調子外れの笛の音が、神社の境内に響く。小さな社の前にある参道の中で、十を幾つか過ぎたばかりの子供が二人、横笛を吹いていた。
「あー……全然うまくできなーい!」
二人のうちの一人。少年の方が、笛から口を離して空を仰ぐ。隣に立つ少女は、そんな様子を見てくすりと笑った。
「大丈夫だよ。お祭りは秋だもん。今から練習しとけば、本番までにはうまくなるって」
「そうかなぁ……」
この神社で催される祭りでは、少年と少女が一人ずつ、笛で楽を奏でて始まりを告げるのが習わしになっていた。今年はこの二人に順番が回って来たのだ。
「そういえば、ご神体? とかいうのって、僕らが生まれる前に盗まれたんだよね? なのにお祭りは残ってるって、変なのー」
「え? ご神体って、このあいだ帰って来たんでしょ?」
お母さんが言ってたよ、と言葉を継ぐ少女に、少年は目を瞬かせる。
「じゃあ、ご神体、お社の中にあるの?」
見てみたい、と少年は参道を社に向かってまっすぐに進み始めた。慌てて少女がその後を追う。
「やめなよ。勝手にお社の戸を開けたら、怒られちゃうよ」
制止の声が届く筈も無く、少年は社の前まで出た。古い扉に手が伸びる。
僅かに軋む扉が開くその寸前。
ぷつんと、全ての音が消えた。
「皆さん、お集まり頂きありがとうございます」
神臣・薙人(落花幻夢・f35429)はそう言って、グリモアベースに集った猟兵達へ一礼した。
「今回、皆さんには、シルバーレインでメガリスの回収をお願いしたいのです」
銀の宝珠と呼ばれるそのメガリスは、現在とある神社にご神体として祀られているのだという。
「もともと、この神社には『しろがねさま』と呼ばれている、銀の珠がご神体として祀られていたのですが、随分と前に盗難に遭っていたようです」
その『しろがねさま』と銀の宝珠は、見た目がそっくりらしい。神社の近くに住まう一般人が、鎮守の森の中で銀の宝珠を見付け――『しろがねさま』が帰って来たと信じ込んでしまった。
銀の宝珠も『しろがねさま』も、見た目は銀色の珠だ。大きさは大人の両手で包み込めるほどで、他にこれといった特徴は無い。見付けた住人が勘違いをしても、仕方のない事だろう。
「メガリスとしての銀の宝珠の能力は、安置された場所を中心とした、一定範囲の空間を外界から切り離す、というものです」
切り離された空間は特殊空間となり、外から入り込む事は出来る。しかし、一度入ってしまえば、銀の宝珠が力の放出を止めるまで、特殊空間内から出られなくなってしまうのだ。
神社に祀られた銀の宝珠は既にその力を発揮しており、社を中心とした空間を現世から切り離してしまっている。
「生み出された特殊空間の中には、秋のお祭りに向けて笛の練習をしていた小学生の子供が二人、閉じ込められています」
特殊空間内は、参道の両脇に出店が並ぶ等、祭りの様相を呈しているという。しかし店や参道に人の姿は無い。中にいる人間は閉じ込められた子供達だけだ。
「銀の宝珠はかつて、重罪人や手の付けられない悪人を封じ込めるために使われていたようです」
そのためか、中にいる者が特殊空間への幽閉に相当する罪を犯していないと認めた場合、銀の宝珠は力の放出を止める。
自身が重罪人ではないと、何らかの方法で証明するか――あるいは、閉じ込められた子供達を見付け、その罪の無さを訴えれば力の放出が止まる可能性は高い。
「特殊空間から脱出できれば、銀の宝珠が祀られている社の前に出られます」
社の中から銀の宝珠を回収し、持ち帰れば神社で異変が起こる事は無くなる。
だが、ただ持ち帰るだけでは、また『しろがねさま』が盗まれたと住人達が思い込んでしまうかもしれない。事前に精巧なレプリカを作っておき、それと入れ替えるか、『しろがねさま』が自分の意思でいなくなったように思わせる仕込みをする等の工夫をすると後顧の憂いもなくせるだろう。
自分達の手で特殊空間から子供達を助け出していた場合、彼らにも何らかのフォローをしておくと良いかもしれない。
「あまり危険の無い場所ですが、子供達が被害に遭っています。なるべく早く助けてあげて下さい」
お気を付けて。
薙人はそう言って、掌にグリモアを浮かべた。
牧瀬花奈女
こんにちは。牧瀬花奈女です。シルバーレインのメガリス回収シナリオをお届けします。各章、断章追加後からプレイングを受け付けます。
●一章
冒険章です。特殊空間と化した神社の中で、メガリス『銀の宝珠』の力の放出を止めて下さい。
●二章
日常章です。メガリスを回収し持ち帰って下さい。
この章のみ、プレイングにてお声掛けを頂いた場合、神臣・薙人がお邪魔します。何か手伝って欲しい事がある場合等にどうぞ(恐らくあまり役に立ちません)
●その他
再送が発生した場合、タグ及びマスターページにて対応を告知致します。お気持ちにお変わり無ければ、プレイングが返って来た際はそのまま告知までお待ち頂ければ幸いです。
第1章 冒険
『祭囃子のその先に』
|
