ただ、花を見ていたいだけ。
●
「大きな戦こそ終わりましたが、影朧という存在が潰えたわけではございません。その証左として、とある館にて影朧の存在が確認されております」
グリモア猟兵の神白・みつき(幽寂・f34870)は、グリモアベースに集った猟兵達へ向けてそのように切り出す。戦いの舞台はサクラミラージュの帝都──その郊外。広い薔薇園を有した、洋風の瀟洒な館となる。
「以前は名のある一族の住居として使われていた館ですが、今は薔薇園併設のカフェーとして一般にも広く公開されています。これからの時期は薔薇も咲き始めるので、足を運ぶ人々も多いでしょう」
多種多様な薔薇が植えられた薔薇園は、春と秋にそれぞれ見事な花を咲かせる。今は春の薔薇が見頃を迎えようとしており、それを人伝や新聞等で知った帝都の人々が休みを利用して毎日訪れていた。カフェーとして改装された館の屋内席は勿論のこと、薔薇園がよく見えるテラス席でもティータイムを楽しむことができる。紅茶や珈琲、スコーンという英国の焼き菓子が人気を博しており、食用薔薇で作られたジャムを塗って食べるスタイルが話題となっている。
「ただ、この館には影朧が匿われているのです。館を拠点に悪事を働くでもなく、本当にただそこに在るだけ……ですが、誰もその存在に気づいていないと考えるのは無理があります。そのカフェーの経営者が自らの意思で影朧をそこに置いていると考える他ありません」
カフェーには数名の給仕が属しているが、そのうちの一人が店主も兼任しているようだ。五十代後半ほどの男性で、穏やか且つ丁寧な物腰がまるで執事のようだと評判を呼んでいるらしい。他の給仕は全て若い年代の者のようなので、見ればすぐに分かるだろうとみつきは語った。
「影朧を匿う理由は分かりません……ただ、その店主の男性の経歴は至って真っ当なものでした。もしかしたら、何か事情があるのやもしれません。可能であれば彼を説得し、影朧の居場所を問い質すのがよろしいかと」
客として薔薇園を訪れ、店主と接触して影朧の居場所を突き止める。言葉にするのは容易いが、周囲に他の一般客がいることも考えるとなかなかに骨が折れる仕事だ。真摯な態度で説得するか、力に物を言わせるか……それは現場判断となる。
「その影朧は、私達猟兵からすればひどく不安定で弱々しい存在です。しかし、留まり続ければ徐々に周囲へ影響を及ぼすでしょう」
放置すれば、影朧を匿う店主自身をも蝕む呪いへと変じるだろう。そうなる前に討ち滅ぼすか、転生を促す必要があった。幻朧帝亡き世であろうと、その理は変わらない。
依頼の概要を把握した猟兵達は頷くことで承諾の意を示し、移動の準備へと取り掛かり始める。戦いの予感こそあれど、桜と薔薇が共演する風景で目を潤すことができるのは幸いなのかもしれない。
●
「美咲さん、お迎えに来ましたよ。いつもこんな薄暗い部屋に閉じ込めて、すみません」
穏やかな男性の声が、湿気た部屋に静かに沁みる。窓から差す仄かな月明りだけが、この部屋の光源だった。その光を避けるように部屋の隅で丸くなる影に、ひとりの男性が歩み寄る。
「さあ、一緒に薔薇園へ出ましょう。今夜は月がとても綺麗ですよ」
男性が手を差し伸べる。影は一、二度その場で蠢くと、人間の女のような形を成して男性の手を取った。男性は影の女を優しくエスコートしながら出入口の扉を開く。そこでようやく、これまで居た部屋が館の屋根裏部屋だということが分かるほどの暗さだった。
「若い頃は貴女が外に出られませんでしたから……今こうして二人で薔薇を眺められて、幸せです」
そう言って、男性は心からの笑みを見せる。その顔を見上げていた影の女も、その朧な顔に備わった唇に微笑みの形を浮かべた。
二人の視界いっぱいに広がるのは、誰もいない夜の薔薇園。かつて、とある若い男女が夢見た特別な風景。大きな事件の気配など微塵も感じさせない、平穏な夜。
猟兵達が薔薇園を訪れる日──その前夜の静かなひと時だった。
マシロウ
閲覧ありがとうございます、マシロウと申します。
今回はサクラミラージュでの事件をお届けいたします。「薔薇園で匿われている影朧の討伐or救済」が目的となります。参加をご検討いただく際、MSページもご一読ください。
●第一章
薔薇園を楽しみつつ、影朧を匿っているであろう店主に接触できます。言葉で揺さぶるも良し、動向を監視して影朧の居場所を突き止めるも良し。あなたに合う手段で探ってみてください。
勿論、ただ薔薇園を楽しむだけでも構いません。猟兵の洞察力をもってすれば、一般人の言動の不審点など自然と見極められるものです。
●第二章
館の中で匿われていた影朧との戦闘です。影朧は理不尽な死への憤りと、ただ穏やかに過ごしたい願いとで混乱しています。言葉を掛けながら戦うことで、その勢いを削ぐことができるでしょう。勿論、力尽くでねじ伏せても構いません。
プレイングボーナス:説得しながら戦う。
プレイング受付は4/25(金)より開始いたします。それまでに断章も投稿予定ですので、プレイングの参考にどうぞ。
のんびり進行の予定ですが、プレイング数が足りない場合は薔薇が咲き終わる時期を目途にサポートさんの御力を借りるなどして進めていきます。受付終了のタイミングは、タグやMSページで告知いたします。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
第1章 日常
『バラづくしの日々』
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POW : バラを使った料理を味わう。
SPD : 薔薇園でお花を愛でる。
WIZ : 体験コーナーで押し花やブリザードフラワーに挑戦。
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
古い煉瓦造りの洋館を中心に広がる薔薇園は、赤や橙や白といった華やかな色に満ちていた。ひとつの花の中にグラデーションで二つの色を持つ薔薇も多く咲いている。サクラミラージュ特有の桜吹雪も流れてゆく中、春の陽光を一身に浴びて開く薔薇も見事なものだった。見物しやすいよう、花壇の枠やアーチで上手く順路が作られており、見物客はそれに沿って思い思いの過ごし方で薔薇園を満喫している。
館の入り口付近には小さな黒板がイーゼルに立て掛けられている。どうやら、カフェーのお品書きが記されているらしい。ドリンクは珈琲も置いているが、どちらかといえば紅茶に力を入れているようだ。アイスもホットも頼めるので、今日のように天気が良くて暖かい日はアイスティーやアイスコーヒーも美味しく感じるだろう。軽食やスイーツも多く取り揃えている。サンドイッチはスタンダードなキュウリを挟んだものを始めとして、ハムやたまごといった具材も用意されていた。スイーツは定番のスコーンが人気商品だが、軽めの生クリームで彩られた苺のショートケーキやレアチーズケーキ、フルーツがどっさり乗ったタルトも魅力的だ。紅茶も軽食もスイーツも全ていただきたい──そんな願望を叶えてくれるのはアフタヌーンティーセットだ。三段のアフタヌーンティースタンドにサンドイッチもスコーンもケーキも全て乗せて提供されるそれは、異国のような雰囲気も相まって満足感を齎してくれるだろう。
