ケルベロス・ウォー⑦〜愛子はスイソウの海の中
そこは翠の海の中。
星空の如く、無数の細やかな光が煌めく世界。
海の中で揺籠が揺蕩う。ふわふわと、水の流れに乗りながら、沈みゆく。
子供がふたり――いや、ひとり。いやいや、やっぱりふたり?
少年少女、手を繋いで眠っている。
髪は翠の星雲に似て、流れて輝く。
その半身を、ひとつにして。
眠っている。
眠って、いる。
●
「綺麗な子たちだったよ」
四月一日・てまり(地に綻ぶ花兎・f40912)は、笑っている。
それでも、その瞳の奥には影がある。或いは、『母』――いや、子を持つ親、であれば。その影の意味は、理解出来たかも知れない。
「結合双生児、って言ったら、分かりやすいかな……上半身の半分がくっついて、下半身は完全にひとつになってる。胸の中心には石が埋まってて、男の子側は|翠《エメラルド》、女の子側は|黄《トパーズ》みたいになってるよ。左胸じゃないけど、心臓を共有してるってこと……かな」
しかし特筆すべきはやはり、星雲を宿したような髪だと言う。美しくもどこか妖しささえ宿したそれによるものか定かではないが、これに似た環境変化が彼らの周辺で発生しているそうだ。
「この子たちが、どういう存在なのかはまだハッキリしてないんだけど。確かなのは、黄道神ゾディアックがゆりかごに乗せて持ち込んだ、新しい『デウスエクスの子供たち』だってこと」
地球侵略に際し、その作戦の実に半分を指揮していたゾディアック。奴は、用意周到にも『不測の事態』を考慮し、先んじて手を打った。
それこそが、『ゆりかご』――特殊な浮遊繭によって護られた、特殊なデウスエクス新種族の子供たちによる生命線の維持。
微弱なグラビティ・チェインで生きていけるよう調整することによって、デウスエクスという種が存続を続けるように。
「現場は日本のとある決戦都市なんだけど……一帯が翠の海に沈んじゃってるよ。『ゆりかご』に搭載されてる『環境変異兵器』の影響みたい」
搭載された兵器は最低限のものでしかないらしいが、それでも決戦都市すら貫通して効果を発揮している。これだけでも十分に危険な存在と言える。
幸いにして、住人の避難は間に合ったようだ。救助などを考える必要はないだろう。
ただでさえ、変異した環境内は危険なのだ。
「『ゆりかご』は今も海の底に沈み続けてる。皆にはこれを確保して欲しいんだけど……この海の中はさっきも言った通りで、星雲が広がったみたいに、星みたいな小さな光が幾つもきらきらしてる。それを見るとね、自分が宇宙の、星のひとつになったような錯覚がして。自分はどうしようもなくちっぽけな存在だって思えて。最後には無気力になってしまうみたいなのね。だから、何か……絶対にこんなところで死ぬわけにいかないって思えるくらいの、思い出だったり、大切な存在だったり……何でもいいよ、何か、心を強く持てるような心構えで潜っていくか……それか、見なきゃいいわけだから、視覚に頼らず目的の場所まで辿り着ける方法を考えるとか。そういう対策を練ってね、向かって欲しいんだ」
更に、考えるべきはそれだけではないと言う。
「『ゆりかご』の子供をね、どうするか。……綺麗さっぱり遺恨を残さないように、なら。壊してしまうのが一番、手っ取り早いとは思うよ。実際、合理的に考えれば、それがベストだと私も思う。それか、完全にヒトに干渉出来ないところに隔離してしまうとか。人里離れた地中深くとか、それこそ船も通らない海の底とか……」
考えるべきことも少なく、デウスエクスという存在が後に地球に危機をもたらす、そんな芽を摘んでおくことが出来る。恐らくはそれが、てまりの言う通り、最善である。
でもね、とてまりは続ける。
「まだ、何もしていない子供だから。保護を試みる、とかも……出来るかも知れない。危険の芽を残すことにはなってしまうから、具体案だったり、保護することのメリットとかを提示出来るといいかもね。そういう方向になった時、実際どうするのかは、戦後判断になっちゃうかもだけど」
そうして欲しいのか、と猟兵たちがてまりへと問えば、彼女はゆるりと首を横に振った。
「私から何も言えることはないよ。確かに思うところはあるけど……私の一存で、皆の判断を邪魔するのはダメだからね。私は、皆の選択の全部を、肯定します」
金時さんの受け売りだけどね! と。
その時にはもう、てまりはからりと笑っていて。
掌に咲く、グリモアの|薔薇《はな》。
――ようこそ、翠双の海の中へ。
絵琥れあ
お世話になっております、絵琥れあです。
戦争中に非戦争シナリオばっかりというのもあれなので……!
