●クルーガーの成れの果て
ファルケンD.C.は、白昼であるにも関わらず、市民の気配が無い。
日々人で溢れかえっているメインストリートは、どこもカメリア軍の兵士の姿しか見当たらなかった。
道路は、戦闘車両とマイティ・ストライカーに占拠されていた。
クロリダとカメリア中央平原で、猟兵達が激しい戦闘を繰り広げていた頃、ファルケンD.C.の市民は既に避難を終えていた。
残留しているのは湾内の艦隊、市街地に展開した防衛部隊、大統領府に残った若干名の官僚、そして大統領だけだ。
「――以上が、この作戦の内容になります」
拓也が淡々と告げた。大統領の執務室に暫しの沈黙が降りる。
カメリア合衆国大統領、バスク・オズワルドは、机の上で組み合わせた両手の一点を見つめている。
「ふむ……確かにその作戦なら、状況を打開出来るかもしれない。しかし、実行出来るかどうかは、クロリダとカメリア中央平原の結果次第だな」
拓也は堅い面持ちを崩さず「大丈夫ですよ」とすぐに応じた。
「優秀な猟兵を揃えました。任務は確実に――」
拓也の言葉尻を遮ったのは、勢いよく開かれた扉の音だった。
扉を開いた官僚の額から噴き出る汗に、悪い予感が湧き上がった。
「報告します。港方面より帝国軍が侵攻を開始しました」
「敵軍の規模は?」
バスクは姿勢を崩さず、顔色も変えず、眼光だけを鋭くして問う。
「少なくとも巨大潜水空母艦隊が二個艦隊以上です」
拓也の中にあった覚悟は、バスクの中にもあったらしい。
分かりきっていたことだ。
だから軍は湾内に防衛艦隊を配置し、市街にもキャバリア部隊を展開させていたのだから。
後はタイミングの問題でしかなかった。
拓也と同様にバスクも冷静だった。
「潜水空母艦隊が姿を眩ませていた事は知っていたが、あの時と同じように奇襲してきたか」
これは想定済みのシナリオのひとつでしかない。
だが状況は芳しいとは言えないのが実情だ。
湾内を守備する防衛艦隊では、時間稼ぎが精々である。
敵は橋頭堡を確保次第、キャバリア戦力を送り込んでくる。
そして真っ先に目標とするのは――この大統領府だ。
「大統領。国防大臣、財務大臣、CIO長官を除く他の官僚は皆、ここに集まっています。今すぐ避難を。時間は稼ぎます」
拓也のやる事はもう決まっていた。
既に手は打ってある。
「分かった。准将、後で会おう。死ぬなよ?」
席から立ち上がったバスクに、拓也は無言で敬礼した。
ファルケンD.C.の湾内の戦況は、想定通りに推移していた。
合衆国軍の戦力は決して手薄ではなかったが、相手の戦力はそれを遥かに上回っていた。
帝国軍の巨大潜水空母艦隊は、自分達の存在を誇示するかの如く、悠々と浮上して対艦ミサイルを一斉発射した。
それだけで何隻もの巡洋艦が犠牲となってしまった。
帝国軍の艦隊は、強引な攻撃で合衆国軍の艦艇を次々に撃沈してゆく。
初戦は帝国軍側の圧勝である事は明白だった。
だが、合衆国軍が用意していた戦力は艦艇だけではない。
市街地のあちこちから光線が走る。
それらの殆どが、湾内に侵入を試みる帝国軍の巨大潜水空母に向けて伸びていた。
守備部隊のマイティ・ストライカー達が攻撃を開始したのだ。
各々の機体はビルを遮蔽物として、ビームライフルを連射する。
巨大潜水空母の反応は速い。
VLSのハッチが一斉に開くと、中からミサイルが飛び出した。
緩やかな曲線の軌道を描いた対キャバリアミサイルが、マイティ・ストライカーに襲いかかる。
直後、火球の華が咲く。
マイティ・ストライカーに到達するはずだったミサイルは、全て道半ばで撃墜されてしまった。
ミサイルを貫いたのは、空から降り注いだ光軸。
『やっぱり来たじゃない、サクール帝国の奴ら。拓也の読み通りだったわね』
ミサイルを撃ち落としたのは、ビルの屋上で待機していた狂月神機『ディアーナ・レナ』のロングランチャーが発射したビームだった。
拓也の読みに従い、帝国軍の侵攻ルート上で予め待ち構えていたのだ。
