●仄暗い部屋の中で
縦に長いモニターデスクの放つ光が、薄暗闇の中に屈強な男の顔を浮かび上がらせる。
「任務の内容を説明する」
そう発したのは、レブロス中隊の指揮を預かるアルフレッド・ディゴリー大尉だった。
机上に東部戦略軍事要塞ゼラフィウムの周辺地域が拡がり、その内の一区画が四角に切り取られてクローズアップされる。
長大な滑走路や、建屋の規則正しい並びから、軍事施設である事が推察できる。
「今回の我々の目標は、ガルドラ陸軍基地の奪還だ」
アルフレッドが喋っている傍らで、ポーラ・チノ(残影・f45339)は、エメラルドグリーンの瞳で周りを観察した。
レブロス中隊の隊員と、比喩ではなく同じ顔ぶれを揃えたスワロウ小隊のテレサ・ゼロハート達からは、場馴れした空気が漂っている。
しかし誰も彼も背が高い。
自分が――ポーラが小さいだけなのだが、一人だけ子供が紛れている違和感が否めない。
事実、体格に反せず実年齢も子供である。
しかしそれを気にする者はいなかった。
猟兵が持つ、世界に違和感を持たせない矯正力が働いているのであろう。
ともすれば、悪霊であるなどと気付きもしないのも当然だ。
気付かれても困る。
自分で自分が何者か説明できないのだから。
出身国も分からない。
キャバリア擬きの機動兵器、モスレイに乗っていた理由も分からない。
煙に巻かれたような自分の中で、モスレイのパイロットである事と、何かと戦っていたという記憶だけはある。
だがそれも漠然とした記憶であって、信憑性には自信がない。
けれど、戦い方は身体に染み付いている。
この感覚だけが、自分を自分と定義付けられる証だった。
アルフレッドは続ける。
「現在のガルドラ陸軍基地は、東アーレス解放戦線に占拠されている」
東アーレス戦線については、ポーラも予め概要を聞かされていた。
雇い主であるレイテナ・ロイヤル・ユニオンと対立する反体制勢力。
ユニオン解体を掲げ、東アーレスの各地で衝突を繰り返しているという。
その規模は単なるテロ組織の枠組みには収まらない。
寄り合い所帯の傘下に入ることを良しとしなかった小国家など、様々な勢力が目的を共にした結果、国家連合体にも迫る規模にまで拡大したらしい。
「我が軍は以前よりガルドラ陸軍基地の奪還作戦を実施中だ。戦況は我が軍の優勢で順調に推移しており、つい先日、敵部隊の動きに撤退する兆候が確認された」
モニターデスク上のガルドラ陸軍基地の周辺に、緑と赤の輝点が灯る。
緑はレイテナ軍を、赤は東アーレス解放戦線を、それぞれ示していた。
基地はレイテナ軍のマーカーに半包囲されている。
「そこで作戦司令部は同基地の一挙制圧を決定した。我々は前衛として敵勢力を排除し、指定された区域の制圧にあたる」
「要は目に付く敵を片っ端から潰して回ればいいんだろ?」
ポーラは鼻を鳴らした。
「その認識は誤りではない」
アルフレッドの鋭利な眼差しがポーラに向かう。
「だが注意点がある。イェーガーのきみには特にな。基地の損害は極力抑えるようにとの命令だ」
「あぁ……だから“奪還”か」
「ガルドラ陸軍基地はディープストライカー作戦を実施する上で、重要な拠点となる基地だ。戦闘による多少の損害は止むを得ないが、使用する兵器には留意してくれ」
「ディープ……なに?」
耳に馴染みのない名称が出てきて、ポーラは思わず聞き返した。
アルフレッドから説明してやれと視線を送られたテレサが頷く。
「ディープストライカー作戦というのは、ゼロハート・プラントを制圧するための大規模な作戦計画のことなんです」
ゼロハート・プラント――その名前はポーラも簡単にだが知っていた。
現在、東アーレス大陸全土を襲っている暴走した無人機群、人喰いキャバリアの俗称で呼ばれるそれの発生元。
このゼロハート・プラントを止めない限り、人喰いキャバリアは文字通り無限に湧き続ける。