戦争シナリオのため、今回は1章構成です。
第1章:冒険『『ゆりかご』を確保せよ』
星雲のようにきらきらとした、翠の海の中です。
人のいなくなった都市の沈む、海底遺跡のよう。それにしては現代的ですが!
今なお沈み続ける『ゆりかご』確保の為、どんどん潜っていきましょう。
不思議なことに『ゆりかご』に触れれば呼吸せずとも生命維持が可能になるようです。
星の光? による精神攻撃への対策も忘れずに。
また、『ゆりかご』の処遇は皆様に完全に一任させていただく形です。
破壊してもよし、隔離してもよし、第三の道を模索するもよし。
意見が割れた場合、最も多かった択が採用されます。
同数の場合はMS裁量で申し訳ございませんが、最も響いたものを採用させていただきます。
(※サポートのみの完結になった場合は、全員リクエストで指定があったなどのレアケースを除き破壊を優先させていただきます)
公開された時点で受付開始です、が。
今回もかなり書けるタイミングにムラが出そうです。
その為、採用出来るかどうかは人数とタイミングと内容次第でまちまちになります。ご了承ください。
(〆切までには何とかします。場合によっては逆にサポート多めでお届けする可能性もございます)
今回は締切が早くないので(終盤なので短めではありますが)、オーバーロードだと気持ち採用率は上がるかも知れません。
内容にもよる為、あくまで『上がるかも』なのであまりオススメは出来ません、が。(伏す)
それでは、ご縁がありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
第1章 冒険
『『ゆりかご』を確保せよ』
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POW : 環境変異兵器の破壊を試みる
SPD : 決戦都市の地形を利用し、迅速に移動する
WIZ : 何らかの手段で環境変異に耐える
イラスト:yakiNAShU
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
エリー・マイヤー
心を強く、ですか…
難しいですね。
目的もなく、なんとなくそれっぽく生きている私には。
仕方ありません、目を閉じていきましょう。
目が見えなくても、私には念動力がありますからね。
ということで、【念動ソナー】で周辺を走査。
状況を把握しつつ、念動力で望む方向に体を移動させます。
物をどかしたり、引き寄せたり、壊したりも念動力で。
そんな感じで、ゆりかごを探しましょう。
子供達は保護すべきだと思います。
だって、私達はたぶん神経樹を破壊します。
そうして地球の優位が確定したとき。
デウスエクスを生かす道を用意しなかったら。
交渉の余地がないと思わせたら。
どちらかが絶滅するまで終わらない、地獄の戦が始まってしまいます。
アリス・セカンドカラー
お任せプレ、汝が為したいように為すがよい。
大切な存在ね。それはもちろん|『あの子』《アリス・ロックハーツ》(装備アイテム参照)よ。私が猟兵に目覚めた日にこの手で討った末に”ふたりでひとり”になった『あの子』。親友で恋人で異母姉であった『あの子』。
それはそれとして、|かわいこちゃんゲットだぜ☆《欲望解放》(欲望による視野狭窄)
ゆりかごはもちろんお持ち帰りするわ。魂の契約を結ぶことで安全性を確保。空亡であれば教育する環境もバッチリよ、決戦都市との名付けでケルベロスディバイドの地球と紐づけてあるからグラビティチェインの供給も可能だしね。
それはまるでチートのような、とんでもない才能があれば余裕余裕❤
アンジェリカ・ディマンシュ
ーー生きることが罪だとは、言わせない
絶滅戦争を仕掛けてきたからといって、同じ事を返せば…そこに正義は無いでしょう
UCを使い、翠の海へと躍り出る
強い心構えは、ゆりかごの子供達に手を伸ばすこと
この手を伸ばさなければ、助けられる命があるのですからーー!
