Plamotion Dispatch Error
●君が求める
赤い瞳が爛々と光を灯していた。
第一印象を尋ねられたら、『アイン』と呼ばれた少女はそう答えただろう。
それほどまでに彼女の――目の前の少女は赤い瞳で、彼女の手にした白い人型ロボットのプラスチックホビー、『ブリュンヒルド』を見ていた。
「わたくしに、ちょうだぁい」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
けれど、その視線が雄弁に語っていたのだ。
目の前の少女は『アイン』が作り上げたプラスチックホビーを欲している。
「いや、やだよ」
きっぱりと断った。
こういう手合というのは、きっぱりと言うに限る。そうでなければ、後々面倒なことになるのだと彼女は幼いながらに理解していた。
だから、きっぱりと断ったのだ。
「そもそもなんでお前に私が作ったのをあげなきゃあならねーんだよ」
確かに『アイン』は未公式競技である『プラモーション・アクト』、通称『プラクト』の中では名の知れたアスリートである。
だから、こういう手合が今までまったくいなかったのかというと、そんなことはなかった。
不躾な事を言う者もいれば、嫌なことを言う者だっていた。
けれど、それでも目の前の赤い瞳の少女のように真っ直ぐに自分の欲望を押し通そうする者はいなかった。
だから、こちらもまっすぐに相手をしたのだ。
「つーか『五月雨模型店』までやってきて言うことがそれか? わざわざ?」
「だって、直接言わなければ通じないでしょう? いいわぁ。わたくしだって、すんなりもらえるとはおもっていなかったもの」
「おい」
「でも、無駄無駄無駄。ぜぇんぶ、むだぁ」
赤い瞳の少女は笑って『アイン』を見下ろす。
「『鬼姫』の二つ名を持つわたくしの前ではぜぇんぶ、むだぁ」
「いや、聞いた時ねーよ、何だその物騒な二つ名!」
「知らないのぉ? 世界大会で優勝してぇ、それで自分が頂点に立ったつもりかしらぁ?」
「そんな……」
つもりはない。
個人の技量力量においては己を上回るアスリートは未だ多い。
だから、『アイン』は未だに練習を怠らない。
慢心だってしない。
だが、どうしてそんなことを『鬼姫』と名乗る少女に言われなくてはならないのだ。
「だったらぁ、わたくしと勝負しなさいよ。その美しいプラスチックホビーが誰にふさわしいのか、証明してあげるわぁ? どちらにしたってぇ、むだぁ」
クスクスと笑って挑発的な事を言う『鬼姫』。
「なんだよ、結局喧嘩売りに来たってことでいいんだよな? そうだよな? なぁ!」
『鬼姫』の物言いにカチン、と来たというのもある。
なぜだかわからないが、彼女は自分の技量というものに絶対的な自信を持っているらしい。
だからこうやって己に野良試合をふっかけてきているのだ。
それも自分の作った相棒とも言うべきプラスチックホビー『ブリュンヒルド』を賭けろというのだ。
受ける謂れはない。
けれど、『五月雨模型店』の店長『皐月』は店内でのいざこざであっても静観している。
仲裁を求められない限りは、子どもたちの問題は子どもたちで解決すべきだと思っているのかも知れない。
それに『アイン』も助けを求めるつもりなんて毛頭なかった。
降りかかる災難や困難は自分の手で振り払えるのだ。
「いいぜ、なら勝負しようじゃあねぇか! 上等だよ!」
「くすっ! なら、やりましょう。『レッツ』――」
「吠え面かくなよ! ――『アクト』!!」
二人は『プラクト』フィールドに己のホビーを投入する――。
●君が戦う。
それは奇妙な形をしていた。
純白のボディ。
赤と青の腕部をもちながら、しかし頭部はない。
