●前日譚
家主が不在、ということはその間に行われるべき事柄が滞るということである。
それは厄介なことである。
がしかし、だ。
馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の屋敷において、それは厄介を意味しない。
なぜなら、お留守番を任されたものたちがいるからだ。
と言っても、それは他の家庭からすれば、だいぶ趣を異なるものとする人物たちである。
「にゃ~」
一声鳴く。
二又の尾を持つ猫『玉福』が玄関口で鳴いている。
何かを知らせるような、そんな意味合いが含まれた鳴き声に性別不明の幽霊『夏夢』は、ふよふよと浮かんで玄関口へと向かう。
「はいはい、おまたしましたお猫様。一体どうなされましたか。お散歩にはまだ早いですいし……」
「にゃー」
いいからはよ開けろ、と言わんばかりの『玉福』に『夏夢』は特に気分を害した様子もなく一つ頷いて玄関の引き戸を開ける。
ガラガラと音を立てて開いた先にあったのは、置き配の段ボールの山であった。
「あら、これは……」
恐らくいつもの配達業者とは別口の業者が大分宅配物であろう。
持ってみると、そんなに重たくない。
大きさからすれば、相当重そうであることが予想できるのだが、予想が外れてしまったことに驚く。
「品銘は、と……ああ、模型……ということは『陰海月』ちゃんのですね」
「にゃー」
『玉福』もそうであろうと認識しているようである。
そうしていると、また別の業者がやってくる。
「こんにちはーお届け物でーす。あ、あれ、玄関空いている。不用心だな」
業者はこちらを認識できていない。
『玉福』に気がついていない様子であった。
「ま、いいか。ここ置き配指定だし。ここに、と。よし、次々っと」
業者はすぐに持ってきた荷物を置くと踵を返していく。
どうやら物流関係者たちも、この時期は荷物が多くなっていく曲線の途中にあるせいか、忙しない雰囲気を徐々にまといつつあった。
そんな業者の去っていく姿を認めて『夏夢』は、さらに届いた段ボールの山を見て息を吐き出す
「あらあら、また、なんですね」
『夏夢』は、ちょうど今届いた荷物もまた『陰海月』のものであると当たりをつけていた。
そもそも屋敷の主は、こうした荷物をあまり贈ったり贈られたりすることが少ない。まったくない、とは言わないが、ほとんどこの屋敷に届く荷物の大半は『陰海月』がインターネットでの通信販売によるものである。
「よっと」
ポルターガイスト的な力で積み上げられた段ボールを『夏夢』は『陰海月』の部屋に運ぶ。
早い所運ばなければ、季節柄、雨が振ってきてしまうかもしれない。
それにないとは思うが、盗難の心配だってある。
持ち上げて運ぶ段ボールの群れと共に『陰海月』の部屋を開けると、そこにはもうまた別の段ボールの山が出来上がっていた。
「ふぅ、これで何度目ですかね。さながら段ボールの城壁みたいです」
「にゃー」
それな、と『玉福』はいい感じの段ボールが得られなことに不満げな鳴き声を上げている。
まだ屋敷の主と部屋の主は戻ってきていない。
一応、どのような荷物が届くのか、というリストは受け取っている。
けれど、これは流石に想定外ではないか。
「なんでこんなに多く届くんでしょう。品物のリストを見る限り、そんなに大きな段ボールにいれる必要がるものとは思えないのですが……」
そう、段ボールの中は品物だけではない。
中身が壊れないように緩衝材が多数詰め込まれている。
そのため、段ボールが大きくなりがちなのだ。
こればかりは仕方ないことなのだ。
輸送中の破損と段ボールの嵩張り、どちらを選ぶのかと言われたら、破損リスクを下げる方に注力してしまうのは、仕方のないことだ。
「でも、『陰海月』ちゃん、帰ってきたら驚くだろうなぁ……」
念動力で段ボール城壁を組み上げる。
崩れないように最新の注意を払ってはいるが、しかし、見事である。
「にゃあ」
早く帰って来ないかな、と『陰海月」が鳴く。
戻ってきたら、段ボールを一つ貰おうと思っているのだ。猫にとって段ボールの、温かみであったり微妙な窮屈感というものが落ち着くのだ。
そのためには早いこと段ボールを開封してもらわなければならない。
恋しい、という気持ちはあんまりない。
なぜなら、猫だから。
「そうですねぇ……って、また届いてません?」
人の気配を玄関口で感じて『夏夢』は再び戻ると、そこにはやはり段ボール。
流石にこれは、ちょっとやりすぎではないか?
そのうち、部屋の中では収まりきらなくなってしまうのではないかと予感させる宅配ラッシュに『夏夢』は積みならぬ罪が重なるような思いであったし、段ボールの城壁を如何に崩さぬように組み上げるのか、そこに苦心と腐心とを払うのであった――。
成功
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