ディープストライカー作戦は、ゼロハート・プラントを制圧するための作戦だ。
「じゃあ、ガルドラ基地の制圧は、そのディープストライカー作戦の前座ってわけ?」
「まあ、そういうことになりますね」
「ディープストライカー作戦の開始に向けた、僅かな一歩だがな」
アルフレッドの重い声音が、仄暗い部屋の空気まで沈めた。
ポーラにはよく分からなかったが、深刻そうに顔を俯けるテレサ達の様子から、事の重要性はなんとなく推し量れた。
自分が受けたこの依頼は、人類の存亡を懸けた作戦の支柱の一本。
それに気付いた時、契約書にサインを書いた時ほど気楽ではいられなくなった。
「この一歩を確実に進めるために、レブロス中隊、スワロウ小隊、ポーラ・チノには奮闘を期待する」
アルフレッドの生真面目さにポーラは両肩が怠くなった。
レイテナ軍の信頼を得るために、試用期間のつもりで受けた依頼だったのに。
そう言えば依頼を斡旋したグリモア猟兵は、こちらから申し出た報酬の初回割引を頑なに譲らなかった。
あのグリモア猟兵は高額報酬の危険な任務ばかり斡旋していると小耳に挟んでいたが……噂の信憑性は高いようだ。
だが、チャンスではある。
これを達成すれば、信頼は間違いなく勝ち取れるだろう。
「そっちこそ、使い捨てるつもりで放り込んでくれて構わない」
「それは困る」
ポーラの申し出は、アルフレッドに即断られてしまった。
「イェーガーは貴重な戦力だ。雇用にも高額な支出が発生している。責任のある行動を心がけてくれ」
「責任……ね。実績のない猟兵なんて、信用できる訳がないと思うけど」
「それは作戦を通じて判断させてもらう。ポーラ・チノには忠実な任務遂行に期待する」
ポーラは理解した。
このアルフレッド・ディゴリーという男は、冗談が通じない堅物だ。
「ちゃんと任務を成功させて、全員でゼラフィウムに戻ってきましょうね」
一方のテレサはどこか頼りなさげな反面、物腰が柔らかい。
猟兵という存在にアルフレッドよりも慣れている……そんな気がした。
「死ぬ覚悟なんてとっくに捨ててる。少しでも身軽になっておいた方が生き残れるだろ」
「その意見には一部同意できる。我々には、生きて果たさなければならない次の任務があるのだからな」
逐一大真面目に返してくるアルフレッドに、ポーラは思わずつまらない奴と零しそうになった。
「私にも、貰った報酬で直さなきゃいけない家がある」
対抗とばかりに大真面目に言ってみせた。
嘘ではない。
山間にある拠点は廃墟同然に荒れ放題だ。
最低限の文化的な生活をするために、稼いだ金を元手に修繕しなければならないのだから。
「ならば生還することだ」
ポーラの中で、アルフレッドのつまらなさが更に増した。
「任務内容の説明を続ける。我々が担当する区画は、ガルドラ陸軍基地の第二滑走路だ。多数の敵部隊との交戦が予想される――」
そいつはもうとっくに死んでるんだけど。
悪霊の内なる呟きは、男の太い声に覆い隠されてしまった。
●ダイブ・レイ
ゼラフィウムから見て、ガルドラ陸軍基地の所在は西北西に位置している。
距離は遥か遠くというほどでもなく、すぐ近くというほどでもない。
元々は小国家ガルドラが抱える軍事基地であったが、レイテナ・ロイヤル・ユニオン発足後に国ごと接収された。
以降、レイテナ軍の内陸戦線を支える拠点として重用されていたのだが、鯨の歌作戦が発動した最中、一時的に防備が薄くなった隙を突かれ、東アーレス開放戦線に奪われてしまった。
ガルドラ陸軍基地は、ゼラフィウムと王都ソラール・ロンドを繋ぐ拠点の一つでもある。
将来的に王都奪還を見据えるならば、ガルドラ基地の奪還は急務だった。
しかし戦線の押し上げよりも維持を優先しなければならない昨今のレイテナ軍の情勢もあり、奪還計画は遅々として進んでいなかった。
それが転調したのは、ディープストライカー作戦の計画検討がきっかけである。
