エクソダスは語り継がれるか、白銀の熾火は昌盛す
●『セラフィム』
『絆ぐ者』と呼ばれた鋼鉄の巨人がいる。
縁が紡がれたから、絆ぐことができたのか。それとも絆ぐことで縁が紡がれたのか。
いずれなのかを薄翅・静漓(水月の巫女・f40688)は明確にしなかった。
どちらでも同じだと思ったし、どちらであってもいいと思った。
後か、先か。
それは些細な問題に思えてならなかったからだ。
彼女が伏せた瞳、そのまぶたの中にあるのは『サツキ』という迷子のように泣いていた小さな少年。
ウサギのマスコット、その気ぐるみの中にいた彼は泣いていた。
しあわせなゆめをみる最中にあって、泣いていたのは何故なのか。
一人ぼっちだと、心細げに泣いていたのは、きっと彼の心が孤独を感じていたからだ。
そして、これも後先を考えることは必要なかった。
「思えば、あの悲しげな顔は、どこか面影が重なったのかもしれないわね……」
『サツキ・ラーズグリーズ』。
『ラーズグリーズ』の五番目。
元は、『フュンフ・ラーズグリーズ』と呼ばれていたクロムキャバリアに生きる青年だった。
彼は、オブリビオンマシンの狂気に侵されていた。
多くの挫折があった。
『エース』としての重責。
小国家『グリプ5』を興した国父であり、伝説的な存在『フュンフ・エイル』の再来。
そうした戦いの中で彼は地底帝国『バンブーク第二帝国』との決戦の最期、何処かへと消えていった。
そして、再び彼はクロムキャバリアに戻ってきた。
「……親子というものは、やはり似るものなのかしら」
静漓は『ヌル・ラーズグリーズ』と呼ばれる女性を思い出す。
彼女は『ラーズグリーズ』計画の主導者であった。
『|憂国学徒兵《ハイランダー・ナイン》』と呼ばれた過去の『エース』たちをクローニング技術によって蘇らせるという計画。
彼女は我が子……『フュンフ・ラーズグリーズ』がクローンではなく、実子であることを隠すことで護ろうとしていた。
「オブリビオンマシンが狂気を齎すように、キャバリアには、搭乗者へ影響を及ぼすなにかがあるかも知れない」
血脈が遺伝子を未来に運ぶように。
相互の影響し合う。
要因はわからない。けれど、静漓は沿う感じずにはいられなかった。
何故、そう思うのか。
静漓は小国家『グリプ5』を振り返る。
そこには破壊の跡が残されていた。
『殲滅回路』と呼ばれるキャバリアをオブリビオンマシンに変える脅威なるパーツ。
それを組み込んだ『アーレス』との戦いの激しさを物語る光景だ。
そこに一騎のキャバリアが佇んでいる。
『セラフィム・クレセント』。
彼女の乗騎であったが、しかし今は、『ヌル・ラーズグリーズ』を護るようにコクピットに収め、立っているのだ。
それは静漓が望んだことであったし、『セラフィム・クレセント』自身が望んだことでもあったように思えてならなかった。
「互いに影響を与え合う――それは、ごく自然なこと」
そう、静漓はずっと感じていた。
面に出すまいと務めていた感情がこぼれるように。
己という殻を外側から叩く者たちがいる。
乱暴ではないけれど、しかし確かに殻に閉じこもる己の魂というものに作用する者たち。
それは嫌ではない。
「あの感情は、強い想いだった」
だから静漓は迷わなかった。
『セラフィム・クレセント』は、世代分類されぬ当代のみの機体。
その意味を考えた。
「この、機体は……!」
『ヌル・ラーズグリーズ』の声が聞こえた。
静漓は頷く。
「言った通りよ。あなたが『継ぐかもしれなかった機体』、よ」
「でも、これはお父様の……!」
「人造竜騎『エイル』ではないわ。でも、それでも確かにあなたが受け継ぐべき機体であることに代わりはないわ」
