ケルベロス・ウォー③〜幻惑の、その先へ。
「皆さん、新しい予知を伝えます。」
白い翼を風に揺らし、ひとりの天使が皆の前で話し始める。
グリモア猟兵の白霧・希雪(呪いの克服者・f41587)は、小さなメモを手に、はっきりと通る声で。
「この度は戦争とのことなので……また、想像を絶する激しい戦いが待ち受けるのでしょう。ですが、皆さんなら大丈夫だと、信じていますので。」
ケルベロスディバイド世界での戦争。
猟兵にとって、また異なる理で回る世界。普段と違うことが多いが……それ故に人を惹きつけ、それ故に異なる危機を持つ世界。
敵は|過去《オブリビオン》にあらず。“死”の概念が存在しない侵略者から地球を護る戦いとなる。
「では、予知の内容についてですが………」
軽く見回して、瞳を閉じる。
希雪の予知は、霧の中の夢として現れる。それを、できるだけ鮮明に脳裏に描き出して。
「舞台は都市に存在するとあるトンネル……それ自体は他のものと変わりないものですが、そういったものはしばしば奇妙な都市伝説の舞台となります。故に……原罪蛇目デューサの利用する「おそれ」が溜まっていく。」
ただのトンネルであっても、その暗がりに何かを感じた不特定の誰かによって物語はつくられる。
都市伝説はそのものは実態のない、ただの嘘。それでも、多くに広まり信じられることでそれは力を持つ。
「トンネルには既におそれが溜まり、メデューサの手によってそこからデウスエクスの軍団が大量に送り込まれています……ですが、それを「土蔵篭り」の一族が食い止めている。」
土蔵篭り───それは忌まわしき純血の霊能力者たち。
メデューサの強力な軍勢を押し留める程に。しかし、余裕は全くと言っていいほど無い。
正面から彼らとぶつかれば敗北は必至であり、迷宮に閉じ込めることで時間稼ぎを図っている現状なのだ。
「還らずのトンネル……彼らがトンネル内に作り出した迷宮は、送り込まれたデウスエクスを逃すことなく閉じ込めています。皆さんには、これの討伐をお願いしたいです。」
一体一体はそれほど強力ではない相手ではあるが───だからこそ数とその特性が脅威になる、のだという。
「敵方にも厄介な能力を持つものが存在し……「迷宮職忍ダンジョンメイカー」という存在によって閉じ込めるための還らずのトンネルが逆にデウスエクスの巣窟と化している様です。」
トンネルという場所、土蔵篭りによって迷宮化した現状を利用する敵。
本来なら依頼によって動く存在ではあるが───現在の彼女らにとってはその限りではない。
的確に、確実に。不死身の彼女らの生存がかかっているというのなら、その本気度も伺えようというものだろう。
「外敵を撃退する仕掛けは、武力によるものではありません。幻覚を見せ、心を蝕み、その行動を封じる。意志を抉り取るものになっています。私と違って皆さんは強いので、問題ないとは思うのですが……どうかお気をつけて。」
幻覚を見せるモンスターやガス、精神に影響を及ぼさせる状態異常。
様々な姿に変化して惑わす不定形のモンスター達。
どんな手を取ってくるかは分からないが、どんな手でも取れる相手であるというのは確かだ。
「未だデウスエクスはトンネルから出ることができませんが、時間が経てば解き放たれ、またこのトンネルは彼らの拠点となるでしょう。ですので、その前に。」
おそれを起点とした敵の拠点が作られてしまう。それだけは阻止しなければ、敵の侵攻がより激しいものとなってしまうだろう。
少し言葉を切って、希雪はくるりと背中を向ける。
軽く手を広げると、グリモアの白い霧が満ちてくる。
「それでは、門を開きます。行き先は、ケルベロスディバイド……“還らずのトンネル”」
「健闘を、お祈りしています。」
カスミ
カスミです。少しゴタついていて数日間シナリオが出せなかったのですが、落ち着いたのでお出しできる様になりました!
今回は最近よくやってた戦線ルールでは無いので少しはてなを浮かべながらではありますがここからどんどんシナリオをお出ししていければと思っています!
ですので、シナリオ参加の程、よろしくお願いしますね。
それでは、説明に移らせていただきます。
ケルベロス・ウォー、戦争シナリオとなっております。
なので、一章完結の短いシナリオとなっております。ご了承ください。
第一章・幻惑のダンジョンを攻略しろ!
還らずのトンネル内、敵が作り出した精神攻撃系のギミックを乗り越えましょう!