POW : 出店の付近を探してみる
SPD : 神社の中を探ってみる
WIZ : 鎮守の森を探ってみる
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
特殊空間内に足を踏み入れた猟兵達は、奇妙なまでの静けさに気が付いた。参道の両脇には、お祭りと聞いて連想される屋台がずらりと並んでいる。しかし、その中に人の姿は無く、本来売り物があるべき場所も空っぽだ。
参道をまっすぐに進んだ先には、小さな社がある。銀の宝珠が力の放出を止めるのは、特殊空間内にいる存在が幽閉に値する罪を犯していないと認めた時だ。
自身の潔白を訴えて力の放出を止めるのも方法の一つだが、この特殊空間内には二人の子供が閉じ込められているという。
子供達を助ける事を優先したい者もいるだろう。
どうするべきかと思案を巡らせた猟兵達の耳に、ぴぃぴぃと調子外れの笛の音が聞こえて来る。
あの音をたどるか、それとも他の痕跡を探してみるか。判断は猟兵達に委ねられた。
浅間・墨
音まで遮断されているようで静寂で耳が痛いです。
この静かさも罪人達を懲らしめる処置かもしれません。
それはともかくまずは笛の音のする方へ向ってみます。
子供達も笛の音に釣られて向かったかもしれません。
念の為に周囲を警戒しながら進みます。
何があるかわかりません。注意しながら進みます。
笛の音が近くなったら周囲をウロウロしてみます。
子供達がいるかもしれません。
発見できなかった場合は笛を吹いている主を探します。
この空間には子供以外居ない…と言っていました。
笛の音が聞こえる理由が気になりますね。
…笛を吹いている方に敵意がないといいのですが…。
不明な点が多いので鯉口を前もって切っておくか悩みます。
まあ心の準備だけに留めておきましょうか。
子供も居るので彼らの前で抜刀するのも気が引けますし。
ただ子供達を護らなければいけない状況ならば抜きます。
彼らの安全を第一に考えます。
●
静寂は時として、喧騒よりも耳を痛くする。
浅間・墨(人見知りと引っ込み思案ダンピール・f19200)は、特殊空間の中でその事実を実感していた。この静かさも罪人達を懲らしめる処置かもしれないと、ふとそんな考えが意識に上る。
参道を歩くと、白木の下駄が奏でる足音も普段より大きく聞こえた。何処へ向かうか思案する墨の耳に、ぴぃぴぃと調子の外れた笛の音が届く。
音が聞こえて来た方へ、まっすぐに切り揃えた前髪越しに視線を向ける。後ろ髪が白い小袖の背を擦る音が、ほんの少し楽の音に混じった。
「子供達も……釣られて……た、かも……しれません」
ぽつりぽつりと紡いだ声は、ともすれば笛の音に掻き消されてしまいそうだ。それでも、一歩を踏み出す墨の足取りに迷いは無い。
念を入れて周囲を警戒しつつ、笛の音が聞こえて来る方へと歩く。足元が石畳の敷かれた参道から外れ、鎮守の森へと入った。
小柄な墨の体は、せり出す枝に阻まれる事無く木陰の中を進む。あちらこちらへ視線を飛ばしても、人影はおろか小動物の姿すら見えなかった。
グリモア猟兵の話では、この特殊空間にいるのは閉じ込められた子供達だけだという。
「では……何故……」
吐息のような言葉が、森の空気を揺らす。それが静まった時、墨は一つの解を得ていた。
子供達は、秋のお祭りに向けて笛の練習をしていたのだ。ならば、特殊空間に閉じ込められた時も、笛を持っていたのではないだろうか。
「助け……求めて、いるのかも……ですね」
この笛の音をたどって行けば、子供達が見付かる可能性は高い。ふうと短い息を吐いて、墨は体に気を入れた。
腰に佩いた大刀に、そっと右手が伸びる。鯉口を切っておくべきか否か、胸の内がほんの少しざわめいた。
瞬きを二度ほどするだけの間、考えを巡らせて、墨は佩刀の柄から右手を離す。子供が居る場で、抜刀するのも気が引ける。今は心の準備に留めておくだけで良いだろう。
それでも、子供達を護らなければいけない事態に陥ったら。その時は鞘を払う事にためらいは無い。
子供達の安全を第一に考えて、墨は楽の音を追った。
大成功
🔵🔵🔵
深山・樹
妹の光華(f37163)と
みつかとなら怖がらせないですむって一緒に来たよ
お祭りにワクワクのみつかかわいい
でも入るとすぐしょんぼり顔になっちゃった
「うん…すごく寂しいね」
人がいないお祭りってこんなに怖いんだね
みつかにうなづいて
「早く助けてあげよう」
言ったらみつかが可愛い声で呼びながら走るから
慌てて手を握って止めて一緒に歩くよ
見つけたらやっぱりみつかに安心してくれた
その間に僕は神社に頭を下げてから
「誰も悪い事してません!帰らせて下さい!」
って分かって貰うよ
戻れたらこの後のこともあるし
上手く帰ってもらおうと思ったら
みつかが和ませてくれてかわいい
世界結界も忘れさせてくれたらいいな
「気を付けて帰ってね」
天風・光華
いつき兄様(f37164)と参加なの!