サクール帝国の潜水空母艦隊のVLSから放たれたミサイルが市街に降り注ぐ。
ディアーナ・レナは一発でも多く迎撃するため、ロングランチャーを撃ち続けた。
しかし流石の神機といえど、全てを撃ち落とすことは現実的ではない。
合衆国軍のマイティ・ストライカー達も果敢に応戦するも、連鎖する爆発に防衛線を下げざるを得なかった。
戦局の流れはサクール帝国側へ着実に傾きつつある。
その時期を待ち構えていたようにして、潜水空母がカタパルトデッキを展開した。
『敵艦からキャバリアが出てくるわよ!』
ディアーナ・レナはロックオンサイトの奥に敵の新手を見た。
サクール帝国軍が誇る最新鋭の主力量産機、アッバースだった。
カタパルトデッキを発ったアッバースは、次々に港へと着地する。
『あの武器……?』
古風とも思えるそれに、ディアーナ・レナは強い違和感を抱いた。
殆どのアッバースが弓形の武器を携えている。
しかし気にかけている余裕などない。
容赦なくロングランチャーの一射を放つ。
白金の光軸はアッバースの装甲を貫いて爆散させた。
38cm砲の直撃を弾く自慢の装甲も、ビーム兵器の前にはバターも同然だった。
だが一機を撃破している間に二機三機……十機のアッバースが上陸を果たす。
いずれもファルケンD.C.の市街へと侵攻を開始した。
その内の一機が通りの辻に差し掛かり、携行する弓形の武器を構えた。
弦を引き絞る動作でトリガーを引く。
集う光がつがえた矢となった。
光の矢が放たれる寸前、紫電が走った。
アッバースのオーバーフレームがアンダーフレームからずるりと滑り落ち、アスファルトの路面に転がる。
『ふむ、巫女無しでも、この程度の手合ならどうとでも斬れるか』
辻から飛び出した刹那に刀を振り抜いた建御雷が、アッバースを両断したのだ。
振り抜いた雷切は紫の電流を纏い、稲光を迸らせている。
『カッコ付けてないで! さっさと敵を片付けなさいよ!』
ディアーナ・レナが怒声と共にビームを撃ち下ろす。
合衆国軍のマイティ・ストライカー部隊も、これ以上の市街への侵攻を食い止めようと必死だった。
「二人とも、待たせたな」
拓也が走らせるリベレーションゼロは前線に到着するや否や、背部のラックからファンネルを射出した。
敵の気配を追って各方面に散開したファンネルは、拓也の攻撃の意思を受信してビームを放つ。
撃った数と同数のアッバースが爆散した。
『こいつら……?』
手応えが薄い。
外したわけではないのに。
『空の人形を斬ってものぉ……?』
アッバースを斬り伏せた建御雷は退屈そうに呟く。
拓也は手応えが無い理由を悟った。
「このアッバース部隊……無人機だな」
『サクール帝国とやらは兵員不足か?』
「連中の常套手段だ。先鋒で飛ばして相手の出方を見るのに、無人機はもってこいだからな」
『乗り手の無い操り人形の軍勢か。テレサでもあるまいに』
建御雷が零した呟きの意味を、拓也は問いただそうとした。
『姑息ね。有人部隊は貴重だから温存しておきたいっていう魂胆かしら』
しかし不機嫌そうなディアーナ・レナに遮られてしまった。
「エースと呼ばれる連中は特に脅威だからな。南カメリア大陸で同盟諸国が劣勢を強いられているのも、そいつらの存在が原因だ」
ふと、拓也の脳裏に、クロリダとカメリア中央平原の戦況が過った。
今頃は猟兵達が敵軍のエースと交戦しているだろう。
不安が無いと言えば嘘になる。
だが人選と人員に不足は無いはずだ――。
『で? あの変なのもエースの一人?』
「なんだと?」
ディアーナ・レナがロングランチャーの砲身を向けた先に、拓也の視線が誘導される。
港に男が一人、立っていた。
その姿を拡大表示した時、拓也は思わず我が目を擦った。
まず真っ赤な武士鎧という出で立ちが、強烈な場違い感を放っていた。
しかも、身の丈に匹敵する大羽扇を背負っている。
何かの冗談か、コスプレイヤーが戦場に迷い込んだのか?
