宇宙の外に何があるのか。宇宙の概念がある世界でも、それを解明できているところはなかった。
しかし、広大なる宇宙の世界スペースシップワールドの外には、さらなる宇宙の世界スペースオペラワールドが広がっていることが判明した。
その未だ星々が健在である広大なる外宇宙。その一角に、星と見まごうばかりの巨肉が集結していた。
「これだけのスペースがあれば多分大丈夫だと思うけど」
そう言うのは華表・愛彩(豊饒の使徒・華・f39249)。このスペースオペラワールドの出身者であり、今回彼女を含む『豊穣の使徒(+1)』はこの広大な外宇宙を使ってある実験を行うことになっていた。
「流石に宇宙規模ともなれば、まだまだ見果てぬ夢なんだよぉ」
甘露島・てこの(豊饒の使徒・甘・f24503)が周囲に広がる宇宙空間を見回して言う。
「まだまだ私たち程度のお肉では宇宙にワルいことはできないのでぇす。だから何をしてもいいのでぇすが」
宇宙の一角にユーベルコード製空間を作ってそこに肉を入れているが、それも宇宙と比べれば星屑一つにも満たない極僅かな空間。リュニエ・グラトネリーア(豊饒の使徒・饗・f36929)の言う通り、ここで何をしようと宇宙そのものに影響を与えることはできない。
「なんで残念そうに言うんですか……」
ミルケンピーチのボディの一人、花園・桃姫が不満げに言う。他と違い色々と不満そうな何かを溜め込んでいる彼女が前述の(+1)の部分であり、同時に彼女のわがままこそが今回の集まりの理由の一つとなっていた。
「とにかく、こんどこそ本当なんですね!」
それを念押しするように桃姫が夢ヶ枝・るこる(豊饒の使徒・夢・f10980)に詰め寄る。
「はい。以前から要望のありました品がようやく完成しまして」
その勢いを気にせず答えるるこる。桃姫の要望に応じて完成した品とは、『食べても太らなくなる品の試作品』であった。
「薬とかじゃなくて装備型ということになったんだよ」
「前回の経験から、ですの」
鞠丘・麻陽(豊饒の使徒・陽・f13598)と鞠丘・月麻(豊饒の使徒・月・f13599)の言う通り、件の試作品の形状は『食べても太らない』という言葉からは余り想像のつかない腕輪の形。
「薬剤もあるけど、それは補助的に……というお話でしたでしょうか」
「なのでぇす」
豊雛院・叶葉(豊饒の使徒・叶・f05905)の言葉にリュニエが答える。その手にあるのは『豊育の秘薬』でこれも中々ヤバめの代物なのだが、これが補助にしかならないという時点で既にこの試作品の凄まじさも察せるという者である。
「で、今回は食べるものはどうするんですか?」
そして毎度毎度食べては肥えて喚いてるのも忘れ桃姫が要求する。それに対しては絢潟・瑶暖(豊饒の使徒・瑶・f36018)が答えた。
「先日からの品を合わせたものが完成したというお話ですの」
そう言って用意されたのは、12席のついた大型テーブルと椅子のセット。なお席同士の間はかなり空いており、普通に考えればあと三倍は席数を増やせそうな余裕がある。
見た目は封神武侠界でるこるが見つけた無限料理提供の肥育拷問用絡繰りに似ているが、そのテーブルの上には晋時代には似つかわしくないものが乗っていた。
「タブレット……ですか?」
「ケンバイキとるこるさんの持っていた絡繰りを合わせたものですわ」
艶守・娃羽(豊饒の使徒・娃・f22781)がさらに説明を重ねる。テーブルの隣にある巨大な方にはモードのような大きな文字がいくつか並んでおり、席と同数ある小さな方には無数のメニューが並んでいた。
「こっちはバーガーショップでよく見かけますね。小さい方はファミレスや牛丼とかカレー……あと居酒屋とか最近色んな店で導入されてる奴ですね」
多言語やキャッシュレスにも対応したタブレット注文だが、桃姫の飲み込みの速さからしてどれだけ日ごろそれに順応しているのかがよく分かる。
ある種アナログであったケンバイキのボタンをタブレットに落としこんだ形になるのだろうが、それならば大きい方のタブレットの意味は何なのか。