一応その先にダンジョンメイカーが居てそいつを倒すのが目的となっておりますが、描写に含めなくても大丈夫です!
精神攻撃の例ですが、例えば幸せな幻惑を見せられ振り切ったり、自分の大切な人に化けた影やスライムが襲いかかってくる、などなどです。この部分はお好きにどうぞ!
第1章 集団戦
『迷宮職忍ダンジョンメイカー』
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POW : 螺旋忍法『ダンジョンモンスターズ』
レベル×1体の【ダンジョン構築兼維持・防衛用のモンスター】を召喚する。[ダンジョン構築兼維持・防衛用のモンスター]は【依頼者の指定した通りの】属性の戦闘能力を持ち、十分な時間があれば城や街を築く。
SPD : 螺旋忍法『ダンジョンビルド』
戦場全体に、【依頼者の指定した機能付きで希望通りの素材】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
WIZ : 螺旋忍法『ダンジョンクリエイト』
【拠点構築】と【召喚術】と【団体行動】と【地形の利用】と【結界術】と【罠使い】を組み合わせた独自の技能「【ダンジョンクリエイト】」を使用する。技能レベルは「自分のレベル×10」。
イラスト:透人
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
アレクサンドロ・ロッソ
白い霧を抜けると、その先にはトンネルが口を開けていた。
「…ここか」
"還らずのトンネル"と言われたそのトンネルは、なるほど確かにどこか不気味な雰囲気を漂わせている
だが、
「奥まで進み、デウスエクスを討てば良いだけの話だ」
気にせずに奥へと進んでいく
しばらく進むと、周囲の景色が変化していく
今は亡き、母と|エルピス《義娘》が、光に満ちた視界の中でこちらに向かって微笑んでいる
「……下らんな」
小さく呟き、魔力を放出する
空気中に漂う魔力を励起させ、小賢しい幻影をまとめて吹き飛ばす
このくらいの出力ならトンネルごと消し飛ばすことはないだろう
神を謀ろうとした者の末路としては、上出来だ
暗い影蠢く、迷宮。
此処は、至極一般的で普遍的なとあるトンネルだ。ただ、ひとつの噂が原因で敵の巣窟となってしまっただけの。
深夜に通れば抜けることはないだとか、人柱の霊が神隠しを起こすだとか。噂自体もありふれたつくりばなしだった。
しかし、それを知れば、冗談と知りつつも心のどこかで“おそれ”を抱く。
此処は───その成れ果てだ。
暗い空間に、どこからか発生した白い霧。
その奥から、カツ、カツと冷たい音を刻む足音が、閉鎖された空間内に響く。
「……ここか。」
霧を裂いて現れたのは綺麗な黒髪を揺らし、それより綺麗で神々しさすらも感じさせる龍の翼と尾を持った猟兵、アレクサンドロ・ロッソ(豊穣と天候を司る半神半人・f43417)だ。
アレクサンドロは静かに周囲を見渡し、常に張り巡らせている魔力での探査も気に掛けて───違和感を感じ取る。
土蔵篭りによって歪められた形跡は、正しく分かる。
その後、ダンジョンメイカーとやらに造り替えられた痕跡も、読み取れている。
だが、それらを抜きにしても。
なるほど確かに。此処はどこか不気味な雰囲気を漂わせている。
おそれ、というものだろうか。それともその原点となった真実の無い噂の具現か。
考えれば、聡明な頭脳は幾つかの可能性に導いてくれるだろう。
だが。
「奥まで進み、デウスエクスを討てば良いだけの話だ。」
今は依頼であり、頼るのは自らの力だけではない。
事態の改善も、グリモア猟兵に導かれた道筋を辿れば為されるだろうから。
アレクサンドロは気にせず奥へと進んで行く。
しばらく進んだところで、アレクサンドロの瞳に僅かな違和が映る。
ほんの小さな、違和感。例えるならばパズルの1ピースだけが異なるピースと置き換わっているような───
それを認識した瞬間に、周囲の風景はその違和感に|塗り潰された《・・・・・・》。
気持ちの悪い平穏な風が、アレクサンドロの頬を撫でる。
