならなかったことは、力を与えることではなかった。
力はそれ単体では意味をなさない。
力とは、それを行使する者によって意味づけされる。
何を為すのか。
それを見極めねばならなかったのが、彼女の本来の使命だったのだ。
間違っても、誰かの望みを叶えることではなかった。
「わかりました」
もう一度、もう一度。
その言葉に応え続けた結果は、言うまでもない。
血に塗れた轍。
グレイルは全てが終わった後、振り返る。
かつての称賛の言葉は彼女の魂を苛む呪詛へと変わり果てていた。
「私は何を見ていたのです……?」
何も見ていなかった。
ただ応えることばかりを行っただけだった。
「お前は何かを成したつもりなのだろう。確かにそれは正しい」
幻聴が聞こえる。
身に纏う呪詛が己の耳に囁いている。
昼夜問わず、己の耳には呪詛が届いている。
過去からの怨嗟とでも言えばいいのだろうか。とめどない言葉は、彼女の魂を蝕み続ける。
贖罪の旅は、今も続いている。
「贖罪など。その贖うべき者などどこにもいない。仮に……いたとしても、それは世界を滅ぼす過去の化身でしかない。そしてお前は」
猟兵なのだ。
世界の滅びを阻止する戦士。
皮肉にも、グレイルは選ばれてしまった。
「滅ぼし、滅ぼされる間柄は、何も変わっていない。遥か昔も、今も。何一つ変わっていない。お前は贖罪のつもりかもしれないが、何一つ魂を救うことはない。今生きる者も、過去に生きた者も、だ」
「違う。私は、百獣族にならばいくらでも殺されても構わないのです。そうされても仕方ないことを私は成してしまった。それが私の業」
「業。心地よい言葉だ。酔いしれる言葉だ。そう己が罪を定義すれば、己の現状も許されると思うのだろうな」
呪詛の声は嘲笑うようであった。
「どれだけ言葉を変えようとも、変わらない。お前は己を罰しているつもりかもしれぬが、ただ酔いしれているだけだ。その証拠に」
呪詛は過去を見せる。
目を覚ましていながら見せられる白昼夢。
その最中にあってさえ、安寧はない。
安らかな眠りなど彼女には許されない。
寝ても、醒めても、変わりなく彼女の魂を苛み続ける。
救いなど欲していないというのに。
「ありがとう……あなたのおかげで私達は戦う力を得ることができた! これで百獣族と対等になれる! もっともっと今より良い暮らしを……!」
グレイルを讃える言葉が響く。
その言葉にグレイルは自責の念を強める。
己が身を、魂を傷つける自傷行為。
責任と悔恨とは、生涯を縛る言葉でしかない。
そうでもしなければ、グレイルは己を保てない。
狂うことすら許されない。
「過去の称賛すら、己を保つための痛みにしている。それはただのエゴだ」
「私は」
ふらつく足取りで荒野を往く。
「私は、私を殺すだけで過去の遺恨を忘れることのでき百獣族がいるのならば、望んで見を捧げる覚悟があります」
「馬鹿なことを。お前一人の生命で全ての百獣族の怒りが収まるとでも? 思い上がりも甚だしい」
己の立場と力は矛盾だらけだ。
償いを望みながらも、百獣族の行いを蛮行と断じて止めようとする。
その矛盾がまた彼女の心を傷つけるのだとしても、その歩みは止められないのだ――。
成功
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