「どうして……こんな、ことが。私は、また間違えてしまうかもしれないというのに……!」
一度はオブリビオンマシンの狂気囚われた。
小国家『フルーⅦ』との平和条約締結の場を壊し、そして己が嘗ての『憂国学徒兵』であることも露見した。
間違えだらけの人生だった。
神隠しによって、彼女の父が狂ったことを『ヌル・ラーズグリーズ』は知らない。
彼女の存在が、多くの争乱を呼び寄せた事実は覆らない。
「間違えたのなら正せば良い。そして、『クレセント』は、必ずあなたを正してくれる力がある。あなたが母親になったように、誰かに託していけるものがあるはず。それが親子というものでしょう?」
争いの連鎖を断ち切る。
そのためにしなければならないことは多くあるだろう。
犯した罪は消えないが、濯ぐことはできる。
潔斎の道は、いずれにも開かれているのだから。
静漓は、そう告げてクロムキャバリアから立ち去るのだった――。
●人造竜騎
静漓は、ゆっくりと地下牢へと足を踏み出す。
「面会は限られております。そもそも会話ができるかどうか、も……」
円卓の騎士『鉄壁』の『ヘルヴォル』と呼ばれた騎士に伴われて、静漓はバハムートキャバリアの辺境伯領へとやってきていた。
無論、彼女が面会を望んだのは、『ラーズグリーズ』辺境伯である。
元、と正されるのは、『ラーズグリーズ』元辺境伯が狂気に囚われ、多くの領民たちを生贄に捧げ、神隠しで消えた我が子を取り戻さんとしていたからだ。
如何なる理由があっても赦されることではない。
失われた生命は戻らない。
「構わないわ。それよりも『ヘルヴォル』卿、ありがとう」
「いえ、これも務めのうちですから……」
「それで、彼は」
「この先です」
そう告げられ、静漓は一歩を踏み出す。
ブツブツと小さな声が聞こえる。
うめき声のような、狂乱しているような、そんなつぶやきが延々と木霊している地下牢に静漓は近づく。
「……――」
そこに居たのは、鎖繋がれ、老いた男。
『ラーズグリーズ』元辺境伯。
生気なく、彼の虚ろな瞳に静漓は映っていなかった。
伝えなくてはならない。
「会話もままならぬのです」
「そう」
それでも、と静漓の瞳がユーベルコードに課が輝く。
それはむげん(ムゲン)の中から生み出された、もう一人の静漓。
可能性から生まれた者は、如何なる者の心にも存在しうる。
故に『ラーズグリーズ』元辺境伯の精神世界に生まれたもう一人の静漓は静かに告げる。
「――『お父様の機体』を、あの子に届けたわ」
その言葉に『ラーズグリーズ』元辺境伯は面を上げた。
跪き、項垂れていた顔。
その暗い顔が、静漓の言葉を理解できていないこと示していた。
彼女は示す。
背後にあるのは、白銀の人造竜騎。
嘗て青き色を持つ人造竜騎『エイル』であったもの。分かたれた一筋の青。
「あなたの罪過は消えない。けれど、潔斎の路は開かれている。後は、あなた次第。あなたが抱えた悔恨に気がついたのなら、きっと進めるはず。あなたが案じていた『あの子』を……『ヌル』をきっと守ってくれる」
「お、おぉぉぉ……」
声ならぬ声が響く。
落ち窪んだ眼窩から溢れる涙。
滂沱とも言える涙の粒は。
「い、きて、くれていた……生きて、いた……ああ、わたしの、娘は……!」
「ええ、だからこそ」
奪った生命に殉じなければならない。
静漓は、その罪過に向き直る事のできるだけの強さを、彼が持っていることを信じて、狂気消え失せ、正気取り戻した眼差しが潤む鏡面に映る己を見た。
「その潔斎行路を往きなさい。あなたにはそれができる。私は、そう信じている――」
成功
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