これまでとこれからと、その先のこと
●シルバーレイン
「さて、なにか考え事をしとるやろ」
そう告げた花葉・黄蘗(卜者/夢の防人・f44417)の言葉に織部・藍紫(シアン・f45212)は「何か?」と首を傾げた。
主と呼び慕う黄蘗の言葉である。
無下にはできない。
だから、頭の中で整理するために一つ言葉を発することなく考えたのだ。
今、自分は何かを考えているのか。
そう言われてみれば確かに考えているような気になってくる。
とは言っても、半ば無意識のことだ。
意識した途端に霧散するものでもある。
「いや、どう考えてもなにか考えとったろ」
ため息をつかれてしまう。
「眼の前でそないあからさまにせんでも」
「そらこうもなるわ。何をうじうじうだうだもだもだしとんねん」
「そんなしてます? 普通のつもりなんやけど」
「どう見てもそうはならんわ。あーもー、けったいな顔をして」
そんな風に言われてしまうと、ますますそんな気分になってしまう。
また少し考える。
だが、そのたびに主である黄蘗が言葉を発するものだから、もやもやと霧散してしまうのだ。
「あーもー、ちゃんと考えますよって。だから、そんなやいのやいの言わんどってくれます!?」
「あかん。そんな悠長な事を言っとったら、いつまでたっても話が進まへんやろ!」
「主はどうしてそんなにせっかちなんや? もうちょっと大人なんやからどっしり構えておいてもらわんと!」
「おっ、そういうこというんや?」
「あ、いや、だってほら」
やぶ蛇である。いらんところをつついてしまった。
「そもそもな、主もくそもないっていう話したやんか。お前はお前でもう一個の個人なんや。いや、個蛇? どっちだってええわ。些細な問題やろがい!」
些細ではないけどなぁ、と思う。
そもそも藍紫の出自からして特殊なのだから、そのように扱って欲しい。
眼の前の黄蘗からすれば、藍紫は、そういうものなのだから。
「いやでも、主は主やし。目覚めてからこっち、元の主に会いたいって思っていたし、一度でいいから故郷に帰りたいって思っとったんも本当のことですもん」
「なにが、ですもん、や!」
話がまるで進まないなぁ、と思った。
が、それでも戦いを終えた今、こうして話ができることは喜ばしいことだとも思えた。
戦いで生命を落とすことなど珍しいことではない。
猟兵であっても死ぬ時は死ぬだろう。
未だそういう機会が訪れていないだけのことであるが、何の保証だってない。
だったら、こうやって主と会話できていることは喜ぶべきなのだろうとも思う。
「ええか? 確かにな、お前の故郷はこの世界やろうけどなぁ」
「いや、本当に一度戻ってこれてよかったですわ。猟兵の能力様々です」
「話飛ばすなや」
黄蘗の言葉はなんだか焦っているようにも思えてならなかった。
別に焦ることなんて何一つないのだけれど、それでもどうしてだろうか、焦っている様に思えてしまうのは。
「いやでもだって、本当にそう思うんです。ずっと思っとったんです。主に会いたい。故郷に帰りたいって」
だから、それを叶えた今、宙ぶらりん担ったような気持ちになったのだ。
それを黄蘗が『なにか考えている』と捉えたのならば、正しい。
けれどそれをどう言葉にしていいかがわからない。
「なら、次やろ。次」
「次?」
その言葉に藍紫は首を傾げた。
自分の中にある、あやふやな、それでいて宙ぶらりんな気持ちを解消しなくていいのか。
「そうや。お前のやりたいこと、どこに居たいのか。それが次ってことや」
「でも、叶えてしまったことは」
「もう終わったことや。人間みたいに生きていこうと思うんであれば、人間のように次を見なけりゃならんやろが。なら、次はお前が何処に居たいかやろ、とりあえずは」
なんだか誘導されたような気分であった。
「何処に居たいか」
「そうや。とは言っても、じゃあ、此処です! とはならんやろ。だからな、これは主としてではなく先人としての言葉として言うがな」
はぁ、となんとも要領を得ない藍紫。
そういうところも、黄蘗にとっては歯がゆいことだった。
「ええか、自分の居場所は自分で決めていいんや。決められるんや。人間ちゅーもんはそういうもんや。そういう強さを持っている生き物なんや。そら、僕かてアックス&ウィザーズ世界に住んどる」
「再会したのもそうでしたね」
「そうや。話逸らすなや」
「逸らしてないです」
「まあええ。たまに里帰りもしとるしな。ついでのついでのついで、みたいになっとるのは認めるところやが」
ちら、と黄蘗の視線が落ちる。
その先にあったのは、彼が手にした水晶球だった。
藍紫が見ても何も写っていない。強いて言えば、己の顔が見えているだけだ。