風景はまるで───レクシアの、光に満ちた大神殿のようで。
ふたり、光の中に居る。
微笑んでいる。
あの、顔は。
目の前の光景を脳が拒否して、ひとつひとつ理性が噛み砕いたそれを、認識すれども未だ信じることができなくて。
笑いかけている。
アレクサンドロにとってかつての平穏───“幸せの景色”の象徴たる|母《ルシアス》が。
そして、“過ち”と“信念”の象徴たる|義娘《エルピス》が。
半分だけとはいえ、人間とは弱いものだ。
どれだけ強い信念を、覚悟を持ったとしても。目の前に映るそれに、一瞬。ほんの一瞬だけは───心を揺らしてしまうのだから。
嗚呼、だとしても。
端的に言えば───相手が悪かった、のだろう。
「……下らんな。」
アレクサンドロは小さく呟き、魔力の放出を始める。
虚像が何か震えにもならない雑音を発している様だが、そんなものは認識する必要が無い。
よりにもよって、幻影、幻術は。
アレクサンドロの永い生涯で最も大きいと言っても良い程の、取り返しのつかない失敗を想起させる。
あの時も、敵はエルピスの姿を。
だから、二度目は無い。
アレクサンドロは空気中に漂う魔力を励起させ、指向性を持たせて放つ。
技とも言えぬ力技ではあるが、ただの幻影を吹き飛ばすには十分だろう。
過剰に励起された魔力は暴走し、それは一直線に全てを崩壊させる魔弾と化して。
それは、幻影を貫き掻き消した。
それは、壁をぶち抜き消し飛ばした。果てはその奥、この幻影を作り出した首謀者まで───
結果として、トンネルは変わらず存在している。
非常に有情と言える。もし、アレクサンドロがほんの少しでも多く、怒りを覚えていたのなら。
───神を謀ろうとした者の末路としては、上出来だ。
大成功
🔵🔵🔵
ゼロ・ブランク
◆アドリブ連携大歓迎
(希雪ちゃんが予知した依頼だもん、いつも以上に頑張っちゃうぞ!!)
意気揚々と現場のトンネルへ向かうゼロ
しかし、そこに待っていたのは希雪の影だった
・ゼロにはガッカリした、みたいな事を言われる
・つい最近、模擬戦で「ゼロが希雪に冷めるよ~」なんて精神攻撃を希雪が仕掛けられたことをふと思い出す
・「逆にアタシが希雪ちゃんに冷められちゃった!?」と一度は大ダメージを食らう
・希雪と繋がる指輪を大切に握り、これは敵の思惑だ、目を覚ませ!と自分を奮い立たせる
・立ち上がって竜を描き、幻影もボスも竜にボコボコにさせる
なお、その竜は希雪の弟弟子に宿る竜に似てたとかなんとか
影蠢く迷宮内に、またひとつ。静寂を裂く軽い足音が響く。
一見すれば真面目な表情で、自慢の武器をしっかりと握りしめて。ゼロ・ブランク(スリーオーブラック・f42919)は迷宮を慎重に歩む。
───希雪ちゃんが予知した依頼だもん、いつも以上に頑張っちゃうぞ!!
声に出さぬままに、そんなことを考えながら。
此処はトンネル内部に敵が作り出した迷宮であり、待っているのは精神攻撃を行う敵ばかりなのだと聞いている。
聞き逃すはずもない。なんたって、愛する天使からの言葉なのだから。
それに、関係ないことを頭に浮かべる余裕もまた、あるつもりだ。
ゼロには過去の記憶が無い。夢に見たり、若干の既視感を覚えることはあれど、確たるものはその心に未だ在らず。
以前、トラウマを引き摺り出してくる様な依頼に出た時も、そのおかげと言っては何だが無事に乗り切ることができた。
だから、大丈夫だと。
それが、全くの根拠たり得ないことにも気づかず、足を進めていく───
───あれ? 道、こっちでいいんだっけ。 いや、ちがう。ここは……
違和感。
何故気づかなかったのか。気づけなかったのか。
今ゼロを取り囲んでいるのは、無機質なトンネルのコンクリートではなく黒々と渦巻く闇だけだ。
進む道も、戻る道も分からなくなる程に。
少し先、ぼやけた人影が見える。
ゼロが目を凝らせばそれは徐々に鮮明になり、シルエットが現れ、段々と色合いを手にして───
身長は、自分より、少し小さい。
服は、上下一体の足元まであるローブ。
───あ、これは……もしかして
髪は、長い。サラサラとして、腰ほどまで届く純白のロングヘアー。