発案者はケイト・マインド参謀次長。
作戦実施の前提条件として王都の奪還が掲げられ、王都の奪還の前提にガルドラ陸軍基地の奪還が設定された。
『――これは前提の前提となる、重要な任務だ』
機体のシートに身を預けたポーラは、アルフレッドが語る背景事情を無線越しに聞いていた。
長話の間、メインモニターに高速で流れてゆく周囲の光景は、ずっと変わらないままだった。
地平線まで続く広大な草原だ。
伸び放題の草が風に撫でられている。
『あれ……? チノさん……?』
恐る恐る投げられたテレサの声に「モスレイよりスワロウ01へ、なんだ?」とごく自然に応答する。
『あ、いえ……ちょっと気になることが……』
テレサは歯切れが悪い。言葉を選びかねているようだった。
『サイコ・ドローンは使うんですか?』
「サイキックセンサーとダガービットは使う。それが何か?」
『えっと、チノさんの脳量子波は、ちょっと普通と違う気がして……』
「どう違うんだ?」
『うまく言えないんですけど……チャンネルが違うような……?』
「それが違うと問題か?」
『いえ! 問題じゃないんですけど、不思議というか……』
「普通とは違う……か」
ポーラにはテレサが感じ取った違和感に察しが付いていた。
違和感の原因は、きっとこの身体にあるのだろう。
霊物質で構成された身体は、形を得た脳量子波と言っても過言ではない。
或いは……機体の方に気付いたか。
いや、それはないな。
首を僅かに振って可能性を掻き消した。
テレサは猟兵ではない。
だから気付く事はあり得ない。
この機体が、モスレイが、オブリビオンマシン化しているなどと。
猟兵でなければ、オブリビオンマシンとそうでない機体の識別は不可能である。
「私にもよく分からない身体なんだ、気にするな」
テレサにはそう投げやりに返しておいた。
『え? それはどういう……?』
疑問を抱かれてもポーラには答えようがない。
悪霊となって覚醒した以前の記憶が殆ど抜け落ちているからだ。
ただ、悪霊となる前……生前と呼んでいいのかよく分からない時期と比較して、名前も姿も少し異なっているような気はするが。
何にしても、もう喋っている時間は終わった。
モスレイがしつこくうるさく煽ってくる。
狩りの時間だと。
『レブロス01より各隊、及びモスレイへ。間もなく作戦領域に到達する』
アルフレッドが通信帯域の緩んだ空気を一瞬で緊張させた。
地平線の向こうで火球が明滅し、光線が飛び交っている。
立ち上る黒い煙の出所はガルドラ基地に間違いない。
予定通りに既に戦闘が始まっている。
『作戦に変更はない。基地との距離1500で全機はタンクをパージ後、最大増速。基地との距離500でレブロス中隊が一斉射撃を行う。援護射撃に乗じてスワロウ小隊とモスレイは二番滑走路に突入。敵を排除せよ』
『スワロウ01! 了解です!』
「モスレイ、了解」
戦闘単位となったポーラは冷たい鉄のように応答する。
地表を高速巡航しているモスレイと僚機達は、次第に基地との距離を狭めていった。
やがて地平線に隠れていた基地の全容が露となる。
光の膨張や交錯からして、戦闘は基地の敷地内全域に拡大しているようだ。
レブロス中隊の誰かが相対距離のカウントダウンを開始した。
2000から始まったそれが1600を越え、1500になった時――。
『全機! 戦闘開始だ!』
アルフレッドの裂帛が鼓膜を叩いた。
ポーラは機体と肉体を繋ぐType-05M 搭乗員調整装備を通じ、パージ操作を入力する。
重量物が外れる音と微震が機体を伝う。
二本のプロペラントタンクの枷を外したモスレイは、急激に加速を増した。
『レブロス01よりスワロウ01とモスレイへ! ファーストアタックは任せたぞ!』
基地との距離が500に詰まったタイミングで、アルフレッドらレブロス中隊は減速に転じた。
中隊を構成するシリウスが、隊列を横一文字に広げてビームキャノンを一斉発射した。