「まあ、ともかく実際に試していただければと」
「それでは皆様、御座につきましょう」
これ以上は口で説明するより実際使った方が早いと、叶葉の号令により全員が席に着く。圧巻の肉体で10席が埋まると、過剰に空いているように見えた席同士の間は肉によって綺麗に埋まり、空席の二席分を残して隙間なく肉が敷き詰められる状態となっていた。
そしてここから食事前のいつもの|儀式《UC使用》。
「今回はどれだけ行くんですか……」
桃姫の不安げな声。回を追うごとに跳ね上がり今や天文学的単位まで届いた大食い量、今回はどれほどのものとなるのか。数字としては億を超え兆が見え始めている頃なのだが、自分だけUCを使っていない桃姫はその辺りは知る由もない。
そして準備も済み、いざ実食。
「それでは、まずは手動で参りましょうかぁ」
るこるが大きなメインタブレットに浮かぶ、『メニュー』の文字を押す。すると全員の席に一つずつあるタブレットに、様々なメニューとタブが浮かび上がった。
「えーと、まず飲み物にクイックメニュー、肉メイン魚メイン揚げ物ご飯……」
桃姫が手早く欲しいものを押し、さらに画面内のタブを押すことでページを切り替え別種のメニューを素早く呼び出す。そのあまりにも良すぎる手際はこの方式の注文に彼女がいかに慣れ切っているかの表れだろう。
「桃姫さん、随分手慣れてますの……機械にお強いのでしょうか?」
「絶対そういうことではないのでぇす」
「そうとう使い込んでるね、あれ」
そうして注文すれば、すぐに料理が現れる。テーブルに並ぶのはやはりこのタブレット注文に相応しい、ファミレス的なメニュー。
「まずはポテトに唐揚げ、それからハンバーグにスパゲッティ、カレーに和定食……やはり種類は豊富ですわね」
「ガレットにティラミス、それからもちろんパフェもあるんだよぉ」
「今日はぺしぇちゃんがいないはずなのにお子様ランチがあるのはなぜ、でしょう?」
「月麻ちゃん多分そこは突っ込んじゃダメなところ、だよ」
特定のジャンルに絞らないタイプのファミレスなら、料理の種類や分野は統一感なく雑多。それらが無節操にテーブルに置かれていく様はさながら一時期流行った『ファミレス全メニュー注文』と言ったところか。ちなみにちゃんとサラダも出されている。ただし|ポテトサラダ《炭水化物の塊》だが。
「ふぁみれす、というのはあまり馴染みがありませぬが、薄利多売の業態なのでしょうか?」
「それであってもおいしいところも多いですが、一般的にはそう取られがちでしょうかぁ」
そう言いながら叶葉とるこるが出てきた者を口に運ぶ。そしてその味はというと、今言ったばかりの言葉を撤回せざるを得ないもの。
いずれも専門店レベルの味であり、あくまで注文方法と並んだ時の様子がファミレスっぽいだけ。どちらかと言えば見た目のそれっぽさに桃姫がそれらしいものばかり出しただけであり、偏らせ方を変えれば大体の店は再現できるだろう。
そんなファミレスフルコースをまるでそれ全体が前菜であるかのようにぺろりと食べきり、さらに先に進む。
「元がケンバイキですので、もちろん別の機能もついておりますわ」
そう言って娃羽が大型タブレットを操作すると、また別のものが出る。
「あ、これは……」
それは小さな壺に入った肉。以前ケンバイキからも出るようになっていた、アルダワの某焼肉店名物壺漬けカルビだ。
ケンバイキには改造の末、あらかじめインストールした特定の品を出す機能もついていた。それもしっかり受け継がれているということだろう。
「ええ、他にもいくつかインプットしてありますので、よろしければご賞味くださいませぇ」
るこるがスペシャルメニュー欄から自身が様々な世界で食べた品を指定する。上質なしゃぶしゃぶセットに、るこる考案XXXライスバーガー、配下の信徒経由で入手したジンギスカンと肉類だけでも多種多様。
「おお、やはりるこるさんは様々なお肉と戦ってらしたのでぇすね」