眠っている子供達を保護する様に、機械の翼を広げていく
もう、大丈夫ですわよ
誰もーー空を喰らう獣でさえも、貴方達を脅かす事は、出来はしない
わたくしが、守りますからーー
研究管理施設の手筈を整え、彼らとゆりかごの研究データが取れる体制を確立しましょう
ケルベロスやDIVIDEも、デウスエクスと協力データは欲しいはずですからね
上野・イオナ
僕が……、俺がちっぽけな存在なのは分かってる
地球人とデウスエスクの戦いが現地人の生存競争にしか見えないなら、関わらないことが正解だと思う
それでも関わるのなら俺は俺のワガママを押し通さなければならない
救いたいと思ったなら地球人もデウスエスクも救いに行く!
口だけの覚悟じゃ負けると思うので補強にUC【パレードナイツ】を使用
オウガ化したアリスのUCをコピー・改造したUC
手遅れで救えなかった人の象徴
毎回思ってしまう今度は救う
という訳で保護希望 監視はするなんなら引き取ることも視野に
ワガママだからメリットとか知らねーって感じもあるけど。変わった種族だしこの子達の能力を調べたら防衛の足しに出来ないかな?
八坂・詩織
念の為|起動《イグニッション》、髪を解き瞳は青く変わり防具『雪月風花』を纏った雪女の姿に。
星の海に潜るなんて本来ならワクワクするシチュエーションだけど。普段なら宇宙のスケールに比べたら自分の悩みなんて大したことないな、とかむしろ勇気づけられるのだけど…
この海は気力を奪っていくようで。
嫌、私まだ天文部の仲間とやりたいことたくさんあるもの。それに…あの人の傍にいたいから。
名前の通り日の沈まない夜のような、私にとっての|光《太陽》の傍に…
無事にゆりかごを確保できたら、そうですね…
銀雨世界の来訪者ファンガスのように人里離れたところに隔離しつつ、定期的に有志が様子を見に来れるといいのかなと思いますが。
オリヴィア・ローゼンタール
水中か……面倒な場所に
交戦の必要がないので、動きやすさを重視して水着に着替える
【高速泳法】を駆使した【水泳】で深海まで一気に潜る(深海適応)
ちかちかとした光……件の精神攻撃か
私の中で渦巻く怒りと殺意、こんなもので萎えると思われているとはな(気合い・根性)
絶滅戦争を仕掛けておいて、負けても絶滅しないようにだと?
罷り通る道理がないだろう、そんな身勝手が
「何もしていない子供」? その子供を殺された親もいる筈だ
彼らに対し「相手は子供だから殺すことはない」などと言える筈もなし
人々の慟哭と憎悪を背負い、海を干上がらせんばかりの熱量の【紅炎灼滅砲】で、ゆりかごを跡形も残さず消滅させる
●
今や都市は廃墟にも似て、翠海の底に沈んでいる。
建造物の天辺が、救いを求めて手を伸ばすよう、点在して伸びる。
翠の星空の中、宇宙を泳ぐようにして、猟兵たちは『ゆりかご』を目指す。
子供たちの揺蕩う、その場所を。
●
(「心を強く、ですか……難しいですね」)
目的もなく、なんとなく、それっぽく、茫洋と日々を生きている。
その自覚が、エリー・マイヤー(被造物・f29376)にはあった。宛らこの、翠の海を漂う海月のように。
(「仕方ありません、目を閉じていきましょう」)
瞑目する。
それでも己は生きているのだ。フラスコの海から出て、生きている。
幸いにして、その身には念動力を宿している。視界はなくとも感じることに不自由はない。
念動力をソナーとして発し、その反応で以て海底探索を行う。状況の把握は勿論のこと、自身の移動や反転すらも自由自在。
進路を阻むものがあれば、それらの移動や破壊も可能だ。走査は恙なく進んでいる。
(さて、『ゆりかご』の反応は……)
もっと奥へ、もっと深くへ。
沈むように、進む。
●
――アリス・ロックハーツなる存在がいる。
今でこそ、とある猟兵の魂を侵蝕する形で精神寄生体となり、その生命を維持しているが。
(「大切な存在ね。それはもちろん|『あの子』《アリス・ロックハーツ》よ」)
その猟兵こそ、このアリス・セカンドカラー(不可思議な腐敗の|混沌魔術師《ケイオト》艶魔少女・f05202)。