「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくりお過ごしください。カフェーご利用の際はお気軽にお声掛けください」
そのように声を掛けてきたのは、カフェーの給仕と思しき男性だ。年の頃は五十代ほど。落ち着いた物腰を見るに、彼こそがこのカフェー兼薔薇園の経営者を務める男性だと確信できた。影朧を匿っている場所も理由も、彼しか知り得ない。それを引き出すために彼に接触するか、言動を観察するか。それは猟兵達の判断に委ねられた。
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神臣・薙人
大戰が終わっても影朧は存在し続けている
ならば猟兵として為すべき事は決まっていますね
…叶うなら、影朧も救いたいのですが
まずは薔薇園を軽く散策
白燐追駆咬傷を使用して白燐蟲と視覚を共有
薔薇の木や蔓に不自然な箇所が無いか探します
違和感のある場所が見付かれば
カフェーの方へ向かいます
給仕の男性に声を掛け
紅茶とスコーンを頼みます
頼んだ品が運ばれて来たタイミングで
給仕の男性に再度声掛け
こちらにいらっしゃるのは
今表へ出ておられる方で全員でしょうか
いえ
なんだかもう一人いらっしゃるような気がしたもので
もしかしたら給仕の方ではないのでしょうか
話している間は男性の様子を観察
動揺が見られれば
その時何処を見ているか探ります
幻朧帝イティハーサを滅したことで、サクラミラージュの大戰は完全に終結した。それでも、過去の残滓たる影朧は変わらず生まれ続け、幻朧桜に惹かれるようにして人々の前に姿を現す。彼らをこの世に留めるのは悔恨、憤怒、名状し難い憂愁。それに衝き動かされた末に世界の脅威となるのなら、猟兵のやるべきことは決まっている。
(……叶うなら、影朧も救いたいのですが)
脅威でありながら、か弱い存在でもある影朧。ある意味では|理《ことわり》の被害者とも呼べるだろう。神臣・薙人(落花幻夢・f35429)はそんな彼らにも想いを馳せずにはいられなかった。
薔薇園へ足を踏み入れた薙人は、まずは散策に興じる一般客に紛れて敷地内をゆっくり見て回る。この季節に向けて育った薔薇が咲き乱れる光景は、楽園の様相を呈していた。少なくとも、薙人が察知できる範囲に影朧の気配は無い。
「残花」
薙人自身にしか聞き取れない、小さな声で呼び掛ける。白燐蟲の残花は音も無く薙人の手を離れると、茂る薔薇の葉の陰をするりと流れるように飛ぶ。残花の目を通して見たもの全てを、薙人も己の目で見たも同然に把握できた。
(葉や茎、蔓薔薇の蔓も正常……植物への影響は出ていないようですね)
どうやら影朧に、薔薇園を荒らそうという意図は無いようだ。まずその点において薙人は安堵する。だが、影朧という存在が此処に留まり続ければ、いずれ何らかの悪影響は必ず出てしまうだろう。
残花が一通り薔薇園を見て回ったのを確認して、薙人はカフェーへと足を向けた。薔薇園そのものに異常が無いのであれば、次に探るべきはこの館だ。
通されたのはテラス席にほど近い、窓際の席。春の陽光が差しこむ良い席だ。薙人が件の男性給仕へ紅茶とスコーンを注文すると、彼は手慣れた様子で厨房へオーダーを通した。他の客への対応を観察すると、彼がとても薔薇にも詳しいという事実も窺える。
「お待たせいたしました。スコーンと紅茶をお持ちしました。スコーンは是非、当店自慢の薔薇ジャムやクロテッドクリームを塗ってお召し上がりください」
全乳から作られたクロテッドクリームの白に、薔薇ジャムの赤が映える。曰く、ジャム用の食用薔薇は、敷地内にある専用の温室で育てられたものらしい。煮詰めた後でもここまで色鮮やかな点に、作り手の手腕を感じられた。淹れたての紅茶も香り高い。赤褐色の|水面《みなも》が光を受けて揺れ、ティーカップに描かれた春の花は薔薇園とはまた別に目を楽しませてくれる。提供される飲食物にも、特に不審な点は見られなかった。
「ありがとうございます、いただきます。……ところで、こちらにいらっしゃるのは、今表へ出ておられる方で全員でしょうか」
薙人の問いに、男性は僅かに首を傾げてみせる。
「ええ、左様でございます。シフト制を採用しているので、休みの者もおりますが……何か気になる点でも?」
「いえ、なんだかもう一人いらっしゃるような気がしたもので。もしかしたら給仕の方ではないのでしょうか」
気のせいかもしれませんが、と言い添えて薙人は微笑んだ。あくまでも、春の陽気で高揚した一般客の戯言という|体《てい》で揺さぶりをかける。男性は困ったように笑いながら首を横に振り、丁寧な物腰のままに否定した。
「店員は全て一階で仕事に従事しますし、二階より上はほぼ物置としてしか使っておりませんので……」
「そうですか。それなら、本当に気のせいみたいですね。妙なことをお尋ねしてすみません」
「いいえ、とんでもない。ごゆっくりお過ごしください」
男性が軽く頭を下げたところで他のテーブルから声が掛かり、彼はそちらの対応へと向かう。その背を見送り、ティーカップを静かに持ち上げながら薙人は男性の様子を反芻した。さすがは接客業というべきか、視線はほぼ薙人から離れることは無かった。それでも、動揺を完全に隠しきることはできなかったようだ。
(こちらが言及していない〝二階〟の存在を口にした)
外から見た限り、この館は二階建てだ。高さからして屋根裏部屋ぐらいはあっても不思議ではない。影朧が身を潜めているとすれば、上の階である可能性が高いだろう。薙人は視線こそ向けないものの、天井のその先へと意識を向けた。
──とはいえ、事を進めるのであれば他の客が去る夕方以降だ。それまでは、ここで純粋に紅茶と薔薇を楽しんでも咎める者はいないだろう。ティーカップの縁を口へ運び、温かい紅茶で喉を潤す。茶葉を湯の中でタンブリングさせ、丁寧に手間を掛けて味を出したのだということが窺えた。たったそれだけのことではあるけれど、この館に潜むのは悪意ではなく、もっと静かで優しいものであるのだと……薙人にはそう思えてならなかった。
大成功
🔵🔵🔵
ケイラ・ローク
トーゴ【f14519】と参加するねっ🐾
薔薇園を観るだけでも良いけど~
美味しいものも楽しみたいわよねっ♥
紅茶のいい香り…
フルーツタルトにミルクティー下さい♪
キミは何か食べる?
