世界の夜明けと最後の少女
いつもと変わらぬ朝だった。夏の始まりを告げる爽やかな朝陽がカーテンの隙間からさしこむ中で、七草・聖理は目を覚ます。
枕元の置き時計は六時をさしていた。少し早い時刻だったし、意識は妙に明瞭で冴え冴えとしている。聖理は着替えて自室を出ると、まずはキッチンへ向かった。両親は不在のようで、朝食も食べずに慌てて家を出たような痕跡だけがある。仕事柄稀にあることだが、災害などが起きていそうな様子はない。急なインフラ関係のトラブルだろうか。
静かな家の中で、聖理は簡単なトーストと目玉焼きを作った。トーストにバターとジャムを塗り、良い香りが漂う。そしてリモコンを手にし、朝のニュースを見ようとテレビをつけた。
中流家庭の子女らしい穏やかな日常の始まり——だったはずだった。
「緊急速報です。全世界規模で死亡者が確認できない状況が続いています。紛争地帯で発生した銃撃戦での『全員生還』は先程お伝えした通りですが、病院や事故現場からも同様の声が――」
見慣れたベテランアナは冷静に振る舞おうとしていたが、困惑を隠しきれないようだ。
事故現場と中継がつながる。画面にはトラックと激突し大破した乗用車が映っており、黒煙を噴き上げていた。運転手が助かったとはとても考え難いが、レポーターはしきりに『生還』と伝えている。
おかしい。聖理は次々にチャンネルを変えたが、どこの局も同じようなニュースばかりだ。出勤したら入院患者の容態が全快していた、詳細は現在検査中だが手術もできる状態ではない、と語る医師はやはり動揺している。
異常だった。しかし、本当なら両親の急な不在にも説明がつく。聖理はテレビから目を離し、スマホでネットニュースやSNSを確認する。そこには地上波に乗せられない情報の奔流が渦巻いていた。
『〇〇駅で起きた人身事故、被害者の生存を確認』『市街戦に巻き込まれた市民、銃弾が皮膚に当たるも無傷』『迷惑系配信者、生配信で自殺を試みるも生還。フェイクではないと専門家』などの見出しがついた記事が拡散されている。
炎上騒ぎも数多起きる中、聖理は冷静に一つ一つ真偽をファクトチェックしていったが、軍事評論や医療で名の知れた識者も揃って事実であると認めている。本当にこの世から『死』という現象が消えたように思えた。
死者ゼロ――だが、今それ以上に注目されている事があった。
過去に動画サイトへ投稿されていた『超能力者が、異形の怪物と戦っている実写映像』が、急に異常な速度で拡散され数万規模の再生回数を叩き出しているのだ。それらはどれも特撮映画のような完成度で、素人が制作したものとは考えられなかった。
(投稿日時が数年前?)
一般人達は今まで全く知らなかったものだ。投稿者達の様子を見ると、なぜ今まで無視されていたのか、なぜ今になって注目されたのか、誰もが嬉しさよりも困惑を隠せずにいる。
生還事故と無関係とも思えない。結びつけて考察を始めている層も散見されたが、それらの信憑性は低いと聖理は判断した。ただひとつ、確からしいことは。
「……全部、現実なの?」
聡明な少女はそれを夢とは考えなかった。2018年6月4日――人類すべてが『生命の向こう側』へと踏み出したその日、世界がまだ真実を受け止められずにいた、その朝に。
奇妙な予感めいたものを胸に、聖理はそっと立ち上がりカーテンを開ける。いつもと同じ朝はもう二度と来ないのかもしれない。けれども彼女は静かに、確かに、言葉にし難い決意を胸に抱いたのだ。
これは人類への祝福か。厄災か。未だわからないけれど、私が為すべきは――自覚なき最後の世代の灼滅者は、眩い朝陽に目を細めた。
成功
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