(「私が猟兵に目覚めた日にこの手で討った末に“ふたりでひとり”になった『あの子』」)
親友であり、恋人であり、異母姉であり。
一言では形容すら難しい、筆舌に尽くし難い、けれど間違いなく、アリスにとっての『大切な存在』。
その魂を、その生命を、その胸に、その体に感じる限り、ふたりの――否、ふたりでひとりのアリスが、虚無に吞まれることはない。
沈みゆく如く、奥へ進む度に増す深度も、ふたりでひとりを分かつには、ああ、余りに役不足だ。
(「それはそれとして、|かわいこちゃんゲットだぜ☆《欲望解放》」)
……あっ、今回|そういう感じ《視野狭窄》なんですね。
●
機械天使の翼が、翠海へと躍り出て、揺らめく星雲を切り裂いていく。
海は深まれば深まるほど、美しい筈のその色も、暗さを増して黒くなる。
星にも似た光の瞬きだけが微か、深淵への道標だ。
だとしても、アンジェリカ・ディマンシュ(ケルベロスブレイド命名者・f40793)は怯まない。
彼女が広げたその翼が、折れることはない。彼女の心の体現である。
(「わたくしの意志は、虚無にも負けぬ強い心構えは、ゆりかごの子供達に手を伸ばすこと」)
それこそが、この戦場に降り立った己の使命と考える。
この場限りではない。ばら撒かれた『ゆりかご』を、そこに眠る存在を、手の届く限り取りこぼすことのないように。
(「この手を伸ばさなければ、助けられる命があるのですから――!」)
ならば、手を差し伸べないわけにいかないだろう。
●
(「僕が……、俺が、ちっぽけな存在なのは分かってる」)
上野・イオナ(レインボードリーム・f03734)は、その事実を痛感している。
宇宙の星々に、その模倣に、わざわざ思い知らされるまでもない。もう既に、思い知っている。
(「地球人とデウスエスクの戦いが現地人の生存競争にしか見えないなら、関わらないことが正解だと思う」)
それもまた真実のひとつの側面で、悲しいほどに理解だって出来てしまう。
だが、それでも、イオナはもう、心を決めたのだ。
この海に潜ると、翠に沈むと決めた、その瞬間に。
(「それでも関わるのなら、俺は俺のワガママを押し通さなければならない」)
エゴだと言う者もいるだろう。
これが『正解』なのか、イオナにも分からない。
ただ、彼が願うのは、ただひとつ。何を言われようとも、覚悟はもう決めた。
(「救いたいと思ったなら、地球人もデウスエスクも救いに行く!」)
星よりも強く輝き放つ|戦装束《ドレス》は、救えなかったひとの象徴だ。
それは人肉喰らいの|怪物《オウガ》と化した、|迷い子《アリス》のかつての姿。
(「……今度は、今度こそは必ず、救う」)
毎回毎回、懲りもせず思ってしまうのだ。
だが、だからこそ己なのだとも、彼は思う。
●
翠の星雲に、淡紅の花が沈んでいく。
しかしそれは決して、儚さと無力さの象徴ではない。
(「星の海に潜るなんて、本来ならワクワクするシチュエーションだけど」)
八坂・詩織(銀誓館学園中学理科教師・f37720)にとって、星は希望の象徴で、宇宙は雄大な世界だ。
それを恐れ、負の感情を抱いたことなど、彼女にはないのだが。
(「普段なら、宇宙のスケールに比べたら自分の悩みなんて大したことないな、とか、むしろ勇気づけられるのだけど……この海は……」)
生きる気力を奪い、生命なき文字通りの『静寂』の世界へと生命を帰す。詩織にとってそれは、余りにも悲しいことだ。
無力感よりも、その感情の方が強く上回る。それでも彼女の、|起動《イグニッション》により煌めいた青の瞳が、曇ることは決してない。
(「ここで終わりだなんて嫌、私まだ天文部の仲間とやりたいことたくさんあるもの。それに……」)
ああ、こんな時でも脳裏にその姿が浮かんでしまうほどに。
(「あの人の傍にいたいから。名前の通り日の沈まない夜のような、私にとっての|光《太陽》の傍に……」)
太陽の光を受けて初めて、輝くことの叶う月のように、苦しいほどに焦がれてなお、求めることをやめられない。