だが風に揺れる長い赤髪と、顔を見た途端、違和感は驚愕と警戒心に変じた。
「クルーガーか!?」
髭こそ綺麗さっぱり剃り上げられていたが、間違いない。
冗談のような出で立ちの鎧武者は、クルーガーの顔をしている。
拓也の警戒心に反応して、リベレーションゼロは独りでにビームライフルを構えた。
けれども男は怯える様子一つ見せず、リベレーションゼロに向かって歩き出す。
「……お前が防人拓也か?」
男の足が止まった。
銃口越しに視線が交わる。
「だとしたら? そういうお前はクルーガーなのか?」
拓也は指先をトリガーキーに掛けたまま答える。
拡大映像越しに見る男の顔は、見れば見るほどクルーガーに瓜二つであった。
だが、違う。
こいつはクルーガーではない。
まず声が違う。
纏う空気も違う。
クルーガーにあった、獣のような、ギャングのような、浅ましく意地汚い空気とは異なる。
しかもこのプレッシャー……クルーガー以上に熟達した兵士が放つプレッシャー。
威圧感だけであれば、あのアラムよりも重いかも知れない。
「クルーガー……だと?」
男は訝しげに、自身の手のひらと手の甲を確かめる。
「……ああ、そういう事か」
一人で納得した男は、改めてリベレーションゼロ越しに拓也を見つめた。
「確かに、この身体の元の主はクルーガー・ホークという男だったな。だがその男は、俺をこの身体へ転生させる為に自らの命を捧げたのだ。血縁転生という術を使ってな」
「血縁転生……?」
拓也には耳に覚えの無い言葉だった。
「いい加減名乗るとしよう。俺の名はエドガー・ホーク。現サクール帝国大総統だ」
「エドガー・ホークだと!?」
コクピットシートから身を乗り出して目を剥く。
「誰よそれ?」
ディアーナ・レナは油断なくロングランチャーをエドガーに向けている。
妙な素振り一つでもすれば、即座にトリガーを引くつもりだった。
「エドガー・ホーク……200年程前、オールズヨークの『終焉の門』を開き、合衆国を滅亡の危機まで追い詰めた張本人だ」
拓也は聞いた記憶を辿りながら語りだす。
「ラリー曰く、『ホーク家史上最強にして最悪の兵士』だと言われた人物だ」
「よく知っているな。ならば、この眼の事も知っているだろう?」
エドガーは髪を掻き上げて瞳を見せ付ける。
人ならざる鷹の目の瞳だった。
「真・猛禽類の眼……お前もそのユーベルコードを使えるのか……!」
拓也にとってはよく見知った瞳である。
ラリー・ホークが同様の瞳を持っているからだ。
『はて? その目……どこかで見たような……』
建御雷の頭部が右に左に傾く。ほんの僅かな間を置いて『ああ、鷹の一族じゃったか?』とマニピュレーターで指差した。
「ほう? その名を知っている者がまだ残っていたとはな。だが、もう遠い昔に潰えた名だ」
エドガーは思い出を懐かしむように双眸を細めた。
「ミカ、何か知っているのか?」
拓也が尋ねると、建御雷は曖昧に頭部を傾げた。
『かつて、零也に仕えていた者の中に、そう名乗る一族がいたような? いなかったような?』
「どっちなんだ?」
『なあ拓也よ、主は昨日の夕食を全て覚えておるのか?』
「夕食とは比べ物にならない肝心な事だろうに……」
『零也のような者は、他にも大勢おったのだ。さらにその取り巻きの全員を覚えていられるほど、妾の記憶力は出来ておらぬよ』
「零也の存在まで知っているとは。かの者についての記録は限りなく少ないはずだが?」
拓也と建御雷の会話を絶ったのはエドガーだった。
真・猛禽類の眼は建御雷に向けられている。
『話しを聞いておらんかったのか? “記録”ではない。“記憶”である』
「……何者だ?」
『我は建御雷。アナスタシアに調伏され、アーレスの地の守護を宿命付けられた、機械神の一柱である』
エドガーの顔付きが硬く、そしてかすかに険しくなった。
「そうか……であるならば、零也が聖母アナスタシアより賜りし“至宝”が、この地に眠っている事も知っているな?」
「はて? アナスタシアの持つ宝は溺れるほどにあったからな? 外界に持ち出された“至宝”も数が知れぬ」
『まさか……あの“至宝”が、カメリア大陸に……!?』
拓也の脳内に響く零也の声は、驚愕に震えていた。
『なんなんだ? その“至宝”というのは』
密やかに問うも、零也は言葉を濁すに留まった。
『あー……その、僕が聖母アナスタシアから賜った大切なものだ。敵に奪われないよう、最も信頼していた鷹の一族の者に預けたんだけど……裏切られてしまってね……』
『未来を見る眼はあっても、人を見る眼は無いんだな』