迷子の子見つけてあげにいくのー!
で、でもお祭りってわくわくしちゃうの
我慢しないとなのにそわそわなの
「兄様、とってもとっても、寂しいの」
ほんとはちょっとだけ怖いの
でもこのお祭りは寂しいから
メガリスさん、きっとお祭りに呼んだの
でも入っちゃった子達はもっと寂しいの
だから屋台のすそもめくって探すの!
「一緒に帰ろなのー!」
兄様と手を繋いで探したら
かさーって音がするの!
大丈夫ーって声かけたらきっと安心なの
帰りは兄様が言ったら、ふわって
皆で元の場所戻れるの
きっと二人ともまだ怖いの
でもこれしたら忘れられるから
こわいのこわいのとんでけーなの!
「はい、これでだいじょうぶー!」
●
天風・光華(木漏れ日の子・f37163)がこの神社にやって来たのは、特殊空間内で迷子になってる子供達を見付けてあげたい一心からだった。光華が兄と慕う深山・樹(処刑人・f37164)も、あどけなく可愛らしい光華と一緒ならば、子供達を怖がらせずに済むと、共に行く事を決めた。
お祭り、という言葉が持つ響きに、光華は胸の内が明るく弾むのを感じる。ここへ来たのは、あくまで子供達を見付けてあげるため。そう思って我慢しようと努めても、暖かい非日常に心はどうしても浮き立ってしまう。
隣を歩きながら、樹はそんな光華の様子に頬を緩めた。楽しい気配にそわそわしてしまう妹の姿は、とびきり可愛らしかったから。
けれど、特殊空間内を数歩進んだだけで、光華の眉尻はしょんぼりと下がった。
参道の両脇には、お祭りの最中を思わせる出店が並んでいる。だが、その中に人はおろか売り物すら無い。お囃子の音も無く、聞こえるのは二人が立てる靴音ばかりだ。
「兄様、とってもとっても、寂しいの」
普段ならばお日様のように晴れ渡っている声が、雲が差したように沈んでいる。樹も、境内の様子を見て少しばかり表情を陰らせた。
「うん……すごく寂しいね」
人がいないお祭りは、これほど怖いのか。光華の言葉に頷きながら、樹は小さく息を吐く。
ほんとはちょっとだけ怖いの。
光華は両手をきゅっと握り締めて、騒ぐ胸の内を鎮めようとした。
少し怖い。けれど、このお祭りは寂しいから――メガリスは、きっと子供達をお祭りに呼んだのだ。現世から切り離された空間を見ていると、光華にはそう思えてならない。
「早く助けてあげよう」
樹の言葉に頷いて、光華は自分の頬を軽く叩く。
メガリスは寂しいのかもしれない。それでも、ここに閉じ込められた子達は、もっと寂しい思いをしている。
「一緒に帰ろなのー!」
常の明るさを取り戻した声で、光華は参道を勢い良く駆け出した。出店の傍でしゃがみ込み、垂れ下がる布を捲って中を確かめる。
「みつか、一緒に捜した方がきっと早いよ」
樹は再び立ち上がった光華へ急ぎ足で追い付き、小さな手を取った。そうして手を繋いで、境内の中を丹念に探って行く。
かさ、と小さな音が聞こえたのは、二人が最後の出店の中を確認し終えた時だった。音は、神社を囲む鎮守の森から聞こえている。
ぴぃぴぃと調子外れの笛の音が続けて響き、光華は樹と顔を見合わせた。
「兄様! きっと、迷子の子たち、森の中にいるの!」
「うん。僕もそう思うよ」
笛の音を頼りに、手を繋いだまま鎮守の森へ入る。
「もう大丈夫ー、なの!」
光華の声に反応して、遠くで灌木の茂みがかさかさと揺れる音がした。
可愛らしい光華の声に、ほんの少し恐怖が和らいだのかもしれない。ならば、愛らしい光華が場を和ませてくれれば、きっとうまく行く。
「誰も悪い事してません! 帰らせて下さい!」
社のある方角に頭を下げて、樹は声を張った。瞬きを一度した後、特殊空間に満ちていた空気が、少しだけ緩む。
「見つけたら、こわいのこわいのとんでけーって、してあげるの!」
光華の笑顔に、樹の胸が暖かくなる。苺めいた瞳を輝かせる妹は、やはり掛け値なく可愛らしい。
この空間から助け出せれば、子供達は世界結界の効果も手伝って、すぐに日常へ戻れるだろう。
だいじょうぶ、を言うために。気を付けて帰って、と言うために。
二人は笛の音を追い掛け続けた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
葛城・時人
相棒の陸井(f35296)と
「人いないと怖いだけだね…」
小さかったら俺も泣くよ絶対
「兎に角探そう」
手分けした方が良いかもだけど
「逸れたら俺が心細…」
言いかけて止めたけど陸井もか
ちょっとホッとしたよ
笛の音が聞こえるからそれをたどって
足音に怖がって隠れちゃった?