ユキエちゃん、タルトのかりかりのとこ少しあげる~
トーゴがお仕事モードでもあたしはティータイムを楽しむよん
(偵察とかキミの方が得意でしょ、って顔😸)
大人しいトーゴをよそに
一般のお客さんにもコミュ力全開でお喋りもするね
バラの品種やおすすめスイーツを聞いたり、噂話も
ねえここのオーナーって結構ダンディよね
ナチュラルに当の男性にも話し掛けるわ
初めて来たけどここ素敵ねっ
薔薇園の管理大変そう~
それとも料理や花壇の手入れは奥さんの担当?
鹿村・トーゴ
【ケイラf18523】と参加
影朧って無害ならそっとしときたい
この仕事の人も多分死に別れた大事な人に縁がありそーだし
でも儚い幸せ囲うだけで済まないからグリモアの予知に掛かったんだよなァ…
キミ何か食べる?と言われて
温い紅茶とたまごサンドイッチを頼む
相棒のユキエも膝上に居座り上機嫌
お菓子貰ったもんなー
ケイラはフツーにお茶して
気さくに周りと話し【情報収集】しやすく立ち回ってくれてるワケね
あんがと
お。このさんどいっち旨いな…
店主のケイラへの反応、佇まいや視線を観察しつつ洋館も外観、窓位置等見とこ
花も見事だが
オレんちド田舎でさー
あれ店主さんの家かお店?あんな立派な洋館て帝都でないと見らんないよな
アドリブ可
特殊な条件でもない限り、影朧とは弱い存在だ。人々への害意が薄い個体も確かに存在する。鹿村・トーゴ(鄙の伏鳥・f14519)にとって、そういった存在はそっとしておきたいと願う対象だった。何も悪いことをしていないのなら、良いじゃないか。そう思えてしまうほど儚い存在。けれど、その弱い毒が、徐々に小さな幸福すら蝕むことをトーゴは知っている。
「トーゴ、キミは何か食べる?」
名を呼ばれて視線を上げる。薔薇園に囲まれたカフェーのテラス席。向かいでお品書きを眺めていたケイラ・ローク(トパーズとアメジスト・f18523)の黄玉と紫水晶が、こちらに向けられていた。
「薔薇園を観るだけでも良いけど~美味しいものも楽しみたいわよねっ」
勿論、ケイラも今回の予知の内容は把握している。楽しめる部分は楽しみ尽くし、仕事は仕事として全うする。それが彼女のやり方だ。トーゴはそれを実感しながらも、ケイラと同じくお品書きを眺めて興味を惹かれたものに目星をつける。
「そうだな、温かい紅茶とたまごサンドイッチにしようかな」
「じゃああたしはフルーツタルトにミルクティーください!」
店員に注文を通し、品物が運ばれてくる間もケイラは近くの席の一般客へ話し掛けてゆく。ちらり、と彼女が目配せしてきたのを見て意図を汲み取ったトーゴは、有難く周囲の言動を探る側へ回ることにした。どうやら隣の席の婦人はカフェーの常連のようだ。人懐っこく話しやすい雰囲気のケイラとすぐに打ち解け、このカフェーについても色々と話してくれている。
「ねえ、ここのオーナーって結構ダンディよね」
「そうなのよ、落ち着いた魅力が素敵よね。あれで独身だなんて信じられないわ」
ケイラがさり気なく織り交ぜた話題に婦人も乗っかり、憧れを募らせるように溜め息をつく。テラス席から館の外観を確認しつつその会話を聞いていたトーゴは、件の男性にとって影朧は〝大切な誰か〟なのかもしれない、とぼんやりと考えていた。
その矢先、二人が注文した品物が運ばれてくる。ケイラが頼んだフルーツタルトは苺を中心とした春の果物がどっさり敷き詰められており、表面のナパージュが陽光で輝いていた。トーゴのたまごサンドイッチは潰したゆで卵がふんだんに使われており、仄かな酸味が香ることからマヨネーズが混ぜ込まれているのが分かる。それぞれの紅茶やミルクティーもカップから温かな湯気を昇らせている。傍らにはティーポットも置かれているので、喉が渇く心配は無さそうだ。
「ユキエちゃん、タルトのかりかりのとこ少しあげる~」
『やった~』
ケイラに手招きされたのは、トーゴと常に行動を共にしている白鸚鵡のユキエだ。彼女は言葉の意図をしっかりと理解し、ケイラが差し出したタルト生地の欠片を嘴でついばむ。人間のように表情豊かではなくとも、その動作や声から上機嫌であることは充分に窺えた。
「お。このさんどいっち旨いな……」
『ユキエもパンくず欲しい』
「今ケイラに貰ったろー」
トーゴの膝上でリラックスしているユキエが、今度はたまごサンドイッチに興味を示す。あまり食べさせすぎると体が重くなりそうだが、つやつやの黒い目に見上げられると根負けしてしまうことも稀にある。まさに今日はそんな日だ。トーゴは諦めてサンドイッチのパンを指先でちぎる。中のたまごサラダは塩分がありそうなので避けておいた。ケイラはその様子を向かいの席で愉快そうに眺めながら、手元のミルクティーを一口飲み下した。
「良かったねー、ユキエちゃん」
「ちゃんと飯はやってるんだけどなぁ……」
「ご飯はご飯、おやつはおやつでしょ」
何でもない些細な雑談だ。そんな中でも、二人は席に近づいてくる給仕の存在に気付いている。檸檬水で満たされたピッチャーを持ってやって来たのは、店主の男性だ。穏やかな物腰で二人の席へやって来ると、手慣れた様子でテーブルの隅に置かれたグラスへ水を注いでゆく。
「初めて来たけど、ここ素敵ねっ」
男性にすかさず声を掛けたのはケイラだった。男性からすれば、休みの日に薔薇とティータイムを満喫しに来た女子にしか見えないのだろう。彼は怪しむ素振りなど一切無く、ケイラの言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。薔薇園も長い時間をかけて整えておりますので、そう言っていただけて光栄です」
「薔薇園の管理大変そう~。それとも、料理や花壇の手入れは奥さんの担当?」
彼が独身であることは把握済みだ。だが、影朧が彼にとってどんな存在であるのかは探っておきたい。それ故に、ケイラは少々露骨な単語を敢えて投げ掛けてみた。彼は少しだけ驚いたように目を丸くするが、すぐに元の穏やかな笑みを取り戻す。
「いえ、お恥ずかしながらこの歳でまだ独身でして。手入れは私が主にやっておりますが、時々外部の園芸師に出入りしてもらっています」
「そうなんだ、手入れまでオーナーさんがやってるなんて凄ーい!」
ケイラと話す店主の様子を、トーゴは警戒されない程度にじっと観察する。ピッチャーを持つ手を見れば、確かに野良仕事を日常的にこなしている者の手をしていた。
「花も見事だけど……ここって店主さんの家?」
それまで黙っていたトーゴが、紅茶を飲みながら横から声を掛ける。
「家、と言っても過言ではないかもしれませんね。店舗にするつもりで購入しましたが、事務作業等で遅くなった日はつい寝泊りまでしてしまいますので……」
「ははっ、それこそ今日みたいな忙しい日は大変だ。オレんちド田舎でさー。こんな立派な洋館て、帝都でないと見らんないよな」
「そうですね、地方へ出ればこのような西洋建築はなかなか見ないでしょう」
そう答えながら、テラス席から館を見上げる店主の横顔を二人は注視する。只人が見れば、館全体を感慨深げに眺める家主という印象しか持たないだろう。だが、ケイラとトーゴの目は、店主の視線の更に先を捉えていた。
「ここはとても思い入れのある場所なんです。だから、こうして綺麗に整えることができて本当に良かった……」
店主の言葉に嘘や隠し事が無いことは、その声色だけで充分に理解できた。彼は心から、この館と薔薇園に特別な想いを抱いている。そして、誰かを害する意図も無いのだということも。
「思い出の場所なんだ。ますます素敵ね!」
ケイラが満面の笑みでそう返す。トーゴも同意しつつ、残っていたたまごサンドイッチの最後の一口を咀嚼した。店主の視線の先──愛おしむ心情を込めて見つめていた、屋根裏部屋の窓の場所を片隅に記憶しながら。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ミルナ・シャイン
素敵な薔薇園…!なんだか仄かにロマンスの薫りがしますわ!