拓也の皮肉に、ぐうの音も返ってこなかった。
そして一つの憶測が浮かんだ。
依然として目的が読めないアイゼンブラッド艦隊が、カメリア大陸に進出してきた理由。
それは、“至宝”の回収なのではないかと。
「さて、無駄話はここまでだ。単刀直入に聞こう。大統領はどこだ?」
エドガーの放つプレッシャーが重量を増した。
戦う用意のあるプレッシャーだ。
「答える理由がない」
拓也は毅然と言い放つ。
「ならお前に用はない」
殺気が膨れ上がった。
それと同時に拓也はフットペダルを踏み込んだ。
加速するリベレーションゼロ。刹那のビームサーベルの抜剣が、エドガーを一瞬で蒸発させる。
『拓也! 上!』
――よりも先に、ディアーナ・レナが声を飛ばした。
防御衝動がファンネルバリアをピラミッド状に形成する。
光の矢と光弾がバリアに跳ね返され、激しい明滅を繰り返す。
「アイリスとマイラ……か」
拓也が頭上を見上げた時、覚悟していたほどの感慨は浮かばなった。
かつて自分に仕え、アラムに奪われた二機の巨神。
二機は無機質に武器を向け、攻撃を繰り返す。
リベレーションゼロはファンネルバリアで黙々と耐え続けた。
『拓也! この大馬鹿な巨神達は私達が相手をするわ!』
『外なる機械神との対決か……大破壊を思い返さずにはおれんよ』
ディアーナ・レナの放った光軸が、建御雷の放った紫電の光波が、二機を退かせる。
「二人共、無理はするなよ」
これが現状の最適解であろう。
二機を本当に倒す事ができるのか、拓也には確信が持てなかった。
勝ち負けの問題ではない。心の問題だ。
『ええ。とっとと片付けて、貴方に加勢してやるわ』
ディアーナ・レナがスラスターを焚き、機体を浮かび上がらせる。
『さて、アイリスとマイラだったかしら? 本来の主によくもまぁ武器を向けられるものね? その報い、受けてもらうわ』
『私の主はアラム様のみ。私はアラム様の命令を忠実に実行するだけ』
『マイラも主様の命令を遂行するだけ。全てはアラム様の為に』
二機の声は、機械よりも一層無機質だった。
『何かを吹き込まれたようじゃな。妾の雷を落としてやれば、正気を取り戻すであろうよ』
建御雷の構えた雷切が紫電を纏う。
対峙するリベレーションゼロとエドガー。
両者の間で、物理的な力を帯びた圧迫感がせめぎ合う。
「ほう? それがお前の『原初の魔眼』か」
「相手が生身だからといって手加減するつもりはない」
「無力で無価値、何も守れず、誰も救えないお前が俺に勝てるか? かつて俺を破った4代目大統領レナード・ウインドのように」
「戦いは結果が全てだ」
先に踏み込んだのは?
先に撃ったのは?
二つの眼が交差する狭間で、最初の火花が散った。
●氷雪帝
ファルケンD.C.が、冷気に蝕まれてゆく。
建物、兵士、キャバリア……冷気はあらゆるものを凍結させながら、ゆっくりと、だが着実に拡大しつつあった。
「ば、馬鹿な!? お前は南カメリア大陸で軍の指揮を執っていたはずだ! 何故ここに!?」
カメリア合衆国の官僚は、寒さ以上の恐怖に両足を震わせていた。
対面する一人の男。
纏うサクール帝国軍の高級将校服から、所属は明白だった。
顔立ちこそ三十代程度だが、生やした黒い無精髭のせいで四十手前に見えなくもない。
青い短髪の後頭部では、馬の尻尾のように束ねられた髪が揺れている。
額に付けたアイマスクは服装との釣り合いが取れておらず、不格好ですらあった。
「そりゃあ、大総統からの命令があったからに決まっているでしょう。こっちの攻撃に加われってな。ま、そういう事で大人しく凍ってくれや」
男が腕を一振りする。
逃げ出そうとした官僚が一瞬にして凍てつく。
「勝てる訳が無い……帝国最高戦力の大将が……大統領に……報告を……」
それを最後に、氷像が一つ完成した。
「はぁ~……ったく、大総統も人使いが荒いもんだ」
「ヒョウガ大将閣下、大統領の位置を特定しました! 現在、ファーリス隊が追跡中です!」
背後から掛けられた声に、その男――ヒョウガが振り返った。
「そうか。こっちは丁度、最後の官僚を冷凍保存した。回収してくれ。大統領はファーリス隊に任せておけ。俺はちょいと大総統の所へ行ってくるわ」
サクール帝国軍の兵士にそれだけ言い残すと、ヒョウガは海岸方面へと歩き始めた。
一歩地面を踏みしめるごとに、霜と氷が拡大してゆく。
サクール帝国軍の最高戦力と目される一人――ヒョウガ大将。
人は彼をこう呼ぶ。
氷雪帝と。
成功
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