瞳、は、赤くて。
背には、特徴的な───大きな白翼、が。
「希雪……ちゃん?」
それで、そこにいる天使は。翼を揺らし、言葉を紡いで。
「……ゼロには、ガッカリした。」
「……え?」
脳が一瞬、その言葉を拒否するように、何も考えられなくなる。
今までふたりで歩んだ日々。そういうには未だに短いものだが、決して薄くはない時間を、とびっきり大きな気持ちで過ごした時間を。
その厚みが、希雪への信頼が、愛情が。ゼロへと牙を剥く。
「私の目の前からいなくなって。消えて。死んで。」
一言一言が重たく突き刺さる。
想像もしてなかった。想定もできなかった。そんな言葉から逃避するかのように、思考は過去へと遡って。
『ゼロちゃんも弱いセンパイ見たら冷めるかも……?』
妙に、とある言葉が脳内にこだまする。
確か、あれは希雪が妹弟子であるスィフルと模擬戦していた時だったような。
あの時は、違うよって、言いたくて。
それだけで必死だったけど。
今はただ、ショックで。怖くて。
希雪ちゃんも、こんな気持ちだったのかな。
そんなゼロを見て、希雪の姿を模る影はニヤリと口端を吊り上げる。
精神への攻撃を得意とするだけあって、人が崩れるさまは、手に取るようにわかるから。
でも、これは。
そんな彼らにも予想はできなかった、のだろう。
ゼロが付けている小さな指輪。それが暗闇の中で、小さな光を放つ。
それは、意思。
ゼロへと流れ込む、本物の天使の、意思。
まず心配が流れ込んで。
そのあとに、ほんの少しだけ意思を引っ込める。
ああ、これは───
安心できる。いつもの、希雪ちゃんだ。
───なら、目の前の希雪ちゃんは、偽物……ってことだよねっ!
そう。これは、敵の思惑。
本物の希雪ちゃんが、そんなこと、するわけない! 目を覚ませ、アタシ!!
自分を奮い立たせ、ぐらついた足を力強く、前へと一歩。
その手にはしっかりと握りしめられた、いつものペイントスプレーが。
───とびっきり強いものを描かなくちゃ! ドラゴンちゃん……んー、希雪ちゃんのは格好いいけどダメだし……スィフルちゃんの、あの子!
ゼロは虚空を塗りつぶすかのようにスプレーを走らせる。
描くのは、こんな幻影も全部全部、吹き飛ばせる最強の──!
「出てきて、ドラゴンちゃんっ!」
『グルアアアアアァァ!!!』
ゼロが描いた黒き龍は、猛る咆哮ひとつあげ、その圧倒的な威圧感を感じさせる姿で天使擬きに迫る。
乱雑に振り回される薙刀も、黒き炎でさえも。その全てを弾き捩じ伏せ、お返しのブレスをひとつ。
風が吹き、雷が満ちる。まるで余波だけで嵐の中心にいるかのような、そんな一撃を!!
龍が放った息吹はその進行上にある全てを破壊し、天使擬きはおろか、敵が作り上げた迷宮までもを半壊させるに至る。
無論、その奥に居たダンジョンメイカーの一人もまた、巻き込まれることとなる。
「あー、ちょっと疲れちゃった! 早く帰って癒してもらわなくちゃねっ♪」
大成功
🔵🔵🔵
ムゲン・ワールド
アドリブ歓迎
「さて、と。まぁ私の場合は君だよな、夕蝶」
現れるのは漢服を身に纏った白髪碧眼の少女。ムゲンを見てふわりと微笑む。
※夕蝶は簡単にいえばムゲンが救えなかった家族以上恋人未満くらいの少女。詳しくは参照のノベルにありますが、読まなくて構いません。
「何度見ても君は可憐だ。ずっと見ていたいくらい愛おしい。こんな簡単な言葉さえ、あの時は言えなかった」
あぁ、ずっと見ていたい。誘いに答えボードゲーム勝負を受けたい。
——けれど。
「君は偽物だ。夕蝶。あの長い悪夢の中で見た彼女と同じように」
「さようなら、せめて優しい悪夢の中で眠れ」
偽物だとしても、貴女を褒める言葉をやっと口にできて嬉しかった。
ところどころ罅の入った古いトンネル。外から見ればなんの変哲もない、それ。
ただひとつ、その口はまるで世界を隔てるかの如くに先のない闇のみを提示する。
そんな場所の中。古くなったコンクリートで作られた、怪異の迷宮にて───
白い霧が満ちる。
淡く光るそれはグリモアの光であり、このような怪異と侵略者の巣窟へと足を踏み入れる存在の証明。