「ともかくや。お前も自分が居たい場所を見つければええんや。そしたら、次のことはさらに次考えればええ。そんくらいのことや。そんでもって、自由に生きていいんや。お前はもう個なんやから――」
●水晶球
それは水晶に写ったいつか起こり得たかもしれない可能性。
未来のひとつと言えばそうだったのかもしれない。
「聖愛さん! 好きです! 俺と付き合ってください!!」
それはストレートな言葉だった。
あまりにもストレートな言葉だったために、池神・聖愛(デリシャス☆マリア・f45161)は思わず赤面してしまった。
バイト先の後輩。
いつもひたむきで自分の背をついて回るような子だったのだ。
年下の男の子。
アルバイトをしているときも、きちんと言うことは聞いてくれるし、わからないことがあったら聞いてくれる。
自分の非を認めることのできるところもある。叱られてもいじけないし、意固地になることもない。そういう素直さがある子だったのだ。
それに気が利くし、気がつく子だな、とは思っていたのだ。
けれど、自分に好意を抱いてくれていることなんて、ちっとも気が付かなかった。
だから、どうしていいかわからなかった。
どうすれば応えられるのかなんて、予習もしていないのだから当然と言えば当然である。
「え、えっ、え、……えっ、えと……あの、えっ……!?」
「好きなんです! 先輩後輩じゃあなく! 一人の女の人として! 好きなんです!!」
「こ、声大きいよ? お、おちついて?」
「でも、もう俺……ッ!」
込み上げてくるのは恥ずかしさだけではなかった。
好きだ、と言われたことは、嬉しいか嬉しくないかで言えば、嬉しい。
誰だってそうだと思う。
好意を寄せてくれているだけで、そうは思わない。
ちゃんと関係が構築されているし、彼のひたむきな部分は好意的に見ていた。
だから、私は――。
●シルバーレイン
ちらりと見えた水晶に映る一つの未来に黄蘗は頬を引く付かせた。
わかっている。
これはただのお節介だ。
占い師としては割と失格であることもわかっている。こういうのはよくないことだ。
だが、それでも、だ。
見えた未来で藍紫は大変にやさぐれることになる。
こいつが想い告げずに大後悔する未来。
居候になっているという言えの聖愛が、これから一週間以内に告白されて、そのままなにゃかんやと長期交際からの結婚コースに突入してしまう未来。
それが見えてしまったのだ。
しかも結構幸せそう!
白いウェディングドレス姿の彼女と、それを祝福しながらも内心ドロドロの感情でなんかこう煮詰まっていく藍紫の姿が見えてしまった。
これはよくない。
だがしかし、これは同時に彼女と結婚するであろう相手の可能性をも摘み取る行為である。
これに介入するのは、本来はどうなのか。
だが、親として。
誰かの不幸を願う形になっても、子の幸せを願うのは、人情というものだ。
板挟みになりながらも出した結論が、たとえ。
「やからや! 藍紫。わかるやろ。お前が居りたい場所っていうのは」
「……確かに、あの家なんやな……」
顔を見れば解る。
どう考えたって、思い描いているのは彼女の顔なんだろうから。
なら、さっさと戻らせねばならないのだ。
「うん、やっぱりわし、あの家に戻りたい。居りたいです」」
よしよし。
それでいい。もうこっから先はどうなるかわからん。
少なくとも、自覚なきままにドロドロと感情が煮詰まっていく未来だけは回避できたはず。そうだと思いたい。
「なら、ここでお別れや」
「はい……でも」
「言うなや。どっちにしたって、二度と会えないっていうわけやないんやから」
「そす、やね。うん。だったら」
「そうや、だからがんばりな、恋」
その言葉に藍紫が固まる。
びっくりした顔をしているではないか。やっぱり無自覚なんやなぁ、とため息が出る。
「恋?」
「恋、がんばりや」
「わしが?」
「せやで」
え、えっ、え、と戸惑っている。
息を吸う。気合をいれるつもりで藍紫の背中を力強く叩く。
「ええか!『ヒトの真似事』だろうがなんだろうが、やってみもせんうちからうだうだうだうだと言う奴なんざ、いっちばんみっともないことや! 今のお前はもう個や! 誰のもんでもない! 自分のことは自分で決めぇ! それが男っちゅうもんやろ! これが最後や、藍紫! これが親としてお前にしてやれる最後のこと、気合入れっちゅうやつや!」
黄蘗は仁王立ちして戸惑う藍紫の尻を蹴飛ばす。
「えっ!? でも、えっ!?」
「いつまでやっとんねん! さっさと戻り! お前の顔に書いとるわ!」
ぎゃんぎゃんと喚く黄蘗に追い立てられるように藍紫は、戸惑いながらも世界をまたいでいく。
みっともなくてもいい。
報われなくてもいい。
救われなくたっていい。