あの人の傍に、帰りたい。
詩織の帰るべき場所は、ここではないから。
●
(「水中か……面倒な場所に」)
戦場として厄介なのもそうだが、あくまで『デウスエクス存続』のための機能であるのも忌々しいと、オリヴィア・ローゼンタール(聖槍のクルースニク・f04296)は思わずにいられない。
あくまで地球と、人類と敵対する道を取り続けるデウスエクスの考えとあっては致し方ないものか、とも同時に思うが。
ともあれ、交戦の必要がないのは不幸中の幸いだ。余計なことを考えなくていい。
水着姿のオリヴィアだが、それも動きやすさを重視してのもの。
まっすぐ、底を見据えて海を蹴る。
水泳は得意だ。高速泳法の心得もある。深海に適応する術も。
徐々に暗さを増していく視界に、時折眩いものがちらつく。
(「このちかちかとした光……件の精神攻撃か」)
その分析は冷静だ。
だが、それは無感動と同義ではない。むしろ彼女の胸の奥には消せえぬ炎が燃えている。
(「私の中で渦巻く怒りと殺意、こんなもので萎えると思われているとはな」)
どこまでも虚仮にしてくれる。
(「絶滅戦争を仕掛けておいて、負けても絶滅しないようにだと? 罷り通る道理がないだろう、そんな身勝手が」)
滅ぼすつもりで来たのなら、滅ぼされる覚悟はなかったなどと、決して言わせなどしない。
海の水如きで潰えてしまう憎悪なら、星の光如きで掻き消えてしまう憤怒なら。
デウスエクスは、人類の敵は、|猟兵《てき》を侮りすぎたと思い知るがいい。
――そして、どちらか片一方に都合のいい話など、存在しないものと知れ。
●
「もう、大丈夫ですわよ」
母が腕を広げるように、アンジェリカの機械の翼が広がる。
かくして猟兵たちは無事に、『ゆりかご』の元へと辿り着いた。
言われた通りそれに触れれば、声を発しても肺が水で満ちることはなく。
地上と何ら変わりなく、対話も可能であるように思われた。
『環境適応兵器』の恩恵を、猟兵たちも受けたということだろうか。
目的の場所へは到達した。残る問題は、この『ゆりかご』の、そこに眠るデウスエクスの処遇である。
体をひとつにした、星雲の双子は未だ目覚めず、『ゆりかご』の中で目を閉じたまま。
「かわいこちゃんたちはまだおねむかしら? もちろんお持ち帰り一択よね?」
双子の姿をうっとりと見つめながら、アリスは当然の如くそう主張した。
正気か? と言いたげな視線をオリヴィアに向けられたが、堪えた様子はない。
どころか大半、保護に賛成の様子だ。
「……」
オリヴィアは、グリモア猟兵の言葉を思い出した。
(「『何もしていない子供』?」)
確かに、『今』、『この子供たちは』、そうかも知れない。
だが、それ以前に彼らは『デウスエクス』で、そして、そのデウスエクスには。
(「その子供を殺された親もいる筈だ。彼らに対し『相手は子供だから殺すことはない』などと言える筈もなし」)
無辜の子供だから、という理由で救われるべき命があると言うなら、それでは余りに不平等ではないか。
一生癒えぬ傷に、二度と取り返せない命に、それでは申し訳が立たないだろう。
人々の慟哭と、憎悪を背負い、この命に責任を取る覚悟がオリヴィアにはある。
海を干上がらせんばかりの熱量の|紅炎灼滅砲《ユーベルコード》を、『ゆりかご』に向けて――、
「――生きることが罪だとは、言わせない」
『ゆりかご』を一度アリスに託し、アンジェリカがそれを庇うよう、前に立つ。
退け、と視線でオリヴィアは語るが、むしろアンジェリカの眼差しは、ここは収めてほしいと訴えてくる。
「絶滅戦争を仕掛けてきたからといって、同じ事を返せば……そこに正義は無いでしょう」
「私も、子供達は保護すべきだと思います」
頷いたのはエリーだ。
だが、語るのは決して保護の流れに乗ったのではない、彼女自身の意志であり、考えだ。
「だって、私達はたぶん神経樹を破壊します」
生命を醜いものと断じ、滅ぼすと明確に宣言までした相手だ。
確実に仕留めなければ、奴は同じことを繰り返すだろう。