霧の奥から、カツ、カツと靴の音が響く。
ゆっくりと、冷たく響くその音の主─── ムゲン・ワールド(愛に生きたナイトメア適合者・f36307)は、輝くかの如くな金髪を揺らし、紅い瞳で辺りを見回して。
ふぅ、と小さく息を漏らす。
此処の敵は精神攻撃を行なってくると聞いた。
過去の人物、トラウマ、失ったもの、など。その内容は多岐に渡るのだろうが───誰が出てくるのか、ムゲンは薄々勘付いていた。
忘れもしない。忘れられるわけがない。
───あの、絶望を。何度噛み締めたことか。
そんなムゲンの心に呼応するかの如くに、周囲の暗闇が蠢いて。
そして。気付けばその暗闇の先に、ひとりの少女が立っている。
白く、長い髪。碧く輝く瞳。背は自分よりずっと低くて。特徴的な漢服を身に纏った少女が───ムゲンに微笑みかける。
「さて、と。まぁ私の場合は君だよな、|夕蝶《シーディエ》。」
冷静にも見える、ムゲンの一言。
しかしその言葉はどこか揺れる。
『ムゲン、どうしたの? 次はムゲンの手番だよ?』
怪訝な表情で瞳を覗き込んでくる彼女の姿。
空間は歪み───ここは、|夕蝶《シーディエ》の部屋だ。あの時と、何も変わらない。
いつも、ふたりでボードゲームをして遊んだ記憶が、無理矢理に色を付けられて蘇る。
「何度見ても君は可憐だ。ずっと見ていたいくらい愛おしい。こんな簡単な言葉さえ、あの時は言えなかった。」
あの時。
救いたいと必死で抗って。
君のためにできる全てを尽くして。
ループの中で、運命を覆そうとして───何も、出来なかったあの悪夢。
『ムゲン、何をぶつぶつ言ってるの?』
|あの日の《・・・・》|夕蝶《シーディエ》の姿をした“何か”が、ムゲンの肩を軽く叩いて。
|夕蝶《シーディエ》に付けられたこの名前を、何度も。
───あぁ、ずっと見ていたい。誘いに答え、ボードゲーム勝負を受けたい。
───ずっと、ずっと。こんな日々が戻ればいいと心のどこかで願っていたんだ。
けれど。
ムゲンは肩に置かれた白く小さい手をそっと払い落として、優しく告げる。
それは自らへの戒めとして。
「君は偽物だ。|夕蝶《シーディエ》。あの長い悪夢の中で見た彼女と同じように。」
見ていたい。けど、見ていられない。
これは自分の甘えを振り切る戦いなのだから。
だから…ね。
「さようなら。せめて優しい悪夢の中で眠れ───」
自身の手に握るは使い古した仕込み杖。
人ひとりを優しく包むだけなら、この言葉だけで十分だ。
手向けの言葉。
最後にその返事だけでも───いや、ダメだ。
あの日の彼女はあの日のままに、眠っていて欲しいから。
黒い球状に広げたエネルギーが彼女を包み込んで───
───偽物だとしても、貴女を褒める言葉をやっと口にできて嬉しかった。
幻想は崩れて、また、無機質な迷宮に姿が戻る。
傍に倒れた、二度と目覚めぬ彼女の姿を置いて───ムゲンはこの場を立ち去った。
大成功
🔵🔵🔵
水澤・怜
幻惑:救えなかった故郷と故郷の人々
(※怜の過去や故郷、及び兄については可能でしたら『いつか、その日に。(みみずねMS)』及び『魂鎮メ歌劇ノ儀 演目『誠の心』(あんじゅMS)』辺りをご参照頂けると幸いです)
「どうして助けてくれなかったの」
「お前だけが生き残った」
「この人殺し…!」
そんな言葉が聞こえてくる
…あぁ、俺は確かに誰も救えなかった
その上誰も望みはしない罪まで犯して
目を伏せるも
かつての俺ならばその言葉に心折れていたかもしれない
だが…真実を知った今ならば
そっと傾月に触れる
UC発動
ここで俺が足を止め過去に留まることを誰も望んではいない…そうだろう?兄さん
月白を構え進む
…|前《過去のその先》へと
白き霧の先、暗き迷宮に。
ただ、闇の身が支配するこの場所に、古びたコンクリートの地面を硬く踏み締めるカツ、カツという軍靴の音と───小さな淡い、暖かな光がひとつ。
此処は、敵の巣窟である。
此処は、窮鼠の居所である。
迷宮を破壊され、仲間の肉体を消された哀れな存在たち。
迷宮を操るというただそれだけの力しか持たぬ彼女らは、迷宮深くに侵入者を誘うことすらもせず───ただ、踏み入れた音の波紋にのみ反応して襲いかかる。