アフタヌーンティーセットを注文し、件の男性に色々お話を聞いてみましょう。
本当に素敵な薔薇園ですわね、管理は貴方が?
お屋敷にはどんなお方が住んでらしたのかしら、きっと相当薔薇がお好きだったのでしょうね。
わたくしも薔薇が一番好きなんですの、今度は愛しの君と来たいものですわ…
やっぱりデートで来られるカップルも多いのかしら?
匿われている影朧は男性の愛しい女性!という乙女のカンに従い会話での【情報収集】を試みますわ。わたくしは歌姫探偵の助手ですもの。
…まあ、恋愛話がしたいだけとも言えますが。美味しいスイーツには甘いコイバナがつきものでしょう?
「素敵な薔薇園……! なんだか仄かにロマンスの薫りがしますわ!」
海とはまた異なる色彩に溢れた薔薇園を前にして、ミルナ・シャイン(トロピカルラグーン・f34969)はその声に歓喜の色を宿す。実際、薔薇園を散策する一般客の中には仲睦まじい男女の姿も見受けられた。細かに並んだ花壇によって形成される通路へ入れば、薔薇に囲まれていることもあって視界は自ずと狭くなる。花の陰を利用して、恋人達が愛を囁き合うのには打ってつけだろう。
だが、ミルナが察知したのはそれだけではない。薔薇園を適度に楽しんだ彼女は意気揚々とカフェーへ向かい、悩んだ末にアフタヌーンティーセットを注文する。暫しの待ち時間の|後《のち》、アフタヌーンティースタンドと紅茶一式を運んできた給仕の男性。彼が人知れず背負うものこそ、ミルナが期待するロマンスの気配そのものだった。
「お待たせいたしました。アフタヌーンティーセットでございます」
「まあ、素敵……! 一度は一式揃った状態でいただきたいと思っておりましたの」
テーブルに並んだアフタヌーンティーセットを前にして、ミルナは朝の水面のように瞳を輝かせる。給仕であり店主でもある男性が、苺の花が描かれたティーカップへポットを傾けると、澄んだ赤褐色の紅茶ですぐに満たされた。
「本当に素敵な薔薇園ですわね、管理は貴方が?」
「ありがとうございます。基本は私が手入れし、時季によっては外部の園芸師に整えてもらっています」
ミルナの言葉に店主は丁寧に会釈を返しつつ、薔薇園について包み隠さず話してくれる。その表情や言葉から、彼がこの館と薔薇園を大切に想っていることは明白だった。ミルナは己の勘に狂いは無かったと確信する。
「お屋敷にはどんなお方が住んでらしたのかしら、きっと相当薔薇がお好きだったのでしょうね。わたくしも薔薇が一番好きなんですの」
柔らかな湯気を湛える紅茶で喉を潤しながら会話を繋げる。客の入りが最も多い時間帯は過ぎた。店員側に余裕が出てきた今ならば、彼をここに留まらせて影朧の情報を引き出すことも可能だろう。……勿論、心ときめく恋の話の気配がする点もミルナにとっては重要だ。
「ええ。以前は、とある名家の住居だったとか。元から植えられていた薔薇も多かったので、きっとその方達にとっても特別な花だったのでしょう」
「今度は愛しの君と来たいものですわ……やっぱりデートで来られるカップルも多いのかしら?」
恋しい|相手《ひと》へ想いを馳せながらも、ミルナは店主の一挙手一投足を観察する。「だったとか」「きっと」……伝聞として前住人のことを語る彼の声には、どこか当事者めいた響きが含まれていた。彼は間違いなく、前住人を直接的に知っている。
「はい。有難いことに、恋人との逢瀬にご利用いただく機会も多いようです。美しい思い出の中に、当店の薔薇を加えていただけて光栄なことです」
「素敵ですわね……きっと、前に住んでいらっしゃった方も、ここにいたら喜ばれていたでしょうね」
話の焦点を前住人へ戻すと、店主は少しだけ驚いたような顔を見せる。ミルナは視線を窓辺へ向けて、硝子の向こう側に広がる薔薇園を見つめて目を細めた。
「だってご自身が愛している薔薇を、こんなにたくさんの方に楽しんでいただけてるんですもの。わたくしも、是非その方とお会いしたかったですわ」
半分は歌姫探偵の助手として培ってきた会話術。もう半分は本心だ。かつてこの館で薔薇を愛でていた人物は、きっと件の影朧なのだろうとミルナは予想している。けれども、影朧を留めながらも未だ美しい光景を維持している薔薇園を見れば、その人物がどれだけこの場所を愛していたか容易く想像できた。せめて影朧となる前に会うことができたのなら、きっと違う未来があっただろうに……そう思わずにはいられなかった。
「わたくし、ここがとても好きですわ。できるだけ長く、ここに在ってほしいと思うぐらいに」
敢えて直接的な問いは投げ掛けなかった。はっきり言わずとも、全てを知る彼ならばこれだけで理解できる筈だ。彼の良心を利用するようで少しだけ気が咎めたけれど、彼と彼の愛する人が、誤った選択をしないためだと思えば必要なことだった。
店主はどこか遠く、薔薇園を通して何かを見ている。物思いに耽る彼の様子を見守りながら、ミルナは紅茶の味が残る口でスコーンを頬張った。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『怨念の影』
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POW : 断末魔の悲鳴
【取り込んだ影朧たち】から大音量を放ち、聞こえる範囲の敵全員を【自分たちが死ぬ瞬間を記憶に植えつけて錯乱】状態にする。敵や反響物が多い程、威力が上昇する。