「大丈夫だよ、探しに来たんだ…出ておいで」
陸井にわざと先生って声掛けるのもアリかな
先生ってこの子達には安心できる存在だと思うし
見つけたら屈んで怪我とかないか見るよ
「良かった…安心してね。俺達が神様にお願いするから」
陸井と交々声を張ろう
「年端もいかない子供の事、俺達含め何も罪は犯してないよ!」
戻れたら笑顔でもう大丈夫だよ、と
必要なら送ってくよ
凶月・陸井
相棒の時人(f35294)と
今にもお囃子の音が聞こえそうな様子に
人と物がなくて音もなくってだけで
「まぁこれは怖いよな」
この空気の中手分けして
一人で探して歩くはちょっとな
「気にするなよ。俺もこれは心細い」
それに俺達が優先するのは
迷い込んだ子達の発見だしな
音に向かって進んでいくのみだ
「多分この辺りか…?」
出てこないのは時人の言う通り
急な人の気配に隠れたかな
時人に先生って言われるのなんか気恥ずかしい
それでも子供達が恐る恐る顔を出すなら
「安心できる言葉だったかな」
それに本当にこの子達は罪もないんだ
「むしろ閉じ込める恐怖こそが、罪じゃないか!」
だから出してあげてくれと共に声を上げて
日常に戻す様に訴えるよ
●
特殊空間内には未だ無音が満ちている。葛城・時人(光望護花・f35294)は境内の様子を見回し、胸の内に小波が立つような感覚に見舞われた。
「人いないと怖いだけだね……」
思っていたよりも、境内の空気は柔らかく感じられるけれど。
もしも時人が小さな子供であったなら、絶対に泣いてしまっただろう。
参道の両脇には、出店がずらりと並んでいる。今にもお囃子の音が聞こえて来そうだというのに、凶月・陸井(我護る故に我在り・f35296)の視界には相棒以外の人の姿が映らなかった。
人と物がなくて音もなくってだけで。
「まぁこれは怖いよな」
頷く陸井の髪が羽織の背を撫で、微かな音を立てる。普段は意識すらしない音が聞こえてしまうほど、この空間内は静まり返っていた。
「兎に角探そう」
時人は周囲を改めて見回し、特殊空間の大きさを予想する。現世から切り離されたのは、社を囲む鎮守の森辺りまでだ。
二人はまず、閉じ込められた子供達を見付けるつもりだった。それほどの広さが無いのであれば、手分けした方が効率が良いかもしれない。
けれど。
「逸れたら俺が心細……」
ぽつん、と水面に落ちる雫のように言葉を零しかけて、時人はそれを呑み込んだ。陸井がふっと、眼鏡の奥で眦を緩める。
「気にするなよ。俺もこれは心細い」
心臓の音すら聞こえそうな静寂の中、手分けして一人で探し歩く。その想像は、胸の内にぽっかりと暗がりを抱かせるに十分だ。
陸井が同じ気持ちでいた事に、時人は身の内で張り詰めていた糸が少しばかり緩むのを感じた。
ぴぃぴぃと、調子外れの笛の音がまた聞こえて来る。二人は顔を見合わせると、小さな楽の音をたどって歩き始めた。
迷い込んだ子供達の発見。それが最優先である事を、陸井も時人も忘れはしない。
音を追ううち、足は鎮守の森に入った。時人の立てる靴音が、陸井の履く草履の音が、葉ずれの音すらしない森に響く。
「多分この辺りか……?」
落とした声で陸井が言った途端、笛の音がぴたりと止まった。靴底が土を擦る音が、少し離れた場所から微かに届く。
「足音に怖がって隠れちゃった?」
「急に人の気配がして、怖くなったのかもな」
無人の空間は怖いけれど、見知らぬ人の出現も恐ろしい。子供達のそんな気持ちは、二人にも想像が付いた。
「大丈夫だよ、探しに来たんだ……出ておいで」
驚かせないよう抑えた声で、時人は優しく呼び掛ける。近くの灌木の茂みが、がさと小さく鳴った。
陸井にわざと先生って声掛けるのもアリかな。
ちらと相棒に目をやって、時人は考える。子供達は小学生だという話だ。先生という存在は、彼らにとって安心出来るものだろう。
「先生、探してる子達、近くにいるみたいだ」
