なんやかんやの後先を占う
●彷徨
なんやかんやあったのだ、と言葉にする。
それは時間の圧縮に他ならないが、多くの生命体にとっては筆舌に尽くしがたいことばかりであるから、あえてそう言いかえただけに過ぎないことなのだ。
なんやかんやの内訳は、人に寄るとしか言いようがない。
余人の知ることのできない苦労もあっただろう。
誰にも言えない出来事もあっただろう。
戻るべき道もなく、宛もない。
そんな道すがらに伴する者を見つけられたのは、幸いであった。
花葉・黄蘗(卜者/夢の防人・f44417)は、アックス&ウィザーズの露天にいた。
座して見上げる空は青い。
良い日和だとも言えた。
彼はアックス&ウィザーズ世界にて露店占い屋を営んでいた。いや、開いていた、というのが正しいだろう。
人生というものは、いつだってお先真っ暗だ。
何も見通すことはできない。
けれど、真っ暗な道を照らす篝火を人は欲する。
当然である。
いつだってそうだが、人は火という力を得て、暗闇を照らして文明を築いてきたのだ。
どんな世界だって、それは変わらない。
灯された篝火は、人の心から不安を追い出す。
そして、人生という道が暗闇に満ちているのならば、一寸先が闇であったとしても、照らしたいと思うのだ。
「神隠しにあって何年やろうか。うん、よーわからんな」
彼が神隠しにあってアックス&ウィザーズ世界にて根を張ることになったのは、彼の背丈がまだ学童と言うに相応しいものであったのだから、それなりの時間が経過したと言ってもいいだろう。
けれど、彼はあまり頓着していなかった。
「うえっ!?」
声が響いた。
なんだ、と顔を向けると此方を見て目を見開いて口をあんぐりと開いた男がいた。
見覚えは、ない。
いや、気がついた。
あまりにも驚愕の表情を浮かべる男――織部・藍紫(シアン・f45212)の正体に、だ。
猟兵だ。
一目でわかる。
だが、問題はそこではない。
「ああ、なるほどなぁ。あーやっぱわかるか……」
藍紫からすれば、己の姿は随分と変わったように見えただろう。
だが、それでもあの表情だ。
己が嘗ての主だと気がついたのだろうと容易に推察することができる。
「え、あ、えー……?」
「そんな顔をしていないで、近くによらんかい。そこに突っ立ってたら、通行人の邪魔って蹴っ飛ばされるで」
「あ、え、はい」
藍紫は素直に自らが開いている露天占い屋の天幕の中に足を踏み入れていた。
緊張が走っているように見えるのは、彼の本来の姿故であろう。
「懐かしい気配がするなぁ、と思っておったんだが。いやはや、うん。なんていうか、めっちゃ変わったんやなぁ」
「いや、それは主も一緒っていうか」
藍紫は緊張が困惑に変わり始めているようだった。
彼の知る黄蘗は、もっとこう幼い姿をしていたはずだったからだ。随分と変わったのはお互い様だろうというのが本音であった。
が、それを口にするまでもない。
自分のことも人間の姿になっていても気がついたのだ。
それくらいお見通しであろうからだ。
「そうかぁ? まあ、それもそうかもしれへんな。で、なんでこんなところにおるん。つーか、猟兵に覚醒しているのなんでや?」
「いや、ええ、主。わしもあの宝石状態で神隠しにおうて……今、アイドル☆フロンティアにおります」
「なんて?」
うん? と黄蘗は首を傾げる。
彼の口から出てくる言葉とは思えない単語が飛び出したからだ。
「なんて?」
もう一度聞き直していた。
「いや、アイドル☆フロンティアで……」
「あー、いや、そーか。ああはいはい、あの新しく見つかったっちゅー世界な。はいはい」
納得したように頷く。
しかし、藍紫は自分が神隠しにあった後のことを語る。
曰く、インターネット☆アイドルになって、猟兵活動として配信をしているのだという。
「なんでやねんっ!」
思わずツッコミを入れてしまう。
話の腰骨を粉砕するようなツッコミであったが、藍紫は何故か感動しきっていた。
「流石、主や……ツッコミにキレが違う……!」
「えぇ……あいや、それはええんやって。そんで、どうしてん。こんなところまで」
「あいや、配信で話す話題ほしゅうて……ほんで、参考にと、わりと王道ファンタジーかな、と思うたアックス&ウィザーズ世界にきたんやけど」
「いやいや、配信で話す話題に他世界の話すなッ!」
また決まるツッコミ。
確かにそうかも、と藍紫は思い直す。いや、本当にそうである。
実は他にも世界があってですね、と配信して与太話として処理されるだけかもしれない。
あー、はいはいそういう設定ね、と視聴者から頷かれておしまいだろう。
そもそも、納得されるのもなんか違うような気がしてならない。
「ほんで、これからどうすんねん」
「いや、わしは主に作られ……」
「確かにそうやけど、今はちゃうやろ?」
黄蘗は、自らの眼の前に置いた水晶を指差す。
そこに写っていたのは、池神・聖愛(デリシャス☆マリア・f45161)の姿であった。
『いらっしゃいませ~』
忙しなくアルバイトに精を出す彼女の姿に、藍紫は喉をつまらせた。
今は、という言葉は正鵠を射るようであったからだ。
「お前さんは、今や独立した意思を持った|個《子》や。お前さんの『居たい場所』に居れ」
「いやその……確かに、わしはわしの意思を得て動いとりますけど……」
「僕の命令聞くだけな存在はちゃうやろ。僕だけに縛られるな」
それに、と指さした水晶を突く。
「この黄色い髪のおなごがいる場所が、お前の居たい場所やろ」
「……そう、なんかな……あの元気な、聖愛ちゃんの傍、なんか……」
月を見ていた。
だからだろうか。
月は太陽の光を反射して夜空に輝く。
星の光ではなく、月光は太陽の光。。だから、惹かれることになったんだろうか。
それを見透かすように黄蘗は息を吐き出した。
「太陽に惹かれるなんて、生きているのなら当然のこっちゃろう。なら、答えは明白や。占うまでもないっちゅーもんや」
「そうなんやろか……わしが居りたいんは、ツッコミ疲れは生じれど、賑やかなあの家なんやろか」
「なんて?」
黄蘗は思った。
ところどころ、藍紫の語る言葉は、ついついツッコミをしたくなることばかりである。
「いや、なんちゅーか、大雑把なんですねん。あの家。わしがヘビから人間になっても平気へいちゃらで、騒ぐわしのほうがおかしい、みたいな空気なんですわ」
「……あー、それは、その、うん」
それはなんとも、と思う。
だが、忌避されるよりはいいのかもしれない。
「なにゃ、その、ツッコミ疲れるゆー話くらいは聞くで?」
「いや、主には、そんな話聞かせられませんて」
そんな二人の間にある水晶から声が聞こえる。
『本日のオススメは、塩漬け桜花がトッピングされたパフェです!』
明るい声。
その声に藍紫は、ほころぶように顔を緩ませた。
「あーあ、それは重症やなぁ。惚れた腫れたは、したほうがなんでもかんでも負けやで」
うん、と黄蘗は、そんな藍紫の様子に自分のなんやかんやあった歩みを思い、作ったものが主に似るのはある意味必然なのかも知れないな、と噛みしめるのだった――。
成功
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