現状発見されているほぼ全ての世界に相当回数訪れているるこるならば経験と知識は相当なもの。その世界で集めてきた品を登録すれば、36世界ワールドコースも簡単に作れてしまうだろう。
「それと一応これも入れてはあるのですがぁ……」
妙に歯切れの悪い言い方と共に出されたのは、謎の白い直方体。
「あれ、これって宇宙航海用の保存食?」
このスペースオペラワールド出身である愛彩がそれを見て言う。確かにそれはゼリー状の素材を固めた、効率最優先の宇宙食のようにも見えた。
そしてそれを一口齧ってみる愛彩。
「……なんか、微妙だね……」
その反応はあまりいいものではない。他の面々もそれを口にしてはみるが、やはりあまり芳しい反応は出てこない。
「少し甘い気もするけど、スイーツと言うには物足りないんだよぉ」
「カロリーはそこそこありそう、ですが」
「これは何、かなぁ?」
一体どこの何を持ってきたのか。その疑問にるこるが答える。
「スペースシップワールドで可能な限り再現したイカ、だそうです」
これは今いる宇宙の内側、|惑星《ほし》なき宇宙スペースシップワールドで、とある情報系漁師の飽くなき探求と無謀な挑戦の結果作られた試行錯誤の品であった。以前貰ったものなので一応登録はしておいたが、余り積極的に出されるものではないだろう。
「そっか、内宇宙は惑星がないから海もないんだよね。私の星には海もイカもあるから、出来るなら案内してあげたいけど……」
愛彩が自身の故郷を思い出しながら、顔も知らぬその誰かを思う。残念ながら現状猟兵ならぬ身が世界を自由にまたぐことは出来ない。それは|二つの宇宙《シップとオペラ》も同じであり、かのプリンセス・エメラルドさえそこを渡る準備に三年を費やしたことを考えればおいそれと叶う願いではないのだろう。
ともあれ、今はそんな出来ないことを嘆いても仕方がない。今なすべきことはこれとして、さらにリュニエがメインタブレットをいじる。
「こちらの機能も付けてあるのでぇす」
リュニエが『オート』の表示を押すと、出てくるのは大量の肉料理。種類は以前からあった焼肉にステーキ、トンカツや焼き鳥の他、肉寿司やアイスバインなど少し変わったものも追加されていた。
「これはどういうことなのですか?」
桃姫が目の前に山積みされた醤油唐揚げを次々食べながら尋ねる。
「こちらは絡繰りの方の機能を活かしたものですねぇ。メインに設定した人の好物を読み取って、それを全員に提供する機能ですぅ」
ケンバイキとならぶもう一つのベースである封神武侠界製絡繰り。本来は着席したものの好物を読み取って提供し、それによって拘束しつつエネルギーを吸収するというものであった。それを改良したのがこの機能だ。
「確かに、前回は絡繰りは一人ずつでしたね」
「それはそれで個人に合わせられるのですが、やはり融通の利かないところが色々ありまして」
元があまり平和的な目的に使われるものではなかった関係もあり、そのままでは『美味しいものを楽しく食べる』ということには不向きだったその絡繰り。また自動で着席者の好物が出てくるのはいいが、それは言い換えれば『好物しか出てこない』ということでもある。いくら好きなものでもそればかりでは飽きてくるし、好きなだけに何度も食べている、つまり上物であっても味の想像がわりとついてしまうということもある。
他人の好物を振舞われることでそう言った部分を解決し、また自分が好きなものをシェアすることで交流や話題作りにもなる。
「唐揚げって色々種類があるんですの」
「カラッとしてればそれでいいというわけでもないのが奥深い所なのでぇす」
揚げたてサクサクが一つの究極系であるのは間違いない所なのだが、それはそれとしてじっくり濃いタレに浸してしみこませたり、ソースや餡をかけたものもそれはそれで非常に味わい深い。現に桃姫などはさっさと醤油唐揚げを食い尽くし、今度は同量の塩唐揚げを貪りだしていた。