「そうして地球の優位が確定したとき。デウスエクスを生かす道を用意しなかったら。交渉の余地がないと思わせたら」
待っている未来は、ひとつしかない。
「どちらかが絶滅するまで終わらない、地獄の戦が始まってしまいます」
戦う力のある者なら、それも乗り越えられるかも知れない。
だが、そうでない、侵略に怯える人々にとって、その未来を確定させるのは、余りに酷すぎる。
「ですが、後の禍根を残しかねないという意見には一理あります」
詩織は『ゆりかご』を破壊したいわけではない。
だが、無条件で残しておくことのリスクも決して軽視はしていない。が
この双子が将来的に、地球の不利益となる行動に出る可能性はゼロとは言い切れない。
それに、オリヴィアが考えた通り、デウスエクスの被害に遭った人々に不安や忌避感といった負の感情を覚えさせかねないという、感情的な問題もあるだろう。
「保護するにせよ、そうでないにせよ、人里離れたところに隔離しつつ、定期的に有志が様子を見に来れるといいのかなと思いますが」
詩織は故郷シルバーレインの来訪者種族『ファンガス』を例に提案した。彼らは古き時代に日本に住み着き繁殖と成長を続けた存在だ。詩織の所属する学園は定期的に彼らの住む北海道に渡り、交流と共生を行ってきた歴史がある。
前例のあることであるから、そういった形で知恵を出すという方面で力になれるかも知れないと詩織は言う。
「あら、私なら魂の契約を結ぶことで安全性を確保できるわ。それはまるでチートのような、とんでもない才能があれば余裕余裕❤ それに空亡であれば、教育する環境もバッチリよ。決戦都市との名付けでケルベロスディバイドの地球と紐づけてあるからグラビティチェインの供給も可能だしね」
お持ち帰りする気満々のアリスは自信満々……と言うよりは、やはり当然のようにさらりと告げた。実際やろうと思えばできてしまうのだろうから、可愛らしい外見に反して末恐ろしい存在である。
「俺も監視は前提で、引き取ることも視野に入れてる。メリット……は、変わった種族だしこの子達の能力を調べたら防衛の足しに出来ないかな?」
ワガママだからメリットとか知らねーって感じもあるけど、なんて言いつつイオナも無条件ではない、よりよい条件で双子の命を守れるよう考える。
すると、同じことを考えていたらしいアンジェリカも深く頷いた。
「ええ、研究管理施設の手筈を整え、彼らとゆりかごの研究データが取れる体制を確立しましょう。ケルベロスやDIVIDEも、デウスエクスと協力データは欲しいはずですからね」
「………………」
正直なところ、ここまで皆の意見を聞いても、オリヴィアの考えは変わらなかった。
感情、リスク、その他様々な要因を考慮に入れても、ここで後腐れなく消滅させてしまうのが最善だと思う。
だが、オリヴィアは一度は上げたその手を下ろした。
「……いつかその双子が、何かしでかそうなどと考えるようなことがあれば。その時こそは完全に、跡形も残さず消滅させる。異論はないな」
それが、彼女にできる最大限の譲歩だった。
デウスエクスであることに変わりはないし、この怒りも、人々の嘆きも消えはしない。
だからこそ、越えてはいけない一線は必要なのだ。そして、残る猟兵たちも頷いた。
翠玉の少年も、黄玉の少女も、そうとは知らず未だ白昼夢の中。
アンジェリカは眠るその横顔に優しく、語りかけた。
「誰も――空を喰らう獣でさえも、貴方達を脅かす事は、出来はしない。わたくしが、守りますから――」
……さて、肝心の双子の保護先であるが。
引き取り手の立候補が複数あったこともあり、一度特務機関DIVIDEの預かりとなった。
相談により譲歩が発生する可能性もあっただろうが、それも含めて今後相談の場が設けられ次第となるだろう。
翠双の子は星の海より引き上げられて、決戦都市も元の姿を取り戻す。
彼らの未来も、地球の未来も、変わらず続けていくために。
さあ、次の戦場へと赴こう。
大成功
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