全てのことに自分で責任を持てることは確かに辛いこともあるだろう。けれど生まれたからには、喜びに満ちた生き方をしなければならい。
それは常に楽な道を歩むということばかりではないのだ。
だからこそ、価値がある。
苦しみの中にこそ、価値あるものがある。
たとえ、それが海中に没する砂金の一粒にしか満たぬものであったとしても、それこそが真に輝く、その人だけの輝かしい真なのだから――。
●アイドル☆フロンティア
「あ、おかりなさい!」
池神家に戻ってきた藍紫は台所から香ってくる匂いに、やっぱり帰ってきたんだな、という意識を強める。
猟兵としての戦いを無事に終えて戻ってこれたことは喜ばしいことだ。
おかえり、と言われたこと、嬉しいと思う。
けれど、顔が見られない。
直視できないのだ。
「お、おう、た、ただいま」
「どうしたんですか? あ、お夕飯どうします?」
無邪気に見上げてくる顔が、ますます見つめられない。どうしても気恥ずかしくなってしまう。意識してしまう。
何も意識しなくてもいいはずなのに。
どうしてもまっすぐ見れなくて、つい顔を逸らしてしまう。
「なあ」
わかってる。
これは酷くエゴをむき出しにした行為だってことは。
けれど、わかっているのだ。
自分はどうしようもないほどに恋愛音痴なのだ。
距離感の詰め方も下手くそすぎる。思い込んだら意固地になってしまうし、修正も効かない。
初なことだ言われても、仕方のないことだと今更ながらにわかってしまう。
でも自分ではどうにもできない。
心が体に追いついてこないし、心が体をうまく扱えなくなってきていることだって。
けれど、主が言ったのだ。
自分のことは自分で決めろ、と。
それが生きるってことだと。そうやって間違えてでもいいから前に進むことが肝要なのだと。なら、決める。
腹を決める。覚悟を決める。
「大切な話があるんやけど……」
「え、なんですか? どうかしましたか? 悩み事とかですか? 大丈夫、私、こう見えてお友達から相談されることも多いんですから!」
「いや、そやろうけど、そうじゃないっていうか」
あーもー、と藍紫は頭をガシガシと引っ掻いて、自分の意気地のなさを蹴っ飛ばす。
「あんな! わしな!」
「はい」
いつものように微笑んでいる聖愛の顔を見る。
顔が熱い。鼻の奥がジンジンする。
わかっている。これってそういうことなんだろう、と。
だから、偽ることができない。
「わしな、聖愛ちゃんのことが大好きやねん」
「はい、私も藍紫さんのこと好きですよ?」
その言葉に藍紫は肩を落とす。わかっていた。こういう反応に鳴るであろうことは。盛大に肩透かしを喰らうことだってわかっていたはずだ。
けれど、今までならこの段階でくじけていたことだろう。
今は違う。
主に尻を蹴飛ばされたのだ。
こんなことくらい、行き違いくらいでくじけてなんかいられない。
手を伸ばす。
手はもう出さない。これっきりにする。だからこれは、実るまでの最後の機会だ。
伸ばした手が聖愛の頬に触れる。
一歩踏み出す。
距離感なんて、この際知ったことではない。
「一人の男として、一人の女性である聖愛ちゃんを好きなんや。大好きなんや」
「……えっ。え……っ!?」
「流石にわかるやろ……? わからんっちゅーのは、やめてほしい。かなり、それはしんどい。だから」
「あ、あの、それって、つまり、あの、そういう?」
「せや。でも、返事は……すぐにとは言わんのや」
でも、と藍紫は頭を振る。
わかっている。
彼女の道を阻むつもりもなければ、足を引っ張りたいわけでもない。
決めたのだ。
彼女が大人になって、やりたいこと、全部やりきった後に答えをもらおう。
「一番、わしにとって大切なのが聖愛ちゃんや。だから、答えはいまはいらん」
「そ、それは、私も、その同じですけど……すぐに結論、出せないです。で、も」
聖愛はしどろもどろであったが、まっすぐに見上げて告げる。
「その……これからもっと藍紫さんのこと、知っていけたらって思ってます。だから、その」
これは猶予だ、と思った。
すぐに結論がでないことも、答えをすぐに欲しがらないことも、己が決めたことだ。
だったら、彼女のペースに併せるべきだ。
「わかっとる。だから、今はええよ」
そう言って藍紫は背を向ける。
今はこれでいい。
けれど、格好がつかないことに今更気がついた。
これが人を好きなるっていう感情なのかと。
なら、今はこれでいいのだ。
二人のこと、二人を取り巻くこと、それはこれから。
これからがあるから、約束だってできるのだ――。
成功
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