相棒に『先生』と呼ばれるのは、陸井の胸中に柔らかな毛で撫でられたような感覚を呼び起こす。それでも。
がさがさと灌木の葉が揺れて、二人の前に子供達が顔を覗かせる。
少年の方が、せんせい、と呟き少しずつ歩いて来た。もう一人、少女の方も、それに続いて茂みから出る。二人とも、笛を手に持っていた。あの調子外れの音色は、この子供達が奏でていたものらしい。
「安心できる言葉だったかな」
まだ完全に警戒は解けないまでも、子供達は姿を見せてくれた。ふうと安堵の息を零して、陸井は二人に微笑んだ。
時人は身を屈め、子供達に怪我等が無いか確かめる。少し疲れた様子ではあるが、傷等は無いようだった。
「良かった……安心してね。俺達が神様にお願いするから」
しゃんと背筋を伸ばし、時人は陸井に目配せをする。
「年端もいかない子供の事、俺達含め何も罪は犯してないよ!」
本当にこの子達は罪もないんだ。
社の方角に向けて声を張る時人に続いて、陸井は口を開いた。
「むしろ閉じ込める恐怖こそが、罪じゃないか!」
だから出してあげてくれ。日常に戻してあげてくれ。
陸井の声が残響すら消えてしまうと、不意に森の中で風が吹いた。揺れる木々の枝から、葉ずれの音がする。
音が戻った――そう思った刹那、時人と陸井は子供達と共に社の前にいた。耳が痛くなるほどの静けさは失われ、自然の奏でる音が鼓膜を揺さぶる。
銀の宝珠がその力の放出を止め、特殊空間から脱出できたのだ。時人と陸井の中に、暖かな思いが広がる。
「もう大丈夫だよ」
もう一度屈んで子供達と目線を合わせ、時人は微笑んだ。陸井も、幼い二人へ改めて笑顔を見せる。
「もう怖い事は無いからね」
瞬きを一度、二度。そうした後で、子供達は声を上げて泣き出した。
恐怖ではない。日常へ戻れた事への、安堵の涙だった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 日常
『一期一会の出会いを大切に』
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POW : ノリよくぶつかり、繋がりあう?
SPD : 何が好きか、知ってもらおう?
WIZ : 自分のこと、教えた方がいいかな?
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
猟兵達によって特殊空間から助け出され、優しさを受け取った子供達は、お礼の言葉と共に神社から去って行った。勤勉なる世界結界は、程なくして二人の認識を柔らかく変化させてくれるだろう。
子供達の姿が見えなくなった後で、猟兵達は社に向き直る。
後は、この中に祀られているメガリス『銀の宝珠』を回収し、持ち帰るだけだ。
その前に――或いはその後に、この神社を巡ってみるのも良いかもしれない。
祭りの出店こそ無いが、鎮守の森には季節の花が咲いている。少しばかりそれを楽しんで行くのも悪くはないだろう。社に手を合わせ、願い事をするのも自由だ。
この場所との出会いもまた、一期一会の縁と言えるのだから。
葛城・時人
相棒の陸井(f35296)と
世界結界、今は信用出来ないけどこの際助かったね
神臣が来たの気付いたから
「神臣ー!こっち」
陸井とすぐ呼ぶよ
危険無いならオッケーだし
「ほら見てこれ!」
予知聞いた瞬間に陸井と作っておいた『宝珠』を取り出す
此処の人達にしろがねさまは大事なご神体
元々のがどうなったかは心配だけどね
「もしかしてメガリスに処されちゃった…?」
落ちてたってそういうコトかも
けど中で誰かに会う事はなかったね
…考えないようにしよ
さっと取り換えてから
「はい、神臣!ベースに持ってってだよ」
そのまま渡そうとしたら陸井が慌てて
絹の風呂敷?袱紗?を出してきて包んで
後は折角だから御参拝して綺麗なお花見て楽しんで帰ろ!