「一応実験の為に好きなものがよく知られてる私たちがやってるけど、良かったら桃姫さんもやって欲しいんだよぉ」
一通り肉料理を食べきった所で今度はメインをてこのに交代。そして出てくるのはやはりスイーツ類だ。
大定番のケーキにパフェ、クレープの他大福やあんみつなどの和スイーツも完備。
そしてスイーツは食べるものだけに非ず。
「このチョコレートドリンク、何かちょっと変わった味がするんだよ」
「ガラナ系、です? でも何だか人工的な感じもしますの」
濃い目のチョコレートドリンクだが、他のスイーツとはだいぶ毛色の違うそれはやはりるこる経由で仕入れられたもの。
「つい先日サイバーザナドゥで得たデータを装置に入れてみたのですが、上手く再現できたようでよかったですぅ」
その純エネルギーと銘打たれた謎のドリンクは、どこかジャンクさを感じさせながらもやめられなくなる怪しい味わい。綺麗で上品なだけではない甘味の危ない快感も、てこのを中心に一同にシェアされていく。
そんな風に絡繰りから受け継いだ効果を活かして好物の発表会が続いていくが、その中で少なくとも桃姫だけは気づいていないことが一つ。
そもそもこの絡繰りがなぜ着席者の好物を無限提供するかと言えば、着いた者を太らせ肥育パワーを搾取するため。そのため提供される食事には、通常のものとは比較にならないほどのカロリーが搭載されている。そして豊穣の使徒たちにとって肥育は肯定すべき行為なわけであり、その機能は削除どころかより強化された上でそのまま引き継ぎ搭載されていた。
メインとなった者の好物の披露会、それは『自分の好物はこんなにもカロリーがある』ということを身をもって自慢し、体験させるものでもあったのだ。
さて、メインタブレットの大項目も残るは一つ。『ランダム』と書かれたそれをるこるが押すと、即座に彼女の前に何かが出て来た。
「それは……メンチカツですか?」
出てきたのは揚げたてメンチカツ。るこるがそれを二つに切ると、中からは肉汁が溢れ出し衣の油分と合わさって非常に香り高い。
「これはやはりリュニエさん、でしょうかぁ?」
「いいえ、そうとは限りません。肉と揚げ物の組み合わせなんて嫌いな人がいるわけないのでぇす」
二人の会話に桃姫が不思議そうな顔をするのを見て、るこるが説明する。
「これは着席している全員の好物を感知し、それをランダムに誰かに提供するものになります」
つまり、オートの全体版のようなものと言えるモードである。そして確かに肉と言えばリュニエだが、彼女の言う通りこういう感じのものはこの場にいる全員の好物とも言えた。
そしてそれからも様々な料理が次々と出てくる。
「こちらは生春巻きですの、衣装としては月麻さんや麻陽さんが思い起こされますの」
「それだとこっちのメロンケーキは瑶暖さん、でしょうか?」
「でもスイーツ系だとてこのさんの存在感が大きいんだよ」
出てくるもののイメージからの|犯人《元ネタ》探しを楽しんだり。
「こちらの九条ネギと醤油のスパゲッティはしっかり出汁も利いていて和食風ですのね」
「ええ。以前いただいたしらすと青葉のぴざ、より伊太利亜のお料理を日ノ本の味付けで頂くのが最近の|私的流行《まいぶーむ》にござりまして」
変わらないように見えて色々吸収している意外な一面が見れたり。
「イカ焼き、イカメンチ、イカスミパスタ、活け造り……このイカ尽くしはなんなのかなぁ?」
「あ、それ私だ。さっきのイカの人の話がずっと頭に残ってて……」
会話の中で思わぬ精神汚染が発覚したりと、ランダムならではの様々な楽しみが卓上では繰り広げられていた。
「皆さん本当にいいご趣味してますね、美味しいです!」
そしてそんなこと一切気にすることなく、出てきたものを貪り食う桃姫。彼女の場合味が濃く量が多くハイカロリー……言ってみれば『|罪深い《太りそうな》もの』全般が好みなので該当品が幅広過ぎて分かりづらい。
そんな桃姫にるこるが少し会話を振ってみる。
「現状こんな所なのですが、今後の展望について何かご意見はありますでしょうかぁ?」