尤も、そのやり方は酷く回りくどく悪辣で、慈悲の一片たりとも存在が許されない所業なのだが。
水澤・怜(春宵花影・f27330)はそんな迷宮を、歩む。
一歩、一歩と踏み締めながら───異変といえば古びたトンネルの素材はそのままに内部が複雑な迷宮となっている点か。
その程度なら問題ない。迷宮の攻略そのものだけなら片手間でもできる容易いもの故に。
だが、此処は。
ダンジョンメイカー率いる人の心を摘みし迷宮。それを容易く許す筈もない。
トンネルの微かな灯に照らされただけの暗闇が、その明度をもう一段階、下げる。
怪異たるものは、いつも暗い場所に現れるものだ。
何故なら、そこには常におそれがあるから。
確かな、強引にすら思える変化に、怜は身構え剣を構える。
こんな暗がりだ。感覚を研ぎ澄ませて、奇襲を警戒するのも無理はないこと。
そんな鋭敏化した感覚と広がる静寂を切り裂いて───怜の耳にことばが響く。
「どうして助けてくれなかったの」
ぽつり、と。
大きくもない、はっきりともしない不明瞭な声でありながら。
その小さな言葉は突き刺すように耳へと届く。
誰、の、ことばだ……?
違う。俺が助けられなかった人物は───
ひとり、精悍な顔立ちの。怜に良く似た顔が脳裏に浮かぶ。
そして、その思考さえ頭は上手く回らないままに。
「お前だけが生き残った。」
重ねるように。少しだけ、声が低く、重く。
生き残った。
生き残った。
俺、だけが。
幸運でもなんでもない。ただの悲劇だ。俺の怠慢だった。
だからこそ、あの時は。でも俺は───
その先に続く言葉は、自責か、それとも其れを乗り越えたものの堅い決意のソレか。
脳裏の思考すら追いつかない衝撃。十秒と少ししか経っていないというのに、急に流れ出した冷や汗が気持ち悪く背筋を伝う。
また、思考がまとまるよりもはやく。結論を弾き出すよりはやく。抉じ開けた小さな罅が塞がるより、はやく。言葉を畳み掛ける。
「この、人殺し……!」
人、殺し。
重たすぎるその言葉に、一瞬だけ脳が理解を拒絶する。
嫌だ。耳を塞いでしまいたい。目を背けてしまいたい。
でも、できないから。俺は───
───あぁ。俺は確かに誰も救えなかった。
時間を無駄にして。責務を放棄して。
その上誰も望みはしない罪まで犯して。
桜の精の、影朧の“転生”は、義務であり存在理由のようなものだ。
魂の疵を癒して、人の道を外したものを輪廻の輪に返す儀式。
あぁ、と。吐息を吐き出して目を伏せる。
しかし、その吐息は震えていない。
そして───伏せた瞳を再び持ち上げれば。そこには、覚悟の炎が灯って。
それは、過去を乗り越えし猟兵の瞳。
何故。何故。何故。
恐怖と自責と責任感で潰れるべき存在が。
我々の贄になるべき存在が。
巣に迷い込んだ貧弱な草花のくせして、何故───その瞳を浮かべられるのだ!
あぁ、そうだな。
かつての俺ならば、その言葉に心折れていたかもしれない。
だが……真実を知った今ならば。
真実とは。ひたすら暗く、苦く、鋭い毒のようなもので。
それでも───こんな時、何より力をくれるんだ。
そっと、傾月に触れ───目の前に、頼れる兄の背中が現れる。
言葉は、交わさない。でも今は───その背中だけで十分だ。
音もなく、鬼神の如くな剣閃が煌めいて───声の主が、そしてこの幻惑が、この空間すらもが、二つに切って分けられる。
誰がその闇に閃く剣筋を見極められようか。否、この場ではひとりだけ。兄の剣閃は、いつ見ても素晴らしいと純粋に、かつてのあの日のような瞳を向けて。
怜は瞳を閉じて、心の中で語りかける。
───ここで俺が足を止め、過去に止まることを誰も望んではいない……そうだろう? 兄さん。
再び開いた瞳には既に兄の姿はなく。しかして迷宮化の解けたトンネルの口から差し込む月光が、怜を包んで。
月白を携え、一歩ずつ、歩を進める────光ある|道《過去のその先》へと。
大成功
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