SPD : 終末への誘い
【取り込んだ影朧のうちの1体】を視界内の対象1体に飲み込ませる。吐き出されるまで、対象の身体と思考をある程度操作できる。
WIZ : 怨嗟の呪い
【呪符】でダメージを与えた対象を【血濡れた注連縄】で捕縛し、レベル秒間、締め付けによる継続ダメージを与える。
イラスト:透人
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠倉重・雨花」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
「この館は、元々はとある名家の住居でした」
夜も更けた薔薇園は、日中と打って変わって静かなものだった。黙した薔薇に見守られるように建つ館の階段を一歩ずつ上りながら、店主は静かに語る。彼が手にしたラムプの中で、小さな灯りが揺れていた。
日が暮れて一般客が退店した後、猟兵達は再び店主と接触した。彼はこちらが全ての事情を説明するより先に猟兵達の意図を察したようで、それ以上は何も聞かないままこうして館の二階へ案内を始めた。彼自身、永遠に今の状態を維持することは不可能だと知っているのかもしれない。
「若い頃……二十歳にも満たない時代ですが、私はここに出入りする庭師見習いでした。旦那様から自慢の薔薇園を常に美しく保つよう言われた師匠が、私も共に連れて来てくれたんです」
そして美しい庭に守られた洋館の深窓に、病弱な娘がひとり。よくある話だ。彼女はいつも部屋から薔薇園を眺めては、外界への憧れを募らせていた。青年時代に出会った彼女の可憐さは今でもよく覚えていると、彼はラムプに照らされた床に視線を落としながら言う。
「お嬢様は……美咲さんは病弱な方で、滅多に外へは出られませんでした。窓から見える景色だけが彼女の世界。だから私は、当時の師匠と一緒に庭の手入れに力を注ぎました。師匠と比べれば拙い腕でしたが、彼女は季節によって違う顔を見せる庭をとても喜んでくれました」
殆どの時間を屋内で過ごす分、彼女は読書家でもあった。物語だけでなく図鑑も好んでおり、特に花には詳しかったという。その中でも薔薇は特別で、窓から外に咲く薔薇の種類を言い当てることもあった。彼女の知識と、庭師であった自分の知識。合わせれば、この世界に存在する薔薇は多種多様だと分かった。
「だから、いつかその全てをこの庭に集めたい……なんて。そんな無邪気な話で盛り上がったこともありました」
辿り着いたのは二階通路の果て。この館は二階建てだ。だが、店主の案内で猟兵達が足を運んだのは、薄暗い屋根裏部屋へと続く最後の階段だった。夜である上に、ここから先は極端に照明が少ない。それでも、彼は迷いなく階段へと足を進める。
「ですが、出会ってから二年後……病弱だと分かっていながら美咲さんは家の存続のために嫁がされ、慣れない環境なのもあって、間もなく亡くなりました」
無情なことに、それすらもよくある話だ。だが、当人達にとっては心身が引き裂かれるような出来事だった。
話の区切りがつく頃、最後の階段を登りきった店主はひとつの扉の前で足を止める。
「今の〝彼女〟が本当に美咲さんなのか、私には分かりません。ですが、無人になったこの館と薔薇園を私が買い取り、美しい薔薇が咲くようになった季節に彼女は突然ここに現れた。窓から薔薇園を眺める姿が、どうしても美咲さんと重なるんですよ……」
そう言って、店主は自嘲気味に笑う。ドアノブに手を掛け、軋む音と共に扉を開いた。
月明りだけが差す、埃っぽい部屋だ。照明は無く、夜目が利かなければ部屋の全貌を見るのは難しい。それでも、その部屋の隅で人ひとり分ほどの影が蠢いているのが、猟兵達には分かった。影はこちらを警戒するように壁一面に広がったかと思えば、急激に収縮して人の女の形を取る。隙間風と紛う音は、影の女の呻きだった。
「彼女が今のままでは救われないのなら……どうか、終わらせてあげてください」
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ケイラ・ローク
トーゴ【f14519】と🐾
オーナーの想いが通じた…とも言えそうね
美咲さん?それとも美咲さんとよく似た境遇の人?
サクミラ世界の人なら自分の置かれてる状況、解るよね?
こういう時にあたし達猟兵が言える事って限られてるのよ
大事な人に害を成さないうちに輪廻転生の環に戻って、って。
貴女が美咲さんでもそうで無くても
優しくしてくれたオーナーを襲ったり死なせたりしたくないと思うし
体が弱いとか家の都合でお嫁に行ったりとか
つらかったとは思うの
でも最後にオーナーに自分の言葉で気持ちを伝えてみない?
UCで大事な気持ちを伝えたい、そんな祈りをパフォーマンスたっぷりに歌唱するね
呪符も注連縄の締め付けも耐える覚悟だよ!
鹿村・トーゴ
【ケイラf18523】と
みさき?さん
ミサキと名前が一緒ってちとやりにくい、なんて雑念は払っとこ
このネコマタ娘が言う通りオレらは来世で幸せに、って話すのが関の山
でもアンタは何か未練があって…、いや思い入れ深い生家の薔薇園と庭師の青年
それを見守りたかったのかなって
オレは思ってね
ずっと人の言に流されてきたお嬢様は死後しか自由になれ無かったと思うと寂しいが
…もし話せないなら花言葉ってあるじゃん?
沢山の薔薇から想う言葉を店主さんに贈らないかい?