「展望ですか? そうですね……」
しばし考える桃姫。
「やっぱりいろんな世界の郷土料理とか、そういうのを集めて欲しいですね。何でもあるのは確かにありがたいのですけど、多すぎると判断に困りますし、それに種類の多さとは別に特集とかイベントとかの特別感があるものの方がより食べたくなるというか……」
完全に飲食店へのアンケートのような回答だが、とりあえず色々な世界の品を食べたいということらしい。毎回様々な世界で縁を持った人物や場所を紹介してきたが、それを続けつつ何かそれらを巻き込んだ遊び事を……といったところだろうか。
「なるほど、参考になりましたぁ。それでは、それ以外の事については後程でぇ」
食べ物に夢中な桃姫は最後の不穏なワードには気づかない。そのまま賑やかかつ和やかに、試作品の試運転は続くのであった。
「ごちそうさまでした」
そして試作品から出た食料は食べ尽くされ、最初の試運転は終了となった。
「無事何事もなかったようでよかったですぅ」
「はい! この腕輪を付けていれば食べても太らないんですよね!」
いい笑顔で言う桃姫。その体はあれだけの量を食べたにもかかわらず、食前と全く変わらない(それでも常識外れに豊満な)体型であった。
それに対し、るこるは変わらぬ笑顔で答える。
「はい、効果時間の内はぁ」
それを聞いた瞬間、桃姫の笑顔は凍り付いた。
「……はい?」
そこでるこるが腕輪の効果の説明を入れる。腕輪の効果は以前アックス&ウィザーズであった魔法装置を参考に作った、いわば『脂肪をどこかにあずける』という効果のあるもの。もちろんその効果がなくなれば、預けたものは帰ってくる。
「預けっぱなしにするには……」
「残念ながら効果時間がありましてぇ」
「そ、それはどのくらい……」
「そうですねぇ、大体……」
桃姫がごくりと唾をのむ。
「今くらいかとぉ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
スペースオペラワールドの大宇宙。いくつもの惑星が浮かび船が行きかう星の海を、一騎の騎馬武者が駆け抜けていた。
長い一本角を持つ騎馬に跨ったのは、全身タイツに袢纏を羽織り刀を携えた長身の少女。サムライかぶれのウォーマシンであり、豊穣の使徒たちをこの世界に転送したグリモア猟兵シャイニー・デュールが転送場所近辺で観測された異常なエネルギー反応の確認へと急いでいた。
「むむ、反応があったのはこの辺りのはず……」
広大な大地を持つ肉色の惑星に着陸、そこの探索を始めるシャイニー。しかし自身の電子頭脳にインプットされたデータには、この辺りに惑星の存在は記録されていない。
慎重に探索を始めるシャイニー。そこに彼女を呼ぶ声がかかった。
「シャイニーさーん!」
その声の聞こえた方に乗騎を走らせるシャイニー。果たしてそこにいたのは、彼女が転送した猟兵の一人であった。
「おお、愛彩殿!」
そこにいたのは肉色の大地に埋もれた愛彩。否、埋もれているのではない。この大地自体が、肥大した愛彩の体だったのだ。
「これはこれは、随分と様変わりなされましたな!」
「まあ、また新記録だしね……でもそれならシャイニーさんも大きくなってない?」
「左様! こちらは拙者の|オーバーボディ《クロムキャバリア》ブロッケンと、その|サポートマシン《麒麟キャバリア》カムクワットにござる!」
今の彼女は生身ではない。自身と全く同じ姿をしたキャバリアに乗り、さらにその状態で麒麟キャバリアに跨るという|キャバリア二つ分《約10メートル》の機械の騎兵となっていたのだ。そしてその状態でも、今の愛彩の肉に立てば地平に取り残された小さな単騎にしか見えない。
「異常なエネルギー反応を感じ馳せ参じましたが、一体如何な状況で?」
「あー……それならるこるさんが詳しく説明してくれるかな。あっちの方だと思う」
愛彩が差した肉の地平線の向こう。シャイニーがそちらへ馬を走らせると、そこには愛彩以上の肉となったるこるがいた。
