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春の桜ポプリを君へ

#サムライエンパイア #ノベル #さくらくるひ

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劉・久遠




「思ったよりはよ終わったなぁ」
 サムライエンパイア――猟兵としての仕事で劉・久遠が訪れたその町は、桜並木がぐるりと囲うように続く山裾に広がっている。桜が満開を迎えた今は最も賑やかな時期らしく、ひっきりなしに見物客が訪れては、桜並木へ、店へと誘われていく。
「ちょっとボクも見てこか」
 建築士としても、サムライエンパイアの呪術法力文明による奇想天外な建造物には興味がある。動画などの素材撮りにも映えそうだ。そうと決まればと、久遠は早速町を巡ってみることにした。
 実際目にしてみれば、思ったよりも建築は奇想天外だった。普段の仕事に応用できるかはともかく、何よりはあっと驚くような仕掛けが非常に興味深い。住人に話を聞いてみたり、その流れでサムライエンパイアの職人と話すことができたり、そのままラフスケッチをさせてもらったりしていれば、あっという間に時間は過ぎていった。

「一回休憩しよかぁ。……ああ、桜並木のほうまで来てたんやねぇ」
 軽く肩を回しながら見渡した先に町を囲う桜並木が見えて、久遠はつられるままにそちらへ足を向ける。
 近づいていくと桜並木の通りには甘味処が多く軒を連ねているようだった。少し悩んでから、久遠は最初に目についた団子屋へと足を向ける。
 花見と言えばやはり花見団子だろう。満ちた好奇心とは反対に小腹は空いてきていたから、久遠は休憩がてらに団子屋の外側に備えられた床几台に腰掛けた。
 桜並木を見上げながら、早速団子を頬張る。基本的に辛党だが、団子は大好物のひとつなのだ。
「あ、おいし。……けどこれお土産にするんは違うなぁ」
 土産と言うのは、家で待つ愛しい家族――特に妻へのお土産だ。いつも身を案じながら送り出してくれる彼女に贈るなら、せっかくならばもっと特別なものがいい。例えば今目に映る見事な桜並木のような。
「……そうや」
 そのときふと久遠が思い出したのは、昔作った桜のモイストポプリのことだった。
 あれは告白されてから初めての誕生日に贈った、うさぎのぬいぐるみに入れるためのものだった。あのときのポプリは、今目の前で咲く春告げの桜ではなく、秋の四季桜の花びらを集めて作ったものだ。それは一年越しの告白の返事となって、今でも妻に大事にされている。
 ――せっかくなら、異世界の桜で作ったポプリを送りたい。
 それは久遠にとっても楽しい思いつきだった。あのときのように、今だから辿り着ける世界で、桜ポプリを妻のために。

 はらはらと桜舞う並木通りで、久遠は花びらを拾い集めはじめた。散り始めているようで、次々と落ちてくるから、綺麗な花びらを集めるのは難しくはない。
「あらまぁお兄さん、何をしてるんだい」
「ああ、お団子屋のお姉さん。綺麗な花びらを集めてるんよ。桜ポプリ、作ろ思てねぇ」
 久遠へ声をかけてきたのは団子屋の女将だった。どうやら彼女も暫しの休憩に来たらしい。
「ポプリって言うのは?」
「香り袋みたいなもんやよ、お姉さんも作ってみる?」
「あら、いいのかい?」
「こんなに花びらあるんやし、皆でやったほうが面白いやろ? お店のお姉さんらも興味あったら呼んで来てええよ」
 そう笑えば、それじゃあと女将が団子屋の――のみならず顔見知りまで連れてきて、一際桜並木は賑やかになった。
「お兄さん、これは?」
「ああ、ええ感じやねぇ」
「お兄さんはこれ、誰に贈るの?」
「んー? ボクの大事な嫁さん。かわええ子供らもおってな」
 話し始めれば、あちらこちらから相槌や家族自慢の声があがる。そのどれにもやわらかく笑って聞いては花びらを集め、あちらの惚気を囃して、こちらの愚痴にまたポプリを勧める。
 何度でも作り方を聞かれては答えているうちに、すっかり久遠の周りの並木通りは桜ポプリのための花びらを集める人々ばかりになっていた。

「ふふ、思ったより大ごとにしてしもたかな」
 花びらを満足するまで集めたところで、久遠は楽しげに軽く首を傾げる。これも家族への土産話のひとつになるだろう。
「あとは……この世界の塩と、密閉できる小瓶を買わんとな」
 集めた花びらと、桜並木を見て機嫌よく目を細める。
 完成したポプリを贈ったら、妻はどんな顔をするだろうか。きっとあのとろりとした赤い瞳を嬉しげにゆるめて――簡単に想像ができる。だからこそ、久遠の口元も笑みを描いた。

「……待っててな」
 誰に向けるより優しい声で囁いて、久遠は大事に花びらを抱いて、歩きゆく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年04月30日


挿絵イラスト