何本もの青白い光条が伸びる。
敵機は散り、或いは飲まれ、モスレイとスワロウ小隊が飛び込む道が拓かれた。
『スワロウ01了解です! 突入します!』
テレサのアークレイズがブースターを爆発的に焚く。
スワロウ小隊のイカルガ達も後に続いた。
我も先に。獲物を取られる。モスレイの声なき声がポーラの神経を逆撫でる。
「ちょっと黙ってな」
『ええっ!?』
「スワロウ01じゃない。こっちの話しだ」
困惑するテレサをよそに、ポーラはアクセルペダルを踏み抜くイメージを機体に流し込む。
モスレイは更に加速する。
メインエンジンの唸りは、これから飛び込む狩り場に嗜虐心を昂らせる機体の唸りだった。
●スティング・レイ
キャバリアの形状は多種多様だ。
基本は人型である。
しかし恐竜や甲殻類を模した姿を持つキャバリアも少なくない。
それを前提としても、モスレイの形状は独特であった。
とりわけ殲禍炎剣が空を監視しているこの世界においては。
『エイ型のキャバリアだと!? レイテナ軍の機体ではないぞ!』
火砲を撃つオブシディアンMk4のパイロットには、そうとしか思えなかった。
縦に平たく、横に広い形状。
全幅は約13m程度。
全体像はデルタ翼を持ったステルス全翼機に見えなくもない。
殲禍炎剣があるクロムキャバリアでは、戦闘機が主流になるべくもない。
故に纏う存在感は異質であった。
さらに異質さを強調しているのは、尻尾状に突き出た尾部の突起である。
これが全翼と合わさる事で、エイのシルエットを形作っている。
地表を滑るように移動する様は、ますますエイの印象を色濃く放っていた。
『さてはイェーガーを雇ったな! スティーズ中隊に援護要請を――』
音声は途中で断ち切られた。
モスレイの機首下部に懸架したハイパービームカノンが、オブシディアンMk4を貫いたからだ。
「多いな……」
ポーラはレーダーマップと周囲に目を巡らせる。
第二滑走路の戦況は混戦の様相を見せていた。
スワロウ小隊もそれぞれに敵部隊との交戦を開始している。
「だめだ。基地への損害は極力抑えるように言われてる」
もっと暴れろと煽り立てるモスレイを、ポーラはブリーフィングの内容を思い返しながら冷静に抑える。
少しでも隙を出すとすぐこうだ。敵を痛めつけ、破壊したい衝動を駆り立ててくる。
これがオブリビオンマシンが持つ破滅的な思想とやらなのだろうか。
猟兵ではない常人はこの衝動に抗えず、或いは無意識の内に飲み込まれ、狂ってしまう。
今のポーラには狂っていられるほどの余裕はない。
四方八方から撃たれる火砲。
モスレイは敵機を正面に捕捉しつつ横滑りして躱す。
エネルギー偏向推進器が淡緑色の噴射光を後に引いた。
『妙な形のくせになんて運動性だ!』
二機のグレイルから十字砲火を受ける。
だが薄く扁平な機体形状のお陰か、弾丸を面白いまでにすり抜けてゆく。
ポーラは敵機の内一体を視界の中央に捕らえる。
視覚野に直接表示されたロックオンインフォメーションが緑から赤に変わった。
銃の引き金に指を掛けるイメージ。
モスレイの翼下に装備したラピッドビームガンが銃口を瞬かせた。
高速で撃ち出された荷電粒子の破線がグレイルに命中。
ビームと装甲が触れ合って弾ける。
グレイルが崩れるように転倒したその時、頭上からプレッシャーが覆い被さった。
『レイテナの猟犬め!』
もう一機のグレイルがシールドパイルバンカーを構えて飛びかかってきた。
距離が近すぎる。
反撃も回避も間に合わない。
「近寄るな」
ポーラに焦りはなかった。
手で振り払うイメージを押し広げる。
すると甲高い金属音と共に、モスレイを中心として球体状の波動……トキシックウェイブが発せられた。
波動は物理的な干渉力でグレイルを跳ね返す。
モスレイは即座に機体を180度反転させた。