「シャイニーさん、お疲れ様ですぅ」
シャイニーを発見し、普段と変わらぬ口調で挨拶するるこる。
「るこる殿、これは一体如何な事態で?」
「そうですよ、どういうことか説明してください!」
シャイニーの質問に食い気味に響くヒステリックな声。肉の密着度が高いのかるこるのすぐ近くに桃姫の肉が広がっており、肉まみれの顔で喚き散らしていた。
「まだ説明できていなかった効果に「着用している間『蓄積カロリー』が常時増幅される」というものがありまして、その増加幅に全員で重ねたUC効果とリュニエさんの薬がそれぞれかけられた結果こうなったようでぇ」
まずそもそもの食事量がすさまじかったのは言うまでもないのだが、腕輪の効果で肉を預けている間はそこに利子がつく。そしてその利子付きの肉が戻ってくるときUCなどの効果でまた割り増しされたことによって、宇宙に浮かぶ肉の10連星と言えるほどの体になってしまったのだ。
「タチの悪いカード払いみたいじゃないですかそれ!」
「複利は資産形成時は頼もしいですが、借財にかかると恐ろしいことこの上ありませぬからな。それで刀を売り、竹光差して傘張りで食いつなぐことになる侍も幕末には珍しくなかったようで……」
利子を加えた額が新たな元本になる、まさにそんな雪だるま式の結果である肉達磨を揺らして桃姫が喚きちらし、シャイニーは何か分かった顔をする。
「加えて一応全員分の体型もデータ化はしたのですが、データが古く実際とは齟齬があったようで……」
その|体の発育具合《天賦の才》の数値はきちんと取っていたはずだが、諸般の事情により一年以上更新されないままであった。その古いデータで肥える目算を付けてしまったため、元本の時点で予想外の数字になってしまっていたということだ。
そしてそれだけ肉がついたということは、落とせるものを落としても相応に残るということ。
「また、服とか下着とか衣装を探し直し……」
「慣れたこととは言え大変ですねぇ、全裸で過ごすわけにはまいりませんし……」
使徒たちや桃姫にとって衣服はほぼ消耗品。その消費速度がさらに増したことを二人は嘆く。
「では、状況も分かりましたので皆様を転送いたします。愛彩殿があちらの方にいるのは知っておりますが、他の方々を探しに行かねばなりませぬな。全員を発見し転送し終えてから戻ってまいります。しからば、御免!」
この状況でもマイペースを貫くシャイニーが、そのまま馬首を巡らせ走り去っていった。蹄が肉を蹴る感覚に震えながら、二人はその後姿を見送る。
「……私達、いつ帰れるんですか……?」
「恐らくシャイニーさんが全員分の体を巡り終えるころかとぉ」
果たしてその走行距離はどれほどになるのか。いかに宇宙対応のキャバリアとて巡るのに相当な時間がかかるであろうことは想像に難くない。
「まあ、お腹がすいても食べ物の当てだけはありますのでぇ」
「それ結局また太るじゃないですか!」
そしてそうなればさらに肉が増えてシャイニーの探索する範囲も広がり、結果帰還の時間もまた延びる。
「そう言えば桃姫さん、先ほどの質問の続きですが、ここからのご要望は……」
「食べても太らない! 万一ついても何もしなくても消える! そんな単純な話なんですよ!」
その時間つぶしを兼ねた質問の続きと、それに対してのこの状況でなお都合のいい答えのやりとりをしつつ待っていると、るこるの肉が突如地響きの如く揺れた。
「あ、下の方に触れていたお肉が消えましたねぇ。おそらく娃羽さんがお帰りになったのかとぉ」
「やっと一人!? シャイニーちゃん急いで!」
宇宙のロマンが尽きないのは結構なことだが、宇宙と同じく膨張を続ける肉の地平にそんな永遠のロマンを果たして求められるものなのか。肉の大地を旅する同僚がそれを解せずさっさと話しを終わらせることを願い、肉の星は宇宙の海に浮かぶのであった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