凶月・陸井
相棒の時人(f35294)と
子供達は無事帰れたし
後は世界結界に任せれば大丈夫だな
残るはメガリスの回収だけだし
神臣くんに声かけながら行くとするか
「神臣くん、こっちだよ」
危険はもうないけど
相棒は一緒に作った宝珠を見せてるし
念のため周囲に気を配ってはおこうか
これを見咎められても困るしな
でも我ながらいい出来だとは思う
「ふふ、よくできてるだろ?」
「まぁ…その可能性もあるな」
実際、どうなったかは分からないだしな
取り換える時も一応気は配っておいて
これで完了だし一息だって思ったら
そのまま渡そうとしててちょっと慌てる
風呂敷も持って来ておいてよかった
「そのまま持ち歩いたらやばすぎるだろ」
後は花見をしてから帰ろうか
●
子供達が帰って行った方向に目を向けて、葛城・時人(光望護花・f35294)はふっと胸の内が和らぐのを感じた。オブリビオンと化した現在の世界結界は、実のところ信用出来ない。けれど、今はその力に助けられる思いだ。
無事に子供達が帰れたのなら、後は世界結界に任せれば大丈夫だと、凶月・陸井(我護る故に我在り・f35296)も眼鏡の奥で眦を緩めた。
残るはメガリスの回収だけだ。陸井はゆるりと境内の中を見回す。視界の端に、見慣れたグリモア猟兵の姿が映った。
「神臣くん、こっちだよ」
陸井が手招きすると同時、時人が軽く声を張る。
「神臣ー! こっち」
もしもの時のために後ろへ控えていた神臣・薙人(落花幻夢・f35429)が、ぺたぺたと草履の音を鳴らして二人の元へ駆けて来た。
「葛城さんも凶月さんも、今回はご助力ありがとうございました」
深く腰を折って礼をする薙人に、二人は当たり前の事だからと笑む。
それよりもと、時人は用意して来たものを荷物の中から取り出した。
「ほら見てこれ!」
時人の手の中で、銀色の宝珠がきらめく。今回の予知を聞いた時、陸井と共に詠唱銀で作ったのだ。大きさは両手で包み込めるほどで、話に聞いた『しろがねさま』の姿を写し取ったかのように思える。
陸井は念を入れて、周囲の様子を窺っていた。子供達が帰った後の神社は静かだが、誰かに見咎められても困る。
「わ……凄いです」
「ふふ、よくできてるだろ?」
ぱちぱちと目を瞬かせる薙人に、陸井は口元を綻ばせる。我ながらいい出来だという思いは、胸の内に確かに存在していた。
此処の人達にしろがねさまは大事なご神体。
時人は閉じた社の扉へ目をやって、その内側にあるものへ思いを馳せた。
元々あった『しろがねさま』はどうなったのか。胸の内に小さな波が生まれる。
「もしかしてメガリスに処されちゃった……?」
「まぁ……その可能性もあるな」
思わず零した言葉に、陸井が緩やかに頷く。胸中がざわつく感覚は、相棒のそれとほぼ同じだろう。
鎮守の森に落ちていたのなら、そういう事なのかもしれない。けれど、特殊空間の中にいた一般人は、間違い無く子供達二人だけだった。
頭を軽く振って、時人は思考を打ち切る。心の中に広がる波紋は、まだ治まる気配を見せない。けれど考えない方が良いような気がした。
実際、どうなったかは分からないだしな。
声に出さず呟き、陸井も本来の『しろがねさま』へ向けた意識を断ち切った。
「よし、じゃあ取り替えよ」
時人はなるべく音を立てないように社の扉を開くと、そっと中へ足を踏み入れる。陸井は開いた扉を背に庇うようにして、周辺の気配を探っていた。
社の最奥に安置された銀の宝珠が、差し込む光を受けてきらめく。時人は用意した宝珠とメガリスの宝珠を、手早く取り替えた。これで傍目には、何事も起こっていないように見える。
再び扉が閉まる音を合図にして、陸井は社の前から数歩離れた。
「はい、神臣! ベースに持ってってだよ」
回収したメガリスをそのまま薙人へ渡そうとする相棒に、思わず目を見開いてしまう。
「時人、ちょっと待て」
持って来ておいて良かった。
持参した絹の風呂敷を広げ、陸井はそれで銀の宝珠を包み込む。
「そのまま持ち歩いたらやばすぎるだろ」
そっか、と頷く相棒を見て軽く息を吐き、姿を隠したメガリスを、改めて薙人へ渡した。薙人はそれを懐に収め、確かにお預かりしました、と気を入れる。
「折角だから御参拝しよ」
時人の提案に、反対の声は上がらなかった。作法に則って、それぞれに参拝を済ませる。
ざあと鎮守の森が騒ぎ、うっすらと花の香が境内に漂った。森の中には、季節の花が咲いているのだ。
「後は綺麗なお花見て楽しんで帰ろ!」
「うん、それがいいな」
二人がそっと薙人を見れば、にこにことした笑顔が返って来る。
この時期ならば、咲いているのは栗や夏椿だろうか。三人は静かに、鎮守の森へと足を踏み入れた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
深山・樹
妹の光華(f37163)と
「帰ってくれてよかった…」
普通の人には見られないようにが鉄則って聞いたし
これからのことも見られない方がいいからホッとしたんだ
メガリスを見て大きさの確認してから
「みつか、ちょっと奥行こうか」
取りかえるのに僕たちは銀誓館から詠唱銀を持ってきた
今はあまり使わないみたいで沢山あったのを貰えたから
それを使うよ
あじさいが沢山咲いてる横のベンチで
「一緒に整えようね」
時間掛かったけどちゃんと丸くして上手くできたけど
もし他の猟兵さんがもうとりかえてたら持って帰るよ
みつかが欲しそうにしてるし丁度いいね
拝む所にいてくれたグリモア猟兵のお兄さんに聞いてみよう
持ち帰れたらみつかの宝物になりそう
天風・光華
いつき兄様(f37164)と参加なの!