敵が攻撃受け入れorこちらに攻撃してきたら即反撃【武器受け、激痛耐性、念動力】駆使しUC行使
必要なら店主をかばう
店主の視界なら尚更大きな傷は与えたくない
アドリブ可
(オーナーの想いが通じた……とも言えそうね)
獣のように唸りこちらを警戒する影を視界に収めながら、ケイラ・ローク(トパーズとアメジスト・f18523)は店主が語った過去を反芻する。二十年以上前にこの館で薔薇を愛でていた令嬢の記憶を、今なお大切な存在として胸に抱き続けてきた店主の感情そのものが、この影朧を呼んだ。その可能性を考えると、どこか寂寞たる想いが湧いて出た。
そして、ケイラの隣に立つ鹿村・トーゴ(鄙の伏鳥・f14519)もまた、いつでも武器を手に取れるようにしながら影朧の様子を窺う。〝ミサキ〟という記憶と耳に馴染む名前だけが少しだけ彼の集中力を削いだのは、仕方の無いことだと言えた。
「美咲さん? それとも美咲さんとよく似た境遇の人? サクミラ世界の人なら自分の置かれてる状況、解るよね?」
最初に言葉を発したのはケイラだった。不用意に近づくことはせず、ただ視線は合わせて。〝これはあなたへ向けた言葉である〟と、その目を以て主張する。対して、影の女は言葉を放つことはない。隙間風のような弱々しい呻きを洩らし、こちらを警戒している。だが、ケイラの言葉の意味を理解しようとしているのか、目と思しき光がゆっくりと瞬くのが見えた。
「こういう時にあたし達猟兵が言える事って限られてるのよ。大事な人に害を成さないうちに輪廻転生の環に戻って、って」
ケイラがそう続けた途端、影の女は金切り声を上げる。壁を震わせんばかりのその声は、人間の喉で出せるものとは比べ物にならない音圧を孕んでいた。不可視の物理攻撃──そう称されるべき攻撃だった。ケイラとトーゴは咄嗟に回避することで直撃は免れたものの、その声を聞いただけでも寒気に似た感覚が肌を走った。脳裏にノイズ混じりの映像が走る。自分のものではない記憶、そして感情。予期せぬ死と、それに恐怖しながら力尽きてゆく感覚。これが影朧の持つ記憶なのだとしたら……こんなものを抱えたまま、転生することもできず無為に存在し続けているということになる。
「やっぱ言葉だけでの説得じゃ難しいのかなぁ……!」
「いやー、理性があるかどうかは確認した方が良いからさ。こんなもんだって」
攻撃をかわしながらも、二人は対処方針について会話を交わす余裕がある。声と声の継ぎ目を狙い、遮蔽物も利用しながら徐々に接近しつつ次の手を考えた。
ケイラが影朧に向けた言葉は間違っていないとトーゴも思う。猟兵は影朧を倒せるだけの力を持っているが、最後に転生するか否かは影朧の意思による部分も大きい。転生を願うよう彼らの心を動かすには、言葉を尽くすこと以外に有効な手段は殆ど無いとも言えた。だが、そのために投げ掛けることができる言葉は決して多くはない。どうか来世で幸せに──その程度の言葉しか贈れなかった。
(あの人は何か未練があって……いや、思い入れ深い生家の薔薇園と庭師の青年、それを見守りたかったのかな)
視界の端に、戦いを見守る店主の姿が映る。自身で確と結論を出しはしたが、その表情から完全に不安を拭うことはできないでいる。影朧の声によって吹き飛ばされた家具が彼の方へ向かうのを見て、トーゴはすかさず棒手裏剣で穿ちその軌道を逸らした。
「とはいえ、このままじゃ店主も巻き込まれかねないな」
「それは避けないとね。あの人が美咲さんでもそうでなくても、優しくしてくれたオーナーを襲ったり死なせたりしたくないと思うし」
ケイラは意を決して遮蔽物から飛び出し、同時にイヤホンマイクを起動する。それと連動するように何処からか駆け出した鼠は、よくよく見れば二足で走っていた。ロボットでもあり、アンプでもある鼠はケイラがマイク越しに放った声を更に増幅させ空間全域に響かせていた。
「体が弱いとか、家の都合でお嫁に行ったりとか、つらかったとは思うの。でも最後に、オーナーに自分の言葉で気持ちを伝えてみない? あたし達も手伝うから!」
マイクとアンプによって、ケイラの声が届かない場所は無くなる。歌声はやがて影朧の金切り声を掻き消し、防壁を失ったその心を直接揺さぶった。
影朧の目の光が大きくぶれる。自身が何をしているのか、何を望んでいるのか分からないと言わんばかりに髪を振り乱す。影の髪が徐々にあたりへ伸び、月明りだけで照らされた床を這った。
広がった影から飛び出したのは大量の札だった。ケイラ目掛けて放たれたそれは、歌を止めさせようと彼女の体に次々と貼りつく。それは、ともすれば獲物の目印だ。先程までは髪のようだった影は、いつの間にか黒々とした注連縄に変じている。それは放たれるや否や呪符に呼ばれるようにケイラを捕縛し、彼女の体力を奪う。
「ケイラ!」
「こっちはまだ大丈夫! 呼び掛けを続けて、トーゴ!」
ケイラを捕縛したことで、影朧は物理的な行動が大幅に制限されている。応戦しつつ説得するのなら今が好機と言えた。トーゴはケイラの体力に気を配りつつ、影朧へ接近を試みる。ケイラの歌声で抑えられているとはいえ、影朧は尚も金切り声を上げてトーゴを遠ざけようとした。再び、誰かの死の記憶が頭に無理やり流し込まれる。常に死に近い役目を生業としてきたとはいえ、決して気分の良いものではなかった。
(ずっと人の言に流されてきたお嬢様は死後しか自由になれなかったし……死んだ後も、自分の言葉を自由に口にできないのか)
それは、とても寂しいことだ。死人に口なしと言うのなら、これ以上の苦しみを与えられずに済むのが道理だというのに。
無限に湧き出る呪符が、今度はトーゴに向けて放たれる。トーゴは回避するのではなく、懐から取り出した棒手裏剣を投擲した。たった一本の棒手裏剣だが、禍言が込められたそれは常ならぬ動きを可能とする。向かってくる呪符の一枚一枚を順番に叩き落とすように貫き、確実に無効化していった。
ぱんっ、と軽い音が響く。歌が佳境を迎えたケイラが、愛用の銃の引き金を引いていた。銃口から放たれたのは弾丸でもなければ、攻撃的な光線でもない。屋根裏部屋が、ふわりと淡い光で照らされる。光線の形を変えて作り出された光の花が、影朧の視界を埋め尽くしていた。
影朧の視線が光の花に奪われた瞬間をトーゴは見逃さない。影朧との距離を一気に詰め、棒手裏剣を影の端々に投げて打ち込む。これで充分、行動は封じられた筈だ。店主の目もあることを考えると、無暗に体に傷をつけるような真似はしたくなかった。
「……もし話せないなら、花言葉ってあるじゃん? 沢山の薔薇から想う言葉を店主さんに贈らないかい?」
トーゴは影朧に向けて、努めて優しく言葉を掛ける。光の花を追う彼女の目が先程までの化け物じみたものではなく、ひとりの少女のものに変わっていることに気付いていたから。
光の花が散り、闇の中へ溶ける。その中に、かつて愛した薔薇を見たのだろうか。その瞬間、影朧は確かにその光景に心を奪われていた。
大成功
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神臣・薙人