在るべき場所にあるものがない、というのは言いようのない不気味さを醸し出していた。人体に近しい形だからこそ、その欠損がどうしたって気になってしまう。
「な、なんだよ……それ。それが、お前のッ!」
「そうよ。名付けるのならぁ……『ビューティスター』ねぇ! 美しいわたくしに相応しいと言えば相応しいじゃあない?」
それは『鬼姫』が操るプラスチックホビーであった。
欠損したのか、それよりもとより存在しなかったのか、頭部の代わりに浮かぶのは光輪。
戴くような光輪は、さながら王冠であった。
「さあ、いくわよぉ!」
荘厳な体躯、その背より噴出するのは歪んだ光の翼。
加速する機体が『アイン』の操る『ブリュンヒルド』へと迫る。
「速い……コイツ、私の速さについてくるだと!?」
「クスクスッ! 当然でしょお? このわたくしが操っているのだから、当然美しい加速を描くの! ただ直線的に速くたってぇ、ぜぇんぶ、むだぁ」
「クッ!」
振るわれる二対の剣のよな短槍。
赤と青。
その剣閃が翻り、『ブリュンヒルド』の手にした大型突撃槍を容易く弾くのだ。
「パワーもありがる! なんだってんだ、こいつは!」
「本当はぁ、『憂国学徒兵』シリーズ『AE』の機体がほしかったのぉ。でもぉ、サンタさんたら誤配送しちゃってぇ!」
「それでも作ったのかよ! 普通誤配送なら返品処理するだろうが!」
交錯する斬撃を大型突撃槍を盾にして防ぎ、フィールドを蹴って反転する。
位置を入れ替えなければ容易く追い込まれると『アイン』も理解したからだ。
「頭のパーツ無くしたのか!」
「最初からなかったわぁ。わたくしが組み間違えたり、失くしたりするように見えてぇ?」
「見える」
「ムカッ!」
『アイン』は速さは互角か、それ以上であることを自覚していた。
己の強み。
あの『無敵雷人』、『エイル』にさえ己が勝っていた速さに『鬼姫』は追従している。
あの不気味な機体『ビューティスター』の性能もあるのかもしれないが、『鬼姫』自身の技量も卓越しているのだ。
まだ世界にはこんなアスリートがいるのかと『アイン』は驚きよりも期待に胸が膨らむようだった。
ワクワクしてしまっていた。
負ければ、己の相棒を喪う。
なのに。
それでも強敵と言うべき存在を前にして心が躍って笑ってしまっていた。
「善性を象徴する青腕、悪性を象徴する赤腕。白いボディは無垢を象徴しているんだってぇ、説明書に書いてあったもの! わたくしが無くしたわけじゃあないもの! 取り消しなさいよぉ!」
「ハッ、そうかもな。だが、そんな名前、聞いたこともねぇ!」
「とりあえず美しい名前をわたくしがつけてあげたのよぉ? 名前は忘れたわぁ」
「やっぱりじゃねぇか!」
『アイン』が『鬼姫』と切り結ぶ。
そのフィールドの光景を『五月雨模型店』店長『皐月』は見ていた。
頭部のない人型ロボットホビー。
赤と青。
そして純白。
「あれは――」
呟く言葉は『アイン』たちに届かない。
「美しいものは全てわたくしの手元にあるべきなのぉ。だからぁ」
「全部てめーの都合で物事が動くものかよ!」
年の頃は同じでも、こうも考え方が違う。
自分の求めるものは、自分が作る。
対する『鬼姫』はそうではないのだ。
「そんだけ真正面から打ち合う実力があって、なんでそんな考え方になるんだ!」
一瞬の交錯。
振るわれた『ブリュンヒルド』の大型突撃槍が二つの斬撃に砕かれる。
「勝ったわぁ!」
「勝ったつもりで、甘ぇんだよ!」
槍は砕けた。
だが、『アイン』は柄を手放していなかった。
勝利を確信した『鬼姫』が目を見開く。
砕けて尚鋭さを増した槍の柄。
その石突が矢のような鋭い一撃となって『ビューティスター』の胸部を貫き、穿った――。
成功
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