二人ともちゃんと帰れたの!
「これで安心なのー」
あとは兄様とひみつのおしごと
ちゃんとしろがねさま持って
かわりのもおいてくの
「はいなの!お手伝いするのー!」
しろがねさまって聞いて
みつかもすぐこれーって思ったの
銀色できれいで沢山あって
きっとかわりになっても大丈夫なの
兄様に教えて貰ってつくるの
ごつごつしてるからゆっくり丸めて
おにぎりみたいにぎゅーって
なんだか楽しいの
「とってもきれいにできたのー!」
で、でもみつか思ったの!
あるのがしろがねさまかわかんないの
兄様がグリモア猟兵のお兄さんにきいてくれたの
持って帰れるならこれはみつかの宝物にするの!
「兄様!かえろなのー!」
●
子供達が元気に帰って行った姿は、深山・樹(処刑人・f37164)と天風・光華(木漏れ日の子・f37163)の心を暖かくした。
「これで安心なのー」
「帰ってくれてよかった……」
無邪気に微笑む光華へ、樹はほっと寛いだ表情を見せる。
世界結界があるとはいえ、非日常の出来事は一般人に見られないようにするのが鉄則だと樹は聞いていた。これから行う事も、やはり人目に付かない方が良い。
あとは兄様とひみつのおしごと。
むん、と光華は両手を握り締めて気合を入れる。メガリスを回収して、代わりのものも置いて行く。奥底で動く気持ちが、光華の背筋をぴんと伸ばした。
樹は社の扉をそっと開き、安置されている宝珠の大きさを確認する。これなら用意したもので代わりが作れそうだと判断し、また静かに扉を閉じた。
「みつか、ちょっと奥行こうか」
ぱたぱたと近くまでやって来た光華と手を繋いで、樹は境内の近くを見回す。綺麗に咲いたあじさいの花々の傍に、程よい大きさのベンチがあった。
光華と共にベンチに腰掛けて、樹は荷物の中から詠唱銀を取り出す。現在の銀誓館では、詠唱銀はかつてほど多くは使われていないらしい。沢山あるからと、銀館誓の人々は樹へ十分な量の詠唱銀を譲ってくれた。
「これを使おうと思うんだ」
「うん! とってもいいと思うの!」
しろがねさま、と聞いて、詠唱銀を連想したのは光華も同じだった。銀色で、綺麗で、沢山あって――きっと代わりになっても大丈夫だと思える。
「一緒に整えようね」
「はいなの! お手伝いするのー!」
ベンチの座面に詠唱銀を包んでいた布を広げ、二人はその上で加工を始めた。まずは一つの塊にしてから、ゆっくりと形を整える。
銀塊と化した詠唱銀を丸めて行くうち、光華は口元が柔らかく綻ぶのを感じた。ごつごつした部分をぎゅっと均す作業は、おにぎりを作っているような心躍る気分にさせてくれる。
そんな光華の姿を目にするだけで、樹の心も暖かな毛布に包まれているような心地になった。細部を丁寧に整えて行けば、社の中に安置されていた宝珠と同じ形へと銀塊の姿が近付く。
銀塊が真ん丸になる頃には、二人とも手に少し疲れを覚えていた。けれど、綺麗に整った銀の珠が、掌の気怠さを吹き飛ばしてくれる。
「とってもきれいにできたのー!」
わあ、と歓声を上げた後、光華ははたと目を瞬かせた。
「兄様、お社にあるの、しろがねさまか分からないの」
「そっか。先に来てた人たちが、もう交換してるかもしれないね」
メガリスと『しろがねさま』は、見た目がそっくりなのだ。二人と同じように、詠唱銀で代わりを作った猟兵達がいてもおかしくはない。
少々頭を悩ませる樹の視界に、鎮守の森から出て来たグリモア猟兵の姿が映った。
後方で控えていた彼ならば、他の猟兵達の事も知っている可能性が高い。
すみません、と声を掛けた樹へ、グリモア猟兵は立ち止まって目を瞬かせた。
「お社のメガリスは、もう取り替えられてますか?」
「はい。私がグリモアベースへ持ち帰るために、お預かりしています」
グリモア猟兵の返答を聞いて、樹は光華へと視線を戻す。苺めいた瞳の奥に、何かきらきらと光るものがあった。金色の瞳が、思わず弧を描く。
「交換は終わってるみたいだし、これは持って帰ろうか」
ぱっと、花が咲くように光華の表情が輝いた。小さな手が、二人で作った銀の珠を両手で持ち上げる。
「これはみつかの宝物にするの!」
兄と二人で作った思い出が、この珠にはぎゅっと詰まっているのだ。目にするだけで光華の胸の内に、柔らかな綿で包まれたような気持ちが生まれる。
妹の明るい表情を見て、樹の胸中にも心地良い想いが芽生えた。