彼女が美咲さんではないとしても
このままでは誰も救われません
何らかの形で、終わらせなければ
ここは暗いですね
まず白燐蟲を呼び出し
視界を確保出来るだけの光量を保ちます
攻撃の前に影朧へ呼び掛けを
貴方は薔薇が見たかったのですか
そのお気持ちは分かるつもりです
この薔薇園はとても美しい
心を込めて手入れを為されている事が
見ているだけでも伝わりますから
叶うなら私も貴方を傷付けたくはない
それでも貴方をこのままここに残して行く訳には行かないのです
このままでは貴方は
いずれ人を害するようになってしまう
貴方の愛した薔薇も館も
…もしかしたら、大切な人すらも
貴方は傷付けるようになってしまう
貴方が影朧であり続ける限り
それは変わらないのです
私は貴方にそんな事をさせたくはない
次の生を、願ってはくれないでしょうか
貴方が望んでくれれば
私はそれを叶える事が出来る
次の生では明るい場所で薔薇を愛せるかもしれない
お願いです
願って下さい
呪符を受けた際は桜花乱舞で回復
攻撃時は必要以上に傷付けないよう
白燐蟲に手足を噛ませて
動きが鈍るようにします
女の形を得た影が、果たしてこの館の令嬢だった人物なのか……それを判じられる者は誰もいない。神臣・薙人(落花幻夢・f35429)とて、彼女が何者であるか断言することはできなかった。ただひとつだけ言えるのは、このままでは誰一人として救われないということだけだ。
薙人は袖口より伸びる手を前方へ翳す。その指先へ停まるように現れた白燐蟲の残花は丸みを帯びた体から淡い光を放ち、薄暗い屋根裏部屋を照らした。影朧はその光を避けるように、傷ついた体を縮こまらせて部屋の隅へと後退る。
「……貴方は薔薇が見たかったのですか」
遠ざかろうとする影朧へ、薙人は静かに問う。言葉こそ返ってこないものの、微かな唸り声は答えに窮しているようにも思えた。
「そのお気持ちは分かるつもりです。この薔薇園はとても美しい。心を込めて手入れを為されていることが、見ているだけでも伝わりますから」
訪れる者を等しく迎える薔薇は、生物として大切にされていることが窺える。それは店主が薔薇そのものを愛し、そしてそれを通して、かつて慕っていた人を今でも想っているから。その情念によって呼ばれた影朧もまた、誰かを傷つけるようなこともせず薔薇園を見つめ続けていた。何の悪意も介在しないこの場にこうして干渉するのは、薙人としても不本意なことだった。
「叶うなら私も、貴方を傷付けたくはない。それでも、貴方をこのままここに残して行くわけにはいかないのです」
薙人の言葉の何が琴線に触れたのかは分からない。影朧は途端にその気配を増幅させ、屋根裏部屋全体を影で覆った。影で塗り潰された壁から現れたのは数多の呪符。薙人の四方を囲うように現れたそれは、まるで弾丸のように次々と射出される。
言葉だけでは宥められない。だが、言葉を掛けることを止めたくはなかった。薙人は愛用の蟲笛を手に携え、飛来する呪符をいなしながら影朧への説得を続ける。
「このままでは、貴方はいずれ人を害するようになってしまう。貴方の愛した薔薇も館も……もしかしたら、大切な人すらも貴方は傷付けるようになってしまう」
例え本人に害意が一切無かったとしても。影朧──即ち|オブリビオン《過去》が、〝現在〟を歪めるとは、そういうことなのだ。
「貴方が影朧であり続ける限り、それは変わらないのです。私は貴方にそんな事をさせたくはない」
言葉を遮るように、背後から放たれた呪符が薙人の左腕を捉える。呪符が貼り付いた箇所が焼け爛れるように熱い。だが、それよりも呪符に|誘《いざな》われるように伸びてきた注連縄が放つ禍々しい気配の方が一層危険だ。端が体に触れただけで分かる。これは、命を吸い上げるものだ。
(むざむざ死ぬつもりはありません。ですが、貴方を見捨てたりもしない……!)
薙人の胸に火が灯るような、そんな瞬間。屋根裏部屋の窓が自然と開け放たれ、強い風と共に桜吹雪が舞い込む。影をも呑み込みそうな桜の嵐は薙人を包むと、その左腕を封じていた呪符や注連縄を一瞬で断ち切った。
桜の花弁で視界を塞がれたのか、影朧は次の行動に出ることもせず戸惑っている。その隙を逃さぬうちに薙人は残花へ、影朧の足を狙うよう指示を出す。白燐蟲に咬まれた部位を、その後も遜色なく動かせる者もそう多くはない。か弱い存在である影朧ならば尚更だ。案の定、影朧は支えを失い、ふらつくような動きを見せる。
薙人は影朧の動きが遅くなったのを見計らって地を蹴り、一息に距離を詰める。その手に武器は無い。薙人はあくまでも、彼女を消し去るのではなく転生を促し続ける道を選んだ。
「次の生を、願ってはくれないでしょうか」
目の前までやって来た薙人の言葉に、影朧は瞠目する。言葉を発することはできずとも、投げ掛けられる言葉の意味を理解している顔。彼女が理性を取り戻しかけているのを悟った薙人は、今まさに自分を映している影朧の目と視線を合わせて言葉を重ねた。
「貴方が望んでくれれば、私はそれを叶えることができる。次の生では明るい場所で、薔薇を愛せるかもしれない」
そうすればもう隠れる必要も無い。暖かい日の光の下、訪れた春を誰かと喜び合うことができる。店主と再会することだっていつかは叶う筈だ。夜の|静寂《しじま》の中、光に追い立てられるようにしながら生きるのは、館から殆ど出られなかったという美咲の生き方と変わらない。堂々と明るい場所で、店主が育てた薔薇を愛してほしかった。
「お願いです、願ってください」
それは最早、懇願だ。彼女を傷つけることも、彼女が誰かを傷つけることも、避けられるものなら全てを避けたいという願いの表れ。ともすれば我儘とも取られかねない願いだが、それが叶う可能性を薙人は目の前の影朧へ見出していた。
ふいに、影朧の動きが止まる。先程まで屋根裏部屋の壁や床を覆っていた影が徐々に縮小し、影朧の本体へと集束してゆく。こちらへの敵意もすっかり萎んでしまったことが肌で感じられた。静まり返った夜の屋根裏部屋──そこには、ひとり分の女の影が佇んでいるだけとなった。
『……ア』
影は小さく呟く。これまで発していた呻き声とも異なる、何か意思を伝えようとする声だった。
ふと、薙人は足下へ意識を向ける。木製の床にはいつの間にか、影で形作られた薔薇がいくつも散りばめられていた。
(何かを伝えようとしている……?)
ともあれ、影朧の戦意はすっかり喪失している。彼女の意図を汲み取ることができれば、きっとその魂を救う手立ても見えてくる筈だ。少なくとも、すぐ間近で何か訴えかけようとする彼女の姿を見ている薙人はそう受け取った。
窓から差す月明りが少しだけ強くなる。残花が飛び回った軌跡から散った光が、床に咲く影の薔薇へ寄り添うように降り注いだ。
大成功
🔵🔵🔵
ミルナ・シャイン
あの方が美咲様なのかは分からないとのことですが…店主様は本当にこれで良いのかしら?何か言い残したことはありませんの?
最後になるなら尚更、後悔のないようにしなくては。
美咲様、お話できないのならわたくしがお手伝いしますわ!
