昌盛の|雷棲滅鬼悪《ライスメキア》
●傷口
戦うことしかできない。
それは痛む傷口を生み出した刃だった。
薄翅・静漓(水月の巫女・f40688)の胸の奥に残った言葉。
彼女だけが知り得ることであるが、棘のように痛みを覚える。
それは苦悩であるように彼女は思えただろうし、坂東武者『世羅腐威無』の一党を率いる男装の麗人『皐月』の懊悩であるようにも思えた。
「お加減如何かしら」
その言葉に亜麻色の髪が揺れ、黒い瞳が静漓を見つめる。
「ご足労、というのは失礼でありますな。此度のこと真に感謝の念絶えますまい」
彼女の……いや、今は男装の麗人としての『皐月』が目の前にいる。
『皐月』が男装の麗人であることは、周知の事実ではない。
静漓にとっては『彼女』であっても、周囲の者にとってはそうではない。
なら、と静漓はそれに合わせるべきだと思っただろう。
面会を求めて拒否されるかもしれないと思っていたから、こうして許されたことはありがたいことであった。
「お見舞いの品を持ってきたの」
「これは……?」
「療養中だということであったから、なにか手慰みになるものをと思って」
そう言って彼女が取り出したのは鮮やかな色が踊る箱であった。
「どうやら見るに紙の箱……のようですが」
「プラモデルというの」
「ぷらもでる」
『皐月』は首を傾げる。
当然と言えば当然であろう。
しかし、静漓はこれが良いだろうと思っていたのだ。
戦いの傷口は深い。
生命が助かったとて、再び元通りの日常を生きるのは大変なことだ。
『皐月』が戦いの最中告げたこ言葉の意味が静漓の心に重石になってのしかかっている。
放っておけば『皐月』は傷が治りきらない内に戦いに赴くだろう。
であれば、だ。
手間のかかる見舞いの品に集中させる。
それがプラスチックモデルであった。アスリートアースのとある商店街にある模型店から取り寄せてアヤカシエンパイアへと持ち込んだのだ。
「こうした道具を使って自分の手で、一人の手で作り上げるの」
「……細工の類、ですか」
「そう。これも一つ、風流ではない?」
「よく、わかりませんが……しかし、ありがたく頂戴いたします」
静凛の意図を理解しているかはわからない。
けれど、『皐月』は客人である静漓の見舞いの品を無下にすることはないだろう。
一先ずは、これで心身ともに休める時間を持って欲しい。
今は戦えなくても良い。
それで良いのだと思って欲しい。
その切欠になれば、いい――。
成功
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