Plamotion Spirited Away
●君が出会う
視界が一変する。
それは奇妙な感覚だったし、これまで経験したことのないものだった。
雲南・紅河(タイタニアの心霊治療士・f45360)は己が身に起こったことにたいして、説明する術を持っていなかった。
それはもしかしたら、本当にただの幻覚であったのかもしれない。
何せ、今は世界の命運を掛けた戦いの真っ最中だったからだ。
全世界決戦体制。
それはケルベロスディバイド世界において、背水の陣でもあった。
人類とデウスエクス。
その戦いの歴史は、常に人類が、地球が侵略に晒されるもの。
受け身にならざるをえず、戦う覚悟を強いられる。
そういうものなのだ。
「一体全体これは、どういうことなんだい? 私は、もしかして今も夢を見ているのかな? そうでなければ、こんな、こんな……!」
彼女は決戦都市にて不眠不休で迷妄の妖精郷での遊輿を行っていたし、機動診療所の心霊治療士である辣腕を振るっていた。
だから、とても忙しかった。
一言で言えば、そんなところである。
デウスエクスに朝も昼も夜もない。
「ぐへぇ……」
普段ならば絶対にでないような声が漏れ出たことすら、彼女は意識できなかっただろう。
眼の前の光景。
あまりにも平和な商店街。
ケルベロスディバイド世界では、あまりにも貴重な戦禍に晒されていない街並みに、これはきっと夢だと思ったすぐさま彼女は倒れ込んでいた。
限界であった。
寝不足は、どれだけ誤魔化しても誤魔化しきれぬ披露を身に刻むものなのだ――。
●君が思う
「……すぅ、す……んんんっ!?」
がば、と身を起こす。
紅河は周囲を見回す。
寝ていた。眠ってしまっていたのだ。
即座に彼女は己が置かれた状況を正しく認識しようと頭をフル回転させていた。
何か、匂いがする。
独特な匂いだ。
「紙と、なんだ、これは?」
それは僅かに鼻につく匂いだった。
刺激臭と言っても良い。
「ここは……」
「ああ、起きたようだね。道に倒れ込んでいたものだから、勝手ながら此処に運ばせてもらったよ。お医者さんが言うには寝不足から来る過労だろうって話しさ」
そこにいたのは亜麻色の髪をした男性だった。
彼の手元にあったのは、モックアップだった。いわゆる模型である。
「……医者の不養生というやつか。いやはやお恥ずかしい……いや、待て、決戦は!? ケルベロス・ウォーはどうなったんだい!?」
「……ケルベロス・ウォー?」
「そうだよ! 今まさに十二剣神が……!」
そこまで言って、漸く気がつく。
ここが己のいた世界ではないと。そして、己が世界をまたいでしまったのだ、と。
そこからはことのあらましになる。
彼女は故郷の地球のことが気がかりであった。だが、神隠しにあってしまった今ではどうしようもない。
倒れた彼女を担ぎ込んでくれたのは『皐月』と呼ばれる男性であり、そして、ここは彼が営む『五月雨模型店』なのだという。
刺激臭の元を知って、塗料かぁ、と紅河は感心したが、それだけだった。
やっぱり気が気ではないのだ。
「まあ、焦ってもしかたないよ。一つ君も作ってみないかい? 手慰みにはなると思うんだけれど」
「……これを?」
ちょっと趣味じゃないな、とロボットの形をしたモックアップに難色を示す紅河。
なぜなら、己の好みとは違うのだ。
もっと、こう。
「これは?」
彼女が示したのはいわゆる美少女プラモデルと呼ばれるものだった。
可憐な少女がメカをまとっている。
「ああ、それでもかまわないよ。他よりもちょっと毛色が違うけど、自分が作りたいと思ったものを作るのが一番だからね」
「へぇ、そういうものなんだね」
こうしたものにふれるのは初めてだった。
だが、いざ制作に取り掛かるとなかなかどうして楽しい。
手先が器用であった事も手伝って、彼女は難なく美少女プラモデルを組み上げていく。
「楽しいは楽しいが、作っておしまい、じゃあねぇ……」
「こんな楽しみ方もあるよ」
そう言って『皐月』が示したのは、店内に備え付けられたモニターに映る『WBC』――ワールドビルディングカップの様子であった。
それは『プラモーション・アクト』と呼ばれるホビー・スポーツの祭典とも言うべき世界大会である。
そのドキュメンタリーが再放送されていたのだ。
「これは……!」
「そう、通称『プラクト』。自分で思い描いて、自分で作って、自分で戦うホビー・スポーツさ」
「え、この美少女動かせるの!?」
「ああ、そうだけど、すごい前のめりだね」
「だってそうだろう!? これはどこまで改造していいんだい!? レギュレーションは!?」
「特にはないけれど……」
「じゃあ、改造の仕方を教えてくれたまえよ!!」
狐半面の紅河は『皐月』に詰め寄る。
それは荒ぶっているように思えたし、それ自体が猟兵覚醒の兆しであったことなど、今は知る由もないのだった――。
成功
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