UC『ジュエリートーク』発動、宝石化はやむをえない時のみとしてテレパシーでの会話を試みましょう。
呪符や縄は愛しの君からの髪飾りに込められた【霊的防護】や騎士の【オーラ防御】で耐えて。
(貴女がここに留まっているのは薔薇が好きだから、だけではありませんよね?こちらの男性との想い出あってのことでは?)
できるなら店主様とお話させてあげたいですわね、これでおしまいなんて寂しすぎますもの。
影朧はか弱い存在である。猟兵の力を以てすれば、吹けば飛ぶ脆さだろう。だが、いずれ脅威となる可能性がある限り、影の女の素性や思惑がどうであれここで見逃すという選択肢は取れない。
(あの方が美咲様なのかは分からないとのことですが……店主様は本当にこれで良いのかしら?)
惨めなほど弱々しい呻き声を零す影朧を前にしながら、ミルナ・シャイン(トロピカルラグーン・f34969)はそれだけが気掛かりだった。居合わせた店主の様子を横目に覗く。彼は戦闘に割って入るような真似こそしないが、徐々に弱ってゆく影朧の姿を、まるで我が事のように悲痛な表情で見つめていた。
猟兵達の意図を察知した影朧は次々と攻撃行動を取った。屋根裏部屋全体へ影を伸ばし、そこから次々に放たれる呪符の数は際限が無い。当たれば追撃があると察したミルナは、その髪を彩る白い紫陽花の髪飾りに触れる。恋しい人から贈られた髪飾りを中心に淡い光が広がったかと思えば、それはミルナの全身を包んだ矢先に消えていった。そこを狙い澄ましたように何枚もの呪符が飛来するものの、どれもが不思議とミルナの体へ届くことはなかった。
影朧の戦意が衰退する隙を窺いながら防御に徹していれば、他の猟兵達の働きかけもあって徐々に相手の攻撃が緩む。影朧が理性を取り戻してきた証拠だ。とうとう攻撃を止めた影朧は床に影の薔薇を咲かせると、何かを訴えかけるような仕草を見せ始めた。
ミルナは改めて店主のそばへ立ち、気遣わし気に声を掛ける。
「……何か言い残したことはありませんの?」
「え?」
万が一の事態に備え、練り上げたオーラで防壁を築きつつミルナが問う。突然のことで、店主は何を問われているのか理解が追いついていない様子だった。
「最後になるなら尚更、後悔のないようにしなくては」
微笑みを湛え、優しい声色でミルナは店主の背を押すよう言葉を掛ける。店主は一度、二度と何か言いたげにしては口を噤むを繰り返した。その目に揺れる逡巡が払われるまでミルナが待っていると、店主はようやく自身の想いを口にする。
「……話が、したいです」
彼の目線の先には、何かを伝えようと声無き声で語り掛け続ける影朧の姿がある。先程よりも明るい月明りが背より差し込む姿は、戦う前よりも薄れているように見えた。
「例えあの人が美咲さんでなかったとしても……彼女と薔薇を眺めた数日間、私は確かに幸福でした。それを伝えたいのです」
「そうですか。では、わたくしにお任せを!」
店主の答えを聞いて、ミルナは満面の笑みを浮かべる。
「だって、これでおしまいなんて寂しすぎますもの」
意気揚々と影朧へ歩み寄り、白い人差し指でくるりと宙に円を描く。まるで星が通った軌跡のように煌めく円は、やがて宝石の輝きを宿して影朧へ降り注いだ。
「美咲様、お話できないのならわたくしがお手伝いしますわ!」
光を浴びた影朧の手──そのほんの一部が変質する。一見するとそれは、掌に落ちた一輪の薔薇だ。しかしよくよく見ればそれが薔薇ではなく、紅い薔薇によく似た色を持つロードライトガーネットだということが窺えた。影朧の動きを阻害しない、ほんの一部の宝石化だ。
『薔薇じャ、ナい……? でモ、とテも綺麗』
少々ノイズ混じりではあるが、ミルナの耳には確かに影朧の声が届く。彼女の体に生まれた宝石を介してのテレパシーは、限定的ではあるものの言語での意思疎通を可能にしていた。影朧の声を聞き取り、その言葉から戦意が失せていることも確認できたミルナは、薄れる影と化しつつある彼女へ言葉を重ねた。
『貴女がここに留まっているのは薔薇が好きだから、だけではありませんよね? こちらの男性との想い出あってのことでは?』
ミルナはその問いと共に、後ろに控えていた店主へ目線を向ける。影朧もつられるようにして店主を見ているのが気配で分かった。
『……誰かガ、居タの。大切な誰カ。その人ト、薔薇を見たイと思って』
そうして自分は此処に来た、と影朧はノイズ混じりの声でゆっくりと語る。彼女自身も、自分が何者であるのか正確には分からないのだろう。ただ、混濁する記憶の中で、誰かと薔薇を愛でていた。それだけを頼りにこの館へと辿り着いた。
「そう……朧気ながら思い出を辿ってここまで来たなんて、とても素敵ですわ。貴女にとって、それだけ大事な記憶だったということですもの」
そしてそれは、彼にとっても同じこと。そう言い添えて、ミルナは店主へ視線で促す。ミルナの意図を汲み、店主は影朧と向かい合う形で前へ出た。
「美咲さん……いえ、美咲さんではないかもしれない貴女。ここへ来てくれて、ありがとうございました」
例え数日という短い期間でも、私はとても幸せでした。
『とてモ、幸せ』
そう返した影朧が、笑っていたように見えた。影朧が咲かせていたのであろう足下の影の薔薇は床を埋め尽くさんばかりの数だったが、月の光を受けて微かに揺れるその花は、不思議と悪いものではないように思えた。
大成功
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影朧の姿が徐々に薄れる。開け放たれた窓から風が吹き込み、何処からか幻朧桜の花弁を呼び込んできた。屋外で見るものに勝るとも劣らない桜吹雪は、居合わせた桜の精の祈りによって影朧の姿を覆ってゆく。桜吹雪の隙間から覗いても、影朧の表情はよく見えない。けれど、どこか満足そうに微笑んでいるように見えたのは願望なのだろうか。
とうとうその姿が完全に見えなくなるという頃、彼女はこちらを──否、店主の方を見ていた。彼に向けて最後に何かを告げていたが、残念ながらその声は儚すぎて届くことはなかった。
一層激しい桜吹雪が舞い──そして、風と共に消える。すっかり静まり返った屋根裏部屋には戦いの痕だけが残り、既に影朧の姿は無かった。ただ不思議なことに、影朧が咲かせた影の薔薇だけは数分の間、そこに残り続けていた。
遠くで風の音が通り過ぎる。影朧の声は、これよりももっと弱々しいものだった。最後の言葉を声に乗せることができないのを、きっと彼女自身も理解していただろう。だから絶対に伝えたいことは花に託したのだと、あの光景を見ていた猟兵達は自然とそう思った。
そう。彼女が溢れんばかりに残した999本の薔薇こそが、代わりに語ってくれることだろう。
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