「兄様! かえろなのー!」
しゅたっとベンチから立ち上がり、光華は満面に笑みを浮かべる。
また新しく生まれた思い出と共に、二人は軽やかな足取りで神社を後にした。
大成功
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浅間・墨
子供達の身に何事もなく無事でよかったです。
折角なので時間の許す限り神社を巡りたいと思います。
参拝もしたいですし季節の花が咲いているとのことなので。
境内をうろうろ散策するのもよさそうです♪
立ち入りが禁止されている場所には当然ですが入りません。
隅々までゆっくりと歩いていると地元の方に声を掛けられて。
どうやら新しい神社の管理者だと思われたようです。
恰好で地元の方がそう思われるのも仕方がないですね。
「…あ、あの…私は…」
偶然に神社を知った旅の巫女ということにして説明を。
神職なのは真実ですが嘘が混じるので申し訳ないです。
残念そうにしていらしたのでとても罪悪感が生まれます。
…。
「…舞を…社の前で…神楽舞をしてもいいでしょうか…?」
社の前で【神座『榊』】を行い舞を捧げることにします。
恥ずかしいですがこの土地の繁栄と安寧を祈るために…。
私はこの土地に残れないので…せめて舞を奉じます。
心を籠めてしゃんしゃん…と。
もし『宝珠』の回収に人手が必要な場合は協力します。
私の舞を回収の手段にしてもかまいません。
●
子供達の身には何事も無く、二人とも無事に帰って行った。その事実に、浅間・墨(人見知りと引っ込み思案ダンピール・f19200)はほんのりと口元を緩めた。元気にお礼を言う姿が、胸の内を暖かくしてくれている。
軽く周囲を見回した後、時間の許す限り神社を巡ろうと心に決めた。まずは作法に則って、社での参拝を済ませる。
ふわと柔らかく吹いた風が、墨の鼻先へ花の香りを運んで来た。神社の周囲には、季節の花が咲いているという話だ。切り揃えた前髪の奥で、赤茶の瞳が笑みを形作る。
「境内を……散策する……も、よさそう……です♪」
ぽつりぽつりと紡がれる言葉も、何処かころりと転がる鞠のような響きを帯びた。鎮守の森に囲まれた境内を、墨は静かにゆっくりと歩き始める。特殊空間内とは違い、葉ずれの音や小鳥の鳴き声が聞こえた。その細かな音が、心の中を優しくくすぐる。夏椿の花を見付けて、そっと顔を近付けた。
「おや、お嬢さんが新しい管理人さんかい?」
不意に響いた男性の声に、墨はぴたりと歩みを止める。見れば壮年の男性が、参道をまっすぐに歩いて来るところだ。
男性は、墨から三歩ばかりの距離を置いたところで立ち止まった。
「お若い娘さんだ。若い人がお社を守ってくれるのは嬉しいね」
「……あ、あの……私は……」
戦装束として仕立て直してあるとはいえ、墨の身なりは巫女のそれだ。この男性が、外見で神社の関係者だと勘違いしてしまうのも仕方がないだろう。
とはいえ、誤解は解かなければならない。
「私、は……旅の巫女、で……こちらには……偶然、知って……」
吹く風に呑まれてしまいそうな墨の言葉を、男性はきちんと聞き取ってくれた。眉尻がほんの少し下がる。
「ああ、違ったのかい。ごめんね、勘違いしちゃって」
男性の表情を見て、墨は小さな針が胸を刺すのを感じた。
神職である事は真実だ。それでも、説明にはどうしても嘘を混ぜなければならない。男性が少し背を曲げたようにも思えて、みぞおちの辺りが仄かに重くなる。
瞬きを二度するだけの時間、考えを巡らせ、墨は再び口を開いた。
「……舞を……社の前で……神楽舞をしてもいいでしょうか……?」
男性が目を瞬かせ、墨は頬が軽く熱を持つのを感じる。
この土地の繁栄と安寧を祈るために、と言葉を継げば、男性の表情が明るく綻んだ。
「わざわざありがとう。是非、お願いするよ」
ほっと小さく息を吐き、墨は神楽鈴を手にして緩やかな舞いを始めた。
墨はこの地に残れない。ならばせめて舞を奉じようと、心を籠めてしゃんしゃんと神楽鈴を鳴らす。
「なんだか気持ちが洗われるようだねぇ」
男性の言葉に、重たいものがふわりと解けて行く。
舞の終わりまで、墨の神楽鈴は澄んだ音色を奏で続けていた。
大成功
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