跳ね返された先で落下したグレイルに、ラピッドビームガンの連射を浴びせる。
爆発が膨らんで黒煙が昇った。
『手際が良いわね! イェーガー!』
オープンチャンネル帯域に発せられた、凛然たる女の声。
ポーラは自分に向けられた鋭い敵意を察知したのと同時に、脊髄反射でモスレイに回避運動を取らせていた。
一瞬前までいた場所を、レーザーの破線が走る。
「モノアイ・ゴースト?」
レーザーの発射元を目で追いかけたポーラは、単眼のキャバリアの集団と視線を交わらせた。
『まさか……スティーズ中隊!?』
サブウィンドウの中でテレサが驚愕に目を丸くする。
『ラディア共和国軍、リリエンタール・ブランシュ大尉か!』
分裂弾頭ミサイルの雨と共に駆け付けたレブロス中隊。
その中隊の隊長が眼差しを険しくしている。
どうやらテレサとアルフレッドはモノアイ・ゴーストのパイロットと知り合いらしい。
『レブロス01よりモスレイへ! 敵の新手はスティーズ中隊だ! 警戒しろ!』
「言われるまでもない」
奴のプレッシャーは並ではない。
リリエンタールとやらに目を付けられたと察したポーラは、既にモスレイの機首をそちらへと向けていた。
問答無用でハイパービームカノンを放つ。
スティーズ中隊の各機は蜘蛛の子を散らすようにして散開した。
回避機動にレーザーマシンガンの連射を織り交ぜながら接近してくる。
『イェーガー! 暫くの間、遊んで貰うわよ!』
「こっちは真面目な仕事だ」
モスレイは機首をリリエンタール機に固定し、側面に回り込みつつもラピッドビームガンを撃つ。
命中弾はあるものの、モノアイ・ゴーストを覆うバリアに遮られてスパークを明滅させるだけだった。
『見たことの無い機体ね? 前回お会いしたイェーガーとは違うのかしら!?』
「こっちも初めましてだ」
モノアイ・ゴーストも同様の機動を取った。
旋回戦が続く。
互いの機動性は拮抗している。
スワロウ小隊もレブロス中隊も、スティーズ中隊との交戦で手一杯だ。
拮抗を崩すには――。
「ダガービット!」
モスレイの尾部に備わる刃を射出。脳量子波で振り回す。
不意打ちの一撃はバリアに阻まれた。
だが意表を突くには十分な一手だった。
行け。落とせ。
機体が命ずるままに、イメージの中のトリガーを引く。
ハイパービームカノンが鮮やかな緑の光彩を放出した。
必中かつ直撃。
予感した確かな手応えは、するりと抜けていった。
●ガルドラ陸軍基地奪還完了
駐機したモスレイの機体上面のハッチが開かれる。
小柄な少女のために用意された窮屈な空間から這い出たポーラは、戦場の空気を大きく吸い込んだ。
熱を孕んだ焦げ臭い空気だった。
「逃がしたか……」
スティーズ中隊が突如として去っていった地平線の彼方を見る。
『追撃の必要はない。我々の目標は達成した』
滑走路のアスファルトを鳴らしながら接近してきたのは、アルフレッドが乗るシリウスだった。
『スティーズ中隊……撤退のための殿だったみたいですね……』
ロケットブースターの噴射圧と共にテレサのアークレイズが降着した。
『相当数の敵を逃したが、ガルドラ基地の奪還は大きな戦果だ。ディープストライカー作戦を始めるための一歩となっただろう』
アルフレッドが言う戦果の実感は、ポーラにとって今ひとつ薄いものだった。
だが今回の任務が大きな作戦を行う前提の前提なら、当面仕事は途切れなさそうではある。
その点については明るい展望が見込めた。
『ポーラ・チノ。初の協働となったが、良い腕だな。また共に戦える事を期待している』
『ポーラさん、お疲れ様でした』
アルフレッドとテレサの労いを「それはどうも」と軽く受け流しておく。
これで信用されるだけの実績は積めただろうか。
ポーラが見上げた頭上には、屈託のない青空がどこまでも続いていた。
成功
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