|氷雪世界《アイス・ワールド》
●氷雪帝
サクール帝国軍、最高戦力の一人。
『氷雪帝』と渾名されるのは、ヒョウガ・イブラヒム(サクール帝国軍大将『氷雪帝』・f45448)。
その才覚というものを推し量ることができるのは、やはり戦場にあってこそであった。
掲げるは正義である。
しかしながら、正義とは十人十色である。
誰しもが正義を抱く。
悪性を抱くのと同じように、だ。
故にその掲げる正義に硬さは要らない。
彼が掲げるのは。
「緩い正義」
アイマスクをずらした眼はまだどこか眠たそうだった。
緩急自在。
それが己の正義であるとヒョウガは標榜する。
「んで、何?」
「地下から無人機キャバリアの出現を確認致しました」
ここは南カメリア大陸。
その野戦司令部にてヒョウガは一時の午睡に浸っていたが、部下からの言葉に目を覚ましていた。
「無人機キャバリア? 湧いて出たっていうポイントは?」
「こちらに。情報分析から合衆国および同盟国の部隊ではないことが判明しております」
「機体の情報は?」
「未確認の機体であるとのこと。恐らく」
「未確認のプラントから湧出したってわけね……で、数は?」
ヒョウガは一つ背中を伸ばした。
背筋のこわばった筋肉が音を立てる。
それと共に心地よい痛みが背中に走り、ヒョウガは息を吐き出す。
己が腰を預けていた座り心地がお世辞にも良いとは言えない椅子から立ち上がる。
肩甲骨を引き剥がすように腕を交差させる。
「推定100機。ですが、単騎の性能はそれほどであるとは思えません」
「なるほどねぇ……」
ヒョウガは頭の中ですでに概算を終えているようだった。
己が属するサクール帝国と己が今いる南カメリア大陸。
カメリア合衆国側の部隊との戦闘に備えて、戦力は大きく割られている。
この状況で未確認の正体不明の無人機キャバリアの出現。
息を吐き出したヒョウガの面倒そうな顔色に部下は、しかし何も言わなかった。いくら面倒な事態に陥ったとしても、彼が見てみぬふりをするとはこれまでの経験から思えなかったからかもしれない。
「しょうがねぇ……俺がでますか」
「……大将自ら出るんですか?」
「そりゃそうでしょう。部隊は割けない。戦力も徒に消耗できない。そんな状況で自由に動ける身があるのなら、そりゃ動くでしょうよ」
「ですが」
大将である。
おいそれ動いて良いものではない。
軍とはそういうものだ。
大将は動くものではない。
将棋一つとってもそうなのだ。だが、ヒョウガはそうではなかった。
「とりあえず、手が空いている予備の一個小隊を俺の方に回してくれ。お題目はそうだな……害虫駆除ならぬ害機駆除をやるってな」
そう言ってヒョウガは野戦司令部を出て、己の機体の前に立つ。
掛けられたカバーから風にさらわれて覗くのは、機体色の青。
ヒョウガ専用機である『アブソリュート・ゼロ』。
彼は数機のキャバリアを連れ立って、正体不明の無人機キャバリアが出現したポイントへと急行することになった。
急げば急ぐほど良い。
仕事が早く終わる。
緩急自在とはよく言ったものだ。
古の達人とて、この緩急を自在にするために修行を積んだのだという。
であればこそ、ヒョウガは己の標榜する『緩い正義』もまた、理にかなったものであると思ったかもしれない。
センサーに反応が見えるより速くヒョウガは息を吐き出した。
「あらら……うようよいるな」
「どうなさいますか、大将」
「手っ取り早い方がいいだろう。任せてもらおうか」
先陣を切る、のではない。
確認された無人機キャバリアを前に『アブソリュート・ゼロ』のマニュピレーター、その掌がかざされる。
瞬間、アイセンサーが煌めく。
ユーベルコード。
それをが超常の力を齎すものであると知ることができたものが、どれだけいただろうか。
瞬間、冷気がほとばしり、無人機キャバリアたちのクタイを凍りつかせる。
一瞬だった。
それはほんの一瞬の間にて100機の無人機キャバリアたちを凍りつかせ、完全にその動きを止めたのだ。
「じゃ、後は頼むわ」
そう言った瞬間、引き連れた一個小隊のキャバリアから放たれる光条が凍りついた無人機キャバリアを貫いていく。
破壊の音を背にして、ヒョウガはまた息を吐き出す。
僅かな時間で100機あまりの無人機キャバリアたちは沈黙し、骸のように残骸を散らすのみ。
「よし、終わったな。じゃ、撤収だ」
ゆるく、けれど颯爽と。
それが己の信条。
『氷雪帝』と渾名されるヒョウガの仕事ぶりである。
その言葉に一個小隊は付き従い、再び野戦司令部へと帰還を果たすのだ。
今はまだ無人機キャバリアが何故湧出したのかは、わからない。
だが、混乱の芽を一つまた摘み取ったことだけは確かだろう。
ヒョウガはコクピットの中でまた欠伸を一つ。
「今度はもう少し長く眠れるかねぇ――」
成功
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